第154話 剣鬼の戦い

「試しの洞窟。10階層のモンスターは一人での戦闘となります」


 ゼクスのこのまさかの発言に、周囲の者は驚きに目を見張る。

 リッコは恐る恐るとゼクスへと質問をかける。


「ひ、一人って……。ゼクス様、私たちもですか……? そ、そのキメラをですか?」


 後に戦闘するかもしれないと聞かされたモンスターのキメラを思い出し、少し怯える様子のリッコ。

 ゼクスはいつもの落ち着いた話し方をしつつ、彼女の緊張を解していく。


「はい。ですが、リッコさんの言われた言葉。一つだけ訂正させて頂きますなら、戦うべきモンスターは各々と違います。しかし、更に注意しなければ行けないことがございます。それは戦いの中、他者の手助けは一時たりとも受けることはできないと言うこと……。10階層には、試練の扉と言われている扉がございます。それに触れた者のみが、扉の中に入る事ができます」


「そ、それって危険すぎるのではないんですか!?」


「出てくるモンスターが違うと言っても、先程ゼクス様が言っていたキメラやそれ以上のモンスターが出たときはどうするんですか!?」


 更に話の内容を聞いた面々は顔色を青くし、思っていた以上の厳しい状態での戦闘が待ち受けている事に困惑し始める。

 しかし、周囲のそんな雰囲気もゼクスはいつもの笑いで吹き飛ばしてしまう。


「ホッホッホッ。皆様、ご安心くださいませ。確かに扉に入った者以外は中には入れませんが、中に入った者は何時でも扉の外に出る事は可能にございます。また、扉の外には魔物は爪一つたりとも出すことはできません」


 戦闘を回避できる方法がある。

 それだけでも命を繋げる可能性がある事に、皆の顔色が少しマシになった。


「えっ? それってつまり、危険を感じたり、一人で倒せそうもないモンスターが出たときは、戦いを放棄していいって事ですか?」


「左様にございます」


「な、なんだ……焦ったぜ。なら俺達でも倒せそうなモンスターが出た時だけ倒せばいいってことだろう? 危険な戦いを避けることができるなら大丈夫だろ」


 リックの発言に、眉を寄せ難しい顔をしたバーバリが口を開く。


「フンッ。小僧、貴様の考えは甘い」


「!? ど、どう言う事ですか」


「ゼクスの話を聞く限り、確かに扉の外は安全であろう。しかし、それは扉の外に出れた時の話。魔物が突然毒の息を吐いたとして、貴様がその場で動けなくなったとする。仲間の手助けも受けることなく、貴様は魔物の餌となるしかないのだぞ。更に言わせてもらうが、相手の命を奪う積りならば、相手の四肢である足を切り落としたり、出口である扉に先回りされたとして、貴様はそれでも大丈夫だと言えるのか」


「ぐっ……」


「フンッ。軽はずみな発言は二度とするな。戦場にて気の緩みは己の命を捨てると覚えとくが良い」


「……はい、すみません。考えが軽率でした……」


 バーバリは戦士として厳しい言葉をリックへと突きつける。

 ここは戦場であり命のやり取りが行われる場。

 バーバリの言葉は気を緩めそうになっていた周囲の少年少女達の気持ちを引き締めなおす。


「ホッホッホッ。バーバリさんのお言葉を忘れなければ、皆様のお力ならば問題なく魔物を討伐する事は可能でしょう。しかし、これは強制ではございません。自身の力を見極めたい者のみが挑むべき試練です」


 その言葉に、各々がコクリと頷く。

 下に下りる道はそれ程も長くもなく、直ぐにその扉は皆の視界に入ることになる。


「これが試練の扉ですか……」


「ニャー。扉の色は違うけど、見た目転移の扉に似てるニャ」


 皆はおっかなびっくりと扉を見ていると、ゼクスが一歩前に出ては口を開く。


「それでは、先ずはこの老体めが皆様のお手本となる戦いをお見せいたしましょう。私がこの扉に入った後は皆様は扉の外よりご観覧下さいませ」


「「「はい!」」」


「結構。ミツさん、それとお嬢様方。お手数でございますが、私が扉に入る前に、もう一度支援魔法を頂けますでしょうか」


「分かりました。ゼクスさんには自分がかけれる支援を全ておかけします!」


「相棒、それぐらいなら俺も手伝ってやるよ」


「「お任せください!」」


「ホッホッホッ。これは心強きお言葉。それでは……」


 ゼクスが扉に手を触れた瞬間、扉はゴゴゴッと音を響かせながらゆっくりと自動に開閉していく。

 ゼクスの希望どおり、ミツと分身は手分けして支援スキルをゼクスへとかけていく。

 ミーシャ、ローゼもダンサーのスキル、それとマジックダンサーとティアスターで取得した新たなスキルをゼクスへと発動。

 ゼクスは感謝を述べた後、扉の中へと一歩足を進める。

 ゼクスが扉の中に入った瞬間、扉に光の反射が見えた。

 恐る恐ると分身が扉の中に入ろうと試すが、目に見えない壁にぶつかり、彼は強く鼻をぶつけたのか、蹲り自身の鼻先を抑えていた。


「ゼクスさん」


「ご安心ください。この先にある円形上の上に立たない限りは、魔物はまだ出てきません。皆様はそこでお待ちを」


「はい……」


「ゼクス様……」


 ゼクスがコツコツと靴音を鳴らし、フロア中央に近づく。

 ミツの近くでゴクリと誰かの唾を飲み込む音が聞こえる。

 ゼクスが先程言っていた円形上に盛り上がった場所に足を踏み入れる。

 すると、何処から聞こえてくるのか、男でも女でもない声がフロアに響く。


「我に挑む者……。身の名を名乗れ……」


「「「!?」」」


「だ、誰の声!?」


 突然聞こえてきた声に驚く面々。

 声の主に覚えがあるのか、セルフィが口を開く。


「これは……恐らく洞窟の声ね」


「えっ!? 洞窟って生きてるんですか?」


「いや、生き物とは違うわ。こう言う洞窟は、魔力が凄くあるからモンスターが繁殖するのとは別に、意思をもち、言葉を話すのよ。私も聞いたことあるだけで、まさかここがそうだっただなんて驚きだわ……。本当、ここに来て驚きっぱなしね……」


 セルフィの言う通り、フロア内に響く声は試しの洞窟の魔力が長年をかけて一つの意思となり、10階層に挑む者へと語りかけていた。

 意思を持つとしても、彼(彼女)は人の様に行動する事もなければ通常の会話のやり取りまではできない。

 ただ単に、問いかける者として存在している。

 その問に、ゼクスは声を張り、自身の名を知らしめる様に向上を述べる。


「私の名はゼクス! 主を守る剣を振り、己の力を見極める為にまいった! 私の剣に相応しき相手を願うとする!」


 ゼクスの言葉が止まると、その場は一時だけ静寂が満ちる。


「……よかろう。死す時、其方の血肉を捧げよ」


「ホッホッホッ。その予定は今の所はございません」


「見ろ! 何か地面から出てきたぞ!」


 洞窟の声が終わると、黒い靄が地面から溢れ、しだいとその靄は形を変えていく。

 そして、靄の中から恐怖を感じさせる目の光がキラリと光る。

 靄は一体のモンスターの形を作り上げる。

 

「あれがキメラなんですか!?」


「いや、違う! あれはただのキメラでは無いぞ! ゼクス!」


 靄を大きな前足で払いのけ、姿を見せたのはキメラ。

 しかし、バーバリの驚きの通り、現れたのはただのキメラではなかった。


「ベルフェキメラ! キメラの進化した上位種よ」


「これはこれは……。あれから数十年。私の力がここまで評価されるとは……。どうやら皆様にゆっくりと手本を見せる余裕がなさそうですな」


 試練の扉をくぐり抜けた先。

 今、ゼクスが立つこの場に出てくるモンスターの強さは、扉に触れたものの強さに応じて出現するモンスターは異なる。

 数十年前にゼクスがこの扉に挑戦したときは、まだ今の彼程の実力を身に着けてはいなかった。

 しかし、年月を重ねた事に、試しの洞窟を再戦するゼクスの力の評価は高く上がっていた。


「力を示す者よ……。死して己の慢心とした心に悔いるがよい……」


「はあっ!」


 ゼクスはレイピアの先をベルフェキメラに向け、その場をかける勢いで走り出す。

 ベルフェキメラは通常のキメラとは異なり、高い知性といくつもの顔があり、その多くの目がゼクスを捉えていた。

 獅子、狼、羊、鳥、蛇の五つの顔がある。

 ベルフェキメラ本体中央にある獅子の口が開き、ゼクスに向けて火のブレスを吹き出す。

 狼の口からは氷のブレス。

 鳥の口からは毒のような煙。

 ゼクスは素早く攻撃を避け続け、ベルフェキメラの距離を詰めていく。

 攻撃をかいくぐり、ゼクスは先ずは羊のひたいに、スキル〈レイピアルクス〉を発動。

 羊の顔はゼクスの攻撃に耐えきれず破裂。

 その痛みが他の獅子達の顔にも伝わったのか、苦痛に顔を歪め、獅子と狼の口が大きく開き、鋭い牙をむき出しにする。

 狼の顔はゼクスを噛み砕く勢いと口を開いたまま襲いかかる。

 しかし、ゼクスはその場にとどまることはせず、ベルフェキメラの背後へと回る。

 ゼクスが背後に回れば、蛇がチョロチョロと舌を出し、こちらもゼクスに噛み付こうと口を開けた。

 その時、蛇の牙から滴り落ちた毒液が地面に落ちると、ジュワーとまるで消化液の如く地面を溶かしてしまう。


「ベルフェキメラになろうと、蛇の尻尾と言うのは厄介ですな」


 襲い掛かってくる蛇の尻尾。

 その牙をレイピアの先を使い、次々に迫る攻撃を受け流すゼクス。

 蛇の尻尾だけに気を取られてはいけない。

 ベルフェキメラは身を翻し、前足から鋭い爪を出し、そのままゼクスを切り裂く勢いに横振りを繰り出す。


「むっ!」


 爪の攻撃を避けるためとレイピアで攻撃を弾くが、全ての攻撃を払う事はできなかった。

 爪の一本がゼクスの腕を軽く引き裂き、ツーっと血を滴らせる。

 だらんと下がる腕を見て、中の様子を伺っていた面々が声を出す。


「やばいぜ! ゼクスさん、一度こっちに戻ってきてください」


「それはできん。魔物はあやつが背後を見せた瞬間、おいそれと逃がすことはせず、直ぐに攻撃を仕掛けてくる」


「そ、そんな! ゼクス様、こちらに避難してください!」


 リッコが悲壮と、ゼクスを呼ぶ声が響く。

 しかし、彼は元とは言え、シルバーランク冒険者。

 数多くの危機を経験し、今以上の死の恐怖すら味わったこともある男である。

 その経験と記憶が彼を奮い立たせる。

 

「全く……。折角、先輩冒険者としての威厳を最後まで保とうとしましたのに……。貴方はとても不愉快ですね」


「「「!?」」」


「ゼクスさん!」


 ゼクスがベルフェキメラに睨みを効かせた瞬間、ベルフェキメラの攻撃が次々とゼクスへと襲いかかる。

 爪、牙、体当たり、ブレス、噛みつき、一つ一つの攻撃が早く、一方的にベルフェキメラの攻撃が続いている。

 いや、確かにベルフェキメラの攻撃はゼクスへと次々と繰り広げて入るが、先程受けた爪の攻撃以降、ゼクスは攻撃の全てを避け続けている。

 その時、ベルフェキメラは攻撃が避け続けられている事に焦ったのか、大振りの攻撃をゼクスへと仕掛けてしまう。

 ここが勝機のタイミングだった。


「お眠りなさい! ジャッチメントクロス!」


 ベルフェキメラの本体である獅子に向け、ゼクスは〈ジャッチメントクロス〉を叩きつける。

 ゼクスのレイピアは十字に獅子の顔を引き裂く。

 その瞬間、ゼクスに噛み付こうとしていた狼の口が止まり、瞳から生気を失う。

 同じく蛇と鳥の頭もその場でくたりと地面に倒れた。 


「た、倒したんですか……?」


「ゼクス様! 勝った、ゼクス様の勝ちよ!!」


「凄え! ゼクスさん、最高だぜ!!」


「おじさん強いニャ!」


 リッケの疑問の声を払う勢いと、リッコが声を出し、リック、プルンと興奮にゼクスの戦いに賞賛を送る。


 ゼクスはレイピアを腰に携え戻し、ナイフを取り出す。

 皆が何をするのかと思ったその時。

 ゼクスは亡骸となったベルフェキメラの胸を切り裂き、突然ベルフェキメラを解体し始めたのだ。


「ゼクスさん、素材なら自分が持っていきますよ?」


 洞窟内で倒したモンスターの亡骸は、今までミツのアイテムボックスに全て入れてきた。

 それはゼクスも理解しているはず。

 しかし、ゼクスは解体する手を止めず、ミツの質問に答える。


「いえ、ミツさん。ご厚意はありがたいのですが、それは不可能にございます。私がこの円上の場所から降りてしまいますと、倒した魔物。このベルフェキメラは消えてしまいます。ですので、最低限の素材を切り分け、持てるだけ持ってそちらに参りますのでしばしお待ちくださいませ」


「そ、そうなんですね……」


 試練の扉の中に出てくるモンスター。

 ゼクスの言うとおり、モンスターを倒した後に討伐者が円上の上から降りた瞬間、倒されたモンスターはまるで黒炎に燃やされたように骨も残さずその場から姿を消してしまう。

 しかし、討伐者。つまりはゼクスが手に持って運ぶ分に関しては、お持ち帰りOKとなっている。

 貴重な素材をゼクスは見極め、最低限持てる分の素材と解体を行っていた。

 魔導具の一つ。マジックバックがあればベルフェキメラ一体なら収納することは可能だろう。

 しかし、マジックバックは金額的にも高く、元シルバーランク冒険者のゼクスですら、ここまで大きなベルフェキメラを入れるマジックバックは持ってはいない。

 ゼクスは女性が持ち歩く化粧品ポーチ程度のマジックバックを懐から取り出し、切り分けた素材を入れていく。


「ニャ〜。ミツがこの中に入れたらあのモンスターの素材、全部持って帰れるのに、勿体無いニャね」


「ゼクスが中にいる以上、少年君も入れないから仕方ないわね。さて、次は誰が行くか決めとく?」


「そうですね。なら、次は自分が」


「待て。次は我が行こう……」


 セルフィの言葉にミツが挙手をしようと手を上げるが、バーバリがそれを止める。

 バーバリは不敵に笑みを作り、ベルフェキメラの解体を続けているゼクスを見ていた。

 どうやら彼はゼクスの戦いに闘争心を沸き立たせられたのだろう。


「バーバリさんですか? 分かりました。皆もそれでいいかな?」


「ああ。俺達は全然問題ねえよ」


「ニャ、ニャ」


 皆がコクコクと頷き、次に戦う事を了承する

 ゼクスの解体が終わったのか、彼は立ち上がり、踵を返しこちらに歩いてくる。

 その際、ゼクスが円上の上から一歩出た瞬間、倒されたベルフェキメラが消えていく姿が見えた。

 更にまた男でも女でもない声が部屋の中で響く。


「強者に新たな道を……」


 その声だけが聞こえ終わると、扉の外にゼクスが戻ってきた。

 そして、また扉はゴゴゴッと音を鳴らしながら扉は閉まる、


「お待たせしました皆様。いやはや、みっともない戦いを見せてしまい、お手本にはなりませんでしたな」


 戦闘後のゼクスの身体はボロボロとは言わずも、ベルフェキメラの返り血や、汗や汚れ、更にはベルフェキメラの攻撃で鎧が傷ついていた。


「そんなことありません! 凄く、凄く、凄く、すっごく! ゼクス様は格好良かったです! 最高です! ゼクス様をみっともないなんて言う奴がいたら私の魔法で燃やします!」


「そうですよ! たった一人であんなモンスターを倒すだなんて! 流石ゼクスさんですね! 僕はゼクスさんの戦いに憧れます!」


「リッコとリッケの言うとおり! 俺達の英雄は本物だって改めて実感しました! 俺、絶対この戦いを忘れません!」


「私達も冒険者として目標にさせて頂きます! 戦い方は違っても、貴方は私達の目標です!」


「とてもご立派な戦いに、私達は感服いたしました」


「ニャ! おじさんの動き、半分以上みえなかったニャよ! ホント、凄かったニャ!」


 若い世代の冒険者の言葉にゼクスの顔は緩み、いつもの笑みと一人一人に感謝と言葉を返していく。

 

「ゼクスさん、お疲れ様です。思っていたモンスターとは違いましたが、討伐するとは流石ですね。この戦いをロキア君に教えてあげたいくらいです」


「ホッホッホッ。それはそれは。ボッチャまに喜んでいただけますなら、私は何千、何万と魔物を討伐しましょう」


「ははっ……。相棒、本当にこの人はその理由だけでやるかもしれねえな」


「うん……」


 ボッチャまlove執事のゼクスの言葉は冗談ではなく、本当に何万ものモンスターがもし襲って来ようと、ロキアの笑み一つの為にそれを滅ぼすかもしれない。

 その時、そんな光景がミツと分身は簡単に想像ができてしまった。


 ゼクスの傷の治療をリッケがしていると、バーバリが一歩前に出て扉へと近づく。


「フンッ。貴様の謙遜など聞くだけ無駄なこと。次は我が行く」


 バーバリが扉に触れると、先程と同じ様に扉が開いていく。

 ゼクス同様にバーバリに支援をかけ、彼は扉へと足を踏み入れようとする。

 そこにゼクスがバーバリを呼び止める。

 ゼクスはバーバリに、中身を出した自身のマジックバックを手渡す。

 バーバリが中でモンスターを倒す事を理解しての行動である。

 バーバリはフンッと鼻息一つ残し、ゼクスからマジックバックを受け取り中へと足を踏み入れていく。

 

 バーバリの背を見送っていると、ゼクスがミツへと話しかけてきた。


「ミツさん。バーバリさんの力は貴方もご存じでしょう」


「はい、ゼクスさんと同じくらい、本当に嫌な程に」


「ホッホッホッ。それは結構。しかし、今の彼は本心を申し上げますなら、私より強き強者にございます」


「ゼクスさんよりもですか?」


「はい。獣人族の特徴にて、戦いに破れた後はその者の力が以前より上がるのが獣人の特徴にございます。私が彼と最後に戦った時は本当に指一本分の力の差しかございませんでした。しかし、ミツさんとの戦いで敗北し、地に倒れたことに、彼の力は更に上がり、既に私を超えております」


「えっ……そ、それって……」


「どう聞いても、サイ○人みたいな話だな、相棒……」


「うん……」


「ミツさん。いえ、冒険者としての皆様。今から戦われるお方はローガディア王国の戦士。彼の本気を決して見逃してはなりません。戦う戦士の本気の剣は、数百とモンスターを倒した経験以上に貴重にございます」


「「「「「はいっ!」」」」」


「ニャ!」

 

 ゼクスの言葉にバーバリの動き一つ一つを見逃すまいと扉の前に食い入る面々。

 バーバリが円上の上に立てば、また声が聞こえてくる。

 そして、バーバリが自身の名を大きな声で叫ぶようにつげる。


「我に挑む者……。身の名を名乗れ……」


「我が名はバーバリ! 王の剣。国の盾。そして強者としてここに立つ者。恐れを踏み潰し、恐怖を斬る! 我の前に現れるがよい!」


「……よかろう。死す時、血肉を捧げよ」


「フンッ。つまらぬ言葉だ」


 バーバリが名を告げた後、戦うべきモンスターがバーバリの前に現れる。


「チッ……」


「あれって何ですか!? ミノタウロスみたいですけど、大きさや雰囲気が違います!」


「ってか、明らかに別のモンスターだろあれは!」


「ゼクス様、あれは!?」


「ムムッ……。なんと厄介な……。あれはベヒモスにございます」


 ベヒモス。

 その名前を聞いて、ミツが想像していたベヒモスとは姿形が違い過ぎて、一瞬、彼はベヒモスを角が無いサイやカバだと思っていた。


「あれがベヒモスですか……。ゼクスさんはベヒモスをご存じなのですね」


 ミツがゼクスにベヒモスの事を問いかけると、彼はベヒモスの特徴を教えてくれる。


「はい。ベヒモスの特徴は高強な硬さと強い力にございます。まず、あの頭。表面には角もなにもございませんが、その分、ベヒモスが体当たりをした時の威力は岩も砕く勢いにございます。また、ベヒモスの全身は硬い皮に包まれており、剣や槍、等の斬撃、突撃武器の攻撃はほぼダメージが通りません。倒す手段といたしまして、魔法攻撃で倒すのが私の知る限りの討伐方にございます……」


「えっ!? それでは大剣を扱うバーバリさんには、不利なモンスターじゃないですか!? バーバリさんには一度こちらに戻って来られたほうが良いんじゃないですか?」


「いえ。バーバリさんは目の前の敵を前にして、下手に引き下がるような選択をする方ではございません……。一度引くとしても、恐らく相手を怯ませ、距離を置かなければそれは悪手となり、背後を突かれてしまいます。ですが、確かに厄介な魔物ではありますが、バーバリさんなら問題ございません」


「ゼクスさん、それって……」


「ホッホッホッ。それは自身の目で見てご確認くださいませ」


 黒い靄の中から現れたベヒモス。

 周囲はそれをみて慌てているが、バーバリ本人はそれ程慌ててもいなかった。

 寧ろ、ようやく自身の本気力を出せるモンスターを目の前にして、彼は少しだけ武者震いすら起こしている。


「フンッ。小童共にはこれが脅威と見えるのか……。(我には貴様達の側にいる小僧こそが末恐ろしいと言うのに……)」


 バーバリが背に背負った大剣を前にして、構えを取る。

 闘気を高め、剣を握る手に力を入れていく。

 ベヒモスが先手の攻撃と、体当たりをする為にバーバリへ向けて走り出す。


「バーバリさん!」


「おっさん、危ねえぞ!」


 周囲の声も聞こえない程に彼は集中し、その場から動かず構えを取ったまま。

 ベヒモスがバーバリの体を吹き飛ばす勢いに彼へと打つかる。

 ドカンとまるで車同士が打つかった様な音がフロアに響く。

 

「「「!?」」」


「た、耐えてる!? ベヒモスの攻撃を受けても!」


 バーバリはベヒモスの体当たりを受け、少しだけ後方に下がるが、見たところ彼が膝を折るようなダメージを受けているようには見えない。


「この程度か……」


 前足を動かし、ズンズンと前に進もうとするベヒモスだが、バーバリはその場からピクリとも動かない。

 バーバリの声に更に力を入れるベヒモスだが、彼の闘気が更に高まる事に気づいたのだろう。

 今のバーバリはいつの間にかスキル〈ライオンズハート〉を使用したのか、赤いメッシュの入った鬣をなびかせていた。


「我は更に高みへと登るべき戦士! 貴様の攻撃程度で、道を塞げると思うな! ハアアア!!」


 気合を入れた声を響かせるバーバリの力に押し負けたのか、ベヒモスが大きく後方に吹き飛ばされる。

 そして、ベヒモスが体勢を持ち直し、再度バーバリへと攻撃を仕掛けようとする。

 しかし、バーバリの攻撃はまだ続いている。 

「我はローガディア王国、獅子の牙団長! 王の剣なり!」 


 闘気が赤く湯気の様に見え、しだいと形を獅子の顔へと変えていく。

 自身の誇りを胸に、バーバリは手に持つ大剣をブンッと真っ直ぐに振り下ろす。  

 その獅子の顔はベヒモスへと真っ直ぐに向かっていく。

 バーバリのスキル〈獅子咆哮波〉

 ゼクスの言うとおり、以前ミツとの戦闘時に見せた時よりも獅子は大きく、威力も増している。

 まるで生きた獅子の如く、獅子咆哮波はベヒモスの首元にガブリと食らいつき、大きなベヒモスを持ち上げる勢いを見せる。

 うめき声を上げるベヒモスだが、次の瞬間、ベヒモスの首を食いちぎり、頭と胴体に二つに分けてしまった。

 胴体から吹き出す大量の血しぶき。

 それがバーバリに降り注ぐ。

 地面にドサッと落ちたベヒモスの目から生気が抜け、亡骸となってしまう。


 バーバリは倒したベヒモスを解体することも無く、頭部だけを持ち上げ、ゼクスに持たされたマジックバックに入れてその場を後にする。


「す、凄え……」


「一撃で戦いが終わりましたね……」


 バーバリの戦いぶりに、ゼクスの時とは違い、凄い戦いを見せられた為に口を閉ざす面々。

 扉をくぐり、バーバリがゼクスの前に立ち、マジックバックを放り投げる。

 ゼクスはお疲れ様ですとバーバリに労いの言葉をかけるが、バーバリ本人は嫌味かと言葉を返し、ゼクスを睨みつける。


 歴代の戦士二人が勇ましき戦いを見せてくれた。

 この戦いに闘争心を感化された若者たち。

 モンスターの恐怖に怖気づくことなく、一人の青年が拳を握る。


「次は俺が行く! ミツ、良いだろ!?」


「うん。それは良いけど、ちょっとまってね」

 

「んっ?」


 リックは次の槍は俺が行くと主張する。

 ミツはリックの言葉に承諾するが、少し待ってくれと言葉を添えた。

 そして、アイテムボックスから小銭を入れる程度の麻袋を取り出し、リックへと差し出す。


「何だこれ?」


「それはお守りだよ。リックが戦いから避難する時に、モンスターに向けて投げてね」


「ふ〜ん、そっか。それならありがたく貰っとくぜ」


 リックはミツから受け取った麻袋を懐にしまい、扉の前に立つ。

 自身で行くことを決めたリックだが、いざ扉を前にすると恐怖心が彼を襲う。

 ミツがリックの背中に手を添え、言葉をかける。大丈夫、リックは強くなってる。

 危険と感じたら直ぐに避難すればいいと。

 命のやり取りに卑怯や姑息などの言葉は詭弁である。

 ミツはリックの心を落ち着かせるため、コーティングベールを発動。

 リックの心臓が早鐘を打つのを止め、彼に笑みを浮かべさせた。

 そして、扉に手を触れ、ミツ達から支援を受ける。

 リックの進む足取りは緊張しているのか、フロア内を見渡しながら先へと進む。

 円上の上にリックが足を踏み入れ、洞窟の言葉を待った。

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