第157話 剣と翼

 試練の扉にミツが足を踏み入れる。

 後に出てきたモンスターは、ローガディア王国を壊滅寸前にまで追い込んだ龍のヒュドラであった。


ヒュドラ


Lv255  龍族


フレイムブレス

コールドブレス 

サモン 

グラビティーボマー

属性耐性(Ⅴ)

状態異常無効化

龍神の力

龍の瞳

龍の息吹


 鑑定したヒュドラのスキルは、一体のモンスターとしては取得数が多く、油断のできない戦いとなるだろう。


「ふー。折角ユイシスが助言してくれたのに一発貰うとは、情けない。さて、これが神話に出てくるヤマタノオロチなら、相手にアルコールぶっかけて酔わせるのがセオリーの倒し方なんだろうけど、状態異常無効化スキルがあるんじゃ、それも効果がないかな……。わっ!?」


 ミツが壁から離れ、少しづつヒュドラの方に足を進めたその時。

 ヒュドラはいくつもある頭の口を大きく開き、大きな黒い球体を次々と飛ばしてきた。

 咄嗟にあれに当たってはいけないと感じたミツは、その場から直ぐに離脱する勢いに駆け出す。

 吐き出された黒の球体がミツのいた所に着弾。

 その瞬間、ズシンっと何か沈むような重い音が聞こえた。

 ミツが音が鳴った方に振り向けば、そこの地面は球体の形そのままに、地面に穴を開けていた。

 壁にぶつかった物もあれば、そこにも大きな穴を開けている。


「ひぃー! あれって忍術スキルの嵐球と同じじゃん!」


《ミツ、ヒュドラのスキル〈グラビティーボマー〉は、その場を重力にて押しつぶす効果を出します。球体の色が漆黒である程、効果が増していますので注意してください》


「えっ、ちょっと待って! さっきの黒い球って防げないんじゃないの!?」


《いえ、対抗策はあります。ミツの先程言った〈嵐球〉をぶつける事に、グラビティーボマーを霧散させる事ができます》


「良かった。対策があるなら安心したよ。にしても、しつこいな!」


 ミツが一度ヒュドラの攻撃を避けても、ヒュドラは続けてグラビティーボマーを口から放出し続けている。

 近づくにも飛ばされてくる黒球を避けるのに今は精一杯。

 ヒュドラの首の数を攻撃を避けつつ数えると、頭の数は五つ。

 背中には羽はなく、飛ぶことのないヒュドラは地竜種ではないかと予想を立てる。


 ミツは掌に嵐球を出しつつ、ヒュドラへと投げるが、ヒュドラも嵐球の危険性を感知したのか、頭をウネウネと動かし狙いを外している。

 ならばそのデカイ胴体にぶつけてやると投げてみるが、黒球をぶつけられ嵐球を霧散させられてしまった。

 ヒュドラはミツが黒球を霧散させた事を見たことに、それを対策とヒュドラも利用しているのかもしれない。

 

《ミツ、ブレスが来ます。守りを固めてください》


「!?」


 ヒュドラの頭、五つが〈フレイムブレス〉を吹き出す。

 ミツは咄嗟に氷壁である〈アイスウォール〉を発動するがそれは焼け石に水。

 氷壁はヒュドラのブレスに耐える事ができず、氷はどろりと簡単に溶け、灼熱の炎がミツへと降りかかる。


「くっ! ミラーバリア! プロテス!」


 炎がミツを飲み込み、仲間達は恐怖にその光景を見ることしかできなかった。


「ミツ! 逃げろ! もう戦わずに逃げろ!」


「いやー! ミツ!」


「ミツ君!」


「ニャ! もう一人のミツ! お願いにゃ! 中にいるミツを助けてニャ!」


 戦いに苦戦するミツを見ることしかできない仲間達。

 自身達がフロア内にいれば、彼の力になれたかもしれない。

 そんな考えが過るが現実はそんなに甘くない。

 この場の全員がヒュドラに剣を向けたとしても、今ミツが受けているブレス一つで命を散らすだろう。

 本当に何もできない事を思うと、悲壮の声がフロアの外に響く。

 プルンは思いついた様に、ミツの分身へと助けを求める。

 しかし、ミツが中に入った後、分身自身もミツなのだからと入れるものだと思っていた。

 しかし、扉を潜り抜けた後は、本人が出した分身であろうと扉を通り抜ける事はできなかったのだ。

 慌て狼狽するプルンへと、分身は彼女の背中に掌を当て〈コーティングベール〉を発動。

 その後、他の人達にも分身は一人一人と心を落ち着かせる。


「慌てることはない。相棒には心強い奴が付いてる」


「ニャ……。それって誰ニャ……」


 心を落ち着かせたとしても、また不安に眉を下げるプルンに返答は返さず、分身が頬を上げ笑みを見せる。


「見てれば分かる」


 皆は視線を戻し、炎に飲み込まれたミツへと視線を向けると、そこにはかまくら程の大きさの土山ができていた。

 ミツの忍術スキル〈天岩戸〉である。

 彼はヒュドラのブレスを長く受けるのは危険と判断し、更に守りの為にと天岩戸スキルを発動していた。

 咄嗟に出した事に、武道大会の時よりも小さいが、ミツ一人が入るには十分である。


「熱っ……。くっ、痛覚軽減スキルがあっても、肌がジンジンくる……。 服が完全に焼けたか。帰ったら買い直さないと。ふー……。あんまりここに長いもできないか……んっ。焦げ臭い……あっ。髪の毛か!」


 ミツは咄嗟に防御魔法を張り、自身を守ったのだが、本人は完全に無傷では済まなかった。

 フレイムブレスはまるで熱湯をかけられた様に高熱であり、ミツの皮膚は数度の火傷を負ってしまう。

 〈自然治癒〉〈自然治療〉の二つのスキルが発動の中、自身にヒールを使用して回復を施し、燃えてしまった髪の毛には〈再生〉のスキルを発動して元に戻す。

 天岩戸スキルの発動は、ミラーバリアとプロテスだけではヒュドラのブレス攻撃を防ぐ事は不可能と、ユイシスの助言あっての物である。


 未だにミツに対してフレイムブレスを吐き続けているのか、次第と天岩戸出だした土山の色が変わり始めている。 


「これは一人で倒すには時間がかかるね。なら、もう一人助っ人を出すしかない。取り敢えずここから出ないと」


 前方からはヒュドラがブレスの攻撃をしている為、ミツは後方に手を添える。 

 物質製造スキルを使い、入り口を開けようとするが、思わぬ事が起きた。


「熱っ!? えっ!? 後ろまで土が焼けてる!? 急がなきゃ!」


 フレイムブレスを受け続けていた天岩戸で出した土山は、その熱で表面を真っ赤にし、全体を焼いた陶器の様に固めていた。

 触れたことに少しまた火傷をしてしまったが、直ぐに手を離したことに、痛みは直ぐに自然治癒スキルで回復していく。

 ミツは掌に嵐球を発動し、後方に向けて叩きつける。


「「「ミツ!?」」」


「無事だったニャね!?」


 天岩戸を破壊し、土煙の中から出てきたミツを見て皆が声を出す。


「しかし、ヒュドラの攻撃を止めなければ小僧はいずれ食い殺される! 小僧のスピードならばこちらに来れると言うのに、あやつは何故こちらにこんのだ!?」


「恐らく、彼はあのヒュドラと戦うつもりなのでしょう。でなければ、バーバリさんのおっしゃった通り、ミツさんの素早さを持てばこちらに避難することは容易な事」


「なっ!? なんと愚かな! そんな物、ただの愚策でしかない!」


 ゼクスの言葉に、バーバリが目を見開く。

 

 ミツの足元の影が揺らめき、もう一人の分身を呼び出す。


「ニャニャ! ミツがもう一人出てきたニャ!」


「プルン、落ち着いて。相棒は二人までならスキルで自身と同じ奴を出せるんだよ。俺を解除すれば、恐らく中でもう一人出せると思う」


「ニャ!? なら、ミツはなんでそうしないニャ!?」


「あー……。まあ、相棒にも理由があるんだよ。取り敢えず、二人で戦えば何とかなるだろうさ。ははっ……」


 分身の言う通り、扉を通り抜けることができない分身のスキルを一度解除し、また新たに分身を出せばミツは三人でヒュドラに挑むことができるだろう。

 しかし、今扉の外にいる分身を消してしまうと、お使いとして街街を周った事が無駄となってしまう。

 トリップゲートで行けるのはミツが行ったことのある場所限定。

 しかし、分身とミツ本人の記憶は共有していない。

 その為、二つの街を知っている分身を消してしまうと、またミツはその街に馬車や足を使い向かわなければならない。

 先に街の場所を確認しておけばこんな事にならなかったが、それは言っても仕方ないのだ。

 そもそも、一人でも分身が出せた時点でミツの計画は可能である。

 それは以前シューのさりげない一言で、ミツは目から鱗と心から衝撃を受けている。

 ミツが分身を二人まで出せないのは検証で分かっていた。

 だが、ミツと同じ事ができる分身も〈影分身〉スキルが使用できるのだ。

 その為、分身がそのスキルを使い続ければ、このフロアをミツの分身で埋め尽くす事すらできてしまう。

 だが、ヒュドラに対してあまりやり過ぎても問題である。

 ミツの目的はヒュドラのスキルをスティールする事。

 これを成し遂げるには、適度に戦い、適度にヒュドラを瀕死状態にしなければならない。

 状態異常無効化スキルを持つヒュドラには、麻痺攻撃や毒攻撃は使えない為、状態異常としてのスキル獲得は不可能である。

 

「取り敢えず君には足止めをお願いするね」


「分かった……」


 分身にミツが指示を出せば、彼は直ぐに動き出した。

 分身は姿を消す〈ハイディング〉スキルを発動後、ヒュドラの背後に回ろうと駆け出す。

 

「んっ……? あれ……」


 ハイディングスキルを発動した時点で、分身の姿はミツ本人にも認識できない。

 しかし、ヒュドラの頭の一つが、明らかに何かを視線で追っている。

 そして、口を開けてコールドブレスをその場に吹き出す。

 一瞬にして地面は真っ白にそまる。

 更にその一部に氷の粒が積もり、人形に形を作る。

 それはハイディングスキルで姿を消していた分身であった。

 コールドブレスを直接に受けてしまい、彼の足は地面と一緒に凍りついている。

 

「なっ、嘘!? ハイディングで姿を消していた分身を見つけ出した!」


《ミツ、ヒュドラのスキル〈龍の瞳〉には、ハイディングスキルを見破る効果があります。また、相手の攻撃を先読みすることもできますので注意してください》


「そんな……。分身は!? ああ、良かった。大丈夫みたいだね」


 ユイシスの助言に驚きつつ、ミツが分身の方へと視線をやれば、先程まで氷の表面だった場所に火壁が現れ、周囲の氷を溶かしていた。

 分身は地面をゴロゴロと転がり、少し離れた場所で凍り付いてしまった足を治療している。

 ミツと分身が距離を開け、動きを止めたことにヒュドラはまた二人へと攻撃を仕掛ける。


「新手!? でも何で!?」


 ヒュドラは唸り声をだしつつ、スキルの〈サモン〉を発動した。

 それは地面に黒い円盤を出現させ、それが少し上がると、そこには竜が数十体と現れた。


「うわっ、ズルい! いや、人の事言えないけど」


 竜の大きさは軽トラック程の大きさ。

 フロア内に次々と竜が増えていき、ミツとヒュドラの間を埋め尽くしていく。

 このスキル、ヒュドラ等の限られたモンスターだけが持つスキルであり、個体だけでは倒せない相手も、このサモンを使用すれば街一つ簡単に滅ぼしてしまう。

 ローガディア王国の数万の兵は、ヒュドラ一体だけではなく、このサモンで召喚された竜も相手にして苦戦をしいけられていた。

 

 召喚された竜をミツが鑑定すると、スキルは持っていなかった。

 その瞬間、目の前に無数に出てきた竜に対して、彼はスッンと興味を失い、ただ邪魔な生き物と分別した。


(スキルも無いこいつらは任せて、君は本体を叩け)


 突然脳内に聞こえてきた声に、ミツはハッと驚きに周囲を見渡す。


(んっ!? あっ、分身からの念話か。分かった、悪いけど片付けの方は頼んだよ)


(任せとけ)


 足の治療も終わった分身が立ち上がり、ミツの方を見ながらスキルの〈念話〉を使用して戦いの策を伝える。

 分身は〈影分身〉を発動し、戦力を増やしていく。

 更に二人増やし、三人になった分身は、各々と武器を構え目の前にいる竜へと走り出す。

 二刀の嵐刀を構えた一人は、スパッと竜の首を切り落とす。

 マジックアームで作り上げたナックルを身に着けた一人は、竜の胴体へ拳を突き出し衝撃に穴を開ける。

 同じくマジックアームで弓を作り上げた一人は、多種多様のマジックアローにて竜の数を減らしていく。

 ミツが更に増えた事にも驚きだが、三人増えただけでも既に竜の数を減らしていく光景に唖然とする面々。

 目を大きく見開く者。

 あっ……あっ……と、言葉にならない言葉を口にする者。

 分身の戦いぶりに興奮する者。

 竜を相手に今の所苦戦もすることなく戦う少年の姿に、大人達三人の心が一つになったことがあった。

 それは彼を決して敵に回してはいけない。

 竜種のモンスターは事実、野良でも出てくる。

 しかし、一匹でも出た時の被害は尋常ではない。

 例えば、今ミツの分身が倒している竜を冒険者ギルドが討伐レベルを測ったとしよう。

 竜1匹の討伐は、グラスランク冒険者が30人を必要と判断され、その上のシルバーの冒険者でも5人は必要と判断されるのは確実。

 しかし、目の前の光景を目にした者はその基準が正しいのか疑問と思うかもしれない。

 まだ歳も若い少年が次々と竜を倒していく。

 一体の竜が少年の腕に噛みつく。

 彼は気にせず、噛み付いた竜の顔に向けて拳を振り下ろす。

 グシャっと音を立て、硬い竜の頭を潰す。

 竜の口から引き抜く腕は血で真っ赤に染まっているが、それは竜の血であり、少年は怪我一つ負っていない。

 竜の牙は鉄の盾も貫き、顎の力は鎧も潰す力。

 そんな異様な戦闘に言葉を失う面々だが、まだまだミツの破天荒な戦いに驚きは続く。

 

 ヒュドラは自身のスキルで出した駒が尽く倒されていく光景に怒り、更にサモンを使用して竜の数を増やしていく。

 このサモンのスキル。発動には魔力を多く消耗する為、通常ならば最初に数体と召喚させて終わらせるスキルなのだが、ミツの分身が次々と召喚する竜を倒す為にヒュドラはこのスキルを常に使うハメとなってしまった。

 今、ヒュドラが竜の召喚を止めたとしたら、面倒と思えるミツの分身をヒュドラは相手にしなければならなくなる。

 ミツは分身を出した事で、ヒュドラの頭一つにサモンを集中的に使用させる結果となっていた。


「さて、瀕死状態にするにはどうしたものか……」


[実りの子。実りの子よ、聞こえますか?]


「あれ? リティヴァール様?」


 周囲の竜の討伐は分身に任せて、ミツはヒュドラとの戦い方を考えていると、豊穣の神であるリティヴァールの声が脳内に聞こえてきた。


[実りの子よ、今こそ新たな力を使う時ですよ]


「新たな力……ああ。あれですか」


[そうです。あれです]


「分かりました! リティヴァール様が更に与えてくれたお力、ご披露いたします。精霊召喚!」


 豊穣の神、リティヴァールがミツに与えた力。神の力を与えられた〈精霊召喚〉スキルは通常の召喚スキルではなかった。

 それは精霊召喚を見た事ある者ならば、今からミツが出す召喚魔法を、異様な光景と思うかもしれない。


「少年君、君は一体何をする気なの……」


 ミツは精霊召喚を発動すると、彼の体から五つの光が飛び出す。

 ポワッと出てきた眩い光は洞窟内を照らし出す。

 ヒュドラは光に警戒し、様子をうかがうように今は動きを止めている。

 しかし、動きを止めていたのはヒュドラだけではなく、精霊を出したミツ本人ですら驚きに動きを止めてしまっている。


「えっ……」


 ミツは自身で発動したスキルを見て、これがリティヴァール様の力なのかと彼は言葉を失った。

 それは何故か?

 それは、精霊召喚を最初出した時、五人の精霊は二頭身の姿であり、ミツの掌に五人が収まる程度の大きさであった。

 しかし、五つの光は大きく膨らみ、ミツの目の前に現れた精霊は、人間の大人の大きさであった。

 五人の姿は以前と違い、ユラユラとした布切れの様な服ではなく、頭にはヘルム、身体には鎧を身にまとい、手には大きな槍を持っていた。

 

「これは……」


「「「「「マスター、我らをお呼び頂き、感謝いたします。これより、我ら、喜んでマスターの矛となり、盾となります」」」」」


「しゃ、喋った!」


 精霊は自身で意思をもっているのか、ミツと目が合うと五人の精霊はミツに対してマスターと呼び、彼の前に膝を折る。

 精霊が喋りだしたことに驚きのミツだが、精霊が何故突然この様な進化をしたのかは、頭の中に聞こえてきた声の主が原因だと直ぐに思いつく。


[実りの子よ。成功したようですね]


「リティヴァール様。はい。でも、以前そちらの部屋で出した時は人形程度の大きさでしたが、これがリティヴァール様のお力でしょうか?」


[そうです。私はシャロットちゃんやバルちゃんのように、何度も貴方自身に力を与える事はできません。ですが、実りの子が得たスキルに関しては間接的ではありますが、私も力をかしましょう]


「そうなんですね。いえ、ありがとうございます。リティヴァール様」


 豊穣の神であるリティヴァールに感謝の言葉を告げると、自身に膝をつき頭を垂れる精霊達が喋りだす。


「マスター。神に選ばれた貴方様に名を頂き、マスターに仕える我らの幸せ。マスターのご命令を喜んで聞き入れます。どうぞ、我ら姉妹にお言葉を」


「んっ、うん。えーっと、姿は大きくなってるけど、君はフォルテだよね?」


「はい! 私はマスターのフォルテにございます!」


 一番に喋りだしたのは目の前の女性。

 白いヘルムを被っても、五人の中では腰まで伸ばされた長い黒髪が印象だったフォルテである。

 二頭身の時の人形の様な可愛らしい姿の時とは今は全然違い、凛々しい顔に、勇ましいくも美しいスタイル。

 フォルテと彼女の名を呼べば、彼女の頬は染まり、名を呼んだだけでも感動と喜んでいた。

 精霊とは言え、突然美人な女性に笑みを向けられたことにたじろぐミツ。


「う、うん。元気がいいね。それと、そっちのロール髪はティシモかな?」


「はい。マスター。私は貴方のティシモにございます。よろしくお願いします」


 フォルテの右後ろで膝を折る女性へと、ミツはティシモも名を呼んだ。

 ティシモの髪はピンク色、ロールカットに表情はとても知的にフォルテとはまた違う凛々しさを感じる。

 彼女は淑女のように優しい瞳をミツへと向けて挨拶をする。


「うん。分かった。後ろのショートカットの娘、君はメゾだよね?」


「はい、マスター。貴方様の矛となる私はメゾ。共にこの場に存在する喜びに、身がふるえ、恍惚の気分にございます」


 フォルテの左側に膝を折る彼女はメゾ。

 青の髪、ショートカットの女性は頬を蒸気させ、ミツを見る目は愛おしい者を愛でる様な潤んだ瞳であった。

 そんな視線を受けたこと無いミツは少しだけたじろぐが、ミツはメゾに笑みを返す。


「う、うん。よろしくね、メゾ」


「はい」


 ミツの笑みに二ヘラと笑みを返すメゾ。

 彼女の挨拶が終わると、次は私と、真っ赤な髪色をした女性が手を上げては自身に指を指している。


「マスター、次は私。私は誰でしょう!」


「ははっ……。えーっと、君はダカーポだよね。よろしくねダカーポ」


「流石です、マスター! 私はダカーポ。マスターの為に頑張ります! んっ? ちょっとフィーネ、マスターに挨拶しなさいよ」


 ダカーポが満面の笑みにミツへと挨拶を済ませ、最後の一人の言葉を待つ。

 しかし、ダカーポが頭を下げても最後の人物からは言葉が聞こえない。

 ダカーポは隣で膝を折るフィーネの肩を軽く揺すり、言葉を促す。


「あっ……。うっ……」


 髪型はショートボブに目元を髪で隠して視線が分からない女性。

 フィーネはミツの視線を受け、真っ赤と頬を染める。

 それは見つめられた恥ずかしさや、言葉を止めてしまった羞恥心で、更に彼女は緊張で言葉を失う。

 周囲の呆れた様な雰囲気を感じ取ったのか、ミツはフィーネの近くに歩み、フィーネと同じ視線に合わせるように膝を折ると、フィーネの髪の毛の隙間から見える視線と目があった。


「そうか、君がフィーネか。フィーネ、これからよろしくね」


「はうっ……。よ、よろしくお願いします。……マスター」


「うん」


 そんなミツの言葉に、フィーネへと周囲の精霊達の羨ましいと言う視線が集まる。


 マスターであるミツに自身を改めて自己紹介できたこと。また、リティヴァールの力にてミツの好む容姿や、自身の意思で声を出し、思いを伝えることができた事に精霊達は心が喜びで波打っていた。

 しかし、幸せの時間に水を差す様にヒュドラの威嚇の声がフロアに響く。

 その瞬間、精霊達の顔からスッと笑みは消え、親の敵を見つけたような、刺すような視線を五人はヒュドラへと向けた。


「何だあの蛇野郎!? ウチ等とマスターの会話にでしゃばってきやがって!? あぁ〜? 蒲焼きにしてやろかい!」


「ダカーポ。マスターの前で素顔を出すのは止めときなさい」


「はっ! 私ったら、つい、エへへ」


 突然ヤンチャな言葉遣いに、ヒュドラへと罵声を浴びせるダカーポ。

 彼女を抑えるように、メゾがダカーポの頭に手を添える。

 ダカーポはハッと我に帰り、ミツを見た後に表情を戻した。

 ミツは思わぬダカーポの本性に、クスリと笑いが出てしまう。


「で、でも……ダカーポお姉ちゃんの……気持ち……。分かる」


「フィーネ。殺意が出てますわよ。貴女も落ち着きなさい」


「うっ……」


 フィーネの同意の言葉に、ティシモがやれやれと額に手をあてがえ首を振る。


「マスター。我ら姉妹に、どうかマスターとの会話の時間を裂いたあのゲテ物に、我らの裁きの矛を突き立てるお許しを下さいませ」


「「「「お許しを」」」」


 フォルテがミツに改めて指示を求めるが、彼女の言葉の中には、ヒュドラに対しての殺意の怒りが伝わってきた。

 

「うん。それは良いんだけど。その前に。あのヒュドラのスキルなんだけど、奪う前に倒されちゃ困るから、適度に痛めつける程度にお願いしていいかな?」


「はっ! マスターの望み。望むがままに我ら姉妹、マスターの矛となります」


 フォルテの言葉が終わると、精霊達はヒュドラへと踵を返し向き直る。

 バッと駆け出したとおもいきや、彼女達の背中には美しい翼が生え、バサリバサリと五人の精霊は空に飛び立った。


「へー、きれいな翼。飛べるのか、羨ましいな」


 フォルテ達の姿は正に天使。

 扉の外にいる仲間達は、フロアに天使が降臨したと、一番の驚きにその戦いを見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る