第146話 元シルバーランク冒険者

「フンッ! 小僧、殺れ!」


「は、はい!」


 バーバリの激の言葉に、リッケの剣がミノタウロスへと突き刺さる。

 血しぶきを吹き出し、断末魔を上げたミノタウロス。

 リッケは自身の体にミノタウロスの返り血を浴びつつ、体とは反対に、顔色を次第と青ざめさせていく。

 彼の突き刺す剣が浅かったのか、ミノタウロスは暴れ続け、ギラついた瞳をしていた。


「魔物に情けをかけるな! お前の甘さが他の者を危険に晒すと覚えておけ!」


 ザシュっと音を響かせ、リッケの目の前に立つミノタウロスの首が、バーバリの剣により飛ばされる。

   

「うっ……」


 ぼとりと自身の目の前に落ちてきたミノタウロスの首を見た瞬間、リッケに強い吐き気が襲った。


「オエッ……ゴホッ! ゴホッゴホッ! はぁ……はぁ……はぁ……」


「どうした、小僧……。この程度で恐怖に見るべき物から目を背けるか? 震えて剣が握れぬか? ならば貴様は負け犬としてその剣を捨てろ! 貴様の様に腑抜けた者には何も守ることもできん! 寧ろ貴様はそのまま剣を振り続ければ、その剣はお前の仲間を殺す剣となるだろう!」


「くっ……! ぼ、僕は! 僕は負けません! 僕は誓ったんです! 家族を守る力を……父さんやリックよりも。そして、彼の様に、僕は強くなるんです! そして、愛する人の側に居るために!」


「ならば立て! そして戦え! お前が甘さ故に地面に膝をついているその時こそ、周囲は貴様を置いて強者となっていく事を忘れるな! 戦場で信じれるのは自身の力だ! 剣だ! 心だ! 甘えを捨てろ! 欲望は強さのみ求めよ!」


「はい!」


「次に遅れたらこの剣が貴様ごと斬ってくれる! 付いて来い!」


「はい!」


 顔についた血を服の袖で拭い、リッケは立ち上がる。

 バーバリの言葉は熱くリッケの闘争心を駆り立て、握る剣に力を更に込めさせた。

 まだまだ通路の先からはミノタウロスが出てくる。それを一網打尽と、二人の剣士が全身に闘気をまとい剣を振り続ける。


 それを遠目にて観戦する人達。

 ある程度ミノタウロスの数を減らしたので、周囲の会話も耳にする余裕ができたのだろう。

 二人の会話に唖然とするしかない面々がいた。


「何だあれ……。リッケの野郎、あんな性格だったか?」


「熱いわね〜。情熱的な言葉は女として心を動かされるわ。でも、あれは違う熱さね……。なんて言うか……熱血? 戦いで興奮した男の人にたまに見られる感情が、今、彼の中で爆発してるんじゃないかしら」


「リッケの性格だと、一時的に感情が表に出てるんでしょうね……」


「良いんじゃない。やる気があるなら、あっちは二人に任せて。ゼクスもちゃんと二人のサポートをしながら、牛鬼がこっちに目標にしないように動いてくれてるし。それよりも……凄いわね……少年君の戦いは……」


「本当ですね……。彼、アースベアーとの戦いの時より明らかに動きが早いですよ」


「フムッ……。ローゼちゃん、それはいつの話かしら?」


「えっ? あ、はい! えーっと、まだひと月も経ってない程前です」


「そう……。(ひと月前に見たその時以上の強さ……。人族にしては成長が早すぎる……。フフッ……面白いじゃないの、少年君!)」


 バーバリとリッケが進む先のミノタウロスを倒すと同じく、後方から襲ってきたミノタウロスの群れにはミツとプルンが戦いを続けていた。

 バーバリの様に、ミツもプルンへと戦いのコツやタイミングを戦闘を交えながら教授し続けている。

 戦闘のタイミングなどは日本で仕事仲間と熱中していたロボット格闘ゲームの応用である。

 対人戦の経験だからこそ、人形のミノタウロスには効果は現れていた。


「プルン! 相手の次の動きを見極めて、それと視線にも注意を。狭い場所ではその場での動きをして、広くなればその分敵の攻撃も大きくなるからね!」


「分かったニャ!」


「後ろにバック!」


「ニャ!」


 ミノタウロスの振り上げた斧が振り強く地面に落とされる。

 その動きを見極め、ミツの言葉にプルンが後ろに後退する。

 ガキンット鉄が地面に叩きつけられる音と同時に、ミノタウロスのがら空きの上半身へと、ミツの攻撃が炸裂する。


「さっそく使わせてもらうよ! 乱れ切り花!」


 ブモオオッ!!


 ミツの手に握られた〈マジックアーム〉のスキルで発動した氷の剣。

 鋭利な刃物の様に刃は鋭く、ミノタウロスの暑い毛と肉を切り裂いていく。

 乱れ切り花の斬撃は、ミツがひと振りする度にミノタウロスへと血の花を咲かせる。

 ミツの攻撃で繰り出した〈乱れ切り花〉のスキルと氷の剣。

 この二つが合わさった時、ミノタウロスの血をいっきに凍らせた。

 吹き出す血は見事な花束となり、倒れるミノタウロスの腹部の上にその花束は突き刺さり、美しくも開花する。

 ミツだけが戦っている訳ではない。

 勿論プルンも素早い動きを生かし、ミノタウロスのアキレス腱等を狙って、ダマスカスナイフの攻撃を繰り出している。 

 だが、まれに硬い毛と筋肉に刃が通らない時は、ミツの〈ブレイクアーマー〉の魔法が、全てのミノタウロスの肉を柔くしていた。


 後方から襲ってきたミノタウロスの数体は、リッコ達の援護を不要と、二人の戦闘を素早く終わらせていく。


《経験により〈パワーチャージLv8〉〈ノックバックLv7〉〈大絶斬Lv5〉〈ブレイクアーマーLv4〉となりました》


「終わったニャ〜」


「お疲れ、プルン。リッケの方は……大丈夫そうだね」


 ミツの見る先では、丁度リッケが最後のミノタウロスへと剣を突き刺し、ミノタウロスが倒れるところだった。

 倒したミノタウロスをアイテムボックスへと収納後、リッケ達の方へと歩みを進める。


「お疲れ。お前ら、随分派手に暴れたな」


「本当。私達の出番がなかったじゃない。まぁ、あんたが行った時点で何もする事も無いとは思ってたけど」


「ニャハハハ。リッコ、ウチも頑張ったニャよ? それよりも、肉がいっぱい取れたニャ。帰ったら皆で食べるニャよ」


「フフッ。プルンちゃん、ミノタウロスのお肉って、高級品で私達庶民には中々口にしない物だから、そのまま売っても高額になるわよ」


「そもそも供給も安定しない高値の理由が、あんな大きなモンスターを普通の冒険者が如何やって持って帰るって言うのよ。それを考えるとミツ君のアイテムボックスはかなり入るわね……。あれを全部ギルドに売ったとしたら、市場が大荒れしそうな程にミノタウロスが並ぶんじゃないかしら」


 ローゼの言うとおり、既にミツが数多く以前持ち込んだ、バルモンキーとスケルトンの骨。

 この二つがギルドに運ばれた次の日には、燃料になる油と薬の材料費が数割と値下がりを起こしていた。

 ミノタウロスの素材は食料となる肉から、武器や防具の材料になる骨。

 そして薬の材料となる血や臓物までが売買されている。

 まさに日本で食べられるアンコウの様に、捨てる場所のないほどに重宝される素材である。

 しかし、大きさ故に持ち運ぶのも困難。

 人の手を増やせば勿論その分の人件費もかかってしまう。

 せっかく数十体倒して持ち帰っても、苦労に似合わず利益が少なすぎるのだ。

 ミノタウロスが倒せる相手だとしても、市場に並ばない理由の一つがそれでもある。


「そうニャ。ミツのアイテムボックスはいっぱい入るニャ。だから、買い物とかで荷物運びにミツは便利ニャ!」


 プルンの言葉に呆れる面々。


「おいおい。それだとミツに悪いだろ」


「そうよプルン。もう少し言い方を変えなさいよ」


「ニャ〜」


 本人に悪気は無くても、聞く人が聞けばプルンの言葉はミツを荷物運びに使うバック扱い。

 それに窘められた事に気づいた彼女は耳を閉じ、尻尾をたらりと下げ、反省を示す。

 ミツは落ち込むプルンの背中に、ポンと一つ軽く手を添える。

 自分は気にしていないとプルンに笑みを見せる。


「ふふっ。良いんだよ皆。実際手荷物も持たずに洞窟に来れてるし、帰りもモンスターの血とかで汚さないからね。何より、ギルドに素材を持っていく量が増えて報酬も増えてるんだから。自分も便利だと理解してるから、プルンの言葉は気にしてないよ」


「ふん〜。ねえ、少年君。聞きたいんだけど、君のボックスはどれくらい入りそう? 以前この洞窟で拾った素材の量は私は聞いてるけど、それ以上いけそう?」


「そうですね……」


 セルフィの質問に、ミツ自身も自分のアイテムボックスの容量を把握していない事に気付く。そう言えばと思いつつ、心の中でサポーターであるユイシスへと質問をかけた。


(ねえ、ユイシス。自分が使ってるアイテムボックスって、実際どれくらい荷物が入れれるの?)


《制限はありません。例えるなら、ミツの今住むこの世界全てを入れることも可能となります》


(えっ……。何そのブラックホール……)


「少年君?」


 突然ミツの表情が険しくなった事に怪訝となるセルフィ。

 彼女の呼びかけに、ミツは当たり障りのない程度の量にしておくことにした。

 ってか、世界まるごと入るアイテムボックスですと何て言っても、相手に信じてもらえるわけもない。



「えーっと……。たぶんですが、家一軒分くらいじゃないでしょうか?」


「「「「「!?」」」」」


「ニャ〜。それって肉はどれくらい入るかニャ?」


「お前は……。何で肉計算なんだよ……。はぁ……。なぁ、リッコ。ミツは家一軒分って言ってるけどよ……前にここに来た時、ミツが拾った素材ってギルドの裏小屋に入りきれない程あったよな……」


「そうね……」


 ミツの例える家は一般的な家ではなく、ダニエルの様な領主家の屋敷一軒分とリック達は考えることにした。


「お疲れ様です、ゼクスさん、バーバリさん。リッケ、大丈夫?」


「はい、ミツ君。僕は大丈夫です。ゼクスさんやバーバリさん、お二人が共に戦ってくれますし、ご指導もいただけてます。少しづつですが、戦いにも自信が湧いてきました」


「そう。それは良かった。でも無理はしちゃ駄目だよ」


「はい、お気持ちありがとうございます」


 大丈夫と本人は言っているが、今の彼はミノタウロスの返り血で顔も服も血で染まっている。

 ミツはウォーターボールをリッケの前に出すと、彼は感謝の言葉の後にそれを使い、自身の顔についた血を洗い流していく。


「小僧」


「は、はい。僕でしょうか」


「そうだ。小僧、貴様は次の戦いは後方の守りに付け。少しとはいえ、戦いでの疲労が見える。その状態では俺の戦いの邪魔だ」


「は、はい……。すみません」


 リッケ自身、バーバリの戦闘の邪魔になっていることは十分理解している。

 それでも彼は彼なりに、精一杯バーバリの指示に従い戦闘をしていた。

 それを評価されていないのかと、リッケは肩を落とし気持ちが落ち込んでしまいそうになる。

 そこにもう一人の指導者が優しく声をかけてきた。


「ホッホッホッ。リッケさん。強くなりたいと言う貴方様のお気持ち、私だけではなく、ここにいる皆様が十分にご理解致しております。ですが、バーバリさんのおっしゃる通り、一時で構いません。どうか今は後ろに下がり、お身体をお休み下さいませ。それこそ剣の成長の近道でもあります。バーバリさんは少しだけ言葉足らずの所がございますので、相手を思う気持ちは言葉の底に見える程度です。どうか、彼を責めなきよう」


 ゼクスの言葉を聞き、リッケが顔を上げてバーバリへと向き直る。

 先程の冷たい言葉の内に、リッケはバーバリが自身の為を思って発言した言葉だという事に気がついたのか、バーバリへと深く頭を下げる。

 バーバリは何も言わないが、彼の視線は余計なお世話だと思っているのだろう、ゼクスを忌々しく見ていた。


「ホッホッホッ。さて……。ミツさん、少しよろしいでしょうか」


 ゼクスのさり気ない呼びの言葉に、倒したミノタウロスの亡骸を集めていたミツが駆け寄る。


「はい、ゼクスさん。如何されましたか?」


「いえ。実は先程はカッコつけたセリフを吐きましたが、私も歳でありましょうか……。前衛での守りを長く続けるのは少々酷にございまして。大変申し訳ございませんが、私の立ち位置を後衛の守りに専念させて頂いても宜しいでしょうか」


「はい。それは問題ありませんが、大丈夫ですか? 身体に異常が出たとかでは無いんですよね?」


「……」


 ミツの言葉に、珍しくも眉を寄せるゼクス。

 その動きはほんの少しだけに、ミツ自身も見間違いなのかと思ってしまう。


「貴方は勘が鋭いのか、それともそれが無意識なのか……」


「えっ?」


 ゼクスは用を足すと言葉を告げ、少し皆から離れて話す事をミツへと促す。

 ミツも男の連れションと、音の聞こえない程度にゼクスとその場を離れた。


「それで、どうしたんですか?」


「ホッホッホッ。老体は我慢と言うことがなかなか出来ませんね。お付き合い頂き、申し訳ございません。実を申し上げますと、ミツさんにお願いがございます」


「はい」


「この先……下の階層では、今戦っておりますミノタウロスよりも、少々厄介な魔物が出現いたします」


「……」


「その魔物に関して、今の様にリッケさんの成長を目的とした戦いは、お仲間の皆様を危険に晒す事になりかねません」


「そんなに危険な魔物なんですか……」


 ゼクスの表情がいつも見ている顔ではなく、冒険者として険しくなっていく。


「はい……。出現する魔物はインプ。見た目こそ人族の子供に見える魔物にございます。しかし、単独で戦いは行わず、必ず数体での戦闘となります。インプの動きは素早く、攻撃は爪の毒、息を吹けば口から多種たようの攻撃を行います。更に知性も高く、魔法での攻撃に注意しなければいけません。何よりも厄介なところは、魔物故に相手の弱点となる所を狙いに来るところです」


 試しの洞窟、9階層に出てくるモンスターはインプ。

 ゼクスはインプの戦いの注意点などを説明していく。

 インプの見た目はゼクスの言うとおりの子供程度の背丈をしており、肌色を変えるとゴブリンと見間違えるかもしれない。

 弱点と言う危機感を感じさせる言葉に、ミツ自身の警戒を上げ、彼は話を聞く。


「弱点……。それはやはり、自分達の弱そうに見える所を狙うということですか?」


「そうです。我々の今のパーティー内の弱点は女性の皆様です」


「えっ? プルン達がですか? ……えーっと。ゼクスさん、申し訳ないですが、結構彼女達って強いですよ? プルン達もそうですけど、特にセルフィ様は確か弓神と言われる程の名手ですよね?」


「ホッホッホッ。勿論それは先程の戦いで十分に理解させて頂きました。ですが、魔物が真っ先に狙うのは女性や荷物持ちの様な戦えない者。次にそれに動揺して動きを鈍らせた人物。そして最後に残った者へと集中的に攻撃を仕掛けてきます。皮肉なことに、これは魔物だけではなく、戦争にて後衛や物資を先に狙うと言う、人の考えに似ているのかもしれません……」


「なるほど……」


 そこでゼクスは言葉を止め、ミツへと振り直る。

 うん、ちゃんとズボンを履いているから問題ないけど、先に手を洗おうね。

 ミツの出した水玉で手を洗い終わった後、ゼクスの顔がもう一度引き締め直される。


「そこで私からのお願いでございます。これは私個人の問題でして……。まだ私が若き頃の戦い、その幾度も身体を酷使したつけが、この歳になって来てしまいました」


「えっ!? ゼクスさん、ご病気だったんですか?」


「いえいえ、病と言う程ではございません。先程の戦いで少々足と腰に痛みが走りまして。お恥ずかしながら、ミツさんのお力でこの痛みの治療をお願いする事はできませんでしょうか……。この痛みが無ければ、皆様をお守りする働きができると思いますゆえ」


「足と腰ですか……。分かりました。ゼクスさん、そこの岩場に座って頂けますか?」


 歴代の冒険者のゼクスの身体は外見こそ大きな外傷は見られないが、やはり彼も歳を取り、若い頃の無茶もあったのだろう。

 久し振りに戦闘服を身にまとい、モンスターとの死のやり取りに、今まで蓄積され、抑え込まれていた見えない傷や痛みが彼の身体を激痛と言う形で襲っていた。

 バーバリはそれに感づいていたのか、ゼクスに下がれと一言つげ、自身が前衛を守り、リッケへと指導を行ってくれていたようだ。

 バーバリのそんなツンなのかデレなのかよく分からない誰得な優しさはさておき、履いていたブーツを脱ぐのにも眉間にシワを寄せるゼクスの診断である。

 鑑定スキルにゼクスの痛むと言う場所を入念に調べると、腰にはヘルニアを患い、足首に関しては変形性足関節症と病名が表示された。

 これは足首の関節を構成する脛骨と距骨の表面を覆う軟骨がすり減っている状態であり、歩くたびに激痛の痛みが走り、次第と歩く事も困難になる症状である。

 更には反対の足にはその痛みを抑えようと負担をかけすぎたのだろう。丸いコブが出ており、この状態も足に違和感を出す状態となっている。

 診断の結果をゼクスに説明しつつ、すり減った骨とコブをスキルの〈再生〉のスキルと〈ハイヒール〉を使用してゼクスの足を治していく。

 スキルを発動するとゼクスの足に熱い熱が走り、彼の眉間に痛みを我慢する為のシワが寄る。コキッと心地よい音を一度鳴らすと、ゼクスの顔の寄せていた眉間がしだいと緩んでいく。


「あ〜。足の方は片足をかばいすぎて、反対の足に負担がかかってたようですね。よく見たらゼクスさんの履いていたこのブーツですが……。ほら、重心がずれて斜めになってますよ。靴は直ぐに直せるので自分が元に戻しますね。それと、腰の方ですが、少し骨自体が曲がっていたので、これも治療させていただきました。痛みも無くなったので、呼吸が前よりかはしやすくなったと思いますがどうですか?」


「おお……。ホッホッホッ。ありがとうございます。この老体、お陰様でまだまだ剣を振ることができ、皆様をお守りする剣となる事ができます。しかし……これは素晴らしいです……。身体がとても軽く、足に痛みが走ることも無い」


「素晴らしいも何も、ゼクスさんの身体を元の状態に戻しただけですよ。なんですか、さり気なく自慢ですか」


「ホッホッホッ。これで若い者に遅れを取ることは無くなりましたな」


 古傷が治り、ゼクスの顔から先程までの不安とした表情が消えた。

 ゼクスの履いていたブーツは〈物質製造〉のスキルで足のサイズに合わせ直し、もう足の負担は無くなった。

 

「あっ、遅いわよ! ミツ、やっと戻ってきたわね」


「お待たせしました皆様。申し訳ございません、リッコさん。ミツさんとの話が弾んでしまい、戻ってくるのに遅れてしまいました。悪いのは私でございます。どうかミツさんをお責めにならなきよう」


「えっ! そ、そんな。ゼクス様の話に付き合うのは当然ですよ。ちょっとミツ、私が悪いみたいじゃない!」


「えー。自分はただゼクスさんに付き合ってトイレに行っただけだよ」


「フンッ。いちいち男が小さいこと気にしないの。ってか、アンタ。ちゃんと手は洗ったんでしょうね? リックみたいにズボンで拭いてないでしょうね……」


「こら、リッコ! 俺をそんな話に持ち出すなよ」


「ハイハイ。二人も戻ってきた事だし、先に進みましょう」


「はい。ちなみに、リッケ。リッケがジョブを変えるまで残り30体近く倒す必要があるけど……」


 ミツは先程ゼクスから聞いた話の内容をリッケへと伝えていく。

 勿論セルフィ達には自身達が弱点になるなど、彼女達の怒りを買う様な発言は控えてだ。

 彼も自身のジョブを変えたいという希望はあるが、ゼクスが危険と判断する場所で身勝手な行動はできない。

 この先を進み、9階層へと降りたら素直に後ろに下がることを承諾してくれた。

 だが、ミツの計画では既にリッケを今ここにいる8階層にてジョブを上げきるつもりであった。

 それは何故か?

 実は先程、バーバリとリッケがミノタウロスを討伐する際、彼のステータスを前もって見ていた。

 その時のリッケのソードマンのジョブレベルは5。

 そして、いま改めて彼を鑑定すると、ジョブレベルは6に上がっていた。

 たった数体のミノタウロスの討伐で彼は確実に成長している。

 前衛としての経験は目に見えて浅いが、それは次のジョブ【センチュリオ】になった後に覚えていけばいい事だ。

 

 ゼクスの足も治療を受けた事に調子を戻している。

 彼の動きを確認後は、ミノタウロスとの戦闘を更に増やす考えであった。

 試しとばかりに、進む先には二体のミノタウロスがこちらへと向かってきていた。

 ミツはゼクスに足の調子を見ることも伝え、ゼクスに討伐をお願いする。

 彼もそれを承諾。 

 支援スキルをミツがかけた後、ゼクスの戦闘が始まる。


「……参ります」


 言葉をその場に残すとはこの事であろうか。

 ゼクスは構えたレイピアを標的となるミノタウロスへと向けた瞬間、彼は瞬速と思える程にミノタウロスへと近づいていた。


「「「「「!?」」」」」


「ジャッチメントクロス!」


 ゼクスのスキル〈ジャッチメントクロス〉がミノタウロスの身体を切断する。

 以前ミツとの模擬戦で見せたスキルとは威力も桁違い。

 唖然と言葉を失う面々と、険しい表情とゼクスを見るセルフィとバーバリ。

 物の数分もかからず、ミノタウロスの討伐を終えたゼクス。

 彼がこちらに歩いて来たその時、切ったミノタウロスの肉の断面から時間を置き、けたたましく血が吹きだしてきた。

 

「す、凄え……。これがゼクスさんの戦いかよ……」


「うん。元とは言え、流石シルバーの冒険者だね」


「ガルルッ。おのれゼクスめ……。自身で老いた老いたと言葉をほざくも、やはりあいつは手を抜いておったか。昔からあいつは人を欺くペテン師だ」


「ん〜……。少年君の支援魔法の効果だけって訳でもなさそうね……。ねぇ、少年君。君、ゼクスに何かした?」


「えっ? ……いえ。おまじないが効いてるんじゃないんですかね」


「そう……」


 ミツはセルフィの問に、あえて本当の事を伝えなかった。

 それはミツは自身のスキルなどを隠さず質問されれば大抵のことは正直に話している。

 だが、ゼクス自身が今まで皆に弱音を吐くこともなく、痛みに耐え、更には恥を承知とミツへと自身の本音を話してくれた。

 歴代の戦士が打ち明けた話を、ミツは男の友情として心の内にしまう事にしたようだ。


 進む先の道中、先程のゼクスの戦いに歓喜に隣で話すリッコ。

 彼女の高まったテンションに、まるでピクニックにでも来ているのかと思わせる喋り声が聞こえてくる。

 ゼクスは機嫌よく、ホッホッホッっといつもの笑いに、時折言葉を入れるバーバリやセルフィの対応をしている。

 前衛を歩くのはミツとリック、それと後ろにプルンがともに歩く。


「リッコ、凄い機嫌がいいニャ」


「そりゃね。憧れの人の凄い戦いを目の前に見れたんだもん。リッコの気持ちもわかるよ」


「にしても浮かれすぎだろ。まぁ、側にゼクスさん達が居るから、牛鬼共に不意をつかれることはねえと思うけどよ」


「うん、それは大丈夫かな。後ろからはモンスターの気配は無さそうだし。それより問題は先の方だよ」


「そうか。で、ミツ。先には何匹いやがるんだ?」


「んー……。取り敢えずリッケの倒すべきモンスターの数は確実に居るかな」


「ニャ!?」


「しかし、道一つ曲がっただけでこんなに居るもんなのかよ? まあ、俺も早くジョブを変えてえから戦闘に文句はねえけどよ」


「そうだね。リックは皆の守りに専念してくれてたから、ジョブを変える為の戦闘経験が入ってないみたいだからね。いつもなら、前でランスや盾の攻撃をしてたからそこまで気にすることも無かったんだけど」


「二人とも、後の戦闘をちゃんと考えるニャ。ミツの予想の数がいるなら、戦いは大変になるのは間違いないニャ」


「うん。正にモンスターハウス状態になってるかな」


「ミツ、どうする?」


「そうだね……。戦闘になる前にもう一度皆には支援スキルを……おまじないをかけ直そう。それと先手は自分が行くね」


「ニャ!? 大丈夫ニャか?」


「うん、敵を引きつけるだけだから。もし上手くいくなら、ミノタウロスを挟み撃ちにできるかもしれないし」


「分かった……。無茶すんじゃねえぞ!」


「それで行くニャ!」


 先の状態を後方を歩く仲間たちへと説明しつつ、一度足を止め、この場でミツは仲間達へと支援をかけ直していく。


「うわっ……。少数って数のレベルじゃないわね……」


 通路を進む先、ミツ達は先よりも広いフロア。例えるなら野球ドーム並の広さがあるフロアで、ミノタウロスの群れを発見する。

 これが洞窟内ではなく、外にこの群れがいたとしたら脅威となる数であろう。

 洞窟内の魔物は、洞窟に貯まる魔力にて魔物が出現する。

 何故魔力から肉体のある生物が生まれるのか。また、何故倒したモンスターの素材は持ち出すことができるのか。

 洞窟内の不思議と思う事はまだ解明されていない事が多いが、ミツ達がこの群れを見つけたのは運が良かったのかもしれない。

 もし、発見したのが他の冒険者パーティーだとする。その冒険者達が目の前のミノタウロスの群れを倒すかと言われたらそれは否。

 ミノタウロスの数も数。

 例え息のあったチームだとしても、数の暴力で全滅に追い込まれるかもしれない。

 だからと言って、この状態を放置することもできない。

 発見した冒険者パーティーは一度洞窟を出た後、洞窟を管理する施設へとこれを報告。

 危険を減らす為と、ミノタウロスの討伐グループが設立されるだろう。

 その案件が施設に行く前と、ミツ達がこのミノタウロスの群れを発見したことは、運が良かったとしか言葉が無いのだ。

 目に見た光景に、仲間達は険しい表情を作りつつ、警戒心を高める。

 しかし、ミツも驚きはしたがその光景に、彼は絶望するどころか心から歓喜に満ち溢れ、上がる頬を手で隠すほどに喜んでいた。

 彼の中では、大量の経験値ゲット。

 鴨が葱を背負って来るとは、この事を言うのだろう。

 そんな彼の後ろ姿は少し小刻みに震えているためか、周囲の者に、ミノタウロスへの警戒心を更に高め、ミツもやはり怖いのかと勘違いをさせていた。


「おい、リッコ。あんまり身を乗り出すなよ。見つかっちまったらこんな狭い場所での戦いになるからな」


「分かってるわよ」

 

 些細なことに敏感になっているのか、リックがリッコを窘める。

 喧嘩になりそうなピリっとした二人の間にはさり気なくゼクスを間に入れ、ミツは策戦を開始する。


「それでは皆さん。自分が動き出したら皆さんも戦闘を仕掛けてください」


「了解した。小僧。しくじるような真似はするなよ」


「ホッホッホッ。バーバリさん、素直に無理はするなと彼にお伝えすればよろしいではありませんか。ミツさん。こちらはおまかせ下さい。貴方様のご期待に添えますよう戦わせていただきます」


「うん。少年君のかけてくれたスキルの効果で、戦闘準備も完璧ね」


「ミツ、早く呼びなさいよ。私、なんだか魔法を早く撃ちたくて身体が疼いてるんだから!」


「あら〜。リッコちゃんもなの? 実は私もなのよ。さっきミツ君が聴かせてくれた笛の音色の後、もう心臓が熱くて、それにドキドキが止まらないのよ〜」


 ゼクスの言葉に、口を挟むなとジト目を送るバーバリ。

 セルフィやリッコ、そしてミーシャのテンションが高い理由。

 それはミツの支援魔法である〈速度増加〉や、おまじないである身体能力上昇系スキルと別に、演奏スキルである〈ヴァルキリーメロディー〉〈マジシャンメロディー〉と、魔術を得意とする女性達の能力の底上げを行っていた。

 演奏が終わると、セルフィは自身の体の内から湧き上がる力に驚き、近くにあった岩へと〈ウィンドカッター〉の魔法を放つ。

 岩はまるで木材を切り裂いた様に真っ二つとなり、周囲の面々だけではなく、本人すら驚かせる効果を見せた。


「ミーシャ、そんなこと言って……焦ってとちらないでよ……。ミツ君、援護射撃は任せて!」


「おう、行ってこい! 俺も全力で盾を牛鬼共に叩きつけてやるぜ!」


「僕も頑張ります! 心配無用とは思いますが、気をつけてくださいね」


「ミツ、行ってくるニャ! あの牛鬼全部倒せば肉の食べ放題ニャ! 絶対一体も逃がしちゃ駄目ニャよ!」


「うん。直ぐに食べれるとは思えないけど、取り敢えず行ってくるね」


 ミツは軽く皆へと手を振りミノタウロスの群れの待つフロアへと歩み始める。

 それと同時にミツのスキル〈ハイディング〉が発動。

 煙の様に消える彼を見送り、仲間たちは戦いの開始の合図を待つ。

 

(足場が酷い……。一度洗い流すか……。いや、皆が水溜まりに足をとられるかもしれない……。なら、フロアを明るくすれば足を崩すこともないだろうな)


 ミツはミノタウロスの間をすり抜けつつ、戦闘の前に〈スティール〉にてスキルを先に盗んでいく。


(失礼しますよ〜っと。はい、スティール。こっちもスティールっと)


《経験により〈大絶斬LvMAX〉〈パワーチャージLvMAX〉〈ノックバックLvMAX〉となりました》


(これだけ居ればスキルをMAXにするにも早く終わるね)


 戦うべき場所は崩れた岩や砂利が多く、薄暗いこのフロアでは足を引っ掛けてしまうかもしれない。

 それを回避すべきと、ミツは〈時間停止〉を発動後、直ぐに〈マジックアーム〉で弓を作り〈マジックアロー〉の雷の矢を作り出す。

 〈連射〉を発動しつつ、フロアの天井一面に雷の矢が突き刺さると、フロアは明るく照らされ、ミノタウロス達の足元に黒く厚い影を作り出した。


 !!!???


 ミノタウロス達の天井が突如として明るくなった事に驚く中、ミツは両手に忍術スキルの一つ〈嵐刀〉を両手にて発動する。

 ミノタウロスは天井の明かりもだが、足元に吹き荒れる風にさらに驚き、下を向く。

 そこには風切り音を鳴らし、両手に嵐刀を持ち、ほくそ笑むミツが戦闘態勢を取っていた


「始めようか!」


 ミツの剣術スキルが、ミノタウロスを次々と切り裂き始めた。 

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