第145話 女の魅力

修正


「あらあら。プルン、見てみなさいよ。折角のアドバイスも無視しちゃって、ミーシャったら莫迦な選択をしちゃうのよ」


「リ、リッコ!? ジョブの選択は本人の自由だニャ。ミーシャも選んだジョブになれば強くなるニャよ」

 

 早々に戦闘を終わらせたのか、リッコとプルンが先に戻ってきた。

 戦闘はゼクスとバーバリの二人が先頭に立った時点で決まったも同然。

 リッコのサンドウォールの足止めスキルが発動後は、分もかからずと数体のミノタウロスを二人だけで討伐してしまっている。

 ミツもそれを理解していたのか、彼らと戦うミノタウロスに心の中で手を合わせていた。

 一応ミノタウロスが倒れた後、リッケが剣を突き刺したが、その討伐数はリッケにカウントされるのかが分からないので、自分の中ではノーカンにしておく。

 

 リッコの挑発的な言葉に、ミーシャではなくローゼが食いつく。


「リッコさん、それってどう言う事なのかしら。プルンさんの言う通り、ジョブの選択は本人の自由なはずよ。アドバイスはもらっても、選択した事に非難されるのはおかしいわ」


「フンッ。そうね。ジョブを選ぶのは本人の自由よ。でもね、私が言ったのは、目先の事しか見てない人に言った言葉よ」


 リッコの言葉の意図が分からないのか、ローゼとミーシャは顔を見合わせた後、またリッコへと訝しげな視線を送る。


「はぁ……。ねえ、ミツ」


「何かな」


「あんたがミーシャに別のジョブを勧めたって事は、そのハイウィザードよりも強くなれるって事でしょ? その先のジョブの事、ちゃんと私達の時みたいに説明した?」


 リッコの言葉の後、周囲の視線がミツに向けられる。

 ミツはそう言えばと、言葉足らずに苦笑を浮かべていた。


「い、いや。そう言えば、まだ説明してないかな……」


「もう。なら教えてあげればミーシャも納得するでしょ」


「……ああ。なるほどね。フフッ」


「な、なによ……」


 彼女の言葉は悪いが、リッコも同じ冒険者仲間として、ミーシャへと助言のつもりで先程の言葉をかけたのかもしれない。

 ミツはリッコの言葉の内にある優しい心遣いに思わず彼女へと笑みを送る。

 いきなり向けられた笑顔に頬を染め、リッコはフンッとそっぽを向いてしまった。


「そうだね……。ミーシャさん、説明が不足してました。ミーシャさんがダンサーを極めますと、その先【マジックダンサー】になることができます。実は、これはリッコ達が今目指している上位ジョブに当たります。これを極めるのはまた大変ですけど、自分が知る限りでは上位ジョブはかなり強いですよ」


 ミツの話を聞くと、ミーシャは自身の知っでいるダンサーとはまた違う強さを後に得ることができると説明を受けると、目を見開き驚く。

 本当に噂程度に流れる話であった上位のジョブ。ミーシャは近くにいるプルンとリッコの二人も、それを理解していたのかと話を聞いた。


「そんなに!? 知らなかった……。えっ? じゃあ、プルンちゃんとリッコちゃん、二人もそれを狙ってジョブを別のタイプにしてるって事なの!?」


 その質問に、顔を見合わせるプルンとリッコ。お互いにミツからはオススメとしてシーフとヴァルキリーにジョブを変えているが、上位ジョブの説明は詳しく聞いてはいなかった。

 さあ? っと、首を傾げる二人にミーシャは困惑してしまった。


「あ、あれ?」


「ミーシャさん、上位ジョブの説明は二人にも初めて言いましたので知らなかったと思います。えーっと。お二人も知っていると思いますが、プルンは今のジョブになる前は【モンク】でした。でも、今のジョブは【シーフ】です」


「ニャ!」


「シーフ……」


「先程バーバリ様に説明をする時、プルンさんが自身のジョブをシーフって言ったのは私の聞き違いじゃなかったのね……。確かに、以前のプルンさんはナックルで戦ってたけど、今はナイフを武器にしてるわ……。でもミツ君、何でシーフなの? モンクとシーフは同じ前衛でも、戦うスタイルは違うわよね。それだとジョブを完全に生かせないんじゃないかな?」

 

「はい、ローゼさんの言う事も確かです。プルンもそのままモンクの先である【武道家】にジョブを変えればモンクの戦いのスタイルを変えることなく、モンスターと戦う事ができるでしょうね」


「なら……」


「ですが、今のプルンがシーフを極めると、次に【アドベンチャラー】と言う上位ジョブになれます。このジョブならプルンの経験したもモンクの戦闘スタイルと、シーフの素早さの両方が生かせる様になります」


「!?」


 ミツの説明に驚きつつも、ダンサーを押してくる内容に納得するローゼ。

 周囲の人達もミツがスラスラと話す内容に、まるでそれが当たり前と話す事に驚きを隠せなかった。


「ニャ〜。ウチ、次はそのアド弁当茶になるニャね!」


「それって何弁だよ。はぁ、プルン。アドベンチャラーね。うん、どんなスキルを覚えられるのかは、まだ自分もそのジョブになった事がないから知らないけど、きっと強いと思うよ」


 ミツが経験したことのないと言う言葉に、プルンは驚きつつも、その顔からは笑みが溢れ出していた。


「ニャニャ! ミツも経験が無いジョブニャか!?」


「そうだよ。プルンのアドベンチャラーだけじゃないよ。リックもリッケも、それにリッコの次のジョブは自分は経験がないからね。きっと自分も驚く強さを見せてくれるんじゃないかな?」


「ほー。そりゃ面白い話じゃねえか」


「そうですね。僕達はいつもミツ君には驚かされてばっかりですから」


「フフッ。アンタの驚く顔が楽しみだわ」


「皆、頑張るニャよ!」


 いつもミツのやることなす事に驚かされてばっかりの仲間達。

 ここぞとばかりと、プルンだけではなく、リック達の心にある闘争心が湧きはじめた。


 先程から目の前の少年のやる事に、常に驚かされっぱなしなのはリック達だけではない。

 暇つぶし……もとい、監視役として同行したセルフィも内心落ち着きがなくなっていた。

 

(判別晶で表示されるジョブ。あれは確かにその人の経験したことのある戦闘や倒したモンスターが関係するとは言われてたけど……。ジョブを変える前から先を示すだなんて……。本当に面白い子ね。あ〜。国にどうやって報告しようかしら。そのまま報告しても国の堅物の婆様達は信じてくれないだろうし。まあ、少年君の強さは判別晶を持ち歩いてるとか無理矢理に理由付ければ良いけど。なんだろう。長生きして久し振りにドキドキしちゃうわ〜。あっ、勿論Loveのほうじゃないわよ。さてさて、ライオンちゃんはさっきから難しい顔してるけど、ちゃんと少年君に友好な手を伸ばすことができるかしら。彼はゼクスの付き添いと言っても、明らかに目的は私と同じね)


 頭の中で色々と考えているセルフィの視線の先は、先程から無口なバーバリである。

 彼は険しい視線を少年へと向けていた。

 最初こそ不仲であるバーバリとミツだった為に、今はお互いに友好的に手を取り合う事ができていない。

 セルフィの考え通り、バーバリが今回ゼクスと同行した理由の一つはミツとの友好を深めること。

 これは自身の主であるエメアップリアの望みでもある。

 バーバリは職務(メンリルのお説教)を済ませた後、エメアップリアにこの話を任命されていた。

 ミツ自身が獣人に敵対心は全く無いと言う発言をしたので、ここは更に友好を深めようと彼女の提案である。

 しかし、チャオーラは自身の私兵であるために側から離すわけにも行かない。

 ベンガルンはチャオーラの右腕が治った事を周囲に悟らせない為に彼女のサポート役としておいている。

 他の獣人兵をミツに会わせても良いが、予選の出来事を耳にしたメンリルが助言とばかりに、仲を繋げるきっかけにバーバリを向かわせたのだ。

 別に、お面の入った煎餅を持って誤りに行けなど言ったわけではない。

 バーバリは試合(喧嘩)に負けてるのだから。


 周囲の反応と雰囲気に、ミツのオススメとするダンサーと言うジョブが、自身にどれだけ強さを与えてくれるのか納得したのだろう。

 ミーシャは一度森羅の鏡に視線を戻し、項目に表示されたハイウィザードから、視線をダンサーへと向けた。


「分かったわ。でも、ミツ君の言葉を信じる代わりに一ついいかしら?」


「はい、ミーシャさん。何でしょうか?」


「私ね、今まで魔術士として動いてたから、このダンサーのジョブの戦闘になれるまでは、私の側にいて欲しいな〜。フフッ……なんてね」


「はぁ〜。ミーシャ、あんた……」


「はい。別に問題ありませんよ? 新しいジョブになれば、誰だって不慣れなのは理解してますから。戦いの時はできるだけ自分が側にいるようにします」


「「!?」」


「フフッ。それじゃ、ミツ君のオススメしてくれた事だし、私はダンサーになるわね」


 ミーシャはそう言うと、もう躊躇う事なく、ダンサーへとジョブを変えた。

 森羅の鏡は虹の靄となり、次にダンサーが覚えるスキルの一覧へと形を変えていく。

 目を見開く面々と、その光景を見るのが二度目である面々とその場のリアクションもまた違う。

 森羅の鏡に表示されたダンサーのスキル一覧には〈ダンスステップ〉〈喜びの脚〉〈怒りの剣〉〈哀しみの涙〉〈快楽の笑〉〈魅了の瞳〉の六つのスキルが表示された。

 ユイシスに喜怒哀楽的な名前がつけられたスキルの説明を求める。

 〈ダンスステップ〉はダンサーとしての基礎スキル。

 他のスキルにはレベルは無く、このスキルのレベルが上がれば他のスキル効果も増すそうだ。

 〈喜びの脚〉はパーティーメンバーの素早さ増加。

 〈怒りの剣〉はパーティーメンバーの攻撃を増加。

 〈哀しみの涙〉は敵の素早さを減少。

 〈快楽の笑〉はパーティーメンバーの毒以外の状態異常耐性増加。 

 〈魅了の瞳〉は異性を自身に魅了状態にしてしまう。

 ダンサーには攻撃スキルは無いが、味方へのデバフ効果のスキルもあれば、敵に対してのデメリット効果のスキルもある。

 ミツの経験したことのある【エンハンサー】に似ているかもしれない。


「なんだか聞いたことねえスキルだな」


「ちょっとリック、女のスキルを覗き込むなんて失礼よ!」


「おっ、おう……。えっ、なんで俺だけ?」


 兄の行動が恥ずかしかったのか、リッコはリックを強く窘める。

 

 森羅の鏡に表示されたスキルの一覧に、ミーシャは驚きつつもミツからスキルの説明を一つ一つ受けていく。

 何故にここまで詳しいのかとからかい混りにミーシャに問われ、周囲の女性の視線が痛かったが、そこは笑って誤魔化すしかできない。

 彼女は幼馴染であるローゼと相談しつつ、四つのスキルを選ぶ。

 ダンサーの基礎である〈ダンスステップ〉から〈喜びの脚〉〈快楽の笑〉そして最後は〈魅了の瞳〉である。

 彼女がこのスキルを選んだ理由としては、モンスターから素早く逃げる事ができる為と、仲間達の状態異常耐性。そして、自身とローゼに近寄るチャラ男にかけて撃退する為だそうだ。

 仲間の事を考えつつ、自身の防衛の為にスキルを選ぶ。

 攻撃は魔術士の時に覚えた〈アイスランス〉の氷槍をこのまま使用して戦うそうだ。

 

 ジョブの変更も終わり、森羅の鏡は虹の靄を消し、普通の鏡の様にミーシャの姿を映し出していた。

 

「こ、これで本当にダンサーになれたのかしら?」


「はい、間違いなくミーシャさんはダンサーにジョブを変えていますよ」


「そう……。フフッ……ねえミツ君、見て……」


「えっ?」


 ミーシャは森羅の鏡をミツへとかえしたのち、少し距離を取る。

 そして、ミーシャは自身のローブのふちを摘み、身体を揺らす。

 

「あっ……」


 ミーシャの身体が揺れるたびに、彼女の双子山が揺れ動く。

 ミツは突然の事に言葉を失い、ミーシャから視線を外す事ができなくなってしまった。

 彼女の〈魅了の瞳〉が発動。


「「「ミーシャ!」」」


 ミツの様子に、女性陣からミーシャを止める声が飛ぶ。


「止めなさい、あんたって子は!」


「痛い! 痛いわよ、ローゼ! ごめん、ごめんなさい! 止めるから、ってかもう止めてるから〜」


 悪ふざけが過ぎたのか、ローゼの関節技がミーシャへと素早く決まり、彼女の動きを止めた。

 しかし、ミーシャのスキル効果は一定時間続くのか、ミツが元に戻らない。


「お山がユラユラ……ポヨンポヨン……」


「ちょっと! ミツ、しっかりしなさいよ!」


「ミツ、そのワチャワチャとした手の動きを止めるニャ!」


 ミツを止めようと、リッコとプルンの二人が前に立つ。

 視線をミーシャから冴え切られたミツの視線は、目の前にいる二人の胸元を交互に見る。


「……小山?」


「「あっ?」」


 彼の一言は、二人の女に怒りの火をつけた。


「目を覚ませ、このドスケベ野郎ー!」


「何言ってるニャ!」


「グフッ……」


「「「「!?」」」」


 ガツンと鈍い音を響かせ、ミツの顔面と腹部に二人の拳が入る。

 ノーガード状態でモロに顔面に拳をくらい、大きく身体をのけぞるミツ。

 その姿に驚くセルフィ達。

 突然の妹の行動に、急ぎミツへと駆け寄るリックとリッケ。


「だ、大丈夫か、ミツ!?」


「あっ!? ミツ君、鼻血が。直ぐに治療しますね。二人とも、少しやり過ぎですよ!」


「……えっ。あれ……? 二人とも……どうしたの? ってか血? なんで? あれ、ローゼさんは何故にミーシャさんに卍固めしてるの?」


「「フンッ!」」


 ミーシャの〈魅了の瞳〉はミツだけを狙ったのか、それとも偶々スキルレベルが低い為に他の男性陣には効果は届かなかったのか。

 理由はどうあれ、ミーシャの悪ふざけに迷惑したのは確かである。

 プルンとリッコはリッケに窘められるも、まだ少し怒っているようだ。

 反省したのか、ミーシャも謝罪の言葉を告げてきた。

 仲間に魅了され、更にまた洞窟でのダメージは仲間から受けると言うトラブルもあったが、次はローゼのジョブを変える番である。

 

 そんな光景を呆れながら見ていた大人達。

 今もローゼのジョブを変えている事に、彼らの中で常識外れな事をする少年へともう内心笑うしかできなかった。


 ローゼも自身のジョブを変える際は、次は【ハンター】になる物だと思っていたそうだ。

 だが、彼女のジョブ【ボウマン】は【アーチャー】と違い特殊ジョブである。

 特殊ジョブはリッコの前のジョブ【ウィッチ】と同じで特別なジョブ。

 その為、彼女の使用した森羅の鏡には、ジョブ候補がミーシャよりも多く表示されている。

 表示されているジョブをミツが確認した後、彼女が上位になれるジョブは【ソードマン】を極めた後の【ドラグーン】と【ウィザード】を極めた後の【マジックハンター】。

 それと、これは驚きだが、彼女にも【ダンサー】が表示された。

 流石に二人もダンサーは無いだろうと思ったが、ユイシスの言葉がミツを驚かせる。


(えっ!? ユイシス、本当に!)


《はい。対象者、ローゼがダンサーを極めますと条件上位ジョブ【ティアスター】になる事ができます。条件は【ボウマン】になり、指定数のモンスターを倒す事です。既に彼女は条件をクリアーしておりますので、彼女にはこちらのジョブををオススメいたします》


(まさか、リッケと同じ条件上位ジョブになれるなんて……。でも、流石に二人連続となると……)


「ホッホッホッ。ドラグーンとは、また素晴らしいジョブでございますな」


「うむ。我が国にも指折り数える程しか居らぬ者。娘よ、これはお前にとっては朗報であろう」


「二人とも、もう一つのマジックハンターも無視できないジョブよ。私の国。エルフに多いのがこのマジックハンターよ。弓と魔法にかけてなら、ずば抜けた才を持つと断言できるわ」


 ゼクスとバーバリはドラグーンに対しての評価も高く、セルフィもマジックハンターに対しては熱くそのジョブの素晴らしさをローゼへと語りだす。

 三人のアドバイスをローゼは顔を笑顔で歪ませながら、自身の将来の強さに彼女は頬を染め照れている。

 そんな彼女の笑みも申し訳なく思いつつも、ミツはローゼへと条件上位ジョブであるティアスターの説明をする事にした。


「あぁ……。ローゼさん」


「なにかな? あっ! もしかしてこの判別晶って、使用できる時間が限られてるからジョブを早く決めたほうがいいとか?」


「い、いえ。ゆっくり選んでいただいて問題ありません。その、選ぶ前に先程言ったドラグーンとマジックハンターですが、実はそれよりもローゼさんにオススメというか、これになった方がいいと言うジョブがありまして……」


「えっ!? それよりも良いのがあるの!?」


「ほう……」


「はい……。それが……これです……」


「「「「……」」」」


 ミツの指先に皆の視線が集まる。

 その指先は、彼女がドラグーンになる為のソードマンではなく、マジックハンターになる為のウィザードでもない。

 ミーシャと同じダンサーに指先が止まっている。

 周囲の人々から言葉が失われた。

 その中、呆れながら口を開いたセルフィ。


「ふ〜。やっぱり少年君はスケベなのね。いえ、スケベってレベルじゃないわ。こいつはドスケベ変態よ!」 


「ミツはドスケベニャ」


「変態スケベね」


「やーい、スケベ! 変態! エロガキ!」


「ちょっと、セルフィ様! 二人も止めてよ」


「フフッ……」


「本気で言ってるの?」


 少しジトっとした目にて視線を送った後に、からかい出すセルフィとは違い、プルンとリッコは本当にミツはただのスケベ野郎だと思っているのだろう。……解せぬ。


「はあ……。自分はスケベではありません……。

はい、それは間違いなく」


「でも……私までダンサーになっちゃったら、パーティーの戦いが……」


「そうですね……それなら自分が」


「それなら俺が守ってやるよ」


「「「!?」」」


 ローゼの戦闘に対しての不安を、ミツがフォローをしようとしたその時だった。

 リックが当たり前の言葉と、不安がるローゼへと、俺が側に居てやるよ宣言。

 その言葉は男としてローゼを守りたいのか。

 そんな事を一瞬だけ脳内に走ったが、彼の考えは極々普通の冒険者的な考えであった。


「ミツ一人で後衛を何人も守るのも大変だろう。それなら俺が守りで後方にまわってやるよ」


「「はぁ〜」」


 何の発展も進展もしないつまらない返答に、リッコとプルンの二人は目に見えて呆れたため息を漏らしている。


「リック、いいの? リッケが前一人になっちゃうけど」


「はっ? ミツ、お前何言ってんだよ……。今ここには、ゼクスさんとバーバリさんって言う強者が居るんだぞ? さっき襲って来た牛鬼が数体また来たとしても、また俺は出番すらねえよ」


「でも、それだとお二人にご迷惑では?」


「ホッホッホッ、ミツさん。女性を守るのは剣士として誇らしき事。この老体に見せ場を頂けますかな?」


「フンッ。話を聞く限り、お前らの戦いはこの小僧が魔物を締めればよいのだろう。それぐらいなら、俺が一人側にいれば済む話ではないか」


 リッケを間に挟み、ゼクスとバーバリが戦う意思を見せる。

 両サイドに強者に囲まれたリッケが今は守られるお姫様に見えてくるよ。 


「分かりました。お二人なら安心してリッケをお願いできます。それでは、お二人にも後に支援をかけさせて頂きます」


「ホッホッホッ。これはありがとうございます」


「ウムッ。お前らは後方の守りを抜かることなく、後から付いて来るがよい」


 リックの言葉に感化される二人の話を聞いて、ローゼもジョブを変えた後も、ミツを含めゼクス達も共に戦う安心感を得たのだろう。

 彼女はその後もミツからダンサーに関しての説明を受け、後に変えることができるティアスターと言うジョブを知る。

 自身の経験してきたボウマンのジョブが無駄になることなく、今後も生かし戦う事ができる。

 更には他の仲間たちが目指す者と同じ上位ジョブである事に彼女の心は決まったようだ。


「ミツ君、信じるわよ……」


「はい。そのご期待に応えるよう、頑張らせて頂きます」


 森羅の鏡を手に握りしめ、彼女の指先はダンサーを選んだ。

 鏡の表面に表示されたスキルはミーシャの時と同じ物。

 スキルの説明は省けるので何を決めるかはローゼ本人しだいである。

 ミーシャも既に同じダンサー。

 彼女の意見を取り入れつつ、ローゼの選んだスキルは〈ダンスステップ〉〈怒りの剣〉〈哀しみの涙〉と、ミーシャの持っていないスキルを選んだ様だ。

 〈怒りの剣〉は今のパーティーでなくとも、自身のパーティーの前衛であるトトに使用することもできる。

 〈哀しみの涙〉は素早い動きをするモンスターの対策。

 そして、やはりミーシャ同様に自身の防衛策として〈魅了の瞳〉を取得したようだ。


「これで……私もダンサー……」


「はい。まだジョブを変えたばかりで実感がないと思われます。ですが、お二人は戦法を変えることなく、以前のまま戦いができるので慌てず戦ってください。もし違和感がありましたら直ぐに教えてください。その分、自分とリックがフォローに回ります」


「ええ、頼んだわ」


「よろしくね〜。お礼は私の踊り独占でもいいわよ〜」


 ミーシャのおふざけな言葉にも慣れてきたのか、周りの反応は軽く彼女を窘める程度だった。

 改めて前衛を務めるゼクスとバーバリ、そして何故か私もと、おまじないである能力上昇系スキルを受けるセルフィ。

 この10人の洞窟探索が始まる。

 ミツが支援スキルを皆にかけ終わると、ローゼが少し恥ずかしそうに皆の前に出る。

 

「は、恥ずかしいな……」


「ほら、ローゼ、しっかり〜」


「わ、分かってるわよ……。あの……まだ不慣れなので、効果がでるか分かりませんが、私も皆さんに支援スキルをかけさせていただきます……」


「ローゼさん、よろしくお願いします」


「頼むニャ!」


 周囲からの視線が、ローゼへと向けられる。

 期待と楽しみに向けられる視線に顔を赤くしつつ、ローゼはステップを踏み、武舞を踊る。

 まだローゼのスキルレベルも低い事もあり、戦いに大きな違いはわからないかもしれない。

 そこに踊りに参加したのが同じダンサーであるミーシャである。

 ローゼは〈怒りの剣〉を踊り、ミーシャは〈喜びの脚〉を踊る。

 二人の発動するスキルは違えど、二人の踊りは息がピッタリと思えた。

 やはり幼馴染と言える程に、二人は昔ながらの付き合い。

 その分、阿吽の呼吸はバッチリなのだろう。

 二人の踊りに、ミツは思わず見惚れてしまう。それは彼だけではなく、隣にいるリックも彼女達の踊りから目を外す事ができない。

 二人の踊りが終わり、頬を掻きつつ照れる二人へと周囲からはパチパチと拍手が送られる。

 

「や、止めてよ皆! 拍手なんて恥ずかしいでしょ」


「ニャ、凄いニャ。二人とも上手に踊れてるニャ」


「おっと、すみません。でも、プルンの言うとおり、ローゼさんも、ミーシャさんもお上手でしたよ。ねっ、リック」


「ああ。いいんじゃねえか。良いもん見られたおかげか、何だか体が軽く感じるぜ」


「そ、そう……」


 リック、それは二人の発動するスキルの効果だよとか、空気の読めない発言は控えておこう。

 頬を染めるローゼは、恥ずかしいと言っても頼めばまた踊ってくれると思うし。


「では、支援効果が無くなる前に先に行きましょうか」


 先頭にゼクスとバーバリとして洞窟内の通路を歩き出す。

 先程いたフロアから左右の道があったが、どちらを通ろうと下の階層にはたどり着くことができる。

 たどり着く場所が同じなら、今歩く道を選ぶ理由は一つだけ。


「武器を構えろ! 牛鬼が来るぞ!」


「これはこれは……。老体に無理をさせますね」


「が、頑張ります!」


 先頭を歩く三人がミノタウロスを肉眼で確認。

 その後、通路の奥からぞろぞろと増援が湧いてくる。

 この道を選んだ理由としては、通路の道幅は広く、しかしミノタウロスは二体以上は攻めてこれない幅であること。

 それと数もそこそこにいる事をユイシスから助言を貰っていた。


「何匹いるニャ!?」


「随分いるわね……。さっそく私も働きますかね!」


 最初こそ五体程度だったミノタウロス。

 プルンの言うとおり、奥から追加の数匹。

 弓を構え、矢を引くセルフィの表情はいつも見るおちゃらけた顔ではなかった。


「こりゃ、当たりの道を選んだみたいだな!」


「当たりなのかしら……。このメンバーじゃなかったら、私、一目散に逃げ出してるわよ……」


「はぁ〜。もう少しゆっくりとゼクス様の戦いが見たいのに。これじゃ戦いを見てる暇もないじゃない」


「あらあら〜。本当にリッコちゃんはゼクスさんの事が好きなのね〜。でも、憧れの人に自身の戦う姿を見てもらうのもステキじゃないかしら?」


 自身の持つ盾を前に突き出し、襲いかかってくるミノタウロスへと槍を向け笑みを作るリック。ローゼはリックを頼りと彼の側に付き、武器のアーバレストを構える。

 襲ってくるミノタウロスの数を見て、ふざけている状態ではないと理解したのだろう。

 二人の杖先に、バチバチと電撃と氷槍が現れる。


「行こう! 自分たちの戦いはこれからだよ!」


 ミツのこの言葉をきっかけと、駆け出す面々。

 ミノタウロスが断末の悲鳴を出す前に、その命を刈り取るバーバリの大剣。

 リッケに戦いの足取り、敵への回り込み方を教授しつつ数を減らすゼクス。

 モンスターの恐怖に怯えつつも、自身のやるべき事を信念と剣を突き刺すリッケ。

 前衛である三人の戦いに感化されつつ、後衛からは魔法と矢が後方に構えるミノタウロスへと次々と降り注いでいく。

 

「プルン! 後方から敵の増援来るよ。リックはその場で皆を守って!」


「分かったニャ!」


「おう! 任せとけ!」


 ミツは手に〈マジックアロー〉を発動。

 彼の手に、バチバチと音を鳴らしながら雷の矢が数本出現する。

 そのまま〈投擲〉スキルを発動しつつ、洞窟の天井に突き刺し、周囲を明るく照らす。


「少年君! こっちにもそれを投げて!」


「わかりました! せいっ!」


 セルフィの催促の言葉に応えるように、ミツはゼクス達の戦う方にも雷の矢を数本投げる。


「「「!?」」」


 突然自身の戦う周囲が明るく照らされ、動きを止めるリッケとミノタウロス。

 ゼクスとバーバリは視界が明るく晴れた事に、彼らの攻撃のスピードが増す。

 セルフィも奥までミノタウロスの姿を目視できたのか、彼女の矢が奥にいるミノタウロスの脳天を、見事に次々と突き刺していく。

 襲い掛かってきたミノタウロスだが、相手が自身よりも強者であることに、モンスターにも恐怖が芽生えたのか。

 戦い動きを止めたミノタウロスは後ずさり、逃げ出そうと仲間を押しのけ後方へと走りだす。

 逃げるミノタウロスの足にボウガンの矢がグサリと突き刺さり、ミノタウロスを転倒させた。

 這いずり起き上がろうとするミノタウロスに追撃と〈アイスランス〉の氷槍と〈ライトニング〉が命中。

 肉の焼ける香ばしい匂いを嗅ぐわせながら、リッコ達はミノタウロスを次々と倒していく。


「ニャ〜、美味そうな匂いだニャ」


「ミノタウロスってさ、エイバルやスパイダークラブみたいに、食べられる食材になるんじゃないかな?」


「だとしたら、沢山倒すニャ!」


「そうだね。それも大切だけど、その前にリッケのジョブも大切だし、プルン達もジョブを変えるにはモンスターを倒さなきゃいけないんだから。よし! プルン、自分が敵の動きを止めるから追撃を」


「ニャ!」


(リッケの方にいるミノタウロスはスキルは取れそうもないけど、こっちは獲り尽くす! スティール!)

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