第137話 少年の秘密を知るエルフ

 フロールス家に幾度も悪事をしてきたベンザを断罪することができた。

 これにより、近隣であるフロールス家は忙しくなることは目に見えて明らか。

 王族に仕える視察官長もベンザの手駒と言う事が判明しているので、直ぐにフロールス家に国からの視察は来ることはないだろう。

 だからこそ、領主であるダニエルは今の内にやるべき事をやり、聞くことは聞いておかなければならない。

 テーブルでは談笑を交えた会話が続いていた。そこに第二婦人であるエマンダが質問をかけてくる。

 それはこの数日の間、街から報告を受けたダニエル夫妻が頭を抱える程に、ミツが無意識にやらかした様々な内容であった。

 話を切り出す前に、エマンダは子の3人へと部屋から退出を促す。

 母親がそういった切り出しをするときは大体は商業が絡むことであり、漏らしてはいけない情報が会話に入る時。

 子供たちもそれが分かっているのか、ミツに軽く言葉を残し部屋を退出していく。

 ミアがロキアの手を引き、ラルスがその前を歩いていると、彼はいつもと違う違和感に足を止める。


「どうかされましたか、お兄様?」


「兄様?」


「……おかしい」


「何がでしょうか?」


「セルフィ殿が部屋に残った事だ。ロキアが部屋を出るなら、いつものあの人なら共に部屋を出るはず。しかし、今回は当たり前に部屋に残っておる……」


「そう言われたら……」


 自身の手を握り返す弟のロキアに昼夜問わずベッタリなセルフィが今回は共に歩いていない。

 いつもと違う事だけに、ラルスとミアに違和感を思わせる。


 部屋の中ではミツとダニエル夫妻、そして話を聞きながらムシャムシャとお菓子を食べているセルフィの数人で話が続いていた。

 

「ミツさん……。そう言えばこの数日、街のために働いて頂いていたようですね」


「「……」」


 さりげないエマンダ様の話の切り出し。

 ダニエルとパメラは話に集中する。


「んっ。ああ。ギルドからのペナルティー依頼ですね。それに関して、自分からダニエル様に謝罪がありました」


「んっ? 謝罪。はて、何の事だったか……」


 ダニエルは思い当たる件が思い浮かばないのか、頭の上に疑問文を浮かべている。

 ミツがスキルの〈双竜〉を発動後、武道大会の会場をメチャクチャにした事。

 それと、いくつかの魔導具を破損させたことに関して。

 他にもミツの知らないところで問題が発生しているだろう、その事をダニエルへと謝罪と頭を下げる。

 すると、話の内容を聞いたダニエルはアハハと高笑い。


「いやいや、すまんすまん。突然笑ったりしてしまって。いや、確かに君の力で会場は破損してしまった。しかし、壊れたのは物。物は直せば直る。もし君があの時街の者を救う為に動かなければ、人的被害は逃れることはできなかっただろう。こちらとしても感謝はすれど、責める言葉をかけるつもりもない。だが、冒険者として何かしらの罰を受けたならそれで良いではないか」


「そう言ってもらえるなら……」


「ミツさんはこの数日と、自身の反省と働きを見せております。その情報は、勿論私達の耳にも届いておりますよ。そうですね……馬車の停車広場での運搬業務。報告では、少年ともう一人の仕事ぶりが高く評価されてますね」


 エマンダは机の端に寄せていた書類の数枚を手に取り、その内容に目を通していく。


「はい。知り合いの冒険者の人と一緒にやった片付けですね。あれは午前中には終わったのでそれ程時間はかかりませんでしたから」


「フフフッ。左様ですか。その中に、馬車を持ち上げ場所を開けたおかげで、掃除がスムーズに終わったそうですね」


「はい、馬車を引っ張る動物も外されていましたからね。それに、泥濘にもなってましたから、馬車を引っ張るより持ち上げたほうが結果早く作業も終わりました」


 人が思いついても実行できない事をさらりと言ってやってしまう目の前の少年。

 そんな彼の言葉は事実であるが内容が内容だけに、ダニエルは苦笑いであった。

 しかし、それでもそれが当たり前と自身の妻のエマンダは受け入れている。

 会話を聞いて何処からツッコミを入れるべきなのかと考えている内に、話の内容はどんどん進んでいく。

 

「ホホホホッ。なんと大胆なお考え。確かに、引っ張るより持ち上げたほうが効率も早く、良き結果ですね」


「ですよね」


「こちらもミツさ……んのお働きでしょうか。一部の川の清掃。そして橋の下の清浄化。民の声では大変喜びの声が届いておりますね」


 一枚の報告書を手に取り目を通しながら、思わずミツに様の敬称を付けそうになるパメラ。

 別に付けても付けなくてもミツは気にしないのだが、一度ミツから敬称などは止めてくれと言葉をかけられた事がある為、気をつけるパメラだが、彼がやることなす事が奇跡に近いことだらけ。

 恐れ多いと無意識に言葉に出てしまうのだろう。


「はい、パメラ様。それも知り合いの冒険者の人達とやった依頼ですね。大変だったのは橋の下の汚れ落としぐらいでしょうか。掃除が終われば少しの間川の水を止めさせてもらいまして、川底のゴミとか回収するだけでした」


「と、止めたって……。ミツ君、それはどうやって……」


「あなた……。川の水門を使えば簡単なことではありませんか。何を当たり前なことをお聞きに」


「あ、ああ。そ、そうか。水門か……」


(あははは……。本当は土壁で無理やり水門作って、流れる水を止めたなんて言えないよね。だって領主様の前だし……)


 ダニエルは一枚の報告書を、ニコニコと微笑むエマンダ様から受け取る。


「ふむ……。ミツ君。もしかして、この件も君かな?」


「はい? あー。はい、この井戸の修繕も自分です」


 差し出された報告書の内容は、馬車の暴走で井戸が破損した井戸の修繕完了の報告が書かれていた。


「……そ、そうか。しかし、信じがたい報告だけに自身の目を疑った程だよ……」


「ダニエル様、私にも見せてもらえますか?」


 セルフィはムムッと眉を寄せながら報告書とにらめっこしているダニエルからそれを受取り、自身で報告書に目を通す。


「何これ? 井戸の完成報告書。 にしても随分と安く済んだ……あれ? これって、報告日と完成日が同じになってるわよ? ダニエル様、これって間違いなんじゃない?」


「いや、セルフィ殿、彼の言葉でこの報告が正しい事が証明されたよ。ミツ君。君、もしかして民衆の前で井戸を造ったのかい?」


「はい。造りましたよ」


 ミツの即答の答えに少し胃の辺りを抑えるダニエル。


「うっ……。そうか、造ったか……。随分と変わった造りの井戸にしたみたいだね。報告では同じ物が街にできれば助かる事も書かれておる」


「まあ、壊れたままではその近くに住む人たちも困りますからね。なので、同じ物を作りたいならどうぞ造っても構わないことを伝えておきました」


 その答えにバッと報告書から顔を上げ、目を開き驚く顔を見せるダニエル。


「ミツ君。因みにだが、その井戸の製造権の契約は交わしたのかい?」


「? いえ、口約束的にどうぞと言っただけですけど?」


 ダニエルの言う製造権とは、著作権の事である。

 以前、エマンダとパメラとミツの間で交したレシピの契約。あれと同じ事が通常なら井戸の制作時にも交わされる契約でもある。

 しかし、レシピと違い、井戸の契約は作る前に交わす契約。

 作った後ではその製造は隠すこともできず、多くの人の目につき、同じ物が作られてしまう。

 

「そうか……。エマンダ、連絡を回しといてくれ」


「はい。ですが旦那様。ミツさんが造っても構わないと言った品。お言葉に甘えて職人に造らせるのも街のためにもなりますが」


「ああ。それは分かっておる。恐らく今も井戸の作りや、中を徹底に調べて同じ物を造りだそうと行動を起こす奴らもおろうて。ならば、材料費の報告が来るのは明らかだろうし。その対策に構えを取ろうじゃないか」


「はい。直ぐに連絡を送りましょう」


 ダニエルは経済面は苦手でも、民の心はよく理解している。

 人が何を望み、人が次に何を得たく思うのか。

 ダニエルの行動は、民からの言葉を後回しにしない為の対策でもあった。


「すみません。仲間の親御さんのお願いだったので、勝手に井戸を直したことがダニエル様にご迷惑をかけるとは……」


 ミツが頭を下げつつ謝罪の言葉を述べてきた。すると、ダニエルは困惑し始めた考えを振り払い、目の前の少年が頭を下げた事に、止めの言葉をかける。


「えっ? いやいや! 頭を下げることは無いよ。寧ろ民の為、生活のための井戸の修繕に、私は感謝の気持ち。……それと、君には最後に聞きたいことがあってね」


 姿勢を正し、両婦人に視線を送るダニエル。

 エマンダはコクリと軽く顎を引いた後、一枚の報告書を真剣な眼差しで目を通す。

 

「ミツさん……。この街ではいくつもの催し物を行います。その際、街ではひとときの間と、民には湯処を開くのはご存知でしょうか」


「湯処? ああ、お風呂場ですか。はい、自分も何度も使わせてもらってます。疲れを取るならやっぱり湯に浸かりたいですからね」


「フフッ。お気にめして頂けているようで、嬉しく思います。あそこはパメラと幾度も話し合い、意見を出し合って造り上げた場所にございます。それで……。その、湯処からの連絡の中に少し……。いえ、かなり興味を引かれる連絡が来まして……」


 報告書とミツを交互に見る視線は落ち着きもなく、エマンダの歯切れの悪い言葉にミツは少しだけ疑問符を浮かべた。


「連絡ですか……。ああ! まさか……」


「思い当たるところがあるようですね……」


 まさか、ミツのその言葉に目を軽く見開く三人。


「はい……。すみません。自分の勝手な判断で、皆さんに嫌な思いをさせてしまって……」


「そんな。自身を責めるようなお言葉はお止めくださいませ。誰が嫌がりますか。ミツさんの思いが素晴らしい力となったではありませんか! 私は深く感銘しております。湯処の報告を受けたとき、幾度も報告を読み直したことか……」


「いえ。自身の行いが、知人だけではなく、他の人の心に傷をつけてしまったのは間違いないんです……。一応一人一人と謝罪は伝えたのですが……」


 ミツはリンダの指示で女風呂での清掃と背中流しの仕事を行い、知人や仲間の裸を見た事を謝罪し、謝り回ったことをエマンダへと告げる。

 しかし、どうも話が食い違っているのか、話を聞いているエマンダは目をパチパチ。

 そんなエマンダを見てミツも目をパチパチ。


「「んっ?」」


「……? はて……申し訳ございません。私の思うところと、少し話にずれを感じております。ミツさんは何の件をお話にされていますでしょうか?」


「えっ? 何のって。お風呂場の責任者であるリンダさんに頼んで、そこで働いていた、姉弟のお姉さんの代わりと働いた件ですが? あれですか、やはり代理に他の人が働く事は駄目だったのでしょうか」


「「「……」」」


 ミツの話に言葉を止めるエマンダ。

 二人が話し合っている話の内容の食い違いに、セルフィが思わず場の空気に耐えることができずに笑いを吹き出す。


「プッ!」


「セルフィ……。人前で吹き出す笑いは、貴女として慎みが足りませんよ」


「クククッ。いやいや。パメラ様、これは笑うでしょ。少年君とエマンダ様の話が違いすぎて、これを耐えろって方が厳しいですよ。フフフッ」


「あ、あれ?」


 セルフィは笑いすぎて出てきた目頭の涙を拭いつつ、ミツへと話を切り出す。


「少年君。君さ、その湯処で周囲が驚くことやってるんだけど、本当に覚えてない?」


「えーっと……。お風呂場で驚く……。あっ」


「思い出したかしら?」


 ミツが思い当たる件をようやく思い出したのか、セルフィは少年の顔を覗き込む。


「はい。……魔石ですか?」


「「「……」」」


 ミツの言葉の後、少しだけその場が沈黙となる。


「そうよ。エマンダ様」


 セルフィに声をかけられたエマンダは、手に持つ報告書を読み始める。


「報告によると、湯処の湯を温めるための魔石。この魔石、使用を初めて数日。魔力も無くなる時期にも関わらず、魔石の状態を戻し、いえ。元の状態以上にしたと報告が来てます……。それと、湯に使う水も貴方様が魔石を戻した後は、随分と澄んだ水を出し続けていると、これも連絡としてフロールス家に届いておりますね……。ミツさん。この報告に間違いはありませんか?」


「はい。間違いありませんね」


「「「!」」」


 間をおかず、肯定の言葉が目の前の少年から告げられる。

 魔石の希少価値を知る者なら、その言葉は信じられない思いだろう。

 

「失礼ながら。ミツさんは以前お話した際、魔石を知らなかったように存じます。もしかしてですが、……その、その時には既にこの様な事ができていたのでしょうか……」


「……」


 恐る恐ると言葉を選びつつ、エマンダは疑問と思うことを質問する。


「そうですね……。以前、エマンダ様に魔法をお見せした時。あの時には既に自分は魔石が作れる状態でした」


 ミツのスキル〈ディーバールチャンスダイ〉。

 このスキルは試しの洞窟内でジョブを変えた時に覚えていたスキルである。

 言葉の通り、スキルは既に覚えていたので、エマンダの質問の通り、ミツはその時には既にカセキを魔石を戻す方法を手にしていた。

 しかし、カセキとなってしまった物を魔石にできる事はその後の話。

 創造神であるシャロットから後に教えてもらったので、魔石に出来るようになったのは最近のことである。

 だが、ミツの言葉にエマンダは少し悲しげに眉を下げる。

 それはミツに魔石の事を教え話していた時、彼は本当に知らないと思っていた。

 あの時の会話は、ただ自身を気遣って話を合わせていたのかと彼女は思ってしまう。


「……左様ですか」


「でも、魔石が自分で作れるのが分かったのは本当に最近ですね。スキルを組み合わせれば、魔石を作れる事を教えてもらいましたから。それまでは山や川、それに地面を掘って魔石を見つける物だと自分は思ってました」


 ミツのその言葉に、エマンダは自身の勝手なはやとちりに、思わず気まずくなり目を伏せる。

 ミツのさりげない視線の先には誰も居ないと言うのに、彼にだけは誰かを見ているように周囲は思えたのだろう。


「……ねえ、少年君。因みに、それは誰に教えてもらったの? それと、それは誰でもできたりする?」


「誰って……えーっと」


「「「……」」」


 セルフィの問に少しだけ考える素振りを見せる少年。

 彼はダニエル夫妻を見た後、セルフィへと指を一つ立てて答えを返す。


「神様ですよ。あっ、これは信じるも信じないも、セルフィ様ご自身の判断でお願いします」


「か、神様……」


 神と言う、思わぬ対象を出され、セルフィは軽く目を開き驚く。


「それと、もう一つの質問ですが、恐らく誰でも作ることは難しいと思います」


「それは何故? 必要な物が必要とか?」


 興味深く質問してくるセルフィ。

 いつもの彼女の突っついた質問の態度にパメラが止めの言葉を入れてくるのだが、今回はパメラも気になる案件なのだろう。

 耳を傾けるのみで、彼女は言葉を挟むことはしない。


「んー。教えても構いませんが、無理に実行とかしないで下さいね。魔石を作るのって、結構魔力が必要なんです」


「「「……」」」


 軽い忠告を挟むと、誰かのゴクリと喉を鳴らす音が聞こえた。


「試しに目の前で一つお作りしますね」


「そ、そんな直ぐに作れるものなの!?」


「はい。失礼。えーっと……取り敢えず小さい物を」


 ミツはアイテムボックスに手を入れ、カセキの入った麻袋を取り出す。

 小さなカセキがおはじきの石を擦り合わせたような音が、ジャラっと袋の中から聞こえてくる。

 一つカセキを取り出し、掌に乗せて周囲に見えるように前に突き出す。


「先程も言いましたが、魔石を作るにはスキルと多くの魔力、そしてこのカセキが必要です」


「そ、そのスキルって何!?」


「セルフィ様には一度お見せした事がありますよ。ラルス様が魔力の枯渇をした時、自分の魔力を分け与えたスキルです」


 食い入る様に顔を近づかせてくるセルフィ。

 彼女が近づくと、自然の草木、そして花の香りがミツの五感をくすぐる。

 最近の出来事、セルフィは直ぐに思い出したのだろう。

 彼女は驚きに声を漏らす。


「!? えっ! そ、それって……」


「はい。自身の魔力を、スキルのディーバールチャンスダイで送るんです。あっ、それともう一つありました。その時自身の使える攻撃魔法の属性が必要なんです」


「攻撃魔法!? あ、ああ。そう言えば君は攻撃魔法も使えたわね……」


「そうです。例えば、こんなふうにカセキを握りしめたまま魔力を込めます。その時属性を思い浮かべてください。……ディーバールチャンスダイ」


 掌に乗せていた無色透明のカセキ。

 それがじわじわと掌から色を吸い取るように染まり、小さなカセキが茜色に染まっていく。

 目の前で見せられた現象に目を見開き驚く面々。


「「「「!!!」」」」


「このようにカセキに魔力を込めたので、お風呂場の魔石を元の状態に戻しました。それと、水ですが。これはウォーターボールなどは使用者のイメージで澄んだ水を出すことができるそうですよ」


「えっ!?」


「そ、それは誠かね!」


 ミツの話に身を乗り出すほどに驚くダニエル様。

 カセキを目の前で魔石に変えた時の驚きもあってか、周囲の人達は目を見開きっぱなしである。

 この世界に目薬があるのかは知らないが、目の乾燥には気を付けてほしい。


「は、はい。エマンダ様はウォーターボールは使用できますか?」


「……」


「エマンダ様?」


 ミツの呼びかけにハッと我を戻し、意識を向けてくるエマンダ。


「!……申し訳ございません。水玉でございますよね……。残念ながら私は使用できない魔法です」

 

 彼女はパメラから耳打ちを受け取り、ウォーターボールが使用できない事を告げてきた。


「あら。なら如何しましょうか」


 ウォーターボールの検証の為、他に誰かこの屋敷に魔術士が居ないのかとダニエルへと問うと、彼の視線はミツの横に座っているエルフを見ていた。


「ねえねえ、少年君。それって私が試しても良いかしら?」


「えっ? セルフィ様、魔法使えたんですか?」


「フフンッ。勿論。私はエルフよ、人よりは魔法が得意な分、水なんて簡単に出せるわよ」


 そう言葉を告げると、彼女は掌の上に水玉を少し出して見せる。


「なら、セルフィ様。いつも出している通りにウォーターボールを出してみてください。その後に自分が出した水を見ながらもう一度出してみて下さい。そうすれば皆さんも一目で分かりますよ」


「「……」」


 息を止めていたのか、ダニエルがふーっと生きを漏らす。その後、外で待機していたであろうゼクスさんを呼ぶためと、テーブルに置かれていたベルをチリンと鳴らす。


「失礼いたします。旦那様、お呼びでしょうか」


「ゼクス、申し訳ないが、中身が空の水桶をいくつか持ってきてくれ」


「はい、直ちに」


 ゼクスは踵を返し、部屋を退出後、時間も置かずに水桶を持ってきてくれた。


「お待たせいたしました」


 水桶を床に置き、それを囲む様に人が集まる。セルフィは何も入っていない水桶に手をかざし、水を入れていく。


「これで良い?」

 

 水桶に水が並々と入ったところで彼女は水を止める。


「はい。では、次は自分が水を入れますね」


 隣に置かれた水桶にミツも水をだす。

 両方を見比べるため、皆は水桶に入った水を覗き込む。

 ミツが出した水は桶の底が見える程に無色透明である。

 セルフィの出した水も桶の底は見えるのだが、両方を見比べてしまうと、水は薄っすらと白く濁ったようにも見える。


「うむ……セルフィ殿の方は若干白っぽく見えるな」


「本当に……」


「ムムッ」


 周りの意見に、自身の出した水がダメ出しされている気分なのか、彼女は唇を少し釣り上げながら唸り声を漏らす。


「セルフィ様、次は自分の出した水を見ながら出してみて下さい」


「ええ、分かったわ」


 セルフィは言われるがままと、また水桶に手をかざし水を入れ始める。

 その際は、隣にミツが出した無色透明の水の方へと常に視線を向けている。

 すると二回目に出した水桶の水はミツの出した無色透明と同じ物。

 先に彼女が出した水と比べると違いが明らかだった。


「「「!?」」」


「凄い。こんな綺麗な澄んだ水が簡単に出せるなんて……」


 この時、魔法を深く知らないダニエルですら、目を見開き驚いていた。

 魔法で出した水。

 通常、これは水を出す魔術士の魔力によって水の透明度が変わるとこの世界には伝えられていた。

 勿論それは魔術士であるエマンダも当たり前と思っていたことでもある。

 しかし、目の前で証明された事実。

 今までの理論が簡単に書き換えられた瞬間を突然見せられたことに、周囲の人々は言葉にならない驚きに襲われていた。

 ダニエルも民と共に畑仕事をした時、魔術士が水を出すところを見た事はある。

 しかし、その水はセルフィが先程出した水よりも濁り、畑に使うなら問題はないが、飲水には使えない物しか出せていなかった。

 

「解ってもらえて良かったです。このようにして、お風呂場の水も綺麗にしました。それと、井戸の方ですが、改善する為に井戸を大きくしたのですが。その分、水脈の水が足りないので魔石で補いました」


「魔石で補うとは?」


「はい。えーっと。持っているカセキでは魔石は小さいので、こうやって……。カセキ同士をくっつけて、これを水の魔石に変えて井戸の底に置いて水を増加させてます」


 非常識。

 まさに当たり前ではない事をまたさらりと発言するミツに、物質製造スキルで大きく一つに固められたカセキを見ながら、また周囲が凍りつくように表情を固める。


「「「!!!」」」


 ダニエル様は少し震える指先を、ミツの掌に乗っているお饅頭程の大きさのカセキへと指を指す。


「ミ、ミツ君……。この大きさの魔石が、街の井戸に沈めているのかい……」


「はい。ただ沈めただけだと、誤って水と一緒に井戸から出しちゃうかもしれませんから、井戸の底で水脈のある方角に横穴を開けて、底に動かないように固定してます。勿論横壁はちゃんと塞ぎましたよ」


 ちゃんと対策はしましたと、少しドヤッとした表情のミツを見て、周囲の人々は眉を寄せたままに無言にお互いに視線を合わせていた。


「……」


「……」


「……」


 驚きの声が周囲から出てくると思っていたミツの思いとは別に、大人達の反応はまた違った。

 その場の空気が少し重く感じたミツは、恐る恐るとダニエルへと声をかける。


「あの……。もしかして、井戸やお風呂場の事って余計な事しちゃいましたか?」


「んっ……。いや、余計な事かと問われたらそれは違うよ。街の為、そしてそこに住む民の為に君は力を出してくれている。民が助けられた事に非難する言葉は、私は一言も持ち合わせてはおらんよ。ただな……」


「?」


 ダニエルはそう言葉を述べた後、また再度掌の上にある大きくなったカセキを見て苦笑い。

 言い出しにくいのか、ダニエルの代わりと、エマンダが少し厳しい視線のまま話しかけてきた。


「ミツさん。井戸の底に魔石を埋めている事。これは他の誰かに告げたり見られたりはしましたでしょうか?」


「いえ。井戸の修繕は自分一人で行いましたので見られてはいませんよ。それに魔石を作る時、自分は井戸の横穴に入った状態でしたから作るところも見られてはいません」


「左様でございますか……。では、ミツさんが魔石を作れる事はご友人の方はご存知でしょうか?」


「いいえ。リック達にはまだ教えてないですね」


「では、この話をミツさんのご友人の方々にお伝えするのは、くれぐれもお控えください……」


「えっ? エマンダ様、それは如何して……」


 エマンダの言葉に、疑問を浮かべつつ返事を返すミツ。

 彼は仲間と依頼などを今後も共にこなす上で、いずれかは自身がカセキを魔石に変えることができる事を話すだろうと考えていた。

 そうすればリッコやミーシャの使う杖。

 その杖先に取り付けられている魔石の魔力が尽きた時には、自分が魔力を入れる事により、二人の杖の魔石が魔力を失ったりして、モンスターに襲われる危険性を回避しようと思っていた。

 

「はい。申し上げさせて頂きますと、もし井戸の底の魔石が見つかったとします。それを見つけた者、その者はまた井戸の底に魔石を沈めるでしょうか? いえ、それどころか、井戸の底には魔石があると街の民は勘違いをして、街の井戸全てを隅々と調べるかもしれません。ミツさんのおっしゃられた通り、その大きさの魔石は、今私が身につけている物より一周り大きな物。以前ミツさんにはお伝えしましたが、私が身につけている魔石はどれ程の価値があるのかを思い出してみてください」


 エマンダが今身につけているネックレス。

 その中心にはピンポン玉程の大きな土の魔石が加工され、美しい装飾を施されている。

 彼女は魔術士であるが、貴族婦人は日頃杖を持ち歩くような事はしない。

 だからこそ、貴族が身に付けておかしくないネックレスを、彼女のとても豊かなお胸様の上に載せているのだ。

 ちなみに今エマンダが身につけているネックレスの金額は、大体金80枚とかなりの値が付けられる品物である。

 それを考えるとミツの掌に乗っている魔石は大きさは3~4倍。

 形を整え、整形すれば、虹金貨5枚以上は行くだろう。


「あっ!」


「噂が噂となり、街の井戸全ての水を抜かれ、民の生活に欠かせない水を失う事になります。更には、ミツさんが魔石を作れる事を知ったお仲間が、何かしら口を割ってしまった時を考えると、ミツさんの大事なお仲間が危険になる可能性もありますよ。その時、貴方様は冷静でいられますでしょうか? 私達の息子達が虜囚された時以上の危機感が、貴方様の心にのしかかるのではないでしょうか」


 エマンダの言葉に、軽率に大きく作り過ぎた魔石を思い出しながら、少し頭を下げ反省するミツであった。


「そ、そうですね……。すみません、やはり浅はかな行いでした……」


「エマンダ……」


 ミツの反応を見て、隣に座るパメラ様がエマンダへと声をかける。

 その声は彼女を窘めるように、少しだけ圧が込められていた。


「!?……申し訳ございません。少々出過ぎた発言となってしまいました」


「いえ。エマンダ様のおっしゃることは間違いはないので」


 互いに頭を下げつつ、少しそのやり取りに周囲が少しだけ和む。


「しかし、君が直してくれた井戸を今更民に使うなとも言う事もできまい。職人達には君の言うとおり、同じ物を作るのは構わないが、今の井戸を傷つける事を禁止する連絡を回さぬとな……」


「はい。それでは、私が書きしめましょう」


「うむ。パメラ、頼んだ」


「それでだ……これが一番聞きたい。いや、聞くべき事なのだが……」


 ダニエルはミツの隣に座るセルフィへと視線を送りつつ、彼女へと会話を切り出させる。

 セルフィもそれを理解してか、いつも以上に彼女の瞳は真剣であった。


「はい」


「……」


「ねえ、少年君。魔石が作れるなら、紫の魔石って作れる?」


「「「……」」」


「紫? ……えっ? 紫ですか?」


「ええ。紫色の魔石」


「えーっと……」


「「「……」」」


 セルフィは突然紫の魔石が作れるのかを問いただしてきた。

 それはここ最近、近隣の国で発見されている魔石でもある。

 今までに見た事もない魔石は、セルフィは人的に作り出されている物だと考えていた。

 目の前で少年がカセキを魔石に変えてしまった。

 考えたくはないが、魔物の増幅の原因は彼が作り出した魔石なのではと、彼女は内心震えながら質問をしている。

 しかし、その質問もミツに対しては、弓の名手であるセルフィですら、的はずれな質問であった。

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