第135話 粛清の時
ゴトゴトと馬車の車輪の音が聞こえる。
その馬車の中にはカバー領地のベンザ・カバー伯爵が乗っていた。
二人が座れるスペースを一人で使い切るその体格、対面には誰も居ないのだが、ベンザはブツブツと何かを呟いていた。
その声は次第と大きくなり、独り言にしては大きな声に聞こえる。
「まったく、不快な奴らめ……。誘拐されたと思いきや、誰一人として怪我も無しと無事とは。おのれ……ダニエルめ……。貴様の惨めな面を拝めると期待しておったワシの気持ちを蹴りおって。くっ。しかも何が悲しゅうてお前のゴミのような息子の無事を祝して、祝の席に出ろと招待状を送りつけるとは! 糞、あの世間知らずの王子も参席するとは、辺境伯も余計な事までしおって……。まあ、よい。ダニエルの愚策にて、大会中に賭けた金はそこそこに得た
。これを使い、また奴隷を買い集め魔石を掘らせれば暫しはワシの伯爵としての椅子も安定するだろうて。ヒョッヒョッヒョッ。しかし、ダニエルよ。お前の喉元に突きつけた我が剣が鞘に収まったと思ったら甘い! 油断したその瞬間。次こそは、次こそは必ず! 二度と抜けぬ程に深く突き刺し、貴様の息子共々命を止めてやろうて! ヒョッヒョッヒョッ! そうだ、お前の嫁はワシが夜の使い物にしてやろうか。これは名案。ヒョッーッヒョッヒョッヒョッ。」
高らかに響くベンザの笑い声。
それを森羅の鏡で映し出した映像を見る人々。
「「「「「「……」」」」」」
「はあ……まったく懲りてませんね……、あのベンザ伯爵って人。ダニエル様、如何しますか?」
今この部屋には自分以外に、フロールス家のダニエル様、婦人のパメラ様とエマンダ様。
また、驚きの顔で顔が固まっているカイン殿下とマトラスト様。
そして、口を開けたまま目をパチクリとしているルリ様。
フロールス家に到着後、自分は直ぐに六人が待つこの部屋へと案内されていた。
ベンザを断罪すべきと、以前ダニエル様達と共に見た誘拐を指示する手紙の映像をもう一度見せてくれと頼まれ、その映像を森羅の鏡を取り出しもう一度見せる。
それとは別に、ベンザを乗せてきたカバー家の馬車に取り付けてあるカバー家のエンブレムを取ってきてもらっていた。
指示書の時と同じ様に、自分がエンブレムを受け取り、馬車内のベンザの様子を映し出してみた所、先程の呆れ果てる言葉を発していたという事だ。
森羅の鏡を使用すると、カイン殿下、マトラスト様は目を見開き、先程から驚きの顔のままである。
ベンザは王族もいる場所の呼び出しということで一刻前にはフロールス家に到着していた。
妻のティッシュ婦人は今日は共に来てはいない。
自分の言葉に怒りに顕に拳を握りしめていたダニエル様。
そして顔を真っ赤にして怒るパメラ様とエマンダ様。
先程森羅の鏡に映し出していたベンザの言動に、二人も怒り沸騰中なのだろう。
二人の見たことのない表情に自分が恐る恐ると視線を送っていると、ダニエル様が強く声を出す。
「知れたこと。私は必ずやベンザを貴族の席から下ろし、我が剣にて必ずやアイツを始末しよう。その為にも……。カイン殿下、マトラスト辺境伯。そして神殿長たるルリ様。どうか我々の倅が味わった恐怖と屈辱。皆様のお力沿えをお願いしたく!」
「「……」」
ダニエル様に声をかけられ、二人は顔を見合わせるが言葉を出さない。
少しの沈黙とした時間を間に 入れると、森羅の鏡を持つ自分に近づき、ルリ様が口を開く。
しかし、その声はとてもかぼそく、近くにいると言うのに彼女の声に集中しなければ聞こえない程の声の小ささ。
それを周囲の人々は知ってか、パメラ様がルリ様の横に位置を移動し、彼女の声に耳を向ける。
「ひ……つ……い……事が」
「失礼いたします。私が神殿長たるルリ様のお言葉。皆様へと、言葉の橋とお聞きくださいませ……。一つ聞きたい事があります、フロールス家の当主」
「……はい」
婦人であるパメラ様からいつもの優しい声のかけ方とは違い、まだ怒っているのか、彼女の少しキリッとした口調にダニエル様が眉を少し上げ、ルリ様へと返事を返す。
「私達を呼んだ用件は理解しました。私が見たところ、あの者の悪しき心は言葉にまで含まれており、救いの手を必要とするでしょう。それよりも……。この真実を見据える鏡は、やはりこの方のお力なのでしょうか。このような素晴らしき物、私は心を奪われる思いにございます。宜しければ、こちらの品をもう少し近くで拝見したく……」
ルリ様は自分の持つ森羅の鏡に目をキラキラさせつつ、自身の手を指し伸ばそうとしたので、自分は少し笑みを深くし彼女へとストップと言葉をかける。
今、森羅の鏡は自分のMPをゴリゴリと削りながら、映像を映し出している。
ユイシスからも以前言われたのだが、森羅の鏡を使用する際、かなりのMPを消化するので自分以外には使わせない方が良いと言われている。
発動中こそ魔力を吸い取られるのだから、誤ってルリ様が今、森羅の鏡に触れたりしたら彼女のMPをごっそりと吸い取り、彼女を魔力の枯渇にしてしまうかもしれない。
伝える言葉は優しく、しかし、刃物を好奇心で貸してなど言ってくる様な子供相手には、これがどれだけ危険な物なのかを、しっかりと教えなければいけない事である。
「ルリ様。この鏡は自分の魔力を使ってこの映像を映し出しています。途中これを自分が手放せば映像は消えますし、ここでルリ様が鏡に触れたら貴女の魔力が一気に無くなるかもしれません。興味があるのは十分理解しましたので、今はお手出しはお控えいただくよう、心より願います」
「そ、そうですか……。分かりました。私、自身の突然の失礼な言葉に恥を被る思いにございます。貴方の言葉に曇りなき事を私は信じておりますので、どうかお許し下さい。」
ルリ様はあたふたとしつつ、自分の言葉を理解してくれたのか、彼女は頭を下げてきた。
姿や声が創造神であるシャロット様そっくりなだけに、凄く違和感を感じてしまう。
自分は苦笑いを浮かべつつ、未だに難しい顔をしている二人へと声をかけた。
「はい。それで、カイン殿下。マトラスト様。これは証拠としてベンザ伯爵を断罪することは可能でしょうか?」
「ふむ……。殿下への不敬な発言だけでも十分罰を与えることはできる。しかし、足りん……証拠となる発言がこれだけでは……。ダニエル殿から渡された指示書。私も拝見したが、あれを偽造物として作ることは難しいことではない。逆にベンザを陥れようと貴殿達の策略と捉える者もおるであろう……」
マトラスト様は誘拐犯である賊が持っていた指示書を一瞥した後、また映像に映るベンザを睨みつける様な視線をおくる。
ダニエル様が先程言っていた言葉。
ベンザ伯爵を貴族の席から下ろす。
この事を実行するには、まだベンザの悪事が足りないとマトラスト様は直ぐに理解した。
誘拐が事実ならそれも可能だろう。
しかし、虜囚計画は事実であるが、実行犯がベンザと言う事にはならない。
今のベンザの悪事では、ダニエル様へと領土を少し渡すか、金銭で済ませる程度であった。
「そんな……」
マトラスト様の言葉に自分が眉を下げ、がっかりとした雰囲気を出すと、彼は鼻を鳴らし、ニヤリと笑みを自分へと向けてきた。
「フッ。しかしだな、今回ばかりはあいつは自身の首を絞める事になるだろう。なんせ、此方には最強の札があるのだからな」
「札?」
「ああ。貴殿のこの鏡で映し出した映像と、ここにおるルリ嬢の二人の力があればな。折角だ、あいつの悪事、尽く吐き出してもらおうではないか。ねえ、殿下」
マトラスト様は自分とルリ様の背に手をあてがえ、二人を引き寄せる。
その言葉に自分とルリ様の視線がカイン殿下へと向く。
カイン殿下は一歩足を勧め、周囲の人々を一瞥した後に口を開く。
「……。ミツよ」
「はい」
「本来ならばお前の功績を認め、褒美を与える場を作るのが目的であった。しかし、我が国の毒を先に抜かなければならなくなった」
「……はい」
「貴殿はこの国の貴族ではない。しかし、ダニエルの友であることは嫌と言う程に痛感しておる。ならば、今日お前がこの後、何をしようとも、我がセレナーデ国は何も関与はせぬ」
自分は今はセレナーデ王国に仕える者ではない。
この事を今ははっきりとして置かなければ、カイン殿下やマトラスト様は他国から何を言われるか分からないので、今回はダニエル様の友としてミツが勝手に動いたことにする事にしたようだ。
「殿下……。それが今は賢明にございましょう。少年よ。スマヌがもう少し奴の悪事を確認したい。共に良かろうか?」
「はい。では、この指示書を書いているところからベンザ伯爵に手渡されるまでをお見せします」
「頼む……。ダニエル殿も辛かろうが、お主は共に奴の悪事を見るべきであろう」
「はっ! 殿下と辺境伯様のお心遣い、身に沁みて感謝いたします。では、部屋を用意いたしておりますので、ご案内いたします」
マトラスト様とダニエル様、共に自分と部屋を退出した後、ベンザが関係した違和感のある書類の履歴を森羅の鏡で確認することになった。
部屋は変わってここは資料室の様な部屋である。
ここにはフロールス家の財政の動きや情報が山のように詰め込まれており、勿論関係者以外は立入禁止の場所である。
自分はダニエル様に椅子に座って待ってくれと言葉を受け、おとなしく椅子に座ってダニエル様を待つことに。
マトラスト様も他貴族の資料室をあっちこっちと探索するわけもいかず、彼は対面にすわっていた。
ダニエル様が数札の羊皮紙の紙の束と数個のスクロールを持ってきて、目の前に置いていく。
これは全て前もってダニエル様が用意していたベンザが関係する商業や、やり取りをする書類や契約書である。
早速森羅の鏡を使用し、ダニエル様とマトラスト様が瞳を厳しくして視察を始めた。
すると出るわでるわ、まるで蛇口を捻ると出てくる水の如く、ベンザのあくどいやり口の数々。
脱税、横領、契約違反、違法売春、違法薬物、誘拐、他貴族との違法な取引、横流し。
調べる書類1枚に対して、数点の違法や犯罪が見つかり、逆によくこれ程の事を隠せた物だとマトラスト様は逆に呆れながら感心していた。
しかし、数も数。これを全てをベンザ一人で隠せる訳でもなく、自ずと手助けをしている者が居ることが浮き出て来る。
試しにベンザが不敵な笑みを見せた後、乱暴に印した書類の足取りを追うことに。
書類の内容的には、税金が納めきれないので考慮として家族の数人を契約奴隷としてカバー家、若しくは良き所で使ってくれと、カバー家が治める村からの嘆願書の様なものであった。 領主の屋敷には、たまにそう言ったやむを得ない事情にて身売りとして領主へと手紙を送る事があるそうだ。
ダニエル様も領主として幾度もそう言った手紙を受け取ってきた。
ダニエル様の場合では、手紙が送られてきてもそれを却下し、税が納める事ができないなら、木材で炭を作ったり、道の開拓にその者達を人手として回し、提案策を送りつけ、極力奴隷契約をする事は無かった。
その判断が正しかったのだろう。
開拓は進み、商業の為に走る馬車の道が増えると税が増えたり、冬に凍える民か居たとフロールス家に連絡が行くことが無かった。
しかし、ベンザの反応は違った。
これを待っていましたと思う不敵な笑み。
調べてみると税は金銭ではなく、出荷すべき食料であった。
自身の納める食料が減っていると言うのに、ベンザは何故そんな笑みを?
違和感を感じたマトラスト様はできるだけその村で起きた事を調べ始めた。
ダニエル様の納めるフロールス家はカバー家の隣。
大体の事なら情報は流れてきている。
ただの庶民の言葉など普通は残さないのが貴族だが、民の声無しで街の発展は無いと、二人の妻の言葉を受け止め、ダニエル様は聞き漏らす事なく、街の小さな情報ですらフロールス家には届いていた。
村の名前や月日が書かれていた事に、その村の情報が見つかった。
村に賊が襲撃。
全滅は回避できたが、数人の村娘や老体が無残にも賊に襲われ、その命を消してしまった。
カバー家に救援を求めるも、救援の為の連絡が中々届かず、助けに来たときには既に賊はおらず、村は荒らされた後。
食料を貯めていた倉庫が襲われ、半分以上を失ってしまっていた。
亡くなった者の中に村長がいたらしく、今の村長はまだ歳若き村長代理であった。
それ程知恵も無く、まだ判断も甘い若者。
その者が決断した事が契約奴隷の嘆願書であった。
マトラスト様とダニエル様が情報を探している間と、自分は賊に見覚えがある事に気づいた。
そう、賊はラルス達を襲撃した者たちであった。
同じ領地での賊がやった事。
たまたま偶然に同じ賊だったのだろうと、その時自分は思っていた。
しかし、更に掘り下げて調べると、村への救援はベンザの命令でわざと遅らせている事が判明した。
どうやら村が収める税を納め切れず、諦めて泣き寝入りをしている村のところへと、狙って賊が襲っている事が判明。
こう言った村が数件。
全滅は無くとも、大半が村の女が誘拐。
若い子供を拐われた状態と報告で上げられていた。
そして、森羅の鏡を使い、奴隷の売買をした契約書に映し出された物は、その襲われた村娘や子供達だった。
泣いている娘達を見ながら、ベンザは下衆な笑みと、いつもの笑い声をもらしている。
そう、ベンザは賊に村を襲わせ、金になる若い娘や子供を拐わせ、奴隷として違法な人身売買を行っていた。
ベンザのあくどいマッチポンプなやり口。
残念ながらこの奴隷契約をしたのが2年も前の事。既に村娘や子供たちは売り払われてしまった後である。
ダニエル様とマトラスト様は深く眉間にシワを寄せ、きつく険しい顔のままベンザの悪行を羊皮紙に書いていく。
時間もそろそろ限界と、待合ホールにて待たせているベンザを呼び出すことになった。
貴族の裁判は弁護士などはつけられない。
それは本人の言葉こそ一番の証拠と考えられているからだ。
自分の身は自分で守れとは言わないが、ベンザの様に騙し討のような呼び出しは珍しくもない。
今からお前を罪人として裁くから来いと言って、素直に応じる者が居ないのだ。
なので他の理由を付けて話し場に立たせることに、見苦しい言い訳や、色々と自身の罪を隠させる暇を与えない為でもある。
ベンザは一刻近くを待合ホールで待たされていたことに腹立たしく思っていた。
給仕をするメイドは呼んでも要件を済ませれば直ぐに出ていくし、自身の好む酒や食べ物を出されるわけでもない。
ただ単にカイン殿下の準備に手間どっていると理由だけを告げられ、黙々と椅子に座り待っていただけである。
そうして、ベンザが痺れを切らせ、また声を張り上げメイドを呼ぼうとしたその時、扉をノックする音が聞こえた。
ゆっくりと開けられた扉の先にはフロールス家執事長のゼクスさんと数名の私兵が壁を背に整列している。
ベンザに笑みも何も作らず、淡々と話し出すゼクスさん。
「お待たせいたしました。カバー伯爵様。準備が整いましたのでこちらへどうぞ……」
その言葉にやっとかと、豚のような鼻息を鳴らし、重い体を椅子から立ち上がり不機嫌さを表にするベンザであった。
コツコツと歩く案内人であるゼクスさんは一言も喋る事もなく、一つの部屋の前へと立ち止まる。
「カバー家領主。ベンザ・カバー伯爵様をお連れいたしました」
「入れ」
部屋の中から聞こえてきた冷たい声と同時に、ゆっくりと扉が開く。
扉が開き、ベンザが一歩部屋に足を踏み入れる。
すると彼は部屋の重い空気に気づいたのか、周囲を見渡した後、眉間に深くシワを寄せる。
招待の内容は、ダニエル様の息子の無事を祝っての祝賀会。
それなのにテーブルの上には料理どころかテーブルクロスすら引かれていない。
カイン殿下を真ん中に、左右にはマトラスト様、ダニエル様と婦人の二人。
壁を背に幾人もの護衛兵や私兵が彼らを守れる位置をとって立っている。
フロールス家に到着の時、ベンザは自身以外の他貴族の姿を見ていない。
ベンザは警戒心を高め、カイン殿下へと貴族の礼をし、進められた椅子に座る。
それはカイン殿下と対面する位置であった。
ベンザは嫌な考えが脳裏に過ぎったが、自身の今までの悪事が多すぎて、どれの事を言われるのか分からず少し混乱していた。
まだ何も話していないと言うのにベンザの顔からはダラダラと汗が溢れ出ている。
ベンザの姿を見た瞬間、ダニエル様は拳を固く握り、ベンザを殴りつける思いを押し殺していた。
婦人の二人も同様に。
いつもの優しい瞳に優しい言葉をかけるパメラ様とエマンダ様。
二人も冷めた思いと、ベンザを見る視線はとても冷たい物であった。
周囲の兵達も場の空気にベンザが警戒対象である事が解ったのか、彼等はいつでも腰に携えた剣を抜けるように、ただ直立に立っているように見えて、剣を抜ける構えを取っていた。
「さて、ベンザ伯爵。貴殿は何故ここに呼ばれたのかは分かるか?」
「はっ。……本日はダニエル伯爵殿の子息様の祝いの席と招待を受け、遥々と足を運んだ思いにございます……。しかし、蓋を開けてもこれは祝杯の席には見えませんね……。ダニエル殿、これは一体どう言う事にございましょうか」
ベンザが白々しい言葉をダニエル様へとかけた事に、ダニエル様は瞑っていた目を更に深く瞑り、ガリッと奥歯が欠けるような音が聞こえる。
カイン殿下はそんなダニエル様の様子を伺いつつ、ベンザへと言葉を飛ばした。
その声は少しだけ圧を込め、怒りを感じる程に。
「ベンザ伯爵。貴殿は私と話をしているのだろう。何故ダニエルに話を振る。貴殿、私を愚弄するつもりか」
カイン殿下の言葉は冷たく、今にも側に控える私兵へ指示を送れば、ベンザの首は簡単に床に転がるだろう。
ベンザは先程少し誤魔化すような発言と、いやらしい笑みを直ぐに消し、殿下に懇願するが如くスラスラと言葉を並べ頭を下げてきた。
「!? い、いえ! そのようなつもりはひと握りもございません! カイン殿下のご気分を害したこと、心より謝罪申し上げます!」
ベンザへと向けられる周囲の視線が更にきつく、そして険しくなっていく。
自身のやらかした事を一切の白を着る思いと、全く口を割るつもりは無いベンザへと、カイン殿下が口を開く。
「……よい。では、今から貴殿の今迄犯した罪をここに曝け出し、この場で貴殿の口から白状してもらう事にしよう」
「ヒョッ?」
カイン殿下の言葉に間抜けな声で返事を返すベンザ。
突然始まった自身への詰問の席。
ベンザは一瞬にしてこの場は祝場の席ではなく、自身への裁判席である事を理解した。
みるみると鼓動は早くなり、周囲を見渡しても逃げる場などない。
いや、王族であるカイン殿下を前に、言い訳を並べてこの場を去ることなど出来はしない。
目は左右にキョロキョロ。
息苦しいのか、ベンザの息が荒くなっていく。
そんな姿を見て、マトラスト様が殿下の代わりとゆっくりと口を開く。
「ベンザ伯爵。何だ、この状況を見てまだ分からぬのか。また余計な事を口に出すが、ここはお前の悪事、全てを曝け出し、貴様を罰する場なのだぞ?」
マトラスト様はさり気なく馬車で自身を貶したことを会話に混ぜるが、ベンザはその発言に気づかず、慌てながらカイン殿下へと言葉を飛ばす。
「!? ど、どう言う事なのでしょうかカイン様! 私が罪を犯したと!? そんな根も葉もない事に、何故私が罰されるのか!? お教えください! 私は今迄、王に背くような愚かな真似は一切しておりませぬ!」
「黙れベンザ! 我に虚言を吐くこと、それは王への反逆である! 貴様の行い、我が知らぬでこの場を作ったと思うか!」
「うっ!」
「左様……。貴殿、弁解の言葉と口を開くのは結構。だが、この場に貴殿の味方がおると思わぬ事を、心に忘れぬような十分な発言をするべきであろう」
「ぐっ……。で、では、私は何の罪を犯したのか、お教え下さい……」
「よかろう。持ってこい」
「はっ!」
カイン殿下が近くにいる兵に声を飛ばせば、兵はいくつもの羊皮紙やスクロール状の紙を持ってくる。
積み重なる書類を見て、ベンザの顔に大粒の汗が溜まっていく。
「くっ……」
「これは貴殿が関係した商業の報告書である。この報告書は近隣の領地と報告がかぶらぬよう、貴殿がダニエルに送った一部。これは間違いなく貴殿のサインと印である事を認めるか?」
カイン殿下が一枚の契約書を広げ、それを対面に座るベンザへと向ける。
少し殿下とベンザの席の距離はあるが、大きくサインされたベンザの名と印はハッキリとベンザの位置からも見えている。
「は、はい……。間違いなく私がフロールス家に送った文書にございます。しかし、これは王国にも同じ物をお送りいたしました。これが何故、罪なのでしょうか!」
「うむ。話は後でまとめて話す。今は確認の為にも貴殿の目で確認してもらおう。もう一度言うが、貴殿の発言、後で知らぬとは言わぬ事だな」
「……はっ」
その後、何枚もの羊皮紙の紙を広げ、その紙に書かれたサインと印がベンザ本人で押したことを確認する作業が暫く続く。
しかし、ベンザの記憶力もそれ程良くもなく、自身でサインしたのかすら忘れた物もあったが、領主として1度押した印を知りませんでは、カイン殿下の怒りを買うと思ったのだろう。
ベンザは何も考えず全てのサインを自身でした事を認めていった。
そして、最後に突きつけられたスクロール状の羊皮紙が出たとき、初めてベンザは拒否の言葉を口にする。
「最後はこれだ。今までもだが、これは特に無視できぬ案件が書かれておる。いや……案件と言う言葉は似つかわしくないな。これは計画的な犯行文が記された物と言った方が正しかろう。ベンザ、この文に見覚えがあるであろうて」
それはラルス達を虜囚した犯人である賊の持っていた指示書。
内容をマトラスト様が読み上げて行くと、周囲の兵からはざわざわと声が漏れる。
カイン殿下が少し手を上げるとその声はピタリと止み、殿下はベンザの様子を伺う。
案の定、マトラスト様が指示書を読み上げた後、ベンザの顔色は先程よりも悪く、目に見えて動揺している。
文書を読み上げている間、ベンザは早鐘を打つ思いと心臓がバクバクと激しく鼓動していた。
そして、小さく震える口を開き、カイン殿下に視線を合わせずにしらを切り通した。
「!? ご、ございませぬ……」
その言葉にダニエル様達の視線が、更に鋭くベンザを睨みつける。
「ふむ……そうか。しかし、ここには貴様の印が記されておる。今までも見てもらった契約書などに書かれた文字と似ておるが、本当にこれはお前の記憶にないと?」
カイン殿下はテーブルに指示書と契約書を並べ、サインと印を重ねてベンザへと見せる。
その二つは綺麗に重なり、二つが同じ物であることが証明されている。
それでもベンザは首を縦に振ることはなかった。
「は、はい! 恐れながら申し上げます。今、殿下が持たれています悪しき契約に私は一切関与しておりません。恐らく、我がベンザ家を陥れようとする計略! フロールス家とは友好をむすべき隣地。私がそのような浅はかな策を出すはずもございません! ダニエル殿も災難であったな。この様に私の名を勝手に使ったまがいものによってご子息を危険な目に合わせてしまうとは。おおっ、そうだ! お主が望むなら、私もこの犯行を計画した不適合者を捕まえる協力をしようではないか。なに、伯爵家を敵に回した者など許されるわけがなして。我々両伯爵家が手を取り合えば、愚か者など直ぐに見つかる! なあ、ダニエル殿!」
ベンザはダニエル様へと気持ち悪い笑みを送り、あたかも自身も被害者であるような口振りに言葉をかける。
虫唾が走るようなベンザの提案に、ダニエル様は等々我慢の限界とカイン殿下へと強く今の気持ちをぶつける。
「ぐっ……。カイン殿下に申し上げます! 先程からのこの者の言動。もう耳に聞くことが耐えられませぬ! どうかこの愚か者に捌きを!」
「ダ、ダニエル殿! な、何を申すのか!? 私はお前の為を思って……」
私は悪くはありませんと最後まで自身の否を認めないベンザ。
ダニエル様は目で射殺す思いにベンザを睨みつける。
「ヒッ!」
「よかろう。ダニエル、貴殿の言葉に俺も同じ思いである。マトラスト、呼べ!」
「はっ!」
マトラスト様は自身で扉の方へと近づき、ガチャリとドアを開ける。
そして、部屋に入ってきたのは正装に身を固めたミツが入室する。
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