第134話 雨降って地固まる。

 アイシャの家族がスタネット村に帰って直ぐに、自分はプルンへと声をかけた。


「プルン、少しいいかな……」


「な、なんニャ」


 踵を返し、部屋に戻ろうとしていたプルンは突然呼び止められたことにドキッと体を跳ねさせ、此方に振り向く。

 その際、彼女の顔は頬が赤く、まだ自分と顔を合わせるのは恥ずかしいのだろう。

 それでも昨日の事をいつまでも尾を引くこともできないので、自分は会話がどもりながらも彼女へと謝罪の言葉を述べる。


「昨日は、あの……ごめんね。その……」


 自分が何を言いたいのかを彼女は直ぐに理解したのだろう。

 彼女は更に顔を真っ赤にしてあたふたと視線を泳がせている。

 1度俯き、バッと顔を上げると彼女は笑顔のまま、自分よりも先に口を開く。


「うっ……。いいニャ! ミツに裸を見られたのは昨日が初めてじゃないし、ウチはそんな事いちいち覚えてるのも面倒だニャ!」


「……プルン。ありがとう」


 顔から火が出る思いつつ、恥ずかしさに顔を真っ赤にしても自分へと気遣いをしてくれるプルンの優しさ。

 彼女の言葉に、この場に似つかわしくないお礼の言葉を口走ってしまったら、彼女は何故そこでお礼を言われるのかと困惑してしまった。

 まあ、事故とはいえ、そのプルンのプルンプルンのお尻や裸を見せてくれてありがとう何て口が裂けても言えませんよ。

 別に自分はスケベではありませんからね。

 ホントウダヨ。


「ニャ!? 何がニャ?」


「いや。そうだね。考えたらプルンの裸は何度も見てるから、プルンの言うとおり、そんなに気にしなくてもいいのかなって……思ったりして?」


「ニャッ!? そ、そこは相手にそう言われても反省するところニャよ!」


「な、なるほど。確かに……」


「もうっ! ミツがスケベなのは前からニャ。でもちゃんと他の人には謝るニャよ」


 頬を染めつつプンプンと怒るプルン。

 今回お風呂場で自身の裸を見られたのは事故として、無理矢理に納得させつつも、やはり彼女はやるせない思いであった。

 

 今日はお互いに終わらせた依頼の報告の為に朝からギルドへと足を向ける。

 しかし、昨日の事を思い出すと自分の進む足はプルンよりも若干遅かったような気がする。


 そして、ギルドに到着するとヘキドナパーティーの四人と、ローゼのパーティー四人がいた。


「皆さん、おはようございます」


「おう。おはようさん」


「おはようだシ」


「「……」」


(うっ……。視線すら合わせてくれない……)


 ヘキドナとエクレアへと挨拶をするが、彼女たちは自分を見るなりそっぽを向いてしまった。

 昨日も昨日。まだ怒ってるのだろう。

 ローゼ達の方を見ると、彼女達は照れ臭そうにひらひらと手を振る程度だった。

 いつもなら過剰なスキンシップをしてるミーシャだが、彼女も自身から近づいてくる事は今回ばかりはなかった。

 内心、自分の中でミーシャのあの豊満な胸が押し付けられることが無かったことが残念という気持ちが湧いている。


 シューとマネ、二人が自分の顔を見ると何故か二人はニヤリと不敵な笑みを見せ、姉であるヘキドナへと声をかける。


「アネさん、スケベが来たよ。早くエンリに依頼の達成の報告に行くシ」


「んっ? えっ……」


「そうだな。早々に終わったペナルティの依頼。スケベな奴のおかげで助かったっての。エクレアもほら行くよ」


「んっ? んっ? んっ? シューさん……? マネさん? あ、あの……」


「なんだシ、アネさんとエクレアのおっぱいに飽き足らず、他の女の子の裸を見たスケベミツ?」


「どうしたってんだい。手伝いと言いつつ、鼻の下伸ばして女風呂で仕事してたスケベ野郎?」


「ううっ……勘弁してください」


「「アハハハハッ!」」


 二人の言葉にトドメを刺された気持ちと膝をおる自分を見てマネとシューが笑い出す。

 どうやら昨日、ヘキドナとエクレアの様子がおかしかった事に二人が事情を聞いたのだろう。

 ヘキドナは何も話さないのでエクレアが怒り半分照れ半分とお風呂場での出来事を話す。

 最初こそ二人もミツに対して怒りが出そうになったが、話を聞く限りではミツは覗きとして女風呂に侵入した訳でもないし、自身の尊敬する姉に対して女を喪失させる事をした訳でもない。なので二人の気持ち的にミツに対しては、ドンマイと言う同情の気持ちが出ていた。

 それは幾度も恩のある相手だからこその気持ちの現れだろう。

 これが何処の馬ともしれぬ男ならマネとシューの対応も違っただろう。

 そんな他人事のような二人にエクレアはゲシッと蹴りを自分へと一撃入れ、まるで猫を掴むように自分の襟首を掴みヘキドナの前へと立たせる。


「ヘキドナさん……。昨日はすみません。仕事とはいえ、お二人にも不快な気持ちに……ほへっ?」


 ヘキドナへと謝罪の言葉を告げている途中。彼女は自分の頬を摘み言葉を止める。


「もういい。もう喋るな。あんたの性格だ。どうせ人手が足りなかったから手伝いを申し出たら女風呂に回されたって所だろ」


 ズバリその通りと、自分はコクコクと頷きで彼女へ返す。


「はあ……。いいかい。坊や、昨日の事はもう私は忘れた! あんたも……き、昨日見た事は忘れるんだよ! いいかい!」


 妹のマネ達ですら見た事のないヘキドナの慌てぶり。

 彼女は自身では堂々としているつもりだろうが、顔は真っ赤、言葉は途中途中と言葉を噛んでしまっている。

 自分の首元を抑えていたエクレアの手がスッと肩の方へと移動し、グッと引き寄せられる様にエクレアの胸部へと自身の頭が押し付けられる。


「リーダーが忘れたって言うから私も昨日の事は忘れたよ。でもね……」


「んっ?」


 エクレアは言葉を途中で止め、自分の耳元へと口を近づける。


「君が見たいって言うなら、本当はリーダーも私も君には全てを見せても良いって思ってるんだよ。勿論その時には君のこの体全てを見せてもらうけどね」


 エクレアのその言葉にビクリと大きく体が反応する。彼女は先程自身で言った言葉の意味で赤くなった頬のまま、まるで怯える小動物を愛でるような小悪魔のような笑みを作る。

 そして、対面にはヘキドナしかいない事を確認しつつ、エクレアは自分の頬と唇の間へとキスをしてきた。


「!?」


「はあ〜」


 エクレアの行動に言葉を失う。

 自分の顔が鳩が豆鉄砲を食らったような表情になっていた事を見て、ヘキドナが呆れたと彼女も頬を染めつつため息を漏らす。

 エクレアは動かなくなった自分を投げる様にマネの方へと押す。


「さー! 君はリーダーと同じくらい怖い人にも謝らないと駄目だからね。マネ! 少年を逃げないように捕まえときなよ」


「エ、エクレアさん!?」


「アハハハッ。任せとけっての! さあ、ミツ。行くっての」


「うわっ!? ま、待ってマネさん」


 マネは自分を軽々と肩で担ぎ、2階にあるギルドマスターの部屋へと足を進める。

 

 ナヅキが共に2階へと上がり、彼女が部屋の扉をノックして入室を確認後、部屋の中から入室を促す声が聞こえてくる。


「おじゃまするよ」


「ど〜も」


「失礼するよ」


「こんちゃ〜」


 入室する際、各々が軽い挨拶を飛ばし中へと入る。

 その際、未だマネの肩に背負われたままの自分を見て、ネーザンとエンリエッタは呆れた者を見るような視線でこちらを見ていた。


「相変わらず元気そうだね」


「あら? 皆揃ってどうしたの? その前に、マネ。彼を肩からおろしてから話を聞きましょうか」


 自分を肩から下ろすように言われ、マネはヘキドナへと視線を向ける。何でそこで許可を得る必要があるのか。むしろその視線は自分に向けられるものだろうとマネにツッコミをしたいよ。ほら見てよ、ヘキドナも早く下ろせと軽く頷いているし。


「それで。今日は何かしら?」


「フンッ! 相変わらず上から目線と……。まあいいさ。エクレア」


「はいはい。はい、私達に課せられていたペナルティーの依頼。それの達成証明書です」


 エクレアが何故か胸元に挟んでいた羊皮紙の紙でできた依頼の達成証明書を取り出し、二人の前に差し出す。

 二人は軽く視線を自分へと向けた後、差し出された証明書の内容へと目を走らせる。


「ほう……」


「……うっ」


 書かれた内容を見てネーザンは笑みを作るが、エンリエッタは反対に少し眉間に指を押しつけ、何故か胃のあたりを抑えていた。


「うん。確かに……随分と早かったね。こちらとしてもかなり面倒な仕事を振ったつもりだったからこんなに早く終わるとは思っても見なかったよ。ふむ……。お前さん達、随分と頑張ってくれたじゃないか。荷運びは半日もかかってないね。ほう……。あの橋の下以外も進んで掃除したみたいじゃないか。うむ。よくやってくれたよ」


 ネーザンはヘキドナ達を手放しに褒めの言葉を告げると、彼女たちは少し照れ臭そうに喜んでいる。

 変わってエンリエッタの口からは何も出てこない事に、ヘキドナはフンッと鼻息混じりに彼女へと言葉をかける。


「おやおや。ギルドの長は頑張った者をちゃんと褒めてくれるのに、下の者は当たり前と何も言わないのかね」


 ヘキドナの挑発的な発言も気にしないと、エンリエッタは報告書を読み終えるとそれに自身のサインをしつつ業務的なコメントを返してきた。


「……ふ〜。結構。報告書を受け取ります。ご苦労様。今後冒険者として二度と問題を起こさないように気をつけなさい。また同じ事を繰り返すようなら、今度はこれ以上のペナルティーが課せられる事を忘れずに」


「チっ! 用件は終わりだよ。行くよ」


 その発言にヘキドナはイラッとしたのか、いつまでも彼女の顔を見ていたくないと部屋を出ようとする。

 その時、思い出したかのようにエンリエッタが出ていくヘキドナを呼び止めた。


「ええ。……それとヘキドナ。貴女宛に他の街の男爵家と子爵けから声が来てるわよ」


「断る!」


「ヘキドナ、待ちなさい!」


 話を最後まで聞くこともなく、ヘキドナは扉を開き部屋を出ていく。

 内容は貴族からのヘキドナへスカウトの話であった。

 武道大会での彼女の戦いぶり。

 その戦闘に惚れ込んだ者が自身の側近や私兵にとギルドを通してヘキドナを雇い入れようとしていた。

 また、彼女は容姿も綺麗でスタイルも良い。

 ヘキドナを自身の屋敷の私兵としてだけではなく、妾として狙いをつけた貴族達が声をかけてきたのだ。

 一般市民であるヘキドナが貴族に声をかけられる事はとても良い話であり、婦人としてでは無く、立場が妾であってもそれなりの暮らしを約束される。

 エンリエッタはまるでお見合いを進める近所のオバちゃんのように、ヘキドナに余計なお世話をしようとしていたのだ。

 ヘキドナ自身、人に仕える気もなければ指図されるのを嫌う性格。

 更に男性嫌いなヘキドナに妾になれとは無理難題でもあった。 

 二人は部屋の通路でギャーギャーと話し合い

、その声は室内にも聞こえてくるほど。

 ネーザンもその声に呆れながらも、ヘキドナの気持ちを優先と貴族へと断りの返事を書き始めていた。

 ここで、シューがネーザンへと疑問と質問をかける。それは自身の姉が貴族の声がかかったのだから、ミツにも何処かの貴族から声は無かったのかと。

 その言葉に周囲の視線が自分へと集まる。

 しかし、ネーザンの答えは皆が思っていた内容とは違った。

 まず、セレナーデ王国内の貴族からは試合終了後、直ぐにネーザンとエンリエッタへと連絡が来るものだと二人は気構えていた。

 しかし、街の近隣の貴族からの声は全く無く、ミツに来た連絡は一つも無かった。

 他国である、獣人国のローガディア王国。

 エルフの国、カルテット国。

 魔族の国、エンダー国。

 四つの国が集まり、ミツの力を目のあたりにして、何故声をかけないのか。

 疑問を感じていたが、ネーザンは男爵家貴族からその答えを聞いていた。

 セレナーデ王国の貴族は、ミツに対する私的な勧誘行為を一切禁じる。

 これは王都の指示ではなく、マトラスト様の入れ知恵とカイン殿下の指示である。

 冒険者の勧誘など自由に行って良いものだが、今回ばかりはそうはいかない。それはミツのスキルの一つ、トリップゲートが決め手になっていた。

 王族からの命令であるが為、他貴族は指をくわえていた。

 特にミツと社交的な些細な関係も持てないことを悔しがっていたのは、人よりも頭の森林が薄い者が大半であった。 

 何故ここまでミツを欲するのか。

 それはミツがバルバラ様のブーストファイトを大会中に使用したことに、頭を白髪にする出来事があった。

 戦いが終わり、ミツはなんてことも無く頭の髪を白から黒へ、そして髪を長く伸ばす現象を見せたのが原因だろう。

 それを見た者達が目の色を変え、血走った目でダニエル様へとミツとの対面の時間を取ってくれと懇願するが、王族の命の前ではそれは叶うことはなかった。

 

 他貴族も理由は近いが、カルテット国の代表のセルフィ様はミツと友好は結びたいと思っても、彼を配下には考えていない。

 ローガディアの姫のエメアップリアもミツを配下にしたい思いはあれど、そのチャンスを掴めていない。

 元々ただの試合を観戦するだけと、父である王からエメアップリアは言われたまで。

 この様な大きな案件に彼女一人では決断もできなければ、周囲の者が直ぐに名案作を出せるわけもない。

 しかも今は頼りになるバーバリが試合が終わった後、側に居ない。

 チャオーラやバーバリの弟であるベンガルンが捜索しているのだが、一向に見つからず彼らは困っていた。

 エンダー国の動きは全く予想ができず、気分屋の王妃であるレイリィ様の言葉一つで動き出すかもしれない。

 だが、数日経っても彼らは国へ帰る素振りもなければ、動き出す素振りも見せない。

 いつ動き出すか分からない為に、マトラスト様は早く国からの早馬が来てくれと日に日に祈る思いであった。

 

 ネーザンと依頼中の出来事を談笑混じりに会話していると、部屋の外からヘキドナとエンリエッタ、二人の怒鳴り超えが響き渡る。

 思わず体をくすみあげる面々。

 すると部屋に入ってきたのはエンリエッタ。

 彼女は声を出して疲れたのか、テーブルに置かれた水の入ったコップをゴクリと飲み干す。

 髪をかきあげ、彼女はネーザンに向かって首を振るだけでまた業務を始めてしまった。

 それだけでネーザンも周囲の人達も、ヘキドナが今回も貴族からの誘いを蹴ったことが理解できた。

 この場にヘキドナは居ないが、改めてエンリエッタから依頼終了の言葉を貰えた。

 これでまた自分はギルドの依頼を受ける事もできるし、持ち込みの素材も買い取ってもらえる。

 部屋から退室すると、ギルドの入り口のスイングドアを勢いよく開けて、ヘキドナが出ていってしまった。

 バタンと強い音に、またマネ達がビクリと体をくすみあげる。


「こ、怖っ……」


「今のアネさんに近づかない方が身のためだシ……」


「アタイらは酒場でも行くかい?」


 マネがくいっくいっと酒を飲む素振りを見せると、エクレアが呆れながら言葉を返す。


「あんまり飲みすぎないでよ。さて、少年よ。またお姉さんと遊びたかったら声をかけなよ。君には借りが溜まってるからね。そろそろ返さないといつまでたってもこの恩のローンが君に返せないのよ」


「そうだね。ミツ、力が必要なときは声をかけるシ!」


「お前さんには今回も助けられたからね。アンタが声をかけてくれたら姉さんも承知してくれるっての」


「ふふっ。そうですか? じゃ、今度で良いので、皆さんの戦いに同行させて下さい。皆さんの戦いも気になってましたから」


 ヘキドナのパーティーには傷を回復する支援職が居ない。それなのに皆がアイアンの冒険者になる程のベテランなのだ。

 ゲームなどで、自分の知っているパーティーには必ずと言って傷を回復するための支援職がいる。

 その為、パーティーの立ち回りにはパターンが決まっている。

 戦いの立ち回りなどを学びたいと思い、三人へとその事を伝えた。


「シシシッ。なら、ウチの戦いはミツに役に立てると思うシ。先輩としてウチが色々教えてやるシ」


 シューが何やらカッコつけて、手の甲を自分の胸へと当てウインクをしてくる。

 彼女も先輩として自身を見てもらいたいのだろう。

 ただ、その素振りは背伸びをしていなければもっと決まっていたかもしれない。


「まあ、逃げ足なら確かにシューの18番だからね」


「ムカッ! ウチのスピードは逃げ足じゃないシ!」


「へいへい、そう言う事にしといて……うっ!?」


「うわっ!? 痛ててっ……マネ、階段の途中で止まったら危ないシ。……?」


「マネさん? どうしましたか」


「ちょっとマネ! 危ないじゃない」


 シューへと茶化す言葉を飛ばしながら階段を下りていたマネが突然足を止める。

 その突然の事にシューはマネの背中に鼻をぶつけ、自分の背中にはエクレアの胸の柔らかさと温もりが伝わってきた。


「よう、ミツ! ギルドマスターに報告か?」


「あっ、リック。うん、さっき終わったところ。リック達も護衛の依頼お疲れ様。怪我とかしなかった? ちゃんとご飯とか食べれた? 疲れとか溜まってない?」


「……お前は俺のお袋かよ」


 いつの間にギルドに来ていたのか、リックが声をかけてきた。

 自分の言葉にリックは呆れつつ、苦笑を浮かべている。

 どうやら彼の母も同じような事を言ったのかもしれない。


「まあまあ、リック。僕達を心配してくれてる言葉じゃないですか。ミツ君もお疲れ様です。随分と早く終わられたみたいですね。……マネさんも依頼、お疲れ様です……」


 リックの後ろから弟のリッケの声が聞こえ、彼も同じ事を思ったのか少し苦笑いである。

 だが、その笑みはマネを見ると更に無理やり笑みを作った様な顔になっている。


「お。おう……。ああ、ミツのお陰で運搬も清掃も早く終わったっての……」


「そうですか……。それは良かったです……」


「……」


「……」


 マネはたどたどしい言葉に会話が続かない。

 それでもチラチラとリッケを見ている視線は、彼に伝えた自身の無責任な言葉に心が押しつぶされそうな思いなのか。

 リッケはまだマネに避けられていると思っているのか、悲しそうな笑みを見せている。

 二人の緊張した空気にリッケとシューが声をかけるが二人は返事を返さない。


「どうしたんだ、二人とも?」


「喧嘩でもしたシ?」


「いや、大丈夫だよ。……マネさん」


「うおっ!? な、なんだっての?」


 マネは突然自身の背を押され、リッケの前へと立たされた事に困惑する。


「リッケに話があるんですよね? 彼も丁度マネさんに話があるそうですよ」


「ミツ君!?」


 自分の言葉に驚きつつ、リッケは眉を少しひそめる。

 だが、そんな視線も自分は気にせずと二人の間からスッと身を引き会話を進めさせる。

 先に開口を開いたのはマネであった。


「……お前さんも。そ、そうなのかい?」


「あ、そ、その。……はい。良ければ少し話をしたいのですが……」


「……分かったよ。シュー、エクレア。すまないが先に帰ってくれないかい。アタイは少し話しをしてから帰るよ」


「「……」」


 マネの真面目な表情に茶化す言葉も無く、二人はコクリと頷きで返事をしていた。

 後を追うのは無粋なのでここからは二人だけで話し合ってもらおう。

 ギルドを出ていく二人の後ろ姿を見送り、心の中で頑張れとリッケを応援する。


「リッケの奴、大丈夫か?」


「多分……大丈夫だよ。それに、むしろこれ以上自分たちは二人の間に入っちゃ駄目だと思う」


「はぁ〜。これでリッケの青空戦士を止めてくれたら助かるんだけどな」


「青空戦士? なにそれ」


「ああ……。あいつさ、護衛任務中、ズッと空ばっかり見てやがってよ。リッコや俺が注意すれば直ぐに周囲を警戒するんだけどな。流石に依頼中にボサッとされるのは……」


 リッケは護衛任務中や食事の時、たまに心ここにあらずな感じに空を見上げていることがあったそうだ。

 それはリッケの昔ながらの癖であり、彼がそんな事をするのは悩みを抱えているのは兄妹の二人は気づいていた。

 例えば、数年前の話である。

 冒険者をする時に兄と妹が戦うスタイルをあっさりと決めても、リッケは今の様に数日悩んで空ばかり見ていた時があった。

 他にも嫌いな野菜を如何やったら食べなくて済むかなど、子供っぽい考えでもこの癖が出ていたそうだ。

 リックはその内元に戻ると言っていたが、おそらくマネと話し合うことで、リックが予想している以上にリッケの青空戦士は治るとおもう。

 因みに、この青空戦士と言う名前は三人の父であるベルガーが先に言い出した言葉である。


「そ、そうなんだ……。さてと……」


 リッケの事も心配だが、自分は先にやらないと行けないことがあるので彼女達の方へと足を進める。

 自分の進先は二人の魔術士である。


「リッケったら、報酬の分配もまだなのに何処に行ったのよ? ……まさか」


「あらあら。リッコちゃんのお兄さんは随分と進んでるわね」


「進むも何も、まだ始まってもないですよ」


「「!?」」


 突然会話に自分が入ってきた事に驚くリッコとミーシャ。


「二人とも、護衛依頼お疲れ様」


「あっ。え、ええ。そうね……少しトラブルもあったけど何とか終えたわよ。……んっ」


「そっか……。あの、二人とも……」


「「……」」


 話を切り出そうとすると、二人は頬を染めつつこちらを見てくる。


「あの、昨日はごめんね……。仕事とはいえ、皆の……その……はだ」


「わああ! 言わなくていいから。そんな事改めて言われたらこっちも恥ずかしくなるじゃない!」


 裸と言う言葉を出そうとすると、リッコが自分の口元に手を当て言葉を止めてきた。

 彼女の勢いもあって、自分の口元に衝撃が走る。

 

「ご、ごめん。でも、気分を害させて本当にごめんね」


 改めて謝罪の言葉を述べると、ミーシャがフッと軽く息を吐き、笑みを作る。

 事故とはいえ、反省している事を理解してくれたのか、ミーシャは提案を出してくる。


「……ふっ。リッコちゃん、彼も反省してるみたいだし、ここは一つ貸しとしてどうかしら?」


「ミーシャ、あんた……。分かったわ。ミツ、よく聞きなさい!」


「は、ハイ!」


 リッコの勢いに押され、思わず直立になり返事を返す。

 彼女は顔を真っ赤にしつつ 腰に手を当てがえビシッと自分に指を指す。

 人に指を指してはいけませんと言いたい所だが、ここは言うべきでもないだろう。 


「私達のその……、は、肌を見たことは取り敢えず許してあげる。でもね、その……。これはミーシャの言うとおり、貸しだからね!」


「ふふふっ。ミツ君」


「ミーシャさん……」


 言うことは言ったとリッコがプイッとそっぽを向く。

 そんな彼女の態度に微笑を浮かべながらミーシャが膝を下げ、自分と視線を合わせる。

 ミーシャも恥ずかしいのか、まだ彼女の頬は薄ピンク色に染まっている。


「ちゃんとお返ししてもらうわよ。勿論その時は二人っきりでね」


「うっ……」


 リッコに聞こえない程度の言葉で二人っきりと言う言葉を強調させるミーシャ。


「ローゼもミミちゃんもそれで良いわよね?」


 ミーシャは後ろに居るローゼとミミに話を振ると、二人は顔を合わせて困ったような顔をしている。


「まあ、私達は……ねえ?」


「は、はい。別に、その、お二人のように隅々まで見られた訳でも無いので……」


「そ、そんなに見せてないわよ!」


「!? ご、ごめんなさい!」


 ミミの言葉に、顔を真っ赤にするリッコ。

 思わぬ勢いに迫ってきたリッコにミミが逃げるように姉であるローゼの後ろに隠れる。

 そんな彼女達のやり取りに周囲から笑いが出ていた。

 因みに、何の話をしてるのか分からないトトは完全に蚊帳の外になっていた。


 リックとローゼ、二人が護衛の依頼達成とカウンターのナヅキへと報告を済ませる。

 隣ではトトとミミもエイミーへとヒエヒエ草の採取依頼の報告を済ませて戻ってくる。

 取り敢えずリッケを除いて報酬の分配は終わらせていく。


「ミツは今日は何するニャ?」


 報酬を受け取ったのか、プルンが小さな麻袋を懐にしまい話しかけてきた。


「うん。今日は領主様から呼びだしを受けててね。この後にでも行こうかと。プルン達は?」


 昨日、教会に帰ると領主様の屋敷から連絡が来ていたようで、エベラが手紙を受け取ってくれていた。

 内容はベンザの罪を王族であるカイン殿下の前で証明して欲しいと言う事が書かれていた。


「ウチらは今日は買い物に行くニャ。依頼やって無くなった消耗した道具の買い物と、ついでに宿のパンケーキを皆で食べに行くニャ!


「パンケーキ? ああ、前に皆で食べたアレね」


「そうニャ! でも、リッケが何処か行っちゃったから待ってるニャ」


「そうなんだ。でも、リッケは直ぐに戻ってくるかは分からないよ……」


 未だに戻ってこないリッケを心配に思う。

 プルンもリッケとマネが共に出て行った事を見ていたので、その時の彼女はニヤニヤとした表情を浮かべていた。

 ギルドの入り口の方を見ていると、リックが声をかけてきた。


「プルン、買い物と宿はお前らだけで行ってこいよ。俺がリッケをここで待ってるからよ」


「ニャ!? いいのかニャ!?」


「あら、リックにしては随分と気が利くじゃない?」


「フンッ、言ってろ。お前らの買い物に付き合ったら、俺が荷物持ちにさせられるのが分かりきってるんだよ……」


「ははっ……。流石リック」


 女の買い物に付き合いたくないのか、トトもリックと共にここでリッケを待つそうだ。

 依頼中に二人は前衛として気があったのか、随分と仲がよく見える。

 〈マップ〉を使用し〈マーキング〉スキルでリックとマネの位置を確認。

 二人は少し離れた所で共に居るので、まだ話をしているのだろう。

 知人が側を歩くと気まずくなるかもしれないので、リッコ達にはリッケの居る方角には行かないように伝えて、自分は〈トリップゲート〉を使用してフロールス家の屋敷へと移動する。

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