第133話 アイシャの決意。

 前回、臨時の風呂場で働くピートの姉であるポリーの代わりにと、風呂場の責任者であるリンダに頼み込み、自分は風呂場で働くことになった。


 風呂場の仕事はお客から預かった衣服の洗濯等々、雑用係としての労働。

 だが、自分はピートの姉の代わりと言うことで、女風呂での作業もリンダの考えの中に含まれていたようだ。

 衣類の洗濯を終えた後は女性の衣類の受け取り。

 衣類を預かるのだから預ける人は丸裸状態。

 すっぽんぽん状態の女性を相手に戸惑いつつ、共に仕事をしていたマチの協力もあって何とか作業を続ける事ができていた。

 だがしかし。依頼の為に数日とこの街を離れていた仲間たちが目の前に現れるというトラブル。

 再開に喜ぶこともできず、自分は顔を真っ赤に彼女達の衣類を受け取ることになった。

 何とかその場を済ませることができたが、リンダに頼まれ、何と自分は浴室内の掃除とお客の背中流しをする事に。

 仲間達のあられもない姿を目にしながら背を流し、またその数日共にペナルティーの依頼を受けてきたヘキドナとエクレアの素肌も見てしまった。

 バレませんようにとその言葉を、幾度も呪文の様に唱え続けたがそれは意味をなさなかったようだ。

 結局最後は自分が女風呂で働いている事が皆にバレてしまい、冷たい視線とハートがクラッシュする程の言葉を受ける事に。

 冷たい風が頬をなでる夜道を歩きつつ、以前ユイシスに貰った加護〈女神の加護〉の効果は無いのではと考えていた。

 女神の加護の効果は害ある物を無意識と遠ざけ、自身の幸運値を跳ね上げる。幸運値はステータスに関連する。とユイシスから説明されていた。

 しかし、よくよく考えれば逃げる方法なんていくらでもあったのだ。

 〈時間停止〉を使用すればリンダに見つかる前と女風呂から出ることもできた。

 〈ハイディング〉を使用すれば自身の姿を皆に見せることもなかった。

 それを直ぐに思いつかなかった自分が悪いのだから、ユイシスの加護に文句を言うのはやはり違うだろう。


 数分後。夜道を歩くことに頭が冷えてきた頃に、ロウソクの明かりが薄っすらと見える教会にたどり着く。


「た、ただいま……」


 既に教会の正面入り口は閉められ、裏口から入る。

 誰か居るかなと居間へと移動。

 そこには話し合っているバン達がいた。 


「おっ。おかえりミツ君」


「勤めご苦労だね、ミツ坊や」


「おかえりなさい」


「バンさん。皆さん、ただいま戻りました。……あの、プルンとアイシャは?」


「んっ? プルン君は冒険者の依頼で疲れたのか、帰ってきたら直ぐに部屋に入ったぞ? 流石にもう寝てるんじゃないか? アイシャなら、そこに」


 自分が恐る恐ると二人は何処にいるのかと聞くと、プルンは部屋に、そしてアイシャは部屋の隅で膝を抱えて座り込んでいた。

 自分と視線が合うと、彼女は顔を伏せてしまう。


「あっ……アイシャ。あの……。さっきは……その……」


 怯えさせないように、ゆっくりと彼女の前で膝を折声をかける。


「おかえりなさい……」


 アイシャがおかえりと言った後、顔を上げ、自分と視線が合うとまた顔を隠してしまった。


「ううん。……いいの。あのおばさんの言うとおり、ミツさんはお仕事をしてただけだって分かってるから……」


「うん。でも、嫌な思いさせて本当にごめんね」


 アイシャは頬まで真っ赤な顔をこちらに向け、チラチラと視線を送ってくる。

 彼女の裸は見てはいないが、そんな事は彼女にとっては関係無いのだ。

 家族以外に見せたことの無い自身の裸を見られたかもしれない、それだけでも彼女の心を傷つけてしまったのだから。


「「……」」


「「「?」」」


 家に変えるなり、アイシャに謝罪をする自分を周囲の大人たちは何だ何だと意味もわからず様子をうかがっていた。

 そこにアイシャの母であるマーサが部屋に入り声をかけてきた。


「二人とも、もう大丈夫かしら」


「お母さん……。うん。私は大丈夫……」


「マーサさん。その……マーサさんにも嫌な思いをさせてすみませんでした」


 自分はマーサへと同じく謝罪を述べる。

 アイシャがマーサの後ろに隠れたことに、彼女の裸はバッチリと見てしまっている。

 狩人としての身の引き締まり、いつもは衣服で隠れて見えない豊かな胸。

 その時驚きつつも、娘を隠そうと自身の素肌を隠そうとしないうっかり者。

 ここは深々と頭を下げ、謝罪を告げる。

 マーサも自分に見られたことを理解しているが、そこは大人の対応であった。

 彼女は頬を染めつつ、ニコリと笑顔に謝罪の言葉を受け止めてくれた。


「……フフッ。ええ。少しだけ驚いたけど大丈夫よ。でも、今度またあんな事があったら、君には責任取って貰って、アイシャを娶って貰おうかしら? それなら私も安心できるんだけど」

 

「め、娶りって!?」


「お、お母さん!」


「フフッ」


 マーサの言葉に顔を真っ赤にするアイシャ。

 内容はさっぱりだが、嫌悪な雰囲気でないことにバンはアハハと笑いつつ、それは良いと意味もわからずマーサの提案に同意していた。

 場の雰囲気が落ち着いたところで、ギーラが自分の対面に座り話しかけてくる。


「さて、ミツ坊や」


「はい。ギーラさん、どうされました?」


「うむ。残念じゃが、私達はそろそろ村へ帰ることにするよ」


「……。そうですか……」


「……」


 ギーラが村に帰ることを少し重い口取りに語りだす。

 帰るのはギーラだけではない。

 当たり前だが家族であるバン、マーサ、そしてアイシャもスタネット村へと帰ってしまう。

 

「お前さんと再会できた事。ここで過ごせた日々に感謝の言葉を贈らせておくれ」


 ギーラは自分だけではなく、エベラと寝ているカッカを抱っこしているサリーへと深々と頭を下げる。

 それに続くようにバン、マーサが頭を下げると、エベラとサリーもいえいえと礼に応える。


「いえ……。結局自分は皆さんに何もできませんでしたから……」


「いや。そんなことないよ……。お前さんのお陰で私達は良き日々を過ごせた。それに、お前さんのお陰で村は更に大きく変わることができる。お前さんのおかげで新しく仕入れる事もできたし、それをを使って村を直せる。それで出稼ぎに出ていってしまった村人が帰ってくる場所をまた造れるんだ。お主がおらんなら村は変わることのない日々を過ごしとったよ。ありがとう」


「そうですか……。それなら良かったです」


 ギーラは優しく微笑みながらありがとうと感謝を伝えてくれる。

 それを聞いただけでも、自分がこの人達の役に立てた事に少しだけ心が満たされた気分となった。


 明日にはギーラ達はスタネット村へと帰るが、今日は少しだけ長く互いに話をして楽しい時間を過ごすことができた。


 翌日。

 皆で朝食を食べ終わり、スタネット村から出た出稼ぎの村人が数人集められていた。

 前日までにギーラ達が買い出しをしていた荷物が荷馬車に詰め込まれた状態と教会の前に集まる。

 どうやら村人を荷物運びの人員として使い、共に帰るのだろう。

 周囲の人達はギーラやバン、そしてマーサとの改めて共に村に帰れる事に話を弾ませている。

 スタネット村には元々老若男女合わせて80人居るそうだ。しかし、この場に居るのは5~6人。

 どうやら全ての人がこの日に帰る訳ではないようだ。

 残りの20人近くは今の仕事の区切りがついて帰ってくるだろうとギーラが言っていた。

 見送りには教会に住む者が全員でている。

 勿論プルンもだ。

 やはり昨日の事が尾を引いているのか、いつもおはようと自分が声をかければ、眠い目を擦りながら返事を返してくれる彼女も、今日ばかりはそっぽを向くような返事しか帰ってこなかった。

 やはり女性からそんな返事の返し方をされると地味にショックである。

 共に階段から降りてきた子供たちはいつも通り朝から元気に声をかけてくれるのだが。

 それでもプルンへと自分が声をかけると、一応返事を返してくれるので拒絶している訳ではないみたいだ。


「いや〜、随分と大荷物ですね。村長、バンさん」


「ああ。これは全て村の財産。お前達、しっかりと運んでおくれよ」


「「「はいっ!」」」


 荷馬車に積まれた大きな樽や木材の入れ物。

 荷物は村人の冬を越す為の衣服や食料、またアイシャを我が孫の様に可愛がる爺様達の為とお酒が積まれている。


「ハハハッ。お前ら、村に帰ったら直ぐに働いてもらうぞ。畑仕事に家の修繕、他にも仕事はあるからな!」


「うへ〜。出稼ぎに雇われた店よりもこき使われそうだぜ」


「ちげーねぇや!」


「「「アハハハハハッ」」」


 安い賃金でもう無理して働くことはない。

 年老いた父や母がいる村で共に過ごせる。

 若者にとってはやはり長年過ごした村から離れたことが辛く、村が恋しかったのかもしれない。


「ギーラさん、それでは行きましょうか」


「うむ。ミツ坊や、最後までお前さんに甘えてしまってすまないね」


「いえいえ」


 ギーラ達の帰りは〈トリップゲート〉を使い、村まで送る事になっている。

 帰りは荷物も多いので、人だけを乗せている輸送馬車以上に時間がかかることが一番の理由である。


「んっ? 村長、何ですかその子供は? 村で引き取るんですか?」


「ば、莫迦者! なんと失礼な事を!」


「へっ!?」


 村の若者達が笑い合う中、ギーラへと話しかける。すると若者の中の一人が自分を孤児と勘違いしたのか失礼な発言をして来た。

 ギーラは先程の微笑みの表情を一変させ、剣幕な口調と彼を強く咎めはじめる。


「お袋、事情も知らない奴を怒鳴るのは止めとけよ。おい、よく覚えとけよ。お前らがこの街で糞にまみれながら、低賃金の仕事から開放してくれたのはこの少年だってことをその胸に刻み込んどきな」


 バンは青年へと自身の太い腕を回し、ぐっと引き寄せながら言葉に少し圧を込め、腕に力を入れている。


「ぐへっ! バ、バンさん、く、苦しいです」


「叔父さん。やり過ぎよ」


 あまりにも突然な事にバンの腕の中で暴れる青年を見て、アイシャが叔父の行為を止める。


「おっと、いかんいかん!」


「ふ〜。アイシャちゃん、助かったよ」


「うん。でも叔父さんのいうとおり、皆が村に帰ってこれるのはミツさんのおかげだからね。あんまり失礼な事言っちゃ駄目だよ」


「「……」」


 アイシャに感謝を述べる青年だが、彼女の言葉が本当なのかと顔を見合わせる面々だった。

 どうやら彼らはスタネット村に送られた援助金の事や、目の前の少年が村人の病を無償にて治癒した事を深く聞かされていないようだ。


 彼らはこの街に来てからは、毎日のようにトイレの排泄物等の清掃業務を基本として働いていた。

 飲食店や宿泊場のトイレにはスライムがトイレの中に入れてあり排泄物の汲み取り作業は無い。

 だが、周囲にこびりついた汚れなどは人の手で落とされている。

 さらに一般のトイレにはスライムは居らず、人の手で溜まった汚物の回収を行っている。バンの言うとおり、彼らは毎日を糞にまみれた日々を過ごしていたのだ。

 それでも人がやりたがらない仕事だからこそ、何の技術もスキルもない彼らが直ぐに雇われたのだ。

 

「う、うっ……。坊主、なんだか分かんねえけど、すまなかったな」


「いえいえ」


「やれやれ。お主らには後でミツ坊のありがたさをしっかりと教えてくれるよ」


 我が事のようにフンスと怒りだすギーラに、自分は苦笑いを浮かべるしかできなかった。


「でっ。村長、何で荷物を運ぶ足が草牛何ですか? 馬かダルビは居なかったんですか?」


「モ〜」


 荷台の側に集められた草牛。

 全て雄ではなく乳を出す若い雌である。

 荷台を引くなら普通は馬かダルビがこの世界基本である。

 ダルビとは二本足で歩く事のできる生き物で、見た目は恐竜のパラサウロロフスを想像してもらったら解りやすいかもしれない。

 とても温厚な性格で、草食と餌も草牛と馬と同じものを与えればいい動物である。

 ちなみに大きさは馬よりも頭一つの大きさの高さ。草食だけに草木を手繰り寄せる数本の指が特徴的な生き物である。


「いやいや。馬やダルビを買っても村じゃ食いつぶすしか使いみちが無いからね。まだ乳を出して肉にもなる草牛の方が良いんだよ」


「か、買った!? 村長、これ全部買ったんですか!?」


 ギーラの言葉に村の青年が驚きつつ六頭の草牛を見る。

 他の人も同じ気持ちなのか、驚きに言葉が出ていない。

 この世界の草牛の金額は金貨40~80枚。

 その草牛が出産経験があるかないのかでまた金額が異なるが、村人にとっては大きな買い物であることに間違いはないだろう。

 先程ギーラが全て村の財産という言葉の中に、まさか草牛も含まれているとは思っていなかった若者たちだった。


 村人達が驚く中、自分はトリップゲートのスキルを発動。

 ブオンと音がしたことに草牛に釘付けだった村人の視線がゲートへと向けられる。


「「「!!!」」」


「おお。村が見えてるぞ。こりゃ直ぐに帰れて助かるな! アハハハハッ」


 ゲートの中を覗き込むように見るバンは、ゲートの先に見えるスタネット村に喜びアハハと笑い出す。

 先に荷物をゲートを通らせる為、バンが未だに放心状態の若者たちの背中を叩き荷運びをさせていく。

 若者たちがおっかなびっくりと恐る恐るとゲートを潜りながら、多の数台の荷台と草牛が先に通り抜ける。

 バンがゲート先で先導しつつ、挨拶とギーラ達と共に並ぶ。


「ミツ坊や。本当に世話になった。お前さんが望むならいつでも村に来ておくれ。私達はお前さんを心から迎え入れる事を約束するよ」


「はい。落ち着いたらまた顔を見せます。その時は村のお手伝いをさせてください」


「そうかいそうかい。うむ。待っとるよ」


 ギーラは自分の背中に手を回し、優しくハグをしてくれる。

 村に戻れば、ギーラは忙しくなるだろう。

 約束通り落ち着いたら顔を出すことにしよう。

 おなじくプルンもお互いに世話になったことを話し出す。

 二人が話していると、次は私ねとマーサが自分の前に立つ。


「ミツさん、貴方の想い。けして無駄にしないと約束するわ」


「はい。……あの、マーサさん。なんで手を広げているんですか?」


 マーサはニコリと笑顔で、カモーンとばかりに両手を広げている。


「あら? お母様にはできても私は駄目なの?」


 周囲を見るとアイシャは苦笑い、若者達は少しだけ羨ましいのか数人が妬ましそうな視線を向け、バンはクスクスと笑っている。

 どうやら自分がこの状況を受け入れないとマーサの腕が下がりそうもないので、自分はその希望を受け入れることにした。


「うっ……。わ、解りました」


「フフッ。……ありがとう」


 ギーラのように優しく抱きしめるマーサ。

 しかし、ギーラと違って自分の顔がすっぽりとマーサの胸元に埋もれる状態になる。

 息苦しさもあるが、自分の顔に当たるマーサの胸などを昨日バッチリと見てしまっているので更にその生々しさが伝わってきてしまう。


「……お母さん。長くない?」


「あらっ? そうかしら。でも、もう少しいいかしら」


 アイシャの言葉に疑問符を浮かべるマーサ。

 彼女は今抱きしめている自分を小動物か何かと思っているのか、抱きしめる腕に力を入れる。

 すると、必然的に自分の顔は欲深き胸の沼にズブズブと沈み、息が苦しくなってきた。


「ふぐっ!?」


「お母さん!」


「はいはい。解ってるわよ……。じゃ、これはおまけね」


 段々とアイシャの口調が荒々しくなってきた事を察してか、マーサが仕方無しと腕の力を緩める。マーサは自分を放す際、彼女は自分の頬に軽くキスをしてくる。


「!?」


「フフッ」


 異性を茶化すようなマーサのその微笑み。

 頬のキスならアイシャも母親のマーサから何度も受けているので気にもしなかったのだろう。

 それよりも、やっと自分を解放した事に、もうっとアイシャは頬を膨らませながら呟いていた。


「ミツ君……」


「バンさん……。いや、抱き合いませんよ」


 バンは自分の名前を呼ぶと彼も両手を広げ、さー来いと言わんばかりに手をクイックイッと招く動作をする。

 何が悲しゅうて40近くのオジサンの胸元に飛び込まなければあかんのか。 

 マーサの時と違ってそこは断固として断る。


「ふふふっ。すまんすまん。どうせまた顔を合わせる時が来るんだ。湿っぽい挨拶はする必要もないだろうさ。世話になった……」


「そうですね。はい、また」


 バンは笑いながら腕を下げ、ならばと手を差し出し握手を求めてきた。

 彼の言うとおり二度と会えなくなる訳ではないのだから、これぐらいでいいのだ。

 

 最後に来たのはアイシャである。


「ミツさん……」


「アイシャ……。元気でね」


 彼女にお別れの言葉を言おうとした時、スッと彼女は頭を下げる。

 

「……」


「アイシャ?」


「……これ」


「アイシャ、これは?」


 顔は見せず、アイシャは手に何かを握りしめ、それをグッと差し出してくる。

 自分がそれを受け取るとアイシャはモジモジと少し小刻みに動き、後ろに立つマーサを一瞥した後に口を開く。


「お母さんに教わって私が作ったの……。お母さんみたいに上手じゃないし、ミツさんが作った物みたいに綺麗じゃないけど……」


 アイシャが差し出してきたのは以前マーサに作ってもらった事のある、狩りの時に持っていくお守りである。

 彼女の言うとおり形は歪であり、初めて作ったのだろう。

 それでも彼女が自分の為に一生懸命に作ってくれた品。

 それは銅貨数枚も価値もみださない品だが、彼女が自分の身を案じて作ってくれた品に、自分は心から感謝の言葉がでていた。


「ううん。ありがとう。大切にするね」


 そのお守りを握りしめ、アイシャへと笑顔を向けると、彼女がこちらをむき、表情を引き締めていた。

 何かを言おうと彼女の口がモゴモゴ動く。

 焦らなくても大丈夫と、自分は声を出さず、笑みのままにコクリと頷く。


「……」


「……」


「私ね……」


「うん」


「私ね、もう直ぐ15歳になるの……」


「そうなんだ! その時はお祝いしなきゃね」


 アイシャの歳は14歳。

 彼女の言うとおり、雪が降り注ぐ冬になれば彼女も成人の女性となる。

 この世界の成人は15歳。

 結婚もお酒も独立も。

 全てが認められ、そして大人として扱われる歳である。

 また、この世界では、5歳、10歳、15歳と、5歳おきにその人のお祝いがされる。

 子供が5年間無事に生き抜くことを祝した、この世界独特な文化なのかもしれない。

 

 アイシャにお祝いする事を告げると、彼女はニコリと笑みを返してくれる。 


「ありがとう……。でね……。お母さん達にも話したんだけど……。ううん。何でもない! うん。その時はミツさん。皆でお祝いしてね!」


 彼女は何かを言おうとするがそれを振り払い、満面の笑みでお祝いを楽しみにしていると自分の手を取り、約束をする。


「うん。アイシャの誕生日だもんね。勿論リッコ達も呼んで皆でお祝いしようね」


「うん。約束ね! 今度は忘れないでね」


「うっ……うん」


 アイシャと話しているその間と、ギーラが数日と家族皆が世話になったことにエベラ達へと礼を告げる。

 エベラも歳の近いマーサがいた事に楽しかったのかもしれない。

 お互い母親である為にママ友感覚に二人はとても友好を結べたのではないだろうか。

 次の街のイベントが行われる時には、是非また泊まりに来てくれと話し合っていた。

 最後の挨拶が終わり、バン、マーサ、ギーラとゲートを通り抜ける。

 最後にアイシャが通り抜けるだけなのだが、彼女はゲートをくぐり抜ける際、自身の両手で自分の手を握ってきた。

 ギュッと握られた少女の手はとても熱く、そして小刻みに震えていた。


「じゃあね。ミツさん。プルンさんもお元気で」


「うん」


「村は近くニャ。街に買い出しに来た時にでも顔をみせるニャよ」


 アイシャはプルンの言葉なコクリと頷きで返す。

 ゲートをくぐり抜け、踵を返しこちらへと振り向き大きく手を振る。

 ゆっくりと閉められていくゲートみ見つつ、彼女の目尻に涙が流れていたことに気づいてしまった。

 シュッと消えたゲートがあった場所をアイシャは視線を動かすことはしなかった。


「よかったの、アイシャ? 彼に言わなくて……」


 後ろから母親のマーサに声をかけられると、アイシャは自身の服の袖で顔をゴシゴシと拭き、涙を拭う。

 直ぐに返事ができなかった彼女だが、家族の方に振り向く時にはアイシャは笑みを作れていた。


「うん……。いいの! 大会ではミツさんの戦いにいっぱい驚かされちゃったから、今度は私がミツさんを驚かせるの。私……。私ね、絶対冒険者になる! 折角お婆ちゃんもお母さんも叔父さん皆が許してくれたんだもん」


「アイシャ……」


 先程ミツに言えなかった決意表明を改めて口にするアイシャ。

 彼女の中でなにが動いたのか。

 歳も変わらぬ少年の戦いを見て心が動いたのか。

 アイシャは15歳の誕生日を迎え、成人となる時に冒険者になることを決めていた。

 娘が冒険者になりたいと数日前の夜、ベットの中で突然言われた


「はぁ〜。孫娘が冒険者になりたいだなんて言い出すとはね。これもミツ坊の影響なのか……まったく」


「いいじゃないか、お袋。俺も本心ではお袋と同じ気持ちもあるが……アイシャ、お前が決めた事だ。俺はお前を応援するぞ!」


「うん。ありがとう、叔父さん」


 やはり最初こそ祖母であるギーラと母親のマーサは反対をしていた。

 それはそうだろう。

 たった一人の娘であり、今は亡き息子が残してくれた形見の孫。

 だが、このライアングルの街に来てからは、アイシャの元気な姿や活発に動き街を見て歩き、街並みをキラキラとした目で見ている彼女を見ては、この子にはもっと世界を知って欲しいという気持ちも親であるマーサとギーラは考えていた。


 少女のこの日決めた決断が、少女とミツの運命。

 二人の運命の一つのピース。

 始まりの1手として物語が作られていく事になった。

 彼女が活躍するお話は、そんな遠い話ではない。

 

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