第132話 桃源郷に入るべからず。
(何で……。どうしてこうなった……)
自分は今、凶悪なモンスターに囲まれた気分と汗をダラダラと流していた。
それは何故か……。
「あったか〜い」
「最高ね。あ、石鹸取ってもらえる?」
「んっ〜。中々落ちないわね。ごめん、私にも石鹸その後貸してちょうだいねっ!」
「あんっ! どこに石鹸投げてるのよ。もう」
無邪気に綺麗なお湯に喜びの声を上げつつ、乙女たちはその実った果実をいつの日か見せる異性の為にと磨きをかける。
艶っぽい吐息を漏らし、流れるお湯は顔から身体、そして足先へと乙女の身体に付いた泡と共に流れていく。
泡が流れてしまえば、そこには男が見るには理性を保つには苦しむ美しさがあらわとなる。
自分は今、全く顔は動かさず、ゴシゴシと人が使った洗い場を黙々と洗い続ける。
顔を少しでもずらしてしまうと、素肌をさらした女性達がすぐ側で自身の身体を泡にまみれさせながら洗う姿が目に入るのだ。
同じ所ばかり洗っているせいか、その一部だけがピカピカに磨かれ、水垢などの汚れを全て落としてしまう程。
この状況になってしまったのは、リンダに無理やりに腕を引かれ、ここに連れて来られた為である。
「お前さんはここの洗い場担当だよ」
「いや……リンダさん。ここ女性風呂ですけど……」
自分は声を潜め、リンダに何故自分がここに連れて来られたのかを質問すると、彼女は大きく鼻を鳴らした。
「だから何だい!? この客入りをよく見な! 見てわかるけど、人手が足りないんだ」
リンダは自分の頭をガシッとつかみ、周囲の光景を無理やりに見せる。
目を瞑れば良いだけなのだが、頭を掴んだリンダの指が自分の目を見開かせる。
目に映る光景はこちらを見ている裸の女性ばかり。女性達は自分をリンダにしごかれている新人だと思っているのか、彼女達の口からはクスクスと笑い声が聞こえてくる。
「はい、分かりました! 分かりましたから頭を抑えないでください」
「よし。なら、お前さんはポリーの代わりをしっかりと勤めな。そうじゃないとあの坊主に渡す金が減るからね。後、お客に背中流しを頼まれたら、ちゃっちゃと済ませるんだよ」
「は、はい……。はい?」
リンダはそう言葉を残し、自分は黙々と掃除を続けていた。
あられもない姿のまま、目の前を通り過ぎる女性達。勿論それは人だけではなく亜人もいる。
だが、亜人とは言え身体の作りや胸の位置などは人と変わらない為に目のやりどころに困ってしまう。
しかし、この時間に多いのは人族の女性達。
浴室にいるのは一般人や冒険者などで、身体の作りを見ればその人が冒険者なのかそうでないのかはすぐに解る。
あまり周囲を見てはいけないと、自分は直ぐに掃除を始めた。
(周囲の話し声に耳を傾けるな。集中、集中……。自分は掃除人……。この床にこびりついた垢こそ自分の倒すべき敵。消えろ消えろ、汚れ退散、煩悩退散!)
「お姉さん、こっち頼むニャ」
(……くっ。やはり呼ばれてしまうのか。いや、人違いかもしれない……。もう少し聞こえないふりを……)
そんな事を考えていると、その声の主は自分の横にやって来て、また背中流しを依頼してくる。
「お姉さん、三人分の背中お願いするニャ」
「うっ!?」
やはり声をかけられたのは自分だったかと、恐る恐ると顔を上げる。
するとそこには見慣れた女性が裸状態に、ニコリと笑顔に銅貨を差し出してきた。
(プルン!? 何でここに居るの! って、さっき服を預かったんだからいるよね。って違うわ! お願いプルン、前を隠して! 他に誰か! 代わりの人は)
「ニャ? ……あー、ニャるほど。えーっと。ウチの。身体を。洗って。欲しい。ニャ!」
「ぶっ!」
プルンは突然自分の目の前で何も持っていない手を動かす。
そして、何も隠していないその肌を使い腕や腹部を洗うモーションを見せてきた。
どうやら彼女は自分を耳が聞こえ難い人だと勘違いしているようだ。
彼女は身振り手振りと見せた後グッと親指を立ててきた。なんだその親指は……。
周囲を見渡しても、背中流しに手の空いた人が居ない。
仕方ないと自分は渋々と頷くことにした。
彼女は身体を洗う為の布を持っていないと言ったが、自分の手には汚れた床や椅子を洗った布しか無い。
流石にこれで身体を洗うわけにも行かないので、自分は石鹸とお湯を混ぜて桶の中に泡を作る。
その桶の中で〈糸出し〉と〈物質製造〉のスキルを発動。
シュルシュルと出てきた糸はシルクの様に、ツルツルとした状態で糸玉状態に出す。それを物質製造を使い形を変えていく。
只のタオルにしても良かったのだが、身体を洗うならとボディウォッシュボールを作り出した。
丸いボンボンができ、身体を洗うには理想な硬さと柔らかさを出してくれる。
糸の柔らかさ、そして物質の大きさをフワリと完成させれば泡立ちも良い物ができた。
だが、これが余計な事だったのかもしれない。
プルンの背中を流す際、ボディウォッシュボールの気持ちよさにプルンの口から甘い声が漏れ出てくる。
思わずその声にビクリと反応をしてしまい、彼女がこちらに振り向きそうになる。
慌てて背中を流す際、彼女の尻尾はどう洗うべきかと考えてしまった。
いや、別に彼女のお尻に視線が釘付けだった訳ではない。尻尾が目の前でフリフリと、一緒にお尻もフリフリとって違う!
……彼女の背中を洗う際、彼女の背中には今までの日々の苦労が滲み出ていた事に気付かされてしまう。
年頃の女性の背中にしては肉付きは薄く、掌越しに彼女の背骨の位置がよく分かる程に薄い肌。
毎日嬉しそうに食べ物を食べる彼女だが、今までのひもじい思いをして来た日々がこの体にしてしまったのだろう。そんな彼女の背中を優しく洗っていると、先程までフツフツと出てきていた疚しい気持ちが恥ずかしくなってきた。
そして、背中を洗い終わった後、彼女は泥などで汚れてしまった頭も洗ってくれと自分に正面を向ける。その際、左右に立っていたリッコ、ミーシャ、二人も自分の方を見た為に三人の裸を並べる状態。
ここではテレビや漫画等の都合の良いお風呂場の湯気は働きはしない。
奇怪な光で彼女達を隠すことのないその姿。
その光景に、心が落ち着いたと思っていたが、とうとう自分の鼻の奥からツーっと一筋の血が流れてきてしまう。
慌てた自分は思わず身を縮め、ヒールを使用し鼻血を止める。
鼻と口元を布で隠しているので三人には自分が鼻血を出したこと、ヒールの発動時に出てくる光には気づかれなかったようだ。
自分が蹲っているのを見て、プルンは何を思ったのか、浴室の端においてある一人用のベンチを周囲の視線も気にせずに、ズルズルと引きずりながら持ってきた。
ミーシャとリッコも呆れながら見ているが、プルンがそのベンチに仰向け状態に寝た事に、自分に頭を洗ってくれと言いたいことが伝わったのだろう。
彼女の何も隠していないそのあられもない姿に、自分はまた鼻の奥をツーンとさせてしまった。
手に持っていたボディウォッシュボールをいつの間にかプルンに渡し、自分はプルンの頭を洗っていた。
彼女の頭を洗う際、思った以上に泥などの汚れが髪の毛にこびり付いている事に気づく。
普通に洗って済ませるのも良いのだが、自分は無意識と自身にもやっているヘッドマッサージの要領で頭皮のもみ洗いをし、頭皮に付いてしまった汚れも一緒に落としてしまう。
まるでヘッドスパのように心地よさそうにするプルンを見て、隣に立つミーシャが自身の胸を隠すこともなく自分の隣へと近づく。
まだ成長途中とは思えない程の彼女の胸は、少し前かがみになった事にタプンタプンと大きく揺れ動く。
自分の視線を釘付けにしてしまい、プルンの頭を洗う手を止めてしまう事が度々あった。
これは本当に無意識であったが、人によって乳暈の大きさは異なり、ミーシャ自身、彼女は少しコンプレックスに抱えるほどに三人の暈の大きさに違いがあった。
何を見ているんだと心の中で叫びつつ、プルンの頭を洗い終わる。
彼女は頭がサッパリとしたのか、首を回しつつニコリと笑顔と礼を告げてくる。
止めて、今の自分の汚れた心に君の笑顔が眩しすぎる。
続いてリッコの背中、そして頭を洗う。
プルンが彼女にちょっかいを出していた間に、リッコの髪を洗い終わってしまう。
その際、リッコの口からとんでもない言葉が〈聞き耳〉スキルで聞こえてしまったが、そこは彼女の為にスルーしとこう。
くだらない知識の一つだが、人は体を数分くすぐられると、失禁してしまう事が科学的に証明されている。
何をどんな科学で証明してるのだとその時思っていたが、確かにそれは事実であった。
最後にミーシャだ。
彼女の背も洗い終わると、また髪の毛を洗う準備をしようとした時。
ミーシャは前も洗ってくれと、彼女はベンチに体を寝かせ、自分に大沢岳と思わせる立派な山を見せる。リッコの口から舌打ちが聞こえ、プルンは口元からヨダレとお腹を抑えている。
自分は流石にそれは駄目と思い、首を勢い良く振る。
何とか三人の背中と頭を洗い終わったので、プルンが持ってきたベンチを片付けようと踵を返す。
するとそこにはお酒を飲みに行ったはずの人が、身を隠す事もせず足を組んでこちらを見ていた。
「次は私を頼むよ」
ヘキドナは親指でピンッと銅貨を弾き、自分へと投げる。
(何でいるんですかね……。はは……)
自分が頷き、黙々とヘキドナの背を流す。
彼女もボディウォッシュボールの気持ちよさに少し身震いさせたが、そこは妹の前でそんな顔を見せまいと、頬を染めつつ顔を引き締める。
「んっ……。ううっ……」
「リーダー、どうしました?」
「いや……。明日のエンリの顔を思い浮かべると、どうも笑いがこみ上げてね」
「アハハ。わかる〜。エンリさんもまさか、あの清掃と運搬依頼が三日で片付くとは思ってないでしょうね! それもあの少年のお陰ですか?」
エクレアの言うとおり、今回ヘキドナ達に課せられたペナルティーの依頼。
清掃と運搬は五人で頑張っても普通なら一〜二週間はかかってしまう程の量であった。
しかし、初日のマネとミツの二人で行った運搬作業。
二日目に行ったヘキドナとマネとミツ、三人で行った橋の下の清掃。
そして、今日の三日目に行った、臨時の風呂場清掃。予定を前倒しに掃除を済ませ、明日にでもギルドに依頼が終わったことをカウンターのナヅキと副ギルドマスターのエンリエッタへと、依頼を達成した証明書を叩きつけることに、頬を上げる程にヘキドナは楽しみであった。
「ふふっ、ああ。坊やには色々と借りができてるね。酒を奢ってチャラってのもありだけど、坊やが下戸野郎じゃね……。エクレア、聞きたいんだけどさ。男が欲しがる物って何だろうね。」
「……」
ヘキドナは自身の豊満な胸を腕組みをした腕の上に乗せつつ、エクレアへと質問する。
問われたエクレアもヘキドナの真似と、揺れる胸を気にしないと問われた答えを考える。
ヘキドナの口から異性への贈り物の相談を受けるとは思っていなかったエクレア。
姉の男嫌いは筋金入りであり、ヘキドナは同性愛を他の冒険者に噂される程であった。
そんなヘキドナの相談を嬉しく思いつつ、エクレアは自身にも理のある提案を思いつく。
「そうですね〜。少年には一つ二つの借りが大きすぎますから……。あっ、いい事思いつきましたよ! でも、これは私とリーダーしかできませんからね。間違ってもシューとマネには期待できません」
「な、なんだい?」
ムフフと不敵な笑みを見せるエクレアに、ヘキドナはその態度に少したじろいでしまう。
「ふふふ……。男が女の人からもらっても困らない物。それはですね、本人です。少年に私とリーダーが二人で色仕掛けをするんです。もうこれで少年の身も心もゲットですよ!」
「「!?」」
エクレアの言葉に、ヘキドナと彼女の背を洗う自分も目を見開き驚く。
ヘキドナは妹分であるエクレアの答えに、彼女は頭を軽く指で抑え、呆れ口調に言葉を返す。
「エクレア、あんた……」
キリッと少し睨みを効かせエクレアを睨むヘキドナだが、睨まれた本人はキョトンとした顔をしていた。姉の反応に少しだけ彼女は期待はずれをしたような表情を浮かべる。
「リーダー、もしかして少年をまだ子供と見てませんか? 彼も成人している男ですよ。あの年頃には興味があるものがいっぱいあるんですよ。例えばそうだな〜。武器や防具。女性の裸とか。お礼のキスっててもありますけど? それは相手の気持ちもありますからね〜。あっ、次私お願いしまーす」
ヘキドナの背中を洗い終わったのを見て、エクレアが次は私とヘキドナの隣に座わる。
一人用のベンチだが、寝そべって一人用なのだから、二人が並んで座るには問題はない。
まあ、問題があるなら、桃のようなお尻が二つ並んでしまう程度だが、泡を流さなければ見えるものも見えないのだが。
そう思っていると、エクレアがヘキドナに言われ、座る前と流れるお湯を桶に注ぎ、ヘキドナはザバッとお湯を背にお湯をかけ泡を流した。
こんにちは、桃尻さん。
「……」
「エクレア、シューが言ってただろう。坊やはあの子達の連れ。下手に男を取り上げたら、冒険者同士で血を見るよ。只でさえあの坊やは人が良すぎる。自身の事で周囲が争いとなるとスッと姿を消すかもしれないよ」
「フフンっ。甘いですねリーダー。男を取られる空きを見せた方が悪いんです。それに彼、まだ誰とも繋がってないみたいじゃないですか」
「ばっ! あんたね、言葉を選びな!」
繋がるの意味をどう受け止めたのか。
ヘキドナの反応をみて、エクレアがにんまりといやらしい笑みを彼女へと向ける。
「えー。結局は男と女ですよ〜。私とリーダー二人の色気と大人の美貌を使って少年をゲットですよ!」
ぐっと両手に拳を作りつつ、エクレアの目はマジとヘキドナへと思いを伝えている。
ヘキドナは頭を抱え、ボソリと呟く。
「はぁ……。相談相手を間違えたかな……」
「そんな、リーダー! 良いんですか!? あの子、絶対大物になりますよ! チームの仲間に入れられなくても、繋がりを作っとけば、また助けになりますって」
「……。それはそれだよ。もういいよ。坊やには私から礼をしとく。あんたは下手なことして痛い思いするんじゃないよ」
「あー。リーダーそう言って、少年と二人でシッポリする気でしょ」
「な、なんでそうなるんだい!」
ヘキドナはエクレアの頭を掴み、乱暴に左右に振る。エクレアもそれが本気ではないのが分かってか、アハハと彼女も笑いあっていた。
体を洗い終わったら次は頭と、ヘキドナもプルン同様にベンチの上で仰向け状態になる。
無理やりベンチから立たされたエクレアも姉のヘキドナの後によろしくと、彼女は追加の銅貨を渡してきた。
そんな事よりもだ。自分はもう気が狂いそうに一心不乱とヘキドナの頭を洗い続けていた。
しかし、頭をマッサージする度に、彼女の山々も共に揺れる為に本当に目のやり場に困るのだ。
ヘキドナが終わればエクレアの番。
彼女はヘキドナ程に引き締まった身体はしていないが、無駄な肉などを付けていないので冒険者としては理想な身体付きをしている。
本人がボソリとまた胸が大きくなったなど呟いていた為に、視線が無意識と彼女の山頂を追ってしまっていた。
何とか二人の背中を流し、頭も洗い終わった。
二人は満足そうにしながら、揃って浴槽へと向かっていく。
「はぁ……何だか本当に凄い話を聞いてしまった気がする……。くっ……」
「すみません。私達もお願いしても良いですか?」
「えっ……」
やっと終わったかと思いきや、いつの間にか次に背中流しをお願いする人物達。
どうやらベンチを使って頭を洗っているのを遠目に見ていたのだろう。
その女性達も素肌を隠すことなく、指先には銅貨だけが握られていた。
プルンやヘキドナ達が湯船にゆっくりとつかり、疲れを癒やし終わってあがる頃にお客も落ち着いたのだろう。
自分に背流しの声をかける人も減ったタイミングと、やっと浴室から逃げ出す事ができた。
(た、助かった……。何とかバレずに仕事が終わりそうだ……)
そんな事を考え、周囲を見ないように下を向き歩いていると、思わぬ人の声が耳に聞こえた。
「お婆ちゃんも来ればよかったのに。ほら、お客さんもそんなに多くないよ?」
(!?)
聞き慣れた声が近くで聞こえた。
それは一人ではなく二人。
「お母さんの言うとおりだったでしょ。夕方は人が多いから少し時間を開けて来た方が直ぐに入れるのよ。アイシャ、着替えは一緒に入れなさいね」
「はーい」
(ぬわっと! アイシャ、マーサさん、何でこのタイミングで来ちゃうの!? と、取り敢えずこの場から逃げないと!)
衣類を脱ぎ始めるアイシャとマーサ。
二人の肌を見ないようにそのまま出口へと向かおうとするが、そこからある人物が出てきた。
綺麗な顔は白く美しく、なびく髪は緑のロングヘアー。
脱衣所に入った瞬間、湯気でかけていた眼鏡が少し曇ってしまう。
眉間に軽くシワを寄せながら、彼女は懐から出した布で眼鏡を拭き始める。
(うわっ! え、エンリエッタさん!?)
「あら、失礼。んっ?」
(ヤバッ……)
エンリエッタはぐっと自分の顔に近づき、眉間にシワを寄せる。
咄嗟に頭を下げたが彼女は明らかに自分を怪しんでいる。
「……。気のせい……かしら?」
エンリエッタは訝しげに思いつつ、近くで衣類を脱ぎ始める。
シュルシュルと布がすれる音の後、ファサッっと彼女は束ねていた髪の毛を解く。
その場に残っては怪しまれると思い、自分は脱衣所を後にしようとした時だった。
「おや。お疲れ様。中の作業は終わったかい?」
「リ、リンダさん。は、はい。あの、背中流しのお金はこの中に。自分は今日はこれで……」
「おやおや。随分と頑張ってくれたみたいだね。これならあの坊やにも十分なほどに分け前を回せるよ。にしても、どうしたんだい? 随分と声が小さいね? 喉でも乾いたのかい?」
「い、いえ……そうでは無くてですね……」
リンダは口ごもる自分の声に不信と思ったのか、心配そうにおでこに手をあてがえてきた。
なれないお風呂場での作業にのぼせたのではと心配してくれたようだ。
だが、自分の内心は側で服を脱いだエンリエッタと、裸状態となり浴室へと向かうアイシャとマーサに見つからないかと声を抑えていただけである。
「あらいけない。アイシャ、ちょっと待ってね。すみません、洗い用の布を貸していただけますか?」
「はいはい。布ですね。ちょっと待っておくれ」
浴槽に入る前と、マーサがリンダへと貸出用の布を求めて自分の隣に立つ。
自分は首を下げ、視線を向けまいと自身の足の指先だけを見続けていた。
視界に入るのは自分の足とマーサの足だけ。
そこにもう一人加わった。
「お母さん、凄いよ! お湯が凄く綺麗になってる!」
はしゃぐアイシャは恐らく母の腕を取って、浴槽の方へと指を指しているのだろう。
そんな興奮気味の娘の姿に、はいはいと軽くあしらうマーサはリンダから布を受け取り、浴槽の方へと歩き出す。
そこに浴槽から出てきたプルン達と鉢合わせ。
数日ぶりの再開、依頼が終わったことを二人に伝えている。
入り口近くで話していると、浴槽からヘキドナ、そして中に入ろうとしたエンリエッタが鉢合わせ。
プルンとアイシャの仲睦まじい会話と違って、ヘキドナとエンリエッタは顔を見合わせた瞬間、互いに睨みを効かせている。
「おやおや。副ギルドマスターのエンリさんじゃないかい。珍しいね、お前さんが人混みの中、風呂に足を向けるなんて」
「あら……。私はいつもの様に業務が終わったから来たまで……。はぁ……。ちょっとヘキドナ。その鬱陶しい胸を近づかせないでもらえるかしら」
「フンッ。鬱陶しくて悪かったね。勝手にお前さんが鬱陶しく思える程に育っちまったんだよ」
「……くっ」
ヘキドナはエンリエッタの顔が不機嫌になるのが分かりつつ、不敵な笑みを見せ、自身の豊満な胸を見せつけるように前に出す。
残念ながらエンリエッタはスタイルはとてもスラリとしているが、同じ様に胸もスラリとしており、彼女には寄せる物も無ければ自身には谷も建築されていない。
ギャーギャーと話し出す二人をなだめようと、プルンとエクレアが間に入るがあまり効果はないようだ。
そんな彼女達に関わらないようにと浴槽に入る者、関係ないとそそくさと出ていく人様々。
「おやおや。随分と騒がしいね。ところで坊や、いつまで顔に布を巻いているんだい?」
「いや、リンダさん、これは必要なもので、取るわけには!」
「何言ってるんだい。そんな茹でた芋みたいに熱くして。身体を壊すからさっさと取りな」
「あっ!」
リンダにバッと口に巻いていた布と頭のタオルを取られてしまい、女風呂の脱衣所で素顔を晒すことに。
「……」
「「「「「……」」」」」
ギギギとまるで錆びたロボットの様に首を横へ向けると、皆は唖然とこちらを見ながら動きを止めている。
口論していた二人も言葉が止まり、周囲の女性陣も見覚えのある少年へ視線を向ける。
異性相手には見せたことのない自身の身体。
それが何も着ていない裸状態で少年へと全てを晒しだしている。。
信じられない状態に彼女達は驚愕し、ジワジワと頬を真っ赤にして行く。
「ほら、こんな布巻いてるより、涼しいだろ? んっ? どうしたんだい、そんな顔をしちまって?」
リンダには自分はどのような表情をしていたのか後で聞いてみよう。自分に後があればだが……
「フッ……。皆、身体をちゃんと拭かないと風引くよ」
「「「「「「「キャアアアア!!」」」」」」」
響く女性陣の悲鳴。
知人がまさか女風呂で働いているとは思っていなかった女性達。
彼を知らない人達は悲鳴を出すことはなかったが、その声に嫌悪な視線をチラチラと向けていた。
悲鳴が出た瞬間、ヤバいとその場を逃げ出そうとするが自分の服の襟をぐっと捕まれ、そのまま床に叩きつけられてしまう。
「ぐはっ!」
突然自身の身体に走る衝撃、そして息がかかる程の顔の近さで素早く動いたヘキドナの顔が近づく。
「よう、坊や。随分と大胆な真似するじゃないか」
「ヘキドナさん、お願い待って。これには理由が! がはっ!」
ヘキドナは自分を床に叩きつけた後、直ぐに腕を首に巻き、自身の体重を乗せ完全に自分の動きを止める。
「坊やはその辺の男とは違うと見込んでたんだけどね……。結局坊やも男ってことかい」
「ち、違います。ってか、胸が、く、苦しいです……」
腕を後ろから回している為に、ヘキドナの豊満な胸に自分の顔を押し付ける状態となっている。
ヘキドナは自身の裸を見られたこと、そして今自身で行っている状態に羞恥に顔を赤くしつつ、更にぐっと腕へと力を入れる。
「チッ! このエロガキは、鼻の下を伸ばして反省する気もなさそうだね?」
「ち、違っ!」
もがき暴れる自分を見つつ、プルン、リッコ、ミーシャは顔を真っ赤にしていた。
それは何故か。
彼女達は自分の格好を見て、先程自身の背中や頭を洗ってくれていた三助の人だと気づいたせいだろう。
彼女達は布一枚も使わず、自身の全てを彼へとさらけ出していた事を思い出していた。
ローゼとミミは互いに背中を流しあったので、自分に裸を見られていないとそれ程羞恥に頬を染めてはいなかった。
アイシャは母のマーサの後ろに隠れつつ、自身の裸を見られたのかと少し涙目になっている。
エクレアは自分を押さえ込むヘキドナの裸を隠すためと布を彼女の身体に巻きつつ、ペシッと自分の尻を叩いてきた。
どうやら彼女も自身の裸を見られたことに羞恥しているのか、エクレアは耳まで真っ赤である。
いや、貴女は掃除の時に自身で見せようとしてきましたよね? 何ですか、見られると見せるでは気持ち的に違うんですか?
エンリエッタは何をやってるんだと頭を振りつつ、ヘキドナを止める。
「ヘキドナ、止めなさい。ミツ君、貴方ここで何してたの?」
エンリエッタの言葉で少しだけ腕の力を弱めるヘキドナ。
プハッとヘキドナの胸元から顔を出し、リンダに助けを求める様にここで臨時に働かせてもらっている事を説明した。
自分の言葉にリンダへと視線が向けられる。
リンダはそれを肯定し、体調を崩して今日これなかったピートの姉の代わりである事を証明してくれた。
自分程の背丈の少年なら極まれに働いている事、そして、今日の客入りでリンダの判断で自分を女風呂で働かせていたことを証明してくれた。
しかし、事故とはいえ知人の女性達の裸を見てしまった事に、自分は女性達に周囲を囲まれた状態で、脱衣所の真ん中で土下座する事になってしまった。
スケベ、エッチ、変態、最低等の罵声を受けつつ、皆はそそくさと着替えを済ませ帰ってしまう。
帰り際に皆にもう一度謝ろうと声をかけるが、話しかけても彼女達からはスルーされてしまった。相当にお怒りなのか、ミーシャですらこちらを振り向くことなく、スタスタとその場を立ち去ってしまう。
彼女達が怒るのも当然と思い、今度あったら改めて謝罪をしようと決めた。
お風呂場の最後の掃除を済ませリンダの元へ。
今日は十分働いてくれたとリンダから褒めと感謝を告げられる。
今日自分が働いた分をピートに渡し、彼の姉であるポリーの状態を治すために彼の家へと足を向けていた。
道中、ピートから本当に金を貰っていいのかと質問された。
大丈夫だよと言葉を返せば、ピートはありがとうと笑顔に感謝を告げてくる。
ピートの家に入ると、ポリーはまだ寝ていたようで、自分達が家に入ってきた物音で起きてきたようだ。
ポリーの年齢は17歳、ピートと同じ青色の髪の毛。姉弟二人の両親は居らず、二人だけで過ごしているそうだ。
彼女を鑑定し、状態を確認した後に治療を行う。
「では、治しますね」
「は、はい……」
「姉ちゃん……」
ポリーの病気は風邪であり〈キュアクリア〉のスキルを使用すれば彼女の赤みがかるかおが落ち着きを取り戻してくれた。
ピートの頑張りと、自身の病が治ったことにポリーは何度もお礼を述べ、お礼と夕食に誘われる。
だが、まだ病み上がりの彼女に夕食の準備をさせるのも申し訳ないと、自分はその場を後にした。
治療の金銭を渡すこともできず、満足なお返しができない。
ポリーはありがとうございますと礼を述べるしかできなかったが、自分はそれで満足だ。
「無理せず、ゆっくりと身体を休めてくださいね」
「はい。本当にありがとうございます」
「ありがとう兄ちゃん! またお風呂場で背中を流してあげるよ!」
「うん。じゃ、またね!」
まだ身体が熱いのか、頬を染めるポリーの視線は熱く、自分の姿が消えるまで彼女は弟のピートと共に見送りをしてくれた。
重い足取りで街を歩き、教会へとたどり着く。
周囲の灯りは殆ど無く、星の輝きだけが道を照らしてくれている。
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