第130話 安請け合い

「ふむっ……なら仕方ないね。あんたも無理せず姉の側に居てあげなよ」


「いえ。今日は姉ちゃんは居ませんけど、僕だけでも働かせてください! 姉ちゃんの分も頑張りますから! お願いおばさん!」


「んー。お前さんがそう言うけどね……」


 午後の掃除を始めようとした時、外からリンダと少年の声が聞こえてきた。

 少年の声に、何だ何だと周囲の人々が視線を向ける。

 何かあったのかとリンダの方を見れば、話している少年には自分は見覚えがあった。


(あれ? あの子って確かいつも背中流してくれる子じゃ?)


 少年はこの臨時の風呂場で背中流しや、荷運びをしている子であった。

 少年は何かを必死にリンダへと頼み込んでいるのか、リンダの手を取り涙目に話しかけている。

 リンダはその手を振り払うことはしないが、頭に手を置き、困ったと首を傾げていた。


「リンダさん、どうかされましたか?」


「んっ? ああ。坊やかい。いや、この子の姉の話しさ……。今日の掃除に来れないって聞いて、如何したのかと聞いたら熱を出して寝込んでるってんだよ。あんまり病人を一人部屋に残すのも不安だからね、今日はこの子に帰ってもらおうかと思ったんだけど……」


「!? おばさん、僕、姉ちゃんの分もちゃんと働くから! お願いだよ」


「んー。悪いがお前さん一人じゃね……。こっちも一応二人で働かせるのを条件としてあんたとあんたの姉さんを雇ってたんだよ」


「うっ……。駄目ですか……」


「すまないね。これもルールなんだよ。お前さんの稼ぎを奪う事になっちまうけど、これを破ったらあたしが罰せられちまうからね……」


「うっ……うっ……」


「ああ、参ったね……」


 風呂場での垢すりやマッサージ。また飲み物販売は、風呂場の責任者のリンダとの商売的契約を結び行われている。

 この少年も姉と二人でここで働く契約をリンダと交わし、その契約内での商売を行っていた。

 目の前の少年はまだ10歳もなっていない年頃なだけに、姉が保護者の役割も兼ねて二人同伴での仕事を許可されていた。

 少年はそれを理解しているのか、病に倒れた姉の代わりと今日も仕事場に来て、リンダに事情を説明する。

 リンダは少年から事情を聞くと、彼女は眉を寄せ、険しい表情を浮かべた。

 

 姉の体調が戻るまで少年一人では仕事ができない。勿論この年頃では他を探したとしても直ぐには見つからないだろう。

 いや、10歳そこらの子供をまず仕事を与える場所もあるかどうか。

 少年のしょぼくれる顔を見て自分は思い出す。

 銅貨数枚を受け取り、自身よりも何倍もある男の背中を一生懸命に流す姿。

 荷物を運ぶ為と、何度も往復してやっと数枚のお金を受け取っていたあの笑顔。

 少年にとっては、ここの稼ぎは家族の日々生活費になっているのかもしれない。

 その働き口が止まる。

 元の日本だろうとこの世界だろうと、突然働けなくなり、収入が無くなる事は途轍もなく不安になるだろう。

 そう思っているうちに、自分はリンダへと言葉をかけていた。


「あの……。リンダさん……」


「……何だい坊や?」


「あの、自分がこの子と一緒に働くのは駄目ですか?」


「!?」


 自分の言葉に顔を上げる少年。

 彼の目には大粒の涙が溢れ、少年の頬を流れていた。

 リンダは少し考えると、大きくため息を吐く。

 そして、一つ一つ確かめる様に言葉を並べる。


「……はあ。この子の姉の変わりに働くって?」


「はい」


「隠すことないから言っとくけど、契約したのはこの子の姉だよ。お前さんが仕事をきっちり片付けてもね、稼ぎはあっちに行っちまうんだよ?」


「ええ」


「……かなりキツイ仕事だよ。途中で放り投げたりする事なんて許されないよ? お前さんが素人だからって、適当な仕事は絶対に許されないんだよ?」


「勿論です」


「……。まあ、坊やの仕事ぶりは男湯の掃除を見てるから問題は無いけどね………うん」


 その言葉を聞き、自分は頬を上げる。

 リンダも自己責任であること、また最後までやり遂げることを確認すると、彼女は目を瞑りコクリと頷いてくれた。

 二人の会話を聞いて、それが自身にとって良いことなのか理解したのか、少年は服の袖で涙を拭き、恐る恐ると声をかけてきた。


「お、お兄さん……確か、いつも僕が背中流してる……」


「うん。いつもありがとうね。ところで君の名前は何かな?」


「うっ……うう。ぼ、僕の名前はピート」


「そうか、ピート君、自分はミツって言うんだ。お姉さんの分は自分が頑張るから、ピート君もお仕事頑張ろうね」


「う、うん」


「まったく。こら、坊主。そこは感謝の言葉をいうところだよ。それと、あんたの仕事は夕方からにしてあげるから、それまでに姉さんにきちんと事情をあんたの口から話してくるんだ。それができないなら今日の仕事は無しにするからね」


「はい。お兄さん、ありがとう。おばさん、僕、姉ちゃんのところに行ってくる」


「ああ。ちゃんと事情を話したらまた来な」


 少年は大きく頭を下げ、急ぎ場に家で寝ているであろう姉の元へ走っていった。


「まったく。お前さんは人が良いというか、お人好しと言うか……」


「ははっ。よく言われます。でも……流石にお姉さんの為にあそこまで頑張れる弟君をみては、自分は放っておく事もできませんから」


「ふむっ……。お前さん自身が受けた仕事だ。後悔するんじゃないよ」


 リンダはカリカリと頭を掻き、少し呆れながら言葉を返す。


「はい」


「ミツ〜。そろそろ掃除始めるシ〜」


「あっ! はーい! 直ぐに行きます! それではリンダさん、自分はこれで」


「ああ。気張りな!」


 風呂場の掃除とは別に、少年のお姉さんの代わりの仕事もやることになった。

 取り敢えず、先に女風呂の清掃開始だ。


 男風呂と掃除とやることは変わらないが、脱衣場も浴槽も広さは男湯の倍以上。

 予定通りに人手が来るまでは、自分とシューとの二人で浴槽の掃除を始める。

 だが、シューの発言で二人だけの掃除をする事は無くなった。


「えっ? 分身を見せてくれですか?」


「シシシッ。そうだシ。あの日、避難誘導時じゃ、ゆっくり見ることも出来なかったからね。お願いミツ。ウチ、気になって夜しか寝れてないシ」


 無邪気な笑みを見せながら、シューがスキルの〈影分身〉を見せてくれと頼んできた。

 夜にぐっすり寝てるならそれで良いじゃないかとツッコミも入れたかったが、それはあえてスルーしとく。


 シューに見せるのは問題ないのだが、自分は分身を出した時の事を少し考えつつ、頬を掻く。


「そうですね。別に問題無いですけど……。あの分身、ある意味発動は賭けなんですよね……」


「んっ? 失敗してもウチは笑わないシ」


「いえ、発動に失敗は無いと思うんですが。その……分身の性格が荒かったりすると少しあぶないかな〜と」


 影分身のスキルを発動すると、自分と同じ能力の人物が出てくる。

 だが、能力は同じだが性格が全く違う人物が出てしまう為に、もし性格の悪い分身が出てしまうとシューに失礼なことを言ってしまうのではと考え込んでしまった。

 いや……。正直言うと、初めて影分身のスキルを発動した時、その時に出てきた性格の荒い奴がまた出てしまうと思うと、自分のハートがまたクラッシュされそうなので使うのはヒヤヒヤ物でもある。

 だが、そんな不安も、シューの一言があっさりと自分の不安を取り除いてしまった。


「? その分身って直ぐに消せないとか?」


「いえ。自分のスキルですから消したい時には直ぐに分身は解除できますよ」


「えっ? なら、ミツの言う性格が荒い奴がでたら、そいつは直ぐに消せばいいんじゃないの?」


「!?」


「……」


 自分は今、目から鱗とはこの事かと実感した瞬間だった。

 自分が目を見開き驚いた表情をしていると、少しだけシューの目が細められ、彼女は乾いた笑いを少しだけ彼女の口から漏れ出ていた。


 自分はコホンと一つ咳払いを入れ、シューの希望通りに〈影分身〉を発動した。


「では、発動します」


「やんややんや」


「影分身!」


 パチパチと小さな拍手がお風呂場に響く。

 スキルを発動と直ぐに自分の足元の影から二人の分身が出現。

 分身の態度也、目つきなどを観察する。

 問題なく分身の中には荒っぽい性格の者は居なかったようだ。


「おおっ! 凄いシッ!」


 シューは出てきた分身の体を突然ペタペタと触ったり、おしゃべりができるのかと分身と会話をし始める。一通りやって満足したのか、彼女はご満足そうに笑顔に顔を崩していた。


「ふ〜。折角ですから、彼らにも掃除を手伝ってもらいましょう」


「……」


「は、はい!」


 掃除道具のブラシを分身の二人に渡す。

 ブラシを受け取る二人は無口タイプとオドオドタイプの性格なのがシューとの会話で直ぐに分った。


「ミツ、頭良いし! なら、もっとミツを増やそうよ。そうすれば掃除も直ぐに終わってマネ達を驚かすシ」


「あー……。シューさん、実はこのスキルなんですが、二人以上は出せないんですよ……。自分も以前試そうとしたことがあったんですが、三人目を出すと、最初に出した一人目が影に戻っちゃうんです」


 実はこの影分身のスキル〈分割思考〉のスキルが発動した状態で、やっと分身を二人までを出せる状態となっている。

 なので今もう一人の分身を出そうとすると、目の前の分身のどちらかが消えてしまう。


「ナヌッ! ミツが消えちゃうのかシ!?」

 

 シューは説明が理解できなかったのか、自身の小さな手で自分の手を握りしめ、弾む事の無いその自身の胸へと押し当てる。

 これがエクレアやヘキドナ程の大きさがあれば、自分は頬を染めただろう。


「いや、自分は消えませんよ。消えちゃうのはスキルで出した一人目です。ですので、掃除は四人で頑張りましょう!」


 ホッと安堵したのか、シューは手を離して分身の方へと振り向く。

 その後、彼女は分身と自分を交互に見た後、腕組みをしつつ指先を自身の指に押し当てる。


「んー……」


「あれ、シューさん? 如何されました?」


 シューは、んーっと考えつつ、分身の二人へと近づく。


「ねえねえ。君達もミツと同じ事ができるんだよね?」


「……」


「は、はい……。彼と同じ魔法なども使えます」


「なら、君達がミツと同じ様に影からミツを出したら増えるんじゃないかシ?」


「「「!?」」」


 その時、落雷が自身の頭に落ちて来たと思える衝撃を受けた。

 今まで思いつかなかった発想に、分身含めて自分は目を見開き驚く。

 シュー、思わぬ発想をだすなんて、本当になんて恐ろしい子!

 自分は恐る恐ると分身二人の方を見る。

 二人は顔を見合わせた後、自分の方へと顔を向けてくる。


「えっ……もしかして、出来るの?」


「あっ……その……」


「……」


 分身はまたお互いの顔を見た後、コクリと一つ頷いた。

 そして、自分が分身を出す時にやるなんちゃって印を結ぶ。

 その時自分は思った。もう少し格好いい分身の呼び出し方法を考えようと。


「「影分身」」


 二人の分身の足元にある影が動き出し、また新たに四人の分身が現れた。


「ははっ……出来たし……」


 またシューの様な語尾になってしまったが、分身を増やせると言うこの結果は予想以上の発見でもあった。

 一人が二人を、二人が四人を、四人が八人と、次々と分身を続ければ大きな力となるんじゃないかと思ってしまう。まーそれよりもだが、何人もの同じ顔を見るのも不思議な気分だ。

 道具も丁度人数分にもなったので、シューを含め八人での掃除を始めることに。

 作業効率はとても良く、魔法を使い水圧で掃除をする係、浴槽の汚れを片付ける係、欠けた椅子や座り場を直す係など、自分が使える魔法やスキルをフル稼働し、見る見ると女風呂は綺麗に磨かれていくことになった。

 ちなみにシューだが、分身が素直に指示に従う事が嬉しいのか、彼女はテキパキと次の仕事を振り分けていた。

 意外と彼女には指揮系統の才能があったのだろう。

 姉であるヘキドナの指示をいつも受ける立場だけに、彼女の思わぬ素質が芽生えたのかもしれない。

 分身を解除する時だが、試しに無口タイプの分身が使用した影分身を解除前と、自分が無口タイプの分身を解除するとどうなるのか。

 検証の為に、目の前で解除してみる。

 すると無口タイプの分身が影に戻ると同時に、分身が出した影分身も解除されるのか、二人も影の中へと消えてしまった。

 シューは消える前と残った分身へと、手伝ってくれてありがとうと感謝を告げていた。


「終わったシ……」


「終わりましたね……」


「ミツ」


「はい、何ですか?」


 シューは自分の顔を覗き込むように顔を上げる。

 

「ミツは本当は女って事は無いかな?」


「……残念ながら自分は男ですよ」


「ちっ。ミツを仲間に入れられなかったシ」


「それはそれは、お誘いに応えられず残念です」


「「……あははははっ」」


 お風呂場で二人で笑いあっていると、マネが扉を開けてサボるなと怒鳴りながら入ってきた。


「コラッ! お前らサボってるんじゃ……って……あれれ〜!? あれ〜?」


「マネ、何だシ。ウチらちゃんと掃除は終わらせたシ」


「うっそー。うっわー。うっへー」


「マネさん、驚いているのは分かりますけど、その顔は止めたほうが良いですよ……」


「うん。マネ、莫迦みたいだよ……」


「ナヌッ!?」


 浴槽の掃除が終わったことをリンダに報告すると、彼女も掃除が終わった浴槽を見て目を見開き驚いていた。

 後で手伝いに来る人達の手間も省けたので別の仕事を振り分けれると、リンダは喜んでいた。

 マネ達よりも早く掃除が片付いた事にシューは何に勝ち誇ったのか、ドヤ顔をエクレアとマネに向けていた。

 ヘキドナ達の掃除する場所はまだ半分も終わってなかったので自分とシューが手伝いに回る。

 脱衣場の掃除も終わる頃には、浴槽に新しいお湯が女風呂と男風呂に流されていた。

 ボイラー室の魔石も自分が魔力を込めて元に戻したことに、流れてくる湯の温度はホカホカと湯気を出す程の湯を作り出している。

 また、皆がそれ以上に興奮している物。

 それは流れて来る湯がとても綺麗なお湯であったから。

 火の魔石に魔力を込める際、タンクの中に貯められていた水を〈ウォーターボール〉で水を満たし、取り付けてあった水の魔石にも魔力を込めていた。

 どうやら水の魔石はウォーターボールと同じ様に、魔力を注ぎ込んだ者のイメージで出す水の純粋度や透明度が変わるようだ。

 そのため、浴槽に溜まる湯は底が見える程の透明度になっている。


 

「よし、これでペナルティーの依頼は全て終わりだよ」


「「「終わったー!」」」


「お疲れ様でした」


「アッハハハ! こんなに早く終わったなんて信じられないね! ミツ、アンタのおかげだよ!」


「ホントホント。君が居なかったら暫くタダ働きが続いてたんだもん。本当に感謝してるよ。ねえ、リーダーもそう思うよね」


「ああ……。ふふっ、明日はエンリの驚く顔が楽しみだね」


「シシシッ。きっと目玉飛び出すくらいビックリするシ!」


 ヘキドナ達は予想以上の速さでペナルティーの依頼を全て終わらせたことに喜び、そして笑いあっていた。

 ヘキドナも珍しく笑みと分かる程に顔の表情が柔らかい。

 自分はこの後も仕事があることを皆に伝えると、何故だと理由を求められた。

 昼にあった事をヘキドナ達に説明すると彼女達は呆れた者を見るような視線を向け、この場の解散となる。

 解散する前にマネには今日にはリッケが帰ってくることを伝え、もしかしたら明日なら冒険者ギルドで会えるのではと話を入れておく。

 マネは苦笑いを浮かべつつ、解ったの一言を残して立ち去ってしまった。

 後は二人だけで話す事、これ以上は口出しをする必要もないだろう。

 またねとヒラヒラと手を振り去っていく面々を見送りつつ、自分はリンダと少年ピートの場所へ足を向けた。


「さて、1日中働いてくれたあんたには悪いけど、この後も頑張ってもらうよ」


 リンダに労いの言葉を貰いつつ、彼女は仕事場である風呂場へと踵を返す。

 リンダの後を歩く道中、ピートへと姉の容態を聞いてみた。


「はい。ピート君、ちゃんとお姉さんに説明は出来たかな? あと容態は大丈夫だった?」


「うん。姉ちゃんにちゃんとお兄さんが手伝ってくれることを説明したけど、姉ちゃん直ぐに寝ちゃって。あと、まだ熱があるのかあんまりご飯食べてなかったんだよ……」


 ピートは姉の容態を説明しつつ、彼は頭を俯かせてしまう。


「そうか……。ピート君、仕事が終わったらお姉さんにあわせてもらえるかな? 熱ぐらいならもしかしたら自分が治せるかもしれないから」


「えっ!? 本当に! お兄さんはお医者さんなの?」


「いや、医者じゃないけど病気は治せるかなと」


「そっか……。うん、お仕事が終わったらお願いするよ!」


「ほら、無駄口叩く暇はないよ! さっさと仕事を始めるよ。坊やはこれに着替えな。今から水仕事をやるからね。濡れないように着ときな」


「はい、解りました」


「さー。お前さん達には先ずは洗濯からやってもらうよ!」


 ペチンペチンと布を岩場に叩きつける音が響く。その中で自分は腰の痛みに耐えつつ隣で共に洗濯をする女性へと声をかける。


「マチさん、これ結構力仕事ですね」


「ふふっ。まだ冬場じゃない分、指も痛くならないので良い方ですよ」


「そうですか? ふ〜。こ、腰が」


「ミツさん、頑張ってくださいね。あと少しですから」


「はい」


 マチ同様に冒険者の女性や奥様達と談笑を交えながら洗濯を続ける。

 今は子供用の服が多く、泥の汚れとの戦いに苦戦しつつも、夕方の時刻になる頃にはなんとか山のような洗濯物を洗い終わることができた。

 しかし、この後は仕事終わりの人の服、また依頼をお終えた冒険者の洗濯物が来るそうなので、まだまだ先は長そうだ。

 少し休憩を入れていると、リンダがこちらに顔を出してきた。


「終わったかい? ならマチ、そろそろ受付の方に回ってくれないかい? あんたも一緒に行きな」


「はい。ミツさんも一緒でいいんですね?」


「ああ。この子はあの子の姉の代わりで来てるんだ。行ってもらわないと人でも足りないよ」


「解りました。じゃ、ミツさん次の仕事に行きましょう」


「受付ですね。はい、解りました」


 マチは少し首を傾げつつ、リンダへと自分が共に受付に行くことを確認する。

 自分がピートの姉の代わりにここに来たことはマチに先程話していたので、彼女も納得したのだろう。

 肉体労働の洗濯担当から受付と楽な仕事に回った事に自分は内心安堵していた。

 だが、自分は勘違いをしていた。

 

「………」


「ホントなの!」


「えーっ。そんなこと無いわよ」


「アハハ! あっ、これお願いします」


「はい、お預かりします。こちらの番号をお持ちください」


「ど〜も〜。行こう」


 キャッキャッとうら若き乙女達の話し声が聞こえる。

 マチから洗濯物を引き取るための番号札を受け取った女性は、仲間である女性達と共に浴槽へと移動していく。

 その際、フリフリといくつものお尻が自分へとこんにちはと挨拶をしながら去っていく姿を見ていると、汚れた衣服を手に自分の前に全裸状態の女性が立っていた。


「……」


「すみません? もしもーし?」


「ミツさん?」


 目を疑いたくなる光景に完全に意識を飛ばしていた自分へと、マチがゆさゆさと肩を揺すって意識を戻してくれた。


「は、はい! お、お願いされます! こ、こちらをお持ちください」


「どうも?」


「大丈夫、ミツさん?」


 顔は真っ赤、セリフはカミカミ、そんな自分を心配そうにマチは声をかけてくれる。


「大丈夫じゃないですよ! なんで自分が女性の洗い物の受取場担当なんですか! 入浴の受付じゃないんですか?」


「えっ? 入り口の入浴受付は基本リンダさんがやるお仕事よ? それに、受付と言ったら基本コレのことだけど。あ、はい。お預かりいたします」


 話している間と、汚れた衣服とは別に大きな木の実を二つ抱えた次の女性が来た。

 自分の今の格好は口元を布で隠し、タオルに使っていた布で頭を隠している。

 自分と同じように口元を隠している女性も働く人の中で見かけていたので、口元を隠しても違和感はないはずだ。

 目のやり場に戸惑いつつ、番号札を渡し忘れないように女性へと渡す。


「ごめんなさいね、ミツさん。いつもなら私一人でも回せないことはないんだけど、今日はお湯を交換したでしょ。この時はいつも以上に人が来るのよ。あっ、はい。すみません。こちらお預かりします」


「そ、そうなんですね……。どうぞ……お預かりします……。こちらをお持ちください……」


 マチの言うとおり、臨時のお風呂場は常に利用者が多いいのだが、お風呂を解禁した日と、浴槽の湯を入れ替えた日は特に利用者数が増え、洗濯物をついでと頼む人々も増えてこの通り人手が足りない程である。

 自分はリンダの言葉の意味が少しだけ理解できたような気がした。

 女性を相手にするのだから失礼があってはいけない。

 相手の衣類を預かるのだから大切な仕事だ。

 利用客人も多く、絶え間なく人が次々とやってくる。

 このままでは興奮しすぎて鼻血を出す危険性が出てきてしまう。ここで自分は女性の肌を見ずにできるだけ回避する方法を見つけたような気がした。


「どうぞ、後ろにお並びのお方、こちらにどうぞ」


「……。頼むよ」


「はい、お預かりいたします。こちらの番号札をお持ちください」


「うん……」


(よし、行ける! 亜人の女性にはまだ普通に対応できる!)


 緑色の肌には鱗があり、人よりも大きな瞳の蜥蜴族の女性のお客。そういった人族以外の女性をマチに頼んで自分の方へと回してもらい、何とか平常に作業を進められていた。

 蜥蜴族の他に、兎人、鼠人と肌を体毛に覆われた女性なら尚更普通に対応できる。

 日本のネットゲームで養った亜人への対応力が、こんなところで力を発揮するとは思いもみなかったが。

 それでもマチが対応するのは人族の女性ばかり、視線を向けないようにしても、列に並ぶ際にふくよかな胸や、浴槽に向かう際はどうしてもプリンプリンなお尻が視界に入ってしまっている。

 平常を保つ為にと、自身にコーティングベールを幾度も発動させて心を落ち着かせている。

 そして、何人目かの対応をする時だった。


「次の方、こちらへどうぞ」


「ニャ。これ頼むニャ」


「………」


 頬や体を泥に汚し、裸体状態のままに汚れた衣服を渡してくる見慣れた女の子。

 いや、彼女の裸を見慣れている訳ではない。

 彼女自身、汚れた衣服を渡してきたプルンさんに見覚えがあるのだ。


「ニャ? んっ……」


(何で何で何で? どどどどうしてここにプルンさんが!!! あっ、護衛依頼から帰ってきたのね、おかえりなさいって、イヤイヤイヤ、違う! 殺される、バレたら宙吊り磔の火炙りの刑! 

おかえりなさいなんて今言ったら、自分の命が永久にさようならだよ!)


 突然裸状態に目の前に現れたプルンの姿を見て、思考に完全にフリーズした自分に追い打ちが迫る。


「プルン、脱ぐの早すぎ」


「リッコの服は上が鎧だから脱ぐのが大変ニャね」


 リッコもプルン同様に産まれたままの姿で自分の目前に。

 一度彼女の裸を事故で見てしまった事があったが、これも事故ということにはならないだろうかと考えつつも、プルンへと控えの番号札を渡す自分の手は小刻みに震えていた。


「は、はい……。こちらをどうぞ」(全力の裏声)


「ジー……」


 見てはいけない事だと思い、頭を下げたままプルンへと番号の札を渡すと、彼女は何か思ったのか、ジッと自分の方へと視線を合わせようと腰を落とす。

 そこに少し急ぎ足に駆け寄ってくる女性。

 プルンとリッコが居るなら彼女も居るだろ。

 いや、声が聞こえた瞬間、ミーシャがここにいる確信もあったのだ。

 プルンもリッコも年頃の女の子。

 年齢に沿った身体をしているが、一人だけ別格。彼女は年頃の女性とは思えない程の豊満な胸を揺れ動かし迫ってきた。


「二人とも〜。ちょっと待ってよ〜」


「……んっ」


「リッコちゃん、どうしたの?」


「別に……」


 ミーシャは自身の胸をよせながらリッコへと近づく。リッコは強く眉間にシワを寄せ、ミーシャの胸を鬱陶しく見ていた。


「フンッ! はい、私の服もお願いするわ」


「じゃ〜。私のも一緒にお願いしま〜す」

 

 目の前に置かれる二人の衣類。

 二人も泥汚れが目立ち、依頼の大変さを衣服が物語っていた。

 いや、もっと目立っていたのがミーシャの胸なのだが、そこは言うまい。


「はい。こちらをどうぞ……」(更に全力の裏声)


 相手が気づいていないとはいえ、知人の女性の裸が目の前に並ぶとは人生で思ってもみなかった。二人の衣類も預かり、さっさと二人に番号札を渡してしまう。

 先程よりも高い声を出したのが裏目になったのか、プルンが首を傾げこちらを見ていた。

 いや、プルンがこちらを見ていた視線を感じたまでで、自分がプルンの右腹部にあるホクロを直視していた訳ではないよ。本当だよ。


「……?」


「さ〜。お風呂お風呂。ゆっくり休めるわ〜」


「ローゼさんとミミさんはもう中よ。わたし達も早く行きましょう。プルン、行くわよ」


「ニャ。今行くニャ! ……気のせいかニャ?」


 桃が三つフリフリと揺れつつ、浴槽の方へと移動していく。


 そんな彼女達の後ろ姿をチラ見しながら見送っていると、ポンポンと軽く背を叩かれる。

 

「んっ? あれ、リンダさん。どうされたんですか? 受付の方で何か?」


「いや、その受付をやっていて気づいてね。思った以上に今日は風呂の利用客数が多くて風呂場が回ってないみたいなんだよ」


「え……」


 リンダの言葉に、自分は背筋に冷たいものが一瞬走った気がした。


「お前さん、掃除が得意だろ? 悪いが風呂場内の客が利用した後の掃除をしてくれないかね? 中での雑用が少し手が回らないんだよ。ああ、マチ、安心しな。ちゃんとこっちに人を回すからね」


「な、なら。その人を中の掃除に回せば……」


「いや、手伝いに回すのは腰を患ってる婆さんでね。悪いが中での仕事には向かないんだよ。お前さんの掃除を認めて頼む仕事だよ」


「あ、いや、でも……」


 返答に戸惑っていると、リンダは有無言わさずと自分の手を引っ張り女風呂の方へと足をすすめる。


「ほら行くよ。まったく、折角風呂に来てくれた客に、誰かが使った跡の場所で身体を洗えってのかい? そんな事、この風呂場の責任者であるリンダは許さないよ! 銅貨数枚だろうと客は金を払ってくれてるんだ。それなりのもてなしって物があるだろう」


「な、ならせめて男湯を!」


「そっちは人手が足りてる。お前さんはポリーの代わりなんだ。元々あんたには選択権なんかないよ」


「ポ、ポリーって、ピート君のお姉さんですか? ちょっ、お、お待ちを! リンダさん、お待ちくださいませ!」


「なんだいその喋り方は……」


 周囲の視線をチラチラと受けつつ、リンダに連れられるがままに女風呂の清掃へと向かわされた。

 一体この後、少年がどうなったのか!

 

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