第115話 戦いの後片付け。

 突如として現れた四頭の竜。

 その体は剣をも通さぬ強靭な鱗に守られた竜ではなく、今まで誰も見た事のない物であった。

 それはメラメラと身体を燃やしながら全身を炎をまとわせた火の竜。

 骨も見えず、向こう側が透けて見える美しさも感じさせる水の竜。

 自身の身体の岩と岩が擦れる度に激しい音を鳴らす土の竜。

 動く度に闘技場の床に亀裂をいれる風の竜。

 その竜たちを従える様に一人の少年が動き出す。


「後々何か言われるだろうけど、分身には煙幕の中に隠れたままに居てもらおう。先ずは君から行こうか」


 ミツは土の竜の頭上に立ったまま指示を送る。

 風の竜は頷くように頭を下げると、周囲に強い風を吹き上げながら身体を動かす。

 闘技場から場外へとそのエメラルドグリーンの身体が移動した瞬間、ババババッと激しい風切音と共に触手を斬り刻み始めた。

 竜は大きく口を開き、次々と触手を飲み込んでいく。飲み込まれた触手はまるでミキサーにかけられた様に風の竜の体内で粉々、風の竜が通った道には細切れとなった触手の残骸が道を作っている。

 二周程闘技場を周回した後、次に動き出したのは火の竜。

 身体を赤く照らし、見る者の目の水分も蒸発させてしまうのではと思える程の熱を感じさせる。

 チリチリと既に触手が燃える音と、焦がす匂いが鼻を刺し始めていた。

 火の竜は細切れとなった触手を次々と燃やし始める。少し触れただけでも触手には火が燃え移ると、火が波打つ様に、炎の海が広がっていく。

 再生能力を失った触手は数を減らしていき、それを見る人達は呆気に取られて完全に逃げる足を止めていた。

 

「まったく……。ここまでの強さとはね」


 ヘキドナが闘技場を包み込む様に場外を周り続ける火の竜を見て、彼女は呆れながら口を開く。

 そこに近づいてくる妹達。


「姉さん!」


「リーダー」


「姉さん! こっちの怪我人は全て運びましたよ」


「ああ、ご苦労さん。まぁ、あれを見てるとそんな急ぐ必要ももう無さそうだけどね」


 腕組みをしたヘキドナは顎で指す様に、目の前でまた暑い熱気を肌に感じさせる火の竜を見る。

 火の竜はその大きな口を開く度にゴーゴーと何かをその体内で燃やし尽くす音を響かせていた。


「凄いシッ! 姉さん竜だシ! 竜! ウチ初めて見たシ!」


「シュー、あんまり近づくと危ないよ! リーダー、あのモンスターは敵じゃないッスよね……」


 歳はもう18を超えるシューが、まるで子供の様に興奮しては火の竜へと近づこうとする。

 それを後ろから抱きしめる形にシューを止めるエクレア。彼女は今まで見たことの無い光景に、体を震わせながら姉であるヘキドナへと言葉をかける。


「……さぁね。あそこに突っ立ってる坊やが私達に敵意を見せたら、あれがこっちに襲いかかって来るんじゃないかい?」


「うおお……。そ、それはおっかないですね……。でも、アタイはあいつがそんな事しないって思いますけど」


「そうだニャ! ミツは人にそんな事しないニャ!」


 ヘキドナの言葉に身震いをするマネ。

 彼女も目の前にいる火の竜に恐怖心と足を少しだけ竦めていた。

 そんなマネの言葉に声を上げて近づいてくるプルン。

 突然会話に入ってきたプルンにヘキドナは軽く視線をやる。

 

「フンッ、何だと思ったら。あの子の連れの猫っ子かい」


「ね、猫! ウチはプルンだニャ!」


 自身を小動物と例えられて腹を立てるプルン。だが、その態度にシューを掴んでいたエクレアが眉を寄せ、怒りにシューをマネへと押し投げてはプルンへと迫る。

 

「ウキャ!」


「アンタ、リーダーにその口の聞き方!」


「ニャッ!」  


「エクレア、お止め!」


 エクレアの腕がプルンを掴もうとしたその時、それを一喝と言葉を飛ばしてエクレアを止めるヘキドナだった。


「でもリーダー! 目上に対しての礼儀ってのを教えとくのも、上の冒険者としての義務でしょ!」


「ああ。アンタの言うことは間違っちゃいないよ」


「ならっ」


「はぁ〜。エクレア、止めとくシ。その子ミツの仲間だシ。その子にお前のいつものしつけをすると、お前ミツに何されるか解らないよ。現にホラッ」


「何よ……」


 シューが言ったエクレアのしつけ、それはエクレアの見た目では思いつかない程、相手への心を圧し折る程の行為を意味していた。

 例えば相手が生意気な女冒険者となれば、突然髪の毛を掴み、無理矢理に頭を下げさせては謝罪をさせる。髪の毛がブチブチと引きちぎれ、その人が泣こうが喚こうが、エクレアはその腕の力を緩めることはない。

 なら相手が男だとしたら?

 これも例だが、最初は甘い口調に距離を縮め、すかさず相手の喉元に剣を突きつけ獲物を狩り取る獣の様な視線を送る。

 それで終われば良いのだがやはり剣を払ったりと抵抗を見せる者もいる。

 女性から見てもエクレアは見た目も身体もいい女。野性的な男冒険者は近づいたエクレアをその欲望のままにエクレアを抱きしめようと動きだす。だが、彼女も自身の体が男を魅了させると自覚もしている。

 それを逆手と相手の急所攻撃、目潰し、喉への地獄突き。食虫植物の甘い蜜に誘われた虫の様に、かなりの高確率にて反撃を受けて地面に倒れる男が大半である。

 そんな彼女を止めたシュー。相変わらずの無邪気な笑顔を向けたまま闘技場のミツへと指を指していた。


(何かあった?)


 闘技場にいるミツは聞き耳スキルに、知人同士が少しだけ言い争いになりそうな言葉を耳にしたので、そちらの方へと視線を送っていた。

 勿論今ミツが立っている土の竜の顔もそちらへと少し向いている。

 

 土の竜にも火の竜と同じ様に瞳には大きな宝石を埋め込んだ様に目はあるので、エクレアは土の竜の視線を受けた事に、まるで蛇に睨まれた蛙の様にピタリとその動きを止めてしまう。

 その様な状態になったのは彼女だけではない。姉であるヘキドナですら腕組みをする腕に少し力を入れてしまう程。


 竜から視線を外したエクレアは一度鼻を鳴らし、冷静に口調を少し穏やかに話し始める。


「うっ!……フンッ! プルンって言ったかしら?」


「は、はいニャ!」


 プルンはエクレアから声をかけられると、直立不動に無意識と気をつけ状態になる。


「私達は先輩。あなたは後輩。会話は礼儀正しく、良いかしら?」


「了解しましたニャ!」


「ならいいのよ」


 手を腰に当て、先程の威圧的な雰囲気を消すエクレア。

 そんなエクレアの後ろから笑いながら近づくマネとシューの二人。


「ハハハッ。すまないってのプルン。エクレアはどうも上下関係には五月蝿くてね、アタイとも何度も喧嘩してるんだよ」


「ニャ〜。怖かったニャ〜」


「お〜。ヨシヨシ。ホラ、これ食べて落ち着くシ」


「ニャ〜。あ、ありがとうございますニャ……」


 シューが懐から出してきたお菓子だろうか、それを余所余所しく受け取るプルン。


「シシシッ。ウチらにそんな言葉遣いいらないシ。姉さんにだけ気をつければエクレアも怒ること無いシ」


「うん……。ウチ、次から気をつけるニャ……。お姉さん、ありがとうニャ」


 ニコリと笑顔に自身の渡したお菓子を受け取るプルン。そんな彼女の笑顔に、シューは今まで味わえてなかったお姉さん的な感情を味わい、心へと強い衝撃を受けた。


「……姉さん、この子家に連れて帰ってもいいかな!?」


「止めときな……」


 目を細め、シューの暴走を一言で止めるヘキドナであった。


 そんなやり取りを遠目で見るリッコ達。


「何やってるのよプルンは」


「ハハッ、リッコ、あいつは誰とでも直ぐに打ちとけるからな。気にすんな。それよりも、えーっと……」


「ローゼよ」


 リックはアハハと笑い流しながら、隣で棒立ち状態に闘技場の光景を眺めるローゼへと声をかける。


「ああ、そうだ。ローゼ、お前大丈夫か? さっきから口を開けっ放しで動いてねえけど? まぁ、気持ちも解るけどよ。」


「えっ? ええ。ってか開きっぱなしって……。私そんな顔してたのかしら……。ってか、貴方達は何でそんな平然と見てられるの!? アレを見て驚いてないの!」


「んっ? いや、俺達も驚いてるぞ? なぁ、リッコ」


「ええ、驚いてるわよ?」


「いやいや、違うわよ。私の言ってる驚きとは貴方達の驚きは違うの。周りを見てよ。ほら、兵の人達だって、あんなふうに唖然としてるじゃない! アレが普通なのよ」


「「……」」


 ローゼが周囲の人達も同じ様に呆然と見る人達や、突然目の前に現れた竜に驚きの余りに腰を抜かした人を例えとして出す。

 リックとリッコは互いに顔を見合わせた後、また闘技場へと視線を戻した。


「なぁ、リッコ。どうやらいつの間にか俺達は普通って言う感性を失ってたようだぞ?」


「あら、それは私達だけかしら? あそこで今だに治療を頑張ってるリッケも同じじゃない?」


 リッコの言葉に、瓦礫などで怪我をした人が固まって座る場所へと視線を送るリックとローゼ。

 そこではリッケは怪我をした人などの治療を行っていた。


「はい、もう大丈夫ですからね。次は貴女ですよ。あっ、この人も聞いてませんね。ではすみませんが治療は勝手に済ませますよ」


 リッケの言葉通り、怪我をした人は腕の傷を自身の腕を抑えたままリッケの言葉に気づいていないのか、口を開いたままだ。

 そんな彼女はいつの間にか治療を受ける状態となっていた。

 治療士は他にもミミや別の冒険者も居るのだが、闘技場での激しい竜の動きに気を取られて上手く魔法が発動できてはいなかった。

 ヒールなどの治療系魔法は自身の心が落ち着いていないと、ただ単に光を出してMPを消化するだけであったり、何も発動しなかったりする。

 淡々と治療を行う者がリッケだけなのは端から見たら不思議な光景に見えるだろう。


「あいつも図太くなったな」


「リッケは元々性格は図太いわよ?」


「はぁ〜。なるほどね。この光景を目の前にしても、普通でいられる貴方達がミツ君の仲間だって何となく納得できたわ……。きっとあなた達も普通とは違うんでしょうね」


 呆れ半分驚き半分と言った感じにローゼはミツとリック達を交互に見る。

 その言葉に少し目を開き、反応したのはリックであった。 


「んっ。おいおい、待てよローゼ。確かに俺はあいつ(ミツ)の仲間だぜ。でも悪いけど俺はあいつ程非常識な事はしてねえからな!?」


「ホントに?」


「ああ、断言するぜ。変なのはあいつだけだ!」


 腕組みをしてフンスと鼻息を出しながら断言するリック。

 それを横から覗き込む様にリックとリッコへと言葉をかけるローゼである。


 その会話も〈聞き耳〉スキルでバッチリと聞いていました。

 ちなみに、先程聞き耳スキルを使用した時、スキルのレベルがLv5から6へと上がった事をユイシスから告げられた。

 ミツにはハッキリと三人の会話は聞こえていた。


(はははっ……。まったく、何を話してるのかと思いきや、リックってば酷い言いようだな。ふむっ……あっ、そうだ。今度ご飯をご馳走する時、リックは美味しいって言ってたクモの料理を食べてもらうかね。その時は後片付けは後でするから、視界の端にクモの足の抜け殻が見えるだろけど……。まあ、気にしない気にしない)


《相変わらずミツの仕返しは小さいですね》


「あー、あー、聞こえません。さてと、触手は十分に燃えたかな? うん、やっぱり観客には避難してもらってよかった。観客席にまで熱が行ってるなありゃ……」


 人々がひたいに汗が出てくる程の熱気を感じる場外を見渡すと、先程微塵切り状態に刻まれた触手は全て燃え尽き、真っ黒に燃えた物体だけが残り火を出して熱を出していた。

 火の竜には闘技場へと戻ってもらい、次に動き出したのは水の竜である。


「次は君だよ。ついでに少し観客席の熱も洗い流してもらえるかな。このままだと余熱で火事になっちゃうかもしれないからね。ああ、そうだ。出口から水が流れ出さないように、出口には土壁も張っとかないと」


 土の竜に身体を動かしてもらい、選手が出入りする西口と東口両方に移動し、土壁である〈アースウォール〉を発動する。

 壁ができたと同時に水の竜はその身体を溶かす様に場外へと水を流し、燃えていた触手や地面の熱を冷ますように流れるプールの様に闘技場周りをぐるぐると回り始める。

 最初こそ、本当に流れるプールの様にゆっくりと流れていた水が少しづつ勢いをまし、今では洗濯機の水程の勢いと上がり、言葉通りに地面の汚れを洗い流して行く。

 更には水の竜の身体が全て水へと姿を変えれば、水嵩が更には上がり観客席へと水しぶきを降り注ぎ始める。 

 闘技場に関しては〈天岩戸〉スキルの岩壁のおかげで煙幕の中に居る分身が流されることはなかった。


「おいおいおい! 水が上がってきたぞ!」


「トトっ! もっと上に! このままだと流されちゃうよ!」


「派手ね〜」


「ミーシャ! 何突っ立ってるんだよ! お前も流されちまうぞ!」


「はいはい。そんな大声上げなくても聞こえてるわよ〜」


「ミーシャさん、早く上ってください!」


「あら〜。二人に押されると上るのも楽ね〜」


「「自分で上がれ!」」


 水竜はどんどんと水嵩を増やし、観客席の壁を乗り越え水が観客席へと入り込む。

 火の竜で加熱されていた観客席の椅子の熱を洗い流す予定であったが、思った以上の水の勢い。 

 次々と観客席を飲み込み、熱を流すつもりが水が通った後には何も残ることもなく全てが洗い流されてしまっていた。

 

「……うん。ドンマイドンマイ。失敗したけど、ちゃんと火は全部消えてるから良いかな……。いいよね……? 後でダニエル様に謝っとこ……。さてと。最後は君だね。少し仕事が増えたけど……この荒れた場外を綺麗にしてもらえるかな? 

 瓦礫とかは隅にでも寄せてくれたら後で回収するから、取り敢えず地面は平らによろしく」


 今まで足場にしていた土の竜へと指示を送れば、土の竜は水の竜と入れ替わりに場外へと移動する。

 ミツは煙幕の中で座り込んでいた分身へと近づく。


「終わり?」


「うん。あの子が周回すれば終わりだね。燃やされた触手も跡形も残ってないし、鑑定しても反応が消えてるから大丈夫」


「そう……」


 分身は元々無口であるが、今は疲れで言葉も出せないのだろう。


「お疲れ様。この数日と君には本当に助かったよ。ありがとう」


「構わない」


「そうかい」


 分身にお礼を告げると、彼はやり切った思いに目を閉じながら頭を下げる。

 地響きが止まると場外の後片付けが終わったのか、瓦礫などは一定の場所に集められ、地面は平らに潰されていた。

 闘技場へと戻ってきた土の竜を並べ、四頭の竜がまた自分の前で指示を待つ姿勢を取る。


「君達もご苦労様。もう戻っていいよ」


「……」


「「「「ギャオーーーン」」」」


「「「「「!!!」」」」」


 空気を燃やした音、水を強くぶつけた音、風切り音、岩をぶつけ合った音。

 そんな様々な音がまるで鳴き声のように聞こえる。

 警備兵の人々、観客、仲間達。

 そして代表者席にいる人々は竜の鳴き声にビクリと身体を震わせる

 竜達はその姿を元の姿に戻しその場で霧散して消えていく。

 燃え上がる炎、滝のように落ちる水、吹き上げる風、サラサラと崩れる砂。


 あまりにもの出来事が目の前で起こっていた為に、人々が全てが終わった事を理解するには少しだけ時間を必要とした。


 まだ残っていた観客席の人々の一人が終わったのかとボソリと呟くと、それにつられる様に終わった、終わったと言葉が次々と連鎖していくように人々の口から出てくる。

 

 そして。


「「「「「「「うおおぉぉぉ!!」」」」」」」


 人々の心からの歓声が闘技場と街の中央広場で高らかに上がる。

 喜びに興奮鳴り止まず、ある人は両腕を高らかに上げ、喜びに声を張り上げたり、ある人は知らぬ者同士で抱き合ったりと表現は様々。


「「ミツ!!」」


「「ミツ君!!」」


「「ミツさん!!」」


 観客席へと視線を向けると、仲間たちがミツの名を呼ぶ。



「役目は終わったんだ。疲れた。さっさと戻せ」


「ああ、はいはい。」


 ミツは分身へと改めてお礼を述べた後、数日ぶりと分身を解除する。

 その瞬間、分身がスキルを使用していた分の経験を得る。


《経験により〈ファイヤーボールLv6〉〈ファイャーウォールLv7〉〈アースウォールLv3〉〈威嚇Lv6〉〈魔法障壁Lv2〉〈ブレッシングLv5〉〈速度増加Lv5〉〈パラライズLv3〉〈ハイディングLv5〉〈糸操作Lv3〉〈挑発Lv4〉〈正拳突きLv2〉〈強撃Lv2〉〈火耐性Lv2〉〈忍び足Lv4〉〈交渉術Lv2〉となりました》


(予選や本線でも分身は結構スキル使ってたからね。そりゃスキルレベルもあがるわ)


 今回残念ながらモンスター退治などをしたわけでは無いので、ジョブのレベルは上がっていない。次はジョブも上げていく戦いをしようかと考え、煙幕スキルを解除する。

 安全を確認しにと、先程避難させた大会係員が急ぎ場に闘技場へと戻ってきた。


「はっ……はっ……はっ……。はー。はー。ミツ選手、モンスター討伐のご協力、大会係員として誠に感謝いたします……。ゴホッ。お、お怪我など大丈夫でしょうか? ゴホッ、ゴホッゴホッ。……はー。はー。はー」


「あなたこそ大丈夫ですか?」


 息も絶え絶えと言う状態ながらも、係員の人は先ずは場の鎮圧にお礼の言葉を口にする。


「す、すみません……。ふー。改めて。ご観覧の皆々様の避難、また国の代表者様方を危機からお救い頂けたことに心から感謝いたします」


「いえ、観客の避難は自分だけがやった訳じゃないですし、代表者の皆さんが無事だったのは運が良かったんですよ」


「そ、そのような……。いえ、貴方がそう言うのならば私達はそう受け止めましょう」


「はい、それでお願いします。ところで大会はどうしますか? 一応あの触手は全て燃やしましたから再生したりはしません。もしあのラクシュミリアさんとファーマメントの試合を再開するとなるなら彼を連れてきますけど?」


 闘技場を見渡せば少しだけ水や砂が散らかっているが、砂は場外に落とせばいいし、水は拭けばいいだけ。

 闘技場的には直ぐにでも試合の再開は問題はないだろう。


「はい、大会を続行したいのは係員としての本音ですが、大会を一時中断をかけた領主様のご決断無くては、我々の判断で勝手に続行するわけにも行きません。それに見たところこの状態で観客席がまた元に埋まるとも考えれませんし、何より……。亡くなってしまったのは係員だけでは無く、観客の中にもお亡くなりになられた人がいらっしゃいます。恐らくあのお優しい領主様のお考えを思えば、試合はこのまま中止となる可能性が高いですね」


「そうですよね……」


 係員の言う通り、闘技場も含め観客席はぐちゃぐちゃに荒れ果て、また観客を入れて戦いを続行するにもまた時間はかかるだろう。

 まぁ、闘技場は兎も角、観客席を荒らしたのはミツの水の竜の影響なんだけど。

 係員に連れられ、一先ず待合室へと案内される事となったので仲間達と共に移動することに。


 一人一人と避難誘導時の事情聴取と言う訳ではないが、改めて話をする事に。

 人々の避難誘導を手伝ってくれた全員が部屋に入れる訳もないので、代表としてミツとヘキドナ二人が一つの部屋へと案内された。


 大会係員の人が事情聴取を取るのかと思いきや、暫く立って部屋へ入ってきたのは二人の人物。

 冒険者ギルド、ギルド長であるネーザンと副ギルド長のエンリエッタであった。

 二人には目立った怪我も無かったようで、少しだけ衣服に汚れがついているていどであった。

 

 ヘキドナは二人を見るとフンッと鼻を鳴らしそっぽを向く姿勢と代わる。

 そんな彼女の態度は気にしないと二人はミツ達の対面の席へと座る。


 直ぐに調書を取るのかと思い、ミツが口を開こうとすればエンリエッタが待ちなさいと彼女が手を差し出し話を止めた。

 二度三度と係員の人が慌ただしくもまた部屋を出入りする度にエンリエッタへと木札を渡していく。その際、何故か係員の人は苦笑いをミツへと向け、エンリエッタはその木札に目を通せば頭を抱え、呆れた者を見る視線をミツへと向けてきた。

 大体想像はつくけど、今回ばかりは各国にミツは力を見せなければいけない時であったので、彼は遠慮はしてない。

 係員の人が気を利かせてくれたのか、最後の木札を渡す際、一緒にお茶を持ってきてくれた。


 ズズズッ……。


「ふぅ〜。このお茶美味いですね。何のお茶かな? 香りはそんなにないのに、味がしっかりしてる……」


「「「……」」」


 ミツの言葉が聞こえているのか聞こえていないのか。

 ネーザンは木札をニヤニヤと笑みを浮かべ見ているが、隣に座るエンリエッタは札を見るたびにため息をもらしていた。

 一向に会話が始まらない事にしびれを切らしたのか、ヘキドナが口を開く。


「……でっ、話って何を話せば良いんだい。ギルド長さんよ」


「ああ。先ずはご苦労様、この言葉を言えば良いのかね?」


 ネーザンは手に持つ木札をテーブルへと置き、礼の言葉から口にする。


「フンッ。ありがたい言葉貰っても、腹の足しにもならないね。それなら言葉より渡すものがあるんじゃないかい?」


「ふふふっ。相変わらず荒い子だねヘキドナ。それと坊や、随分と派手に暴れたじゃないかい、んっ?」


「そんな、暴れただなんて。自分はほんの少しだけ汚れを落とした程度ですよ」


 その言葉に三人の視線が自分へと集まる。

 ネーザンはふむと一言入れ、手元の木札を読み上げ始める。


「そうかいそうかい。ふむ……。観客席前列崩壊、外壁の破損、焼けてしまった設備の魔導具、水に乗った泥土の会場の汚泥。ん〜。恐らく外の屋台とかも流されたんじゃないか? これが坊やの言う汚れ落としって奴かね?」


「……。あっ……えーっと……」


 ネーザンは手元に書かれた木札をニコニコと笑顔に読み終えては、札を自分へと差し出してきた。

 どうやら風の竜は触手だけでは無く、観客席の壁をもズタズタに切り裂き、巻き上げた風が魔石画面の施設を破損させ、火の竜はその熱に周囲に設置していた魔導具へ大きな影響を与え壊してしまい、土壁を立てたにも関わらず、水の竜が出した水は壁のひび破れから水が流れ出していた。

 流れる水は地面の土と混ざり泥土となり、大会の会場の外にまで流れ出ていたようだ。

 外はまた大変な騒ぎ。

 突然流れ出てきた泥土を含んだ水が流れ出し、屋台などに泥と汚れが付いてしまって商売ができなくなっていた。

 更には人々を泥土で汚し、馬車等も動かせなくなり、外は泥土の後片付けに皆が動きだす準備に慌ただしく動いている状態。

 

「すみませんでした!」


 慌てて椅子からおり、頭を下げて前に座る二人へと謝罪。

 それを見てエンリエッタは大きくため息を漏らす。


「君ってば、本当にやってくれたわね……」


「まぁまぁ、エンリ。これだけの事だけど、坊やの行動で怪我人が出てないのは確かなんだ。ここは叱るところじゃないよ」


 静かに言葉を話すエンリエッタの瞳の奥には、冷たい怒りがチラチラと見え隠れしているようにも見える。

 しかし、ネーザンの言うことも確かであった。

 観客席の人々はトリップゲートにて街の中央広場に避難をほぼ完了していた。

 そのおかげで触手での被害は止まっている。

 確かに泥土が闘技場から溢れ、会場の外にまで流れてしまったが、建物の様に入り組んだ場所を通った水は勢いを殺し、泥土は人々の衣服や物を汚した程度であった。

 怪我人というのなら、自身だけでも助かろうとした者に押され怪我をした人がいたと言う程度であろう。

 やってしまった事に他にも掘り出せば出てくるだろうが、今はまだ係員の人々は状況判断が終わっていないのだから言うことでもない。


 いくつもの木札を見たエンリエッタは小声で確かにと小さく呟く。

 

 ネーザンもエンリエッタもステイルが触手のモンスターと変わり果てた時、貴族席近くにいた為に避難を余儀なくされていた。

 二人は冒険者に指示を出しつつ、自身で怪我人などに肩を貸しながらも通路で混乱する人々の対応をしてくれていた。

 避難誘導を行う際、突然人の避難の流れが減ったことに違和感を感じた二人は、冒険者数名と共に観客席へと戻り始めていた。

 道中、観客席が見える通路へと差し掛かると、二人は足を止めその光景に唖然としてしまっていた。

 次々と光の扉から避難する人々。

 そして突然現れた四頭の竜。

 ネーザンとエンリエッタの側にいた冒険者ですら、震えで抜いた獲物の剣先が震える程の迫力を味わっていた。


 エンリエッタは眉を少しだけ動かし、いつもの厳しい視線を向けてきた。

 その視線に自分は思わず背筋を正す。


「……。ミツ君、ヘキドナ、あなた達にここに来てもらった理由は解るわね。時間もないから簡潔に聞くわよ」


「……」


「は、はい。」


「先ずはヘキドナ、貴女よ。ミツ君があの力、光の扉を出す事ができることは知ってたの?」


 まず先にエンリエッタが聞いて来たのはトリップゲートの事であった。

 ヘキドナはエンリエッタの質問に少しだけ間を開け答を返す。


「……ああ。知ってたよ」


「えっ?」


 思わず疑問的な声がミツから出たことに、ヘキドナはこいつは何を言ってるんだと言う感じに彼を見ていた。

 ヘキドナの前でトリップゲートを出したのは初めてのはず、何処かで見られたのかと思っていたら、どうやら以前お酒を共にした際、ミツは酔った状態とヘキドナのハウスでゲートを出して帰ったのをヘキドナは見ていた様だ。

 その時はヘキドナ自身も久し振りの酒に酔っていた為に、寝ぼけて夢でも見ていたのだろうと思っていたそうだ。


 エンリエッタはネーザンへと目配せを送ると、二人はコクリと頷きあう。


「……。次です。観客席の人々を避難させる際、先導の指示を出したのは貴女で間違いないわね?」


「ああ。私が指示した。それと坊やに好きに動けと言ったのも私だよ。だから坊やの失態は私の失態。罰を受けろと言うなら私に与えるんだね」


「そうね。本人が認めてるのならこれ以上問いただす必要もなさそうね……」


「待ってください!」


 ヘキドナはエンリエッタの問には嘘偽りを交えず答えていく。

 その際、確かにあの時指示を出していたのはヘキドナであるが、何をするかを伝えていないミツにも否はある。

 エンリエッタはヘキドナの言葉を真実と受け止め、木札に何かを書き込もうとする。

 二人の会話を聞いて思わず席を立ち両手をテーブルへと押し当てる。


「……ミツ君。私は今彼女と話しています。あなたは少し黙ってて下さい」


 いつも厳しい雰囲気を出しているエンリエッタ。だが、瞳が今までに見たことの無い程にミツを厳しく見てくる。その瞳にはまだ見据えなければ行けない物があると確信した瞳でもあった。


「いえ! 黙りません! 聞いてくださいエンリエッタさん! ヘキドナさんは自分が一人で人々の避難誘導をする事が不可能だと理解して、自分の代わりに指示をやる役目をしてくれたんです! それに避難誘導の際、途中で後をヘキドナさんに任せて、自分の意志で闘技場の人々の避難に動いたんです! それと触手を倒すためとスキルを使って闘技場周囲を壊したのは自分ですし、ヘキドナさんはその間も観客の人々の避難を警備兵の人達と一緒に行ってくれてました。失態は自分の行いです!」


「坊や。少し落ち着きな」


 ネーザンは深く頷きながら、自身の手を前に出しミツに座るように促す。


「……!? うっ……。すみません……」


「ふっー。私達は話を聞きたいだけ。別に彼女へ罰を考えてる訳でもないわ」


「!?」


 一息と息を漏らすエンリエッタの言葉に、ミツは驚きにそちらへと視線を戻す。

 彼女は少しだけ表情を柔らかくした後、また厳しい視線をヘキドナへと向ける。


「でもね、ヘキドナ。貴女、警備兵の人に虚言を吐いたでしょ。それに関してはペナルティーを受けてもらうわ。勝手にギルド長の名を使って何もなしじゃ済まないわ」


「エンリエッタさん、それは!」


「坊や、少し落ち着きな。別にヘキドナの譲ちゃんだけに罰を与える気はないよ。そうだね……。指示を出していたチビっ子とマネとエクレア、四人にペナルティーを四分けすれば、一人の罰は軽い物にもなるよ。ヘキドナ、あんたもそれでいいかい?」


「……ああ。構わない」


「なら、自分にもそのペナルティーを与えてください!」


 自身からペナルティーを希望する者が珍しいのだろう。三人は軽く驚いた後、やれやれとした感じに言葉を続ける。


「ミツ君、貴方はまたそう言う発言を……」


「ふふふっ。私は別に坊やが手伝う必要も無いと思うけどね。エンリ、まぁ、本人がそう言うならやらせてあげれば良いじゃないかい。罰も五人ですれば直ぐに終わるだろうし」


「はぁ。まったく……」


「ネーザンさん、ありがとうございます! エンリエッタさんもありがとうございます!」


「罰を食らうってのに、なに坊やはお礼を言っているのか……フンッ」


 二人へと頭を下げる自分を見て、ヘキドナは少しだけ頬を上げながらボソリと呟く。


 一先ず簡単な調書は終わり、ミツとヘキドナは部屋から退室。

 部屋を出るとマネとエクレア、そしてシューが直ぐにヘキドナへと駆け寄り話を聞いてきた。

 内容はそのまま伝え、後日ミツも含め五人で何かしらのペナルティーをくらうことを伝えると、周りからは不満げな声が漏れ出す。

 厳罰でないことが幸いであるが、人々を守ってペナルティーと言う事に、プルン達が部屋の中にいるギルド長であるネーザンに意見しようと動こうとしたが流石にそれは止めさせた。

 意見なら後にできることでもあるし、今は大変なときでもある。


 ここにいつまでも居ても仕方ないと、話は別の場でしようと動き出す。

 

 今、ミツ達が歩いて居る場所は武道大会の会場近くに作られている臨時の治療施設。

 大会中の怪我人など、様々な人がここに治療を受けに来ている様だ。


「お腹空いたニャ〜」


「まったくだっての。姉さん、何処かで一杯飲んで帰りませんか?」


 治療施設なのだから周りには屋台などは無いと言うのに、突然腹の虫を鳴らす二人の女性。

 二人の意見を受け入れたのか、ヘキドナは軽く頷き店のある方へと歩き出す。


 辺りにはそれ程大きな怪我をした人も居ないのか、緊迫とした空気はない。

 周囲を見渡しながら歩いていると、曲がり角にて一人の人物とぶつかってしまう。


「うわっ!」


「!? むっ!」


「す、すみません。よそ見をして………あっ」


 打つかった人物と視線が合うと、ミツはゼンマイが切れた人形の様に動きを止めた。


「……無事であったか」


「は、はい。貴方こそ怪我は大丈夫ですか? バーバリさん」

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