第114話 四頭の竜

 南西側に孤立していた観客の避難が進む中、闘技場中央では驚きの声が漏れ出ていた。

 それはローブをすっぽりと頭から被り、顔を隠して大会へと出場していたファーマメント。

 彼の顔を見たマネ達は驚きで最初こそ言葉を出していたが、次第と訝しげにミツとファーマメントを交互に見始めた。

 ファーマメントの顔は自分と見間違える程のうり二つの顔。

 それはそうだ。彼はミツのスキルで出した影分身の一人なのだから。


「う、うわ〜。本当に、顔の作りがミツそっくりだっての……」


「まるで双子みたい……」


「……」


 影分身を警戒しながらも、マネとエクレアはミツの分身の頬などを摘み引っ張ったり、ペタペタと触りだす。

 少し抵抗するように分身が首を振ると、彼は人形なのでは無く、本当に生きている人だと解ると二人は驚いていた。


「ミツ、この子はミツの兄弟かシ? お前、双子だったのかシッ!?」


「いや、シューさん違いますよ。彼は僕がスキルで出した分身です。人形とかではなく、自分の能力と同じ力を出すこともでき、自身の意思を持った人ですよ」


「ニャ〜。ミツと同じ力ニャ……。どうりでこのミツも魔術士って言いながら、戦いがミツに似てたニャね。 あっ! ニャら、この間路地裏でウチと襲われていた女の人を助けてくれたのって、ミツだったニャね!?」


「ああ、それはそっちの分身だね。自分はその時予選で離れることができなかったから、分身の方にお願いしてたんだよ」


 以前路地裏で悪党共に襲われそうになっていた所を救ってくれたのが、ミツだと解ると、プルンはニコッと笑みを見せてはお礼を言ってきた。


「そうだったニャね! ミツ、ありがとうニャ」


「いえいえ。さて、直ぐにあれを倒す為に、君にも協力をお願いしたいんだけどいいかな?」


「……構わない」


 ミツの問に答える分身。

 今回出した分身の性格は無口タイプである。


「うおっ! しゃ、喋ったぞこいつ!? にしては随分と口数が少ないな……」


「少年と見た目同じでも、なんか暗そうな性格だね」


 マネの驚きと、エクレアの言葉にミツは苦笑いを浮かべるしかできなかった。


「シシシッ。こいつがミツのスキルって聞いたら、アネさんはきっと驚くシ」


「ああっ! そうだよ! リーダーと戦ったのが君だって解ったら……。あああ! 私の賭け金が!!!」


 シューの言葉にハッと思い出すエクレア。

 大会の二日目の試合、自身のリーダーであり三人の姉的存在のヘキドナは試合で敗退を屈していた。

 その原因であり対戦相手がミツの分身だと知ると、エクレアは強く拳を作り、恨めしそうに負けた賭け金の事を思い出していた。

 対戦の内容としてはヘキドナの降参宣言での終了。

 何故ヘキドナが早々と試合を降参したのか。

 それは彼女自身、対戦したファーマメントの正体がミツだと知ったからだ。

 元々、彼女との対戦は早々と切り上げるつもりであった。

 しかし、流石グラスランク候補と言われたヘキドナ。彼女は戦闘力も高く、分身よりも先手の攻撃を仕掛けてきた。

 分身は仕方ないとヘキドナの懐に一気に踏み込み〈威嚇〉スキルを発動。

 一時的に彼女の動きを止めた後、周囲には派手な魔法で倒したように偽装するつもりであった。

 ヘキドナの倒れた周囲に火玉をぶつけ、彼女との力の差を観客へと知らしめる。

 分身は彼女へと近寄り〈コーティングベール〉で威嚇状態を解除し、爆風で飛んできた瓦礫で受けた傷を治療する。

 その際、ヘキドナには申し訳ないが、彼女には降参宣言をするようにも促していた。


 ヘキドナ自身、分身と数手の攻防にて力の差を早々と理解したのか、彼女は提案を受諾してくれた。


 予定では今日の試合をミツと分身で派手に戦い、シャロットとバルバラの希望道理に各国にアピールをする筋書きであった。

 例えファーマメントの正体がミツだとバレたとして、反則行為と指摘され失格となろうともミツは構わなかった。

 なにせ、目的はそれでも達成できたのだから。

 だが、ミツが思った以上にバーバリとの試合の戦闘はとても目立ち、各国に十分過ぎるアピールができていた。

 優勝賞品も魅力的であったので優勝自体を狙いたかったのだが、態々またあのボッチャまloveのゼクスときっつい戦いをする事を考えれば、試合が棄権扱いになってもミツは内心良かったとも思っていた。

 

「じゃあ、君には北西の方に行ってゲートを出してきてもらってもいいかな。まだ出口が塞がってるのか、避難ができてないみたいだし。プルンも皆さんも一緒に行ってください」


「……解った」


「ニャ! 任せるニャ!」


「シシシッ。残りはあそこの人達だけだシ」


「お前さんはどうするんだい? さっきも言ってたけどさ、本当にあの気持ち悪いモンスターをあんたが倒せるのかい?」


「マネさん、大丈夫ですよ。魔法には少しだけ自信がありますからね」


「はははっ……。少しね……。兎に角、避難が終わるまであと少しよ。ほら、急ぎましょう!」


 分身が〈トリップゲート〉を出し、一度ヘキドナの元へと戻る面々。

 直ぐに警備兵の人達と共に南西の観客席から、北西へとゲートを開き移動が始まった。

 闘技場中央に残ったミツは各国から来ている代表者の人々を確認する。

 ローガディア王国。

 エンダー国。

 セレナーデ王国。

 避難をしていなかったのか、各国の代表の人々は顔を出しこちらを伺っていた。

 トリップゲートを使用して観客の避難を行った事に、三国からの注目は十分に集まった。

 

 先ずは先程ユイシスから教えて貰った事。

 モンスターとなってしまった増殖を止めなければ行けない。

 周囲は分身が作り出してくれた火壁で守られているとは言え、これも確実に触手の進行を止めている訳ではない。

 数本の触手が火壁を掻い潜り、ミツへと迫ってきたのだから。

 

「おっと!」

 

 〈マジックアーム〉を発動し、魔法の武器を瞬時に作り出す。

 属性は水の剣。

 手に持つ水剣にて迫る触手をスパッと両断。

 ウォータージェットで切られた様な断面を作り、斬り落とされた触手は闘技場の上でウネウネと動き続ける。

 掌を触手へと向け火玉である〈ファイヤーボール〉をぶつけ、触手を燃やし尽くす。


 魔法に集中したいが、また触手が襲ってくるかもしれない。大きな魔法を放つ前の準備と、守りを先に固める為に、分身に支援スキルをかけておく。

 先程ゼクスとラルスにかけたおまじないである能力上昇系スキル。

 それに〈速度増加〉〈ブレッシング〉を使用した。


「す〜……。ふぅ〜……」


 目を閉じ、一度大きく深呼吸。

 イメージを浮かべつつ、初めて使うスキル、忍術の一つ〈天岩戸〉を発動。

 すると、突然地面が揺れ始め、強い地響きを響かせながら地震が起き始める。

 人々は武道大会会場が崩れ落ちているのではないかと思い、悲壮に声を漏らして床に蹲ってしまう。


 ゴゴゴゴッと地響きの音がし始めたと思い、闘技場の方からきこえて来る地響きに視線を向ける人々。


「「「「「!!!!」」」」」


 逃げ出す人々は足を止める。

 人々が見たのは、先程まで闘技場中央にはなかった大きな岩肌の山であった。

 山と言っても歩いて登るような山ではなく、ボルダリングをしなければ登れないような平らな岩の壁山である。

 それを誘導していた警備兵、それにヘキドナ達も唖然とそれを見ていた。


「ひぃいいい! な、何なんだよ!!」


「いいから逃げるぞ! 前の奴止まるな! さっさと通り抜けろ! 後ろが動けねえだろうが!」


 ざわざわと騒ぐ人々、避難の足を止める者を押し退けてゲートへと進む者と、ミツのスキルは少し人々へと混乱を招いてしまった。


「うひゃ〜。岩のほこらでも出てくると思ったら、予想以上の物が出てきたな……。うん、かなり硬いし隙間もないな。これなら分身が火壁を消しても大丈夫だろう」


 闘技場を囲むように現れた岩壁。

 外に増殖していた触手、その一部が火壁をすり抜け、天岩戸のスキルで現れた岩壁へと迫る。

 壁はとても強力で〈アースウォール〉で作り出した土壁とは違い、襲い掛かってきた触手の衝撃は岩壁に弾かれていた。

 触手は壁を傷つけることもできなかった。

 また、触手の長さはそれ程伸びないのか、岩壁を超えることはできなかった。


「さて、守りはこれで良しと。次に魔石を取り出そうかね。ユイシス、どの辺にあるかな?」


《はい、ミツの今向いている方向から2時方向となります》

 

 ユイシスの言われた方へと少し首を向け、そちらの方へと歩き進める。

 天岩戸は今は闘技場を包み込んだ形で周囲に岩壁を作り出し、まるで要塞となっている。

 このスキルは中にいる者を鉄壁の守りで相手の攻撃を防ぐスキル。

 だが、ミツはこの岩壁を少しアレンジした。

 それはお城など、敵に攻め込められた際、敵へと上から弓や鉄砲を放つ為と作られた狭間を作り出す。

 勿論それは使う時だけ〈物質製造〉で作り、使い終われば、またただの岩壁に戻すつもりなので、触手がその狭間を潜り抜けてくることはない。

 

「あの辺かな」


 少し高めの位置に狭間を作り、そこから闘技場の外を覗きこみ、魔石がありそうな場所を絞り込む。

 触手全体が闘技場にいるミツを狙っているのか、数百の触手が火壁で燃やされながらも、岩壁へと今だに激しい体当たりの攻撃を続けている。

 

 狭間の隙間から強化された〈嵐球〉を放り投げようと一瞬考えたのだが、放り投げた瞬間、風圧に魔石が何処かに飛ばされるかもしれない。

 それよりも、周囲に引き千切れた触手が飛び散るのはあまり見たくないので使うのを止めた。

 それなら魔石を〈スティール〉して手元に引き寄せてしまえばと思ったが〈スティール〉は目に見えた物しかできないのでこれも使えない。

 折角狭間を作ったのだから、ここから弓での攻撃をすることにした。

 勿論ただの弓を引き、矢を放った攻撃では触手への攻撃としては効果を出さないだろう。

 ならどうするか。

 普通が駄目なら、普通じゃない攻撃にすれば良いだけなのだ。

 

 突然現れた岩壁に、カイン達は目を見開き唖然と口を開いていた。


「マトラスト……俺は夢を見ているのか……」


「殿下……。偶然ですな、今私も同じ事を思っていた所です……」


「まさかとは思うが、あの岩肌を出したのはあの者なのか」


「ふむ……。ゲートを使い、他者を自身から離れさせた事に何をするかと思いきや、突然これですか……」


「マトラスト。俺はあの者の目的が解らぬ。あれだけの魔法をあの者が使用したとして、何故あそこまで力を誇示する。先日俺達に見せた力が一部とするなら、これが見せることのできなかった分の力と言うのか!?」


「然り……。あの少年、何をするにも一度こちらを伺っております。恐らく殿下のおっしゃった通り、自身の力を誇示、後の話し場の材料とするつもりでしょうな」


「俺にでも解る。その場はきっと荒れるぞ……」


「左様に。しかも他国も今は目をギラつかせております。突然唾液も止まらぬ程の料理を自身の目の前に出された者がどう動くのか」


「マトラスト。お前ならどうする……」


「私なら……」


 マトラストはカインの問に答えようとしたその時、闘技場から突然衝撃と共に激しい音が聞こえて来る。

 二人は視線を直ぐに闘技場へと戻すと、異様な光景がまた目に入る。

 それは突然現れた岩肌から、無数と放出されている弓矢と思われる攻撃であった。


 場外で蠢く触手へと次々と岩壁から放たれる攻撃。

 放たれる物は矢と思われるが、その激しい衝撃音と共に触手をまるですり潰した様に地面に肉片を飛び散らす光景。

 あり得ない、その光景を目にした者が口を揃えて思っただろう。

 矢の攻撃という物は一点に威力を集中させ、一部のみを相手へとダメージを与える物である。

 しかし、攻撃が当たった所から触手は潰れ、直ぐに再生できない程にバラバラ状態になっていた。

 触手の状態もそうだが、人々の目を止めたのはまた別。

 岩壁から放たれる矢の異常な多さであった。

 弓を引き、矢を放ち、攻撃をしているのは闘技場に残った一人の少年。

 彼が居ると思われる場所からは、矢の雨が触手へと降り注がれ続けていた。


 スキルの〈マジックアーム〉で弓を作り出し〈マジックアロー〉を土属性をイメージをしながら矢を作り出す。

 この二つのスキルはとても相性も良く、弓は自身が右手に矢のイメージをしながら弦を引けば、弓は理想的な場所で矢を離してくれていた。

 更に追加して弓スキルの〈連射〉を追加すれば正に雨の如く触手へと降り注ぎ、触手の再生を遅らせるほどの攻撃を与えることができていた。

 ただ一つ、このスキルにデメリットがあると言うのなら、自身のMPが大量に消化してしまうことであろうか。

 スキルである〈連射〉はMPを消化しない。

 魔法である〈マジックアーム〉の弓は一度作ればそれも一回分しか使用しない。

 だが、〈マジックアロー〉の矢、これは1本作り出すだけでも10のMPを消化している。

 結果、それ程長くも使用できないこのスキルは、一部の触手を肉片と変えたのち直ぐにその攻撃を止める事となった。


 肉をすり潰した様な後。その一部にキラリと光る数個の魔石が視界に入る。


(あった! スティール!)


 ミツはその魔石が落ちている場所へと〈スティール〉を発動する。

 無数の魔石が手元へと来ると、その魔石はまだ魔力が残っているのか、薄い色を残し手に暖かな魔力を感じさせている。


《ミツ、あなたの魔力が低下しています。次の手に移る前に、今手に持つ魔石の魔力を吸収して下さい》


 ユイシスの言われた通り、手に持つ魔石に対して〈魔力吸収〉のスキルを発動。

 薄い色をしていた魔石がスッと色を失ったように、カセキ状態の無色透明となっていく。

 魔力も少しだけ回復した事をステータス画面で確認。


 触手は増殖するのを止めたのか、闘技場の場外で蠢くのみであった。魔石を失った触手は増殖だけではなく、再生能力を著しくその能力を落とす事となったようだ。

 先程まで触手は剣で斬られても直ぐに元に戻っていたと言うのに、ミツが土矢で潰した所に関しては今はその動きを見せない。

 魔力を抜き取り、抜け殻となったカセキをアイテムボックスへと入れておく。

 

「戻った……」


 突然声がすると思い、後ろを振り向くと分身がゲートを潜り側へと近づいてくる。


「あ。お疲れ様。北西の方にゲートを出してきてくれたんだね」


「……。魔力は……。大丈夫か?」


「うん、大丈夫大丈夫。触手から魔石を抜きとってその魔力をMPに当てたから、今は平気だよ。そっちは?」


「そうか……。……問題なく済んだ。一先ずプルン達には障壁を張ってきた。瓦礫程度なら障壁のスキルで弾くだろうさ」


「ありがとう。そうだね。避難も殆ど終わっただろうし。後は君の力を借りて二人で倒すだけかな」


「解った。試合で目立つ作戦が流れた分、存分に目立つことだな」


「ははは。そうする」


 分身はまたローブを頭からすっぽりと被り、またファーマメントの格好になる。

 〈ハイディング〉スキルで姿を消し、ゆっくりとミツと距離を置く為とその場から離れて行った。


「さて、目立つ魔法って言ってもやり過ぎ注意だよね。また後々リッコ達に言われそうだし。まぁ、ユイシスから教えて貰ったおすすめのやり方ならイケるって聞いてるけど……。よしっ、やるっきゃない!」


 闘技場の中央に立ち、ミツは両手に拳を作り、集中するように目を閉じイメージを浮かべていく。

 各国代表者席にいる人々は目を揃えてミツに注目を集めていた。

 会社の朝礼など注目されて喋ることが苦手だったミツには、今のこの状況はプレッシャーがかかってしまう。

 その時、彼の肩をポンと軽く叩く感じがする。


「気を張りすぎるな」


 それはハイディングスキルで姿を消していた分身の言葉だった。

 その言葉に安心したのか、それともミツの中で軽く吹っ切れたのか、コクリと頷きスキルを発動する。

 〈煙幕〉スキルを発動し、観客から少し姿を消す。

 その後、分身と共にスキルを発動。

 

「「双竜!」」


 忍術スキルの一つ〈双竜〉

 忍術スキルを全て取得し、更には一定以上スキル経験が無ければ取得することのできない、上位職の【忍者】の最高スキル。

 発動した瞬間、闘技場の上には様々な現象が起き出す。

 突然闘技場の上では灼熱の火柱が上り、反対には怒号を鳴らす水柱が地面から吹き出している。

 

「「「「「「!!!」」」」」」


 突然現れた火柱と水柱の勢いに少し後ずさりをする人々。

 灼熱の熱は瞬時に肌を焼くと思わせる熱を感じさせ、水の勢いはその場から動くこともできずに水に飲み込まれる恐怖を思わせていた。

 だが、まだ驚きは続くことに。


 また地鳴りが聞こえ出したと思い、人々が視線を闘技場の地面へと向けた時、轟音と共に地面から突然現れた一本の土の柱。

 闘技場の中央にて吹く風が突然強風と変わり、以前闘技場での戦いで少年が出した竜巻がその場から動く事もなく現れる。

 

「は、派手だなおい……」


「あれってミツがやったの!?」


「ははっ……リッコ、あそこに居るのが彼だとしたら、その可能性は高いですね……。いや、確実にこんな事するのはミツ君ぐらいですよ」


「皆、ボーッと突っ立ってたら危ないニャ! もう少し離れるニャよ!」


 リック達は唖然としながらも、洞窟でミツと戦いを共にした事に慣れと言うものがあるのか、驚きよりも呆れた口調にその光景を眺めていた。

 だが、それはその場の四人だけ。

 プルンの言葉に他の人々は自身が棒立ちしていた事に、ハッと我に帰っていた。

 慌てて観客の人々をゲートへと通り抜けさせる警備兵。

 急げ、急げ、立ち止まるな! 

 警備兵の人達は更に警戒を高めながらも避難誘導を続行し続ける。

 警備兵が焦る気持ちも押し退け〈双竜〉で出した四つの属性の柱は次の動きを見せ始めた。


 竜巻の影響なのか、渦となった火柱と水柱がウネウネと揺らぎだし、まるで生きた火竜の如く、その形を変えていく。

 炎と言えるほどに熱く、そして大きく燃え上がる火柱は形を変えて、輪郭を作り、鱗を浮き出し、鋭い爪も炎にて表現。

 瞳は大きな赤い宝石を埋め込んだ様に美しさを出しているが、その口は見た者を恐怖ごと飲み込むと思えてくる気持ちにしてしまう。

 

 水柱も同様に、水竜の形へと変えていく。

 流れる水は血の流れの様に水竜の中を巡り、鱗はまるで水晶の様に美しさを出しては陽の光をキラキラと反射させている。

 しかし、見た目の美しさに比例してその爪は槍先の如く鋭く、やはりその大きな口を開ければ自身を飲み込むのではと思い、人々は足を震えさせる。


 高々とそびえ立つ一本の土の柱。

 轟音を鳴らし、ガラガラと重い岩肌が崩れだすと、中から一頭の土の竜が現れる。

 鱗は正に岩肌で作られ、竜が動くたびに岩と岩がぶつかり合う音に空気が割れる様な音を響かせる。

 

 足元には常に砂煙を巻き起こし、近くにいる火竜の火、水竜の水をなびかせるのは風の竜である。

 エメラルドグリーンの様に美しく、その美しさに思わず手を伸ばしたくなる魅力を思わせる。

 だが、風の竜へと飛んで来た瓦礫がまるで粉砕機にかけられた様に、一瞬にしてその形をバラバラにしてしまう。

 美しいからと言って、むやみに手に触れた瞬間、確実に自身の手を失うことは間違いないだろう。

 

 〈双竜〉のスキルで現れた四頭の竜。

 通常、このスキルは名前の通り二頭の属性の竜しか出すことはできない。

 だが、ミツと分身が共に使えばこの通り増やすことも可能となる。

 竜の大きさは大体10階建ての建物程の大きさ。

 それでも十分の高さはあり、竜達が少しその体を曲げても代表者席に座る人々には見上げなければいけない程の高さである。

 竜の姿は大会闘技場の外からも目視される程。

 あれ程の爆音と地響き等の音に、外に気づかない者がいる訳もない。

 大会の会場から、少し離れた場所である人々が避難している街の中央広場からでも竜達の頭が見える程なのだから。

 人々は唖然としてその光景を眺めていた。

 街の中に何故突然竜が。

 このままでは街はどうなる。

 足をすくませ、一人の女性の悲鳴がきっかけと、逃げ出すように避難する人々。

 街の衛兵も自身に重く襲いかかる恐怖を押し殺しながらも近くに人々から避難を始めていた。


〈双竜〉スキルを発動した後、自分の背中にもたれかかるように体重をかけてくる分身。 


「悪いけど、もうMPが殆ど残っていない。さっさと済ませてそろそろ休ませてくれ」


 そうボソリと呟くように喋る分身。

 分身スキルを使用して数日と経った。

 彼にはファーマメントとして予選の日から別々に過ごしてもらっている。

 彼がこの数日をどのように過ごしてきたのかは気になるが、今は世間話をする余裕もないだろう。


「うん。さっさと終わらせよう。とっ、その前に一応許可を貰わないと……」

 

 四頭の竜は指示を待つ様に、ジッとこちらを伺っている。

 ミツが一頭の竜、土の竜に対して指を指す。

 それだけで何をするのか理解したのか、土の竜はゆっくりと動き出す。

 

 ミツは煙幕の中から飛び出し、土の竜の身体を一気に駆け上る。

 そして、器用に体を曲げた竜の頭に到達。

 竜の顔は人族代表者席へとゆっくりと向けられる。


「カイン様、マトラスト様。少しよろしいですか?」


 ミツが声をかけてきたことに目を軽く見開く二人。

 護衛と側にいた兵達が各自獲物である武器を構え、二人を守れる位置へと立つ。

 ルリ様も側仕えの女性が身を盾とする形と、彼女を守りながらもこちらへと厳しい視線をむけている。



「無礼者! 貴様、ここにおわすお方をどなたと心得るか!」


 まるで何処かの副将軍が現れた時に言うセリフを吐く兵士。

 確かに一般のごく普通な庶民が、貴族の王子様へと軽々しく話しかけることも失礼なこと。

 更には先程から異様な光景を見せ、更には竜の頭の上から挨拶してくる奴など、守る兵としては警戒するしかないだろう。


 マトラストは自身を守る為と前に立つ兵へと言葉をかけ、自分の話を聞く耳を持ってくれた。


「構わぬ、どきなさい。して、話とはなんだ。簡潔に申してみよ」


「「「!?」」」


 マトラスト様が話を聞くと告げると、周りの兵は驚きながらも言われた通り道を開ける。

 だが、その手に構えた武器はそのまま、警戒も解いてはいない。

 カインはマトラストへと視線を送るだけであった。


「はい、こちらこそ突然失礼します。あの、今から闘技場の外にいる触手を一掃するつもりなんですけど、一応許可を頂きたく……」


「許可とは……?」


 マトラストは訝しげな視線を向け、問いをかけてくる。

 ミツは視線を一度触手へと向けた後、またマトラストへと視線を合わせる。


「ええ、あの触手。皆さんもご存知かもしれませんが、あの触手は元は人です。残念な事に申しにくいですが、もうあの方は人としての意思を失われてます。あれをそのままにしますと更に被害が増えるかもしれません。ここでモンスターとして討伐する事に対しての許可です。王都の錬金術士協会の人ですから、今自分が倒した事に、後々何か言われないかなと」


 ミツが懸念していた事は討伐後の問題である。

 ステイルはユイシスの言うとおり既に自我を失い、人としての生命を止めている。

 今は服用した薬にてモンスターと変わり果ててしまっているので、倒すことにミツは抵抗は全く無い。

 それは他人から見たら非道的にも思えるだろうが、女神であるユイシスに救う事は不可能と宣言されてはどうしようもないのだ。

 マトラストは眉間を軽く寄せ、目を閉じる。

 鼻から大きく息を吸い、そのまま吐いた後に目を開き答えを出した。


「なるほど……。ふんっ……解った……。殿下。錬金術士であるステイルの処分は、今この場にて死罪が賢明。今ここに、錬金術士であるステイルを、王族に楯突く反逆者として宣言なさいませ」


「な、何だとマトラスト!? そんな事を宣言すれば、錬金術士協会から睨まれるぞ!?」


 マトラストの言葉に、目を見開き驚くカイン。

 その返しに、マトラストは呆れた口調に言葉を返す。


「殿下……。既に魔物化したあの者を救う為と、大会関係者数名の命が失われております。更に付け加えるなら他国への見せしめ……言え、けじめを表明しなければなりまするまい協会が何ですか。……その様な場所、手の内で処理ができる事ではありませんか。あそこは胡散臭い噂も聞き及びます。この際です、汚れこびりついた汚点となる物を根こそぎ落とす機会でもありましょう」


「お、お前はたまに大胆な事を……。いや……。マトラスト、貴殿の言うことは確かだ……。ミツよ……。貴殿の行い、後に罪を求める発言はせぬとここで誓おう」


 錬金術士協会と何かあったのか、マトラスト様は協会の話題を出すと不機嫌な感じと、また眉を寄せた。


 「ありがとうございます。それでは」


 一応王族からの許可を得た事に安堵し、ミツはお礼を述べた後、踵を返してまた闘技場へと戻る。

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