第110話 薬の代償

「フフフッ……。たああぁぁぁぁ!!」


「「!?」」


 耳をふさぎたくなる様な声を出すステイル。

 その気合を入れた掛け声と共に、ステイルの身体が著しく変わっていく。


「なっ! なんと!! ステイル選手の身体が! 身体が先程とは違い大きく変わっていく!? ど、どう言う事なのか!!」


「フフフッ……。くたばりなさい!」


 驚く周囲を尻目に、ステイルはその場から消えたと思うほどの速さにラクシュミリアへと近づく。

 ラクシュミリアも先程の攻撃で足がすぐに動かすことができず、ステイルの攻撃を避けることができなかった。

 咄嗟に剣の腹を盾として使用し、ステイルの攻撃の勢いを殺すことはできたが、衝撃は避けられない。

 ガギッと鈍い金属を叩く音が聞こえた時には、ラクシュミリアは場外へと吹き飛ばされていた。


「なっ!? 早い! ステイル選手、素早い攻撃でラクシュミリア選手を闘技場の場外へと吹き飛ばした!! 謎です! あの体格でなぜあのスピードが出せるのか!? ってか、何故着てる鎧も身体に合わせてサイズが変わっているのか!? もうツッコむのが大変です!」


 ステイルの着ている服は収縮性がある服なのか、膨張したかのような筋肉に合わせるかのように、鎧は身体のサイズに合わせてその形を保っていた。


「次は貴方です!」


「……!」


 拳を突き出し、ラクシュミリアを殴ったと思われるスタイルのまま、ステイルは首だけを曲げてファーマメントへと振り向く。

 ファーマメントは咄嗟に火壁を前に出し、ステイルと距離を取るために後方へとバックステップをする。

 しかし、ステイルの速さはファーマメントを上回った。


「ああっ!! ファーマメント選手! 攻撃を避けようとするが自身のローブを掴まれ、そのままラクシュミリア選手同様に場外へと吹き飛ばされた!! 今、闘技場の上にはステイル選手のみとなります!! ただ放り投げ出されただけのファーマメント選手、体勢を立て直しゆっくりと立ち上がりました。しかし、ラクシュミリア選手、こちらはピクリとも動きません! 守りが遅れたのか、ステイル選手の攻撃がダイレクトにその体に受けてしまったか!? 今、確認のためと審判が駆け寄ります!」


「ラクシュミリア選手! 大丈夫ですか!?」


「……無論」


 急ぎラクシュミリアへと駆け寄り声をかける審判。

 ラクシュミリアは言葉は少なくとも自身で立ち上がろうと上半身を起こす。


「そうですか。 ラクシュミリア選手、場外の為カウントを取ります! アインス! ツヴァイ!」


「どうやらラクシュミリア選手、意識はあるようです。審判のカウントが入りました。その間と場外へと放り投げ出されたファーマメント選手が闘技場へと戻ったようです」


 一息入れるかのように息を飲み込む観客席の人々。


「うひゃー。錬金術士ってのはアタイらみたいに接近戦もできんのかい!?」


 繰り広げられ続ける戦いを見て、マネは頭に手を添えて言葉を漏らす。

 その言葉に反応するリッケ。


「いえ、マネさん。僕の知る限りでは錬金術士と言うのは戦いの場では、治療士と同じで基本後衛支援に分類します。あの人の様に接近戦で戦うことはないのでは?」


「んっ。でもさ、現にあいつはあの騎士の男と魔術士を場外まで殴り飛ばしてるじゃないかい」


「はい。恐らくですが、先程あの選手が飲んだ薬。あれが力を何倍にも高める物だとしたら……」


 弟のリッケの言葉を聞いて、前の座席に座るギーラへと質問を飛ばすリック。


「なあ、婆さん。あんたも薬を作るんだよな? 本当にそんな物があるのか?」


「ちょっとリック、女性相手に失礼でしょ!」


 リッコはそんな物言いに注意をするが、ギーラは軽く手を振っては話を続ける。


「んっ。いいんだよお嬢さん。そうだね……。確かに瞬間的に力や速さを増幅させる薬はあるよ。でもね、私は使うことはオススメしないね」


「お婆ちゃん、どうして?」


「そうだぜ、薬飲んで強くなれるなら飲んだ方が良いに決まってるっての!?」


 疑問と思うアイシャとは別に、そんな便利なものがあると言うことに食い入るマネの反応を見て、リッケは渋々と口を開く。


「マネさん、それはとても身体に悪いものなのではないでしょうか。リスク無しでそのような物があるとは僕には思えません」


「うむ。そこの青年の言うとおり。身体の力を増幅させる薬というのは何かしらのリスクを背負うことになる。言っちゃ何だがね、今はそう言った薬は出回ることは無いんだよ。製造する錬金術士にも、それを使用する者にも何の見返りがないからさね。それでもこう言った戦いの舞台で使う者はおることも確か。お嬢さん、薬を飲んだあとを考えてみな。頭の毛は抜け落ち、筋肉は衰え、歩くこともままならなくなった後にやせ細って死ぬかもしれない。そんな先のことを考えたら薬一つで後の人生を、棒に振るような言葉は控えることだよ」


 薬に依存してしまいそうな発言をしたマネへと、ギーラは厳しい瞳を彼女へと向ける。

 マネはその視線にたじろいだ後、奥歯を噛み締め、自身の筋肉の張った腕を見る。


「うぐっ……」


 少し身を乗り出したマネの腕を引き、隣に座るシューが言葉をかけた。


「マネ、風邪も引かないお前には元々薬なんかいらないシ。そんな物飲むくらいならママの酒場でエール飲んでた方がマネには100倍ましじゃない?」


「おおっ! シュー、いい事言うね! あっ、そうだ! 姉さん、無事に試合も終わったことですし、ミツも連れてママの酒場で皆でお祝いと盛り上がろうじゃないですか!」


「「……」」


 その発言に呆れるシューとエクレア。

 ヘキドナはガクリと頭を下げる。


「……。マネ、ミツもアネさんも負けてるのにお祝いするのかシ?」


「すみません、アタイが飲みたいだけです」


「フンッ。飲むとしてもこの試合の後だよ」


 足を組み直すポーズ一つで大人の色香をだすヘキドナ。そんな彼女は周囲の男達の視線も気にしないと、戦いの続きに興味を引かれていた。



「どうです。私の攻撃の速さ。この速さも武器となるのですよ」


 何事もなかったかのように闘技場に戻ってきたファーマメントへと、自身が今身に着けている鎧を自慢する。

 彼は自身が羽織っているローブについた土埃を払い、ボソリと言葉をこぼす。


「……」


「……何かおっしゃったら如何ですか」


「……弱い」


 その言葉を聞いたステイルは、一瞬だけ、時間が止まった気持ちになった。


「はっ……。い、今なんと……」


「お前の攻撃は弱い」


「……! フッ……フフフッ……。こ、これはこれは……。私の力の差がこうも貴方に愚言を履かせてしまうとは……」


「お前の攻撃は弱い」


「……」


「お前の攻撃はマジで弱い」


「……」


「ってか、お前が弱すぎる」


 立て続けに自身を莫迦にする発言を繰り返すファーマメント。

 誰よりもプライドが高いステイルにとっては、その発言は聞き流すことのできない言葉であった。 


「ふ……。ふ……。ふざけるな!! 弱い!? よわいとおっしゃいましたか!! なら、この攻撃で貴様の身体ごと潰してくれるわ!!!」


 沸点が低いのか、ステイルは怒りをあらわに、ファーマメントへと攻撃を仕掛けるためと強く拳を作り、その場を駆け出す。

 しかし、ステイルが駆け出した瞬間、彼はファーマメントの姿を見失った。

 そして、消えたかと思っていたファーマメントが瞬間的に自身の前に現れた。

 驚きに声を漏らす前に、自身の腹部に経験したことの無い衝撃と痛みが走る。


「ゴハッ!? ……な、なぜ!?」


「鎧で外を守ろうと、内側の攻撃には耐えきれない。それに」


 腹部の痛みと息もできない苦しみに身体をくの字に曲げるステイル。

 ファーマメントは片足を少し下げ、右ストレートをステイルの顔面へと突き出す。


「ぶへっ!!」


 ラクシュミリアの様に甲など、守る物を着けずに顔をむき出しにしている彼は、その攻撃をモロに受けてしまい、口から血しぶきと数本の歯を吐き出す。


「身体は守れても弱点の顔が丸出し」


「き、きしゃま!! ガハッ! な、何!?」


 鼻や口からダラダラと血をだしながらも、倒れるのを耐えるステイルだったが、意識をファーマメントに向け過ぎたのだろう。

 自身の背後から何かザクリと斬られた激しい痛みが全身を走り、更には口から吐血を漏らす。


「よそ見とは随分と余裕だな……」


「お、おまへ、いしゅのまに!?」


 口から血と唾を出しながら、折れてしまった歯のせいでうまく喋れないステイル。


 闘技場の外に吹き飛ばされ、審判からカウントを数えられていたはずのラクシュミリアがいつの間にか闘技場へと戻っていた。

 彼は罵声をファーマメントへと飛ばしているステイルの背後へと回り込み、折れた剣を使い、ステイルの背中を一刀両断する勢いと剣を振り抜いていた。


「その鎧。随分と魔石を使う魔導具の様だな……」


 そう言葉を告げるラクシュミリアは手に持つ紫色の魔石をステイルへと見せる。

 ステイルはそれを見て驚きの顔となった。

 そんなステイルの表情を尻目に、ラクシュミリアは地面へと魔石を落とし、それを自身の足で踏みつぶした。

 魔石はパキッと氷を砕くような音を出した後、中に入っていた魔力が抜けてしまったのか、スッと色を失い、ただの無色のカセキ状態となる。


「!? きしゃま! 盗人のようなまねほ!」


「勘違いするな。お前の攻撃を防ぐ際、偶然に剣が触れて外れたのだろう……」


「よくも、わしゃしのマヘキを!」

 

 ラクシュミリアが壊した魔石。

 それはステイルの今着ている鎧の攻撃力、守備力、俊敏性、等の能力を上げる為にと、鎧に使っていた電池の様な役割をしていた物であった。

 魔石を使う燃費はとても悪い為、ステイルは自身が今持っている中で一番純度が高く、値段も高い魔石をこの試合に使っていた。


「斬月! 朧月!」


「ぐへっ!!」


「ふんっ……。魔石が無ければ普通の鎧にも劣るのか……」


 ラクシュミリアの言うとおり、ステイルの着ている鎧は戦士や騎士が着ているような物とは異なり、ステイルが作り出した魔導具である。

 その為に、今魔石を抜いて効果を失ったステイルの鎧は、冒険者なりたての初心者でも着ないと断言して言えるほどの脆い作りをしている。


「お、おのれ!!」


「ねえ、邪魔だから降参して早く闘技場から降りてくれない」


 激昂するステイルに、ファーマメントから更に火に油を注ぐ様な言葉が浴びさせられる。


「!? まどうふぃふせいが!!! わたひぃは! わたひぃは! てんしゃいなのたよ!! てんしゃいは! さこに! さこごときが! 勝てるとおもふな!!」 


 ステイルは声を張り上げ、懐に忍び込ませていた薬品を取り出し、中の液体をガブガブと飲み始める。


「「……」」


「んぐっ! ゴクッ、ゴクッ! フッ、フフフッ! はーっはははは!! 殺してやる! ゴクッ、ゴクッ! 骨も残さず潰し、貴様達は殺してくれるわ!! んぐっ! ゴクッ……」


 薬品を飲み終えた時、彼の抜け落ちてしまった歯が気持ち悪い速度で生え揃い、ステイルは普通に言葉を喋りだした。

 そして空になった薬瓶を投げ捨て、また懐から薬品を取り出す。 

 それをまた躊躇いなしに飲み始めるステイル。

 盛り上がった筋肉は更に膨れ、鬼族と見間違える程に、皮膚の色を真っ赤に染め上げていく。


「化物が……」


「飲みすぎ……」


 1本、2本、そして3本。

 ステイルは様々な薬を飲み続け、自身の力を跳ね上げていく。

 それを観客席で見ていたギーラは強く眉間をよせ、たらりと一つの汗を垂らし言葉を漏らす。


「何てことを……」


「お婆ちゃん、どうしたの?」


「……アイシャ。よくお聞き。薬は確かに病や怪我を治してくれる、とても便利な道具さね。でもね、薬も使い過ぎたら人の身体には毒にしかならないんだよ。あの者は……。明らかに薬を飲みすぎておる」


 闘技場の上には数個の空の入れ物が散乱し、今も増え続けている。 

 一つ飲み終えるたびにステイルはニヤリと不気味な笑みを作り、飲むのを止めない。

 だが、それもここまで。


「これで私は力を、ゴクッ、ゴクッ……手に、あ、あああ……ああ……!!」


 ステイルの飲む手が止まり、彼は口元から震えだし、目はギョロリと白目になって焦点が定まらない状態となっている。


「……」


「えっ?」


「ステイル選手、先程と同じように何かを飲み始めたと思いきや、入れ物を落として突然苦しみ始めました!? どう言う事でしょうか !?」


「あ、ああ……。 うっ! ウップ! オエッ! ゴホッ! ゴホッゴホッ。 !?」


 苦しむように自身の首を抑えるステイル。

 咳き込んだ後、大きく息を吸った瞬間、彼はそのまま闘技場の上にバタリと仰向け状態に倒れてしまった。


「「!?」」


「おおっと!! ステイル選手、突然倒れました!! 先程のファーマメント選手とラクシュミリア選手、両者からの攻撃が大きかったのか? 回復薬を飲んでも回復が間に合わなかったのでしょうか? 今、審判がステイル選手の状態を確認いたします」


「ステイル選手……?」


「……」


 駆け寄る審判。

 声をかけるが反応しないステイルへとカウントを取り始める。


「ステイル選手、カウントを取ります! アインス! ツヴァイ! ドライ!」


「ダウンです! やはり攻撃のダメージでのダウンなのでしょうか!? ステイル選手、全く動きを見せません! その間も審判のカウントは進みます!」


 ざわつく観客席。

 激しい戦いを見せたと思いきや、ステイルのダウンを見たものは、彼が薬を飲みすぎて倒れただけと、呆気に取られる人々が大半をしめていた。

 そして、側で声を高らかとカウントを進める審判。

 若干カウントが遅く感じたのは気のせいだろうか。それでも審判はカウントを最後まで言いきる事となった。


「ズィーベン! アハト……! ノイン……! ツェーン!!」


「決まりました!! 錬金術士協会から参加! 予選含め、錬金術士とは思えぬ戦いを今まで繰り広げて来たステイル選手! ここで無念の10カウントでの敗北です!! しかし戦いは終わりではありません!! 闘技場にはまだ二名の選手が睨み合っております! セレナーデ王国、騎士団所属であるラクシュミリア選手! その実力は騎士団内問わず、戦士として、国の指折りに入るほどの実力を秘めております! それに対するは名前以外不明! しかし多彩な魔法を使い、魔法使いと思えぬ身のこなしで戦いをくり抜けてきたファーマメント選手! 二名の戦いが今まさに始まり、互いの力を見せ合うかのように構えを取っております。ですが、今ラクシュミリア選手が構えを取っております武器。その剣先は折れてしまっています! それに対してどう戦いを繰り広げるのか!? 戦いに敗れてしまったステイル選手を闘技場から下げるため、今は共に手を出しておりません」


 実況者であるロコンの言葉通り、今は闘技場の上に、ステイルを運び出すためにと数名の救護班と審判が彼を囲みその場から運び出そうとしている。

 本来なら担架で倒れた者を運ぶ二名でさっさと引き上げれば良いのだが、少々問題が起きていた。

 薬を飲み自身の身体を強化していたステイル。

 彼の体が大きく膨れ、更には何故か彼の体重も増加しているのか、持ち上げることが困難としていた。

 担架で運び出すことは不可能と判断した係員は車輪の付いた荷台を持ち出し、ステイルを運び出す準備を整えることとした。

 その際はラクシュミリア、ファーマメント、共に戦闘を始めることを止められ、二人は思わぬ待ち時間を食らうこととなった。


 そして、ガラガラと車輪が回る音を鳴らし、ステイルは闘技場から退出することとなった。

 審判は改めて二人に構えを取らせ、試合を再開を宣言するその時。


「ぎゃあああ!!」


「「「!?」」」


 突然聞こえてくる男性の断末の叫び声。

 開始の声を出す前の静まり返った闘技場でその声が聞こえない者はおらず、出場選手、実況者、そして観客席が注目し、その方へと視線が向けられる。

 その声が聞こえた場所。

 それはつい先程、闘技場から退出したステイルと救護班、そして係員がくぐり抜けた東の選手入場口である。


「うわぁぁぁ!!」


「ステイル選手! 離して下さい! その者は選手ではありません!」


 そう言葉を発しながら、慌てて闘技場の方へと戻ってきた係員。悲鳴にも似た声を漏らし走ってくる救護班の人々であった。


「……ああ……ああ……。わだじは……ざいをもづ……てん……さい……」


「ぐぁっ! 離して……」


 闘技場の方へと姿をまた見せたステイル。

 首を絞められ、引きずられる係員は苦しげにステイルの腕から逃げようと暴れている。

 彼の姿を見た瞬間、観客は身構え、席からはどよめきとざわざわと騒がしく声が溢れてくる。

 

「キャァァァ!!」


「な、何だあの姿!!」


「バケモノだ!!」


 荷台に乗せられ運ばれていた時のステイルの姿は先程とは異なり、筋肉を膨張したかのように膨れ上がり、まるで無数の風船をくっつけた様なボコボコとした姿となっていた。

 そして彼が一歩、また一歩と闘技場の方へと戻ろうとすれば、その姿が魔石画面に映し出される。

 彼の姿があらわになると、更に観客席が騒がしく声が溢れだす。

 掠れた声であるがステイルは意識があるようだ。

 しかし、何度も大会係員がステイルの手に捕まった者を離すように強く言葉をかけるが、彼は聞き入れることをしない。

 それどころか、あろうことか彼は係員の首を絞めていた自身の腕に力を入れてしまった。


 ゴキッ!!


「「「「!!!!」」」」


 骨を折る鈍い音、そして動かなくなってしまった暴れていた係員。

 その瞬間も魔石画面に映し出されていた為に会場は騒然とし、あちらこちらで悲鳴が上がる。


「うわっ!!!」


「「キャー!」」


 南西出入り口付近にいた観客達はその場から逃げ出す様に離れる。


「なっ! 何ということ! ステイル選手、担架で運ばれることを拒んだのか!? それとも係員を他の選手と見誤ったのか!? ステイル選手が係員の首を絞め殺めてしまった! これは問題です! 例え出場選手であろうと大会係員、及び観客に手を出すことは禁止事項です!」


「あ……ああ……」


「……」


「暴れるなら仕方ない! ステイル選手を取り押さえろ!」


 大会係員が声を張り上げ、手を上げた瞬間、観客席から次々と大会中、観客を守るためと最前列に配置されていた警備兵の様な人々が降りてくる。

 彼らは腰に携えた剣を抜きステイルへと向け、魔法を使える警備兵も杖先を彼へと向けている。


「「バインド!」」


 ステイルを捕縛する為にと、動きを止める〈バインド〉を魔術士の二名が使用。

 見た目はゴムのようなこのスキル。これは捕縛用としてはよく使われるスキルの一つで、相手に合わせて形を変えたのち、ゴムを直ぐにカチカチに固めて手足を動けなくするスキルである。

 狙いは的確で、ステイルの両足に絡みつき動きを止める。

 もう一つは暴れる腕とステイルの首に絡ませ、それをくっつける。

 ステイルは両腕を地面につけ、土下座状態と動きを止めた。

 剣を持つ警備員数名がステイルを囲むように剣先を突き付け、事態はあっさりと終わったと思われた。

 首を絞められ動かない係員を捕まった手から開放する為、ステイルの腕に1本の剣が突き刺さる。

 自身の腕に走る痛みに手を開いた瞬間、係員は救出され、直ぐに治療士に回復を施される。

 だが、直ぐにほどこされた治療も首の骨を折られた者には意味を出さなかったのか、治療士は係員へと向かって首を振る。


「くっ……。この者を違反者として取り押さえる!」


「「「はっ!」」」


 係員がステイルを違反者として捕縛することを告げる。

 それを理解したのか、手足を枷をつけられたように動きを止めていたステイルが突然暴れ始めた。


「ふむっ!! ふごっ!! うごっ!!」


「コラッ、暴れるな!」


 ステイルの体に起こった現象。膨れ上がったのは体だけではなく、顔から指先までまるで大きなコブを付けたように、ボコボコと体中に現れていた。

 その為か、言葉らしい言葉が彼の口から聞き取ることができなかった。

 警備兵が剣の腹を使い、地面にステイルを押し付けようとするが、彼は抵抗を見せ、捕縛された腕を振り、周囲の警備員を薙ぎ払うように吹きとばしていく。

 尋常ではない力に吹き飛ばされていく警備兵達。

 なおも暴れ続けるステイルは自身の腕につけられた枷を解く為と、壁や地面へと固くなったバインドを何度も叩きつける。


「ウォォォ! ウォォォ! ウォォォオオオ!! ワダジ……ハ……デンザイ……ゴンナ……トコロ……デ……。……。」


 その言葉を最後と、突然プツリと糸を切られた操り人形の様にステイルが動きを止めた。

 意識を失ったのか。それとも死んでしまったのか。

 ひとまずこれでステイルを捕縛することは困難ではなくなったと言うことで、警備兵の人達はジャラジャラと音を鳴らしながら鉄でできた手枷と足枷をもってきた。

 そのままバインドで縛ったままにすることは魔術士の魔力的に不可能なので急ぎ枷を取り付ける。


「急ぎ枷を取り付け、この場からこの者を下げるのだ」


「はっ! 全く、余計な手間を取らせやがって。 ……んっ?」


 だが、警備兵が枷を取り付けるためとステイルに触れた瞬間。

 意識を失い、動きを止めていたステイルの腕がピクリと動いた。

 

「!? 警戒しろ! こいつ、まだ意識があるぞ!」


 その声とステイルが自身につけられていたバインドの枷を引きちぎるのは、正に同時であった。


「あ゛っ……あ゛っ……あ゛あ゛あ!!!!」


「ごふっ!」


「がっ!! 止めろ! やっ……!?」


 ステイルの近くにいた警備兵。

 一人はトラックに吹き飛ばされたと思わせるほどの勢いに壁に吹き飛ばされ、自身の吹き出した血で壁に血の羽を描き、もう一人は大きく形を変えたステイルの腕に顔を捕まれ、まるで果物を潰すかのようにグチャリと嫌な音を鳴らし頭を握りつぶされてしまった。


「「「キャーー!!!」」」


 警備兵の無残な死に方に観客席は更に騒然、少しでもステイルから離れようと人々は我先にとその場から逃げ出し始める。


「何てことを!?」


 貴族席にてその場を見ていた領主ダニエルは唖然と言葉を漏らす。突然の出来事に指示を出せなかった旦那を第二婦人であるエマンダ様が直ぐに助言と口を開く。


「旦那様! 観客席にいる民達の避難を!」


「うむ! おい、試合を一時中断とする! ステイル殿の周囲から民を離れさせよ! それと警備兵と魔術兵を使い、事の鎮圧まで守りを固めるのだ!」


「はっ!」


 ダニエルは近くにいる側仕えに急ぎ指示を送り、伝令にと彼を走らせる。

 伝令の言葉は直ぐに大会係員の耳に入り、控えとして待機していた兵を出し、民の避難に当てられる。

 連絡は係員だけではなく、実況席に座るロコンにも伝わった。


「皆様! 領主様からのお言葉です! 試合を一時中断いたします! ステイル選手の捕縛完了まで試合を中断いたします! 西側観客席付近にいらっしゃいます観客の皆様は係員の指示に従い、その場から一時避難をしてください! もう一度繰り返します……」


 会場に響くロコンの実況に更に危機感を出した観客は、我先にと急ぎ北と南の出入り口へと向かい始める。

 南東と南西側では観客席から魔術士が杖を構え、弓兵をも矢をステイルへと向けていた。

 その間も剣や槍を構える警備兵達がステイルを取り押さえようとするも、やはり異常な力を出すステイルを抑えることはできずに、身体を捕まれ闘技場の中央まで吹き飛ばされた人もいた。


「うぎゃあああ!!!」


「警備兵は距離を取れ! 魔術士は違反者を魔法で捕らえよ!」


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


「なっ!? なんて力だ!」


「駄目です! 拘束のバインドが効きません! 魔法での攻撃許可を下さい!!」


「ぐっ! 止むをえん! 魔法での攻撃を許可とする! 弓兵は動きを止めるために足を止めろ! 警備兵は魔術士と弓兵の守りに回れ! 治療士達は負傷者を連れて急ぎその場から離れるんだ!」


「「「はっ!」」」


 指示をする者が魔術士に攻撃開始の言葉を出すと、魔術士は次々と火玉、氷槍、雷球、水弾を放つ。特に火を操る魔術士が多かったのか、ステイルは身体を炎に包まれる程の攻撃を受け、断末の声を出しバタリとその場に倒れた。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」


「よし! やったか!?」


 炎が消えた後、地面にはすす焦げた姿のステイルが倒れていた。

 事の鎮圧が済んだと観客の人々も含め数名と安堵する。

 そして、警備兵が動きを止めたステイルへと近づいたその時。意識を失い、既に倒されたと思っていたステイルがまた大きく脈を打つかの如く、身体をビクリと動かし始めた。

 

「「「「!!!」」」」


「!? 退避っ……!」


 その言葉を聞き終える前と、ステイルは自身の腕をまた振り上げ警備兵を吹き飛ばし、振り上げた腕を下げると今度は別の警備兵を地面へと叩きつける。


「うぎゃ!?」


「ごへっ!」


 ぐねぐねと軟体生物の様に動きだし、ステイルの身体がタコのように人ではありえない動きを見せる。


「な、何だ……こ、これ……」


「守りを下げるな!! はっ!」


 ステイルが気味の悪い動きをし始めたことに足を止めてしまった警備兵達。

 そこへ人では考えれないだろうが、ステイルの腕の一本が正にゴムの様に伸び、注意を飛ばした一人の警備兵に絡みつこうとした。

 

 咄嗟のことに思わず目を瞑ってしまった警備兵。

 自身もあの腕に捕まり、仲間のように頭や体を握りつぶされてしまうのかと恐怖に襲われた。

 だが、彼はステイルの手に捕まることはなかった。

 警備兵が恐る恐ると目を開けると、自身の前には銀色の鎧に身を固めた騎士が立ち、迫る恐怖から自身を守ってくれていた。

 ステイルの腕はラクシュミリアの攻撃で弾き返され、手首をだらりと垂れ下げ、ブラブラと揺らしている。


「……。 ? はっ! ラクシュミリア選手!?」


「加勢する……。貴殿はそのまま部下へと指示を」


「しかし、貴方は出場選手。ここで怪我をされては後の対戦が!?」


「……ならば、その言葉、あそこにいる奴にも言っておけ」


「えっ? あっ。ファーマメント選手!?」

 

 ラクシュミリアが視線を送る先。

 そこには警備兵に肩を貸し、西口付近にて警備兵を介抱しているファーマメントの姿があった。


「動ける?」


「す、すみません!? くっ!」


 警備兵は自身の足で立っている事ができないのか、ファーマメントの肩から離れた瞬間、ガクリと膝を崩し地面に座り込んでしまった。


「怪我してる。動くと傷が開くから待って」


「な、何を!? えっ、傷が……」


 警備兵の身に着けているブーツを脱がせると、彼は瓦礫が当たったのか、踝あたりが真っ赤に血に染まっていた。

 ファーマメントは傷の場所へと手を当てがえると、彼の足の傷がスッと治ってしまった。


「もう大丈夫。他の人の所へ」


「あっ、は、はい。ありがとうございます!」


 警備兵は深く頭を下げた後、急ぎ仲間の集まる場所へと駆け足でかけてゆく。

 それを見送ったファーマメントは、東口へと視線を向け、周囲の荒れ具合から試合続行を半端諦めていた。


「はぁ……。これじゃ試合は中断じゃなく、中止になりそうだな……」


 ファーマメントが警備兵の治療を行う場面を見ていたラクシュミリアは小さく呟く。 


「治療術……」 


「ラクシュミリア選手。助けて頂き、誠にもうし訳ない」


 警備兵はステイルの攻撃から助けて貰ったことに感謝を伝える。


「……構わない。おれは指示に従い動いたまで」


「指示?」


 ラクシュミリアはそう告げた後、視線を今度は上の方へと向ける。


「ラクシュよ! カイン・アルト・セレナーデの名において、数多(あまた)の命を奪ったその者に裁きの剣を振り落とせ!」


 声を拡散する魔導具を使用していた訳では無いというのに、カイン殿下の声は高らかと会場中に響き渡る。

 その声に反応し、歓声の声を出す人々。

 貴族席の雛壇に座る貴族達も、ラクシュミリアの戦いを盛り上げるためと拍手喝采である。


「おおっ! カイン様直々と。ご助力感謝いたします!」


「ラクシュミリア選手!? 如何するおつもりで」


「斬る……」


 その言葉を呟いた後、ラクシュミリアは警備兵の前から姿を消し、観客が彼の姿を次に確認した時にはステイルの首が宙を舞っていた。


「「「!?」」」


「「「うオォォぉぉぉ!!」」」


 観客席からはステイルの首が斬られたことに悲鳴も出ていたが、それを増してラクシュミリアの行いを称える歓声の声がそれを大きく上回っていた。


「……」


 ゴロッと転がるステイルの首。

 斬り落とされた顔の表情は解らないが、これは人としての死に方ではないと人々は思ってしまう。

 そして、タコのようにウネウネとしたステイルの身体も力を失ったように崩れるように倒れる。


 だが、警備兵達が安堵し、剣を鞘におさめたその時だった。


「離れろ!!! まだそれは死んでいない!!」


「「「!?」」」


 ファーマメントが叫ぶように、警備兵達へと大きく声を飛ばす。

 首を切られたんだ、そんなまさか。

 そう思いながらも視線をステイルの方へと戻せばその言葉は間違いではなかった。

 頭を失ったはずのステイルの首から、ウネウネと触手の様な物が出ていた。

 それは次々とステイルの体中からまるで毛穴から出てきていると思わせるほどに、数百、数千とまだまだ気味の悪い触手を出し続ける。

 

 触手はハリセンボンのようにステイルの体全身を覆い、一瞬、ピタリと動きを止めたと思ったその時。あらゆる場所から出てきていた触手が一斉にその先端を付き伸ばす。

 触手と見えるそれは周囲の警備兵達を次々と捕縛する様に絡みつき、警備兵の動きを止めていく。


「うわっ!?」


「ひぃいい!! ば、バケモノめっ!! 離せ! 離せぇ! ぎゃあああ!!」


「退避! それから離れるんだ!」


「嫌だ! 助けて……!」


 咄嗟に警備兵は剣を抜き、直ぐに自身の腕などに絡みつく触手へと剣を振り下ろす。

 しかし、その剣はガキンッと剣から金属音を出し攻撃を弾いてしまう。

 手首や腕を強く締め付けられた警備兵達はゴキッと簡単に骨を折られ、次々と悲鳴の断末をあげる。

 触手は腕だけではなく、首にも巻きついた者も中にはいる。その警備兵が助けを求める声を出したその時。


「霞斬り!」


「ひっ!!」


 自身の首に絡みついていたステイルから出てきた触手がスパッと斬られ、ラクシュミリアの剣術スキル〈霞斬り〉にて警備兵達は命を救われた。


「邪魔だ、斬られたくなければお前らは離れていろ」


「は、はい!」


 素早い剣筋にて触手に捕らわれていた警備兵を救うラクシュミリア。

 彼は戦力とならない警備兵を下げると警戒を高め、ステイルの方へと剣を構える。


「……」


 そこに近寄るファーマメント。


「あれはどう見ても剣で斬っても倒せそうにも見えない。少し手をかす」


「邪魔をしたら斬る」


 何が原因でこうなってしまったのか。

 いや、原因は明らかにステイルの含んだ薬品であろう。

 その後始末と、二人の思わぬ戦いが始まってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る