第109話 救出後

 拐われたラルス、ミア、ロキアを無事に悪党の手から救出することができた。

 ゼクスとセルフィは一足先に馬の場所へと避難。

 魔力を枯渇し、身体に痺れを起こしているラルスには少々強引であったが、危険な場所から少しでも離れようとする判断は間違いではないのだからそこは我慢してもらおう。


「ぐっ! はぁ……はぁ……はぁ」


「ラルス様。もうここまでくれば一先ず安心です」


「そうか……くっ。すまんゼクス、こんな状態の俺を背負わせてしまって」


 ゼクスはそっと木を背もたれにラルスを休ませる。


「ホッホッホッ。なんの、人一人ぐらい軽いものです。それにあの方に支援魔法を頂いておりますから、今の私はいつもより身体が軽いですぞ」


「そうか……。セルフィ殿、ロキアの状態は?」


 ラルスが少しまた考え事をしようとするが、それは視線を変えると直ぐに霧散して消えた。

 視線の先にはロキア君を大事に抱きしめているセルフィの姿がみえた。


「ラルス、大丈夫よ。ロキ坊もあなたの魔力のおかげで体温を戻してくれたわ。今はまだ冷たいけど、私の愛で温めてるわ」


「……そうですか」


 疲れのせいか、それもといつもの事だけに言葉を返すのが面倒なのか。

 ラルスは目を細めるだけでそれ以上は口を開くことはなかった。


「おや。ラルス様、セルフィ様。彼が戻られましたぞ」


「何処だ!」


「ラルス、後ろよ」


 ゼクスの言葉に目を見開くラルス。

 無理矢理周囲を見渡すラルスへとセルフィが言葉を足す。

 ラルスは後ろへと視線をやると、そこには壁など無いのに、忽然と現れた光の扉が現れていた。

 慌てて振り向いたせいで身体を倒してしまったラルス。直ぐに顔を上げるとそこには妹であるミアの姿が視界に入る。


「!? ミア!!」


「……!? お兄様!!」


 叫ぶ様に聞こえた兄の声に言葉を返すミア。

 彼女はゲートを急ぎくぐり抜けた後、兄へと駆け寄る。

 ラルスもミアと同じ気持ちであったが魔力の枯渇故に身体を動かすことができなかった。


「ミアッ! くっ! ミア! 無事か!?」


「はい! 私は無事にございます! お兄様! お兄様!」


「そうか! そうか! 良かった! すまぬ、不甲斐ない兄のせいで、お前だけではなくロキアにまで怖い目にあわせてしまった。本当にすまぬ!」


「いえ、お兄様は私達の為に戦ってくれました。その事は間違いございません! ……!? ろ、ロキア! セルフィ様! ロキアは無事でしょうか!?」


 互いの無事を確かめるように抱きしめ合う二人。

 ミアは身体の動かせないラルスの胸元で無事であること、再会できた喜びに涙を流していた。

 そんな妹の流す涙を親指で拭うラルス。

 笑みを見せ、心から妹の無事を喜ぶラルスであった。

 ロキアを抱え、近寄るセルフィに気づいたミアは、彼女に抱きしめるように抱えられた弟を見る。

 セルフィ様はミアの姿を見て、彼女も少し目を涙で潤ませていた。

 


「ミアちゃん、良かった。本当に良かった……。ミアちゃん、本当に何もなかったのよね? ええ、ロキ坊なら大丈夫よ。さっき意識を戻したんだけど、また気を失うように寝てしまってるわ」


「ああ……。ロキア、ごめんなさい、私の為にあなたにまで怖い思いをさせてしまって……」


「ミアちゃん……」


 弟を抱きしめるようにセルフィ様からロキア君を受け取るミア。

 彼女は少年の耳元で何度もごめんね、ごめんねと謝罪の言葉を述べ続けていた。


「ミツさん。ミア様を無事に救出していただき、誠にありがとうございます」


「いえ、ラルス様もロキア君も無事みたいで良かったです」


「ご謙遜を……。これも貴方様のお力故にございます。して、賊共は?」


「はい。盗賊なら全て麻痺状態にして、隠されていた馬車のあった方に。一番上の階にいた奴らは少し痛い思いをしてもらいましたよ。あっ、ちゃんとセルフィ様の言うとおりに盗賊のリーダーは捕まえてます。自分のスキルで縛ってますので動けないと思いますよ。それよりも、取り敢えず先に三人の治療をしましょう。ロキア君の容態を見てもいいですか?」


「ミツさん、ありがとうございます。勿論。ミア様、ボッチャまを」


「ええ……。ミツ様、どうかロキアを」


 ゼクスに呼ばれたミアはロキアを抱いたままこちらへと振り向く。


「はい、失礼しますね……。ロキア君、頑張ったね。君は本当に偉いよ」


 ロキアを抱えるミアの側へと近づき、状態を鑑定し、ステータスを確認。

 体調不調、体温低下、軽傷、等のバッドステータスが表示される。

 〈キュアクリア〉〈ハイヒール〉のスキルを使用すると、ロキアの顔色は完全に元通り。

 呼吸も落ち着き、今は睡眠状態として眠りについている。

 セルフィからロキアのスリングショットを受け取り〈物質製造〉を使用し、ロキアのイニシャルを入れて元通りに直す。

 スリングショットは彼の小さな手に握らせ、胸元へと渡す。


 続いて姉であるミアを鑑定。

 彼女も体調不調、軽傷も表示されていたので治療を行う。また未遂とは言え、ミアは男の毒牙に襲われると言う、女性としての恐怖心を抱えてしまっている。

 心の病が治るのか解らないが、もう一度〈コーティングベール〉を数度にわたって使用。

 彼女の顔色は元に戻り、いつもの笑みを作れるようになった。

 最後に、木に背を預けて座り込むラルスへと近づく。


「ラルス様もご無事でなにより。今治しますね」


「……すまぬ」


 ラルスは自分と目を合わせた後、ゆっくりと感謝の意を込めた言葉を口にする。


「いえいえ、気にしないで下さい」


「いや、流石にそう言う訳にはいかぬ。ミツよ、私はお前のことを勘違いしていたのかもしれない……」


「勘違い?」


「ああ……。また時間ができれば、お前とゆっくりと話がしたい。いいだろうか?」


「ええ、勿論ですよ」


「そうか、感謝する……」


 自分はラルスへと笑みを送り、彼の顔の傷を治すため、ハイヒールをかける。

 ラルスの顔はもとに戻り、口の中、目に見えない身体の傷等を全て治した。

 だが、ラルスの治療はこれで終わりではない。


「……ラルス様、魔力の枯渇になってますよね?」


 鑑定をすると、ラルスには魔力の枯渇表示もでている。

 これは傷や病などではないので〈キュアクリア〉〈ハイヒール〉では治すことはできない。

 なら、魔力の枯渇はどうやって治療するのか?

 それは、試しの洞窟でも使用した〈ディーバールチャンスダイ〉である。

 共に探索していたリッケとリッコ、二人に自分の魔力を渡して魔力を分け与える方法をとり、リッコはこの方法にて、魔力の枯渇を治すことができた。


「んっ。ああ……。まあ、これも時間が経てばもとに戻る、気にするな。治療に感謝する」


「はい。では、魔力も戻しますので少し動かないでくださいね」


「……はっ? ああ、回復薬を持っているのか。そう言えばお前はアイテムボックスを持っていたな」


「はい、確かにアイテムボックスの中に青ポーションはありますが、それは使いません」


「んっ? では何を?」


 目の前の少年が何をするのか不思議に思うラルスは、視線を周囲へと送る。


(ねえ、ユイシス。ラルス様の魔力の核ってどこにあるの?)


《はい、ラルスの魔力核は額部分となります》


(ありがとうユイシス)


 いつもの様にユイシスへと相手の魔力核の位置を教えてもらう。魔力を分け与えるスキルの〈ディーバールチャンスダイ〉だが、正しい場所に魔力を送らなければ、受け取る側の負担が大きいとユイシスから以前忠告を受けている。

 魔力の核。これは一人一人と場所が違うため、この様にユイシスに聞かなければ正しく使用できないスキルである。

 因みに、リッケは首元に魔力の核があり、リッコは左胸に核がある状態である。

 そして、目の前にいるラルスの魔力の核はユイシスの言うとおりに、おデコの額部分にあるようだ。

 自分はラルスへと一言言葉を入れ、ラルスの額へと手をあてがえる。


「ラルス様、ちょっとすみませんね。ゼクスさん、少しだけラルス様を支えてやってください」


 自分の行いは貴族であるラルスに対して不敬に当たるが、今はラルスの為の治療行動なので、ゼクスも少しだけ躊躇いは見せたものの、反論することなくラルスの背後に周り彼を抑える姿勢を取る。


「……。承知しました。ラルス様、失礼します」


「お、おい、ゼクス!?」


「ミツさん、信じますぞ」


「はい、勿論です。では行きます!」


〈ディーバールチャンスダイ!〉


 スキルを発動した瞬間、自分でも解るほどに手の温度を上げていく。

 先程まで顔を床で冷たくしていたラルスにとって、当てられた掌は心地よく感じる物であった。

 だがそれは最初だけ……。

 このスキル、魔力を渡す側に影響はMPの減少と言うだけで、他に影響は及ぼすものでは無い。

 しかし、魔力を受け取る側。

 今、ラルスの体は大変なことになっていた。


「!? お、おい! あっ! ああっ!」


 突然震える声を口から漏らすラルス。

 他者の魔力を受け取る側としては、自身の身体に流れる魔力とは違う波が身体や脳を揺さぶる為に、まるで全身をくすぐられている様な感覚に襲われてしまう。

 ラルスの反応を見ているセルフィはため息まじりに言葉を漏らす。


「……呆れた。少年君は本当に何でもありね」


「セルフィ様、ミツ様はお兄様にいったい……」


 頬を染めながら、悶える兄の姿に困惑する妹のミアは、落ち着いて見ているセルフィへと質問をする。


「大丈夫よミアちゃん。少年君はラルスに魔力を分け与えてるの。きっと直ぐに自分で立てるようになるわ」


「そ、そのような事が……」


 初めて見た兄の姿に自身も思わず恥ずかしくなるミア。


「くっ! も、もう良い! ミツ、もう大丈夫だ!」


「駄目ですよ。まだ半分も回復してませんよね?」


「なっ!? 何故お前は……っ!? ああっああ!」


 そんなラルスの姿に思わずいたずら心が湧いてしまったのか。いや、これはラルスの為の治療行為と考えながらも、ミツは上がる頬を抑えることができなかった。


「……本当に大丈夫なのでしょうか? 随分とお兄様が苦しそうですが!?」


「あ〜。あははっ……。いや、アレは苦しがってると言うか……変な感覚が襲うのよね……。私も一度経験したことあるけど、終わればスッキリするわ」


「左様にございますか……。お兄様、頑張ってください!」


「み、見るな! ミア! こんな俺を見ないでくれ!」


 その後、少しの間だけ、丘の上に青年の艶めかしい声が響く事になった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 息も荒々しくも、ラルスはゼクスの手を借りることもなく自身で立つことができた。


「お疲れ様ですラルス様。ホッホッホッ。いやはや、セルフィ様の話を聞いていなければ、ラルス様の反応からして、ミツさんがラルス様のお命を狙ったのかと勘違いしてしまいますな」


「アハハ。な訳無いですよ」


「はぁ……。俺は兄として、妹の前であの様な姿を見せたことに死んだほうがマシかと思ったぞ……。取り敢えず……うむ。魔力が確かに戻っている……。ミツ、重ね重ね感謝の言葉を申す」


 ラルスは自身にやられたことは不服であったろうが、人の手も借りずに動ける様になったことに対しては素直に感謝の念を言葉に伝えてきた。


「はい。では、皆さんを先にダニエル様のいらっしゃる所へとお送りしましょう。その後に、盗賊達を街の衛兵さんの所へ送れば大丈夫ですかね?」


 ミツの提案に頷く面々。

 盗賊達を屋敷の方へと連れて行くこともできないので、気絶している盗賊達は皆、街の衛兵が管理する建物近くへと送ることが決まった。


「うむ。父上達に早く無事の報告をしなければ」


 早速ゲートを開こうとすると、セルフィ様から待ったの声が飛ばされる。


「少年君。悪いけどロキ坊は屋敷に送って貰えないかしら? 随分と汚れてるし、このままベットに寝かせることも躊躇われるの。一度屋敷で身体を洗わせて頂戴。ミアちゃんも一緒にね」


「……はい。ミツ様、お父様達に先ず会いとうございますが、身なりを正させてくださいまし」


「んっ……。そうか……。ミツ、すまぬが三人を屋敷に送ってくれぬか?」


 セルフィは優しく微笑みながらミアへと言葉を告げると、彼女は自身の服装を見た後に了承する。

 ラルスはミアが今着ている衣服に関して何も言わない。いや、あえて触れないようにしていたのだ。

 ミアの今の姿は自分の渡した寝間着姿であり、下は大きめの布で巻かれている。

 何があったのかなど一目瞭然でもある。

 態々妹の恐怖心を煽り立てる必要もないと口を閉ざしていた。


「はい。では、セルフィ様とミア様とロキア君は屋敷で、ラルス様とゼクスさんはダニエル様のいらっしゃる武道大会の会場の方ですね」


「うむ。手間をかける」


 先ず、先にトリップゲートの開いた先は、以前パメラとエマンダとの対談として使用した談話室へと繋げて開く。

 屋敷へと三人を送るためのゲートの隣に、これまた王族との対談で使用した武道大会会場にある部屋へとゲートを繋げる。

 攻撃スキルや支援スキルだけではなく、どうやらトリップゲートも数個同時使用が可能のようだ。


「ミア、恐らく母上達もお前とロキアの顔も見たかろう。二人は直ぐに屋敷へと向かうと思う。その際は……辛いだろうが全てを母上に話せ。それがフロールス家として、貴族の娘としての義務でもある……」


 ラルスの言葉は貴族として正しい言葉であった。

 しかし、例え男の毒牙にミアが襲われていないと自身で言っても、彼女は貴族であり、フロールス家の女。

 将来、他の貴族と結婚し、そこの貴族との繋がる架け橋になるかもしれない。

 勿論結婚すれば、ミアはそこの男性と契を結ぶだろう。

 だが、いざその時に既にミアに男性経験があったと判明すればそれは大問題。

 下手をすればミアは愛した男に捨てられ、フロールス家は慰み者となった娘を差し出したと、拭いきれない汚名を背負う事となる。

 ラルスも妹の言葉を信じて入るが、身体と心のケアは二人の母に任せることにした。


「……承知しております。お兄様がその様なお顔をする必要はございませんわ……。お兄様……。私は今日ほど恐ろしい思いをしたことはございません……。目の前でお兄様が盗賊に敗れ倒れたお姿。自身の足りない技量の低さ。そして弟を失うと思った辛さ……」


「ミアちゃん……」


 顔を俯かせるミアの目からはポロポロと涙が溢れ出ていた。

 今日あった出来事を思い出すと身体が震えだす。


「今……思い出すと……怖いです……。怖かったです……」


「……ミア」


「……はい」


 ラルスは俯くミアの肩にそっと手を置く。

 ミアは返事を返すと同時に兄であるラルスを見ると、彼は視線をそらす事なく、真っ直ぐに自身を見ていた。そして。


「強くなれ。俺はもう賊に遅れを取る戦いはしないと誓う。俺はもう、お前達を……。いや! 父の様に、我が手の届く内、全てを守れる力を必ず手にすると!」


 それは兄から妹へと誓いの言葉であった。

 兄の言葉に何か思ったのか、ミアは自身の胸の前で拳を作り、強い視線を兄へと返す。


「……はい。はいっ! 私も誓います! お兄様に負けぬ程に努力し、民からも愛される剣士となります!」


「うむっ! よく言った。流石俺の妹である!」


 ラルスは涙ぐむ妹の頭をワシワシと撫でる。

 乱れた髪の毛を軽く手ぐしで整えるミアの表情は明るく、自分へと改めてお礼の言葉を述べてきた。


「ミツ様。この度は誠にありがとうございます。貴方様のお力故、私達は無事に帰ることができます。この御恩は必ずお返しいたします」


「いえ、ミア様もお疲れですよね。ゆっくりとお休みください。ロキア君、また後でね」


 セルフィ様の胸の中で眠るロキア君へ言葉をかける。そんな自分に合わせるように、セルフィ様は少し屈み、自分と視線を合わせてきた。


「少年君」


「はい、何でしょうか?」


「……。ふふっ。うんん、何でもないわ。また後でね!」


「は、はい……?」


 少しだけ視線を合わせた後、笑みを浮かべ笑い出すセルフィ。

 彼女が何を思っていたのかは解らなかったが、後でその笑いを聞いていた二人の顔は少しだけ呆れた感じになっていた。


「あの顔……。セルフィ殿、また良からぬことを企んでおるな……」


「……。はっ、奥方様の耳に入れておきましょう」


 屋敷へと繋がるゲートをくぐり抜けたミアは頭を下げ続ける。

 セルフィもこちらへとウインクを送り、感謝の言葉を告げた。

 屋敷へと繋がるゲートを閉じる。


 ミアとセルフィを見送った後、パラライズのスキルで麻痺状態になっている盗賊の場所へと行く。


「これは随分と……」


「フムッ……。ミツさん、盗賊のリーダーはここにはおらぬのですね」


 ゾンビのようにうめき声をあげる盗賊達を見て、ラルスとゼクスさんは眉間をしかめる。


「はい。まだあの塔に居ますので連れてきますね」


 ゲートを塔の3階へと繋ぎ、倒れている盗賊を次々と連れてくる。

 一人、二人と、次々と回収。

 そして、盗賊のリーダーと判明している顔に傷のある男と、フロールス家の鎧を着込んでいる男二人を連れてくる。


「「!?」」


 二人の盗賊を見た瞬間、ゼクスとラルスは言葉を失った。

 逃げられないようにと、盗賊のリーダーは糸で作ったロープにぐるぐる巻にしてある。

 逃げられないようにするのは解るが、男の顔面は崩れた様に顔がグシャリと潰れ、顔のあらゆる場所から血を流血させている。

 また、鎧の男に関しては片腕を失い、もう片腕と片足が人としてありえない方向に曲がっている。

 男が引きずられる姿を見て、手足が砕かれていることを直ぐにゼクスは察したようだ。


「おまたせしました。この糸巻き状態にしている方が盗賊のリーダーで、こちらの鎧の男はリーダーの片腕的な立場にいたやつです。状態はこれですけど……ちゃんと生きてます」


 倒れる二人の盗賊を目の前にして、ラルスは怒りがこみ上げたのか、掌に炎を出す。


「くっ! この賊がっ!」


「ラルス様、落ち着き下さいませ……」


 今にも手に出した炎で盗賊達を灰も残らぬ程の熱で燃やそうとするラルスを、ゼクスが後ろから羽交い締めと動きを止める。


「ゼクス、止めるなっ! お前は知らぬだろうが、こいつはミアを! ロキアをっ!!」


「解っております! 貴方様のお怒りはごもっともにございます。 しかし、今この場でこ奴らを殺してしまうと、フロールス家に手回しをした者が解らなくなりますぞ! それに、十分程にミツさんが手を加えております! これ以上の攻撃はこの賊を殺してしまいます。計画を立てた者にとって有利となる行いはお控え下さいませ……」


「くっ!」


「……」


 ゼクスの腕を振り払おうと暴れるラルスだったが、彼も地面に倒れる二人には聞きたいことは山のようにあるのは確か。

 妹に与えた痛みや羞恥に晒したこと、腹の底から怒りがこみ上げ、今にも地獄の劫火並の魔法を与えようとするが、今はゼクスの言うとおりと、彼は気持ちを押し殺すのが精一杯であった。


 自分は先程盗賊のリーダーから聞き出した情報と、アイテムボックスに入れてある指示書を今この場で出すことをひかえていた。

 何故なら、この場で出せば今のラルスを止める事ができなくなるかもしれない。

 無いとは思うが、ゼクスがロキアが受けた苦しみと痛みを、指示書の差出人であるベンザ伯爵へと剣を振り落とすかもしれないと考えてしまったから。


「? ミツさん、どうされました?」


「いえ。話は後でします……。先にこいつらを衛兵の場所へと送りましょう」


 話すべきことを隠していることを勘付いているのか、ゼクスは何も聞いてこなかった。


「14人ですか。結構居ましたね。ゼクスさん、地下にいた盗賊は?」


「階段の通路に一名、それと牢屋を見張るための二人、全て私が殺しました」


 ゼクスはごく当たり前の様に盗賊を三人殺してきたことを告げる。

 そんなあっさりと告げられてもこちらとしても困る。盗賊達に痛い思いはさせたかもしれないが、ミツは一人も殺めてはいない。

 いや、約一名放っておくと、切られた腕の血と手足の骨折で肉が腐り死ぬかもしれないけど、この鎧の男に自分は今すぐには回復をする気にはならない。


「……。そうですか。では、盗賊はこの場にいる者だけですね」


「左様に。戻る前に屋敷の馬を探さなければ。ミツさん、貴方様のお力で馬を探すことはできませんか?」


「馬ですか。解りました、探してみますね。ん〜、近くにいれば良いんですけど」


 蟲の目のスキルを発動し、馬らしい形を模した体温が近くで表示されないか探す。

 馬も売れば金になる物。

 盗賊が態々殺してしまうとも考えがたい。

 案の定、少し離れた川辺に今は使われていない馬小屋を発見。

 そこにはフロールス家の馬以外にも数匹の馬がいた。恐らく盗賊達の足として使われていた馬だろう。

 放っておく事もできないのでこの馬たちも保護という形に屋敷へと連れて行くことになった。


 トリップゲートを次にライアングルの街にある衛兵の詰め所へと繋げる。

 場所は以前、プルンに街を案内してもらう際に見たことあるので問題はない。

 馬を発見したのは運が良かったのかもしれない。

 流石に14人を詰め込んだ馬車を引くには、馬2頭の力では不可能だったからだ。


 ∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵


 トリップゲートを使用し、ダニエル達の場所へとゲートを繋ぐ前。

 自分達が盗賊達を衛兵へと引き渡す準備をしていた頃である。

 武道大会の方では、大会初となる三者の戦いが激しく繰り広げられていた。


 優勝候補と言われていたラクシュミリア。

 彼は王国の騎士団の中でも指折りに入る程の才を持つ騎士であった。

 だが、その才能を鼻につけ自慢するような人柄でもない。

 周りから見た彼の性格は、見た目通りと言わんばかりに無愛想で無口な人。

 その為に彼は一人で訓練する姿をよく見られており、関わらないけど努力はする奴だと忌み嫌われる事も無い人物でもあった。

 ただ、今回の武道大会にて戦った人物。

 同じ騎士団所属のティスタニアとは水と油並に相性が悪い人物もいた事も確か。

 ティスタニアは大会の初戦にて、獣人国からの出場選手であるチャオーラに対して、近衛兵として、剣士生命を途絶えさせるダメージを与えた。

 それは下手をすれば人族と獣人族の友好関係に亀裂を入れる恐れもあった非人道的な戦い。

 そんな時、勝ちを進めたラクシュミリアへと一枚の小さく折られた文が渡された。

 内容としては(斬れ)ただコレだけ書かれていた。

 ラクシュミリアはそれを見た後、近くにあった灯り用の松明へとそれを投げ入れ、文を燃やした。

 結果、その一文で大会中、ティスタニアはラクシュミリアの攻撃にて騎士生命ではなく、人生の生命を途絶えさせる結果となった。

 何故その様な結果となったのか、試合終了後に、同じ騎士団所属のバローリアは彼を強く問いただす。

 だが、ラクシュミリアはその問には答えることはなかった。

 力ずくとも行かないバローリアは、懸念は残るもカイン殿下直々に厳命が下るまではと、彼女は口を閉ざすこととした。


 そして、本日の試合。

 試合開始と先手を取ったラクシュミリア。

 三者の戦いは言い方を変えれば二対一の戦いとなる。それでも、ラクシュミリアは対戦相手となる二人へと先手の攻撃を仕掛けた。

 その攻撃が始まりの合図とばかりに三者の激しい戦いが繰り広げられることとなる。


 そして、試合が進むに従い。今、ラクシュミリアの甲の下は珍しくも焦りの表情になっている。

 それは何故か。

 それは闘技場を目にする者、全ての観客が目にするもの。

 剣先は折れ、闘技場の地面に膝を崩している人物、それがラクシュミリア本人であるから。


「……」


「どうしたラクシュ! お前の剣術はその様な者達に遅れを取る物ではなかろうに! 何をしておるのだ!」


 観客席の中から声を張り上げるカイン殿下。

 ラクシュミリアはカイン殿下直々の騎士団所属であり、騎士の中でも指折りの強者であった。

 カイン殿下もラクシュミリアが膝をつく場面など今まで行ってきた天覧試合でも見たことのなかった分、今の状況に驚きを隠すことができなかった。


「ラクシュミリア選手! 片膝をついて動きを止めた! ファーマメント選手から次々と繰り出されてきた魔法の攻撃、それを自身の獲物である剣で今まで凌いできました! しかし! 先程受けたファーマメント選手が突然繰り出した氷の魔法を食らった瞬間、剣先が折れてしまうというハプニングに襲われる状況! 更に追い打ちとばかりにラクシュミリア選手、ステイル選手からの攻撃で膝を崩す程のダメージを受けてしまいました」


 ラクシュミリアは自身の獲物である剣先をジッと見ては言葉を失った。

 実況者の言う通り、彼の持つ剣はファーマメントが幾度も放ってきた火玉を次々と切り裂き振り払ってきた。そして、剣先が魔法の熱で真っ赤になってきた頃に、ファーマメントは突然魔法を変え、火の魔法であるファイヤーボールから、氷の魔法であるアイスジャベリンへと攻撃を変えた。

 槍のように鋭い先端をラクシュミリアが一刀両断した瞬間、パキンっと金属の割れる音と共に彼の持つ剣先が熱膨張にて起こる、ヒートショックを起こし、剣先を折ってしまった。


「まだ私の攻撃は終わってませんよ!」


「……くっ!?」


 勢いよく、ステイルはまたラクシュミリアへと攻撃を仕掛ける。

 ラクシュミリアは攻撃を回避しようとするが、突如として現れた火壁に動きを止める。


「おおっと! ステイル選手の攻撃を避けるためと回避しようとする行く先々に、ラクシュミリア選手、突如として現れた火の壁に行く手を阻まれます! まるで逃さないとばかりに、動きを止めるファーマメント選手! その間もステイル選手の攻撃がラクシュミリア選手へと炸裂!!」


「どうですか! どうですか! 剣を折られた今の貴方に、この私の攻撃が止められますか!?」


「ぐっ!」


 ステイルは腕を左右に振り攻撃を繰り出す。

 その攻撃を折れた剣を上手く使い、攻撃をさばくラクシュミリア。


「ステイル選手、動きを止めたラクシュミリア選手へと肉弾での戦いを繰り広げております! ステイル選手のあの動き! そしてあのパワー! どう言う事でしょうか! ラクシュミリア選手がかろうじてステイル選手の攻撃を避け、その攻撃された闘技場の地面に大きなひび割れを起こしております! 並の攻撃ではありません!? んっ!? 何でしょうか? ステイル選手の腕に何か黒いグローブの様な物が見えましたが……」


「フフフッ。貴方方と違って、私は大きな才を秘めております! これこそ叡智の結晶! このブラッディースーツさえあれば、私の攻撃はオーガ並の破壊力を出す程の攻撃がでます! 更には斬撃! 魔法! そしてあらゆるダメージ無効化! そう! 私は無敵なのですよ! 貴方が与えた先手の攻撃も私にはダメージはありません! フフフッ。魔術士である貴方! そう、貴方の火の魔法も私には意味を持たないことを教えてあげましょう!」


 ステイルは口上を述べるかのように着ていた服を破り捨てる。

 

「よく喋る……」


「これはこれは! ステイル選手、羽織っていたローブを脱ぎ捨てたと思いきや、なんと真っ黒な鎧を身に着けております! 彼の言うとおり斬撃や魔法が効かない。そんな事があり得るのでしょうか!? しかし、パワーは本物! 闘技場の地面がそれを証明しております!!」


「……ですが、念には念を入れさせて頂きます」


 不敵に笑い続けるステイル。

 その笑いをピタリと止めたと思いきや、彼は不気味な笑みを作り出し、自身の懐に手を入れた。

 取り出したのは一つの瓶に入った薬品であった。

 飲むのも躊躇われるほどのその色。

 しかし、ステイルはさも当たり前のようにそれをゴクリと胃の中へと流し込む。


「おやっ。ステイル選手、懐から何かを取り出しそれを飲んだぞ? 今回の試合のルールはバーリトゥード。何でもありなルールですので、試合中のアイテム使用は許可されております。しかし、ダメージを受けていないステイル選手が何故回復薬を飲んだのでしょうか?」


 ぷはっと薬を飲み終えたのか、ステイルは空になった入れ物を投げ捨て、両手に拳を作っては声を張り上げる。


「フフフッ……。たああぁぁぁぁ!!」


「「!?」」


 

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