第108話 崩れた計画

 武道大会参加の為、屋敷から馬車で移動の道中、不運にも盗賊に拐われてしまったラルス、ミア、そしてロキア君。

 賊の数人が屋敷に忍び込み、護衛になりすまし、更には馬車の御者も手回しすると言う明らかな計画的犯行。

 長兄であるラルスが盗賊へと抵抗を見せるが、盗賊はラルスの魔術士としての対策としてラルスの魔力の枯渇と言う策を取った。

 ラルスは魔力の枯渇にて戦うことができなくなり、妹のミアがラルスを助けるためと助っ人として参戦するが、無念にもそれは思い届かず羞恥の敗北を刻まれてしまった。

 更にはまだ5歳にもならない弟のロキア君も抵抗を見せるが、それはラルスとミアに血の涙を流させる思いの結果となってしまった。

 無理やり身体を起こされ、自身が倒した盗賊のお返しとばかりに馬車に乗せられる際に殴る蹴るの暴行を受け、情けなくもラルスは完全に気を失ってしまった。

 途切れる意識の中、妹のミアが自身を呼ぶ声だけが耳に残っていた。


 激痛に意識を取り戻したラルス。

 身体を動かそうとするがまだ魔力の枯渇状態が続いているのかと思った。

 腕を動かそうとするが腕は回らず、足を動かそうとするが足首が動かない。

 ラルスは自身がロープで縛られている状態なのだと理解するには、ぼんやりする頭では少し時間がかかってしまった。


「うっ……。こ、ここは……」


 冷たい地面に身体を冷したのか、ラルスの頬は冷たく、耳には痛みが走る。

 ゆっくりと首を動かし、周囲を確認する。

 あたりは薄暗く、匂いも酷い。

 すると、何やら自身に向けられた視線を感じ、そちらへと振り向く。

 振り向く先には鉄格子があり、それを挟み、ギロリとした冷たい視線と目が合う。

 ラルスは一瞬だけ身体をビクつかせたが、気を持ち、その視線に目を背けるとことなくゆっくりと口を開く。



「ミアとロキアを何処に連れて行った」


「……」


「答えろ!」


 視線を向けていた男は喋ることなく、不気味な笑みを浮かべてラルスへと指を刺した。

 いや、正確にはラルスの横に転がっている頭陀袋へと指を指している。

 ラルスはゾクリとした思いが脳裏をよぎる。

 そうしていると頭陀袋は少しだけ動いたように見えた。

 ラルスは手足が縛られた状態のまま頭陀袋へと近づき、袋の紐を口で解く。

 

「くっ! くっ!  ……!?」


 袋の紐は固く縛られてはおらず、簡単に解く事ができた。

 ラルスは恐る恐ると身体を震わせながらも袋を開くと、その中には弟であるロキア君が入れられていた。

 

「ロキア!?」


 ロキア君は寒さに震えるように身を縮ませ、顔色は色を消したかのように青白く、唇が真っ青になっている。


「ロキア! ロキア、しっかりしろ!」


 変わり果てた弟の姿を見て、焦りラルスは声を出す。

 だが、なんども呼びかけるがロキア君は返事を返さない。

 気を失っているのか、それともまさかと思い、ラルスは直ぐにロキア君の胸元に耳を当てる。


「……うっ」


 弟であるロキア君の胸元に耳を当てると、か細いうめき声と、今にも消え去りそうな心臓の脈打つ鼓動が聞こえた。

 だが、ラルスの耳にはロキア君の体温は感じられず、冷たい地面に体温を持って行かれ今にも死んでしまいそうな状態になっていた。


「!? ロキア、今俺が温めてやるからな! くっ!」


 ラルスは直ぐに魔力をひねり出すように出し、自身の体温を上げてロキア君に暖を取らせようとする。だが、何故か魔力を出すことができない。

 魔力を枯渇したとは言え、気絶をして少しでも魔力は回復しているはずなのだから、自身の中に魔力が無いわけがない。


「無駄だ」


 魔力を出し、自身がやろうとしている事が理解してなのか、ラルスを見ていた男が不敵な笑みを止めて言葉をかけてきた。


「お前に付けている手枷と足枷は、魔力を封じる魔導具でもある。それは袋の紐の様に簡単に外せるものではない」


「クソッ! ロキア! ロキア!」


 カチカチと小さく歯を鳴らし、寒さに震えるロキア君。

 ラルスは少しでも暖を取ろうとロキア君へと身を寄せる。


 その時、フッと妹の姿が周囲に居ないことに気づき、男へと妹のミアがどこに居るのかを強く問いただす。


「ミア……。おいっ! ミアは何処に居る!」


「……ミア? ああ、商品の方か」


「商品だと……!?」


「そうだ、女は商品。だから別の部屋に連れて行ったさ。お前は枷を付けても暴れそうだからよ、お前が弱るまでその中に入れておくことになった。ああ、一応ついでに言っとくがその餓鬼も売る予定だったが、餓鬼過ぎて売り物にならねえからそこに入れといただけだ。まあ、そのせいなのかは知らんが随分と冷たくなってるみたいだけどよ」


「貴様! お前かっ! お前がロキアを! ミアに指一本触れてみろ! お前らを俺の魔法で焼き尽くしてやる!」


「ひっひっひっ。お前が俺達を燃やす? 魔法も封じられてるお前がか!?」


 冷たい視線を送る男とは別に、不気味な笑い声を出しながら鉄格子に近づく男がもう一人。

 その男はラルスに付けられた魔導具に指を指しながら嘲るように笑い出す。


「くっ……!」


「おいおい、正論を言ってやんなや。頭に血が上って自分のおかれた現状もわからないお坊ちゃんなんだからよ」


「ひっひっひっ! 娘ならお前が寝てる間にボスが連れて行ったぜ! あれだけお前を呼んでたのに、お前は気を失ってるからお笑いだったぜ。恐らく引き渡す前に味見でもするんじゃねえか? 娘も今頃天国に行ってるさ! ひっひっひっ!」


「うああああっっ!! クソッ! クソッ! クソッ! ミアッ! ミアッーー!!!」


 自分を小馬鹿にする言葉。

 妹は既に賊の手に落ちたことを告げる言葉。

 そして、意識を失う前に見た妹の悲壮な姿は、ラルスの冷静な判断を消すには十分すぎることであった。


「ああ、五月蝿えな。あんまり騒ぐと上の奴らがくるぞ」


 喚き散らす声に嫌そうな顔を浮かべる盗賊の男。

 上の階へと上がるための階段の方を見ると、ヌっと人影がこちらに姿を表したのを見る。


「ほらな、オメェが騒ぐから来ちまった……!?」


 バタンッ!!


「ひょえ! な、何だよ! おいっ!」


 姿を見せたのは仲間である一人であることは間違いない。

 だが、突然姿を見せたと思いきや、その男は目の前で倒れ、ドクドクと血を流血させてピクリとも動くことはなかった。


「!? 莫迦! 離れろ!」


「えっ? ぐえっ!?」


 倒れた仲間に不用意に近づいた盗賊の一人。

 その瞬間、もう一人の盗賊が声をかけるが遅かった。

 ゆっくりと姿を見せた一人の男。

 その男が持つ鋭いレイピアの先が男の顔を躊躇いなしに突き刺し、顔に無数の風穴を開け盗賊の男を殺した。

 汚い断末の声を聞いてか、もう一人の盗賊の男は直ぐに剣を抜き構えを取る。

 

「誰だテメェは!」


「誰だ、でございますか……」


 盗賊の男は怒声を込めながら仲間を殺した男へと素性を求める。

 血の付いたレイピアをシュッとひと振りし、血油を飛ばす男。

 ほんの少しだけの、その言葉の声が耳に入るとラルスは無意識とポロポロと涙が溢れ、それを止めることができなかった。


「ああっ………。うっ……うっ……」


 いつも聞いていた優しい声。

 剣の修行中は鬼のように厳しくなる声。

 そして家族と言える者の声に。


「賊に答える気はありませんが、特別にお教えしましょう。私はゼクス。フロールス家にて執事長及び私兵長を務める者。あっ、別に名を覚えていただく必要はありません。今からあなたを殺す者でもございますから……」


「ゼクス!」


「フロールス家の執事だと……。莫迦な、何で……早すぎる」


 ラルスはゼクスさんの名を強く叫ぶ。

 ゼクスさんは檻の中に捕われ、倒れるラルスを見てホッと聞こえない程の息を漏らす。


 床に倒れる二人の仲間を見て、盗賊の男は全身に嫌な汗が溢れだす感覚に襲われていた。

 餓鬼達を拐ってまだ一日も立たずと追ってが来た。

 しかもその相手が屋敷の執事とは言え私兵長。実力は本物。

 逃げ場の無い地下では助かる可能性が低い。

 ならばと、盗賊の男は檻の中に閉じ込めている二人を見て咄嗟に動き出す。


「糞がっ!」


「ロキアッ!」


「!?」


 盗賊の男は鉄格子に手を入れ、頭陀袋をグイッと手繰り寄せる。

 その行動に、手足に枷を付けられているラルスは動くことができなかった。

 その中に入れられていたロキア君を人質とし、盗賊の男は刃物をロキア君の首元へと当てる。

 檻の中にはラルスの姿しか見えなかったゼクスさんは、まさか頭陀袋の中にロキア君が入れられているとは思っていなかったのか、反応が遅れたことに後悔する。


「動くな! この餓鬼もオメェの所の餓鬼だろ! 一歩でも動いてみろ! この首を切り落として……」


 ボトッ……。


「へっ……」


 鈍い音と共に盗賊の腕に感じる衝撃。

 そして、男が視線を下に向けると、そこには見慣れた物が刃物を掴み地面に落ちていた。


「ぐっ……ぐあああぁぁぁ!!! う、腕が! 俺の腕が!! ち、血があぁぁぁ!!!」


 ロキア君に向けられていた刃物は、盗賊の手首ごと地面に落ちたことに安堵するゼクスさん。


「感謝いたします、セルフィ様」


「いいのよ。本当は賊の首を落としたかったけど、汚れた血がロキ坊についちゃ嫌だしね」


 レイピアを男に向けたまま感謝の言葉を告げるゼクスさん。

 その背後からスッと姿を見せるセルフィ様は、手に風をまとわせ、盗賊へとまた魔法の攻撃を構える。

 彼女は頭陀袋から顔を見せるロキア君の表情を見て怒りに震えていた。


「痛え!! 腕、うでがあぁぁ! いでぇぇぇ!!」


 泣き叫ぶ様に地面を転げる盗賊へと、手にまとわせたまま近づくセルフィ様。

 彼女はその男の顔を見た後、躊躇いなしと顔面へと風の魔法をお見舞いとばかりに発射。

 バチッバチッと音を鳴らし、盗賊の顔を切り裂く。鼻は切り落とし、顔の肉も次々と切り落とされ、顔に走る激痛に床を転がる盗賊。


 続いてゼクスさんが近づく。

 顔や腕の痛みで涙を流しながら混乱する盗賊の男へと、彼も躊躇いなしと、手に持つレイピアを盗賊の胸へと突き刺した。

 ドスッと鈍い音がした後、胸からジワジワと服に滲む血を見て、男は声を上げることもなく息の根を止めた。


 念の為にと、他にも盗賊の類が潜んでいないかゼクスさんが調べると共に、檻の鍵を探す。

 鍵は息絶えた盗賊が持っており、それをゼクスさんが見つけ、ガチャガチャと音を鳴らしながら、鉄格子の鍵がガチャリと音を立て開く。


「ラルス様。ボッチャま! ご無事ですか!」


「ロキ坊!」


 セルフィ様はゼクスさんを押しのける勢いに、頭陀袋に入れられたロキア君へと駆け寄る。


「ゼクス、助かった……。本当に助かった……。すまん……」


 地面に倒れるラルスを起こし、彼の顔を覗くゼクスさんは悲壮な表情となってしまう。

 ラルスの顔は盗賊に痛めつけられてしまったのか、頬は青あざ、口元には固まった血がこびりつき、口の中が血で赤く染まっていた。


「いえ、貴方様は長兄として立派でございましたぞ!」


 ゼクスさんは言葉を告げながらラルスを抱きしめる。


「ゼクス……」


 救われたと思う気持ちが込み上げ、思わず泣き崩れてしまいそうになるラルス。

 だが、それを静止したのはセルフィ様の焦りのこもる声だった。


「ロキ坊! ロキ坊! 目を覚まして! ロキ坊!」


「「!?」」


「ゼクス、ラルス、どうしよう! ロキ坊が冷たい! 息も聞こえないの!」


「なっ! ボッチャま! しっかり! 目をお覚ましくださいませ! ゼクスにございます! セルフィ様もあなた様をお迎えにここまでこられましたぞ!」


 ゆさゆさと体を揺すり、ロキア君を起こそうとするセルフィ様。

 ゼクスさんもロキア君の状態を確かめるためにと、頬や胸元を触り温度を確かめる。

 触れた瞬間、ロキア君の著しい体温の低下にゼクスさんは血の気が引く思いに襲われた。


「ロキ坊!!」


 セルフィ様は涙を浮かべ、呼びかける様にロキア君を呼び続ける。


「ゼクス! 俺の腕と足に付けられた枷を外してくれ! 俺がロキアを魔力で温める!」


「はっ!」


 ゼクスさんはラルスに付けられた枷を懐に入れていたナイフで切り裂く。


「すまん、セルフィ殿、ロキアを渡していただけるか」


「うっ……。ラルス。ロキ坊、お願い、目を覚まして」


 ラルスはまた魔力の枯渇を覚悟とし、自身の身体の体温を上げていく。

 ラルスの得意とする魔法属性が火であったことが、今は幸いしたのかもしれない。

 練り上げられた魔力でラルスはぼんやりと光る程に全身に暖かな光を灯す。 

 そして、懐に抱きかかえるロキア君の体温を上げる為にロキア君の顔色を伺い、少しづつと温度を上げていく。

 ロキア君の顔色は、最初色を失ったように真っ青だったが、次第と頬が薄紅色になる程に体温を戻してくれた。


 無理をしたのか、ラルスは意識が一瞬途切れる様に頭を下げる。


「うっ!」


「ラルス様!」


「俺に構うな! 俺のことよりロキアを呼び続けろ!」


「……ボッチャま! じーやがお迎えに来ましたぞ! さっ、父上と母上の所へご一緒に帰りましょう!」


「ロキア! ロキア!!」


 奥歯を噛み締め、踏ん張りながら魔力を維持するラルス。

 また、呼びかけることにロキア君の意識を戻そうと声を出し続ける二人。

 そのかいあってか、ロキア君の瞼がピクピクと動き、冷たかった唇がゆっくりと動き出す。


「うっ……ううっ……」


「ロキア!」


「ロキ坊!」


「ボッチャま!」


「に、にいさま……。じ〜や……。せるふぃさん……」


「良かった……」


 ボソリと、か細い声に安堵する三人。

 ロキア君をまた自身の胸の中にと抱きしめるセルフィ様。

 魔力をまた枯渇してしまい、ゼクスさんへともたれかかるラルス。


「ロキ坊……」


 一先ず二人は助けることができたことに安堵するが、ゼクスさんの次の言葉にまたピリッとした空気に場が静まり返る。


「ラルス様、ミア様はどちらに? 他の檻の中にも姿が確認できませんでしたが……」


「!? くっ……。ミアは俺が気を失っている間に賊に連れて行かれたようだ……。ゼクス! 頼む、ミアを! 急いでミアを探してくれ!」


 懇願するかのようにゼクスさんの胸元で叫ぶラルス。


「左様にございますか……。はい、勿論直ぐにでもミア様をお救いに参りましょう。ですが、恐らく私が行く前にミア様はお救いされると思われますぞ」


「なっ!? ゼクス! 賊にミアが連れていかれたんだぞ! 何をそんな曖昧な言葉を!」


 自身の焦る気持ちとは別に、いつもと変わらぬ口調に戻り、落ち着きを取り戻しているゼクスさんに噛み付くように言葉をかけるラルス。

 そんな彼の額にバシッっと痛みが走る。

 

「落ち着きなさいラルス」


「痛っ! セルフィ殿、何を!?」


 自身が何故いきなりセルフィ様から叩かれたことに困惑し、驚くラルス。


「あのね、私達だけであなた達を助けに来たと思ってるの?」


 ため息まじりに言葉を告げるセルフィ様。

 だが、ラルスは彼女の言葉に一瞬固まる。


「……セルフィ殿ならありえるかと」


「うぐっ!」


「ホッホッホッ。セルフィ様の日頃の行動を拝見すれば、その答えも間違いではございませんな。ですが、ラルス様のお言葉も間違いではございません」


「ゼクス、それはどう言う意味だ? と言うか待て……。ゼクス、助けてもらって言うのも何だが、救援に来るのが随分と早かったな?」


 やっと落ち着きを取り戻してきたのか、ラルスは目の前の二人を交互に見て疑問符を浮かべる。


「ホッホッホッ。彼の力をお借りいたしましたからね」


「彼……。……!? まさか! あいつも来ているのか!?」


「感謝しなさいよラルス。あの少年君が居なかったら、本当にあなたも今頃どうなっていたことやら」


「しかしセルフィ殿……」


「ラルス様。ご質問も解りますが、一先ずここからの脱出を」


「むっ……。そうだな……」


 ラルスは魔力の枯渇状態と言うことでゼクスさんに肩を借りて階段を登り、セルフィ様はロキア君を抱えてその場を後にする。

 四人は急ぎ塔を後にし、馬のいる丘の方へと無事に避難することができた。


 ラルスとロキア君が救出される数分前の事……。


「あがっ!?」


「4人目か……。後見た感じ数人……。急ごう」


 ゼクスさんとセルフィ様と別行動に動き出した自分は階段を駆け上がる際、見張りの為に置かれていた盗賊の男を数人倒していた。


 また、2階には部屋は数個あったがどの部屋も荒らされた状態。

 その部屋の一つに盗賊が数人たむろい、下卑た笑いを出しながら後に手に入る予定の金の使いみちに酒を飲みながら会話をしていた。


 そんな奴らはまたパラライズのプレゼントを食らわせ、ゲートを開いて馬車の方へと寝かせておく。

 

 2階の制圧は完了と3階へと進む際、聞き覚えのある女性声の悲鳴が聞こえてくる。



「いやぁぁぁ!! ううっ……。ううっ……」


「おやおや。さっきまでキャンキャン吠えていた娘が今度は泣き出したぜ」


「……」


 3階には広めの大部屋がある。

 そこには連れ拐われたミアと、フロールス家の私兵の鎧を着た男、顔に傷のある男と残り数名の賊がいた。

 ミアの手足には、ラルスが付けられていた様に手枷と足枷がジャラジャラと鉄の音を鳴らしている。

 それよりも、逃げることも抵抗することもできないミアは、服を無理矢理に引き裂かれた様に肌は露出していた。


「くっ……。お父様……。お母様……」


 恐怖と羞恥に殺されそうになるミアは気が狂いそうに、涙を流しながら父と母の事を思い続けていた。


「餓鬼だと思っていたら随分と良い身体してんじゃねえか。なぁ、ここも使いやすそうだぜ」


「ううっ……。止めて、お願いします、止めてください……うっ……」


「はぁ? 聞こえませんね〜」


「はうっ! 痛い! お願い! 止めて!」


 鎧の男は下卑た笑いをだしながら、白い肌をしたミアの臀部をパシパシと音を鳴らしながら叩き続ける。

 軽い叩きであるが、下着であるドロアごしに伝わる男の手の感触がミアの恐怖心を更に湧き立ててしまっていた。

 そんなミアの姿は周囲の男達を興奮させるには十分な色気を見せ、既に男達の脳内ではミアは辱めを受けていた。


「おい……。商品と言うことを忘れるなよ」


 顔に傷のある男はミアが金になる商品であることを、興奮する男たちに念を押すように伝える。


「五月蝿え、解ってる! こっちは一度餓鬼のせいでお預け食らってるんだ! これ以上我慢させるんじゃねえ!」


「いやー!!!」


「五月蝿え!」


 ドガッ!


「「「「!?」」」」


 鎧の男がミアのドロアに手をかけ、引き下げようとした瞬間、扉のドアが勢い良く開けられる。

 激しい音を出しながら突然開かれたドアは少し崩壊し、そのまま留具が外れ、床にバタンと音を出しながら倒れる。


「何だ!?」


「……。最低だな」


「何だこの餓鬼は!!」


「……あぁ、うっ……うっ……。ああ……」


 カツカツと音を鳴らしながら部屋へと入る自分を見て、盗賊の男達は固まるように動きを止めていた。

 だが、入ってきたのは見た目ただの子供。

 鎧の男はまた行為を止められたことに苛立ちを立てながら、叫ぶように言葉を飛ばす。


 本来なら〈ハイディング〉スキルを使用したまま部屋へと侵入し、〈パラライズ〉スキルで今まで捕まえてきた盗賊の様に済ませればと思っていた。

 だが、部屋の扉を開けようとするが扉に鍵がかかって開かない。

 ならばと、鍵を開けるスキルの〈ロックピック〉を使用した瞬間、ミアの悲壮な叫び声が部屋の中から聞こえてきたので作戦を変更。

 ドア越しであるが〈蟲の目〉スキルでミアの大体の場所は解っている。

 自分は扉を勢い良く蹴り、鍵を壊して扉を開けた。

 部屋に入った瞬間、集まる注目。

 自分はミアの方へと視線をやった瞬間、またしても胸の中にどす黒い物を湧き立たせてしまった。

 ミアは泣きっ面になりながらも扉があった入り口の方を見て、彼女は言葉を震わせる。

 周囲にはミアと盗賊達しか居ない事を確認し、自分は部屋へと入る。

 その瞬間、近くにいた盗賊の男が自身の腰に携えていたフルーレを手にし、自分の首めがけて獲物を横振りにする。

 だが、その獲物が自分の首を切ることは先ず無い。ガキッっと音を出しながら弾かれるフルーレ。

 獲物を手にした男の腕を掴み、威圧を込めながら男を睨む。

 そして、ゴキッと音を鳴らしながらへし折れる男の腕。


「うっ、があっ!!」


「邪魔……」


 腕が折れたことに、自分の視界を遮るように前のめりになる男の腹部へと、左フックを一撃入れる。


「ゴヘッ!!」


 ボキッと鈍い音を出しながら、体をくの字に折ると、男はそのまま床に沈む様に倒れた。


「……! 何だって聞いてるだろがこの餓鬼は!」


 部屋に入るなり早々とやられてしまった仲間を見て、鎧の男は更に声を上げる。


「またお前か……。一度ならず二度までも、本当に人を苛立たせる……。取り敢えずお前たち、この場から動くな」


 叫ぶように声をかけてくる男を見て、自分は苛立ちを隠せなかった。

 森羅の鏡を使用した時、鎧の男はラルス、ミアの二人だけに留まらず、まだ幼いロキア君へと首を絞めると言う暴力を振るっている。

 更にはミアの状態を見ても褒められた行為ではない事は明らか。

 自分はこんな奴に口を開くのも嫌気が差す思いと、口を閉じる。


 素性を喋ることもせず、近づく子供を見て、鎧の男は沸点が来たかのように獲物を手にする。

 ミアを自身の胸の中に引き寄せ、他の盗賊へと指示を出す。


「殺せ!」


 鎧の男の指示に少しだけ躊躇いを見せた盗賊達だが、言われるがままと獲物を振り上げ、次々と自分へと斬りかかって来た。


「ミツ様!」


 次々と自分へと振り落とされる武器を見て、ミアは泣きながらも自分の名を叫ぶ。

 

 戦いで有利なのは攻撃の手数。

 一対一で勝負し、その戦いで勝つ可能性は、その戦う者の実力に反映する。

 だが、これが二対一、三対一、四対一と、戦う相手の数が多ければ、実力のある者であったとしても、勝つ可能性はゼロに近づくと、剣の訓練時にゼクスさんから聞かされていたミアは恐怖してしまった。

 剣の師であるゼクスさんに勝ったことのあるミツでも、一本の剣を受け止めれば、次の攻撃を受け止める事ができない。

 ミアはミツが四方八方からの攻撃に対処できずに、殺されてしまうと思っていた。

 しかし、それはミアの杞憂にしかならなかった。

 何故なら、見た目ただの少年にしか見えない子供へと武器を構え、攻撃を仕掛けた盗賊達は既に戦える状態ではないのだから。



「あっあ、ああっ……ああ……」


「ひっ! ひいぃぃ!!」


 何処ともなく聞こえてくるガチガチと歯を鳴らす音。盗賊達が振り上げた武器は、まるでその場で天を仰ぐかのように、天井に向けられたまま震えだす。


「動くなって言ったよ……」


 武器を構え、襲いかかる盗賊の男達に向けて〈威嚇〉スキルを発動。

 動きを止めるだけならこのスキルで十分であり、相手の戦意を削り取るにも、十分な効果を見せた。


 近い者から順番と腹部に〈ラッシュパンチ〉を発動。ドカドカ、ドカドカ、たまにボキッっと骨の折れる音が聞こえ、男達はその場に蹲る者や、衝撃に後方に吹き飛ぶもの様々。

 鎧の男の近くに盗賊の一人が仰向けに倒れ、苦痛の表情のまま気絶。

 男はふるふると体を震わせ、怒声と共に自分へと襲い掛かってきた。


「この糞餓鬼がっ!! 斬り殺してやる!」


「きゃっ!」


「ミア様!?」


 鎧の男は突然入ってきた子供に好き勝手と暴れられ、行為を更に止められたことに、完全に考えなしに突撃まがいの攻撃を仕掛けてきた。

 その際、ミアは男に押しのけられる様に壁へと強くぶつけられ、悲鳴を漏らし意識を失ってしまった。

 見た目肥満体質な体をしているが、動きは機敏であり、振り上げられた剣は鋭く振り下ろされる。

 しかし、それは一般的に見て鋭いだけで、昨日戦ったバーバリと比べたら、只の子供のチャンバラレベルである。

 振り落とされる攻撃を避け、横振りに振り切る攻撃をまた避ける。

 鎧の男の攻撃は自分の髪の毛一本すら切ることはでき無かった。


「うあぁ!! くそっ! ぐそがっ! ごばっ! な、何だ!? い、痛み?」


 その際、鎧の男が剣をひと振り、ひと振りする度と、男へと異様な現象が起きる。

 それは鎧の男が剣をひと振りする度に、突然顔に激痛、腹部に走る痛み、そして突然走る腕の痛み。

 怒りに血の登っていた男も、意味の解らない現象に少しづつと冷静になったのか、攻撃を止め後ろへと下がる。

 自身が攻撃を仕掛けた子供は攻撃を避けるだけで何もしてこない。

 いや、あると言えば自身の手足と腹部の痛みと震え、そして自身に向けられているその冷たい視線。

 鎧の男は何故自身がダメージを受けているのか、そして突然現れ、手下の数人を次々と倒すこの子供に、等々恐怖心を抱いてしまった。


 鎧の男に起きた現象。

 それは自分のスキルの1つ〈時間停止〉である。

 鎧の男が武器をひと振りするたびにと、顔には〈双拳打〉腹部には〈崩拳〉そして武器を握りしめる手には〈正拳突き〉。

 男の顔を見るたびにただの打撃で済ませることのできない、そんな苛立ちが込み上げ攻撃を避ける度に、自分からも攻撃を仕掛けていた。


「な、なんなんだよ!? 畜生が!!!」


 混乱しながらも怒声を込め、当たり散らすように叫ぶ鎧の男。

 そんな男を見て自分は聞きたいことを聞き出す。


「いくつか聞きたい。ここのリーダーは誰……。雇い主は誰……。そして、その子を泣かせたのはお前か……?」


「五月蝿え! 死ね!!」


 話をする気もないのか、壁に立てかけられていた大剣を手にした鎧の男、男は涙と鼻血を出しながら息も荒々しくその剣を大きく横振りに攻撃をしかける。

 普通なら自分程度の大きさの人ならバッサリと胴体と下半身がお別れする斬撃であった。

 

 だがしかし、それは普通で考えた結果でしかない。

 自分は怒りそのままに、向かってくる大剣を殴りつけた後、鎧の男の左腕に拳を打ち込む。


「ハッ、ヤァッ!!」


「うぎゃぁぁぁあああ!!!」


 バットの様に横振りに振られた大剣は突然重い衝撃を受け、地面へと突き刺さる。

 それと同時に部屋に響くボキッっと骨を砕く音。

 鎧の男は激痛に叫び声を出しながら大剣を握る手を見ると、腕は力を無くしたかのようにぶらんと腕がぶら下がって揺れていた。

 

 突然左腕に走る激痛に、鎧の男は膝を崩し、その場で泣き叫ぶことしかできなかった。 



「何だよ! 何だよ! いでえぇえ!! 腕が、おでのうでえぇえ! おいっ! おいいぃぃ! おばえもだだがえ!!!」


 泣き声状態に声を飛ばされた男。

 そいつも盗賊であろうか、顔に傷のある男は苦々しい表情を浮かべ、自分との距離と出口である扉を視線で確認する。

 だが、扉の前には数人の盗賊が倒れている為に素早く脱出は不可能と踏んだのか、それとも自分の異様なスピードに勝てる見込がないと思い立ったのか、顔に傷のある男はたらりと大粒の汗を流す。


「……くっ。 小僧!! 俺と取引をしないか!?」


「取引……?」


 顔に傷のある男は構えていた武器を鞘に戻し、戦意は無いことを主張するかの様に両手を広げ強く声を出す。


「ああっ! 俺が見たところ、お前はただの子供じゃねえ。アッサリとそいつらをのしたのがいい証拠だ……。俺はそいつらと違って賢く生きてえからな……。お前、さっき聞きたいことがあるって言ったよな! それに全部答えてやる! だからよ、俺だけでも見逃しちゃくれねえか!? 俺はそこの娘にも手は出してねえし、他の二人にも手は出してねえぜ? なんなら二人の居場所だって教えてやるぜ!」


「……」


「でめえぇぇ!! ふざげるなぁぁ!!」


「五月蝿い……」


 ザクッ!


「ぎゃぁぁぁぁあああ!!!」


 鎧の男が睨みつけながら立ち上がり、右手に近くに落ちていた獲物を手にした瞬間、男の右手首が宙を舞う。

 

 自分の右手には〈忍術〉スキルの〈嵐刀〉が風切音を出しながらシュルシュルと音を鳴らし握られている。

 

「おばえぇぇぇぇ!!!」


「話し声が聞こえない。少し黙って」


 怒りに泣き叫ぶ鎧の男の声が癇に障る。

 声を止める為にと、自分は男の首を絞めていた。


「あ、あがっ!! ごがっ!!」


「苦しい? 苦しいよね、首を絞めると息もできないし、声も出せなくなる。それに、こうやって力を入れて締め付けられると痛いよね? ねえ……。何か言えば?」


 バタバタと暴れ、首を動かすが掴まれた手からは男は全く逃げられない。

 締め付ける手を振り払うにも腕は片方は骨が折れ、もう片方は手首から切り落とされている。

 ギチギチと鈍い音が首を伝わり聞こえると、男は命乞いをするように必死に声を出す。


「や、やべで……。やべで……ぐだざい」


「……お前は止めなかったよな。あの子が苦しがってたのに……」


 森羅の鏡で見た光景をまた思い出すと腕に力が入る。

 指に力を入れると指が食い込んだのか、グチュっと気持ち悪い音が聞こえたと思うと、自分の手から男の血が手首へと伝わる。


「あ、あがっ……。……。」


 それが決め手となったのか、鎧の男は意識を切らせ、力を失ったかのように首をガクリと落とす。


(殺しはしない。でもお前は絶対に許さない。あの子達にやった事全てを……)


 このまま殺してしまいたい思いもあったが、今はまだ生かすべきと考えもあったので手を離し、床へと男を乱雑に放り捨てる。

 死んでしまっては困ると、男へと鑑定を使用し、HPを確認。

 鎧の男のHPはまだまだあるようで、回復の必要もないのでそのまま放置することにした。

 

「それで……。何を話してくれるの」


 取引とばかりに質問に答えると言った顔に傷のある男へと視線を戻す。

 無意識と〈威嚇〉スキルが発動したのか、それとも先程のやり取りで更に警戒されたのか、傷のある男はビクリと大きく体を動かす。


「!? ああ! 何でも聞いてくれ! そうだ、確かこの組のリーダーが知りたかったんだよな! ……そ、そいつだ! そいつが俺達の盗賊のリーダーをやっている奴だ! その男は人攫いだけじゃなく、捕まえてきた女共は必ずと言っていい程に犯しては殺してきた悪党だ! 俺達はそいつの指示に従ってきただけだぜ! 後は何だ?」


 傷のある男は鎧の男へと指を指しては、今までの悪事を告げ口するかの様にペラペラと喋りだした。

 命乞いとばかりに、随分と口がゆるくなったものだ……。

 考えるだけ無駄な事と早々に結論づけ、自分は次の質問を飛ばす。 


「……雇い主は誰?」


「……お、俺達を雇ったのは……」


 質問にまた口を閉ざす男。

 その反応にまたイラッとした気持ちになる。


「ちっ……。本当に苛つかせる……。早く話して、そうじゃないとお前もこうする!」


 自分は地面にうつ伏せに倒れた状態となっている鎧の男に近づき、男の左足へと足を振り下ろす。

 勢いもあって足はゴキッと音を鳴らし、床にヒビを作る程の衝撃が鎧の男へと伝わる。


 ドカッ!!

 

「うぎゃぁああああ!!!」


 気絶していた鎧の男も足をへし折られる痛みに、また叫び声を上げながら意識を取り戻す。

 その叫び声に体を大きく震わせ、男は自身達を雇った雇い主を喋りだした。


「ひっ! わ、解った。解ったから落ち着け。俺達を雇ったのは貴族だ!」


「貴族……」


「ああっ! しかも只の貴族じゃねえ! 驚くなよ、その貴族ってのはカバー伯爵家の領主様だ!」


(カバー家……。そう言えばここはカバー家の領地だったな……。領主直々に盗賊を雇った? いや、それだと足がつく可能性もある。恐らく領主の下につく者がこいつらを雇ったんだろう……なら)


「証拠は」


「へっ?」


「領主となる人が盗賊のお前らを雇うとも信じられない。何か証拠は?」


「そ、それは……」


「そう。なら、ないなら虚言としてお前もこいつと同じ目にする」


「ま、待て! 俺は嘘はついていねえ! そ、そうだ! 指示書がある!」


「……。 指示書?」


「ああ! ちょっと待ってくれ!」


 男は慌てながらも隅に置かれた木箱を開け、中の物をひっくり返す勢いに箱を横にする。


「あった! こ、これだ! これが領主様直々に雇われた証拠だ!」


 男が掲げたのは茶色い羊皮紙に、スクロール状に黒の紐が巻かれた物だった。

 鑑定すると確かに指示書と表示されている。

 自分は男へと近づき手をさしのばす。


「……。渡して」


「あっ、ああ……」


 男は恐る恐ると指示書を渡す。

 その瞬間、男はもう片腕に隠し持っていたナイフを素早く振りぬく。

 

「くたばれ餓鬼が!」


 カキーンッ!!


「!?」


 男は信じられない思いに襲われた。

 それは自身が不意をつき、子供の首元にと突き刺したナイフ。

 それがナイフが首元に当たった瞬間、まるで鋼鉄の盾にでも弾かれたように金属音を出し、突き刺したはずのナイフが床へと落ちる。


「解ってた。お前がナイフを隠し持っていたことも……。だから油断を見せた。それと、お前が嘘を付いていることもね!」


 唖然と転がるナイフを視線で追う男の顔面へと、自分は拳を打ち込む。

 

「ゴヘッ!!」


 一撃で男の意識を刈り取ったのか、男は鼻血を大量に吹き出しながら仰向けに倒れる。

 

 顔に傷のある男。

 実はこの男、先程から怪しい点はいくつもあった。

 自分は鎧の男を鑑定した際、一緒にこの男も鑑定をしていた。

 するとビックリ仰天、この盗賊をまとめるリーダーは、今鼻血を流血させている顔に傷のある男の方であることが判明していた。

 よくよく考えることでもないが、普通、下っ端に使われている者、ある程度使われている盗賊であっても、雇い主を知る者は少ないだろうし、更には指示書のありかを知るわけがない。

 それだと言うのに、この男はさも当たり前の様に木箱から貴族からの指示書を取り出した。


 内心ため息を吐きながらも、一先ずラルス達を拐った盗賊達は全て片付けることができた。


「ふぅ……。気分のいい物じゃない……。さて……。この指示書は出すべき場所に出すものだな……」


 手に持つ指示書。

 ラルス達の誘拐を促した犯人の証拠になるものでもある。

 自分はアイテムボックスへとそれをしまい、気絶しているミアへと近づく。

 幸いミアは怪我らしい怪我も無く、顔は涙を流したのか赤く腫れている以外は外傷は見られない。 


「ミア様、ミア様。起きてください、ミア様」


「うっ、……うう。ミ、ミツ様……はっ!? ミツ様!」


「良かった、ミア様、痛いところはありませんか?」


 軽く呼びかける声に直ぐに目を覚したミア。

 自分の顔を見た後、周囲に倒れる盗賊達を見て、ミアは大粒の涙を流し始めた。


「えっ!? あっ! そ、そうだ、私……うっ……。ミツ様! 助けに来ていただけたのですね。私、わたくしは! ううっ、うあああぁぁぁ。ありがとうございます! 本当に怖かった、ううっ、ううっ。ああぁぁぁぁ!!」


「大丈夫、大丈夫ですよ。無事で本当に良かった。それに、ミア様もラルス様も姉として兄として、弟を守りましたね。本当に立派でした」


 泣きながら自分の胸に顔を埋めるミアの頭を優しく撫で、森羅の鏡で見た光景を思い出しながらミアへと慰めの言葉をかける。

 その瞬間、ミアはまた顔を青ざめさせ、震えながらもロキア君達の救出を願ってきた。


「ああっ、そ、そうだ。ミツ様、ロキアを! 兄をお助け下さいませ!」


「はい。勿論です、と言いたいところですが。ラルス様とロキア君なら、既にゼクスさん達が救出してますからもう大丈夫ですよ」


 ミアの言葉に答えるように、ゼクスさん達の位置をマップで確認。

 既に二人を救出したのか、四人のポイントは塔の外に表示されていた。


「え、ゼクスが……。そう、良かった……ううっ……」


「ミア様、一先ずゼクスさんの居る外へと行きましょう。とっ、その前にこれを」


「これは……」


 ミアに渡したのはアイテムボックスに入れていたバスタオル程の大きさのある布と、自分の寝間着として使っている衣服。


「いや、自分の服で申し訳ないんですが……。その…。その格好で皆の前に出る訳には……」


「!? ……うっ。」


 ミアは自身の今の服装を見た後、また大粒の涙を浮かべ始める。

 それはそうだろう、ミアの今の格好は下はドロアを着ているが、上の服装は無理矢理に破かれたのか、素肌が見え、隠すべき胸などを全然隠してはいないのだから。


 恐怖心がまた湧き出できたのか、それとも恥ずかしいと言う羞恥心から溢れる涙なのか、ミアに急ぎ布を巻き、言葉をかける。


「あっ、ごめんなさい! だからお願い、泣かないで下さい!!」


 顔を真っ赤にしたミアへと〈コーティングベール〉を使用し、ミアの心を落ち着かせる。

 一先ずミアを無事に救出できた事をゼクスさんへと知らせる為にと、四人の居る丘の場所へとゲートを開いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る