第107話 試合開始と潜入開始
予定としていた一回戦出場選手のラルスの棄権。
続いて二回戦出場予定としていたミツも棄権。
このことにミツの仲間たちは何かあったのではないかと不安に襲われていた。
「なあ、ミツの所に行ってみねえか?」
「行くって、どこにですか?」
兄であるリックの言葉に、質問するリッケ。
「そんなの決まってるだろ。選手の控室なり、宿泊してる宿にだよ」
「でも、参加者じゃない私たちが行ってもミツに会えるのかしら?」
すぐに行動と、席を立ち上がるリックを呼び止めるリッコ。
周囲の不安と思う気持ちを振り払うように、ギーラとアイシャの二人が昨日のミツの事を話し出す。
「うむ。まあ、ミツ坊のことじゃ。あの者に何かあったとも考え難い。恐らく、試合よりも大切なことがあったのかもしれんぞ?」
「そうだよね……。ミツさん、教会で昨日の夜も皆のご飯作ってくれるぐらいに、ずっと元気だったもんね?」
昨日、ミツは露店の買い物を終えた後、雨が強くなってきた事にミーシャとローゼとはその場で解散し、プルンの教会へとアイシャとリッコを連れて帰っていた。
今日も子供たちを連れて臨時のお風呂場へと行く予定だったが、外は風も強く、せっかくお風呂で汚れを落としたとしてもまた雨に濡れてしまうと言う事で、ミツが作った井戸小屋のお風呂場で雨に濡れた身体を流すことになった。
井戸小屋は以前の井戸とは違い、小屋と言う程に、雨水などが入らない屋根のある小屋である。
その場で飲水のための水を汲めたり、近くではお湯をすぐに沸かせる様に炊き場をミツの〈物質製造〉で作られている。
三人が濡れた身体を温めている間と、ミツはプルンのリクエストに応えるように、アイテムボックスからスパイダークラブの足を出しては晩御飯の準備に取り掛かっていた。
アイシャの母と祖母であるマーサとギーラ、そして教会のシスターであるエベラとサリー、ミツを含めて5人での調理にて、教会内はとても美味しそうな匂いに包まれていた。
匂いに釣られたのか、早々と戻ってきたプルン達が席についたと同時に食事が始まる。
テーブルに皆が座る場所も足りないので、先に子供達が食べ、ミツは次々と料理を仕上げていく。
スパイダークラブの身はとても調理しやすく、揚げ物、炒め物、煮物、汁物等々。
アイシャ達もこんな美味しいものは初めてだと言って、満腹感を味わえる程に黙々とスパイダークラブの身を食べていた。
プルンもリクエストに満足したのか、おなかいっぱいと猫の様にソファーの上ですぐに寝てしまう程であった。
食事が終わり、昼間に激しい戦いを繰り広げたミツが談笑混じりに話をするも、話を聞いた面々はミツの試合を思い出し、アイシャ本人と祖母であるギーラはうんうんと素直に話を聞いていたが、バンやマーサは苦笑い。
時間も時間とリッコを〈トリップゲート〉で家まで送りその日は何事もなく次の日を迎えていた。
その話を聞いて、今日もリッケの隣に座っていたマネがアイシャへと声をかける。
「飯って! あいつはあの化物とあんな戦いを繰り広げて飯を作ってたのかい!?」
「う、うん……」
突然自身にかけられた声に驚くアイシャ。
その対応に、マネの横に座るシューが彼女の脇へと肘を小突く。
「マネ、その子驚いてるシ」
「ああ、悪ぃ。大きな声出しちまったっての」
「お嬢ちゃん、マネは怖い顔してるけど怖くないシ」
「そうそう、顔は怖いけど中身はって、オイッ! シュー、誰が怖い顔だって!?」
「まあまあ。マネさんも落ち着いて下さい。(マネさんは怖くないですよ。あなたは、と、とても美しいです……)」
内心でしか彼女へ本音が言えないリッケのピュアな心は、怒り顔をシューに向けているマネが気づく訳もない。
「全く! せっかくリーダーが応援に来てくれてるのに、あの子は何してるのよ。ねえ、リーダー」
隣でマネとシューの言い争いもしりめに、自身の隣に座る姉へと言葉をかけるエクレア。
「……フッ。坊やの事だ。意外と直ぐに私達の前に姿を見せるんじゃないかい。私達が今心配しても無駄な気がしちまうよ」
マネ達の姉であるヘキドナは腕組みをし、考えるだけ意味がないとサラリと話を切り捨ててしまった。
言葉は素っ気なく聞こえるかもしれないが、ミツの戦いを今まで見ていた面々は苦笑を浮かべるしかできなかった。
「でも残念ね〜。今日も彼の戦いが見れると期待してたのに」
周囲がミツの事を思い苦笑いしている中、少し色気を模した口調の声が耳に入る。
「ミーシャ、まあ良いじゃねーか。アイツに賭けた分は運良く当たり券になったんだしよ!」
「もうっ! トト、私は彼が戦う姿が見たかったのよ! ミミちゃんも見たかったわよね〜」
「あ、は、はい……。私はその……」
ミーシャの質問に言葉を詰まらせるミミ。
彼女は昨日のミツの戦いを見て、まだ心に落ち着きを取り戻せてはいなかった。
トトもミミ同様に帰るまで気が気でない状態だったが、彼は単純な性格だけに、家に帰って寝て起きた時には既に気にもしていない状態に戻っていた。
「もう、ミーシャ、あんまりミミを虐めるんじゃないわよ。ミミ、大丈夫。あなたも彼に会えばその不安も無くなるわ」
「お、お姉ちゃん……。うん」
「あらあら。ローゼは相変わらず従妹のミミちゃんには甘いわね〜」
「家族なんだから当たり前でしょ」
「……」
ミツの戦いを思い出すだけでもまだ少し怯える様に震えるミミの頭を優しく撫でるローゼ。
人と兎人と種族は違う二人だが、二人は血の繋がりのある関係である。
見た目も違う二人だが、傍から見ても二人は仲のいい姉妹に見える程であった。
そんな二人を無意識と視線で追ってしまうヘキドナは、二人を若い頃の自身と亡くなってしまった妹のティファに重ねて見ていた。
「姉妹かい……。ふっ……。そうだ……。シュー、すまないが一つ頼まれちゃくれないか」
「んっ? アネさん、なんだシ?」
ヘキドナは思い出したかの様にシューへと一つお願いと言葉を伝えた。
シューへ一つの麻袋を渡し、それを受け取ったシューは疑問符を浮かべながら席を離れて何処かに行ってしまった。
妹分であるマネとエクレアは何を頼んだのかと質問するが、ヘキドナはやられた分を取り返すだけだよと、二人には意味の解らない言葉を述べ、彼女は少しだけ頬を上げていた。
暫くして、ようやく始まる試合。
観客の手には出場選手の賭け札が握られ気色満面と席に戻り始めていた。
その流れに合わせるようにシューが戻り、そしてプルンが皆の座る席にと戻ってきた。
「戻ったニャ〜」
「あっ! プルン、遅いわよ! それより、ミツの事なんだけど、プルン、あなた何か知らない?」
席に座るなり、リッコに問い詰められるように質問されるプルンは選手待合ホールであったことを話し始める。
大会係員の目を盗み、ミツがいる待合ホールへと壁をよじ登り侵入したプルン。
そこで対戦相手のファーマメントとお茶を共に飲んでいるところに、突然ゼクスがやって来てはミツを連れて行ってしまったこと。
そして、ミツの食べ損ねていた焼き菓子をファーマメントから受け取り食べて戻ってきたそうだ。
プルンの説明に呆れながら考える面々。
何故ゼクスがミツを連れて行ったのかと質問するリッコ。
それが原因として、何故ミツが試合を棄権することになったのかと考えを口にするリッケ。
そして、何を呑気にお前は菓子を食ってきてるんだとツッコミを入れるリック。
ミツがゼクスに連れて行かれたと聞くと、連れて行かれては会うこともできないと仲間たちは結論を付けた。
ミツの試合が見れないのは残念だが、折角の武道大会最終日。ここで観戦を止めるのも勿体無いと、皆はこのまま勝ち残った三名の戦いを最後まで見ることにした。
改めて観戦席は満席。
今度こそ始まれと思う気持ちに、観客達のざわざわとした声が止まらない。
そんな中、ドラの音が響き、実況者であるロコンが高らかに選手入場の声を上げる。
入場してきたのは先ずはステイル。
そしてローブに身体と頭をスッポリと被り、相変わらず素顔を見せないファーマメント。
最後に入場して来たのは、全身を銀色のフルアーマーの鎧に身を固めたラクシュミリア。
三人が姿を見せ、闘技場に上がったことに観客は更にヒートアップ。
「皆様! 皆様! 大変誠にお待たせいたしました! 一回戦開始時刻より既に二刻が過ぎようとし、皆様の試合に対するご協力、誠に大会関係者一同感謝の念が耐えません! ですが、皆様は我々の言葉よりも待ち望んでいる物があると思います! そうっ! 今から行われる事実上の準決勝戦でございます!!!」
「「「おおおおおっっっっ!!」」」
「早く始めろや姉ちゃん!」
「せやせやっ! こっちは昼前から待ってんやぞ!」
「それでは、皆様のお待ちかねである試合を始める為に、早速選手には入場して頂こうと思います!」
「「「うおおおおおっっっ!!!」」」
空気が割れると思えてくる程の観客席から聞こえてくる歓喜の声。
実況者のロコンへ急かす言葉も聞こえてくるが、それは興奮からくる言葉で悪意は感じられない。
ロコンもそれを理解してなのか、実況者として、プロとして更に会場を盛り上げるためと、話をすすめる。
「さて、選手が闘技場の上に揃いましたところで、ここで武道大会主催者である、領主ダニエル・フロールス様からお言葉があります。皆様どうか、ご静聴よろしくお願いします」
ロコンの言葉に騒がしかった観客の声が少しづつ収まっていく。
貴族の言葉を遮るだけでも不敬罪に問われるのだから、庶民が口を閉ざすのは当たり前。
だが、ライアングルに住む民は、基本領主であるダニエル様を尊敬している為に、自然とこう言った素直な対応を取ることが当たり前となっている。
貴族席に戻り、周囲の注目を浴びながらダニエル様は席から立ち上がり、声を拡散する魔導具を握りしめる。
遠目からは見えにくいが、ダニエル様の額には大粒の汗が出ている。
「……」
「アナタ……」
「旦那様、しっかり……」
自身を支えるかのように左右の席には婦人であるパメラ様とエマンダ様が座っている。
自身の子息の安否を考えるだけでも心押しつぶされる思いのダニエル様だが、今は三人を捜索しに出たミツ達を信じるしかできない。
領主としての責任と義務を果たす為にと、ダニエル様は二人へとコクリと頷き、乾いた口を開く。
「このライアングルに住む民達よ……。また、近隣各国より遥々と足を運んでいただいた皆々様には、先ずは詫びを申し上げたい……。本来予定としていた一回戦、我が倅であるラルスとステイル選手の試合が行われなかった件。また、二回戦のミツ選手とファーマメント選手の試合。この2つに対して、試合を待ち望んでいた皆の期待を裏切った事に、私は心より謝罪する……。 倅のラルスの棄権であるが……」
冷静を保ち、ダニエル様は先ずは試合に対する謝罪をする。
それと、行われなかった試合の理由を口にしようとした時、自身の倅である姿が脳内をよぎりダニエル様の言葉を止めてしまった。
ダニエル様は奥歯を噛み締め、一度一呼吸、間に入れ、再度口を開く。
「……。どうやらこの試合に出ることに興奮していたのか、昨晩から体調を崩してしまい、万全の状態ではないと言うことで棄権を報告された。いや、歳も18を過ぎると言うのに、まだまだ心は子供だったようだ。親として顔から火が出る思いである、ははははっ……」
ダニエル様の談笑を交えた説明に、観戦席からは笑い声が聞こえてくる。
また、ラルスに何かあったのではと心配していた民も居たようで、ホッとしたため息もチラホラと聞こえていた。
ダニエル様は自身が口にした言葉に腹の虫が治まらない思いに襲われていた。
何が体調を崩しただ、何が万全ではないだと……。
「それと、二回戦出場予定であったミツ選手は、昨日の試合の影響もあってこれまた棄権の連絡を受けた……。いや、本日も試合を楽しみにしていた者、つまりは私も残念である」
この言葉に隣に座るパメラ様、エマンダ様は目を伏せ、心の中で一心とミツへ謝罪の言葉を述べていた。
マトラスト様からの知恵を拝借し、ダニエル様の決断として、ミツの試合を勝手に棄権扱いにしたことに心を痛めてもいた。
「今回、今闘技場におる三名。この三名での戦いは武道大会としては初の試みであるが、皆の期待に応えてくれる試合を見せてくれるものだと私は信じておる。皆の者、三人の顔をよく見るがよい! どれも勇ましく勇敢にも戦い、そして今闘技場に立つ選手こそ本当の勝者を決めるに相応しいとは思わぬか!? さぁ! 選ばれた選手たちよ! 貴殿たちの力を魅せ、勝利を掴みとるが良い! その場で最後に立つものこそ栄光を掴みとるのだ!」
「「「うおおおおおっっ!!」」」
領主様の言葉が終わると同時に、観戦席から湧き上がる興奮鳴り止まぬ声が、武道大会会場を埋め尽くす。
「領主様、お言葉ありがとうございました。観戦席は領主様のお言葉に当てられたのか、早速試合を見せろと、大変大いに盛り上がっております! さて、今までの試合とは違い、今回は三名同時に戦いとなります。どのような戦いが繰り広げられるのか! 今、審判を囲み、ラクシュミリア選手、ステイル選手、そしてファーマメント選手三名が見合わせます」
闘技場では三人の選手がロコンの言葉通りに、審判を囲み互いに警戒し、睨み合っていた。
「ルールはバーリトゥードに変更はありません。降参宣言をした者への殺害行為は反則負けとなります。三名いるからと言って、誤って降参した者へ攻撃を仕掛けないように気をつけて下さい」
審判の説明に、各々が頷き返す。
「フフッ。これは面白い相手との戦いができそうですね。国の指折りに入ると言われた剣士殿との戦いだけではなく、素性も解らぬ魔術士とは言え、貴方もそこそこできるお人。私が勝利すれば剣士と魔術士。錬金術士こそが両者よりも遥かに優れた者と証明できるでしょう。なんと素晴らしい事でしょうか。フフッ、フフッ」
「「……」」
差も既に自身が勝利を確信したかのようなステイルの言葉に、ラクシュミリアとファーマメント、二人の視線が突き刺さる。
「おや。強者を前に言葉も出ませんか?」
二人が無言であった為に、それを肯定と勘違いしたのか、ステイルは気味悪い笑みを浮かべながら喋り続けると、いい加減にしろとラクシュミリアが口を開く。
「黙れ……。貴様の言葉は雑音でしかない。耳障りだ……」
「なっ! ざ、雑音ですとっ!」
「フッ……」
ラクシュミリアの言葉が的を得ていたのか、ファーマメントが手を口に当て吹き出す笑いを堪える素振りを見せる。
だが、目ざとい彼は、自身を小馬鹿にする笑いを見過ごしはしなかった。
「貴方! い、今私を笑いましたね! 誰よりも知性に優れた私を!」
「お三名の方々、そろそろ立ち位置にお戻りください」
今にも戦闘が始まりそうな雰囲気を出したステイルを止めるように、審判が静止の声と共に三人を立ち位置へと戻す。
「許しませんよ。高貴なる私を、愚民であり平民上がりの騎士と素性も解らぬ愚か者が笑うなど……」
ステイルは沸点が低いのか、先程のやり取りで既に二人へと怒りを積もらせていた。
「三人の選手が立ち位置に立ち、顔を見合わせる状態となりました。審判もどのような攻撃が繰り広げられるのか解らないため、試合開始の声は闘技場の外からかけるようです。ラクシュミリア選手、自身の腰の剣に手を添え構えを取る。ステイル選手、ファーマメント選手の両者は構えを取っておりません」
「それでは! 始め!」
審判の声が高らかと響く中、ラクシュミリアは先手のひと振りが振りぬかれる。
「残刀……」
ガキンッ!
「「「!?」」」
「なっ!? 何と言う事でしょうか! 審判の開始の声と同時にステイル選手が後方に倒れました!!! それと不思議なことに、なんとファーマメント選手の前に何やらバッテンの様な白い跡が突然金属音と共に現れました! こ、これは一体どう言う事なのか!!」
「……防いだのか」
試合開始と同時に倒れるステイル。
それとは別にファーマメントの前に現れた白のバッテンの模様。
「ステイル選手が倒れたと言うことは、これはラクシュミリア選手かファーマメント選手のどちらかが攻撃を仕掛けたと言うことでしょうか!? んっ、今、ファーマメント選手の前が光ったような……? あ、ああ! 解りました! 何と、ファーマメント選手の前に現れました白いバッテン! 皆様、ご覧ください、あれは氷の壁に刻まれた斬撃の後です! つまりは、攻撃を仕掛けたのはラクシュミリア選手! 何と言うことでしょうか! ラクシュミリア選手、試合開始と同時に両者に向かって攻撃を仕掛けていた! しかもその攻撃の動作も解らぬ速さ! あまりにも速度が早すぎた為に目で追うことができませんでした! しかし凄い! ラクシュミリア選手の攻撃の速さも言わぬことながら、ファーマメント選手、攻撃を氷壁にて防ぎました! 残念ながらステイル選手は抵抗もできず、ラクシュミリア選手の攻撃をもろに受けたのでしょう、今、審判が駆け寄り、ステイル選手の状態を確認……えっ!」
ロコンが熱く実況を続ける間と、審判は倒れたステイルへと直ぐに駆け寄り、意識を確認しようと彼の顔を覗き込もうとした時、ステイルはスッと上半身を起こし、何事も無かった様な態度のままに審判へと言葉を返した。
「ステイル選手。戦いは続行しますか!?」
「クククッ。無論、少し驚いたが問題ない。私にはダメージはありませんからね」
「はっ? ダメージが無いって、ああ!」
立ち上がるステイル。彼がラクシュミリアから受けたと思われる攻撃された場所を見ると、審判は声を出す程に驚く。
「おおっと! 倒れたと思われたステイル選手、何やら鎧のような物をローブの下に何か着込んでいたようです! 着ていたローブはラクシュミリア選手の攻撃で破けてしまったが、その下に着ている防具によって本人には傷が見当たりません!」
ステイルは何処から出したのか、手に小手を付け、自身に攻撃を仕掛けたラクシュミリアを見る。
「いやはや。貴方の予選での戦いを見ていて正解でしたね……。さて、初手は差し上げました。次は私の番でしょうか! ハッ!」
「「!?」」
ドカッ!
ステイルは掛け声をその場に残す程の速さでラクシュミリアとの距離を縮める。
一気に距離を縮めたステイルは勢いを載せた蹴りをラクシュミリアへと繰り出す。
鈍い打撃音が響き、勢いそのままとラクシュミリアが闘技場の外まで吹き飛んでしまった。
「なっ!! 何と! ステイル選手、錬金術士でありながら途轍もない速さに、ラクシュミリア選手へと蹴りの攻撃を仕掛けた! その勢いも凄まじく、ラクシュミリア選手、闘技場の外へと吹き飛びました! ですが、当の本人は勢い良く吹き飛ばされたと言うのに、ラクシュミリア選手、綺麗に受け身を取り、ダメージがないように見受けられます!」
「おやおや。力を抑えすぎましたかね? まあ、強化アーマーはしっかりと動いてくれている様ですから良しとしますか……。さて、不快な貴方方は早々とこの舞台から降りて頂きたいのですが、如何でしょうか?」
「降ろしたいのであれば、貴様の力を示せばよい……」
「自分はその気はないので、その提案には辞退します」
「……。知恵も無き愚者の意見など聞く気など、元々ありませんよ!」
((なら、何故聞いた……))
剣を抜き、構えを取るラクシュミリア。
得意の火玉を出し両者に向けるファーマメント。
虫網の様な魔導具を構えるステイル。
挨拶は終わりと、三者の戦いが始まる。
「ニャ〜……。ミツ、本当に何やってるニャ……」
観客、大会係員全てが激しい戦いに見入る中、一人の少女だけが別の目線で戦いを観戦していた。
∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵
拐われてしまった三人を助けるためと、自分のマップのスキルのナビで全力に馬を走らせるゼクスさんとセルフィ様。
草原を駆け抜け、森を抜け、既にフロールス家の領地からは外れ、近道とばかりに今は丘を登っている。
「少年君、まだなの!?」
言われるがまま、長時間馬を走らせていたセルフィ様も、今、何処を走っているのか解らなくなっているのか、まだ着かないのかと顔を曇らせながらも馬を走らせ声を飛ばしてくる。
「もう少し……。あっ! 見えました! あれです! あの建物の中に三人がいます!」
丘を越えた先に見えた物。
それはゼクスさんが言っていた、盗賊などから近くの街や村を守るための見張り塔であった。
管理する人がおらず、塔は長年放置されていた為に植物のツルが根本から生え、塔を守る外壁にはひび割れが見える。
「んっ! ゼクス! 貴方の言ってた見張り塔はあれの事!?」
「はっ! 左様にございます! ふむ……。しかし人が長く使っていない場所だと言うのに、あの塔には違和感しかございませんな」
「ゼクス、どう言う意味なの?」
「セルフィ様、使われていない塔から煙が出ることは先ずありません……。それに……」
ゼクスさんは塔の一部を指で指し示す。
何かしら暖炉などを使っているのか、その場所からは薄っすらとだが煙が見えていた。
そして、更に付け加えるように、ゼクスさんは視線を動かす。
その視線の先にあるものに自分は気づき、声を出す。
「あっ! ゼクスさん! セルフィ様! あそこを見てください! 塔の下、馬車が見えないように隠されてます!」
「!? あれは明らかに道沿いからは見えない様に隠しているわね……」
「フム……。ミツさん、セルフィ様。先ずはあの馬車を確認いたします。お二人は身を隠してお待ちください」
「ゼクスさん、一人で馬車を確認しに行かれるんですか?」
ゼクスさんは自分に馬の手綱を握らせた後、馬から降り、自身が偵察として馬車の所へ出向く事を伝えてくる。
「左様にございます。あれが本当に盗賊の馬車となれば、賊も恐らく馬番を置いているでしょう……。多勢として調べるよりも、私が一人で行った方が見つかる確率も低いですからね」
「そうですか……。でもゼクスさん。お言葉ですけど、ゼクスさんが行くより自分が行った方が偵察には最適だと思いますけど?」
自分も馬から降り、馬の手綱をゼクスさんへ返し、笑みを浮かべる。
ゼクスさんは少し考えた素振りを見せた後、思いだしたかのように笑い出す。
「はて……。んっ! そうでした。ミツさんの言うとおりでございますね。 ホッホッホッ。私としたことがあのことを失念しておりました」
「ゼクス、なんの事よ!」
互いに笑う自分達を見て、セルフィ様は自身だけが解っていないことに少しご立腹であった。
「はい、セルフィ様。口で説明するより、ご本人の目で見て頂いた方がご理解頂けるかと。そのままミツさんの事を目を離さず見続けて下さい」
ゼクスさんは笑みを浮かべながらセルフィ様の前に自分を立たせる。
全く、この人はこんな時でも、人が驚く表情が見たいのかと思いつつ、セルフィ様に視線を合わせ、スキルの〈ハイディング〉を使用する。
瞬きの時間も取らず、忽然と姿を消した自分にセルフィ様は目を見開き驚きの顔となる。
「えっ? 少年君を……。 ……!? ええっ!? 少年君が、き、消えた!?」
セルフィ様は首を左右と動かし、消えてしまった自分を探す。と言っても、自分はスキルを使ってその場から一歩も動いていないので、セルフィ様が左右に動くたびに、彼女の少し露出した服の隙間からチラチラとセルフィ様の中型山脈が見えてしまうので困ったものだ。いや、本当に困った困った。
「ホッホッホッ。いやはや、一度自身でも経験したことを忘れてしまうとは。やはり、まだ私めは冷静な判断ができていないようですな……」
スキルを解除すると、セルフィ様は軽く驚きの声を出したが、口元を抑え、何かを考えるように視線を下に下げてしまった。
ゼクスさんは少し反省するかのような言葉を述べていたが、自分はゼクスさんの頭の回転の速さに感心していた。
「いやいや。ゼクスさんは十分凄いですよ。ほんの少し考えただけで思い出されたんですから。と言うことで、自分が馬車のところまで行って確認します。その後、安全が確認できましたらゲートを開いてお二人を呼びますね」
「ははっ……。君は本当に何でもありね。でも、今はそれがとてもありがたいわ。頼んだわよ!」
「はい。では行ってきます!」
苦笑いのセルフィ様。頼んだと思う気持ちに頷き、丘を降りようとしたその時、ゼクスさんから言葉が入る。
「……ミツさん。一つだけよろしいでしょうか」
「はい、何でしょうか?」
「相手は盗賊。されど同じ人。ですが、躊躇ってはいけません。躊躇えば誰かが傷つき、そして後悔を生みます。もし相手を殺してしまう事、それが恐怖と感じるなら、後の事は私にお任せください」
「……はい」
この後を考えたら、盗賊との戦闘は回避できないかもしれない。
ゼクスさんは真剣な眼差しを向け、いざと言う時の抜け道を指し示す言葉をくれた。
その言葉の意味をすぐに理解できた自分は深く頷き、ハイディングスキルを使い、馬車の所へと足をすすめた。
足音に気をつけながら馬車へと近づくと、馬車を背もたれにした二人の姿が見えた。
(いた……。二人か……)
二人のうち一人は気が立っているのか、足元に落ちていた石を拾い、塔に向かって投げつけていた。
「糞っ! 馬の番だなんてツイてねえ!」
「全くだ。あいつ、今頃あの娘で楽しんでるんじゃねえか?」
合わせるかのように、もう一人の男も手に持つ剣を塔へと向け、塔の中に連れて行かれた女の話をし始めた。
「へへっ。馬車から下りる時に多少また暴れやがったが、チビの餓鬼に刃物突きつけただけで大人しくなりやがったしな」
「でもよ、やっちまったら娘の価値が下がんじゃねえか?」
「処女を奪えば値は下がるが、俺達には関係ねえな。元々男を知っていたと言えばなんとでも理由つくさ」
「何だそりゃ。なら、ここまで来るまでに馬車の中でやっちまえば良かったじゃねえか」
「ハァ? オメェこんな焼死体の臭いの中、女を犯して興奮するのかよ? 俺はごめんだね」
「そうか? 俺は別に構わんが」
「うげっ……」
(三人は既に中か……。取り敢えずこの二人は邪魔だな……)
見張りとは名ばかりに、談笑を繰り返す二人の男。
「でよ、あの娘の足元によ……」
(パラライズ)
バタッ!
「なんだぁ? 人が話してる時に寝てんじゃねえよ。おいっ! えっ……お、おい?」
自身が話している最中と、もう一人の盗賊の男が地面に眠るように倒れたのを見て男は不機嫌になり、倒れた男を足蹴りに仰向けにする。
すると倒れた男を仰向けにすると、男は口から泡を吹き出し、白目を向いて気絶していることに驚く男だった
「オイッ! どうした!? チっ、毒虫か!? いや、この辺には居ないはず………なら、何で!」
「それは自分がやったからですよ」
突然聞こえてきた少年の声に驚く盗賊の男。
「!? 誰だお前は!」
「大声を出さないでください」
男は手に刃物を構え、威圧を言葉に載せる。
近くに盗賊の仲間が潜んでいるかもしれない。
男の声が聴こえ、盗賊の仲間が集まってしまうかもしれない。そう思い、自分は盗賊の男へと向かって〈威嚇〉スキルを発動。
男は突然襲われる恐怖に、口や足をカタカタと震わせはじめる。
「ひっ、ひぃいい! あ、あああ、あわわわ!!!」
震える足では自身を支えることができなかったのか、男は尻餅をついて後ろへと後ずさる。
「貴方もこの人の様に気絶させても良かったんですけど、その前に聞きたいことができましたので、一つだけ質問を良いですか……?」
「あ、わわわわ。く、くくるくら、来るな! ち、近寄るんじゃねえ! ぶっ刺されてえのか!!」
手に持つ刃物を無造作に振り回し、一歩一歩と近寄る自分を止めようとする盗賊の男。
「先程子供に刃物を突きつけたと言う話は、本当のことですか?……」
「だ、だから何だ! ちっ! いきなりで驚いたが、よく見たら餓鬼じゃねえか……。そうだ、こいつは餓鬼だ……。糞が! ああっ! そうだよ! 娘が騒ぎ暴れやがるから、餓鬼にこのナイフを突きつけてやったんだよ! それよりもだ、小僧が、こいつに何しやがった!」
「そうですか……。抵抗もできない子供に刃物を……。……この人には少し寝てもらいました。話は終わりなので、もう貴方も寝てていいですよ」
「糞餓鬼が! ぶっ殺してやる!」
「(パラライズ)」
「うおおお! あがっ!?」
ゴドッ!
男へかけていた威嚇スキルを解除した瞬間、男は勢い良く自分へと襲い掛かってきたが、そこは残念。
自分は盗賊の男へと身体が麻痺になるパラライズのスキルを使用すると、男は身体が麻痺状態、足をもつらせ、そのまま馬車へと顔面をぶつけて倒れてしまった。
「あ〜あ。顔面から落ちたか……。まあ、いいか。起きたら面倒臭いし、ついでに糸出しのスキルの糸で縛っとこうかな」
〈糸出し〉スキルで出した糸をロープの様に使い、二人の盗賊をぐるぐると縛る。
他の盗賊に見つからないように、馬車の影に二人を隠す。
「さて。音を出しても誰も来ないか……。入り口には誰も見張りを置いていないのかな……?(蟲の目っと……)」
他にも見張りが居るのではないかと、周囲を見渡すが人の気配を感じない。音を殺して隠れているかもしれないと思い〈蟲の目〉を発動。
人は音や気配は隠せても、体温を隠すことは不可能なのだから、もし隠れているならこれで見つけ出せる。
だが、蟲の目のスキルを使用しても、塔の周囲には誰もいない。
ゼクスさんとセルフィ様のいる丘の方に視線をやれば、二人の体温がゆらゆらと動いているのが確認できている。
(ふむ……。あえて見張りを立ててないのか……。いや、考えたら、ロキア君達の馬車が襲われた時に、数人ラルス様が倒してたな。見張りを立てる人の数が居ないのかも。えーっと。塔の中は……。2階と3階に人影が見える……。ああ、地下もあるのか。取り敢えずゼクスさんとセルフィ様を呼ばないと」
馬車を止めている所から少し移動し、塔から見えない岩陰に移動。
そして、ゼクスさんとセルフィ様のいる丘にトリップゲートを繋げる。
「「!?」」
「ゼクスさん、セルフィ様。おまたせしました」
「少年君!」
「ミツさん、ご無事でございますか」
「はい、ゼクスさんの読み通り、馬車の所に見張りとして二人いました。今は二人とも気絶させて、動けないように縛ってます」
「左様にございますか。ミツさん、お見事でございます」
「そ、そう。それで、他に敵は?」
「はい。スキルで確認しましたが、塔の周囲に人はおらず、塔の中、2階と3階。そして地下に人影が確認できました」
「それで! ロキ坊達は何処にいたの!?」
「それが、塔の中に居ることは確かなんですが、それがどの階層に居るのかまでは……すみません」
〈蟲の目〉スキルで見た塔には、間違いなく人がいることがわかっている。
そして〈マップ〉と〈マーキング〉スキルで三人が塔の中にいることも確認している。
だが、共にこのスキル、欠点も判明してしまった。
先ず〈蟲の目〉スキルだが、これは先が見えないほどの霧であろうと、月夜の光の届かない暗闇でも、サーモグラフィーの様に対象の熱を感知して、相手の場所を教えてくれるスキル。
そして〈マップ〉と〈マーキング〉スキル。
これはスマホ等のマップアプリを開いて見るように、上空から人物の位置を指し示してくれている。
そう、〈蟲の目〉スキルでは人の動きは解るが、顔は解らない。
〈マップ〉と〈マーキング〉スキルでは、建物の様な中に要られると、どの階層に居るのかまでは解らない。
ハッキリとした三人の位置が伝えられなかった事に、自分が顔を伏せたのを見て、ゼクスさんは言葉を入れる。
「いえ。ミツさんが謝ることではありません。寧ろ、貴方様がいて頂いたお陰で、早期にボッチャまや、ラルス様とミア様をお救いできるのですから」
「ゼクスさん……。はい」
今は落ち込む場合ではない。気持ちを切りかえ、二人と共に塔の入り口へと、ゲートを使い移動する。
「ゼクスさん、ここが元盗賊を見張るために作られた見張り塔なら、やはり盗賊を捕まえておく為の場所があるんでしょうか?」
「はい、恐らく地下にそういった者を捕らえておく部屋があると思われます」
「なら、私は下を探すわ。少年君とゼクスは上の賊達を倒してきて頂戴」
「それは構いませんが、セルフィ様お一人で行かれるおつもりで?」
「ええ? そうよ。何か問題でも?」
「そうよって……問題ありますよ。地下には5人分の気配を感じました。三人とも地下にいたとして、二人は確実に盗賊ですよ。セルフィ様お一人で何かあっては……」
何も問題はないと様に、セルフィ様は単独での行動を提案。
「……ふむっ。ミツさん、では、セルフィ様と共に地下の捜索を」
直ぐにゼクスさんが自分をセルフィ様の護衛として側につけようとするが、それを止めるようにまた言葉を入れてくるセルフィ様。
「待ちなさいゼクス……。解った。なら、私はゼクスと共に地下を捜索するから、少年君は上の盗賊をお願いしてもいいかしら」
「セルフィ様……」
セルフィ様の言葉にゼクスさんが眉を寄せる。
その表情を読み取ったのか、彼女は自分が一人の方が良い理由を上げる。
「少年君なら一人でも平気でしょ。寧ろ、姿や気配を消せるなら彼は一人のほうが動きやすいでしょうし」
「なるほど……。解りました。では、自分が上の盗賊を相手にしてきます」
「ええ、頼んだわよ。それと、もし上に偉そうな奴が居たら、そいつは必ず生きて私の目の前に連れてきてちょうだい」
「解りました」
潜入開始と先ず自分が〈ハイディング〉を使用して姿を消し、地下の階段までのルートを確認。
見張りと言うわけではないが、盗賊が一人椅子に座り武器を研いでいたので、後ろから〈パラライズ〉を使用して、糸で縛り、麻痺状態にする。
先に捕まえていた二人の所にゲートを開き、そこに一緒にしておく。
ルートを確保したことをゼクスさんとセルフィ様に伝えた後、二人へと支援スキルと能力上昇系スキルのおまじないをかけ準備を整える。
自分はもう一度姿を消して上の階へ、二人とは別行動を取ることになった。
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