第106話 追跡。

 トリップゲートを使用し、フロールス家近くに転移して来た三人。

 自分はセルフィ様の言葉でゲートを閉じ、直ぐにゼクスさんと共に急ぎ足に馬小屋へと足を進める。


「ミツさん、貴殿は馬には乗れますか?」


「すみません。乗馬の経験は無く……」


「解りました。では、ミツさんは私と共に。今、馬を連れてきます」


「はい」


「ゼクス、急いでね!」


「はっ!」


 ゼクスさんは馬小屋のある方へと急ぐ。

 その場に残ったセルフィ様と自分はゼクスさんの姿を見送った後、セルフィ様へと視線をやると、彼女は自身の親指の爪を噛む仕草を取っていた

 先程まで周囲に見せていた余裕は、自身の動揺を隠すためだったのか、今のセルフィ様の表情が少し怖い。

 今の彼女に声をかけることもできないので、自分はゼクスさんが来る前に、スキルの〈人物予知〉を発動する。

 ロキア君たちには〈マーキング〉スキルを使用していなかった為に〈マップ〉スキルを発動しても彼らの位置は表示されない。

 自分は目を閉じて、ロキア君たちをイメージしながら人物予知を発動。

 すると、身を震わせロープで縛られた状態のロキア君とミア、そして近くには同じ様にロープで縛られているラルスが倒れている姿が脳内に映し出された。

 ロキア君の衣服や頭の髪の毛には泥土がついており、ミアはマントを腰に巻いているが恐らく衣服が破けていることに何かあったのだと印象を受ける。

 ラルスに関しては殴られたのか、顔には痛々しくも青アザがついている。

 やはり三人は誘拐されたのだと解ると、これは不味いと言う思いがこみあげて来る。

 三人の場所を確認するも、スキルを発動した視線は三人から動かない。どうやらスキルの〈人物予知〉は視野を変えることができないようだ。

 彼等が何処に居るのか、どの様な場所に捕らえられているのか。

 早く助けなければと言う焦りの気持ちがわいてくる。取り敢えず解ったことは、三人は一緒に捕まってしまっていること、恐らく荷馬車の様な物で輸送されていることである。

 目を開け、周囲を見るとゼクスさんが二頭の馬を連れてきている姿が見えた。


「セルフィ様、ミツさん、お待たせしました。では、急いで馬車が発見された場所へと参りましょう」


「はい……」


「? 如何されましたミツさん」


 ゼクスさんはセルフィ様に馬を渡した後、自分へと手を差し伸ばしてくる。

 自分の様子がおかしかった事に直ぐに気づいたのか、ゼクスさんは険しい視線になる。


 自分はゆっくりとゼクスさんへと視線を合わせ、先程見えた光景を伝えることにした。


「はい……。ゼクスさんが馬を連れて来る間に、先程自分のスキルでロキア君達の場所を探そうと使用したのですが……」


「何と! ミツさんはその様なこともできるのですか。でっ、ボッチャまは何処に! ご無事でございますか!?」


 ゼクスさんは馬から降り、自分の腕を掴み迫る。


「……様子から見て、誘拐されたのは間違いないかと。ロキア君は怯えるように震えてますし……他の二人も……」


「な、何てこと……」


「少年君! その場所は何処! 直ぐに教えなさい」


 話を聞いていたセルフィ様も言い寄る様に、自分との距離を縮めてくる。

 自分はゆっくりとセルフィ様との距離を取り、話を続ける。



「すみません。三人の姿は見えたのですが、周囲の風景は全く見えないもので……。ですが、恐らく三人は荷馬車の様な物で今は運ばれているのかと思います……。そうだ! お二人とも、取り敢えず急いで馬車の見つかった場所に急ぎましょう。三人が連れて行かれた場所が解るかもしれません!」


「ミツさん、それは誠にございますか!?」


「はい、ゼクスさん。遠くに行かれては厄介です、時間との勝負となりますので急ぎましょう!」


「……解りました」


「二人とも、急ぐわよ!」


 再度馬に跨るゼクスさんとセルフィ様。

 自分はゼクスさんの背中に捕まるように後ろに乗せてもらう。


「それと、出発する前に……。セルフィ様、もう少し馬をこちらに近づかせてください」


「えっ? 何」


「ミツさん?」


「馬にも頑張ってもらいますので、スキルをかけます」


 自分は乗っている馬とセルフィ様が乗っている馬二頭に手を当てると〈速度増加〉〈ブレッシング〉などの能力上昇系スキルを使用する。

 

「これで馬のスピードが上がったと思いますので、念の為にセルフィ様とゼクスさん、お二人にも支援をかけますので手を出してください。ゼクスさんはそのままで大丈夫です、自分がゼクスさんの背に触れますから」


 セルフィ様は恐る恐ると手を差し出す。

 二人と自分におまじないである能力上昇系スキルをかける。

 ゼクスさんは自身の身体に何が起こったのか直ぐに理解したのだろう。

 驚きに自分を見た後、自身の拳を強く握りしめていた。


「ミツさん、貴方は……。いえ……何から何まで、貴方様のご協力に感謝いたしますぞ」


「……。フッ……。行くわよ、ゼクス! はっ!」


「しっかりとお捕まりください!」


「はい! お願いします!」


 二人は自身の体の内側から込み上げて来る力に驚きながらも、強く手綱を握り馬を走らせる。

 駆け出す馬のスピードはとても速く、競走馬の馬の速さ以上は明らかに出ている。

 大体競走馬のスピードが時速80〜90キロだとするなら、今乗っている馬のスピードは車並に速度をだしているだろう。

 能力上昇スキルの効果もあったのか、馬から二人は振り落とされることもなく、走り続けさせることができた。

 そして、貴族街の外周を通り、馬車が見つかった場所へと道なりを通る。

 途中フロールス家の私兵の亡骸が発見された場所で止まり、ゼクスさんが衛兵さんと共にそれが本人であるかを確認後、亡骸は屋敷へと運んでもらうことを連絡してまた馬を走らせ森へと近づく。

 その際、顔は見ていないが、ゼクスさんの身体は小さく震え、怒りを表に出さないようにも感じられた。

 もしかしたら、自分と喋った事のある人かもしれない。ゼクスさんやセルフィ様との模擬戦を観戦してくれていた人かもしれない。

 そんな事を思うと、亡くなったその二名の顔を見るのが自分は怖かった。

 

「ゼクス! あの森で間違いないわね!」


「はっ! 衛兵が森の入り口にて待機しておりますので、場所は間違いないかと!」


 街のある方から凄い勢いに迫る二頭の馬。

 その馬を見た衛兵数名は驚き動きを止める。


「な、何だアレは!?」


「う、馬かっ!? なんて速さだ……」


 二人は馬を止め、素早く降りると直ぐに衛兵へと話しかける。


「私はフロールス家に使えるゼクスと申す。衛兵長であるベルガー殿より連絡を受けてまいった。ここの責任者は貴殿でよろしいか」


「は、はっ! ご足労感謝いたします! ベルガー隊長より指示をうけ、我々三名先程ここに到着したばかりで、森の中はまだ確認が取れておりません! 申し訳ございません!」


「構わぬ。では、我々も共にまいることを許可を頂きたい」


「はっ。それは構いませんが……。失礼ながら後のお二人は?」


「こちらのお二人はフロールス家の客人でセルフィ様とミツ殿。私の助っ人として共にまいったしだいである」


「ゼクス、挨拶は良いから速く行きましょう」


 セルフィ様の言葉にコクリと頷くゼクスさん。

 衛兵の二人は森の入り口にて、乗ってきた馬と共に待機。

 森へと進む際、既に血なまぐさい匂いと、何か焦げた臭いが鼻を刺す。

 臭いの先に進むと、そこには火ですす焦げた状態になった馬車が置かれ、周囲には戦闘が行われた後と解る様に血が飛び散っていた。

 駆け寄るセルフィ様。

 腰に携えたレイピアをいつの間にか抜いて、周囲を警戒するゼクスさん。

 衛兵は馬車を調べ始め、誰かいないか捜索を始める。


「ロキ坊! 何処! ミアちゃん! ラルス! 返事をしなさい!」


「ゼクスさん、この馬車はお屋敷の馬車で間違いないですか……」


「はい……」


 セルフィ様は子供たちが隠れているのではないかと期待を込め、周囲を衛兵と共に捜索するが、人の気配は今ここにはない。

 ゼクスさんは地面に落ちていた布切れを一枚拾い上げると顔色を変え、険しい顔をキツくする。

 それは森に落ちているには不自然なドレスのスカート部分である。

 それを見たセルフィ様も歯を食いしばる様にキツく目を瞑る。


 そこに衛兵が何かを発見したのか、声をかけてきた。


「ゼクス様! あちらの方に、そちらの馬車とは別の馬車が通ったと思われる車輪の後がありました!」


「何っ!」


「なら、それを追っていけば!」


「いえっ……。残念ながら途中から草道になっており、車輪の後が途中で切れております……」


「そっ……そう……」


「!? 私、先の方も確認してまいります!」


 目に見えて落胆したセルフィ様を見て、衛兵は慌てるように馬車から通ったと思われる草道の先を調べに走る。

 セルフィ様はフルフルと身体を震わせ、悲愴感に押しつぶされる気持ちをグッと堪える様に自分へと振り向き、子供たちが何処に連れて行かれたのかを強く質問してくる。


「少年君! 君の力でロキ坊達の場所は解らないの!? あなた、さっき言ったわよね! 解るかもしれないって!」


「セルフィ様、落ち着いてくださいませ」


 詰め寄るセルフィ様を抑えるように彼女を止めるゼクスさん。


「……ここで何かあったのは間違いなさそうですね。セルフィ様、ゼクスさん、少しだけ待ってください。えーっと……よしっ。」


 自分はアイテムボックスに手を入れ、中から一枚の鏡を取り出す。銀色に輝き、美しい花の装飾を飾り付けたそれは、創造神であるシャロット様からの贈り物、森羅の鏡である。


「ミツさん、それは……」


「少年君……」


「これは森羅の鏡と言って、色々使える便利な魔導具の様なものですよ」


「魔導具でございますか……。して、それをなぜ今出されたのでしょうか……」


「そうよ! 速くロキ坊達を探しに」


「まあまあ。慌てないでください」


(ねぇ、ユイシス。この鏡って少し前にあった出来事を見せてくれるんだよね?)


《はい。目の前の馬車を見た後、周囲で何かあったのかをイメージしてください。ミツの望む映像が流れます》


(解った、ありがとう)


 自分は森羅の鏡を持ち、馬車を見た後に周囲で何があったのかをイメージして、鏡へと魔力を流し込む。

 すると鏡は自分の姿を映し出していた表面から真っ黒に変わり、モヤモヤと虹色の霧が溢れ出し始め、鏡の上に球体を作り始める。

 球体にジワジワと映像が見え始め、馬車の周囲で何があったのかを映し出しはじめる。


「……見えた!」


「「……? !?」」


 言葉に反応する様に、自分を囲むように二人が球体を覗き込む。

 鏡を見た二人は驚きに言葉を失った。

 その表面にはまだ燃えていない馬車を囲む盗賊の姿が映し出されているのだから。


「こ、これは……」


 馬車を囲むように話をする盗賊。

 話し声が聞きやすいように、虹色の球体から聞こえてくる音量をイメージで合わせる。


「少年君、この魔導具は音も聞こえてくる物なの!?」


 セルフィ様の言葉に少しだけ疑問符を浮かべる。

 確かに考えたら、大会に設置されてあった魔石画面は映像は出せていても音は無かった。

 しかも魔石画面で映される映像は録画などではなく、魔導具で作られた鳥型カメラのような物が見た映像をそのまま映し出しているだけなのだから、森羅の鏡のように時間を遡った映像を見た二人は驚きであろう。


「そうです。これはとある方から頂いた魔導具です。自分がここで何があったのかをイメージすれば、その場で何があったのかを映像として映し出し、音も拾うので何を喋っていたのかも解ります。これを見れば三人が無事なのかが解ると思います。それと、三人が連れて行かれた馬車も解るかと」


 自分の言葉にコクリと頷き返す二人。

 すると、球体の映像に動きがあったのか、男の断末魔の声が聞こえてくる。

 直ぐに視線は球体の方へと向けられた。

 映像には馬車を守るように、ラルスが魔法を繰り出し盗賊を倒す映像が流れている。


「我がフロールス家に刃を向ける賊共が! 嫡男であるラルス・フロールスの名において、貴様らを我が炎で燃やし尽くしてくれる!」


 その言葉が戦いの始まりの合図の様に、ラルスが次々と盗賊を炎で燃やし倒していく。


「ラルス様!」


「ラルス!」


 盗賊との戦いを応援するように声をかけるゼクスさんとセルフィ様。

 だが、優勢と思われていた戦いも間もなく、ラルスはハンズと言う名の男の出した魔導具の煙を浴び、地面に倒れてしまった。

 それを見たセルフィ様は自分から森羅の鏡を奪い取る。


「あっ!」


「ラルス! しっかりしなさい! えっ!」


 セルフィ様が自分から森羅の鏡を奪い取った瞬間、鏡の上に出された球体が霧散し、森羅の鏡はただの鏡になってしまった。


「えっ!? 何で?」


 突然映像が消え、球体も霧散したことにセルフィ様は顔を青ざめさせ、恐る恐ると自分を見てくる。


(ユイシス、これは?)


《はい。森羅の鏡はミツの魔力を使い、映像を映し出している為、ミツの魔力の流れが止まってしまうとその効果を停止させてしまいます。また、森羅の鏡での魔力使用量はとても多く、ミツ以外の他者が使用することをオススメとしません》


 自分はこちらを見たまま固まっているセルフィ様に軽く微笑み、森羅の鏡へと触れる。

 するとまた鏡から虹色の霧が出ると先程と同じ様に球体を作り上げる。


「よ、良かった、壊れたのかと焦ったわ……」


「いえ、壊れたわけじゃ無いので大丈夫ですよ。これは自分の魔力で映像を映し出していたので、魔力が止まったことに映像も止まってしまったんですね」


「そ、そう……。ごめんなさい」


「いえ、お気にせず。先程の続き、見られますよね」


「ええ、お願いするわ」


 先程消えてしまった映像から、もう一度森羅の鏡に倒れているラルスの姿が映し出される。

 ラルスが突然倒れたことに、セルフィ様の先程の焦った行動も解る。

 映像は進み、ラルスが倒されたことに盗賊達の足が馬車へと近づく。

 それを映像を見ているゼクスさんとセルフィ様の表情が更に厳しくなる。

 馬車のノブに手をかけ、賊がドアを開けた瞬間、男の断末魔の声が映像から聞こえてくる。


「これ以上、私達に近づくことを許しません!」


 聞こえてくるミアの言葉に良くやったとセルフィ様は拳を作り、ゼクスさんはウムと大きく頷きを見せる。

 ミアは抵抗を見せるが、鎧を着た男がラルスの背に足を載せた瞬間、映像の中のミアが馬車から駆け出す。

 それを見たセルフィ様は声を出す。


「駄目! ミアちゃん!」


「ミア様!」


 二人の声も映像の中のミアへと届くわけもなく、ミアは兄のラルスに泥をつけた鎧の男へと剣を繰り出す。

 ミアの剣術は盗賊に優勢と見えたが、不意を突かれたミアが地面に倒れ、二人の男に抑え込まれた姿を見た瞬間、自分も含め三人は顔色を蒼白とする。

 盗賊に両腕を抑えられ、鎧の男に腹部を殴られ始めるミア。その映像を見てゼクスさんは怒鳴るような声を出し、セルフィ様も悲壮な声を漏らす。

 

「ミア様! おのれ賊めが! 許さん! ミア様に与えた痛みと苦しみ以上に、必ず貴様を八つ裂きにしてくれる!」


「ミアちゃん! そんな!」


 映像に映る鎧の男がミアへと非道な言葉を次々と浴びせながら、彼女の腹部を殴り続けている。

 そして、次の瞬間、ミアのドレススカートが男の手によって破られ、ミアの悲鳴を上げる姿が映し出された。


「止めろ! 賊めが!」


「ミア!」


 怒りと悲壮に泣き叫ぶラルスとミアの声が響く。

 ミアが兄を何度も呼び、父や母、そしてゼクスさんへと助けを求める声を出し、今まさにミアは男の毒牙に汚されそうになっている。

 既に過ぎてしまった事の映像と解っていても、自分も胸の奥から怒りが湧き、鏡を握る手に力を入れてしまっていた。

 だが、次の出来事に自分も含め、その場の三人は言葉を一瞬失う。


「姉様から離れろ!」


「なっ!」


「ロキ坊!」


「ぼっちゃま!!」


 馬車に隠れていたと思っていたまだ幼き少年が姉の悲鳴を聞き、馬車から飛び出している。

 少年の手にはスリングショットを構え、勇敢にも盗賊へと立ち向かっている。

 ゼクスさんは目を大きく見開き、セルフィ様は自身の口を抑え、尻もちを地面についたロキア君の姿を見て言葉が出ていない。

 まさか、こんな子供にまで何かするのかと自分は苦しげに奥歯を噛み締め、眉間にシワを寄せる。


「餓鬼が、邪魔しやがって!」


 ミアへの卑猥行為を止め、ロキア君へと怒りを向けて迫る鎧の男。

 その男はあろうことか、まだ幼き少年の胸ぐらを掴み、自身の視線と合わせるほどに少年を持ち上げる。

 更に身勝手な言葉を少年へと言葉を浴びせながら、その腕を振り、少年の首を締め続けている。


「いや、あ、あっ……」


 その映像を見て、ゼクスさんは怒髪天の如く怒りの表情を鎧の男へと向け、セルフィ様もロキア君の名を何度も呼び、鎧の男へと殺意の言葉を飛ばす。

 同じ映像を見ている自分も幼き少年の苦痛の顔と恐怖に震える声に、彼を苦しめる鎧の男へとドス黒い感情に満ちあふれていた。

 そしてボロボロと涙を流し、ボソリと消え去りそうなロキア君の言葉を耳にした瞬間、自分の中で何かがキレた。


「じ〜や……セルフィさん……お兄ちゃん……助けて」


「ボッチャま!!!」


「ロキ坊!」


「!!!」


 その後、鎧の男が乱暴にロキア君を地面へと投げつけ、周りの盗賊達がミア、そして地面に倒れたラルスを縄で縛り馬車へと乱暴に入れる。

 三人が乗せられた馬車は、車輪の後が残っていた場所にあった荷馬車であることが判明した。

 ラルスに殺された盗賊の死体もそのままでは足がつくと考えているのか、その焼死体さえも荷馬車に乗せている樽に入れてその場を離れて行ってしまった。

 森羅の鏡の映像はそこで何かあったのかを鮮明に映し終わった後に、球体となった虹の靄は霧散して消える。 

 ロキア君が姉であるミアを助ける為と、あの小さき身体で恐怖に押しつぶされながらも馬車からとび出した姿を見て自分は震えが止まらなかった。

 早く助けなければと思う気持ちに、フロールス家の馬車の方へと視線を送る。

 すると車輪の下に見覚えのあるものが見えた。

 恐る恐るとそちらに近づき、それに手を差し伸ばし拾い上げる。

 それは自分がロキア君へと送ったスリングショットだった。

 地面に落ち、泥に汚れたそれを見て自分はユイシスへと言葉を叫ぶように告げた。


(ユイシス! ロキア君の場所は何処! 解るなら教えて!)


 彼女はいつもの様に落ち着いた言葉で自分を宥めるように答えをくれた。


《はい。ミツ、ロキア少年とミアとラルスの場所をお教えする前に、自身と周りの二人へと〈コーティングベール〉を使用してください。後に救出の方法などをお教えします》


(……解った)


 自分は苛立つ気持ちをギリギリに抑え込み、呼吸を間に入れた後にスキルの〈コーティングベール〉を使用する。

 パンパンに空気の入った風船の空気を抜くように、心の中に溜まっていた焦りや怒りなどグチャグチャだった感情が落ち着いていく。

 怒りに震えている二人にも今から拐われた三人を助けに行く為と、理由をつけてスキルを使用する。

 二人は目に見えて落ち着きを取り戻したのか、強く握られた拳はゆっくりと力を失い、口から出てくる大きな深呼吸で、二人の心が落ち着きを取り戻せたのが解った。

 目を開けたゼクスさんはゆっくりと口を開く。


「……。ミツさん、貴方様のお力で、私は誤った判断をせずに済みそうです。フロールス家の執事長として貴方様には感謝が耐えません」


「いえ、ゼクスさんのお気持ち解ります……」


「ラルス、ミアちゃん、ロキ坊……」


 セルフィ様は自分が拾ったロキア君のスリングショットを受け取ると、それを握りしめ、拐われた三人の安否を心配する。


(ユイシス、それで三人は何処に連れて行かれたの)


《はい、三人の居場所はすぐに解ります。森羅の鏡をもう一度使用し、三人へとマーキングスキルを使用してください。さすればマップに三人の位置が表示されます》


(解った、ありがとう)


《いえ、ミツの心の落ち着きが取り戻せたようで良かったです》


(ああ……ユイシスがサポーターで良かったよ。本当にありがとう)


 ユイシスに心から感謝の言葉を告げると、心に伝わる優しい微笑みと声に、自分はやっと落ち着きを取り戻せたような気がした。

 もう一度森羅の鏡を出し、馬車に乗せられた三人を見て〈マーキング〉スキルを発動。

 直ぐにマップを使用すれば、三人の居場所が青の点滅が表示された。

 三人が表示されたのはライアングルの街からかなり離れた場所であった。

 また森羅の鏡を使用していたことに二人は不思議に思ったのだろう、セルフィ様が問いかけるように言葉をかけてきた。


「少年君、どうしたの?」


「いえ。お二人とも、三人の場所が解りました」


「「!?」」


「誠にございますか!」


「何処なの!」


「はい、自分のスキルで解ったことですが、三人は自分達がいるこの森から近くにある川を超えて、山の方へと向かったようです。まだ恐らく馬車で運ばれていると思いますよ。この辺におそらく建物があるのでは?」


 二人にはマップで表示された映像は見えないので、自分は二人にも解りやすく地面に地図の写し絵の様に書いていく。

 二人は地面に書かれた地図を見て、考えに口を抑える。


「凄いわね……。少年君、君はそんな力も……。いえ、今はそれをゆっくりと話す時じゃ無いわね……。んっ、ゼクスどうしたの?」


「……ミツさん、ボッチャま達を連れ去った馬車はこちらに向かったのは間違いありませんか?」


「はい、今はこの山道を通ってますね」


「左様でございますか……。でしたら恐らく馬車の行く先は……」


 ゼクスさんは思い当たる場所があるのか、地面に書かれた地図の一点を見ていた。


「ゼクス、解るの!? 馬車は何処に行ってるの!?」


「はい、セルフィ様、恐らく馬車は今は使われていない山道にある塔。盗賊対策のためと、数十年前に建てられた建物に向かったのかと思われます。実際その塔を使っていたのは最初の数年、その地の領主が今の領主に変わって使われず、数年と放置された場所でございます……。全く、盗賊対策のためと作られた建物が、その賊に使われるとは……」


「ゼクスさん、ここはフロールス家の領地ではないんですか?」


 馬車が居る周囲を指で円を書くと、ゼクスさんは拾った木の枝を領地と領地で分ける様に置く。


「はい。ここの山脈地、この周囲はカバー家の領地となっております」


「カバー家……(あれ、何処かで聞いた覚えがあるぞ……)」


《ミツ、カバー家の領主であるベンザとティッシュ。この二名は以前、ミツが部屋に不在の際部屋を荒らした者です》


「ああっ! あの人か」


「おや、ミツさんはカバー家の何方かとお知り合いでございましたか」


 ユイシスの言葉を聞いて、聞き覚えのあったカバー家領主の事を思い出し、自分は思わず思考ではなく声に出してしまった。


「いや、知り合いって訳じゃなくてですね……。あれですよ、大会を観戦に来ていた人の中に少し目立った体格の人がいたので、その人だったかな……程度です」


 少し強引な説明だが、ゼクスさんはそれ程詳しく問いかけてくることは無かった。


「ふむ、なるほど……」


 カバー家と聞いて、セルフィ様が少し疎ましい表情を見せる。


「はあ、カバー家か……。私、あそこの領主苦手なのよね。あの領主の性格も体格も、そして私を見る時の目つき……。ううっ、気持ち悪い……」


 セルフィ様はカバー家のベンザ伯爵とは幾度か貴族のパーティーで顔を合わせたことはあるが、その度に表面には見せていないが、セルフィ様は自身に向けられていたベンザの下劣な視線に身を震わせていた。

 彼女は自身の腕を掴み、鳥肌が立ったのか強く腕を擦る仕草を取っていた。


 そこに近づく衛兵の姿。

 先程車輪のあとを探して先に探索に行った衛兵である。


「お話中失礼します!」


「んっ?」


「この先を確認してまいりましたが、残念ながら馬車の車輪の後は見つけることができませんでした。申し訳ございません」


「そうか。ご苦労、手間をかけたようだ。そうだ、君には他の者とこの周囲を調べてほしい。我々は別として動くことになる」


「はっ! 了解しました!」


「頼む。さっ、お二人とも急ぎ、馬へと戻りますぞ」


「はい!」


「ええ!」


 一度森の外へと馬を回収。

 また、馬とゼクスさんとセルフィ様へと支援をかける。

 はっと声を上げたゼクスさんは、自分が指を指し示す方へと馬を走らせる。


∴∵∴∵∴∵∴∵∴



「ダニエル殿、どう言う事なのか説明してもらえるかな」


 ダニエル様にそう問いをかけるのは、マトラスト辺境伯。

 試合開始の時間が先に伸ばされ、既に一刻が経とうとしている。

 流石に先延ばしの限界なのか、観客の一部が大会係員へと暴動を起こしかねない状況になっていた。

 そんな観客を見かねてマトラスト様は席を外し、ダニエル様の場所まで来ていた。

 まあ、観客は別としても、どの道近くに座るカイン殿下も待つことに限界だったのか、彼も少し気が立っていた事を告げに来たのが本音である。

 早く試合を始めることを告げるだけで済むと思っていたマトラスト様は、深刻に頭を抱えたダニエル様を見て何かあったのだろうと直ぐに察し、今の状況となっている。


「マトラスト様。この度は申し訳ございません」


 部屋に入ってきたマトラスト様を見て、ダニエル様は深々と頭を下げ謝罪の言葉を口にする。


「……ダニエル殿、私は謝罪を聞きたいのではない。私は何があったのかと聞きたいのだ」


「……」


「私にも話せぬか」


「いえ……。マトラスト様の耳には入れておくべきかと」


「ならば話せ」


 マトラスト様の促しに、ダニエル様はラルスを乗せた馬車の到着が遅れていることから全てを告げると、マトラスト様は目を見開き驚く。


「その為、ゼクスが倅のラルスの捜索の為と出ており、更に次の試合の出場者であるミツ殿が不在となっております……。それと……セルフィ様も共に倅を探しに行かれております」


「なっ、虜囚の可能性があると言うのに三人で出向かせたのか!?……。し、しかもその一人がセルフィ殿とは……!? むむっ……あのやんちゃ姫がまた余計な顔を突っ込みおって……」


 マトラスト様は話を聞き、試合の遅れの理由や、ダニエル様の今の状況を把握する。

 自身の娘息子が拐われた可能性があるとしたら、ダニエル様も婦人の二人も今は気が気でない気持ちに襲われているだろう。

 マトラスト様は目を伏せる。

 すると、ダニエル様はまた謝罪の意を込め頭を下げる。


「誠に申し訳ございません! この不始末は全て私の責任にございます。その上、この件に関して後の処分は覚悟の上……。ですので、どうか私の家族には……」


「むっ……。ダニエル殿。話を聞く限りではあの少年とセルフィ殿は本人の意志で動いておるではないか?」


 ダニエル様の狼狽するような話にマトラスト様は眉間にシワを寄せ、聞いた話の筋を問いかけるように告げると、少しだけ安堵したような気持ちになるダニエル様。

 だが、それでも王族である殿下や他国の代表者に迷惑をかけているという気持ちに、やはり胸に引っかかる物は取れず、ダニエル様の表情は暗い。

 

「……はい。ですが」


「いや、何故他者の責任を貴殿がこうのか? 貴殿が頭を抱える理由は先ずは自身の子息の安否であろう。大会を蔑ろにしているのではないかと思ったが。うむ……話を聞いて解った。ダニエル殿、今から言うことを聞き入れるかは貴殿に任せる」


 マトラスト様はうむと一言言葉を挟み、妙案とばかりにダニエル様へと助言の言葉を告げる。


「……はっ」


 話を終えたマトラスト様は席に戻り、カイン殿下へとダニエル様の周囲で何があったのかを説明する。

 殿下は目を見開き驚きに席を立とうとするが、それを止めるマトラスト様。

 マトラスト様とダニエル様、二人の間で何の会話があったのかは直ぐに殿下も理解することとなった。

 それは一度待合ホールに戻っていたステイルが闘技場へと姿を見せたことに、観客もやっと試合が始まるのだと思い、周囲からは喜びの声が漏れ始める。

 だが、実況者であるロコンが闘技場へと登った後、彼女が大会係員から受け取った木札の連絡を受け驚きにその内容を読み上げたことに、観戦者含め、周囲からは更にどよめきの声が漏れ始める。


「皆様、本日予定としておりました試合の組み合わせに、変更があることをお伝えいたします」


「「えっ!?」」


「一回戦を予定としておりましたラルス選手ですが、残念ながらラルス選手は大会出場を棄権する情報が入りました」


 ラルスの棄権。

 実況者から告げられたその言葉に応援席に座る者は騒然とし、観戦席からはどよめきの声が止まらない。

 更に告げられる実況者の言葉で唖然とする者すら出てくる始末。


「続きまして二回戦を予定しておりましたミツ選手とファーマメント選手ですが、こちらに出場予定としておりましたミツ選手も、残念ながら試合を棄権すると連絡が来ております」


「えっ!? 何で!」


「おいおいっ! あいつにも何かあったのかよ!?」


「もしかして……。ミツ、昨日の試合の影響で戦えないとか!?」


 ラルスに続いてミツまでも試合を棄権。

 リッコ達は不安の思いに襲われる。

 ミツへと試合の開始が遅れを告げるためと席を外しているプルンなら、ミツが棄権した理由を知ってるのではないかと思い、仲間たちは彼女を待つしかなかった。 


「よって、予定としておりました一回戦、二回戦の試合を急遽変更いたします。変更の内容につきまして……えっ……」


「「「?」」」


 実況者であるロコンが言葉を詰まらせたことに、観客は何だと口々にする。


「し、失礼しました。 では一回戦、もとい! 只今より、ステイル選手、ファーマメント選手、ラクシュミリア選手、三者の試合を行うことをご報告いたします!」


 ロコンの実況に騒然とした声が大きくなる。

 今まで幾度となく繰り広げられてきた武道大会だが、三人同時に戦うことなどは今までになかったのだから。


「三名の戦いで勝者になられた方が、前優勝者であるゼクス選手との試合を行う権利を得ることができます。最後に、こちらは試合内容を変更する上で、領主ダニエル様からのご配慮により、只今皆様が持たれている一回戦と二回戦の賭け札は、何と全て当たり札として換金をされるそうです! これは凄い! 領主様から、皆様への詫びの気持ちと後の試合を楽しんで欲しいと思う気持ちがこもったサプライズですね」


「「「「「うおおおお!!!」」」」」


 間をおいて湧き起こる観戦者の歓喜の声。


「まじかよ! 領主様太っ腹過ぎだろ!」


「おいっ! 換金場が混み合う前に急ぐぞ!!?」


「おっ! おう! 待ってくれや!」


 賭け札を握りしめ、観客は我先にと換金テントへと走り出す。

 混み合う出入り口をみて、代表者席に座るマトラスト様は顎髭をなぞりながら、一先ずはこれで良いと軽く頷く。


「これで次の試合、それまでは時間は稼げるであろう……。(まあ、ダニエル殿には少しだけ……そう、少しだけ懐が痛むだろうが、問題が起きると比べたら安いものであろう)」


「フンッ……。マトラスト、これはお前の入れ知恵であろう」


 試合の変更に対する対応、そして慌ただしく席を離れる観客を見てこのやり方は守銭的なフロールス家のやり方には似合わないと思い、カイン殿下は隣に座るマトラスト様へと声をかける。


「殿下……左様にございます。出場できるかわからない選手を待つより、その者は早々に棄権として扱い、試合を見れなかった庶民には目の前に金をちらつかせれば、簡単に意識はそちらへと変えることが可能にございます。それに、二回戦目を予定しておりましたあの少年。正直申しますなら、これ以上下手に力を他国に見せるのもと、考えていたところでしたので……」


「そうか……。しかし、お前の狙い通り観客全てとは言わんが、席の空き具合からして人々が戻るのには時間がかかりそうだな」


「それが狙いでしたので」


 この場で開始時間をまた待つのも億劫になると思ったのか、カイン殿下は部屋へと一度戻ると言葉を告げその場を後にする。

 部屋に戻る際、ダニエル様の様子を見に行こうと告げたが、それをマトラスト様が制止する。

 今殿下が顔を出したとして何かできる訳でもないと、サラリと言えるマトラスト様を嫌そうに見つめ返す殿下であった。

  

 エンダー国の代表者席にて。


「……母上。如何なさいましょうか……」


 母であるレイリー様へと、恐る恐る声をかける息子であり護衛のジョイス。

 レイリー様はこの大会珍しくも三日目も観戦に来ていた。

 それはミツの戦いを観戦することが目的であった。だが、その戦いがまさかの試合の棄権。

 レイリー様はジョイスの言葉に目を伏せてしまう。

 そして、ため息混じりに言葉を返すレイリー様。


「部屋に戻る……。左大臣、あの小僧を我の部屋に呼びなさい。直接話をする」


「!? お、お言葉ながら王妃様。小僧と言うのは、先程大会を棄権したミツと言う名の人族にございますか!?」


「無論」

 

「で、ですが……」


 王妃であるレイリー様が呼べと言うなら、文官である左大臣は言われたとおりとミツを呼ぶのが正しい行動であろう。だが、多目的ホールでは無く、部屋に呼ぶと言う言葉に直ぐに承諾する言葉を出せなかった左大臣であった。


「左大臣。俺も母上の護衛として部屋に待機する、危険はなかろう。だが、連れてくるなら腕と足に枷を付けて来ることを忘れるな」


「……」


 人を呼んどいてその者に腕枷と足枷を付けて連れてこいとは、失礼すぎるジョイスの発言に言葉が出なかった左大臣であった。


 

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