第105話 発覚。

 武道大会三日目。

 試合は最終日。

 席は満席。

 観客は人族だけではなく、魔族、獣人族、蜥蜴族等々。多種多様の人々が試合を今か今かと待ち続けている。

 試合のルールは今までと同じ、何でもありのバーリトゥード。

 実況者であるロコンとセルフィ様がルールの説明を含め、勝ち進めてきた選手の紹介と、今迄の戦いのおさらいをしながら会話をしていた。

 

 

 第1試合は王都にある、錬金術士協会より出場。

 魔導具を多彩に操り、戦闘力の差も簡単に跳ね除けて来たステイルである。

 彼はロコンの紹介の実況の後、入り口で配置されていたドラの様な体鳴楽器が鳴らされると、ステイルはゆっくりと闘技場へと足を進める。

 ステイルが姿を見せると、観客席からは今から試合が始まることに喜び、歓声が上がる。 

 そして、反対側の入り口でも体鳴器の音が響く。


 ステイルの対戦相手。

 相手はシード選手としての出場者である。

 パラスネイル国、オーケストラ魔法学園にて、剣士と魔道士の合同で行われた選抜大会。

 その優勝者。

 ラルス・フロールスとの戦いである。

 領主様の御子息の出場とあって、応援席はラルスを応援する者が大勢席を敷き詰めていた。

 だが、何度も体鳴楽器の音が鳴り響くも、ロコンの実況が終わってもラルスが姿を見せない。

 

 どうした、どうしたと観客席からは声が出始める。

 セルフィ様は入場してこないラルスに違和感を感じ、次に貴族席に座るダニエル様を見る。

 すると、ダニエル様は飛び上がるように椅子から立ち上がり、彼を囲んで座っていた婦人二人の様子もおかしい事に気づいた。

 ロコンに試合開始の時間を伸ばす事を托しては、彼女は舞台裏へと行ってしまった三人を追いかけていく。

 

 武道大会関係者室にて。


「どう言うことだ! 何故ラルスが来ておらん!」


「あなた……」


 ダニエル様は部屋の中で係員の一人に問い詰めるように強く声をかける。

 係員はダニエル様の言葉に、思わずたじろぐ姿勢を取る。

 それを見た婦人のパメラ様がダニエル様の腕を取り、怒りを抑える様に言葉をかける。


「す、すまん。君が悪い訳でわないというのに……。でだ、本当にラルスが乗った馬車はまだ来ていないと言うのか」


「いえ、領主様がお気にする程ではございません……。はい、連絡を受け、予定としておりました時刻を過ぎましても馬車が到着しておりません。また、他の係員にも確認いたしましたが、早馬の連絡を受けた者もおりませんでした」


「ふむ……」


 ダニエル様は、馬車の停留所にも未だラルスを乗せた馬車が到着していないことを聞くと、顔に手をあてがえ、考え込む素振りを見せる。

 婦人の二人も何故屋敷の馬車が到着していないことに、違和感を感じていた。


「何かあったんでしょうか? 馬車が立ち往生しているのでは……?」


「いえ、パメラ。それなら早馬を出すか、ラルス一人でも護衛の馬に乗ってここに来るはずです。あの子が試合よりも大切な要件と考えると……。考えの一つで、ミアかロキアに何かあったか……。もしくはラルス本人に何かあったか……。それでも、やはり早馬の連絡を送るはずです……」


「うむ。……取り敢えずこちらから屋敷へ早馬を出すことにしよう。多少人々からは嫌悪に見られようが、ラルスとステイル殿の試合を無しにしてしまうと、魔法学園からの信頼も失ってしまう……。試合の開始時間を少し遅らせるべきだろう」


「……あなたがそうおっしゃるのでしたら。では、直ぐに馬の準備を……」


「その役目、私に任せて貰えるかしら!」


 主催である領主様の提案と言うことで、ラルスとステイルの試合の開始時間を遅らせることに決まった。

 パメラ様はダニエル様の考えを了承した後、踵を返し、大会関係者に連絡を回すためと部屋を出るときだった。

 ノックも無しに、ガチャリと扉が開く。

 声を張り、部屋へと入ってきたのはセルフィ様だった。

 入り口の前に立っていたフロールス家の私兵と、セルフィ様の近衛兵の人達の困った顔が扉の向こうから見える。


「なっ!?」


「セルフィ王女様!?」


 突然部屋へと入ってきた王族であるセルフィ様の姿を見て、係員の数名は直ぐにその場で膝をつき、頭を垂れる。


「もう、皆さん。私はもう王女じゃありませんよ」


 話のタイミングと部屋に入ってきたセルフィ様、彼女をを見てパメラ様は少しだけ訝しげな視線を送る。


「セルフィ……立ち聞きですか? あまり褒められた行為ではありませんよ」 


「違います〜。たまたま扉の反対側で、この長いお耳ちゃんをピクピクしてたら、ダニエル様の大きな声が聞こえたんですもの〜。たまたまですよ〜」


 パメラ様の言葉に焦ることもなく、セルフィ様は自身の両耳を指で掴み、クイックイッっと動かし、テヘッっと舌を出す。


「はぁ。つまりは、最初っから扉の前に居たのですね……」


「なんの事なのか、セルフィわかんな〜い」


「セルフィ……」


 セルフィ様のおちゃらけた態度にパメラ様は頭を抱える思いだった。

 だが、そんな他国の王族がこの様な態度を取るとは思っていなかったのか、係員の人達は唖然とするしかできなかった。


「セルフィ殿。本当に行かれるおつもりなのですか?」


 ダニエル様はセルフィ様の近衛兵に軽く視線を送り、彼女を止めてくれと目で促す。

 しかし、その視線はセルフィ様本人の身体で遮られることに。


「勿論! ダニエル様、ロキ坊を必ず連れてきますよ!」


「違います! 連れてきてほしいのはロキアではなくラルスです!」


「あ〜。そうそう、ラルスね。任せてください!」


 完全に行く気の彼女を誰も止めることもできず、セルフィ様は踵を返し扉を出ようとしたその時だった。


「失礼します!」


「わっ!?」


 開けたままの扉方へと、セルフィ様が足を勧めたその時だった。

 部屋の外の通路から急ぎ足に来ていた二人の男と、彼女は危うくぶつかろうとする。

 ぶつかってしまうと思われたが、セルフィ様は軽い足取りで二人を回避する。

 二人の男はぶつかりそうだった相手を見て、直ぐにその人々が上位の貴族だと理解したのだろう。

 彼女を守ろうと前にでてくる近衛兵。

 彼らはその男二人に威圧を込めながら、腰の剣に手を添える。


「あっ! こ、これは。も、申し訳ございません!! 急ぎの件とは言え、わたくし……」


「いいからいいから。打つかってもいないんだから。ほら、貴方達も剣から手を離しなさい」


「「「……」」」


 セルフィ様の言葉で後ろへと下がる近衛兵達。

 彼等はそれでも直ぐに対処できる程度の距離を取って、警戒を失うことはなかった。

 そんな近衛兵の姿に改めて深々と頭を下げ謝罪を込める二人の男。


「申し訳ございませんでした!」


「ところで貴殿は? 衛兵のように見えるが」


 ダニエル様の言葉で近衛兵の警戒が少し緩む。

 軽装備の鎧を着ている男二人は街の衛兵であった。


「はっ、失礼しました! わたくし、この街の衛兵。西門第三部隊所属、衛兵長を勤めさせて頂いております、ベルガーと申します!」


「同じく。西門にて第三部隊所属、副長のヒックスと申します!」


「火急の連絡にて、わたくし達二名、この場に参上いたしました!」


「ふむ……ご苦労。して、その要件とは?」


 急ぎの連絡を受け、衛兵長であるベルガーは額の汗をそのままに息を整える。

 そして、部屋の中に連絡すべき相手、領主ダニエルの姿を確認したことに報告を述べる。


「はっ! 先程、西門にて、街の狩人から情報が入りました。内容といたしまして、街から少し離れた森の入り口付近にて、領主様のエンブレムが刻み込まれた馬車が1台発見されました」


「「「「!?」」」」


 部屋の中にいる皆が思った。

 えっ、何故そんな森の中に領主様の馬車が?

 領主様が意図的に置いていたのかと。

 だが、領主様含め、婦人の二人の顔は疑問的な表情ではなく、驚きの顔であった。

 領主邸には3台の馬車を所持している。

 既に朝一番とダニエル様、婦人の二人、セルフィ様、ゼクスさんを乗せては2台の馬車が屋敷を出ており、残り1台は子供たちを大会まで運ぶために使われた馬車であることは間違いない。

 それが森の入り口で見つかった。

 他の貴族の馬車ではなく、ベルガーは報告に、領主家のエンブレムが刻まれていたと告げている。


 更にベルガーの報告が続く。

 

「狩人が不審と思い、中を確認したところ、馬車の中は火で燃えたような焦げ跡、周囲には血痕が無数にあったとのことです! また、馬車を引っ張っていた馬は発見されず、御者もおらず、中には誰もいなかったのこと。近くには別の馬車が走った痕跡も見たとの事です。」


 ベルガーが告げる次の言葉に、部屋中が静寂を満ちる思いと全ての者が言葉を失う思いとなった。


「それと……」


「な、何だ!」


 ベルガーが報告をためらう素振りを見せた為、ダニエル様はベルガーに一歩近づき、報告の続きを強く促す。

 ベルガーが目を強く瞑り、言葉を続ける。


「はっ! 狩人が街へとその事を連絡に走る道中……。フロールス家の私兵の二名のご遺体が発見されました!」


「「「「!!!」」」」


「報告は以上になります! 連絡内容が大と判断し、我々二名にて報告させて頂きました。また、わたくしの判断にて、狩人の話を確認するためと、衛兵部隊から数名、報告のあった場所へと確認の為馬を出しております!」


 

 領主様の私兵が殺された。

 明らかに、子供達が乗っていた馬車が襲われた形跡でもある。

 これだけでもその場にいた者全てが馬車に何があったのか直ぐに理解できたであろう。

 馬車に乗っていた者はどうなってしまったのか。

 ダニエル様は一瞬頭が真っ白になる思いと、目の前の衛兵が何を言っているのだと理解できなかった。

 パメラ様、エマンダ様の婦人の二人も報告に血の気が引く思いと言葉を失う。


「そ、そんな……」


「ま、まさか三人に何か……」


「パメラ! 気をしっかり!」


 その場でくずれる様にしゃがみこむパメラ様に駆け寄るダニエル様。

 彼は妻に駆け寄り、彼女の背中へと手を添える。

 すると、背に触れる手が彼女が震えていることを感じさせた。


「ダニエル様! 馬を借ります!」


 そんな領主夫妻をみて、セルフィ様は眉間にシワを寄せながら声を出し、部屋から出ようとする。

 セルフィ様の言葉に、共に部屋を出ようとする数名の近衛兵。


「セルフィ殿! お待ちください! あなたは客人であって、他国のお方。あなたに何かあったとして我が国は……」


「……くっ」


 飛び出すように部屋を出るセルフィ様へと言葉をかけるダニエル様。

 セルフィ様は一瞬躊躇う素振りを見せ足を止めたが、ダニエル様の言葉を押し切る様に歩みをすすめる。

 だが、その足はすぐに止まった。


「それでは、私が行きましょう」


「!?」


「ゼクス! お前、何故ここに?」


 部屋に入ってきたのは鎧に身を固めたゼクスさんであった。

 彼はいつもの優しい執事の表情ではなく、剣士としての武神の顔をしていた。

 その表情には隠しきれていない怒りが見え、周囲の人々を少し威圧させているようにも見える程。


「申し訳ございません、旦那様。ラルス様のご到着が遅れているのかと思い、こちらに確認と足を運びまして、失礼ながら話が耳に入ってしまい……。失礼ながらセルフィ様は旦那様のおっしゃいました通りお客人。でしたら私、フロールス家の執事長が行くことは問題ないかと」


「いや、まてゼクス! お前は武道大会前優勝者。優勝者が席から離れてしまっては決勝はどうする!? お前は勝ち上がってきた選出との戦いが控えておるのだぞ。お前が出ずとも屋敷から私兵を出す……。お前は……」


 止の言葉をゼクスさんへと告げるダニエル様。

 だがその言葉は、今のゼクスさんには全く重みがなかった。


「……。失礼ながら旦那様。優勝者の肩書と御子息様三名の安否、大切な物はどちらかなど、ここに居る誰もが解ることにございます。こうしている間にもラルス様達のお命も危険に晒されているかもございません。屋敷に早馬を出すにも時間がかかります。どうか、私に……」


 ダニエル様へと強い視線を向けるゼクスさん。

 彼の拳は強く握られ、ふるふると震えている。

 孫の様に溺愛し、主君程に大切にするロキア君に何かあってはと思う焦りの気持ち。

 それと私兵、つまりは自身の部下を殺されたと聞いて、ゼクスさんは怒りに身を任せたくなる思いを堪えていた。

 ゼクスさんへの声量がジワリジワリと大きくなり、口調が荒くなってしまう程今の彼は動揺していた。


「……」


「旦那様」


 ダニエル様は強く目を瞑り、眉間にシワを寄せたまま考える。

 その時、隣から凛とした声に婦人であるエマンダ様が口を開く。


「ラルスの魔術の実力は一流にまだ片足に足を踏み入れた程度。ミアも剣術も同じ程。その二人だけなら逃げるだけの抵抗はできるかもしれません。ですが、ここに向かってきた道中何者かに襲われたとなると、まだ幼きロキアも同じ馬車に乗っています。それを考えると、二人はそれ程抵抗できないかもしれません。こちらからも早めに手を打たなければ……手遅れになる可能性が……。私兵二名が亡くなったとなると、相手はラルス達の命を狙っている可能性も大きく出ております」


「……」


「私からもゼクスを向かわせることを、どうかお許しくださいませ……」


「あなた……」


「旦那様……。もし試合に間に合わぬ時は私の命もって……」


 エマンダ様の言葉の後、パメラ様、ゼクスさんは、領主であるダニエル様へと懇願する思いと声をかけ続ける。

 ダニエル様は頭をガリガリと髪の毛が乱れるほどに頭を掻いた後、ゼクスさんへと言葉をかける。


「解った! 解っておる! 俺は別に反対などせぬ! 試合に遅れたから何だ! それぐらいの事でいちいち命を落とす言葉を告げてくるな。ゼクス、直ぐにでも馬車が発見された場所へと出向き、ラルス達を探してこい!」


「はっ!」


 ダニエル様の言葉に、強く返事を返すゼクスさん。

 彼がスッと立ち上がり、踵を返したその時。

 セルフィ様は何かを思いついた様にポンッと手を叩く。


「あっ! そうだ!」


「セルフィ。どうされましたか?」


「そうよ! ここから一気に屋敷近くまで行く最短方法があるじゃない!」


 最高の提案を思いついたように、笑みを浮かべる彼女の言葉に、周囲は早馬以外に何があるのかと考え出す。

 その中、パメラ様が一番に「あっ」と思ったのか、セルフィ様の考えることが解ってしまったようだ。


「えっ……。!? あなた、まさか!」


「ええっ、パメラ様、そのまさかです。ゼクス、あの坊やを呼びなさい!」


「「「!?」」」


∴∵∴∵∴∵∴∵


 大会開始時間前。

 選手待合ホールのテーブル席にて。

 ミツは昨日と同じ様に同じ席、同じお茶を飲んでは試合時間を待っていた。

 一つ違うといえば自分の横には二回戦で戦う相手、ファーマメントが共にお茶を飲んでいることであろうか。


「雨、完全に止んだみたいだね。小雨でも雨の中戦うのは面倒だもん」


 ファーマメントに語りかけたのか、ただの独り言なのか、ミツの言葉にファーマメントは返事を返すことはなかった。

 彼等は周囲の係員の視線も気にしないと同じお茶を飲んで茶菓子を食べていた。


 ミツが係員に出してもらった茶菓子を〈料理〉スキルで調べていると、隣に座るファーマメントが何かに気づいたのか、窓の外へと指を指す。


「……。んっ、後ろ」


「後ろ? えっ……。」


 ファーマメントの指を指す方へと視線を送ると、そこにはホールを囲むように作られた壁がある。

 その壁を今よじ登り、壁から降りようと、こちらにお尻を向けている少女の姿が見えた。

 彼女は雨で濡れた壁に手を滑らせたのか、ニャッと声を出した後、ドテッとお尻から地面へと着地してしまう。


「イテテッ。ニャ〜。着地失敗したニャ……」


「プルン、なにやってんの?」


「あっ。ミツ、ここにいたニャね」


 お尻に付いた汚れを払いながら近づくプルン。

 落下時の怪我はなかったようだが、彼女が近づいてきた際に、回復の為と〈ヒール〉をかける。

 彼女はニャハハと笑い、ありがとうニャ、

と言葉を述べる。


「はぁ〜。プルン、駄目じゃないか。ここは出場選手の控室だよ。係員の人に見つかったりしたら怒られるよ?」

  

「多分それはないニャ」


「なんで?」


 プルンへと軽く注意する言葉を告げるが、彼女はそれは大丈夫と確信を持った言い方をする。

 それはどうしてと聞くが、既に彼女の視線はテーブルの上にある茶菓子をロックオンしていた。


「それはニャ。って、あっ……。そこの人、この間は助けてくれてありがとうニャ」


 プルンは茶菓子から視線を少し上に向け、自分の隣に座っていたファーマメントに今気づいたのだろう。彼女は以前起きた路地裏での件を改めて、ファーマメントへと感謝と言葉を告げる。

 ファーマメントはプルンを一瞥した後、またお茶を飲みボソリと呟く。


「……もう、無理しないように」


「ニャハハハッ。リッコ達からも同じこと言われたニャ。あっ、リッコってのはウチの仲間ニャ。今度合わせてあげるニャよ!」


「……」


 プルンの言葉に、軽く頷く素振りを見せるファーマメントだった。

 

「ところでプルン、何で係員さんに見つからないって言えるの?」


「そうニャ! ミツ、変ニャよ!」


「その言い方だと、自分が変みたいに聞こえるんだけど……。まぁ、いいか。でっ? 何が変なの?」


 プルンは未だに1回戦が開始されていない事、領主夫妻含め、一向に姿を見せない事。

 また、係員含めて審判が闘技場の上で話し合っている事。

 更に優勝者席に座るゼクスさんも、ロコンの実況で席を開けていることが判明した。

 様々な事が重なり、開始時刻から一向に試合が始まらないことに、観客席からは審判や係員に対して罵声が飛ばされ始めていた。

 そして、闘技場に登っていた審判が声を拡散する魔導具を使用して、開始時間が遅れる事を告げる。

 観客は騒然となったが、領主様の判断と係員が告げると、観客席の野次がスッと消えるようにおさまったそうだ。

 領主様に逆らう住民はこの街には居ないだろうし

、居たとしても周囲から冷たい視線をあびる対象となるだけである。

 各国代表席に座る来賓の人々にも、試合の開始時間が遅れることは既に連絡済みでもある。


「そう。ゼクスさんが……。しかもダニエル様達も席から慌てて離れてるのか……」


 それだけでも、きっと試合開始前に何かあったのだと検討はつく。

 だが、それが何なのかは解らない。

 考える様に頭をかしげていると、プルンは自分とファーマメントを交互に見始める。


「ところでミツ、ウチも聞きたいニャけど」


「何をだい?」


「ニャンでこの後戦う相手と、ミツは一緒にお茶してるニャ?」


 プルンの言葉に、ファーマメントはピクリと口に当てようとしていたお茶の入ったコップを止める。

 自分も視線を泳がせては共にいる理由を考えを絞り出す。ただ単に近くにいたからお茶に誘っただけと言っても信じてもらえるのか解らない。


「えっ? あぁ〜。えーっと、それは……」


「……偶然」


「そっ、そう。偶然にね。あははっはははっ」


「そうニャ……」


 自分の乾いた笑いに目を細めるプルン。

 その時。ファーマメントがホールの入り口に視線を送った後、プルンへと言葉をかける。


「……プルン、隠れた方がいい」


「へっ? ニャッ!」


「!」


 何故と思ったその視線の先、係員を引き連れ、先頭を急ぎ足にこちらに向かってくる、鎧を着込んだ執事が見えた。

 プルンは窓から出していた頭を引っ込め、壁に背中を当て隠れる。


「あ、あれ? ゼクスさん? 何故こちらに?」


「ミツさん、よかった」


 ゼクスさんは自分の顔を見るなりホッと安堵の表情。


「はい?」


「火急の要件にて失礼します!」


「えっ? えっ? えええっ!? 何です? 何ですか!?」


 ゼクスさんは自分の腕を掴み、理由も告げず少し強引に、その場から引きずるようにホールを出る。

 集まる視線、だが誰も今のゼクスさんに声をかける者はいなかった。

 呆気にとられる面々。

 係員の人もミツの場所までの案内人でしかないのか、そのままホールに残されている。


「……」


「ニャんでおじさんがミツを?」


「……さぁ」


 プルンはまた窓からひょっこりと顔を出し、連れて行かれた少年を見る事しかできなかった。


∴∵∴∵∴∵∴∵∴


 自分が連れて来られたのはとある一室であった。

 部屋に近づくにつれて、部屋を守る護衛兵の人の数が増えていく。

 中には街で見かける衛兵や、フロールス家で見たことのある私兵さんもちらほら。


 部屋へと入るとそこにはダニエル夫妻、セルフィ様、それとセルフィ様の近衛兵が後ろに立っていた。

 ダニエル様達は顔色が悪く、不安とした表情だったが、自分を見るなり少し安心したように表情を和らげ、微笑みを向けてくれる。

 

 軽く挨拶を済ませ、何故自分が呼ばれたのかを聞いて自分は唖然と驚き、事の重大性を知らされる。


「えっ!? ラルス様達が乗る馬車が!?」


(だから試合が始まってなかったのか……)


 ダニエル様は何があったのかを説明してくれる。

 次第とダニエル様の顔が苦悶とした表情に変わっていく。

 目を見開いて驚く自分に、横から声をかけてくるセルフィ様。


「そうなのよ! 少年君! だからお願い。君の力を貸してちょうだい!」


「なるほど……。解りました! 自分がゲートを開いて、馬車が見つかった近くまで行くんですね」


「ええっ。本当は馬車が見つかった場所っていうのが一番だけど、馬を取りに一度屋敷に戻ったほうが早いでしょうから、屋敷でもありがたいわ。実際、ここから馬を走らせても結構時間がかかるもの」


「そう言う事なら。解りました。では、開きます」


「待ってくれ。セルフィ殿、ミツ君!」


 ダニエル様は自分とセルフィ様、二人を止めるように言葉をかける。


 自分が協力的に見えた事でダニエル夫妻は安堵の表情を浮かべていたが、周囲の目も気にせず、その場で自分が〈トリップゲート〉を発動しようとしてるのを見て、ダニエル様は慌ててストップの言葉をかけた。


「はい?」


「ダニエル様、どうかしまして?」


「いや、その……。すまぬがアレを使用するのなら、人払いを願いたいのだが……」


 人払いと聞いて、セルフィ様の近衛兵三人が少し反応を示す。

 セルフィ様はあ〜っと、彼等がいた事に今気づいたかの様に、ダニエル様の言葉に納得したようだ。

 ダニエル様は既に部屋の外へと自身の関係する私兵や大会の係員、街の衛兵であるベルガー全員を部屋から出している。

 だが、セルフィ様は今は国の代表として、来訪されている客としての扱い。

 ダニエル様の判断で、勝手にセルフィ様の側から近衛兵を外すことを促すわけにもいかなかったのだ。

 セルフィ様は口に人差し指を当て、ん〜っと少し考える。

 そして、目を開けて何かに納得したようにその場で頷く仕草を取る。


「構いません。ダニエル様、彼等は私の兵。隠していてもいずれ知られます。それに少年君自身、隠す気も無さそうですし」 


「むっ……。しかし……」


 ダニエル様は自身の王族であるカイン殿下より、ミツが使える〈トリップゲート〉の口外を禁止されている。

 さらにそれが王族としての王命。

 破ってしまえば幼い息子関係なしに、家族纏めて連座処分。

 ダニエル様の態度に、セルフィ様はダニエル様の置かれている立場を考え、彼女も何か思ったのか、軽く息を吐く。


「ふっ……。解りました」


 セルフィ様は近衛兵の三人の前に立つと、自身の右腕を胸に当てる。

 すると近衛兵は膝をついては頭を垂れる。


「アマービレ! グラツィーオ! リゾルート! 三人とも今から言う事を、よくお聞きなさい」


「「「……」」」


「今から目の前で起きる事、彼のやる事を他者に告げる事を禁止します」


「「「はっ!」」」


 男女両方の声がその場に響く。

 彼等はセルフィ様と出会った当初から、話したことはないが、顔は知っている人達。

 顔を見れば会釈をする程度である。

 三人ともセルフィ様同様エルフなのか、女性は勿論男性も綺麗な顔の作りをしている。


「よしっ。ダニエル様、もうこれで大丈夫ですよ。彼等は絶対に他の人には言いません。いえ、伝えることができません。ダニエル様も知ってる通り、彼等は私と主従関係です。魔術の契約を結んでますので、口約束でも今の約束を破ることもできません」


 近衛兵である三人の返事を聞いて、彼女は頷きダニエル様へと言葉をかける。

 真剣な眼差しのセルフィ様はいつものおちゃらけた雰囲気を消し、元王族である風格を出しているようにも見える。

 ダニエル様は相手が普通の貴族ならば、それでも断りの言葉を告げるだろう。

 

 ダニエル様は考え、結論を出した。


「……解りました。ですがセルフィ殿……。私達は、王命にて彼の力を他者に告げる事ができません。私達は今から貴方方に背を向け、口を閉ざす事をお許しください」


 深々と頭を下げるダニエル様。

 それを見て後ろにいるパメラ様とエマンダ様、そしてゼクスさんも同じ様に背を向ける。


「ええ。カルテットの名において、貴方方に感謝します……。少年君、出して頂戴」


「はい」


 自身達に背を向けるダニエル様達四人を見て、近衛兵の三人は訝しげな視線を自分に向けてくる。

 模擬戦では弓神と呼ばれる程のセルフィ様に弓の勝負で勝ち、ゼクスさんにも模擬戦で勝ったと話の中で彼等は聞いている。

 フロールス家の訓練所や、昨日と一昨日のミツの戦いを見ている彼等の評価として、例え領主夫妻に好まれている人物であっても自分は警戒対象でしかないようだ。

 だが、自身の主人であるセルフィ様が突然契約の誓いを立てさせた事に、彼等は内心驚きに少しだけ動揺していた。

 魔力で縛られた主従関係といえ、自身が望んでセルフィ様を主としたのだから気にするようなことではない。

 周囲から問題児と言われていようとも、セルフィ様に使える事は、彼らにとっては誇りと胸を張れることなのだから。

 その主人が契約の誓いを突然周囲の目も気にせずとおこなった。

 先程セルフィ様が自身の右腕を胸に当てる仕草。

 あれは自身の命をかけても守るべき事がある時にしか使用しない行為である。

 三人は立ち上がり、互いの顔を見合わせ、警戒を高める。

 まぁ、その警戒も唖然とした気持ちが上回っては意味をなさないのだが。


「出します。えーっと。場所はお屋敷の正面入り口でいいですか?」


「ええ。やって頂戴!」


 セルフィ様の言葉に頷き返し、部屋の壁に向かって〈トリップゲート〉を発動。

 それを見た瞬間、呆気にとられる三人。

 セルフィ様は腰に手を当て、ドヤッっとした顔に三人を見る。

 パメラ様は彼女を見て、何で貴女がそんなに自慢げなのですかと、心の中で強くツッコミを入れていた。


 言葉が出なかったのか、それとも自身から口を出すことに失礼だと認識しているのか。

 三人は金魚の様に口をパクパクさせるだけであった。


 ゼクスさんはゲートの前に立ち、自分とダニエル夫妻へと頭を下げる。


「ゼクス。すまぬ。三人をどうか……」


「はっ! 我が命に変えましても、御子息様三名の命、必ずや! ミツさん、お力を貸していただき感謝いたします! それでは……」


「……。ゼクスさん、待ってください! あの、自分も行っても良いですか!?」


 ゼクスさんがゲートに踏み込もうとした時、自分は共にラルス達の捜索に同行させてもらえないかと意思を伝える。

 ゼクスさんは進む足を止める。

 自分がその言葉を言うことを待っていたかのように、ゼクスさんの口調は落ち着いている。


「ミツさん……。ですが、貴方様には後の試合が……」


「いえ、ゼクスさん。ロキア君は自分の弓の弟子ですよ。弟子が危険なときに動かない師は居ないと思います。それに、自分は昨日の戦いで十分アプローチはできたと思いますから」


「アプローチってなんの事?」


 自分は部屋の天井を見ながら言葉を告げると、ダニエル様達は眉をピクリと動かす。

 創造神であるシャロット様の神託にて、大会に出場することはゼクスさん含め、ダニエル夫妻は知っている。

 セルフィ様は自身だけ知らない事に、訝しげな視線を送ってきた。


「い、いえ、こちらの話しです……。それよりも、自分の試合のことは気にしないで大丈夫ですから。もしかしたら直ぐに戻ってこれるかもしれませんし」


「よく言った少年君! なら、私もついて行くわよ!」


「「「「「!?」」」」


「「……」」


 セルフィ様の言葉で周囲は目を見開き驚く。

 婦人の二人はそうなるだろうと解っていたのか、顔の表情は崩してはいない。


「お待ちください姫様! 今回ばかりはなりません。どうか、フロールス家のご子息様の捜索はゼクス殿か、我々におまかせ頂き、姫様はここにてお待ちください」


 セルフィ様自身、ラルス……もとい、ロキア君を助ける意志が元々あったのだろう。

 彼女の腰には当たり前のように剣が携えられていた。


「もうっ、ぜクスは兎も角、アマちゃんの重さに耐えれる馬が屋敷にはいるか解らないでしょ。あなた達の馬はここに来るまでに乗ってきたんだから」


「っ!? わ、私は重くありません! 重いのはこの鎧です! グラツィーオ、リゾルート、二人とも笑うな!」


 セルフィ様とアマービレのやり取りを見て、他の二名の近衛兵が口元を抑えて笑いをこらえている。

 近衛兵であるアマービレがセルフィ様へと止の言葉を続けるが、セルフィ様は話を聞かざる状態。


「セ、セルフィ殿! ですから先程申し上げました通り、貴女様は」


 そこへダニエル様がアマービレの言葉に賛同するかのように言葉を繋げるが、それを遮った言葉が入る。


「あなた、お待ちください……」


「パメラ!?」


「……」


「セルフィ……」


 パメラ様はダニエル様の前に歩みを進め、パメラ様は前に立つ。彼女もセルフィ様を止めてくれるのかと、周囲はそう思っていた。

 だが、パメラ様はセルフィ様から視線は外さず、何かを見通したような表情をしている。


「何を言っても、貴女は行かれるのですね……。はぁ……。解りました、私も覚悟を決めます……。弓神と言われたセルフィ様。貴女様の優れました弓にて、どうか息子達をお救い下さいませ……」


「パ、パメラ……」


 ダニエル様は唖然として驚く。

 その後ろに控えるエマンダ様の口元に、少し笑みが浮かんでいるのが見える。


「フッ……。ええっ、解りました……。パメラ様。

私、セルフィ・リィリィー・カルテットは、貴女の願い、我が弓の弦にて引き結びましょう。 貴女の望み、我が弓が探し人を指し示すでしょう。そして、私の友の思い、切れることない繋がりを見せましょう」


「セルフィ。感謝いたします……。どうか息子達をよろしくお願いします」


「パメラ……。そうか……解った……。セルフィ殿、ミツ君、ゼクス。どうか三人を……どうか……」


 パメラ様とセルフィ様、二人の会話を聞いて、ダニエル様は目をつむり、深く頷き言葉を振り絞るように口にする。

 近衛兵のアマービレは目を見開き驚いた。

 自身の主人がお世話になっているとは言え、客人であり、国の代表者に自身の子供の捜索を依頼するとは思ってもいなかったからだ。

 ダニエル夫妻の願いと言うことで、もう主であるセルフィ様は捜索に行くつもりである。

 こうなれば同じ近衛兵であるグラツィーオとリゾルートと共に、力ずくでも彼女を止めなければと動き出そうとした時だった。

 アマービレの動きに感づいたのか、セルフィ様はゼクスさんの前に自分をスッと移動させると、突然ゼクスさん共々自分をゲートへと押し込む。


「行くわよ! 二人とも!」


「ふぇっ!? うわっ!」


 彼女が何をするか解っていたのか、ゼクスさんはスッと下がるようにゲートを潜り抜け、ゲートの先であるフロールス家の前に立つ。

 そして、不意に押され、ゲートの先で転けそうになる自分を受け止めるように身体を支えてくれた。

 

「ヨッと! 貴方達はそこで待つ! ゼクスの変わりに婦人の三人を守りなさい!」


 セルフィ様もゲートを潜り抜けた後、部屋へと視線を戻し直ぐにアマービレ達へと支持を出す。

 その言葉に、セルフィ様を追いかけようとした三人の足が突然ピタリと止まる。

 アマービレはやられたと言う顔を少し見せたが、主であるセルフィ様の命令は、魔力で縛られた契約にて逆らうことは不可能。

 三人は渋々とした感じに頭を下げる。

 

「よしっ! 少年君、閉めて良いわよ」


 呆気にとられセルフィ様の言うとおりと、頭を下げ続ける面々を最後にゲートが閉められる。

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