第87話 当日のトラブル

「次の試合を行います! 4番と19番の選手は前に!」


「誰が呼ばれたっての!?」


「エクレアでも……ミツでもないみたいだシ………」


「と、言うことは……」


 審判の声で闘技場に上がったのは、グレーのローブに身体を隠した魔族の女性と、大剣を肩に担いだ筋骨隆々の鬼族の男性だった。

 闘技場に上った二人がミツとエクレアでないことに、次の試合が二人の戦いであることが解った。


「あちゃ~。まさか君との戦いになるとはね~」


「ははっ……。よろしくです……」


「ん~。今のうちに一服盛っとこうかな~」


「えっ!?」


「アハハ。冗談よ、冗談。そんなことしないって」


「そ、そうですよね……」


「あんたら、自分のことも大事だろうけど、今の試合見逃すと足元すくわれるよ」


 自分とエクレアが戯れているように見えたのだろう。

 ヘキドナの叱責に、自分達は今戦っている二人の戦いに視線を戻した。


「ちょこまかちょこまかと! おりゃ!」


「アハハハ! デカイ図体の癖に、よくアタイの動きについてこれるね」


 魔族の女性は試合開始と同時にローブを脱ぎ捨て、今は少しセクシーな黒のレオタード姿。

 機敏な動きで、鬼族の男性の攻撃を避け続けている。

 鬼族の男性も獲物は大剣だと言うのに、重さが無いかのように、ブンブンと振り回し一定の距離にて攻撃を繰り出していた。


「ちっ! 埒が明かねえ! すまねえが、腕の一本は覚悟しろよ……」


「ん? あれれ~、何をするのかな~」


 追いかけることを止めたのか、大剣を上段に構えてはピタリと動きを止めた鬼族の人。

 そして、ひと呼吸、深く行きを吸った瞬間、大剣をその場で一気に振り下ろした。


「……フンッ! 空圧斬り!」


「!?」


 大剣が振り下ろされた瞬間、目に見えるほどの風の刃が現れ、魔族の女性へと真っ直ぐに飛んでいく。

 魔族の女性は直ぐに横に避けたが、まるでカマイタチのように風の刃はすれすれでも、女性に傷をつけるほどの鋭さを見せた。


「浅かったか……。しかし、この技から何度も避けれると思うな」


「ちっ……。よくもアタイの肌に傷を………。許さないよ!」


 魔族の女性は二の腕が切り傷程度に斬れたのか、流れ出す血を抑えては、ふるふると怒りに身を震わせていた。


「来いっ!」


 鬼族を睨む瞳が真っ赤に光り、魔族の女性の紫色のショートカットの髪の毛がユラユラと逆だったと思いきや、髪の毛は翼の形になり、バサリバサリと高く空中へと魔族の女性は飛び始めた。


「ムッ! 貴様、飛べたのか!」


「バーカ! 魔族なんだから当たり前じゃない! でもアタイは飛ぶのはあんまり好きじゃないんだ。アタイが飛ぶときはちょっと面倒な魔法を使うときだよ!」


「来い! どの様な魔法も我が剣閃にて切り裂いてやろう!」


「うふふ……。あんたにできるかな~」


 髪の毛でできた羽をバサリバサリと上手く使い、鬼族の頭上を優雅に浮遊する魔族の女性。

 そして、ブツブツと少し早口に何かを唱えては、掌に黒いソフトボール程度の闇を作り出した。

 魔族の女性はそれを鬼族の選手の足元へと投げ捨てた。


「くらいな! インタングル!」


 地面に吸い込まれる様に消える黒い玉。

 鬼族の選手は足元に消えた黒い玉を目で追っても、そこには闘技場の地面しか見えない。

 だが、直ぐに何かジャラジャラと鎖を引きずる音が聞こえたと思ったら、自身の足元から無数の黒い鎖が次々と出てきた。

 少し驚いた鬼族の選手だったが、自身を縛るとしても頼りない鎖の細さに鼻で笑っている。


「フンッ! この程度の細き鎖如きで俺の動きが止めれると思うな! なっ!?」


 こんな鎖は効かぬと、自身の持つ大剣を振り回し、鎖を切ってしまおうと横振りにした瞬間。

 大剣に絡みついた鎖に引っ張られる感じに、大剣自身が数倍の重さになったのだ。

 突然大剣の重さが変わったことに、思わず足を崩してしまった。それにすかさずと、自身の両足や腰、腕や肩と、次々に黒い鎖がまるで意識を持った蛇のように巻き付いてくる。


「アハハ! アハハハ! アハハハハ! もうあんたは逃げられないよ。アタイのスキル、インタングルは普通の鎖と違って、細く見えてもあんたの動きを止めるほどに、すっごく重いんだからね!」


「ぐっうう。お、おのれ! こんな鎖如きに、鬼族の力を舐めるな!」


 膝をついてしまったことに怒りをあらわにした鬼族の選手。

 絡みついた鎖を引き千切ろうとするが、黒く細い鎖はビクリともしない。


「無駄無駄~。更に次の一手があんたの最後だよ」


「うおおお! おのれ! おのれ! この様な鎖など!」


 魔族の女性が飛ぶことを止め、スタッと地面に下り立つと、両手には今度は真っ赤な鎖を手に持っていた。


「これで最後だよ。ドレインチェーン」

 

「ぐふっ!」


 まるでカウボーイの輪投げのように、鎖を輪っかにして投げる魔族の女性。

 鎖の輪は鬼族の選手の首に絡みつき、その赤い鎖が更に赤く光りだしたと思いきや、鬼族の選手が顔をしかめる程に苦しみだした。


「キャハハ! これは何の鎖だと思う? 体験してるあんたなら解るわよね。ふふっ、そう、これはあんたの魔力を吸ってるのよ。勿論インタングルと同じくらい、これはすっごく硬いんだから、引き千切るなんて無理~。その鎖を触ったなら、更に魔力が吸われ、私の身体に流れ込んでくるの! ……はぁ、流れ来る魔力って、本当に、か、い、か、ん……」


「ぐっうう! ガハッ!」


 黒い鎖に動きを止められ、更には自身の魔力を吸われ、魔力の枯渇状態になり、意識を手放す鬼族の選手。

 地面にバタリと倒れ、その動きを止めた。

 審判が直ぐに駆け寄り、息がある状態での気絶を確認後、魔族の女性へと勝利宣言が告げられた。


「そこまで! 4番の勝利!」


「ふ~。ごちそうさま」


 倒れた鬼族の選手を見ながら舌なめずりをし、インタングルを解除する。


 勝敗が決まった瞬間、沈黙に試合を観戦していた人々から拍手が魔族の女性に降り注ぐ。


「やーやー、どーも、どーも。ありがと~、ありがとう~」


 拍手に応えるようにと、魔族の女性は観戦席に手を振っては闘技場から下りていく。



「おっかねえ魔法だな……。あれは捕まったら俺でも抜け出せんだろうな」


「バンおじさんでも?」


「ああ、流石に俺でも鬼族の者とは力の差があるからな……」


「あの鎖に捕まらないように走っても、近づけばもう一つの魔法であんなふうに動きは止められてしまう」


「なら、お母さんがいつも狩りする時みたいに、相手に近づかずに弓で攻撃を与える方法なら?」


「難しいわね……。あの地面から出てきた黒い鎖は、相手の足元だけじゃ無く、腕の動きも止めてるわ」


「遠距離も接近も駄目ニャンて、そんなの強すぎるニャ……」


「可能性があるなら魔法で戦うしかないわね。でもあのスピード……。同じ魔術士でも、先に足が止められた方の負けね」


 先程の戦いに関心と恐れを抱く面々。

 マーサの言葉通り、遠距離で攻撃を与えても恐らく避けられるだろう。

 だからと言って、接近戦は危険すぎる。

 相手が空を飛んだとき、弓で射ることはどうかと提案も出るが、弓をかまえ、矢を放つにも撃たれるところを見られては当たる可能性は無いとのこと。



「準予選最終試合を行います! 18番と30番、前へ」


「うい~す」


「はい……」


「次、出てきましたよ……。やはりあの二人が戦うんですね」


 審判の声に闘技場へと上がる二人。

 その二人を見ては、やはり戦うのはミツとエクレアと解ると、皆の眉尻が少し下がってしまう。



「一応聞くけどさ、棄権する気は無いかな?」


「すみません。全くありません」


 軽い柔軟をしながら話しかけて来るエクレア。

 その問に即答で答えるミツ。


「はははっ、そっかそっか。うん、君には本当に色々と恩もあるんだけど。……それなら、剣士として手加減はしないよ」


「解りました。自分も少し本気を出します。エクレアさん、怪我をしたら直ぐに言ってくださいね、自分がまた治療しますから」


「むむっ。生意気!」


「それでは、始め!」


 エクレアが自身の腰から、獲物である細剣を抜き構えをとる。

 自分も腕にナックルをつけては、ゲームの格闘キャラの様な構えをとる。


 互いに構えたことに、審判から開始の声が響いた。


 開始の声と同時に、先手を出したのはエクレアだった。


「シューティングムーン!」


「!?」


 エクレアは自身の細剣を地面スレスレに、下から上へと振り上げると、同時にスキルを発動。

 振り上げた瞬間、細剣が光りを反射したように見えたと思ったら、光りが風の刃となって襲い掛かってきた。

 先程鬼族の戦士が使用していたスキル〈空圧斬り〉とは違い、まるで細い糸が襲ってくる様なイメージだ。

 ガリガリと地面を削り襲ってくるその光の風は、見ただけなら糸のように細くとも、喰らえばダメージは相当なものとなるだろう。


 それが一本、二本、三本と次々に自分に襲いかかってくる。

 エクレアは細剣を振っては、シューティングムーンを次々と発動してくる。


「なっ!? あの莫迦! ミツ相手にいきなり技ぶっ放しやがった!」


「あれ、エクレアが先手を取るときにやる手だシ!」


「ミツさん!」


 マネは怒声を出し、シューも少し眉間をよせてはエクレアの戦闘である先手必勝の攻撃に驚いている。

 アイシャもいきなり闘技場から湧き出す光の糸に、驚きに声を上げた。


 エクレアはその場から動くこともなく、スキルを発動。

 エクレアの攻撃を避けつつ、自分は攻めるべきタイミングを見測っていた。 

 ビュンビュンと風切音が耳元で響き、闘技場は地面が少しづつ削られ、砂と土が粉塵の様に煙が舞い上がってきた。


「オリャリャリャリャリャ! 私の攻撃、いつまで避け続けれるかな!」


「ん~……。おっとっと。あ、足元が~、やばい~、倒れる~」


「貰った!」


 わざとらしいセリフを吐きながら、自分が足元を崩しては体のバランスを崩すように見せると、エクレアはその一瞬の隙を狙ったのだろう。

 エクレアのスキル、シューティングムーンが一転集中と攻撃を繰り出してきた。

 バシバシと次々と止まらない攻撃、それをスキルの硬質化を使用し、固くした腕で受け続けていると、攻撃が迫る際に砂煙が舞い上がる。


 自分の姿が見えなくなる程に、観客席からはモクモクと闘技場を煙が二人の姿を見え無くしていた。


「ふふ~ん。これで決まったかな……。あ~もう。煙がめんどくさい……。んっ……? あれ、これって何か変じゃない……?」


 エクレアの攻撃に舞い上がった砂煙が、時間がたっても一向に晴れない。

 観客席からも、どうしたどうしたんだとガヤガヤとした声が聞こえてくる。


「えっ!? 何? まさかスキルなの?」


「そうですよ」


「えっ……」


 耳元から聞こえたミツの声に驚きに振り返ろうとするが、反撃も抵抗もする暇もなく、エクレアは自身の腕が掴まれたことが解った時には、自身の体に浮遊感を感じていた。


「エクレアさん、ちゃんと受け身取ってくださいよ」


「ちょっと! きゃあああ!」


 モクモクと闘技場を隠すほどの煙の中からエクレアが悲鳴を上げながら飛ばされてくる。

 闘技場の外の地面に叩きつけられ、エクレアはゴロゴロと転がり、止まったと同時に闘技場の煙が晴れていく。


 観客は何が起こったのか、何が飛ばされてきたのか、晴れた闘技場に残る自分と審判の二人だけを見て、やっと場外に飛ばされていたのはエクレアだと認識した。


「審判さん。あれ、あれ」


「あっ! 場外! 30番の勝利です!」


 煙から晴れた闘技場を審判がキョロキョロと辺りを見回していたので、場外にいるエクレアを教えると、やっと気づいたのか、勝利宣言をしてくれた。


 勝利宣言の声に、見ている観客席からは、「えっ? 終わったのか」や「あれ?」っとした、疑問的な声が聞こえてきた。

 一応観客席からは、まばらながらも拍手が飛ばされてくる。


 場外に飛ばされたエクレアに怪我はなかったのか、ゆっくりと起き上がり、近寄るヘキドナの手を取っては普通に立ち上がっている。


「うわっ~。エクレアに勝っちゃったシ……」


「でもよ、煙でなんにも見えなかったっての。エクレアの奴め、観客のアタイらにサービス悪いっての」


「ははっ……。本当にさっきの煙はエクレアさんか怪しいですけどね」


「んっ?」


 リッケの言うとおり、闘技場を隠すほどの煙の犯人はエクレアの剣術スキル〈シューティングムーン〉が原因では無く、ミツの〈煙幕〉スキルである。

 エクレアの連続攻撃で粉塵が舞い上がった時、咄嗟にミツは煙幕のスキルを発動していた。

 粉塵は時間が経てば晴れるが、煙幕スキルはミツの意思で消すか、数分立たないと消えることはない。

 更には姿の見えない煙の中〈潜伏〉と〈不意打ち〉のスキルを使ってはエクレアの背後に回り込み、一本背負いと闘技場へと出したのだ。


「これにて、武道大会出場者16名がここに決定いたしました! 明日多くの観客の元、皆様には武勇を競って頂きます! 開始時刻は三の鐘がなる時刻といたします。明日、対戦相手は観客の皆様の前で決定しますので、出場選手の皆様は係員へと自身の名前をお伝えください。観客席の皆々様、どうか勝ち残った選手に今一度、大きな拍手を!」


「うおおお! 凄えぞ!」

「必ず見に行くからな! 明日も期待してるぜ!」

「素敵~。頑張ってー!」


 準予選が終わり、観客席からは割れんばかりの拍手が送られてきた。

 何とか無事大会出場を掴み、自分は皆がいる方の観客席へと手を振った。


「凄い凄い! ミツさん!」


「やったニャー!」


「エクレアは残念だけど、アネさんが出場できたんだから良かったシ!」


「姉さーん! 姉さーん!」


 予選が終わったこと、自身が敗北したことに落ち込みしゃがみこむエクレア。

 そんな彼女を見てはヘキドナが声をかける。 


「フッ、残念だったね」


「ぶー……。リーダー、そんなに残念と思ってないでしょ!」


 ヘキドナのねぎらいの言葉に、頬を膨らませては、ふくれっ面にいじけて言葉を返すエクレア。


「……莫迦な子だね。あの子自身でも、カウンターで勝ってきたってヒントもくれてたじゃないか。アンタは先制攻撃は控えて、あの坊やから攻撃させた方がまだ良かったんだよ」


「むむむっ……。はぁ~。ちぇ~。私も大会出たかったな……」


「今回は観戦席で大人しくしてな。ってか、あいつら二人を大人しくさせといておくれ……」


「あははっ……。リーダー、ちょっと怒ってる?」


 審判が一人一人と名前を名簿に書き込む中、自分の前に一人の女性が立つ。


「やっぱり残ったっちゃね」


「お疲れ様です、ライムさん」


 目の前に立つ女性は以前、試しの洞窟6階層にて地上に帰ることができずに、セーフエリアで孤立していたアイアンランク冒険者、鬼族のライムであった。

 彼女の肩には大きな両刃の斧を抱え、見た感じ傷などはなさそうだが、衣服がボロボロの格好である。

 準予選に互いに出場していたことは気づいていたが、試合に集中したかったのだろう。彼女は軽い目配せをした後、それと言ってライムとは会話はしていなかった。


「お前が勝ち残るのは大体予想はしてたっちゃ。だから、大会までに少しでも戦闘を見とこうと思ったけど、煙で何にもみえなかったっちゃね」


「んっ? 戦うも何も、自分は対戦相手を場外に出しただけですよ……。おっと……」


「う~……」


 先程戦ったエクレアの方を見ると、自分が見ていたことに気づいたのだろう。彼女は敗北したことに、恨めしそうにジトっとした視線を自分に送ってきた。


「ははっ。恨まれてるっちゃね。まあ、これも勝負なんだし、仕方ないだっちゃ。うちも予選で勝ち続けたときには対戦相手の連れに睨まれてたっちゃからね……」


「そうだったんですね。自分の予選はそう言った視線はなかったですけど。ちなみに、どんな人だったんですか?」


 ライムの午前の予選の試合、彼女から話を聞くと、何と対戦相手はマネであることが解った。

 その後、マネに勝利後、ライムを睨んできたのが連れであるシューであった。

 お互い知人であり、いきなり何とも言えぬ状態に言葉を失ってしまった。


「まあ、そんな視線も勝利後の快感には些細なものっちゃ」


「で、ですね……」


 ライムと会話をしていると、大会の係員の人が少し大きめの木版を片手に話しかけてきた。


「次の方、こちらにお名前をお書きください。文字が書けない方は代筆いたしますよ」


「じゃ、頼むっちゃ。うちはライム。番号は7番っちゃ」


「30番、ミツです」


 別に文字がかけない訳ではないのだが、ライムが口で番号と名前を言ったので、自分もついでと係員の人に名簿に名を書いてもらった。


「はい、大会ご出場、まことにおめでとうございます。明日は時間に遅れないようにお願いします。それと、観客席はこの数倍となりますので緊張せずに頑張ってください」


「はい、ありがとうございます」


「だっちゃ」


「しかし、貴方のような成人して間もないお人が大会に出場されるとは」


「ははっ。運が良かったんですよ」


「はあ……。そうですか……」


 自分の言葉にライムは少し苦笑い、係員の人は少し呆れてるのか言葉が出ないようだ。

 そんな会話中、後から野太い声が背後から聞こえてきた。


「フンッ。貴様のその運も今日までとしれい!」


「んっ?」


 振り返ると、そこにはライオンっぽい獣人族の男が立っていた。

 別に自分の身長が低すぎる訳ではないが、獣人族の男自体、体格が大きいのもあるだろうが、獅子の鬣のような長い毛が更に迫力を出している。

 赤いメイルアーマーに身を固め、腰には大きめの剣を携えている。

 後には同じく獣人族の男女二人がいた。


「小僧、ベンガルンを地につけた貴様は【獅子の牙】である我直々に、貴様のような小さき胸に誇り高き牙が突き刺すことを覚えておけ!」


「獅子の牙? チーム名ですか? それとベンガルンさんって、あの優しいトラの人ですよね」


 予選最終戦、その時戦ったトラの獣人族。

 彼の名前は鑑定時に判明していたが、予選自体番号で呼ばれる物なので、名前を出すということは、目の前のこの獣人族の人はベンガルンと知人であることがすぐに解った。


「フンッ! あの者は優しさでは無く、心弱気者だからこそ予選などで負けたのだ。お前の様な子供のヒューマン如きに負けを屈するとは。フンッ、とんだ牙の面汚しよ!」


「……そうですか」


「ミツ、相手にしちゃだめっちゃ」


「ライムさん、大丈夫ですよ。……失礼ですけど、自分はあの人を弱者だとは思いませんよ。寧ろ、ベンガルンさんより、自分は貴方の方が仲間にそんな言葉を言う方がどうかと思いますよ」


 自分はライムのその場を収める言葉をやんわりと受取り、目の前の獣人族の男へは、少し棘のある言い方で言葉を返した。


「!?」


「き、貴様! 我を侮辱するつもりか!?」


 思わぬ言葉を返され、驚きと怒りに触れたのか、目の前の獣人族の男、バーバリがピキッと青筋をたててはズイッと一歩前に近づいてくる。


「侮辱ではなく真実を言ったまでです。ベンガルンさんは試合開始まで自分に棄権しろと言葉をかけてくれました。それに、自分に勝った後も直ぐに治療ができるためと、態々治療士のいる方へと場外負けを狙ってたみたいですよ。そんな最後まで相手に気遣いできるあの人の方が、貴方より立派だとそのまま言っただけです。別に貴方の方が気の小さいだの、心ないだの、貴方のような人の下につく人は大変だなとは一言も言ってませんよ? 言葉を深読み過ぎではないですか? 一度その空っぽの頭の中を治療士に見てもらったらどうです? ほら、今ならそこで無料にて見てもらえますよ?」


「お、おのれ貴様! 許さん! 今ここで我が爪の餌食となるがよい!」


 スラスラと告げられる自身への侮辱とも言える言動に、怒りをあらわにしたバーバリ。

 

 ライムもバーバリの側にいた二人も驚きに目を見開いている。

 まさか目の前の少年ほどの人族が、獣人族へと反論するような言葉を出すとは思っていなかったからだ。

 

「ミツ!?」


「「団長!」」


 ガッと自分の胸ぐらを掴んで来ようとするバーバリ。

 だが、その手は自分に届くことはなかった。

 スッと後にバックステップをしてはバーバリと距離を置く。


「本当に頭の中空っぽなんですか? 莫迦じゃないですか? 今手をだしたら明日の試合にも出れなくなりますよ。その無駄にデカイ頭に覚えると言う知能があるなら、今は大人しくすることを覚えてください」


「グルル! 貴様は我が誇りを侮辱した! 絶対に許さん!」


「その誇り、埃でもかぶってるんじゃないですか? 一度掃除することをオススメしますよ」


「き、貴様ー!!!」


 最後の言葉がトドメとなったのか、バーバリは雄叫びの怒声を上げては、自身の腰の剣を抜き、自分へと駆け出してきた。

 

 ほんの少し、バーバリの言葉に腹に据えかねる思いだったので〈挑発〉スキルを使いながら言葉を返していたが、バーバリには効果はバツグンに効いたようだ。


「そこまでにして下さい!」


「!?」


「バーバリ選手、これ以上この場での言い争いは禁止といたします! ミツ選手、あなたもそのような言葉は慎みください! お二人とも忠告を聞いていただけないようなら、この場で失格を宣言いたしますよ!?」


「グルル……!」


 係員の言葉にピタリと動きを止め、バーバリは剣をガキンッと金属音を鳴らしながら強く鞘に戻す。

 バーバリが怒りの鞘をおさめたことに、皆の視線が自分へと集まる。


「ふぅ……。自分はこれにて失礼します。皆様、この場を騒ぎ立ててしまいすみませんでした。ライムさんもまた明日」


 係員と他の出場選手へと頭を下げ、自分は闘技場の外へと歩き出す。

 勿論バーバリに、1ミリも下げる頭なんて今の自分は持ち合わせてないので無視である。


「許さん、許さんぞ、小僧!」


 獣人族であり【獅子の牙】の団長でもあるバーバリの誇りは泥を塗られた思いだった。

 今でも手から離れない剣を鞘から抜きたくなるほど、彼の心には怒りが満ちていた


「ニャ~。ミツ、いったいどうしたニャ?」


「遠くから見てて、なにかあの獣人の人と言い争ってた用にも見えましたけど?」


 皆に心配をかけてしまったのだろう。闘技場から外に出るなり、プルンたちは先程の言い争いが気になっていたのか直ぐに声をかけてきた。


「うん、ちょっとね……。あの人が自身の仲間の人を邪険にしてたから、少しカチンっと来ちゃって……」


「なるほどニャ……」


「もう、ビックリしたわよ。外に出ようとしたらいきなりあの人が大声で怒鳴るんだもん……」


「まあ、審判の人が止めてくれたから大丈夫だったんだけどね」


「そうか……。まあ、獣人族は恩も恨みも根に持つって聞くからな……。お前なら大丈夫とは思うが、周囲には気をつけろよな。あのおっさんが手を出さなくても、他の奴らをけしかけるかもしれねえからな」


「その時はウチが相手してやるニャ!」


「ふぅ……。本当、恩も根強いわね……」


「ニャ?」


 シュシュっとシャドウを見せては任せろと、フンスと意気込むプルンを見ては、リックの言葉に納得する面々だった。


「ところでギーラさん。皆さんは明日も大会を見に来ていただけるんですか?」


「ああ、本当はそのつもりだったんだけどね……。すまないね、宿がどこも取れなくて、流石にこの状態で野宿もアイシャがいちゃできないからね。私達は夕方になる前にはここを立つつもりだよ」


 ライアングルの街にある庶民宿の宿泊は比較的安価のため、大会を見に来た来客や、貴族を守るためにと付いてきた私兵によって殆どが満室状態。

 元々来る予定も無かったギーラ達は宿がどこも取れず、あるのは雨風が凌げるだけの相部屋である大部屋しか無かったようだ。年頃のアイシャを他人も寝るような場所で寝かせるのも危険と判断した保護者達は、無理に泊まることは止めて、夕方前の馬車でスタネット村へと帰路につく予定を立てていた。


「残念だけど、ミツさんの姿も見れたし、私は満足だよ。本当は明日も応援したかったけどね。でも、ちゃんと村でミツさんが勝つことをお祈りしてるから」


 アイシャが残念そうな表情を浮かべながらも、精一杯の笑顔で自分に応援の言葉を伝えてきてくれた。

 そんな時、プルンが首を傾げながら会話に入ってきた。


「ニャ? ニャらウチの教会に来るかニャ? ウチの教会、部屋だけは無駄にあるから、四人くらい平気ニャよ」


「ああ、そうだね。あの教会って本当に部屋数だけは多いからね……」


「ニャハハハ。掃除が面倒だから、使わない部屋は汚れないようにと締め切ってるニャ」


 頭の裏で腕組みをしながら笑うプルン。

 以前教会の屋根を修理したさい、ついでにとエベラにどこか修理はないかと聞いたら、使っていない部屋の壁に穴が開いて、ネズミが出入りして大変だったそうな。

 その時プルンはスヤン魚の干物台を作っていたので、エベラと二人で壁の修繕をやったのだ。ただ、単に土と藁を混ぜただけの土壁だが、流石に12部屋分は大変だった。



「プルンさん、本当に!? お婆ちゃん!」


 プルンの提案に、アイシャが目を見開いては祖母へと駆け寄る。


「ん~。しかし……。良いのかね? 突然訪問したりして……」


「いいニャいいニャ。婆ちゃん達にウチがお世話になったこと言えば、エベラも許してくれるニャよ」


「そうかい……すまないね。なら、悪いけどあんたの言葉に甘えさせて貰うよ」


「ニャニャ」


 アイシャは喜び、プルンにありがとうとお礼を言っている。それに続くように母のマーサと伯父のバンも続いてお礼を述べている。


 マネとシューはヘキドナとエクレアの二人と合流するそうなので、今日はこの場で別れることに。

 少しリッケが名残惜しそうにしてたが、マネが明日も武道大会を見に来ると聞くと、僕も行きますとマネへと笑顔で返事をしていた。

 あれれ? リッケさんや、それは勿論自分の応援で来てくれるんだよねと、野暮な言葉は控えておいた。

 明日の待ち合わせの時間から座る席の場所など、何やらリッケの中ではデートプランの様なものが会話の中に入っている。それをニヤニヤと見る三人の女の子。

 いつものリッコとプルンに追加して、シューまで面白いものを見るような表情だ。


 先にギーラ達を泊めるためにと、エベラの許可を貰うため一度教会へと帰ることにした。

 理由を話せばエベラなら大丈夫だと思うので、この件は別に問題ないと思う。

 教会の方へと歩き出したその時、人混みの中から手を振りながら近づいてくる一人の人物に視線がいった。


「あっ、やっと見つけた!」


「んっ? あれ、ガレンさん?」


「ミツさん! 良かった、これでボスに怒られずに済む」


 人混みから手を振り現れたのは、フロールス家にて料理人として働いているガレンだった。


「どうしたんです? 予選でも見に来たんですか?」


「いやいや、そうじゃないんだよ。ミツさん、悪いが急いで屋敷に来てくれないかい!?」


「えっ? どうしたんです? 何かあったんですか?」


「ガレンさん! あっ、良かった、見つかったんですね!」


 ガレンの焦りように、屋敷で何かあったのかと思っていると、また人混みの中から今度はスティーシーがこちらへとやってきた。彼女もガレン同様、フロールス家にて料理人として働いている人だ。


「ああ、スティーシー。ミツさん、あんたの力が必要なんだよ。頼む! 俺達と一緒に来てくれないか!」

 

「お願いします!」


「えっ、あ、はい。予選も終わりましたから構いませんが、本当にどうしたんですか!?」


「理由は道中話します!」


 行けると返事をすると、二人は自分の両腕を掴んでは、まるで連行するようにと歩き出した。


「えっ!? ちょちょちょ!」


「ミツ、何だか解んニャいけど、お屋敷からの呼び出しニャ!」


「そうね。どうせこの後予定も無いし。行ってきたら?」


 連れであるプルンとリッコが行って来たらと、二人が口を揃えて言葉を出すと、ガレンは一言残し、スティーシーへと目配せをした後、人混みを分ける様にと歩き出した。


「本当にすまねえ! 恩に着る! スティーシー、急ぐぞ!」


「じゃ、すみません。皆さん自分はここで」


「うむ。要件は解らんが、領主様の元へ行くんじゃ。ミツ坊や、しっかりと務めなさい」


「ミツさん、帰ったらまたお話しようね」


「うん」


 呼ばれる要件も解らぬまま、自分はガレンとスティーシーに連れられて屋敷へと行くことになった。

 大会場から少し離れた場所、臨時的馬車の停留所にて、貨物用の荷馬車が数台停めてあった。

 その停められていた一台の荷馬車へと乗ると、直ぐに御者の人は馬を走らせた。


「ささっ! 急いで!」


「ガレンさん、一体何が? 今日は確か、屋敷で武道大会の前夜祭ですよね?」


「その前夜祭に出す料理に問題が起きたんだよ」


「えっ?」


 走る荷馬車の中、焦った感じに理由を話し出すガレン。

 本日開催される前夜祭にて、自分からレシピを買ったプリンを出す予定だったのだが、肝心な材料が無いそうだ。

 以前、練習用としてバニラビーンズを渡していたのだが、あれからパープルさんとガレン、そしてスティーシーの三人で練習を繰り返していた。

 プリンアラモードの様に少し変えるだけでもとても良い品に変わるので、プリンのレシピのアレンジに奮闘する三人だった。

 そして本日が本番と、プリンを作ろうとしたときだ。

 使用する卵、在庫としてあった卵のその半分が腐敗していることが発覚した。

 時間もないので急ぎ、新しい卵を買いに市場へと走ったガレンとスティーシーだったのだが、今の時期、出店の食べ物屋、宿、飲食店がこぞって食品関係を買うため、市場では卵は売り切れになっていた。

 ならばと、養鶏場に直接仕入れに行けばと考えた二人だった。だが、最悪も最悪、辿り着いた養鶏場は数日前に獣型のモンスターに荒らされ、卵を産む鶏が全て食い殺されてしまっていた。

 焦りに焦り、理由を話すためにと急ぎ屋敷へと帰った二人はパープルさんにその事を伝えると、彼女は頭を抱え、自身の管理不足の責任も踏まえて婦人の二人に報告。

 まだ半日は時間があるので、今からなら卵を使わないお菓子に変更することは問題はなかった。

 しかし、多くの貴族が来訪し、さらには王族と巫女様も来られると言うのに、ディナーのデザートがお茶会で出すようなお菓子では、後々他の貴族から変な噂を出されてしまうかもしれない。


 だからといって、何も出さない訳にも行かない。


 貴族の食事会は、ただ来訪した人々に満足する食事をさせるだけが目的ではない。

 貴族内では、ハッキリ言えば食事会は見栄の見せ合いでもあり、それよりも大事なのが、自身の家より上のものを丁重に迎えることに、相手へとコネを作るチャンスの場でもある。

 フロールス家は伯爵家となるので、下の身分である男爵、子爵からはどんどん新しい情報を得ては、それを自身の発展場と変えて、上の侯爵、公爵、そして王族へと貢献するのだ。

 いやらしいと思うだろうが、これが貴族社会の流れでもある。

 フロールス家は伯爵家だが、他の伯爵家とは違い、生活自体は他の貴族が見ても解る程に、日々守銭な生活を送っている。

 それは別に国から送られる貴族資金が少ないと言う訳ではない。

 確かにフロールス家の主催として行われる武道大会の様なイベントには、大きな利益も得ることもできるし、街の金銭の流れも他の街と比べると、とても良い方なのだ。

 だが、フロールス家の管理する領地はとても、金がかかる問題事が多々頻発するため、稼げる時に稼ぎ、無駄な物には金はかけない。

 ダニエル様のその考えに、婦人の二人も心より賛同している。

 今回婦人の二人がミツから買った料理のレシピは虹金貨40枚と、一見高額な取り引きをしたと思うだろうが、これをきっかけに、金では買えない侯爵、公爵、王族へとコネを得るなら、虹金貨40枚は寧ろ安すぎる方なのだ。

 勿論相手が気に入らなければ、それはただの無駄なお金となってフロールス家にとっても痛手となる。


 今回の前夜祭にて、今後の商売のきっかけにも繋がる可能性があったプリンが作れないとなると、折角のチャンスを先送りにしなければならなくなるのだ。

 だが、婦人の二人とミツの間に契約したレシピの契約期間は一年。

 契約が切れた来年にでも、ミツが他貴族にこのレシピを販売してしまう様なことがあれば、プリンのレシピはフロールス家発展の転機と成らなくなってしまう。


 不運が重なり、仕方ないとエマンダ様はミツへとお願いすることを提案した。

 その言葉に、パメラ様は反論の気持ちもあったが、縋りつきたい気持ちもあったのも確か。

 ここは頭を下げても頼むべきだと、エマンダ様の言葉に、パープルさんは直ぐにガレンとスティーシーを、ミツがいると思われる武道大会周辺にて探してきてくれと荷馬車を走らせたのだ。

 屋敷に近付くと、いつもの正門の方ではなく、裏門の方へと荷馬車は道を変えていく。

 既に身分の低い貴族が来訪しているようだ。

 身分が低いとはいえ、相手は貴族に変わりはない。

 そんな貴族の横を荷馬車が走ることはできないので、裏口からの訪問となった。

 

「ボス! お連れしました!」


「パープルさん、お待たせしました!」


「ああ。ミツさん、突然呼び出してすまないね……」


「いえ、大丈夫ですよ。理由はガレンさん達から聞きました。取り敢えず材料を出します、遠慮せずに使ってください」


「ああ。本当にすまない……。態々来てもらったのに……」


「どうしたんです?」


 プリンの材料となる卵を次々と出し、それを見ては少しだけ微笑むパープルさん。

 だが、次の瞬間、パープルさんは衝撃的な言葉を言ってきた。


「すまない……。折角の前夜祭。もう、駄目かもしれない……」


「えっ!?」


「ボス!?」


「えっ、パープルさん、それってどう言う意味ですか!?」


 駄目と言う言葉に驚きの三人。それにゆっくりと答えるかのように、理由を話すパープルさん。


「他の街に頼んだ材料が来ないんだよ……」


「はっ!? 何故ですボスッ!?」


「……。あんた達がミツさんを迎えに行った直ぐだ。屋敷に早馬が来てね……。それが頼んでいた材料、それが運搬中、何故か事故にあって荷馬車ごと川に流されたって連絡が来たんだ……」


「そっ、そんな……。材料ってあれですよね! ボスが何日もかけて作ったつけ置きのソース! 肉を解体後、直ぐにソースに沈めてくれと、加工場に相談して、話しあったあれですか!?」


「ああ……」


「どっ、どうするんですか、パープルさん!? もう、貴族様達が次々と屋敷に来訪されてますよ!」


「待ちな……。いま最低限だけど、メニューを考え直してるからさ」


 頭を抱え、椅子にどかっと座り込むパープルさん。

 そんな彼女を見ては、ガレンとスティーシーの二人も、厨房にある材料でメインとなる品を話し合いだした。

 だが、厨房にある材料は、既に使う予定のあるものばかりで、残った材料では来訪する人数の数ほど在庫がない。


 そんな三人の慌てように、他の見習いの料理人や、ヘルプとして来てくれた、屋敷の給仕係の人達の顔にも焦りの色が出てきた。

 

 本来なら、届いた材料を調理するだけで済むはずだった。今の時刻に材料が届いても、別に問題はなかったのだ。

 加工場からこの屋敷まではそれほど距離も無いので、まさかこの様な状況になるとは誰も思っても見なかった。


「ガレン、スティーシー。クッフェの準備をしな……」


「なっ!? ボスッ! クッフェって! あれを出すんですか!」


「パープルさん! あれは私達も食べるような庶民料理ですよ!」


 パープル達の言うクッフェとは、茹でたジャガイモを崩し、人参やアスパラなどの野菜などを細かくさいの目切りにして混ぜて出す品だ。

 ジャガイモでお腹は満たされ、野菜の食感で食べた気にする、低コストで庶民に良く食べられている品である。

 

「解ってる。見た目は仕方ないけど、味付けで誤魔化す。なあに。相手は貴族様、クッフェなんて逆に食べたことない物だろう。意外と相手には珍物てきな料理に見えるかもしれないよ」


 苦笑いをしながら話すパープルさんの表情を見ながら、沈黙になる面々。

 ガレンはそんな彼女を見て重い口を開いた。


「「……」」


「ボス、本当に良いんですね……」


「……ああ、責任はあたしが取る……」


「パープルさん……」


「さっ! 始めな! 直ぐに野菜を湯で始めないと、前夜祭にも間に合わないよ!」


「「はいっ!」」


 パープルさんは皆に気合を入れるようにと、パンッと一度手を叩く。その音に背筋を伸ばしては返事を返す面々。


「あの、ガレンさん、ちょっと良いですか?」


「んっ? なんだい?」


「お忙しい中すみません。あの、色々と質問したいんですけど。まず、料理って全くできてはいないんですか?」


「いや。オードブルとスープ、ポワソンの三種は大丈夫だ。スープは数日前から仕込んでるから、それは温めるだけにしている。ポワソンの魚料理はスヤン魚の良い品が手に入れたから、それも火を通すだけだな」


 ガレンの話を聞く限り、前夜祭でのディナーで出す料理は、前菜であるオードブル、スープ、魚料理のポワソン、口直しのソルベ、肉料理のアントレ、デザート、そして最後に飲み物と小菓子で締めるようだ。


 ガレンが見た視線の先には大きな鍋があり、中を見させてもらうと、少しクリーム色の野菜スープが入っていた。


「ソルべの口直し料理はスティーシーが作ったムースを出す予定だ。問題はアントレである肉料理だ……。これを野菜で補うってんだから、もうボスの力量を信じるしかねえ……」


「そうですか……」


 パープルさんは調味料が入った麻袋や壺を見ながら、クッフェの味付けの思案をしているのだろう。

 その表情は先程から険しい顔のまま。

 厨房で慌ただしく動くガレン達も、急ぎ使う材料を選別している。

 


「……よし。パープルさん」


「んっ……。ああ、ミツさん、すまない。態々来てもらったのに、放置した感じになって」


「いえ、それは気にしませんから大丈夫ですよ。それよりパープルさん、一つご相談が」


「相談?」


「はい。良ければ、メインの肉料理を自分が出すことは駄目ですか?」

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