第88話 王族の来訪

「良ければ、メインの肉料理を自分が出すことは駄目ですか?」


 野菜を選別していたガレンが話を聞いていたのか、ピタリとその手を止めてこちらへと近づいてきた。


「なっ、ミツさん! 不足していた材料を提供してくれることには感謝してる。でも、出す相手は貴族でもあり、王族だぞ。貴方を信用してない訳ではないが、時間も、もうそんなに無い! それ以前に、屋敷の料理人以外の料理を出すわけにはいかんだろ!?」


 ガレンの声が厨房に響く。

 周りの人々もその言葉に驚き作業をする手が止まってしまい、厨房の中は一瞬音を失くしたように静寂が満ちた。


「……。ミツさん、ちなみにその料理って何を出すつもりだい? 説明してもらえるかい」


「ボスッ!」


「黙りな! 悪いが今は小さな可能性も拾いたい気分なんだよ」


「ボス……。へ、へいっ……」


 パープルさんの言葉に、反論する声を上げるガレン。

 パープルさんは一喝として、ガレンの言葉を止めた。


 普通に考えたら無策であろう。

 だが、パープルさんは目の前の少年の出す料理に、料理人として一度感動を覚えた。

 数カ月と思考思案していたディナーのメニュー、その最後のデザートが日もわずかとなり、結局無難な品で決めてしまったその時だ。目の前の少年は自身の前に現れ、数十分と立たずと、迷っていた私の道を照らしてくれた。

 ガレンの言ったとおり、目の前の少年はフロールス家のお抱え料理人でも何でもない、ただの客人だ。

 それでも、もう一度。もう一度、沼に落ちた気分の私を救って欲しいという思いがあったのかもしれない。

 

 パープルさんの言葉にコクリと頷き、彼女の前に立つ。


「ちょっと説明するには量も多いので、パープルさんに直接見せますね」


「はっ? 何を」


(ユイシス、思念思考ってさ、思ったままのイメージが相手に行くんだよね?)


《はい、距離も近い分、自身のイメージ、映像と音が相手へと鮮明に脳内に映し出すことができます》


(なるほど。解った、ありがとう)


「パープルさん。今から自分がスキルを使います、その料理の出来上がりをイメージで頭の中に送りますので受け取ってください」


「えっ? あ、ああ。そんなスキルがあるのかい。……解った」


「行きますよ」


(思念思考!)


「……!?」


 頭の中で料理のイメージを浮かべたまま、パープルさんへと向けてスキル〈思念思考〉を送る。

 スキルが成功したのか、パープルさんは目を瞑ったまま、驚きに眉間がよるのが見えて解った。

 そして、足を崩したのか、ガタリとその場に座り込んでしまった。


「ボスッ!?」


「パープルさん! 大丈夫ですか!?」


 座り込んだパープルに直ぐに駆け寄るガレンとスティーシー。


「す、凄い……。こんな料理の数々……」


 パープルさんはゆっくりと目を開け、驚きに頭を抱える。


「見えましたか?」


「ああ。み、見えた……。私が見たことないものばかり……。でも、全ては作れないだろ!? 材料が……」


「いえ、殆どが直ぐにできます」


「そ、そんな!?」


 パープルさんは自分の即答の言葉に、更に目を見開いては驚いていた。


「ボスッ! 何なんですか! 何を作るんですか!?」


「そうですよ! 私達にも教えて下さい!」


 ガレンとスティーシー、二人がパープルさんの驚に、いてもたっても居られなくなったのか、何を見たのかを問い続けている。


「そうですね。では、お二人、いえ、この場の皆さんにもイメージを飛ばしますので、ご自身で確認してください」


 〈思念思考〉スキルが何人まで送れるかの検証もかねて、厨房にいる数名にイメージを送る。

 流石に戸惑いや遠慮がちに逃げ腰な人もいたが、パープルさんが大丈夫と言葉を飛ばすと、恐る恐ると言う感じにその場に立ち止まってくれる。

 ガレンとスティーシーの二人にイメージを見せると、目を閉じても、まぶたの裏に見えてくる料理に驚きの声が漏れてくる。


「「!?」」


「う、嘘だろ……」


「何なんですか!? 何なんですか今のは! 本当に私達が作れるんですか!?」


「落ちつきな二人とも……」


「えーっと……。取り敢えずお見せしますよ。ガレンさん、この鍋使ってもいいですか?」


「ああ、別に構いませんが……。先に材料を洗ったりはしないので?」


 自分が鍋を見ると、恐らくお湯を沸かしていたのだろう。中にはまだ何も入れていないのか、鍋底に気泡がプツプツと出始めたところだった。


「すみませんが、今回はそんな物は全て省きます。取り出すのはこれです」


「えっ……。何ですかこの銀の袋は……。鉄でできた袋とか俺見たことないですよ……」


 アイテムボックスに手を入れ、ある食べ物をイメージしながら取り出す。それは周囲の人々も驚くほどのギンギラに光る袋だった。


「これは鉄じゃなくてポリエステルやアルミ……。って、言っても解りませんよね」


「は、はあ……」


「これを、そのままお湯にボチャンっと」


「なっ!?」


「ミツさん、それはいったい何を……」


「まーまー。パープルさんも落ち着いて。3分間ゆっくりと待ちましょう」


「さ、さんぷんって何ですか……?」


 自分が何をしているのか、何を言っているのか解からない。

 お湯が沸騰した鍋の中では、先程入れた銀の袋がユラユラと揺れているだけ。

 周囲の人も料理を始めないのかや、鉄なんか入れたらお湯が使えなくなるなど、様々な言葉が飛んでいた。



「そろそろいいですかね。ガレンさん、少し軽めの深皿を一枚お願いします」


「はっ? ああ、これでいいですか?」


 戸惑いながらもガレンは一枚の木皿を出してくれた。


「はい、これの切込みから切って」


「「「なっ!?」」」


 お湯の中から袋を取り出し、切り口の文字が書かれた場所から袋を開封。その瞬間、袋の中から何とも言えぬ美味しそうな香りが皆の鼻をくすぐる。

 木皿の中に中身を出すと、周囲は驚きに声を上げた。


「はい、レトルトハンバーグです。どうぞパープルさん、食べてみてください」


「に、肉だ!? 肉の料理が袋の中に入ってたのか!」


「ぱ、パープルさん……」


「……」


 パープルさんは厳しい目でハンバーグを見つめ、一口分に切り、中から溢れだす肉汁に驚き、角度を変えては、色々と見ている。

 更にはフワリと強まる芳醇な香りに、誰かの喉をゴクリと唸らせた。

 そして、それを口に入れる。


「!?……信じられない……。あ、あんたらも食べてみな……」


「は、はい!」


「い、頂きます……」


 試食として食べたハンバーグをガレンとスティーシーの二人にも勧めると、二人も恐る恐るとそれを口に近づける。

 ハンバーグの肉からフワッと漂ってくる香りに、ガレンは手を止め、使われたと思われる香辛料の香りに驚の声を上げた。


「何ですかこの香り! 肉の匂いもそうだが、数個の調味料で出せる香りじゃねえ!」


「わ~。この匂いだけでもお腹空いちゃいますね」


 パクリと一口含むと、ガレンとスティーシーの口の中では経験したことのない溢れる旨味に、自身の頬が落ちる様な気持ちと一瞬言葉を失った。


「「!?」」


「美味い! いや、美味すぎる!」


「す、凄く美味しい!」


「旨味だ、旨味がやべぇんだ! 前菜のスープと比べたら味の濃いさが断然に違う! 塩じゃねえ、胡椒の辛さでもねぇ! 駄目だ! 何の材料を使ってるのかさっぱり解かんねえよ!」


「じゃ、次も出しますね」


「えっ!? 他にもあるんですか!」


「イメージで見せましたよね。取り敢えず見せたものは全部出しますよ」


 パープルさんや他の皆に見せたイメージ。

 それはお中元やお歳暮のCMで流れるときの料理イメージだ。

 ちなみにBGMはホルン協奏曲第一番である。

 白い皿の上に、まるで高級レストランの一品と見間違えるような写真のアレを見せている。

 現実はまるでレーションのように真空パックされた袋詰された品が箱の中には入っているので、写真の下などに小さく書かれた[写真はイメージです]と言う感じだ。


 お肉セットならぬお歳暮セットを出しては、その中のレトルト商品を取り敢えず全部鍋のお湯へと入れる。


「おいおい! 全部お湯に入れるだけですかい!」


「まあ、そう言った風に作られた物ですから……」


 数の分だけ皿を出してもらい、十分に温まった袋を次々と開封していく。

 肉じゃが、豚トロ、豚の角煮、肉団子、筑前煮、焼き鳥、手羽先、すき焼き、ハンバーグ、燻製肉、甘辛唐揚げ、もつ煮込み、レバー煮込み。他にも肉を使った料理としてカレーや牛丼などもあるが、取り敢えずこれで十分だろう。

 一品一つではこの場の皆が食すこともできないので、一品を二~三個づつレトルトの袋を入れていく。

 鍋の中はレトルト商品でパンパンである。


 温まった品を次々と開封、パープルさん達は一つ一つと味を見ては、一品一品と感想を互いに言い合っている


 そして、全ての味を確認し終わったのか、ガレンがガクリと項垂れてしまった。


「ありえねぇ……。俺が今まで作ってきた貴族用の料理が、まるで庶民用にも感じてくる……」


「ガレン、そんな事言うもんじゃないよ。その言葉はあんたの今までの努力を無下にする言葉だ。これはあんたもあたしもが知らなかっただけの料理だったってこと。なら、あんたもあたしもまだ成長できるってことじゃないか。ここは落ち込むところじゃないよ。料理人なら喜ぶところだよ!」


「ボス……。へいっ、すみません……。」


「そうですよ、ガレンさんの料理が庶民的でも美味しいのは間違いないです! 私は知ってますからね! 元気出してくださいよ!」


「おう。……んっ? おい、スティーシー。それはどう言う意味だ!?」


「えー。私ちゃんと褒めましたよ!?」


 ガレンには悪いが、逆にこれが一般庶民が食べてる品なんだが。まあ、それは日本での話なので言葉を入れるのは止めとこう。


「取り敢えず料理の味には問題なさそうですね。流石にこれ全品出しても食べきれないと思いますので、パープルさんがどれか選んでください。それをご来賓の人数分出しますので」


「ああ、問題どころか、もう言葉が見つからないけど。本当にこれを出させてもらっても良いのかい?」


「緊急事態ですからね。取り敢えず出すとしても、いきなりメニューが変わったらダニエル様やパメラ様、エマンダ様も戸惑うと思いますよ。メニューの変更のことを取り敢えずお伝えした方が良いのでは?」


「そうだね。それは勿論あたしが言ってくる。ミツさん、本当に助かった。客人である貴方にここまでしてもらっちまって……。もし奥様方に何か言われたらあたしが責任を持つ……。ガレンとスティーシー。二人でミツさんの手伝いをしな! 後の物は食器やその他諸々、準備に取り掛かりな!」


「じゃ、ガレンさんとスティーシーさんは以前教えたプリンの製作をお願いします」


「おう! 材料、感謝します!」


「はい、ありがとうございます!」


 突然のトラブルも、ミツの協力で何とか前夜祭の料理を出すめどがたった。

 ホッと安堵したと思いきや、これから忙しくなるのだ。皆はパープルさんの指示にしたがい動き出し、パープルさんは婦人の二人へとディナーの料理の変更を伝えるために、変わりの品となる物を選び始めた。


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 窓も閉め切り、窓や扉の隙間から光が少しだけ入り込む薄暗い部屋の中、少女の怒り声が響いた。


「ふざけるなっての!」


「グッ!」


「バーバリ! あんた、あっちに何て言った! 何人大会に出れるって宣言したっての!?」


「……はっ! 準予選、勝ち残った者は3名にございます……」


 げしっと自身の顔に乗る小さな足。

 バーバリはその足を払いのけることもせず、また足を乗せた少女も足を退けるつもりは無かった。

 

「…ちっ! そんな数で我が獅子の牙が上を狙えるっての!?」


 更にググっと足に体重を乗せる少女。

 だが、体重が軽いのか、バーバリは苦もなく言葉を返し続ける。


「はっ! 我らの力不足にて、姫様のお怒りはごもっとも! ですが、残った者は元より、技、力、全てがある戦士にございます! 結果、我ら獣人族の力は、他種族の心に深き爪痕として残ることは確かかと!」


「……。バーバリ、貴様、我に二度も虚言を吐くことはなかろうな」


「はっ! もしその様なことがあるなら、我が命を貴女様に捧げることを誓います!」


「申したな! 我が命を刈り取る剣が貴様の虚言にて、この刃が届くことがないことを我ものぞむっての。明日は我も試合を観戦することとなる。その時貴様達、三名の働きしかと見ようではないか!」


「「「はっ! 姫様のみこころのままに!」」」


 ザッと少女に頭を下げる三名の獣人族。


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「奥様、いかがでしょう……」


 婦人の二人は、パープルさんが試食用として持ち込んだハンバーグを一口食す。

 パープルさんが数々の品から選んだのはハンバーグだった。普通のケチャップソースのシンプルな品である。

 アドバイスとして、これはソースを変えるだけで何十もの品として使えると言うと、パープルさんは目を光らせてはハンバーグを選択した。


 見たことのない品に少し躊躇いながらも、二人はそれをほんの一口口に含む。それだけでも香りと旨味が口の中に広がり、二人の全身の細胞が喜び叫び、胃の中に入った一口のハンバーグが血肉となっていくのが解る気分だろう。

 エマンダ様はその美味しさに恍惚の笑みを浮かべながら頬を染めている。

 しかし、反対にパメラ様は直ぐ深いため息を洩らして視線を空にした小皿を見ては、パープルさんへと口を開いた。


「……はぁ。……パープル、これは本当にミツさんがお出しになっても良いとおっしゃったのですね……」


「はい、事情を説明しましたら……」


「そうですか……。料理に関してはとても素晴らしいです。是非ともご協力して頂きましょう……。結構です……。パープル、戻りなさい」


「はい、それでは失礼いたします」


 エマンダ様とパメラ様は客人との会話の席を一度離れ、パープルさんから談話室にて、材料の件から先程ミツが出した料理、それを今夜の前夜祭で出すことを説明した。試食用として出した小皿を片付け、パープルさんは部屋から退出。


 そして、二人しかいない部屋で、パメラ様がゆっくりと口を開いた。


「まさか、ここまでして頂けるとは……。あの方の料理と言うことは、先程口にした物は神の食材を使った料理。それが今夜振る舞われると言う事ですよね……」


 申し訳なさそうに、少し頭を抱えるパメラ様。

 彼女の中ではミツが否定しても、やる事が全てが奇跡に近いことを連続して見せてくるだけに、ミツが本当に神の御使い様だと思ってきている。

 そんなミツに、連日と言うほどに迷惑をかけ、事実頭を抱えるほどに申し訳なく思ってしまっていた。


「……もし」


「エマンダ?」


「……。もし、あの料理を作った者が彼だと解れば、王族はどう動くと思われますか?」


「……」


「あの方は我々が雇い入れている料理人ではありません。更に言えば、部外者の作ったものを食べさせたのかと一部では反論も出てくるでしょう……」


「ですね……。恐らくカバー家の伯爵夫妻などは、足元を見せては直ぐに批判の言葉を飛ばすでしょう……。なら、どうしますか……」


「……フフッ。ねえパメラ。暫くは旦那様に晩酌のお酒を節約してもらいましょう」


 微笑みながら目を閉じ、旦那であるダニエル様の晩酌を減らす事を突然提案するエマンダ様。

 その表情は商人との取引など行う時、後の算段を考えている時の表情そのまま。

 パメラ様もエマンダ様の考えが解ったのだろう。

 軽く微笑み返し、コクリと頷き返した。


「……そうですね。では……」


「ええ。買いましょう。王族や他の貴族に先手を取られる前に、先程のレシピも購入すれば、彼の料理は部外者の料理とは言われません」


 直ぐにメイドを呼び、契約書となる紙と厨房にいるミツを呼んでくれと連絡を入れるエマンダ様。

 パメラ様は残していた貴族の相手をする為と部屋を後にする。


「はぁ……。私達は一体、あの方に何が返せるのでしょう……。金銭を渡したとしても、今回ばかりはそれで済ませて良い話ではないというのに……」


 少し考え事をしながら多数の貴族が集まる多目的ホールへと足を運ぶパメラ様。

 そんな前に立ちはだかるのは一人の小太りな男性であった。


「おー。これはパメラ婦人、何方へいかれてたのですかな?」


「……。失礼、ベンザ様。少々料理人と今夜のディナーの話し合いを」


 顔からギトギトとした汗をだしながら、ニヤニヤと近づくベンザ。

 その男はダニエル様同様に伯爵の地位を王から受け取り、多数の成功にて王族へと貢献している男。

 だが、その成功も裏取引や、法に触れるギリギリで得た功績でもある。

 その為伯爵の地位を持ちながらも、ダニエル様とは反面、それ程庶民からは好まれてはいない人物だ。

 私利私欲の為に得たその体は動くたびに、ブヨブヨと腹の肉を揺らしていた。


 それに付き添うように側にいた女性もパメラ様へと話しかけてくる。


「あら……。お客をそのままにしてまで、料理人と話をするなんて。そこまで入念にするのでしたら、今日のディナーはとても素晴らしい料理が出てくるのでしょうね」


「ええ、皆様のご期待に添えるよう、料理人も力を入れてますので」


「……そうですか。王子も間もなく来られます。ディナーが遅れたり、野暮な要件にて粗末な品を出して、フロールス家に汚名を飾るのはご自身のご自由ですが、私達の口にそのような物を入れなきようお願いしますわね」


「……心得ております。ティッシュ婦人のお言葉も、しかと料理人にもお伝えしときますわ」


 きらびやかな指輪にネックレスを身に着け、衣装には小さな宝石を縫い付け、キラキラとラメのように周囲の視線を集める程の美しい衣装を着こなす婦人。

 軽く毒を吐くティッシュ婦人は、貴族内の最先端の流行をバラ撒いてきた人だ。

 今日ここに着てきたドレスも宣伝のために着てきたのだろう。

 だが、その宣伝するドレスの数々は無駄に宝石を散りばめただけなので、それを着こなす人はティッシュ婦人の様に、シワを消す程の厚化粧をしても気にしない図太い性格の婦人だけだろう。

 彼女が手に持つ扇をパタパタと扇ぐたびに、彼女が身につけたキツめの香水がパメラ様の鼻を刺す。


「ヒョッヒョッヒョッ。ティッシュ、たまには田舎料理を食べるのも良いのではないか? 名産の野菜尽くしの料理を出すディナーと言うのも珍しい物だろう」


「ホホホッ。まあ、貴方ったら」


「ヒョッヒョッヒョッ」


(遠回しな嫌味ですね……。はあ……。私が契約の方へと回ればよかったかしら……。エマンダ、サラリとこれを回避しましたね……)


「パメラ婦人」


 そこに、他貴族と思われる人物がパメラ様へと声をかけてきた。これはチャンスと、パメラ様はベンザとティッシュの二人の会話を止め、他貴族の方の挨拶へと進む。


「はい、只今。お二人とも、私はこれにて。どうぞ、お時間が許されます限り、ごゆるりとお楽しみください」


 その場を後に残された二人はパメラ様の後ろ姿を見ながら、何やらボソリとつぶやき始める。


「……。ヒョッヒョッヒョッ。料理人と話し合いか……。おい、ちゃんと連絡は回っているのだろうな」


「ええ、あなた。恐らくは既に決行済みかと」


「ヒョッヒョッヒョッ。それはそれは。さてさて、あの小娘は一体料理人と何を話し合っていたのかね。グフフフ」


「材料も無いというのに、一体何を出すのやら。ふふっ」


「あんがい、その辺の畑から本当に野菜でも収穫してくるのではないか」


「まあ。なんて泥にまみれた汚い料理ですこと」


「ヒョッヒョッヒョ」


「ホホホッ」


∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴


 夕方になり、あたりが薄暗くなりかけた頃、フロールス家に多くの騎兵と馬車が到着。

 そして、その後ろからは純白の装備の鎧に身を固めた騎兵、きらびやかな白い馬車が止まった。


 ザッザッと騎兵が器用に馬を操り、整列したと同時にその場で馬の動きを止める。


 屋敷の前ではダニエル様、パメラ様、エマンダ様の三人が馬車から降りてくる人物を待っている。


 騎士の一人がガチャリと扉を開けると、中からは先ず先に、マトラスト辺境伯が降りてきた。

 後に、セレナーデ王国代表として第三王子のカインが降りてくる。

 マントをバサリとひるがえすと、それを合図かのように周囲の者は一同に頭を下げた。


「カイン殿下。馬車での長旅、誠にお疲れ様でございます。今季も、ようこそ我がフロールス家へお越しいただき、誠に感謝を。数日と短い期間ですが、我々は心より皆様をお迎えさせていただきます」


「うむ、出迎えご苦労。久しいな、ダニエルよ。貴殿も元気そうだな……。少々頭に白い毛が混ざってきたか? まだそんな歳でもなかろうに」


 頭を下げるダニエル様の頭上を見て、カイン殿下はダニエル様の茶色い髪の中に薄っすらと白い線が見えたことを口に出す。

 

「これ、殿下。初手の挨拶がそれでは、ダニエル殿に失礼ですぞ」


「うっ、すまん……。ダニエル、俺はそんなつもりでは」


 カイン殿下の言葉に直ぐにマトラスト辺境伯が叱責の言葉を飛ばすと、自身の無意識の言葉に反省と言葉を返す殿下。


「いえ、カイン殿下。私も既に40になろうと言う歳。これでやっと男として貫禄が出てくると思えば、白髪など気にすることはありません」


「そうか。では、早速中へ」


「こらこら、殿下。巫女様を馬車に残して先に屋敷に入ってどうするつもりですか」


 ダニエルの言葉に気を良くしたカイン殿下は一歩踏み出し、屋敷へと入ろうとするが、それを止めるマトラスト様。


「何だ、まだ降りてきておらんのか?」


「我々の乗ってきた馬車が降りるのを邪魔してるんですよ。おい!」


「はっ!」


 マトラスト様の一声に、二人が乗っていた馬車が前に動き出し場所を開ける。


「ダニエル、そちにも連絡が来ておるだろうが、今季も兄上達は残念だが来ておらん。代わりと言っては何だが、王宮神殿から珍客を連れてきたぞ」


 白い馬車が止まり、カイン殿下が馬車へと声を飛ばす。


「おい、早う出てこい」


 鎧に身を固めた女性騎士の一人が扉を開けると、シスターの様な服装の人が先に三人馬車から降りてくる。

 騎士が最後に降りてくる真っ白な頭をスッポリと隠したローブ姿の女性に手を差し伸ばし、ゆっくりと馬車から降ろした。

 ダニエル様達は降りてきた人物を見ては、改めて頭を垂れ、貴族的挨拶を述べ始めた。



「これはこれは、巫女姫様。遠路遥々、当フロールス家にお越しいただき、誠にありがとうございます」


「「頭をお上げください」」


「!?」


 巫女姫様の横に立つ人物。その二人が声を揃え、ダニエル様の挨拶を止めた。

 それに驚き顔を上げるダニエル様達を見ては、カイン殿下が面白い物を見たとばかりに笑い、説明をしはじめた。


「ハハハッ! ダニエル、驚いたであろう。こやつ、声が小さすぎるので代理と、いつもこの二人に喋らせておるのだ」


 顔を見せるためにと、ファサっと頭に被るローブを脱ぎ、素顔を見せる巫女姫様。

 流れる様に垂れる銀髪の髪、瞳は星の輝きのように金色、まだ10代と思える程の若々しさ、陽の光も知らぬ白き肌。

 ダニエル様は一度だけお姿を見たことはあるが、婦人の二人は初めて巫女姫様のそのお顔を拝見することとなる。二人の第一印象は娘のミアと変わらぬとしだなと思いつも、神々しく感じる魔力にドキリと胸がなった。


「「貴方の声が大きすぎるのですよ」」


「なっ!? 俺は普通だぞ! なっ! マトラスト」


「……そうですか?」


「ぐっ!」


「「フロールス家の皆様。王宮神殿にて神殿長、及び、巫女をやらせていただいております、ルリ・ミーパル・ファータと申します。本日貴方方にお会い出来たことに神に祈りを捧げ、そして、フロールス家に祝福をお送りいたします。数日と、どうぞ我々は皆様にお世話になりますのでよろしくお願いいします」」


 代弁者である二人の言葉の後、巫女の手からポワッと山吹色の光が現れ、ダニエル様、パメラ様、エマンダ様へと向かい、頭上にて弾けるとキラキラとした光が三人に降り注いだ。

 突然の祝福に三人は目を見開き驚いたが、直ぐに貴族の態度と言葉を返した。


「はっ。巫女様の祝福に感謝をいたします」


「「ありがとうございます」」


 後に、多目的ホールに集まっていた貴族も、王族であるカイン殿下とマトラスト辺境伯、巫女のルリ様へと挨拶を交して、前夜祭が始まった。

 代表としてダニエル様が声を拡散させる魔導具にて口上を述べた後、ディナーの始まりである。


 乾杯の言葉の後、カイン殿下は葡萄酒の入ったゴブレットを一口ゴクリと飲みテーブルへと置く。

 そして、挨拶を済ませたダニエル様に、周囲の者が聞こえない程度と言葉をかけた。


「ダニエル、すまんな……。今季も兄上を連れてこれなかった。本来なら兄弟揃って武道大会を楽しみたかったのだが……」


「殿下……」


「何をおっしゃいますか、カイン殿下。殿下がフロールス家が行うこの武道大会に興味を示して頂けなければ、大会自体、こうして毎季連続として開催することもできなかったのですぞ」


「ああ……。王もこの大会に関しては、俺が興味を持ったことに褒めの言葉をくれたほどだ」


「殿下、今は何かと厳しい時期にございます。兄上殿二人に過剰な接触は控えるときにもございますぞ。兄弟の仲を気にするのは結構ですが、王に課せられた使命をこなすことが、今、殿下が考えるべきことにございませんか?」


「マトラスト……。解った。今は兄上達のことは一時忘れよう」


「「殿下。家内の事を悩むことは何時でもできます。ですが、それは今ではありませんよ。マトラスト卿の仰ったとおり、今は陛下のお言葉を守るべきかと」」


「ふぅ……。あまり喋らんお前から言われるとな」


 軽い溜め息を漏らしては、ルリ様の方へと視線を送るカイン殿下。

 それを見てはクスクスと笑いが周囲から出てきた。


「カイン殿下。お食事はいかがでしょうか?」


「うむ。良き品である。俺の以前気に入ったと言った、魚料理もまた出してくれるとは嬉しく思うぞ」


「お言葉に感謝いたします。今季はとても良い品を仕入れることができまして、冒険者ギルドから譲り受けた品にございます」


「うむ。ここの冒険者ギルドは相変わらず良き仕事をこなすな。王都の冒険者ギルドも負けぬように、俺から尻でも叩いておこう」


「殿下、食事中は言葉をお選びください」


「うっ……。相変わらずマトラストは飯の時は厳しいな……」


「普通です」


 ポワソンであるスヤン魚の魚料理を食べ終わった後、ソルベであるムースを食べながら口直しをするマトラスト様。

 彼は武勇に優れ、業務に時間があれば本を開く程の変わり者でもあった。

 更に有名な事は、料理に対して物凄く口煩いことだろう。そんな彼の脳内では、今口にしているムースの味を、自身の屋敷の料理人に作らせることはできないかと思案していた。

 

 そして、次に前に出された料理に、来賓の貴族全てがざわざわと、驚きの声を上げていた。

 それは皿の上に未だ湯気を出しながら、豊かな香りを出しているハンバーグである。

 

「殿下、どうぞ、アントレの肉料理でございます。お熱い内にどうぞお召し上がりください」


 パメラ様が口を閉ざしているダニエル様に変わって、目の前の料理をカイン殿下へと進める。

 

「パメラ婦人。これは本当に肉料理なのか!?」


「おお……。何と素晴らしき果実の様な爽快な香り。それだけではなく、食をそそる匂いではないか」


「パ、パメラ……これは!?」


 カイン殿下やマトラスト様、更には旦那様であるダニエル様ですら目の前の料理に驚きに言葉を探している。

 この世界の肉料理は基本ステーキの様に焼くか、壺焼きの様にタレに染み込ませた肉を焼いた品が基本である。

 目の前のハンバーグの様に、一度肉をミンチ状にした後の調理は無いのだ。

 それはミンサーもない世界なのだから知る訳もない。

 カイン殿下が堪らずとナイフを手にハンバーグへと切り込むと、溢れだす肉汁、豊かな香り、そして我慢できないと大きく切っては口へとバクリ。

 モゴモゴと口を大きく動かして食べる姿は貴族としてはマイナスな食べ方だが、肉を頬張る程に食べたくなる気持ちは周囲の者も解る程だ。


「んっ。ゴクン……」


 一口食した後に顔を伏せては、身体をフルフルと震えさせるカイン殿下。

 口に合わなかったのか? それとも喉につまらせたのか?

 慌てた側仕えの者が水を入れたコップを差し出すが、殿下はそれを手で押し返す。


 そして、ゆっくりと顔を上げた後、口を開く。


「ダニエル! 何だこの料理は!? 美味いではないか!」


 カイン殿下の声が食事ホールに響いた。

 ホッと周囲は溜め息を漏らし、カイン殿下に続く様にと他の貴族も食べ始め、皆の口からも、美味い美味いの大合唱。

 マトラスト様は一口分食べた後、難しい顔をしてはハンバーグを解体するように細かく切り始めた。


「「とても、美味しゅうございます」」


 ルリ様もいつの間に食べたのか。

 一口分に切り取られたハンバーグを見ながら言葉を洩らしたのだろう。そばにいる二人が通訳と褒めの言葉を述べてきた。


「ダニエル、聞いているのか!? これは何と言う料理だと俺は聞いておるのだ!!」


「!? はっ! えっ……。殿下、少々お待ちください!」


 ダニエル様が直ぐに言葉を返さなかったことに、カイン殿下は少し言葉に威圧を含めながら、再度質問してくる。


「パメラ!? こ、この料理は何だ!? パープルは草牛の香草焼きを出すと言っておらぬかったか!?」


「落ち着いてください旦那様。私がご説明いたします」


「う、うむ」


 たじたじとしたダニエル様を椅子に座らせたまま、パメラ様はスッと席を立ち、周囲の注目を集める。

 そして、軽く頭を下げた後、ゆっくりと口を開いた。


「皆様、今回アントレとして出した料理はハンバーグと言う料理にございます。当フロールス家の料理人がこの日の為にと思案し、そして巡り会い、作り出した品にございます。カイン王子にもお気に召されたようで、料理人も努力報われたことに、心より喜んでおりますでしょう」


 嘘も言いきってしまえばそれは嘘ではなくなる。

 間違いなくパープルがミツと言う人物に巡り会い、そして彼が作り出したのだ。

 言葉はまるでフロールス家の料理人が作りました的な物言いだが、間に言葉を入れるだけでも意味が違って来るのだから、エマンダ様もパメラ様の言葉に今後合わせるだろう。


「そうか、俺のためにか……。うむ、素晴らしい料理を作り出したフロールス家の料理人に、俺は心から感謝の言葉を送ろう!」


 カイン殿下の言葉に、周囲の貴族からは多くの拍手が送られる。


「ありがとうございます。また、デザートも料理人が力を入れてますので、そちらもお楽しみくださいませ」


「何っ!? 菓子もか!」


「ほー。フロールス家は随分と有能な料理人をお持ちのようですな」


 マトラスト様はニヤリと笑みを浮かべては、目を細めてダニエル様を見つめる。


「い、いえ。料理は当人の努力にございますので……」


「ハハハッ。気を貼ることはない。ダニエル殿、別に貴殿から料理人を奪おうとは思わんて」


「は、はあ。それは恐れ入ります」


 肉料理のアントレに、気を良くしたカイン殿下とマトラスト様。二人の姿を遠目に見ている二人の夫妻が苦々しくもそれを見ていた。 


「どういう事だ……!? 間違いなくフロールス家の荷馬車を川に落としたのでは無いのか……」


「しっ……。あなた、その話はここでは止めときましょう……。人の目が多すぎますわ」


「ぐぬぬっ……」


 二人の夫妻、それはベンザ伯爵とティッシュ婦人であった。


 前夜祭にて、本来出す予定であったパープルさんが頼んでいた品。それが何処から情報を得たのか、ベンザは手を回し、フロールス家の荷馬車が肉の加工所から出てくるところを狙っては、奇襲を送り込んでいたようだ。

 奇襲は見事成功、馬も御者もろとも川へと落とすことができた。

 御者の者はまさかフロールス家の家紋が入った荷馬車が襲われるとは思っても見なかったろう。

 幸いにも、川は浅瀬で御者にも馬も無事であったが、荷物を載せた馬車は反転、全て川へと流れてしまった。

 荷馬車を襲った者はそれを確認後、直ぐにその場を離れたために捕まることは無かった。


 本来、アントレである肉料理がなければ、代理品を出すことを思案に入れているだろうが、それはあくまでも代理品。

 来賓するのは、料理にうるさいマトラスト様がいらっしゃる食事場。

 下手な品を出せば、フロールス家の評価は下がるのは間違いなかっただろう。

 ベンザはそこを狙い、この悪巧みを決行したのだ。

 だが、結果は思っていたのとは正反対。

 カイン殿下はフロールス家の料理人を褒め称え、マトラスト様を見ても満面の笑みで不満の一文字も見えてこない。

 ベンザは苦虫を噛み潰す思いに、皿の上に乗ったハンバーグにナイフを突き刺し、一口にそれを食べる。


「ふんっ! 美味い……」


 思わぬ料理が出てきたことに、ダニエル様は冷や汗を出しながら、料理のことは全ては婦人であるパメラ様とエマンダ様に全てを任せ、自身は明日の武道大会の話を切り出していくことにした。

 

 今回は自身の息子であるラルスが学園からの代表者であること、それに伴い、この場にいないことを説明。

 大会に出場する選手は、後々と審査員となる貴族との接触は禁止しているためでもある。それは実の息子も例外ではない。



「なるほど。お前の息子もそうだが、執事の戦いも俺は楽しみにしておるぞ。えーっと、確か名は……」


「ゼクスにございます」


「そうそう。あやつも中々見せる戦いをするからな」


「はい。それに伴い、更には良き好敵手を見つけまして。恐らく今日の予選は問題なく通っているかと」


「ほー。あのゼクスの好敵手とな。それは面白い。興味も出るが、城からも先に数名こちらに向かわせておる。そいつらも言ってはなんだが、ゼクスに遅れを取らぬ相手となるだろう」


「それはそれは」


「ハハハッ。ダニエル、お前の息子、執事のゼクス、そしてその好敵手と言う者三人がかりでも、こちらの駒は強いぞ?」


「殿下。相手の力量を見る前に判断を出してしまうと、それは下手をするとご自身の愚行になりますぞ」


「ぐっ……。マトラストの言うことも確かだ。し、しかしだ。言っては何だが、俺の知っているなかではあの三人が騎士団の中ではトップレベルであることは間違いないだろう」


「そうですね……。性格に少々難ありを除けばですが」


 ゴクリとゴブレットの酒を飲みながら返答するマトラスト様。


「剣の腕前があれば俺は気にせん!」


 少々マトラスト様の煽るような言葉が気に触ったのか。カイン殿下は、ムッと軽く睨みつける様な視線をマトラスト様へと送っている。


「……左様で」


「まぁまぁ。カイン殿下、マトラスト様も一度落ち着いてください。ご覧ください、食後のデザートが来たようです」


 給仕係であるメイドが次々と持ち込むデザート。

 以前試食として食べてもらったプリンアラモードである。


「んっ……。!?」


「なっ!?」


 デザートを目の前に、先程の言い争いが一瞬にして既に消え去った二人。


 フルーツは全て花や動物に飾り切りされ、皆が座る円卓の中心に置かれる。

 そして、一人一人とその前に置かれた何ともきらびやかなデザート。周囲の貴族は、何だ何だと声を広がっている。

 またパメラ様が立ち上がり、プリンと言う新しい菓子を説明した後に、目の前のプリンアラモードを皆へと進めた。

 参加していた貴族内の奥様や娘様達はとても好評の声が漏れており、カイン殿下はプリンを気に入ったようで、これに対しても料理人を褒め称えていた。

 マトラスト様はプリンが相当気に入ったのか、プリンが無くなってしまった皿を名残惜しそうにジッと見ている。それに便乗するかのように、ルリ様も綺麗に食べ終わった皿を彼女もジッと見つめていた。

 まだプリンが食べたいなら、おかわりをパメラ様にでも言えば貰えるだろうが、この様にコースで出される料理に追加を要求するのはとても不躾である。それは相手が用意した料理の量が少ないと受け取れられるので、失礼な事になるのだ。


 メインとなるディナーも終わり、他貴族は前夜祭に満足した表情。

 屋敷に泊まる予定ではないものは次々と帰ることに。

 屋敷に残ったのはカイン殿下とマトラスト様、そして巫女姫のルリ様。

 後は身の回りの世話をする為の側仕えや護衛のための騎士、それだけでも軽く100人は超えている。

 


「ダニエル、俺は今日の食事に満足したぞ!」


「はっ! そのお言葉だけでも、わたくしは身に余る思いにございます」


 ニコニコと少年のような満面の笑みを浮かべ、ダニエル様へと言葉を伝える殿下。それに賛同するように、マトラスト様も食事を褒め始める。


「いやいや。ここまでの長旅で食した物と比べ、いや。我が屋敷で食べる物と比べても、本当に素晴らしき料理であった」


「うむ、毎回宿泊場を探してはそこに泊まり、その場の物を食しておったが、ここ程に食に関して感動したものは巡り会えなかったぞ。そうだ、ダニエル、料理人を呼んでこい。先程の言葉通り、俺から褒めの言葉を送ろう」


 カイン殿下は自身の発言を思い出したかの様に、パンッと一つ手を叩いては料理人を呼んで来てくれと言葉を伝える。ダニエル様もそれが解っていたかのように、直ぐに料理長であるパープルさんを呼ぶことにした。


「……はっ。只今、直ぐにでも」


 食べた料理がさぞ印象深かったのか、マトラスト様はハンバーグの調理法、デザートに出されたプリンを飽きることなく褒め続けている。

 変わり者だとは聞いていたが、まさかここまで長舌にペラペラと料理の話が出てくるとは思いも見なかったダニエル様は、少し心の中では苦笑いである。

 勿論それを顔に出さないのは貴族として当たり前である。


 マトラスト様のトークが止まることなく、部屋の扉の向こう側からパメラ婦人の声が聞こえてくる。

 

「お待たせいたしました。本日の料理を作りました料理人をお連れいたしました。」


「皆様、ご挨拶させて頂きます。フロールス家、料理長、パープルと申します。以後、お見知りおきを」


 パメラ様が部屋へと入室後、続いてパープルさんが部屋へと入り、直ぐに膝をついては席に座る三人へと挨拶を述べる。


「おお、貴女が今晩の食事を作った者か! うむ、見事な品々、俺もマトラストも満足とした食事であった。数日と世話になる再、貴女の料理が食べれることをとても嬉しく思う」


「はい。わたくし料理人にとっては最高の褒め言葉。誠にありがとうございます」


「うむ、パープルと言ったな。いくつか聞きたいことがある。なに、わしも料理と言うものに興味があってな。と言っても、わしは食う方の専門だがな、ハハハハッ」


「いえ、どうぞ何なりと」


「うむ……」


 

 パープルさんとミツは前もって、ハンバーグに対する二人から問われようと思われる質問をいくつか話し合い、作ったのはパープルさんだと思わせる段取りを取っていた。

 作り方などは、ミツのスキルで解明され、取り出したレトルトのハンバーグだろうと問題はなかった。

 

 その後、マトラスト様はハンバーグの肉は何故あの様にしたなど、プリンのあの香りは何だと製法に近いことを問い詰めて来た。

 そして、やはり調理法を教えて欲しいとマトラスト様だけではなく、カイン殿下さえ口に出す。

 話が来たと、そこはパープルさんではなく、婦人であるパメラ様が会話に入り、今晩ディナーで出した品であるハンバーグとプリンの二つは契約にて取引したレシピだと伝える。

 まだ契約して間もないので、教えたい気持ちがあっても、それを破ればフロールス家が多額の賠償を追うことになる。

 なら、どれくらい待てば良いのかと話が出ると、パメラ様は一年と答えた。

 二人は目を開き、一年かと、ボソリと考えながら呟き、フロールス家がその契約を破ったときの賠償を知るためにと契約書を見せてくれと話が出た。

 普通なら見せるようなものではないが、後の利益に繋がるこのタイミングに見せないという選択はない。

 真実であることをしめす為にと、ハンバーグとプリンのレシピ、二枚の契約書を二人に見せ、嘘偽りなく確かに、金で契約をかわされたレシピであることが証明された。

 マトラスト様は少し厳しい表情を作っていたが、直ぐレシピが知ることができないことを納得した後。

 一年後、契約が切れたときには調理法を教えてくれとダニエル様とパメラ様の夫妻に懇願してきた。

 勿論それを黙ってみている訳もなく、カイン殿下も城へとレシピを教えてくれと言葉が来た。

 この瞬間、パメラ様とエマンダ様、二人がミツへと契約として払った金以上の、大きなコネと言う利益を得たのだ。

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