第85話 予選開始
「こんな感じにいいかな?」
[うん。そんなもんね]
シャロット様達との会話を終えて、ベッドの上で目を覚した自分は直ぐにトリップゲートを開き、リィティヴァール様の言っていた始まりの地へと来た。
そこは自分がこの世界に来て初めて見た平原だ。
近くにあった材木と石をスキルの物質製造でスコップを作り、穴掘りスキルで地面を人一人、自分がスッポリと入る程度の穴を掘った。
穴掘りのスキルの効果はとても便利で、硬い地面が水を吸った泥土の様にサクサクと掘れたのがちょっと楽しかった。
「あっ。リィティヴァール様!?」
[お疲れさま~。じゃ、その穴にさっき渡した栄養素を入れて、後は穴を埋めちゃって終わりよ]
「はい」
茶の間にあったモニターで自分を見ていたのか、リィティヴァール様の声が聞こえてきた。
指示通りと、先程受け取ったプヨプヨとした水饅頭もとい、この世界の栄養となる素を穴へと埋めた。
「よし、終わった終わった。帰って汗流して、ご飯食べようっと」
ゲートを開き、自分は教会へと戻った。
「ニャッ!?」
「わっ!」
ゲートを出た先、丁度プルンと鉢合わせする状態になる。
「びっくりしたニャ~。ミツ、こんな夜にどこ行ってたニャ?」
「ああ、ちょっとね」
「ニャ? ……また綺麗なお姉ちゃんとお酒でも飲みに行ってたニャ!?」
「いやいや、違うよ。ちょっとした夜のお散歩をね」
「ふ~ん」
ふむ、神様のお使いで穴掘って来ましたと言っても、流石にプルンでも信じてもらえないだろうと思うが。
プルンは自身の顔を近づかせては、自分の首筋の匂いを嗅いでるのか、スンスンと鼻をひくつかせている。ちょっとくすぐったい。
「……!?」
「ど、どうしたの!?」
「ミツ、汗臭いニャ。もう直ぐご飯ニャ、それ迄に水でも浴びてくるニャ」
「ああ、だろうね。解った、土埃も落としたいし、ザッと流してくるよ」
水場へと急ぎ、裸となっては井戸の水を頭からざばっと浴び、土埃や泥を落としては皆の待つ台所へと向かった。
既に料理の準備が終わっていたのか、皆は席に座っている。椅子に座り、自分の分と用意された料理へと目を向ける。
「さあ、皆今日はスヤン魚の干物ができましたからね。お魚ですよ」
今日の料理は数日前にプルンと一緒に取ってきたスヤン魚の干物である。
見た目はホッケの干物の様に魚の頭は切り落とし、一匹一匹と皆の皿へと盛られている。
プルンは目のまえの干物に舌なめずりをしてはソワソワと待ての状態だ。
「「「わーい! いただきま~す」」」
「ウマウマ。エベラ、今年は上手く干物が出来上がったニャね!」
プルンは身を解すことなどせず、パクリと腹部からムシャムシャと食べ始めた。ワイルドだな。
「本当に、身もふっくらしてる。これ、市場で買ってきたんじゃないのよね?」
「そうよ。これはプルンとミツさんが取って来てくれたお魚よ」
「へ~。プルン、あんた漁師の才能あるんじゃない?」
「ニャハハハ。……んっ? ミツ、どうしたニャ? 魚苦手ニャ?」
「あ、いや。魚は好きだよ。ただ……」
スヤン魚の干物を一口食べては、ふっくらとした身に旨味を感じ、居酒屋で食べていたアジの開きなどを思い出していた。ただ、目の前のスヤン魚の干物は捌いた後、天日干しに乾かし、そのまま炭火で焼いたのみ。つまり素材のままの味しかしないのだ。
「あら、ミツさんのお口には合いませんでしたか?」
「いえいえ。そんな事無いですよ! 干物自体、久しぶりに食べるので嬉しいくらいですし……あっ!? そうか!」
「ニャ? どうしたニャ」
「いや、この干物を、もっと美味しくする付け合せを出そうかとね」
「に~に。おしゃかなが美味しくにゃる?」
「うん。口に合うかは試してみないとね」
席を立ち、流しの方に行ってはアイテムボックスから小さめの角材を一つ取り出す。
「兄ちゃん、木なんかどうすんだ? そんなの食えねぇぞ?」
「ははっ。ヤン君、これは食べる物を作る為に使うんだよ。こうやって」
角材にスキルの物質製造を使い、ぐにゃりぐにゃりと形を変えていく。
「「「わー!」」」
「「!?」」
「何ニャそれ?」
目の前でぐにゃりと形を変える木材。
子供たちは手品を見せられた様に目をキラキラとさせ、エベラとサリーは驚きに目を瞬いている。プルンは相変わらずブレないね。
「これはね、鬼おろしって言う野菜をすり下ろす道具だよ。で、取り出すは1本の大根です」
「「ダイコン?」」
「だこ~ん!」
「あら、シロガネですか? 随分と立派ですこと」
アイテムボックスから神奈川産の三浦大根を取り出す。それを見てはエベラがシロガネと言う名前を言ってはその大根の大きさに驚いていた。
市場でも野菜を売っているお店はあるが、確かにこれ程大きな大根、もとい、シロガネは売ってはいなかったと思う。
「何ニャ、それ焼くのかニャ?」
「いやいや、これをね」
シロガネを手のひらサイズ程度に切り落とし、皮も切り落としては作った鬼おろしでガリガリと削って見せる。
「ニャニャ!? シロガネを削ってるニャ!?」
「あー。おろし器自体見たことないなら仕方ないか。まあ、焼くか、煮るのレパートリーしかないから仕方ないね……。っと、ちょっと誰か器抑えててくれる?」
「ニャ!? ミツ、ウチ! ウチにやらせてニャ」
「あっ!? 兄ちゃん、俺もやりたい!」
「僕も!」
「あたちも~!」
「あー。はいはい。順番にね」
ガリガリと削っていくシロガネを見ては面白そうに見えたのか、プルンと子供たちはやらせてやらせてと口を揃えてはすり寄ってきた。
子供たちは不慣れな手際ながらも、器の中には白い大根おろしが溜まってきた。子供たちは直ぐに飽きたようだが、プルンはおろしにハマったのか、彼女は結局、大根の半分をおろしにしてしまった。
「美味いニャ!」
「「「美味し!」」」
「口に合ったようで良かった。うん、やっぱり焼き魚には大根おろしに醤油だよね~」
通常川魚は海にいる魚と違って、焼くとしたら塩焼きで十分美味しいのだが、スヤン魚の様な脂身の多いい魚には、サッパリとした味付けがベストマッチしたようだ。
「兄ちゃん兄ちゃん! 明日から武道大会に出るんだろ! 俺、応援に行くぜ!」
「あたちも~!」
「僕も行きたい! ねえ、シスター、行っても良いよね?」
今までイベント事には縁もなかった子供達。
その日その日のご飯もギリギリだったのだから仕方がなかった。
でも、今は姉であるプルンが母のエベラへと生活費を多く渡してるので、少しづつ貧困生活から脱出し始めたところ。
気持ちにも余裕ができてきたのか、子供達は以前から周囲の出店に興味があったのだろう、エベラへと目をキラキラとさせながらお願いしている。
「ん~。でも、人も多いでしょ……。迷子にならないかしら」
「良いニャ。ウチが三人を見てるニャ」
「大丈夫かしら……。あんた、出店の食べ物屋に目が行って、この子達を見失わない?」
「ニャッ!? だ、大丈夫ニャ! 流石にウチもミミ達を放っといてそんな事しないニャ!」
「まあ、迷子になったら自分も探すから大丈夫だよ」
「ねーね、居なくなったら、に~にがお迎えに来る?」
「うん。プルンが迷子になっても、ちゃんと三人は自分が迎えに行くからね」
「ニャんでウチが迷子になるニャ!」
アハハと笑い、穏やかな食事も終わって次の日となった。
ちなみに、分身の練習は今日はお休みである。
朝早く、教会の方にとリッケが迎えに来てくれた。
「ミツ君、おはようございます」
「おはよう、リッケ。二人は?」
「二人は後で来るそうです。僕達は先に行かないと受付に間に合わなくなりますからね」
「そっか。じゃ、行ってくるね」
「ウチ達も後で見に行くニャ」
「兄ちゃん頑張れよ!」
「「頑張れー」」
子供達のエールを受け、朝霧のまだ少し漂う街へと歩き出した。
大会場へと到着すると、既に受付の方には行列ができており、大会関係者だろうか、声を張り上げては並ぶ人達を呼んでいる。自分達は直ぐに最後尾へと並ぶことにした。
「既に選手申込者はこちらの青いテントにお並びください! まだ受付もできますので、まだの人は正面の受付にお並びください!」
「結構並んでるね」
「ざっと見ても100以上は居ますね……」
「あっ、リッケ見て見て。鬼族の人達も居るよ。その後ろは亜人さんかな?」
「女性でしょうか? ん~、見た目は人っぽいですけど、槍を持ってる手には鱗っぽいのが見えます。本当、多種多様に人々が集まってますね」
列に並び、並んでいる人達はリッケの言ったとおり多種多様。人族、鬼族、蜥蜴族、兎人族、ドワーフ、エルフ、獣人族など、鑑定すればその人が何の種族なのかは直ぐに解った。
驚いたのが、中には魔族、骨族と鑑定を二度見する様な人がいたのだ。
一瞬まさかモンスターが紛れ込んでいるのかと思ったら、そう言った種族がいることを普通にリッケに教えられた。確かに骨族の人は顔を隠すことも無く、兜に鎧にマントと、まるで騎士の様な格好をしているが顔は骸骨である。
その近くにいる魔族の人も、普通に近くの売店で飲み物を買っては仲間に分け与えて笑いながら話している。
「こんなに人が集まってるのに、それでもまだ受付はするんだ……。まあ、これだけ種族がいれば後々申込者もそりゃ来るかな……。ん~。リッケ、ごめん、ちょっとトイレ行ってきても良い?」
「はい、良いですよ。戻ったら僕も行っても良いですか?」
「オッケー。じゃ、先に行ってくるね」
リッケと交代して、お花つみを済ませては暫くして。
並ぶ列が一歩一歩と、受付の方へと足が進む。
「次の人」
自分達の番が来たのは、列が動き出して意外と直ぐだった。
「はい」
「名前をお願いします」
「冒険者、ミツです」
「同じく、冒険者やってます、リッケです」
「はい、えーっと。ま、み、ミ……ミツ。はい。らり、リ、リッケ。はい。確認取れました。では、こちらの木札が番号となります」
受付のお爺さんは多くの山札の中から五十音順にしてるのか、自分とリッケの名前を見つけてはチェックを入れ、机に置かれていた木札を一枚さし出してきた。
その木札には表には焼印、そして裏には数字が書かれていた。
「187番か」
「僕は188番ですね」
(187番……。語呂合わせならイヤナ番号か……。リッケもイヤヤって、どっちもろくな言葉にならない……)
「受付が終わった方はお早めに大会場にお入りください!」
「行こうかリッケ」
「はい!」
「シシシッ! ドーンッ!」
大会関係者の人がまた声を上げ、受付が済んだ人の案内を始めた。
その声に従い歩き出すと、自分の後ろから無邪気な声が聞こえたと同時に、突然背中に衝撃が走った。
「うわっ!?」
「ミツ君!?」
「シシシッ。ミツ発見だシ。驚いたかシ?」
「シューさん! もう酷いな~。そりゃ驚きますよ」
「シュー、何を遊んでんだっての」
「マ、マネさん!」
無邪気な笑みを浮かべたシューと話していると、直ぐに人混みからマネが現れた。
「おっ、ミツじゃないか。それに、この間洞窟であった、えーっと、確かリッケって言ったっけ?」
「は、はい! 覚えててくれたんですね! 嬉しいです! お久しぶりです! マネさん、そ、その格好。か、カッコイイですね!」
マネが今着ている服は、以前着ていたプレート装備ではなく、軽装備の革装備。鉄装備と違って、マネの豊満な胸を革製の軽装備では抑えることもできないのか、弾むマネの胸のスイカに、リッケは少々目のやりどころに困っているようだ。
自分はゲームなど、もっとギリギリな装備をしたキャラなどを見慣れているのでその程度ではブレませんよ。
ってか、反応したらリッケに悪いから、視線はそちらには向けません。
「あー、これかい? アハハハ! 前着てた奴は駄目になっちまったからね、予備として持ってたのを着てるんだよ。それより、お前さんがここにいるってことは、あんたも大会に出るのかい?」
「はい!」
「でも君、確か支援職じゃなかったシ?」
「だったよな? あれかい、ミツのサポートで付いてきたとか?」
「いや、マネさん、リッケは今は支援職のクレリックではなく、前衛職のソードマンですよ」
「はぁ?」
「えっ?」
リッケの今のジョブを二人に教えると、二人は唖然とした表情にこちらを見てきた。
リッケは自身の腰に携えた獲物である父から譲り受けた剣を二人へと見せる。
「実はそうなんです。僕も強くなる為にジョブを前衛に変えまして。クレリックも極めたタイミングに変更しました。まあ、まだ駆け出しですけど」
「は~。お前さんも変わったことするね。また何でそんな奇抜なことをしたっての?」
「あ、そ、それは……」
マネのストレートな質問にその答えを返すこともできないのか、リッケは少し頬を染めては言葉をどもらせている。
「……マネさん、リッケにはリッケの考えがあるみたいですよ。変に思わず、応援してあげて下さい」
「おっと。すまないね、そんなつもりじゃ無かったんだけど。気に触ったら謝るっての」
「いえ! 僕は強い男になりたい、それだけなんです! ……その、マネさんよりも……」
「アハハハ! そうかい! 強い男かい! そん時はアタイと一戦やろうじゃないか!」
「は、はい!」
リッケの言葉の意味が解ってないのか、マネはアハハと笑いながらリッケの肩をバシバシと叩きながら激励をいれ、マネの反応に解っていなくても嬉しいリッケの満面の笑顔。
それを見ては、二人に余計なことはしなくても大丈夫と思っていると、隣に来たシューがボソリと耳打ちしてくる。
「……ミツ、あの、まさかと思うんだけど。あの子……」
「はい……。恐らくシューさんの考えは当たってます。恋する青年です……。そっと応援してあげてください……」
「ええっ! う、嘘……。……。この話聞いたら、姉さんもエクレアも驚くシ……。いや、信じないかな……」
自分の返答に驚きに声を上げるシュー。
気持ちは解らんでもないが、それはマネにも失礼でしょ。いや、知人だからこそ驚いているのかもしれない。
「そういえばヘキドナさんとエクレアさんは?」
「二人はもう中に入ったシ。マネ! ウチらも中に入るシ!」
「おう! さあ、お前さんも気合入れるっての!」
「はい!」
最後、リッケに気合を入れるかのように、背中をバシッと叩くマネ。
凄く痛そうな音を出したけど、当の本人であるリッケの顔は満面の笑みだった……。
大会場入り口にて、ヘキドナとエクレア、二人を見つけたのでそちらへと近づく。
「やあ、坊や。この間は酒の席に付き合ってくれてありがとね」
「いえ。美味しいお酒、ごちそうさまでした。先にお暇しちゃってすみません」
軽く頭を下げると、ヘキドナはフッと軽く笑い、肩をすくめては気にすることないと言葉を返してくれた。
「……ふっ。いいさ、女の寝姿に欲情する男より、坊やみたいに何もせずスンナリと帰る方がいい」
「でも、ちょっと女としても悔しいですけど~。君、普通なら無防備な女性が寝てるんだよ。何か一つアクション起こさないと!」
「いやいや……。流石にお酒で寝落ちしてる人に何かするなんてできませんよ……。あっ、毛布はかけましたけど」
「違うよ! 男だろ! 目の前にこんな綺麗どころが二人いたんたから何かしろってんだよ!」
ぐわっと勢い良く迫るエクレア、彼女の言葉に自分は苦笑い。すると、マネが言葉を続けてきた。
「おいおい。エクレア間違ってるぜ」
「そうだシ」
「だよな、綺麗どころは三人だっての」
「そうそう、三人だシ」
自身を入れ忘れてると、マネとシューが三人と言う言葉を強調して伝えてくる。勿論二人ともヘキドナ、エクレア、そして自身と考えているので、マネはシューを、シューはマネを数には入れていない。
「いや、鏡見てくださいよ」
「「ナヌっ!?」」
その場で話を続けていると、人の流れが強くなってきたのか、そろそろ中に入ろうと声が出たので皆は自身の獲物を手に中へと入りだした。
「じゃ、アタイ達は向こうだから行くっての」
「あんたら、予選程度でコケるんじゃないよ」
「解ってますよリーダー!」
「シシシッ。姉さん、ウチはマネを踏み台にしても試合に出るシ」
武道大会予選は先ずは男女別で行われる。
理由としては、女性に対して男の卑猥行動を避けるためが1番の理由だろう。
わざと女性の衣服を破り、女性を公開ストリップ状態にして羞恥に勝負に集中させないと下衆な輩もいるそうだ。
他にも、取っ組み合いに偶然と相手の臀部を触ったりと、本当にやりたい放題。
女性もやられっぱなしではないと、男性の急所攻撃を仕掛けたりお互いやることが反則状態と、これだけでも時間を取られてしまう。
その為、男女混合の試合は2次予選からとなる。
そこまで上り詰めて、そんなくだらないことに試合出場を棒に振るうものなど出てこないからだ。
「ミツ君、頑張りましょう!」
「では皆さん、また後ほど」
ヘキドナ達と別の道を進み、通路を抜けた先は武道大会試合場。中央には円状の闘技場。
何百人と座れる観覧席、その上にはVIP席と思われる豪華な席も見受けられる。
既に一般の人も入ってきているのか、ポツポツとこちらを見ている観戦者もいた。
「うわー。広っ! 観客席があんなにあるよ!」
「は~。本当、当日には何人入るんでしょうね?」
リッケと二人で闘技場と観覧席を見ていると、後ろから怒鳴り声を上げ、大男が自分達を押しのけてきた。
「邪魔だ餓鬼!」
「おっと」
「何ぼーっとつっ立ってんだ! 餓鬼は邪魔だ、ぶっ飛ばされたくなければあっちいけ!」
久しぶりに見たヒャッハー的な服装の男。頭はスキンヘッド、所々傷があり、周囲の者を怖じけつかせてしまう程の恐顔だ。
「……すみませんでした。行こうリッケ」
「は、はい……」
「ちっ! 何でガキが大会にでてんだ!?」
「まあまあ。良いじゃないですか。ああ言ったカモは中々の狙いどころでもありますよ」
「シャシャシャ。子供の肉は柔らかいからね~。斬っていい? 斬ってもいいかな~。ウシャシャシャシャ」
「ちっ。胸糞悪いぜ」
謝罪を入れた後、そそくさとその場を後にすると、聞こえてくる程に罵声が飛ばされる。
問題を起こしては試合に出れなくなる恐れを考え、関わらないのが1番とそれもスルー。
それを見ていた一人の冒険者。
「あ~あ。あいつらに目を付けられたか」
「どうした? 女にしか興味ないポプランさんが他人の心配かい?」
「うるせぇ。あれだよ。覚えてるか? 数日前、乗合馬車で一緒になったガキ共だ。何かの縁なのか、大会に出てやがる。それがあの溝鼠共に少し絡まれてたみたいでな」
見ていたのは数日前、試しの洞窟に行くために乗った馬車で一緒になったアイアンランク冒険者のダスティとポプランの二人だった。
「んっ? あー、あの少年達か。……まあ、流石に試合中は下手に手を出さないだろさ」
「ああ。試合中はな……」
言葉通り、下衆な輩はこう言った公表の場では下手なことはしない。夕方や薄暗くなったころから動き出す。
後々、一応見知った顔だけに、注意をするつもりだった二人だった。
「それでは試合予選を始めます。今回集まった人数は男性256名。その内、二次予選出場は16名となります。その後、男16名女16名の混合試合を行い、そこから16名が大会出場者となります。ではまず、この256名を16名にする為、4試合行います。勝負は一対一の試合となります。勝負ルールは相手を試合場から落とす場外、若しくは相手に降参宣言をさせた者の勝ちとします。ですが、誤って相手を殺してしまった場合は失格となります。では早速、番号が呼ばれた人は舞台に上がってください! 1番の人と256番の人、次に2番と255番の人、3番と254番の人、4番と253番の人! 舞台に上がってください!」
試合ルールが終わると、直ぐに番号が呼ばれ、その番号の選手が続々と人混みから出てきては闘技場へと登っていく。
全身をフルプレートで固めた人、大きな斧を肩に抱えて腰蓑だけの人、全身をローブに顔を隠した人、兜と鎧、剣と盾を持った骸骨の人って、この人はさっき鑑定した人だ。男だったのか……。
「始まったね。リッケ、もう一度確認するけど、本当におまじないはいらないんだね?」
「はい、今の僕ではミツ君のおまじないで能力を上げて勝っても、それは僕の力とは言えません。相手はモンスターではないですから今回は控えておきます」
「解った。でも自身には自分で支援魔法はかけときなよ」
「勿論です!」
リッケにかけようとしたおまじないとは、スキルの〈攻撃力上昇〉〈守備力上昇〉〈魔法攻撃力上昇〉〈魔法防御力上昇〉〈攻撃速度上昇〉の、能力上昇セット。
洞窟でこれを使用後、省略としてリッコ達が言い出したのがきっかけで、全ての名前を言うのも面倒くさいので自分もおまじないとして言っている。
スキルはイメージで使用する物なので、おまじないと思えば、能力上昇系スキルの五つ全てが省略され、そのスキルが発動していた事を分身から教えられた。
それをユイシスに確認したところ、自分の持っているスキルの一つ〈分割思考〉の効果あってだそうだ。
「あれは呼び順からして、僕達は70番の人と71番の人と当たりそうですね……」
「このまま行けばね……。えーっと、70番の人は~。って……。さっき怒鳴り散らしたヒャッハーの人か……。面倒くさそう……」
「僕は……。ん~。ちょっと人が多くて解かんないですね……」
「まあ、そのうち解るよ」
予選は続き、一度に4組の勝負を済ませることに効率良く4試合を行うようだ。
試合は見るだけでも面白く、自分と同じ剣や拳、双剣や弓使いなど、戦闘の動きや立ち回りなど、参考にもなる人も中にはいた。
面白いと言えば、大きな鉄球を持った人で、同じ武器同士の戦いだった。
互いにブンブンと鉄球が繋がれた鎖を振り回し、相手の一撃を避けては自身の鉄球を投げ、それが避けられては相手の鉄球を避ける。見てる分にもハラハラする戦いだった。
そして、始まって2時間程たったぐらいだろうか、やっと自分達の順番が来た。
「参った!」
「そこまで! 勝負あり! 190番の勝利です。次の試合を行います! 68番と189番、69番と188番、70番と187番、71番と186番の番号の人は前に!」
「よし! 行こうリッケ!」
「は、はい!」
「お互い危険になったら直ぐに降参しようね」
「はい」
お互い気合を入れて、いざ、闘技場へとのぼる。
反対側から闘技場へと登ってきたスキンヘッドヒャッハーが、自分を見ては軽く驚いてはいたが、直ぐに汚い罵声を飛ばしてきた。
「何だ!? 俺様の相手はさっきの餓鬼か! ゲャハハハ! ツイてるぜ! おい餓鬼! 俺は餓鬼だろうが手加減はしねえぞ! お前が降参なんて言う前にその喉を潰して喋れないようにしてやるぜ! 虫のように小せえオメェなんざ、最後は踏み潰してやる! ゲャハハハハ」
互いに向き合った瞬間、スキンヘッドヒャッハーからの罵声を飛ばされたので、自分は気にしないためにとリッケの方に視線を向けていた。
(リッケの方は……。あれ? あの人って馬車で同伴した人? えーっと、名前何だっけ……?)
「おい餓鬼! 聞いてるのか! ちっ! ビビって喋れねぇのか!? ハッ! 見た目も小せえなら肝っ玉も小さかったか」
(んっ……。何て言ってた……。自分の聞き違いかな……)
《ミツのことを小さいと罵ってました》
(ほうっ……。鑑定………)
まだグチグチと罵声を飛ばす目の前のスキンヘッドヒャッハーを鑑定し、スキルやステータスで相手の戦闘スタイルを予想する。
「ふっ、可哀想に。まあ死ななくても恐怖は植え付けられちゃいそうですね」
「シャシャシャ! グゴ、羨ましいね~。俺が斬りたかった。ああ、子供の肉を斬りたかったな~」
目の前のスキンヘッドヒャッハーの仲間だろうか、場外からこちらを観戦しながら、既に結果は解りきっているという気持ちなのか、二人はニタニタと気持ち悪い笑みと笑いを溢していた。
そして、審判の開始の声と同時にスキンヘッドヒャッハー、もといグコと言うなの大男が一気に距離を縮め迫ってきた。
「うおおおお! くたばれや!」
(崩拳!(気持ち手加減して))
「ゴバァ!」
「「「!!!」」」
グコが自分を両手で掴もうとした瞬間、懐に入り〈崩拳〉を打ち込む。
グコは衝撃と痛みで一気に意識が飛んだのか、ギョロっと白目になり、そのままうつ伏せに倒れて終わった。
鑑定の結果、グコのスキルは〈握り潰す〉と言う名前通りのスキルしか持ち合わせてないため、男の攻撃パターンがすぐに解った。
「あの、降参せずに相手が気絶した場合はどうなりますか?」
「あ! そ、そこまで! 187番の勝利!」
「どうもです」
一瞬で勝負が決まったことに、審判も勝利宣言をするのが遅れたのか、ハッと気づくかのように試合の終わりを告げた。
それと直ぐに、もう一組の試合も終わりを告げる声が審判から告げられる。
「そこまで! 71番の勝利!」
「えっ!?」
それはリッケと対する人の番号だった。
振り返ると、リッケが膝を崩し、父から譲り受けた剣を落としては、痛みに自身の腕を抑えていた。
「くっ……」
「リッケ!」
「ミツ君……。ははっ……。すみません……。やはり僕では……。っつ!」
直ぐにリッケの方へと駆け寄ると、既に自身で治療を始めていたのか、先程までの辛そうな表情は無く、自分に向けられた表情は苦笑いと申し訳なさそうな顔をしていた。
対戦相手の方に視線を向けると、相手はやはり、顔見知りであったダスティだった。
「おっと、睨むなよ少年。ちゃんと手加減はしてるからな。しかし、お前さんがあいつを倒すとはね~。見てみろよ、あいつの仲間の二人のあの面。青い顔が更に真っ青になってるぜ。あの様子なら仕返しは来ることもなさそうだな……。じゃ、俺はこれで」
一言残し、ダスティは剣を鞘にしまっては闘技場から降りて行った。
「リッケ、本当に大丈夫?」
「はい……。あの人、剣の腹で攻撃してくれたので、腕には斬り傷などはありません。でも、悔しいですね……。一度ぐらいは勝ちたかったです……。もう少し早く剣の修行ができていれば……」
リッケは自身の剣を拾っては鞘に入れ、顔を伏せたまま悔しそうに奥歯を噛み締めていた。
「……。リッケはこれから強くなればいいんだよ。それに、負けたからってマネさんから嫌われることも無いと思うし」
「はい……。えっ、いや! ミツ君、僕は別にマネさんのことは!」
「はいはい。解ってる解ってる」
「ミツ君!」
泣いたカラスがもう笑ったと言うほどではないが、剣の力量は自身でも解っていたのだろう。だが今は負けた悔しさと悲しみより、マネのことを出されたことに羞恥心の方がそれを勝ったようだ。
闘技場を降りる時には、リッケはスッキリとした顔になっていた。
観客席から遠目であるが、リッケの試合を見ていた仲間達。
「リッケ、負けちゃったみたいね」
「しゃあねえな。相手も同じ剣士、レベルも違ったんだろうし。大体よ、親父が無理やり出場しろなんて言ったんだ。リッケを大会に出すなんて親父の判断ミスだろ!」
「そうね。私から見てもリッケが勝ち抜けるなんて思えないし」
弟を庇うかのように、ここにはいない父に怒りをぶつけるリック。その言葉に賛同するかの様に、兄であるリッケにフォローの言葉を入れるリッコだが、その言葉はフォローになっているのかは微妙なところだ。
「でも、リッケ、そんなに落ち込んでなさそうニャね。あっ、モント、それウチにも頂戴ニャ」
「はい。プルン姉ちゃん」
「うまうま」
プルンは弟のモントが食べている、出店で買ったナッツを一つ貰っては、ムシャムシャと食べその旨さに頬をゆるめる。
「ねーねも食べる?」
ミミは自身の持つドライフルーツのような物を一つ摘み、隣に座るリッコへとすすめる。
「あ、ありがとね。ミミちゃんだっけ?」
「うん! あたち、ミミ!」
「僕はモントだよ!」
「ふむふぐふむ」
「ヤン、ちゃんと食べてから喋るニャ」
「んんっ……。ぱぁー! 俺はヤン!」
「お前ら、姉弟だな……」
「そうニャ? 何言ってるニャ?」
「あ、いや、何でも無いわ……」
偶然にも出店で食べ物を買っていたプルンを見つけたリックとリッコの二人。
丁度いいと、プルン達姉弟の4人も引き連れ、ミツとリッケの応援と観戦席に来ていた。
まだ3歳~7歳の子供達にこの様な血生臭い場所に入れるのかと思ったが、今なら一人銅貨数枚渡せば誰でも入れる状態。
大会当日はこの10倍の入場料となるので、本番は見ずに、安値で戦いを観戦できるこの時だけ入る人も居るようだ。
「じゃ、ミツ君。僕は観戦席に居ますね。多分、あそこにリック達もいると思いますし」
「うん」
試合に敗北してしまったリッケは、リック達が居ると言ってはその場をあとにした。
一人残された自分は番号を呼ばれるまで、じっと座って待つしかやることがなかった。
「次! 187番と118番、184番と121番、138番と72番、120番と72番の選手は上がってください!」
人は減ったと言え、また一時間近く待たされた。
やっと呼ばれたと、腰を上げては闘技場へと登る。
今度の対戦相手は剣士のおじさんだった。
「ふむ。子供か……。場外で終わらせてやろう。何、痛みは一瞬、お前も大会に申し込んだのだ、それくらいは我慢しろ」
「よろしくお願いします……」
剣士のおじさんを鑑定し、また相手のスキルとステータスにて戦闘スタイルを予想する。
審判の開始の声に反応し、剣士のおじさんが腰に携えた剣を振り上げ、勢い良く襲い掛かってきた。
「行くぞ! キョエエエエ!」
奇怪な叫び声に少し驚くが、相手の動きが遅い。
剣が振り下ろされる前、懐に入り剣士のおじさんの腹部の鉄鎧に拳を打ち込む。
(正拳突き(非常に手加減して))
「ぬっぷろぱ!」
勢い良く吹き飛ばされた剣士のおじさんは、また奇怪な声を出しながら場外へと吹き飛んで勝負が終わった。
驚く審判だが、直ぐに場外宣言の後に勝利宣言を告げてくる。
「じ、場外! 187番の勝利!」
「ありがとうございました」
あっさりと決まった勝負に、戦っていた周囲の選手もこちらを見ては動きが止まっていた。
選手は驚いているが、それは勿論観戦席のお客さんも驚きだろう。一部の人を除いて。
「いいぞー! 次も勝つニャ!」
「兄ちゃん凄え!」
「すごーい!」
「にーに、つよーい!」
「次! 72番と88番、103番と138番、187番と86番、190番と99番の選手は上がってください!」
三回目となると呼ばれるのも早くなり、直ぐに自分の番号が呼ばれた。
闘技場へと上がると、そこには真っ黒な盾を両手に持ち、平均的な身長、茶色い髪と髭を生やした40代ぐらいの選手がいた。
その選手は自分を見るなり鼻で笑う。
挑発とばかりに、両手に持つ盾をガンガンと叩き合わせてはその盾の頑丈さをアピールしてくる。
「おっ! 次は盾使いみたいニャ! リック、リックだったらミツとどう戦うニャ?」
「盾が傷つく! まず俺はあいつと戦いたくねえ。それと、どう見ても俺とあの選手じゃ戦うスタイルも違うだろ」
「相手の技量が測れないものはすぐに死ぬってお父さんも言ってたもんね」
「でも、初対面でミツ君の力って解りますか?」
「あー……。そう言われるとな……。多分、あの盾使いと同じ事やっちまうかも……」
「それにリック、あの盾って黒鉄じゃないですか?」
「ああ、それは俺も気づいてる」
「黒鉄? 何ニャそれ?」
「黒鉄は鉄を錬金して作る鉄の上位素材の一つですよ。錬金で作るので純度も高く、精製後はとても硬くなり、熱や冷気に強く、竜と戦うには必需品とも言われてます。勿論竜の爪や牙にも耐えれると言われてますが……」
「凄いニャ!? リックもあの盾に変えると良いニャ!」
「いや、多分今俺が扱う大きさの盾にすると、俺は扱えなくなる」
「何でニャ!?」
「プルンさん、黒鉄は物凄く重いんです。ですので、あの選手が持つ様に腕から肘までの小さな盾見たいな物しか出回ってないんですよ。それでも、盾自体の頑丈さは普通の2倍以上はありますからね。きっとあの大きさでも使えるんですよ」
「ニャニャ。ニャらあの人が武器を持ってないのって」
「ああ、盾が武器になってんだろうな」
盾を持つ選手と互いに向き合い、軽く会話を交わす。
「フフ、驚いた。目の前に見ても、普通の子供にしか見えんではないか。しかし、ここまで来た運もこれ迄! 我が盾はどの様な破壊の攻撃も防ぐ盾! 盾で守り、盾に攻める! 我が矛破れるものなら破ってみろ!」
「行きますよ」
パターンになってきたが、鑑定して相手の守備力なども調べ、スキルで攻撃パターンを予想する。
「こい! 貴様のその一撃、最初で最後の一撃となろう!」
相手は動く素振りも見せず、自身の胸の前に盾を構える。
自分は右手にナックルであるドルクスアを付けては、バッと駆け出す。
ピタッと盾の前で止まり、拳を盾へと打ち込んだ。
(岩石砕き(普通に))
バキッ!
「なっ!? うぎゃー! う、腕が、腕が!」
選手が構えた盾に衝撃が入ると同時に、バキッと何かが砕ける音が鈍く響いた。
選手の構えた盾の一部と思われる破片がごとりと地面に落ちると同時に、盾を構えていた選手の腕もだらりと下に垂れ下がった。
「大丈夫ですか!?」
「勝負あり! 187番の勝利! 治療士、早く来てくれ!」
「うぅ……おのれ鍛冶屋め! 適当に鍛えた盾を我によこしよって!」
腕を痛めた選手は砕けた盾を恨めしく睨みつけ、購入した鍛冶屋に恨み言を呟きながらも、腕の痛みに耐えるように唸り声を上げていた。
直ぐに治療士がかけより腕の治療を始めている。
「ははっ……。ど、どうやらあいつ、不良品を掴まされてたみたいだな……」
「そ、そりゃそうだろ! あんなちっこいガキが盾を砕くことなんてできるもんか!?」
盾の選手の声が聞こえたのか、闘技場の外の選手は冷や汗を出しながらも自身を納得させるかのような思考を提案していた。
「……俺、絶対あいつと試合するときは盾使うのだけは止めとこう……あっても意味がない……」
「ははっ……あの黒鉄が砕けましたね……」
リックは頭を抱えながら頭を伏せ、リッケは顔を引きつらせながら苦笑いである。
「あら? 次が最後見たいね」
「もう食べ物が無くなったニャ。ミツ、早く終わらせて出店皆で周るニャ!」
観客席の方からプルンの応援とも言えぬ声に、周囲の人がクスクスと笑い声が上がっていた。弟妹であるヤン達は気にしてないが、リッコ達はかなり羞恥に晒されている。
「予選最終戦! これに勝利した者は、午後に開催する二次予選混合試合に出ることができます! では6番と187番の選手、20番と68番の選手は舞台に上がってください!」
番号が呼ばれ、闘技場へとまた上がる。
舞台の上には全身をフルプレートアーマーを着込んだ騎士、身長3メートルはありそうな頭に2本の角を生やした鬼族、見た目はトラに似た獣人族の選手。
自分の対面にはトラの選手、その目は鋭く睨みつけ、グルルと唸り超えが聞こえてきた。
「見ろよ、やっぱり残ったぜ。王国騎士団精鋭部隊の一角の一人。ラクシュミリアだ……」
「相手は鬼族か。力としては相手は十分強えぞ……。にしても、もう一組は、何だよありゃ……」
「グルル!」
「よろしくお願いします」
「おい! 審判、子供を舞台に上げるとはどう言う事だ! 獣人族たる俺様に弱者と戦えと言うのか! 子供を無理やり舞台にあげるとは貴様らは何を考えているんだ!?」
自分を睨みつけていた瞳がスッと横にいる審判へと視線がそれ、トラの選手は抗議を訴えるかの様な言葉を審判へと飛ばした。
「いえ! こちらの選手はきちんと試合にて貴方様と同じ、勝利を積み重ねてここに立っております。 もし反論がございますなら貴方様を不戦敗としてもよろしいのですよ!」
「ぐっ、ぐぬぬ! おい小僧! 俺は手加減と言うものができん! だからと言って弱者をいたぶる悪趣味など持ち合わせておらん! 俺様の拳がお前に届く前に棄権しろ!」
「ご忠告ありがとうございます。若輩ながら精一杯お相手勤めさせていただきます」
「な、なっ!? ……小僧、死んでも恨むではないぞ」
「気をつけます」
再度頭を下げてはトラの選手の気遣いに感謝の言葉を返すと、トラの選手は腹をくくったかのように拳をこちらへと向けた。
「……」
「おいおい。あんちゃん、お前さんは子供と戦いたかったのか!? 残念ながらお前の相手は俺様だぜ! 騎士団か何だか知らねえが、馬から降りた騎兵なんぞ脅威でも何でもねえ!」
「……」
フルプレートアーマーの選手が自分の方を見ていたのか、対戦相手の鬼族の選手が挑発的な言葉で鎧の選手の視線を戻す。
腰に携えた剣を抜き両者構えを取った時、審判の開始の声が闘技場に響いた。
「それでは、始め!」
「うおおおお! そのギンギラとした鎧をオメェの血で真っ赤にしてやるぜ!」
鬼の選手は大砍刀を振り上げ、鎧の選手へと斬撃を繰り出した。
だが、それは届くこともなく、先手は鎧の選手が鬼族の選手へと与えた。
「……。残刀……」
「あっ!? な、何しやがった! へっ!こんな軽い一撃で俺様が倒れ……。あっ……ぐはぁ!」
剣の攻撃が素早く鬼族の身体に決まったのか、一瞬、動きを止めた鬼族の選手が自身の身体を触るが傷が無い。
たいしたことない攻撃と鼻で笑い、一歩踏み出したその時だった。
鬼族の選手は口からドバッと吐血し、そのままバタンと倒れ、動きを止めた。
審判が直ぐに近寄り、鬼族の選手にまだ呼吸があるかを確認後、審判から高らかに勝利宣言が告げられた。
「勝負あり! 20番の勝利!」
「……」
勝利宣言を受け、鎧の選手はスッと音も立てずにその場をあとにする。
「なあ、どうなってるんだ……」
「解かんねえ……。斬られたと思ったら、相手が倒れやがった……」
「ちっ……。最後の忠告だ! 棄権しろ!」
「すみません、それはできません」
「くっ! 馬鹿野郎が! せめて場外にいる治療士の方にふっ飛ばしてやる!」
怒鳴り声に近い声で、自分に最後忠告と棄権しろと言ってくるトラの人。それを断ると、トラの人は舌打ちをし、掛けるスピードに攻撃を仕掛けてきた。
「貴方はお優しいですね。でもごめんなさい」
「うぉおおお!」
(硬質化(程々に固く))
トラの人が攻撃を繰り出した後、バンッ! と鉄を殴った様な音が響く。
「……っ!?」
「ぐっ……。ぐあぁぁぁ。お、俺の手が、あ、ぐっ、ぐっああぁぁ」
「すみません、直ぐに治しますから」
トラの人は自身の右腕に走る激痛に顔をしかめさせ、もだえながらも自分の声に反応した瞬間だった。
「なっ!? うわっ!」
小さな手が自身の腰に手が回ったと思った時には、勢い良く場外に放り投げられ、地面に身体を強く打ち付けていた。
「場外! 187番の勝利です!」
「さあ、手を見せてください」
何故自身が場外に飛ばされたのか、混乱するも右腕の痛みで思考が定まらない。
そして少年が自身へと駆け寄ったと思いきや、右手へと暖かな光を当て、先程走った激痛の痛みをけしてくれた。
「ぐっ、うう、貴様! い、いったい何を!?」
「ふっ飛ばすって言うからパーと思ったら、まさかグーで殴りつけるとは思っても見ませんでしたよ。はい、もう大丈夫ですよね?」
「なっ!? 痛みが……消えた……。お前……」
「すみません。それじゃ、自分はこれで」
混乱する中、聞きたいことも聞く前に、少年はスタスタとその場を後に行ってしまった。
「何だ……。訳が解らねえ……。礼も言えなかったじゃねえか……クソッ」
自分の勝負が終わった後、数試合行われ、結果16名の二次予選出場選手が決まった。
フルプレートアーマーの選手、鋭い槍を背中に背負った蜥蜴族の戦士、全身黒ずくめのローブに身を隠した選手、大きな大剣を肩に抱えた筋骨隆々の選手、様々な選手が闘技場へとあがり、審判から午後の説明を受けた。
一刻の休憩時間ののち、またここに集まるとの事。
それまでは自由と言うことで各自解散と、移動を始める。
「さー。終ったニャ! 正面に迎えに行くニャ!」
ミツが闘技場から離れたことを確認した仲間達は席を立ち、正面入口へと迎えに行くのだった。
「迎えっていうか、お前は出店に行くんだろ」
「ニャハハハ」
そんなことは当たり前と、リックの言葉に笑い返すプルン。
プルン達がその場をあとにした後、一人の少女が家族へと声をかける。
「お母さん、お婆ちゃん、私行ってくるね!」
「ちょっと! 迷子にならないでよ」
「そうじゃよ。慌てんでも良いだろうに」
「お袋、あの子の気持ちも解るだろ。俺だって同じ気持ちだ」
少女は言葉を残しては正面入口へとかけだし、それを追いかけると家族も席を立つ。
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