第83話 ミツはドスケベな奴ニャ

「久しぶりのお酒はやっぱり効くね……」


 教会に戻り、フラフラと自身でも解るほどの千鳥足で階段を登っては、部屋へと入り、汗ばんだ上着を脱ぎ捨ててそのままベットに潜ることにした。


「ふ~。気持ちいい……。毛布を新しくしてくれたエベラさんに感謝……」


 多数の依頼をこなしては金を得たプルンは、その殆どの金を母のエベラへと渡し、教会の修繕等に当てられていた。

 今のエベラや子供たちが着ている衣類から、ささくれの無いテーブル、寝具も藁から全てを新しくしていた。

 酔いも周り、分身のこともスッカリと忘れてしまっていた自分は、その時はそのまま夢の中へと意識がスッと消えて行くのを心地よく受け入れていた


「……むニャ」


 朝も早く、街に朝霧が漂う中を少し小走りに歩く兄妹。

 

「ふぁ~。眠い……。なぁ、リッコ。待ってればミツが迎えに来るんだからさ、態々俺達が迎えに行かなくても良いだろ」


「それはそうだけど、私もあんたも今日はラルス様にお呼ばれ受けてるんだから、お屋敷には早めに行った方が良いでしょ。ミツのことだから、そのへん考えずに適当な時間に迎えに来るわよ!」


「俺はラルス様との模擬戦は昼過ぎからだから、別にミツがゆっくり来ても良いけどな」


「あんたは良くても私はその前なのよ!」


「へいへい。それにしても、こんな朝早く行っても教会は開いてないだ……ろ……」


「別にお祈りに行くわけじゃ無いんだから関係ない……でしょ……」


 ブツブツと妹に文句を言いながらも、プルンとミツのいる教会へと歩き続ける二人。

 街角をまがり、目の前に見えた教会に二人は喋る言葉が止まってしまった。


「「……」」


「おっ!? おっはよー! 二人とも。リッケがいないけど、今日も朝練?」


「お、おう……。まぁ、そんなところだ……」


「そっか。リッケも頑張ってるね!」


「……」


「ねえ、あんた、何やってるの?」


「何って。見た通りだよ」


「……いや、悪い。俺がまだ寝ぼけてるのか、お前が窓から吊るされてるように見えるんだけどよ……」


「私も……」


 二人が少し上を見上げると、何故か毛布に巻かれ、ロープで簀巻にされたミツが窓から逆さ吊り状態のままこちらに挨拶してきた。

 唖然と吊るされたミツを見ていると教会の横口が開き、そこからプルンが出てきた。



「おはようニャ、二人とも」


「おおはようじゃねーよ! どうしたってか、何があった!?」


「そうよプルン! ミツのあの状況は何なのよ!?」


 プルンの何もなかったような挨拶に、流石に二人は焦り、吊るされた自分を指差している。

 そんな自分をプルンは見ては、これは日常のように彼女は気にすることないと二人に返答している。

 だが、自分を見るプルンの視線がとても冷たい。


「あー、スケベな奴を吊し上げてるだけニャ。何の問題も無いニャよ?」


「スケベって……。何したら窓から逆さ吊りされるのよ……」


「プルンさ~ん。そろそろ頭に血が登って辛いんですけど~」


「うるさいニャ! 反省が足りないニャよ!」


「ねえ……プルン。本当にあいつは何をしたのよ?」


 ブラブラと吊るされたまま、手も足も出ない状態でかれこれと、どれ程たっただろうか。

 頭に血が登りすぎてぼーっとしてきたし、鼻がつーんとしてきた。

 リッコの言葉に一度顔を伏せたプルンが、目尻に涙を浮かべては、そのままリッコに抱きついてきた。


「うっ……ぅぅぅニャ!! リッコ! ウチ、ウチ、ミツに汚されたニャ!!」


「「なっ!?」」


 プルンの突然の爆弾発言。

 思わぬ言葉に二人はピシッと一瞬頭が真っ白になる程の衝撃が来ただろ。

 それも数秒、直ぐに二人は自分に振り向き、まさかと目を大きく開いては真相を問いただしてきた。


「ミツ! あんたっ!」


「いやいや! 何もしてないから! プルンの勘違い! 自分は潔白、無実、無事故だからね! 昨日はあれ、自分酔っ払ってて、それで間違えてプルンのベットで寝ちゃって……。すみません!」


 少し早口ながらも昨日は何もなかったことを弁明すると、二人の視線はとても訝しげな視線で自分を見ては、リッコが泣きっ面のプルンを見て、はぁ、と大きくため息するしかできなかった。


「……。プルン、取り敢えずまだ朝だから人通りも少ないけど、このままじゃあなたの教会のイメージが悪くなるわよ。あのスケベを反省させるのは良いとして、取り敢えず下ろしましょう」


「流石に教会で逆さ吊りはまずいよな……」


「うっ、解ったニャ……」


 プルンは未だに泣きっ面と渋々と部屋へと戻り、自分を釣っていたロープをスパッと斬り、宙吊り状態から開放してくれた。

 開放してくれたのは助かったけど、流石に突然落下し始めたら焦るんですけど。それもくるっと半回転してはちゃんと着地しましたけどね。


「あの~。縄を外しては頂けませんでしょうか……」


「スケベは黙ってなさい!」


「は、はい……。スケベと違うんだけどな……。本当に何もしてないんだけどな……。あれか、電車の痴漢疑惑ってこんな感じなんだろうな……」


「お前は何をブツブツと言ってんだ?」


「いや、何でもない……。ねぇ、お願いだから縄解いてくれない?」


「……あんた、本当にプルンに何もしてないんでしょうね?」


「うん、してない! ……と言うか。覚えてない……です……」


「呆れた……。プルン、あなたも別に害があったわけじゃないんでしょ? こいつのスケベなのは今更なんだから、本当に何もなかったなら許してあげなさいよ」


「そうだぜプルン。ミツが本気なら、お前今頃無事じゃねえだろ?」


「そうそう、って! リック、もう少し言葉はオブラートに……」


「うっ……」


 何もなかった。そう言われると実はそうでもなかったりする。

 ミツは酔っ払った状態のまま、宙吊り状態で目覚めるまで爆睡だったのは嘘ではない。


∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴


「すっー……」


「むニャ……。んっ、暖かいニャ……。んっ……? ああ……。またミミニャね。仕方ないニャ……」


 朝の日差しが窓の隙間から入り込む時刻、冷たい隙間風にプルンは少し身を縮めていた。

 昨日、領主の屋敷で借りた服のまま寝る訳にもいかないプルンは衣服を全てを脱ぎ捨て、エベラが新しく出してくれた毛布に包まっては疲れがあったせいか、彼女はそのまま寝てしまっていた。

 素肌に当たる毛布の心地よさに下着すら着ることもせずに寝てしまったせいか、朝気温は少し身震いする寒さだった。

 

「ニャ……。ミミ、もう少しこっち来るニャ……。ニャ?」


 自身の体温で妹を温めてあげようと、寄せる妹の身体はいつもより少し大きく感じる。

 毛布が引っ張っているのかと思い、頭部を探し当ててはヨイショと自身の胸元に引き寄せると、プルンの思考が止まった。


「えっ………………………」


「んっん……寒い……」


 妹を引き寄せたつもりが何故かそこにいるのは上半身裸のミツ。

 それを引き寄せる自身は下着も付けてない全裸状態……。

 プルンは混乱の中一つ一つ落ち着いては、寝ぼけた頭をフル回転させた。

 まず、ここは自身の部屋。それは間違いない。

 自身の胸の中で寝ているのは妹ではない。

 昨日寝る前、服にシワがついてはいけないと思い、自身で服は脱いだ。

 下着は直ぐに着るつもりだったけど毛布の心地よさに、自身はそのまま寝てしまった。

 よし、取り敢えず自身の事をゆっくりとだが思い出すことができてきた。

 次に自身の胸元で寝ているミツは何故上を脱いでいるのか。

 何故自身の部屋で、また同じベットで寝ているのか。

 解らないことだらけだが、一瞬ゾクリとした自身は無意識に股に手を伸ばし、当てた指先を恐る恐ると見てみた。

 

「ふっ……何もないニャ……」


 指先に血が付いていない事に安堵し、取り敢えず自身のベッドに潜り込んだ目の前のスケベに制裁を加えようと、着替えるためにとベッドから降りようとするが身体が動かない。

 自身の足はミツが足を巻きつかせている。

 ガッチリと固定し、いつの間にか腰に回された両手で、これまたプルンは見事に捕まっている。


「ちょっ!? ミツ、離すニャ!」


「んっ……んんっ。寒い、嫌だ……」


「寝ぼけるニャ! 顔! 顔をウチの胸に押し付けるニャ!」


 身長差的にもミツがプルンの腰に手を回すと、自然と顔の位置はプルンの胸の位置になる。

 プルンが無理やり離そうとすると、ミツがそれに反発するかのようにグイグイと体温を求めるようにプルンの身体に密着状態が続いてしまった。

 足を外そうとすると腰に掴まれた左手が自身のお尻に当たり、サワサワと触りだす。

 それを払いのけるとまた足に捕まり、また離すまいと今度は右手が自身の胸を掴み更には顔を押し付けてくる。

 払っても払っても、まるで静電気で引っ付くビニールの様にきりがない。


「い、いい加減に起きるっ……ふぐっ」


「んっんっ……」


 プルンがミツを無理やり引き離そうと、両肩に手を伸ばし押し返そうとした時。

 ぐっと引き寄せられ、ミツの顔とプルンの顔が重なり合い、無意識と口づけ状態となってしまった。


「!?!?!?!?!?!?!?!?!」


「んッ……」


「んっんんんんーーーんーーん!!」


 頭を後ろに引き、口づけから咄嗟に逃げようとするプルンだったが、ミツの無意識なのだろう。

 ミツは空かさずとプルンの後頭部にそっと手を当てては、プルンが離れることを阻止していた。

 バタバタと暴れるプルンだったが全然びくともしないミツ。

 そして、プハッと息継ぎをするかの様に顔が離れた空きをついては、バッと手足を解き、ベッドから脱出するプルン。


 その後は直ぐに服を着て、また抱きつかれたらたまらんと毛布ごとミツを包み、空き部屋に置いてあったロープを引っ張り出してはぐるぐると簀巻にしては窓からポイッと放り投げ捨てたそうだ。


∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵


 プルンは朝の出来事を思い出すと顔から火が出る思いに、涙を浮かべては顔を伏せることしかできない。

 朝あったことをそのまま話すわけにもいかないだけに、何でこいつは何も覚えてないんだと、プルンは恥ずかしさと怒りがこみ上げる気分に満ちていた。

 リッコとリックが何とかプルンの気を落ち着かせ、未だ真っ赤な顔のまま許す為と、条件を出してきた。


「暫く……ご飯、ミツの奢りで……」


「はい、すみませんでした!」


 未だ簀巻状態のまま、身体をくの字に折っては精一杯の謝罪をして、何とかその場は落ち着いた。


「ほら。話は終わりだ。さっさと領主様のお屋敷に行くぞ」



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「それは朝から大変でしたね……」


 朝練から戻って来ていたリッケと合流後、皆で朝食と街を歩いていた。

 流石にゲートを開いて直ぐに屋敷に向かうとやはり少し早すぎると意見がでたので、今は時間つぶしだ。


「ミツはリック同様にお酒は禁止ね」


「でも、僕達とあの後別れた後に一人で飲みに行ったんですか?」


「いや、教会に戻ったらマネさんとシューさんが来てね。それで話があると酒場に連れて行かれたと言うか、運ばれたと言うか」


「はっ……!? えっ!? ミツ君はマネさんと二人で飲みに行ったんですか!」


 マネと言う言葉に直ぐに反応したリッケが顔を近づかせ、昨日の晩の事を問いただしてきた。


「いや、二人じゃないよ! シューさんやエクレアさん、あとリーダーのヘキドナさんもいたし」


「……。ふーん、それって洞窟で一緒に朝食食べたあの人達よね?」


「そうだよ?」


「へー。夜にそんな女の人達と、あんたはお酒を飲みに行ってたんだ」


「あっ、……まあ、結果的にはそうだね……。でもねちゃんと理由もあるんだよ!」


「へー」


「ミツ君、僕もその理由というのをゆっくりと聞きたいですね」


「えっ。あっ、はい……」


 ジトっとしたリッコとプルンの視線と、何処か怖いリッケの笑顔。

 話はとりあえず朝食を食べながらと、皆に昨晩のことを説明した。



「むぐむぐ……。ふ~……。でっ、結局洞窟から連れて帰ったあの人達は、その姉ちゃん達の仲間だったってことか」


「うん、あの人達を連れて帰ったのはヘキドナさん達はギルドから聞いてたみたいでね。洞窟から見つけて連れて帰ってきたお礼ってことで」


「そうか……。仲間だった人達を失ったんだ。その姉ちゃん達も礼ってことだし、そりゃ断れねえな」


「フンッ。そういう事なら仕方ないわね……」


「それでもミツは今後お酒は飲んじゃ駄目ニャ! また……。また、うっ……。おばさん! 肉厚サンドおかわりニャ!」


「あっ。俺も骨付き肉スープ追加頼むわ!」


「すみません、野菜サラダチーズかけも追加お願いします、後パン3つ付け合せで」


「……朝から三人ともよく食べるね」


「別に気にすることないニャ。ウチの支払いはミツが払うニャからね」


「ははっ……。はい」


 未だに自分と視線を合わせると、顔を真っ赤にするプルン。誤魔化すかのように3つ目のサンドイッチをおかわりである。



「それで、その後は?」


「その後って?」


「いや、だから飲みに行ったんでしょ……。その後何もなかったのって聞いてるのよ」


「ああ、あの後ね……。大変だった」


「何があったのよ……?」


「皆酒を飲みすぎて、騒ぎすぎてあげくに店から追い出されるわ、追加でお酒を買ってまた飲み始めるわ……。自分でも暫くは飲みたくない……」


「そ、そう……(何も無かったみたいね……)」


 食事も終わり、店を出ては人気の無い路地裏へと移動してトリップゲートを発動。

 ゲートを潜り抜けた先は屋敷の数百メートル離れた場所にした。ダニエル様達はゲートの存在を知っているだろうが、勝手に屋敷内にゲートを繋げては失礼かと思いたったためだ。

 折角屋敷に行くための交通手形を貰ったけど、今後も使うことないかも。



「おはようございます、ゼクスさん」


「「「「おはようございます」」」ニャ」


 屋敷に近づくと、朝から執事服をビシッと着こなしたゼクスさんが見えたので挨拶を交わす。


「これはこれはミツさん、皆様。朝も早く、本日はラルス様、ミア様のお二人のお願いを聞いていただき、誠にありがとうございます。お二人は先程朝食を済ませ準備をされておりますので、どうぞ皆様、訓練所の方へご案内いたします」


「「「はい!」」」


 来るタイミングが良かったのか、ラルスとミアは既に西と東、両方の訓練所へと向かっていたようだ。

 ゼクスさんが私兵さん数人を呼び、皆の案内をするようにと指示を出している。


「じゃ、ウチはミア様と戦ってくるニャ!」


「戦うって……。まぁ、間違いじゃ無いけど。じゃ、自分も見に行こうかな」


「ニャ! べ、別にミツは来なくてもいいニャ! ミツはロキア様の相手をするニャよ!」


「左様で。ミツさんにはまた別の要件がございますので、どうぞこちらにお越しください」


 いつの間にかまたヌっと自分の横に立つゼクスさん。内心、ああ、またこの人は何か企んでるなと直感した。


「あー、はい……。それじゃ、皆頑張ってね」


「おう、また後でな」


「僕はどうしましょうか?」


「ニャ? なら、リッケはウチの方に来るニャよ。リッケもミア様と剣術で相手してもらうニャ! 後、怪我したらウチ達を治してニャ」


「解りました。では、僕はプルンさんの方についていきますね」


 それぞれラルスとミアの所へ行くと、自分はゼクスさんに屋敷内の部屋へと案内された。


 コンコンッ、コンコンッ



「奥様、ミツさんをご案内いたしました」


「どうぞ」


「失礼します……」


 部屋の中からパメラの声が聞こえ、中へと案内された。


「これはこれはミツ様……。昨日と今日と、態々足を運んでいただき、誠にありがとうございます」


 自分の顔を見るなり、パメラ様は深々と頭を下げては丁寧な挨拶をしてきた。


「おはようございますパメラ様。あの……。エマンダ様にもお伝えしたのですが、自分に敬称なんていりませんから、前みたいに気軽に呼んでください」


「……。解りました。貴方様がそう望むのであれば……」


「では、奥様。私はミア様の所へまいりますので失礼します」


「ええ、ありがと」


 ゼクスさんが部屋から出ていったのち。メイドからお茶のセットを受け取り、パメラさまは直々にお茶を入れてくれる手厚い歓迎をしはじめた。


「どうぞ……。お口に合えばと……」


「はい、ありがとうございます……。えーっと、ダニエル様は?」


「はい。ダニエルは本日、武道大会の議会と準備をしております。態々ご訪問頂いた貴方様に挨拶をできないことをお許しくださいませ」


「あ、いえ……そんな。お忙しい時期ですからね」


「貴方様の深きご理解、心より感謝いたします」


(何だろう……パメラ様との会話がやりにくい……)


 部屋に入った後、恭しく接してくるパメラ様はどことなく落ち着きがないのか、お茶の入ったカップを何度も口につけていた。

 そこにノックの音もなく、ガチャリと扉が開く。

 二人の視線がそちらへと行くと、エマンダ様が部屋へと入ってきた。


「あら、失礼。ミツさん、もうおこしになられていましたのね」


「どうも。エマンダ様」


 躊躇いなく部屋へと入ってきたエマンダ様にパメラ様が申し訳ないと謝罪の言葉を述べてきたが、それは気にしないと返事すると、当の本人のエマンダ様がパメラ様へと貴女は硬すぎますよとクスクスと、まるでパメラ様が失敗したかのように、自身も全く気にしてなかったようだ。 


「ところでパメラ、話はまだのようですね」


「私が一人で話すことでは無いでしょ……」


 エマンダ様がスッと手を上げると、それを合図に部屋の中のメイドさん達が部屋から出ていってしまった。

 また、この人はメイドさん達などには耳に入ってはいけない話でもするつもりではないのか。


「ふふっ、賢明な判断ですね。ではミツさん、早速ですが貴方様に、折り入ってお願いがございます」


「んっ? お願いと言いますと?」


「はい。今回の武道大会の終了後。是非とも、貴方様のお力を今回ご訪問になられる来賓の方々。王族である第三王子の前で披露していただきたいのです。特に、共にこられる巫女姫様には是非とも……」


「……力とは?」


「昨晩、我々も体験させていただきました、トリップゲートにございます」


「ああ……。見せるのは問題ありませんが、それって何か意味がありますかね?」


「……はい。ミツさんが使用されますトリップゲートですが、残念ながら私達が知る限り、使用者は貴方様しかおりません。数年前には使用できるお方もおりましたが、既に遥か高みへと登られてしまいました」


「んっ……。遥か高み? 何処か遠くに行ったんですか?」


「あ、いえ……。あの……遥か高みとはその、命を止めた事。つまりは亡くなったことを示す言葉です」


「ああ……すみません。その辺の言葉は無知なもので……」


「いえ、問題ございませんわ。そこで話を戻しますと、失われた魔法の使用者がいることは、この事実をできれば王族の耳に入れておきたいのです」


 エマンダ様の説明の後に、パメラ様はトリップゲートの使用者の重要性を深く説明し始めてくれた。

 使用者は国内のみでも数人、指の数程しか居なかったそうだ。だが、年々と使用者も数が減り、最後に城に使えていた者も突然の死と不幸と、知られる限りでは国内では失われた魔法と伝えられていた。

 ゲートがあると無いでは王族だけでは無く、民等の助かる命も増えると言う。

 橋が一つ。また、道が塞がっただけでも、人はその命を失う原因にもなる。

 エマンダ様が言うには、有名にも伝えられてきた話に、数百人が住む孤島の周辺にクラーケンの様なモンスターが住み着いてしまい、そのモンスターが島の周辺の船に襲いかかり何人者の人々が犠牲になったそうだ。

 海に船を出すと直ぐに襲われる為に、島からの脱出もできず、完全に島に閉じ込められる状態。

 島の者は救援を求め、伝書鳩の様な物で冒険者ギルドに救援を求めた。

 だが、陸地の戦いとは違い、相手は船ごと壊す大型モンスター。

 それを倒すとしても、戦う前から多くの犠牲が出てしまうことは明白であった。

 冒険者ギルドはこの依頼は手に負えないことに、この案件を王に嘆願し更なる強い救援を求めた。

 その願いを受け、その時に即位していた王は閃いた。

 被害を出すかもしれない戦い、無理にモンスターを倒すことはせずに、島の者をこちらの大陸に連れてくることを思いついたのだ。

 即実行と、王は島の見える浜辺へと数十人の護衛と一人の老人を連れてやってきた。

 老人は島までの距離を見て大丈夫と一つ頷き、目の前にトリップゲートを開き、数名の騎士を島へと送り込んだ。

 この老人こそ、王宮に使える唯一のトリップゲートの使用者。

 一日も立たずして、また老人はゲートを開くと、送り込んだ騎士に続き、次々と島の者はゲートを潜り抜け島からの脱出と遂げることができた。

 一滴の血を流さず、多くの民を救ったことに、王だけでは無く、その老人も物語になるほどに讃えられたと言う。

 だが、それも物語となる話。

 事実、トリップゲートの使用は、使用者の魔力に強く影響する。 

 ほんの数百メートル先、ほんの数人が出入りするだけでも、直ぐに魔力を枯渇する程に魔力の消耗が酷く、燃費の悪い魔法でもあったそうだ。

 老人は物語には書かれてはいないが、ガブガブと回復薬を飲み、途中で休んだりと、島の者を助けるために、結構白鳥の足のようなことをしていたのだ。

 老体にムチを打つ様なまねではないが、老人のど根性と、次々と集められた回復薬と、王国にとっても、懐事情が無傷で済まされる話ではなかった。

 後にゲートを使う者が現れたとしても、老人の様な奇跡の移動はなかった。

 賊に襲われた王を救うために使ったとか、竜が住み着き通れなくなった谷の代わりと道を開くために使われるのみであった。


「……ですので、これらはミツさんのご自身のためにもなります。どうか是非とも……」


「自分のため、ですか?」


「はい。貴方様は神に好まれたお人です。それを上手く使おうと、邪な考えを持つ者も必ず後に出てくる恐れがございます。それでしたら、その様な輩に手を回される前にと一番上、つまりは王族との面識を作ることが貴方様の今後のご活躍に、必ず王族は後ろ盾となっていただけるでしょう」

「巫女姫様は王宮神殿におられる人。王宮神殿は王国には必ず必要な場所。そこの巫女姫様にも力を見せれば……。いえ、間違いなく貴方様のお力を借りることになるでしょう。あの方は即位されてまだ日も浅く、貴方様のような神に好まれるお方は、神殿にとっては強みとなるでしょう」


「私達からのこの様に貴方様にお願いを申し上げるのは、間違いだと言う事は十分に承知しております。ですが、どうか我々の国の支えとなってくださいませ」


「……」


「これは私達個人の願いです。勿論お断りしても貴方様を責め立てる様な事は一切いたしません。ですので、大会終了後までにお考えをお願いいたします……」


「はい。お二人のお気持ち、ありがとうございます。まだ直ぐにとは決められませんが、大会が終わるまでは決めたいと思います」


「「……ありがとうございます」」


 深々と頭を下げる二人に、自分は直ぐには返答もできなかったのでその場での答えは控えた。

 考えた後に、判断してから決めればいいとそう思ったからだ。


∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴



 数百ものの騎馬の足音がその場を響かせ、数騎の鎧に身を固めては騎馬に囲まれ走る大型の馬車。

 10頭の馬が引く馬車はきらびやかな装飾に通常の馬車の何倍物の大きさ。

 些細な攻撃では車輪一つ壊すこともできない堅固な作り。

 その中では、横になってスヤスヤと寝ている人物がいた。

 その者、栗毛色の髪毛に短髪、赤い高貴な貴族の服に身を固めている。

 腰に携えたシルバーの鞘に刻まれるはこの王国、セレナーデ王国の家紋が入っていた。

 

 ゴトンっと、馬車が石を乗り上げ、青年がムクリと起きた。

 向かいに座り、聖書らしい本を読む50代過ぎの男性に話をかけた。



「……んっ。今どの辺を走っておる。まだかかりそうか?」


 声をかけられたことにパタンっと読む本を閉じては、少し外を覗き見る男性。


「そうですね……。目的地であるフロールスまでは残り4つ町を通り過ぎた所になりますな。今から2つめ、そこの町を通り過ぎた際、最後の夜営をすれば次の日、日刻には到着いたしますぞ」


「そうか。まだまだだな……」


「殿下、開会時の挨拶のお言葉はちゃんと覚えていますか? まだ時間はございます、もしまだでしたら今のうちに……」


「大丈夫だマトラスト。流石に出かける際に母上からうるさく言われたからな、出かける際に数回と前で披露させられたわ」


「はっはっはっ! でしたら安心ですな。ですが今回の催し、ただの娯楽のみとは思わぬことは是非とも忘れなきよう」


「わかっておる……。子供時代とは違い、兄上達とは共に行くことも無くなってしまったがな……」


「……。カイン様の身を守る為にも、今はできるだけ兄上様達とは距離を置く時期にございます。カイン様に王位継承の意思が無くとも、周りの重鎮達はしつこく諦めてはおりません。今はどうか無欲であることを、周囲に見せることが自身のためにございます」


「……ああ」


 殿下と呼ばれた青年は、セレナーデ王国第三王子。カイン・アルト・セレナーデ。御歳18となったばかり、王位継承、第三位者である。


 向いに座るはリッヒント辺境伯。マトラスト・アビーレ・リッヒント。

 王に頼み入れ、マトラスト辺境伯本人が王子と共に今回フロールス家へと行くこととなった。


 髪は白髪混じりのブラウン、最近薄くなってきた髪を気にしては常にオールバックスタイル。

 彼は武勲に優れ、辺境伯と言うことで多くの兵を国から預かる立場。彼は下手に第一、第二王子につく事はできない。

 王に即位の意志がない事を伝えたカイン王子の側にと、守るためにもマトラストはつけられたのだ。

 下手に力のある公爵、辺境伯などが片方の王子に肩入れすれば、簡単に力がそちらの方に傾いてしまうからだ。

 通常、地位やお家ごとは嫡男である一番上の者が引き継ぐ物だが、王座はその辺の貴族の領主を決める物とは違う事。

 長男より次男が優れることなどよくあることなのだから。歳がくれば、はい頂きますと言うことでは無い。



「しかし、馬車を飛ばして1週間は流石にきついな……。よし! マトラスト、なまった身体をほぐすためにも後で一戦やらぬか!」


「やりません」


「……うっ」


 自身の手にある本の続きを読み始め、カイン殿下の誘いをサラリと断るマトラスト辺境伯だった。


 カイン殿下の乗る大型馬車を守る王国騎士団。

 それとは別、純白に染められ、物語に出てくるシンデレラが乗るような馬車を守るのは王宮神殿所属、聖王女騎士団ワルキューレ第一部隊から第四部隊の総員数十名。

 馬車の中には四人の女性が乗っていた。

 一人はベールに顔を隠しつ、馬車同様、真っ白な生地に金色の柄を施した服を着込んだ女性と。

 もう三人は口だけを隠し、シスターの服の様なものを着た女性達。

 


「姫様、初めての長旅、体調は大丈夫でしょうか?」


「ええ、タンターリ。私は大丈夫です……」


 タンターリと呼ばれた女性は、姫様と呼んだ女性の手を取り、かけられたヴェールを少しだけ上げてはその顔を確認してホッと軽いため息をこぼす。


「そのようですね。少しお休みになられて、随分と顔色も良くなられたみたいで良かったです」


「夢を……。夢を見ました……」


「まあ、それは良き夢でしたか?」


「……解りません。ですが、また見たいと思える夢でした……。一つの光が、まるで陽の光を吸い込むかのように、すくすくと成長していく夢でした……」


「ふふっ、左様でございますか」


「……」


 

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 パメラ様とエマンダ様。二人との話場も終わり、今日もロキア君の練習に付き合おうと思ったのだが、部屋から出ようと席を立つと、エマンダ様からもう一度トリップゲートを見せてくれとお願いされたので、屋敷内の談話室にゲートをつなげ出したりと、何かと直ぐには部屋から出ることは無かった。

 ゲートを何度もくぐっては、入り口と出口の違いはないのか、触っても平気なのかと、突然ゲートを調べ始めたところでパメラ様のストップがかかり、エマンダ様のゲートの検証は終了となった。

 それでも、エマンダ様の表情はホクホクとご満悦の様なので良かった。


 ロキア君は何方にとパメラ様に聞くと、今日はお勉強の日と言うことで弓、もとい、スリングショットの練習はお休みとなっていたようだ。

 小さい頃から文武両道と言うわけではないが、好奇心旺盛な時期に勉強もやらせるのがフロールス家の育成方針だそうな。

 一応ロキア君に挨拶を済ませ、自分はラルス、リック、リッコのいる魔法訓練所の方へと足を向けた。


 そこでは面白い練習法をやっていた。

 リッコがラルスへと火玉を出しては、それをラルスも同じ様に火玉をぶつけては霧散させる方法だった。

 リックに言うには相手、つまりはリッコの出す火玉に同じ威力、同じ速さで当てる訓練だそうだ。

 同じと言うがラルスはリッコが火玉を出しては直ぐに同じレベルに合わせて火玉を出すので、判断力、瞬発性などかなり高レベルな練習を繰り広げている。

 ボカンボカンと訓練所上空は火玉同士がぶつかり、爆破音が何回も激しく聞こえてくる。

 あれだ、夏の花火大会、開会する合図の音に近いかもしれない。


 結局リッコの魔力が減ってきて、火玉の発動が遅くなったところで練習は終わった。

 リッコは肩で息をもらしているが、ラルスはひたいの汗を拭う程度の疲れしか見せていない。

 訓練を見ただけでもラルスのレベルが良くわかる。

 リッコと比べてだが、火玉のレベル、魔力量が遥かに上なのだろう。

 笑いながら感謝を伝えてくるラルスの顔には、まだ余裕があるように見える。


 リッコは休憩と汗を流すためと別行動。

 ラルスに挨拶をすると、ムッとした表情を向けられたが、直ぐにそれもいつもの顔に戻って挨拶を交わし、自分、リック、ラルスと三人は剣の訓練所へ行くと足を進め始めた。

 なぜかラルスに嫌悪感を抱かれているのか、会話もそこそこに剣の訓練所へと到着。


 西の訓練所。そこには椅子に座り込み、リッケに治療を受けていたミアとプルンの姿があった。

 何があったのかと駆け寄ると、溢れだす汗をそのままに、まだ息も荒々しく、プルンは1点に指をさした。


 そこでは、昨日リック達が使っていた舞台の上、軽装備に身を固めたゼクスさんが私兵さんの人だろうか、3対1の戦いを繰り広げていた。勿論1がゼクスさんである。

  

「来なさい……」


「くっ……。てやあああ!!」


 スッとレイピアを向けられた私兵さんの一人が声を張り上げ、振り上げた槍を手加減なしと勢い良くゼクスさんへと振り下げた。


「ふんっ!」


 振り下ろされる槍のタイミング似合わせ、ゼクスさんも自身のレイピアを槍へと向かって一突き。

 バキッと何か割れる音と同時に、私兵さんの持つ槍が真っ二つと割れてしまった。

 模擬槍なのだから鉄等は使っておらず、ただの棒なのだから割ることは可能だろう。

 だが、勢い良く振り下ろされる槍に対してできるかと言われたら、それをやるのは不可能に近いかもしれない。事実目の前の執事さんはやってるのだが。


 武器を失った私兵さんにすかさずゼクスさんは腹部に拳を一撃。体をくの字にそのまま地面に突っ伏した私兵さんをそのままに他の二人も次々と倒してしまった。

 


「あら、ミツ様、お兄様。皆様もこちらに?」


「ああ。ミア、大丈夫か? 随分とゼクスにやられたみたいだが」


「ええ。ゼクスも大会の出場者。体のなまりを落とすためと、私達が相手をお願いされたのですが……」


「あのおじさんおかしいニャ!? ウチとミア様の連続攻撃が一つも当たらなかったニャよ!」


「あら? プルン様の拳は一撃は入ったと思いましたが?」


「あれは一撃に入らないニャ! あんな硬い腹筋絶対ダメージ行ってないニャ! 何ニャあの腹! ウチ、自分の腕の骨が折れたかと思ったニャよ!」


 二人の話を聞く限りでは二人も奮闘したようだ。

 ミアの攻撃に合わせて、プルンも正拳をゼクスさんへと繰り出したが正にノーダメージ。腹部に入った拳をガシッと掴まれては舞台の外まで放り投げられたようだ。

 二人の付け焼き刃なコンビネーションも効果は発揮せず、結局二人のスタミナ切れの所にゼクスさんの攻撃が決まったようだ。

 プルンは兎も角、ミアは自身の仕える家の令嬢だと言うのに、手加減もないことだ。いや、手加減してるからこそ二人はキズよりも疲れの方が大きいのかもしれない。


 私兵さん達も舞台に上がっては倒され、それに変わって次の人がゼクスさんへと次々と勝負を仕掛け続けていた。

 あの人達は格闘物語に出てきそうな百人斬りでもやってるのだろうか?

 自分がジッとゼクスさんの戦いを見ていると、私兵さんの一人、歳は30過ぎぐらいの男性が話しかけてきた。

 どうやら何度も何度も仕掛けては、あっさりと倒されてしまうので自分に助っ人として参戦してほしいとの事。

 この人は以前、自分がゼクスさんとの模擬戦をやった場面を見ていたのだろう。

 自身の上司である立場のゼクスさんに、また前みたいに足腰立たないようにしてくださいとか言ってきやがった。

 自分は武道大会に出場するので、それまではゼクスさんとの戦いは控えてますと、私兵さんにやんわりと断りを入れた。

 すると、そうですね、ではその時は是非とも顔面に一撃入れてくださいと言葉を残して去っていってしまった。

 その人一人なら個人的な願いなので完全にスルーするのだが、後に続いて、動き回る足を折ってください、いや、あの手にレイピアを二度と持てないようにと、中々物騒な願いの声が聞こえてきた。

 ゼクスさんってもしかして他の私兵さんから嫌われてるのかと思ったのだが、どうやらミアの顔面にたまたまゼクスさんの攻撃が当たったことがきっかけになったようだ。

 今は止まっているが、ミアが鼻血を出す場面を見てしまった他の私兵さん達は、親の敵討ちと思う程の勢いでゼクスさんへと勝負を挑み、いや、襲いかかったのがこの百人斬りの始まりだったようだ。

 その証拠と、挑み襲いかかる私兵さんの中には、ミア様見ていて下さいだの、俺達の天使になど、アイドルファンの様な発言がチラホラと聞き耳スキルで聞こえてきた。

 

 結局数回の攻撃を受けたゼクスさんだったが、誰一人も彼を地面に膝をつかせる者はおらずじまいに勝負は終わった。

 残るのは倒された死体の山だけ。

 いや、本当に死んではいないけどね。


 屋敷にいる治療士さん達が地面に倒れた私兵さん達に回復を行っているが数も数。この人達皆を回復するのは時間もかかるので回復を代わることにした。

 スキルの〈エリアヒール〉スキルを発動。

 効果は自身の〈ヒール〉スキルのレベルと同じなので、かすり傷や打撲、この程度なら十分だろうと、数回その場で発動。


《経験により〈ヒールLv6〉となりました》


(おっ、久々に上がった! やっぱり人数が多いと、スキルレベルが上がるのも早くていいね)


 突然自身の傷が治ったことに私兵さん達だけではなく、治療を行っていた治療士さんも驚きこちらを凝視している。

 舞台に居るゼクスさんも自身の傷が治ったことに喜び、感謝と礼の言葉を述べてきた。


 少し皆の休憩後、改めて今度はラルスとリック、ミアとプルンの二対二の戦いが始まった。

 武道大会の予行練習のように私兵さん達が観客と、ゼクスさんが審判とちょっとしたお祭り騒ぎが繰り広げられた。

 結果的にはラルスとリック、二人のペアが勝ちを取った。

 剣と拳のコンビはリックの防壁を崩すことができず、リックの後ろから飛来する小さめの火玉を次々と受けては総崩れとなってしまい、追撃のリックの盾での体当たり〈シールドアタック〉スキルに吹き飛ばされてしまった。

 負けても負けてももう一戦、休憩の時は別の人が相手をするとランダム的な戦いがお昼まで繰り広げられ、途中勉強が終わったロキア君とその付き添いをしていたセルフィ様、そして汗を流しサッパリしたリッコが観戦席へとやってきた。

 試合を見ているとメイドさんがジュースを配り始め、それを受け取ると正に観戦者モード。

 そんな楽しい時間はあっという間に終わり、お昼ご飯の時間になった。

 

 お昼を食べた後は私兵さんも仕事と持ち場に戻り、ゼクスさんもダニエル様を迎えに行くと出かけることに。

 ロキア君も午後のお勉強に戻り、今はラルスとリック、二人の試合を見ていた。

 

 来賓と来られる様々な人達、それを出迎えるための準備が既に始まっているようだ。

 屋敷の大広間の壁には白い布が貼られ、円台にはテーブルクロスと花が飾られ始めた。

 そんな忙しい時に模擬戦とかやってていいのかと思ったが、まぁ、そこは慣れた者が手際よく準備を済ませるのだろう。

 

「人を迎えるだけでも大変だね~。あっ、そうなると暫くはここには来ない方がいいですかね?」


「いえ、私やロキアは大会には出ませんので時間に空きはございますよ。来られることに問題はございませんが。ミツ様とリッケ様は明日からはこちらに来られるお時間などは難しいのでは?」


「んっ? えっ? 明日って何かあったっけ?」


「えっ?」


「……ミツ君。あの、明日から僕達は武道大会の予選参加ですよ……」


「えっ? 予選なんかあるの?」


「ニャ~。ミツは大会の申込時に説明を受けてなかったニャ?」


「いや、何にも? ねえ、リッケ」


「あー。確かに申込時に説明はなかったですね……。僕はお父さんから説明を受けてたので、それでミツ君も知ってるのかと勘違いしてました。明日の朝、申込み者は大会場に集まって予選を行います。それに遅れると予選の参加自体できませんからね」


「ニャー。危なかったニャ! 」


「まだ人数に余裕があるのなら当日の参加も受付はありますけど。まぁ、この件は僕達は既に申し込みをしてますので関係はありませんね」


「だね。でさ、予選って何するの? やっぱり数を減らすためにバトルロワイヤルみたいに集団で戦うとか?」


「集団で戦うと言われたら違いますけど、何グループかに別れての試合とかですね。僕も今回が初めてなので詳しくは判りません。ミア様はご存知なのでは?」


「いえ。私も存じ上げません。予選内容は内密となってますので当日に解るそうです。ただ、私の予想ですけど剣や魔法、弓や槍、他にも様々な分野の方が来られます。一つの物が特化した種目で選ばれると言うわけではないと思います」


「そうニャね~」


「取り敢えず明日を待つしかないね」


「はい、そうですね」


 今日は早めの切り上げと、夕方前、大体16時ぐらいに帰ることになった。


「では、ミツさん、リッケさん。お二人とも武道大会、先ずは予選頑張ってください」


「「はいっ!」」


「ミツ、リッケ。俺は前回出場者と言うことで学園からのシードとして参加する。その為予選に参加することはないが、俺と対するまでに予選などで負けることは許さんからな」


「はい、ラルス様のご期待に沿えるよう頑張ります」


「僕もです!」


「うむ!」


 ラルスの差し出す手に握手を返す。先程までのラルスからの嫌悪感はいつの間にか無くなっており、自分とも普通に話してくれてる。

 何がどうなっているのか解らないが、嫌われるよりマシだから気にすることもない。

 ラルスの変わりようは、ミツが私兵を回復したこと、それによってラルスからの嫌悪感を軽減していた。

 私兵もラルスにとっては家族同様、小さい頃からの顔なじみも多々いるので、その人達の傷を治したことにラルスはミツを見る目も変わったようだ。


 パメラ様、エマンダ様とも挨拶を済ませてはトリップゲートを出し、リック達の家へと送ることに。

 明日また迎えに来ることを伝え、その場の解散となった。

 帰りに教会で使う材木を買い足して、教会に帰ったのは日も落ちる時刻になっていた。


 そして、自分は部屋に入ると同時に、部屋にいた二人の分身に土下座状態に謝罪を入れた。

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