第82話 感謝の酒

 教会に新しく作った井戸小屋。

 そこに現れたゲートから出てくる二人の姿。


「んっん~! はぁ~、疲れたニャ~」


「お疲れ様。明日も屋敷の方に行くんだし、無理せず休みなよ」


「そうニャね。飯も食べたし、風呂にも入ったし。起きててもする事も無いニャ」


 お互い、部屋に戻る途中、サリーと鉢合わせ。

 入り口の方ではなく、道にも繋がっていない裏口の方から自分達が帰ってきたことに、驚くサリーだったが、プルンは気にすることもなく、ただいまの言葉を告げていた。


「お、おかえりなさい。プルン、その格好は?」


「ニャ? これかニャ。これは領主様のところの私兵が着ている服だニャ。ウチの服は汚れちゃったから、一日だけ貸してもらってるニャ」


 プルンの服は、流石に洗って短時間で乾くものでもない。なので、後日洗って返してもらうことに。魔法のある世界なら、洗濯する魔法があっても違和感がなかったのだが、ダニエル様のメイドには、その魔法が使える人がいないので全てが手洗いである。

 


「領主様って!? あんた、一体何をやらかしたのよ!」


「ニャ! 別に悪いことしたわけじゃ無いニャ。ちゃんと会う約束を前からしてたニャよ。それに領主様の屋敷にはミツとウチだけじゃなく、仲間の皆と行ったニャ」


「本当でしょうね……」


「本当ニャ!」


「二人とも! 何をそんなに声を荒立ててるの!?」


 プルンの言葉にサリーが訝しげな視線を送ると、反論するかのようにプルンが言葉を返した。

 すると、台所の方からエベラがやってきた。


「ニャ! エベラ、聞いてニャ! サリーがウチの言うこと信じてくれないニャ!」


「プルンが突拍子も無いこと言うからでしょ!」


「二人とも、お止めなさい。子供達はもう寝てるのよ。もう少し声をおさえなさい」


 プルンは少し興奮気味なので、自分が先程のやり取りをエベラへと説明すると、サリーの勘違いであることが明白となった。エベラはサリーに以前プルンと自分が領主様から招待を受けていたことを説明すると、サリーは今のプルンの服装も言葉も納得したようだ。

 それと、領主様からプルンへのご褒美として食料を分け与える件なのだが、教会に改めて私兵の方が必要な食料を分けて持ってきてくれることをエベラへと伝えると、ありがとう、ありがとうと、何度も感謝の言葉をつぶやいていた。


 

「ふ~。まさか帰って早々に姉妹喧嘩を見るとは」


 部屋へと戻り、ベッドにうつ伏せに倒れるように横になる。寝る前に、ちゃんとスキル上げをしなければと、むくりと起き上がり、別途の横にある椅子に座り直した。


「あっ。そう言えば材木買うんだった……。まぁ、明日屋敷に行く前でもいいか……。さてと、もう一人の自分をお呼びしますかね」


 〈影分身〉スキルを発動し自身の分身を出しては、寝る前の日課であるスキルのレベルアップの練習を始めた。ちなみに、出てきた分身の性格はオドオドとした小心者の様な性格だった。部屋の中では攻撃スキルは危険なので上げることはできない、今日も今日とて、レベルを上げるのは支援スキルである。

 分身に〈ハイヒール〉の練習をお願いすると、分身はキョドりながらも練習をし始めてくれた。お互い自分自身なのだから遠慮することもないのに、分身はその場で立ったまま〈ハイヒール〉の練習をし始めてしまった。


「あ、あの……?」


「はっ、はい! 何ですか!」


「いや、ベッドの上にでも座りなよ。立ったままだと、君がきついでしょ?」


「あっ、は、はい! すみません!」


「いいよ。スキルのレベル上げ、よろしくね」


「はい! 頑張ります!」


「うん」


 毎回現れる分身の性格が違うのは困ったものだが、こればっかりはどうしようもないと、ユイシスから言われてしまっているので、もう出てくる分身の性格は諦めている。

 その後はお互いに〈ハイヒール〉を集中して上げることに。そして、レベル上げの最中、分身のポツリとつぶやく言葉に、えっと驚きにスキルを発動する手が止まってしまった。

 

「毎日この部屋でスキルを上げるとしたら、ちょっと効率が悪いですよね……」


「んっ……? スキルを上げるのに場所が関係するの?」


「えっ。あっ、すみません、失礼な物言いでしたね……」


「いや、大丈夫だから、さっきの話を続けて」


「は、はい……。あの。場所と言うか、この部屋、狭くて分身一人しか出せないじゃないですか……。ですから、もうこの教会なりどこかに小屋を作って、数人でスキルを練習したほうが……。それと、攻撃スキルを上げたいんだったら、以前の行った川原に分身を送り込めば後は一人でも行ったりできますけど……」


「……」


 分身の言葉に自分はハイヒールを発動する手を止めては、分身の腕をガバッと掴んだ。


「ごめんなさい! ごめんなさい!」


「そうか! そうだった!」


「へっ?」


 分身は抜けたような声を出していたが、そんなことは気にもせず、自分は思いついたことを分身へと説明した。


「寝る前にレベル上げをしろって言われたから素直に寝る前、つまりはベッドの上でスキル上げをやってたけど。そうか、別に分身にお願いすれば良かったんだ! よしっ! 早速だけど、お願いしてもいいかな?」


「えっ? ええ! 今からですか!」


「駄目?」


「いえ、それは問題ないですけど……」


「よろしくね!」


 思い立ったが吉日、その言葉通りと自分はトリップゲートを出しては川辺へとゲートをつなげた。

 数日前にここで戦闘をやったので、周囲にはボコボコと穴が空いており、一部に焼け焦げたあとが残っている。



「うう……暗いな……」


「何言ってんの。君も獣の目があるんだから、暗いところなんて関係ないでしょ。それじゃ、追加で分身を出すよ?」


「まぁ、一人よりは……。お願いします」


「いや~。しかし、影分身のスキルも多重で使えるとは……。ユイシス、教えてくれたら良かったのに……」


《スキルの組み合わせの事は、以前ミツに説明しましたけど、忘れていましたか?》


「はい、忘れてましたよ」


「ははっ……」


 【ウィザード】のジョブになった時、その時覚えた〈分割思考〉確かに、あの時ユイシスは魔法とスキルを複数同時に発動する事ができると説明を入れてくれていた。その説明の複数同時と言う言葉がまさか〈影分身〉にも使えるとは思っていなかった。

 アニメなどの二人以上の分身の場合は、多重影分身と名前も少し違ったのだ。自分の頭の中では、無意識とできないと勘違いしてたのだろう。

 結果、先に出した一人と、実験ともう一人を影の中から分身を出すことができた。

 もう一人出そうと思ったのだが、まぁ、無いとは思うが、四人になると自身の力が4分の1になるかもしれないので止めといた。


「……」


 出てきた分身は、一瞬ギロリと自分を睨んできた。

 まさか、ドSな性格の奴が出てきたのかと思ったが、その分身はただ睨むだけで、いきなり毒を吐くようなセリフを言ってくるわけではなく、寒いっとボソリと呟くだけだった。


「ふ~。取り敢えず三人で練習すれば三倍だし、皆、がんばろう!」


「……」


「あ、あの……」


 無口な分身がコクリと頷くのを見た後、オドオドとした分身の方を見ると、恐る恐ると小さく挙手をしていた。


「あれ? どうしたの?」


「いえ、その、実は教会から移動する際、教会の前に何か人の気配がしてまして……」


「はっ……。人の気配? 通行人とかじゃなくて?」


「いえ、じっとこちらを見てましたので、その人達は通行人ではないと思います」


「えっ!? 何それ! なんで早く言わないの!?」


「ごめんなさい、ごめんなさい! でも、その人は悪人じゃないと思います」


 自分が分身に詰め寄った感じになると、分身は今にも泣きそうな表情になってしまった。あまり自身の泣きっ面なんて見たくないんだけど。

 オドオドの分身の態度に少し冷静になり、悪人ではないことの理由を聞いてみた。


「ごめん、ところで、その人達が悪人じゃないって何でそう思うの」


「あの……マーキングスキルを使ったら、青表示でしたので、自分には危害がない人だと解ったので……」


「そ、そう……。誰かな……」


 分身は自分がゲートを開いている間、窓から見えた人影に念の為と、マーキングスキルを使用していたようだ。一応物取りだった場合、直ぐに犯人がわかるために使っていたようだ。ちゃんと分身が後の事を考えていたのを理解して、自分が詰め寄ったことに改めて謝罪をし、ありがとうと感謝を伝えておいた。

 自分は直ぐにスキルのマップを出しては教会を確認、部屋の隣の青の点滅、それと別に外にある二つの青の点滅を確認した。

 外の方にマップ画面を動かそうと指を当てると、指先が部屋の方の青の点滅に当たったのだろう。

 部屋にいるプルンの名前が画面に表示された。

 こんな機能があったのかと思いながら、なら外の二人も確認と青に表示された点滅をポンと指先でタッチ。

 名前が表示され、何でこの人達が教会にと思っていると、無口な分身も自身でマップを出して誰なのかを確認したのだろ。


「気になるなら……行って構わない……」


「おおっ! 何だ、普通に喋れたのか」


「……当り前。それより……練習は……二人で……いい……」


 自分の言葉が気に触ったのか、ギロッと鋭い視線を送られてしまった。


「うっ……。でも、それだと」


「! だっ、大丈夫です! 一人は不安でしたけど、二人なら平気です!」


 マップを消し、踵を返しては歩き出した無口分身の後を追うようにと、オドオド分身が自身の胸の前で拳を作ってきた。


「決まった……。お前、戻る」


「二人がそう言ってくれるなら。自分に言うのもなんだけど、ありがとう」


 二人の言葉に、今回は甘えるように礼を述べた後、自分はゲートを教会の方へと開いた。

 

「……」


「ふ、二人で頑張りましょうね!」


「……」


「えっ、ちょ! 待ってください! 一緒に行きましょうよ!」


 オドオド分身の言葉をスルーし、無口分身は自身に身体強化スキルをかけては、一人で林の方へと走っていってしまった。


∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴




「なあ、灯りも消えてるし、もう寝てんじゃないのかね?」


「マネが教会を間違えるからだシ! なんで反対側の教会にいたシ!」


「いや、解りやすい教会だからよ、アタイだけでも大丈夫だと思ってたの」


「確かに教会に鐘は何処でもあるものだからマネでも解りやすいかもしれないね。でも! エンリが教えてくれたのは青い屋根の教会だシ!? マネが行ったのは緑の屋根だシ!」


「けどよ、緑でも、青って言わないかい?」


「青は青だシ!」


「あれ~?」


「マネさん、それを言うのは一部の人だけですよ」


「「!?」」


 教会の前にいた人影、それはマネとシューの二人だった。二人は自分の声に驚き、言い争う声を止めて自分の方へと振り返る。いや、一方的にシューがマネに怒鳴り散らしてたようにも見えるか。


「こんばんは、お二人はお祈りですか? この時間は教会の祈り場は閉められてますよ?」


「ミツ! シシシッ、ちょうど良かった、これでアネさんに怒られなくて済むシ」


「ああ、夜分にすまないね。シューの言うとおり、お使いもろくにできないのかって、雷落とされるところだったよ」


「その時は理由つけてマネだけ怒られるシ」


「ナァヌッ!」


 二人が何か言付けでも頼まれたのかと思いながら、また二人が言い争いを始める前にと、割り込むように自分は質問を飛ばした。


「リーダーさんが自分にですか?」


「ああ。ミツ、あんた、もう寝るところだったかもしれないけど、少し付いてきてもらってもいいかい?」


「アネさんがどうしても話したいことがあるの。ウチからもお願いだシ」


「はあ……。別に構いませんけど……」


 寝るところだったかと問われたら違うが、自分はスキルのレベル上げに戻りたい気持ちもあった。でも今日はスキルのレベル上げは分身の二人にお願いしているので、無理に戻ることもない。自分は躊躇いながらも二人の頼みを聞き入れた。


「よしっ、決まった! 早速行くっての!」


「うわっ! ちょっとマネさん、自分で歩けますから!」 


 付いていくことを了承するなり、マネが自分に手を回し、荷物のように自身の腰に抱えてしまった。

 止めてください、これめっちゃ恥ずかしいよ。


「何言ってんだい。道も解かんないんじゃ急ぐこともできないだろ」


「だからって、自分は荷物じゃありませんよ!?」


「シシシッ。ミツ、大人しくしないと顔から落ちるシ」


「あっははは! そんなヘマはあたいはしないよ」


「ここで自分が騒いだら、まるでマネさんが自分を誘拐してるみたいじゃないですか? 良いんですか、そんな事になったら問題ですよ」


「大丈夫だよ、アタイ、たまにシューを抱えて走ってるからね。衛兵の奴らも見慣れたもんさ」


「それはそれで問題でしょ……」


「マネ、急ぐシ」


「あいよ! ミツ、振り落とされんじゃないっての!」


「抱えられただけの自分にどうしろと……」


「マネのベルトに捕まったほうが揺れも軽減されるシ。捕まっとかないと……酔うシ」


「はぁ……。はい」


 抱き抱えられたことのある経験者のシューの遠い目を見ては、走り出したマネの腕から暴れるのは危ないので、大人しく腰のベルトに捕まるしかできなかった。



「はぁ……はぁ……。やっぱり男のあんたを持って走るのは疲れるね」


「そりゃ、自分はシューさん程軽くはないでしょうね……」


「シシシッ。ウチはスタイルがいいから無駄な肉はついてないシ」


「いや、あんたはちっこいからだよ」


「ナァヌッ!」


 夜の出店の灯りの中、外道を走ること数分。

 途中すれ違う衛兵が一応こちらを見てはいたが、シューとマネが軽く挨拶すると、衛兵からはコケんなよとか、飲みに行くのかと、抱えられている自分がまるで見えていないかのように別の話題をすれ違いざまに振ってきた。流石に仕事しろよ衛兵。これが本当の誘拐だったらどうすんだと思ったが、自分の表情が別に恐怖心や助けを求めた感じではなかったのも、衛兵が止めない原因だったと思う。


「ふ~。到着だよ」


「お、お疲れさまです……」


(ウェ……気持ち悪……酔った……)


「いいってことよ。無理やり連れてきたもんだし、あんたが気にすることないさね」


「ははっ……」


「ミツ、こっちだシ」


「えっ? このお店ですか……?」


「そうだよ。あたいらがよく使う酒場、ブラックタイガーだっての」


「へー……。エビ見たいな名前のお店ですね……」


(ブラックが無かったら炊飯器メーカーかな?)


「エビ? 何だシそれ。名前の通り、黒い虎だシ」


「ああ……。虎ってこの世界にいるんだ……」


「中に入れば解るシ」


 出店通りから少し離れ、街の灯りもちらほらとする通りに入ると、そこはもう大人の世界。

 酒ダル抱えて寝てるオジサンや、半裸のお兄ちゃん。

 透けた服を着た娼婦の女性が、いやらしくも舌なめずりしながら男性と話したりと、日本では見られなかった海外の大人のロードである。

 そしてマネとシューが連れてきたお店、まぁ、見た目どう見ても酒場、その前でやっと自分はマネから開放された。

 看板はお酒の樽の横に、黒猫が寄り添った感じの絵が書かれてる。そこは猫じゃなくて虎の絵じゃないのかと、本気でツッコみたかった。イメージ的にお酒はそのままで、猫は女性なのかと考え、まさかここはこの世界のキャバクラの様な場所ではと思ってしまった。

 少しドキドキしながらマネの後を付き添うように入ると、別に女性が男性客の相手をしている感じもなく、普通の酒場だった。

 ただ、何となく客層が女性よりな気がする。

 先にマネが入り、カウンターの人と話している。

 よく見ると、マネと話すその人は黒髪の獣人さんだった。


「ママ、姉さんは?」


「んっ……。奥だよ」


 ママと言われたその獣人さんは店の奥、そちらに指を指すと、そちらの方から見知った女性が出てきた。


「マネ、シュー。こっちだよ。もう、おそい」


「アハハッ。エクレア、すまないね。ちょっとした間違いがあってね」


 マネの言葉に、目を細めては呆れて何も言わないシュー。


「ミツは何飲むシ。ウチと同じで良いかシ?」


「えっ? あっ、はい、自分は何でも」


「マネは何飲むシ?」


「辛口エール、ジョッキ大!」


 カウンターのママに銅貨を数枚出して飲み物の支払いを済ませるシュー。奢ってもらうのも悪いので自分で出しますと言ったもの、無理に付き合わせてるようなものだから気にするなと押し通された。

 エクレアの後を追うようにと店の奥に行くと、個室のような部屋の中にはヘキドナが居た。



「……。来たかい」


「どうも。リーダーさん、こんばんは……」


「少年君、こっち座りなよ」


「はっ、はい。失礼します……」


 エクレアがポンポンと自身の隣の席を叩き、ここに座れと言ってきたので、自分は言われるままにその席に腰を下ろした。

 テーブルは四角形と、座る椅子の配置はテーブルのᒪ字型と人が対面にならないように置かれている。自分の左手にはエクレアとヘキドナ、右手にはシューとマネと女性に囲まれる位置だ。


(何だ、このキャバクラ見たいな状態は……)



「悪いね。忙しいところ、無理やり呼び出したみたいで……」


「いえ。自分は平気ですよ。ところで、自分に話って何ですか?」


 話があると、シューとマネから聞いたのでここまでついてきたが。二人に連れて来られる際、何の要件ですかと問かざしても、アネさんが話すシと、内容に関してはさっぱりの状態だよ。


「……」


「……」


「姉さん……」


「ああ……。今日は、坊やに礼を言いたくてね……」


「お礼? 傷の治療のことですか? そんな、気にしなくても。あっ、背中の傷は大丈夫ですか? まだ痛むようならもう一度治療しますよ。以前治療した時よりも、自分魔法のレベルも上がってますから期待してください」


「ふっ……。いや、痛みは無いから治療は大丈夫だよ。すまないね、気を使わせたみたいで」


 ヘキドナがクスリと笑みをこぼすように返事をすると、その場の空気が変わったかのように、少し重い空気もスッと消えては皆もクスクスと笑っている。


「そうですか? では、礼とは?」


「これさ……。坊やなら知ってるだろ……」


 ヘキドナは自身の手に握っていた3つのギルドカード。それを自分に見えるようにと前に見せてきた。


「あれっ? これって確か……」


「ああ……。坊やが連れて帰ってくれた冒険者の物だ……。そして私の妹の物だよ……」


 ヘキドナはギルドカードの一つをひっくり返しては、裏に焼印された数字と名前らしい場所を指し示した。

 その時のヘキドナの表情は、とても悲しそうな笑みを浮かべていただろう。


「えっ!? リーダーさんの妹さん……。そ、それは、その、なんと言いますか……。妹さんにはその、ご冥福をお祈りします」


「別にあんたが謝ることじゃ無いさ……。寧ろ、あの子達を連れて帰ってきてくれたことに感謝しかない……。姉として、メンバーのリーダーとして感謝する……。本当にありがとう……」


 ヘキドナの言葉の後、マネ、エクレア、そしてシューが深々と頭を下げてはヘキドナに続いて感謝の言葉を言ってきた。


「いえ、自分だけじゃありませんよ。寧ろ、その時一緒にいた仲間の皆と、貴族様のリティーナ様とゲイツさんのご協力あってです。お礼なら他の方にも……」


「いや……。今回ばかりはあんたじゃなければ、その時あの子達を見つけられなかっただろうし、もし他の奴らが見つけたとしても、あの子達は燃やされて骨も残らなかったろうさ……。あんたのおかげで、最後に顔が見れたことに感謝してるよ……」


「何故、自分だと?」


 確かに三人が隠された部屋から連れ出そうと提案したのは自分である。だが、ヘキドナは自分が説明し終わる前と自分が連れてきたことを知っていたような口ぶりで話を勧めている。自分が不思議に思っていると、隣に座るシューに続いて、マネとエクレアが言葉足らずの説明に付け加えるかのように話し始めた。


「ミツはボックス持ちだシ。ミツが他の冒険者に食料を分けてたのは知ってたシ」


「あれだけの人の数の腹を満たすほどにボックスから食料を出したなら、人三人が入るのはあんたのアイテムボックスだろうってね」


「それに、冒険者なら、さっきリーダーが言ったとおり、冒険者の死体はその場で燃やしてギルドカードだけ持ってくるのが普通……」


「なるほど……普通じゃない行動だけに、自分だと解ったんですね」


「そうだね。自身の食料も振る舞うような普通じゃない奴は、坊やくらいだからね。あんたが普通の冒険者じゃなくて良かったよ」


「ははっ……。そりゃ良かったです」


「それもあるけど、アネさん、エンリに話を聞く時に、とことん追求して聞き出したんだシ」


「あいつは隠し事が多すぎるからね。でも、今回ばかりは要求した質問は簡単に答えてくれてたけど」


「そりゃ、三人のご家族ですからね。エンリエッタさんもそこまで鬼じゃないでしょう」


「……いや、あいつは鬼だね」


「鬼だシ」


「鬼ですね……」


「な、何があったんですか……」


「今度話すシ」


「は、はあ……」


 苦虫をかんだような顔のまま、ヘキドナはエンリエッタを鬼呼ばわり。水と油のような仲の二人だけに、本当に何があったのやら。聞かぬが仏と言う言葉もあるので深く聞くのはやめとこう。

 そこに蜥蜴族のウエイトレスの女性がお酒と料理を抱えては部屋へと入ってきた


「お待ちど~。果汁酒2つ、辛口エール大、ピコリット2つ。後おまかせのつまめる物ですよ~」


「はい、ミツ。ミツの分だシ」


「シューさん、ありがとうございます」


 シューから手渡されたピコリットと名の飲み物。

 見た目も匂いもブドウっぽいので、変な飲み物じゃなさそうなので問題なく受け取った。


「さて……。あの莫迦な奴らが無様に帰ってきたことに。」


「「「乾杯!」」」


「か、乾杯……?」


 ヘキドナの乾杯の掛け声に合わせて、三人も声を出し、四人はコップを高々に上げては、ゴクッゴクッとそれを一気に飲み干す。

 そんな言葉に少し不謹慎ではないかと思ったのだが、コップに口をつける際、ヘキドナの目尻に少しだけ涙が見えたことに、自分はこの場にいる四人が、亡くなってしまった三人への弔いの意味を込めていたことに気づいた。

 亡くなった冒険者の一人がヘキドナの妹と言うのなら、マネやエクレア、そしてシューにとっても、きっと亡くなってしまった人達は四人にとっては縁のある人だったのだろう。



「プッハァー! 猫ママ! 辛口エール大、おかわり! 」


「いや2つだ。久しぶりに飲む酒が、こんな小娘が飲むような甘ったるい物じゃ私の体が受け付けないよ。やっぱり私には合わないね……」


「……。 はい! 姉さん! とことんお付き合いしますよ!」


「マネ、私も!」


「よっしゃ! エクレア、あんたもとことん飲みな! 猫ママ! さっきの3つで!」


「ミツもじゃんじゃん飲むシ!」


 シューも自身のコップを空にしたのか、先程とは別の飲み物を注文しては、自分のコップの中身を見てどんどん飲めと進めてきた。


「はぁ……シューさん……これお酒ですよね……」


「そうだシ。こんなところでミルクなんか出すわけないシ」


「はぁ……」


 シューの言葉も無下にはできない場面だけに、自分はピコリットを飲み干しては果汁酒を追加で注文。

 一杯、一杯と飲む度に皆は亡くなった三人の悪口と言いつつ、思い出話に花を咲かせるようにと酒を飲み続けていた。


「坊や、悪いけど今日はまだまだ付き合ってもらうよ。莫迦な妹達を連れて帰ってきた分、あんたにはお返しをしないといけないからね」


「は、はい………」


(会社での忘年会の飲み会を思い出すテンションだな……)

 

 お酒を飲みながら、ヘキドナは自身と亡くなった三人の身の上話を酒のつまみと語りだした。

 それはヘキドナ自身、話してしまうことで、三人が死んでしまったことを改めて受け入れるためであろう。

 彼女の話を聞いていて気持ちが楽になるのなら、話を聞いてあげようと、コクリと頷き彼女の話に耳を向けた。

 

 ヘキドナの妹の名はティファと言うそうだ。

 ヘキドナとは父親が違う妹。

 二人の父親が違うのは、ヘキドナの母親が娼婦だったので、父親が解らないと、ヘキドナ自身、自身の父親の顔を知らずに、妹ともに貧困とした生活の元育ってきたそうだ。

 唯一髪の色が姉妹ともに、母から譲り受けた色だったので、姉妹と言われても周りからは違和感など持たれることはなかったようだ。母は体を酷使しても周囲の目から隠れて身体を売り、なんとかヘキドナを15の成人まで育てることができたそうだ。

 だが、女の体一つに二人の子供を育てるには、貧困生活に体はすでにボロボロ。ヘキドナの成人を迎え、後を託すようにヘキドナの母親は亡くなってしまった。

 後に、ヘキドナは母と同じように娼婦になることはせず、母親に反発するかのように危険な冒険者となり、日銭を稼ぎ妹と共にその日食べれる金を稼いで暮らしていた。

 その後、一年、二年と、冒険者として働き、妹ティファも姉と同じように冒険者と、姉妹で冒険者活動を始めた。

 それも口で言うほど軽い物でもなく、姉妹の冒険者など他の冒険者にとっては、ハッキリ言ってただの性欲をぶつける為の獲物でしかない。

 時に臨時に組んだパーティーに寝込みを襲われたり、妹を人質にヘキドナの身体を好きにしようとするゲスな輩もいたそうだ。

 ちなみに、その危機はヘキドナ自身、靴に隠し入れていた小さなナイフにて、襲ってきた男の喉元をスパッと斬り、倒した男の腰の剣を使って妹を抑えていた男達を斬り伏せたそうだ。

 理由も理由だけに、調べたら男達には余罪もあったため、ヘキドナ達が罰せられる事はなかったそうだ。


 そんなモンスターとの戦いよりも恐怖とした体験をしてしまい、妹のティファは男性恐怖症となり。ヘキドナも男に対しては、日々どんな男でもゴミを見るかのような視線しか送ることしかできなかったそうだ。

 依頼を達成するには、臨時でパーティーを組まなければ達成できない物も多々ある。だが、パーティーに一人でも男がいる状態では、妹はまともに戦闘をこなす事もできない状態。ヘキドナ自身、相手が何もしてなくても、相手に嫌悪感を出してしまい、パーティー内を険悪な雰囲気にしてしまうそうだ。

 このままでは、二人は冒険者を続けることもできない。そんな時、街中にてヘキドナにスリまがいなことをして捕まった女の子、シューと出会った。

 彼女は孤児として親から捨てられ、街の下水にて、いつ死ぬかもしれない恐怖に身を震わせては残飯をあさり命を繋げていた。店の者も助けることもできず、彼女が残飯をあさっているのを知っていたが、見てみぬふりとそのままにしていたようだ。

 だが、それもいつまでも続けることもできない、シューの行動を毛嫌いする大人がシューに酷い物言いをしたそうだ。

 こうなったのは自分が悪くない、悪いのは自分を捨てた親だ。シューはその時程自身の親を憎んだことは無かったそうだ。

 そして、偶然にも自身を捨てた親を見つけてしまった。綺麗な服装、暖かな料理、自分の知らない男と寄り添う親……。

 今の自分とは別の生活。

 泥と汚物に汚れた服装、カビと腐敗した飯とも言えぬ食べ物、シラミが湧き掻きむしった頭皮、瘡蓋から出てくるウジ虫。

 殺してやる、そう殺意に手を取ったのがヘキドナが当時所持していた鉄剣であった。その後、取り押さえられたシューからは殺してやる、殺してやると言葉を連呼するシューの事情をティファがなんとか聞き出し。呆れたヘキドナは、こいつは衛兵に突き出しても衛兵のほうが困ると直ぐに理解したのだろう。

 取り敢えずこのまま放っといてもこいつの殺意は直ぐには消えないだろうと、暴れるシューに一撃入れては気絶させ、そのまま近くの安値の治療士に最低限の治療を脅し半分にかけさせては、シューを二人の家へと連れて帰ったそうだ。

 シューが目覚めた時、互いに警戒しながらも彼女に差し出された物がシューの警戒心と殺意を少しづつ溶かすことができた。

 それは味も色も薄い、野菜くずの入った質素なスープ。

 それでも、冷たい雨水や汚水の流れる下水で食べるものとは全然違う物だった。ボロボロと涙を出しながら、かきこむスープに咳き込みながらも食べ続けるシューを見て、これも縁と、ティファがヘキドナにシューも共に暮らそうと言いだした。

 ヘキドナの反対の言葉もティファは押しつぶし、色々な問題もあったがシューも冒険者としてヘキドナのパーティーに入ることになった。

 後に、シューが見つけた母親の女性だが、残念ながらその人は人違いで、母を怨むシューが別人を母と勘違いしたようだ。

 シューを捨てた母親は疾うの昔、騙されて奴隷として別の街に連れて行かれていた。

 

 その後、商人の荷物持ちとして使われていたマネをヘキドナの仲間に入れ。ヘキドナ同様、男に襲われそうになっていたエクレアを助けては共にパーティーを組むようになったようだ。

 その後、少しづつ増えていく仲間達は全て女性。ちょっとしたレディースグループが完成したそうだ。

 

 1杯飲むたびに誰かがティファ達三人の悪口をいっては盃を回すかのように、また誰かが飲んではその繰り返し。

 しんみりとした話には必ず誰かがちゃちを入れ、その場の空気はお通夜とは程遠い宴会並の盛り上がりを出していた。


「シシシッ……。天井が回ってるシ~」


「うぉー! 大ジョッキ10杯目! あたいには誰も勝てないよ!」


「うげ~。マネは何処にそんなに酒が入るのよ~。ううっ。ちょっと、私トイレ行ってくる」


 席を立ってはフラフラとトイレの方へと行くエクレアだが、足をもつれさせてはステンッとすっ転んだりと心配な足取りである。目繰り上がったスカートをスッと戻してはエヘヘと笑い誤魔化しては、千鳥足にトイレの方へと行ってしまった。

 ちなみに、この世界のトイレは当たり前だが水洗式ではなく、全て田舎にあるようなボットン式である。

 その中に、何とスライムを入れているそうだ。スライム自体手に入りやすいモンスターである。

 スライムがトイレから出てくるのではと思うだろうが、高い所を這い上がることができない習性をつかって、人の排泄物や、残飯などを餌としては穴の中の臭いも残らず食べてしまうお手軽スライムがとても良いそうだ。

 それと使用後に拭き取るためのトイレットペーパーはこの世界にはないので、少し大きめの葉っぱを乾燥させたのが代わりの品ものです。いや、初めて教会のトイレを使用したときは紙がないと焦ったものだ。



「はぁ、シュー、一応一緒に行ってあげな」


「しょうがないシ。ほれ、エクレア、こっちだシ」


「うう……吐きそう……」


「絶対に吐くなシ!」


 シューがエクレアに肩をかしてはトイレの方へと行くのだが、身長差があり過ぎて、肩に手を回すエクレアが中腰状態になり逆に歩きづらそうに見える。

 

 

「あの、リーダーさん」


「……ヘキドナ」


「えっ?」


「私の名前だよ。いつまでもリーダーさん呼びは、こっちがむず痒くなっちまう。坊やには私達だけじゃなく、妹達も助けられちまったからね。そんな奴にそんな呼ばれ方されたくないんだ」


「そうですか? では、ヘキドナさん、質問なのですが、何故妹さん達は三人で洞窟に行かれたんでしょうか? 話を聞いてる限りじゃ、皆さんの仲が悪かったようには聞こえませんでしたけど。皆さんなら洞窟に潜るのも、普通なら皆で行くのでは?」


「……」


「ティファは求め過ぎたんだ……」


「それは、何をでしょうか……」


「力と金……。あいつの考えが変わったのは、あの子がアイアンになって直ぐだったね……。たまたま稼ぎの良い依頼をこなした時、その時報酬があの子が自身で稼いだ額としては多額の金額だったんだよ。モンスターもあの子と相性も良かったみたいでね、本当……莫迦な奴だよ……」


「ヘキドナさん……」


 通常、いつもヘキドナ達とパーティーを組んで依頼をこなしていたティファ達だったが、ヘキドナの言葉通り、ティファ達は自身の力を過信しすぎてしまった。

 姉であるヘキドナがアイアンの冒険者になるのに数年かかったのだが、ティファはその半分の年月で姉と同じランクに上がったことも過信に繋がった事なのかもしれない。その結果、ヘキドナとティファの反発が起きてしまい、最初で最後の姉妹喧嘩となってしまったのだろう。

。ティファは仲間の魔術士とシーフ、二人を連れては試しの洞窟へと行ってしまった。

 マネやシュー達も三人を止めたが、その言葉がティファ達には届かなかった。

 洞窟まではそれ程距離もなく遠くもないので、依頼をこなす事を入れたらティファ達は一週間もすれば帰ってくる……はずだった。

 一週間が過ぎ、二週間、三週間、一月と等々依頼の期限が切れ、ギルドは今回のティファ達が受けた依頼を失敗と判断しては、他の冒険者へと依頼を回していた。


 その後、ヘキドナは捜索依頼をギルドに出したり、情報を集めたりしてはティファ達の居場所を探し始めた。

 もしかして奴隷になっていないかなど最悪な事を脳裏に浮かんでは、裏商会の奴隷市に顔を出したりと、顔を隠してはティファを探し続けた。

暫くして、ティファ達を見たと言う情報が入り、彼女達は間違いなく洞窟に潜っていた事を知った。

 後に、四人は洞窟に何度か挑戦するも、何も手がかりが掴めない状態が続いていた。

 モンスターに殺されたとして、数年たっては洞窟に吸収され、残るのはギルドカードぐらい。

 それすら見つかっていない。

 ヘキドナはもう見つからないなら諦めるべきかと考えもでていた。

 洞窟に居ないなら、あいつらは生きてるのかもしれない。そうだ、そう思うこととして、もう忘れてしまおう。

そんな時、数十と押し寄せるバルモンキーの群れと遭遇してしまった。

 そして傷を負ってしまい、これを理由に洞窟の探索を終わりとするつもりだった。だが、シューとエクレア、マネですら、街に帰ってもティファ達を諦めてはいなかった……。


 莫迦な子達だね、本当に。

 そう思っていたところに妹は帰ってきた……。

 とても悲しそうな表情のまま。


 コップの酒に映るのは辛気臭い自身の顔。ヘキドナはそんな姿は見たくないと、中に入った酒を全て飲み干した。


「なぁ、坊や……」


「はい?」


「エンリエッタから聞いたけど、あんたもアイアンの冒険者だろ?」


「そうですよ。最近ですけど、アイアンになりました」


「……最近ってことは、洞窟に行く前はブロンズかい?」


「いえ、その時はまだウッドでしたね」


「えっ!? ウッド!? そんなことあるっての?」


 ウッドと言う言葉に、干し肉片手のマネが驚いていた。

 


「ええ。自分は旅人ですからね。えーっと。冒険者ギルドに来たとき、エンリエッタさんとの模擬戦で力は証明できたんですけどね。でも、実力はあるからと言って、他の冒険者の手前、最初からアイアンは駄目だって言われました。それで、数回ウッドランクの依頼を経験して、その後ギルドの判断でアイアンに上げてもらいました」


 この説明は自分がアイアンになる際、エンリエッタが周りの冒険者に説明しやすくする為の内容そのままである。だが、数回と言ったもの、自分はウッドの依頼は2つしかこなしてはいないので、少し違うけどね


「はぁ~。お前さんはそんなに強かったのかい……」


「ははっ。意外でしょ」


「そうかい……。まぁ、坊やはその辺の奴らに飯を食わせる程の性格の良さ。依頼を受けるなら気をつけた方がいい……。アイアンなら特にね……」


「何にですか?」


「坊やも知ってるだろうが、アイアンからは緊急的にギルドから呼びが架かるんだよ」


「1パーティーで倒せないほどのモンスターの出現の時とかだっての」


「勿論断るのも本人の意志だからいいけど、力に自信があるからと言って無茶なことに手は出すんじゃないよ……。多額の金を稼げたからと言って、本人の力が全てに通用すると思った莫迦も居るんだからね……。」


「はい……」


「……すまない、酒が入りすぎて自分でも少し変なこと言っちまってる……」


「いえ。ヘキドナさんは自分に、過信しすぎるなって事を言いたいんですよね。ギルドマスターにも同じようなこと言われたので、忘れずに気をつけときます」


「フッ……ああ。素直じゃないか。素直な奴は嫌いじゃない……」


「あははは。良かったじゃないか! ミツ、あんた姉さんに気に入られてるよ」


 マネの言葉に、酒のせいか少し赤らむヘキドナの頬が更に真っ赤と赤みをおびた気がする。

 まぁ、その前にヘキドナがマネを睨む目つきがすごく怖かったけどね。


「ところで。そう言えば、マネさん達もアイアンの冒険者なんですか?」


「当たり前だっての。姉さんとアタイ、エクレア、それとシューは最近だけどね。四人ともアイアンランクさね」


「でも、アネさんの実力なら、本当はグラスランクも行けるシ」


 トイレから戻ってきたのか、話に入ってきたシューの方を見ると、壁の柱に寄りかかるエクレアの姿があった。


「シューさん、えーっと……。エクレアさん、大丈夫ですか? 顔色真っ青ですよ」


「うっ……大丈夫……出したから」


「そ、そうですか……。あの、自分状態も治せますから、キツイようでしたら回復しましょうか?」


「ありがとう、でもこの酔は続けたいからいい……」


「そうですね……。すみません、野暮なこと言っちゃって」


「ふふっ。可愛いな~。良いんだよ、ちょっと肩貸してくれたら」


 そう言ってはまた自分の隣に座るエクレア。

 言葉通り、自分の肩に自身の頭を乗せてはふ~っと一息。

 時間もおかず、エクレアからはスースーとした寝息が聞こえてきた。


「エクレアさん? 寝ちゃい、ましたね……」


「ミツ、その辺の壁に放っとくシ」


「そ、それは可哀想では……」


 シューは自分からエクレアを剥ぎとるように引っ張り、邪魔にならない様にと横に寝かせるようだ。

 だが、女性グループの癖なのか、自分が男だと見られていないのか、エクレアは足を開いたまま寝かされてる。

 

(いや、シューさん、その寝かせ方は自分の位置からでは、エクレアさんの下着が丸見えなんですけど……)


 できるだけエクレアの方を見ないようにと、身体の背をエクレアに向けた状態で先程の話を切り出した。


「あ、あの。ヘキドナさんはそこ迄の力を持って、何でアイアン何ですか? グラスになる条件って強さだけじゃないんですかね?」


 自分の質問に、ゴフッっと少し酒を飲むヘキドナが吹き込んだ。


「あっ……。なんか聞いちゃいけませんでした?」


「構わないシ。アネさんがグラスじゃないのは性格の問題だシ」


「せ、性格ですか……」


 気にするなと言わんばかりにシューが言葉を続け、それに賛同するかのように残念な口調にマネが言葉を入れてきた。


「はぁ……。ミツ、聞いておくれよ。姉さんは確かに何度かギルドから昇格の声は上がってたんだよ……。でも、何度もギルドの奴らと言い合いしちまってね……。実力はあってもギルドに牙を向けちゃ……。はぁ……」


 ジトッとした視線を二人がヘキドナへと送ると、慌てたようにヘキドナが反論してきた。


「い、いいんだよ……!グラスなんかになってみな。莫迦な貴族共がここぞと狙って護衛依頼の後とかに、屋敷で働けとか、面倒なことを言ってくるのは明らかだ。私は縛られるのは趣味じゃないからね。酒を飲むときも自分の好きな時に飲める今のアイアンのままが性に合ってるんだ」


「姉さんの言わんとすることは解るんですけどね……」


「マネ、もう諦めるし。それに、ネエさんがグラスになったら一緒に依頼受けれなくなるかもしれないシ。お前はそれでも良いのかシ?」


「姉さんと別々……。それは、それは嫌だ! 姉さん! あたい達を置いて行かないで下さい! あたい、あたい頑張るから~! 姉さんの背中だって前だって守ります! 今でも守れます!」


「うわっ! 鬱陶しい! マネ、止めな、酒が溢れる!」


「うあああぁ~。姉さん~。大好きだよ~」


「ウシシシッ。ミツ、こっちで二人で飲むし。マネは酒が入ると泣くし絡むし、アネさんに相手を任せるシ」


「テメェ! シュー! マネをどうにかしな!」


「姉さん~~!」


 飲んで食って騒いで、そして酒場のママに怒られては店を追い出され。

 帰ろうとしたところを二次会のノリと酒を買ってはヘキドナ達に付き合わされる夜を自分は過ごした。

 自分が帰ったのは、皆が寝静まった時間だった。


「っう……きぼぢ悪い……。シューさん、自分帰りますよ……」


「スヤ~……シシシ……」


 ゆさゆさとシューを揺するが、シューは既に夢の中のようだ。

 エクレアとマネ、そしてヘキドナも泥酔状態に眠っている。


「他の人も寝てるか……。そりゃあんだけ飲めば……。また、今度お酒のお礼をしますね」


 こんな時間に教会まで歩いて帰るのも面倒くさいので、トリップゲートを発動して帰ることにした。


 ゲートが閉じ、部屋の中の光がスッと消えていく。


「……ふっ。本当、変な坊やだ」


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