第81話 魔石は魔術士の必需品。

「ここが魔法専用の訓練所ですか?」


 ダニエル様達に案内され、たどり着いた場所は東の魔法訓練所。

 そこは西の訓練所とは違って、分厚い壁に守られ、ちょっとやそっとの衝撃で崩壊しないようにと頑丈に造られた場所であった。天井は造られておらず、正に青空授業ができてしまう簡単な訓練所である。

 今は夕方も過ぎて夜となるので、夜空にはキラキラと星が見えている。

 無数の灯り代わりの松明があちらこちらに灯され、エマンダ様を隣に自分は約束と、以前ゼクスさんとの模擬戦で見せたスキルを披露していた。


「これが風球です。スキルですが魔力を使いますので魔法に分類するかもしれませんね」


「まあ、なんて素敵なことでしょう。以前拝見したときよりも、大きく、また激しく動いてますわね」


 掌に出した忍術の風球。

 それはギュルギュルと高速に回転する風の音を凝縮しては、以前模擬戦で一度見せた風球とは違う物にも見えるだろう。

 言い方はちょっとアレだが、間違いではない。


「は、はい……。で、では、的に投げますよ。エマンダ様の言うとおり、これは以前より効果が増してます。衝撃で石とか飛んで来るかもしれませんから、危険ですので少し離れてみてくださいね」


「ふふっ。ミツ様にご心配されるとは。わたくしは幸せ者ですね」


「ははっ……、エマンダ様、敬称とか自分にはいりませんよ。それに、エマンダ様の綺麗なお顔に小石でも当てようものなら、ダニエル様から自分が怒られますからね」


「あらあら、綺麗だなんて。今のお言葉は、旦那様やパメラに自慢ができますわ。ご心配ありがとうございます。わたくしは魔法にて飛んでくる物は弾くことができますので大丈夫ですよ。それを言われたら、ミツさ……。コホン……。ミツさんも小石とは言え的に近い分、危険ですよ。失礼でなければ、わたくしが防衛の為の魔法をかけてもよろしいでしょうか?」


「そうなんですか? では、是非お願いします」


 エマンダ様が自身と自分の分と、防御魔法を展開してくれた。エマンダ様のかけた魔法はまだ自分は知らない魔法。防御魔法に興味もあったが、エマンダ様を鑑定すると、下手したらそのナイスバディのスリーサイズを誤って表示してしまうかもしれない。残念だが、紳士らしく鑑定は自重することとした。

 エマンダ様が自分から少し距離を取ったことを確認後、自分は手に出した風球を離れた場所へと放り投げた。

 風球が地面に着弾と同時に、強い強風がその場で炸裂し、衝撃と共に一瞬にして地面を削っては砂煙を撒き散らした。

 案の定地面に転がっている小石なども風に飛ばされ、自分の方へと飛んでくるも、防御魔法のおかげか、パチンパチンっと音を出しながら全て弾き、小石が自分に当たることはなかった。

 砂煙が消え、その場に残ったのは5メートルを軽々とこえた大きな穴だけであった。


「こ、これは……」


「じゃ、次続けてやりますよ。確か次はバルモンキーの群れを倒した時の魔法が見たいとおっしゃいましたよね」


「ええ。リッコさんがおっしゃった感じでは、氷壁にて囲んで倒したと聞き及んでおりますわ」


「そうですね。では、あの穴にバルモンキーがいると思ってやってみましょうか」


「はあ。……あの、ミツさん、杖は?」


 自分がポカリと空いた穴に向かって掌を向けていると、エマンダ様が首を軽く傾けては問をかけてきた。


「えっ? 杖?」


「……。いえ、口を挟むことをお許しください。氷壁、つまりはアイスウォールを今から出すのですよね?」


「ええ、その後中央で火を出しますよ。以前はそれで猿の群れは倒しましたので。何か変でしたか?」


「あ、いえ。その。スキルなどは別として、杖があれば、その魔石の効果にて威力や魔法の流れが上手く作れますので、通常魔術士など魔法を扱う者は杖を持った状態にて魔法を使うのですが……。恐れながらミツさんは杖を使って魔法を発動したりはしないのですか? わたくし、てっきりアイテムボックスの中に杖などを入れているのかと……。それと、先程の風球はスキルでも魔法の類に入るとおっしゃったときも、杖を所持してなかったように見受けられましたが」


「杖ですか? んー。一応モンスターを倒した後に拾った杖はありますけど、自分は杖を使ったことないですね。魔法もほら、こんなふうに出してましたし」


 杖はなくとも魔法は発動できるので、ふわりとシャボン玉を出すように、右手にウォーターボールを出しては、左手また右手と、お手玉を見せるように交互に水球を転がし見せる。


「……ふふっ。貴方様は随分とお器用ですね。では、せっかくなので杖を使って魔法を使われてみたらいかがでしょう」


「解りました。拾った後にアイテムボックスに入れたままの物ですけど。えっと……。これですね」


 水球を消し、アイテムボックスに手を入れては中から取り出すボロボロの杖。これは以前、プルンがオークに捕まった時、オークキャスターを倒した時に拾った骨の杖だ。


「あら、ミツさん。残念ですが、この杖の魔石はもう魔力が入っておりませんね」


 エマンダ様に杖先を見せると、エマンダ様は杖を受け取っては、杖の中に埋め込められた魔石がカセキであることを教えてくれた。確かに、エマンダ様が示す場所にはカセキとなった魔石があった。


「んっ。あっ、本当だ、カセキになってる。拾ったときからカセキだったのかな? 気にもしてなかったから今気づきました」


 使えない杖は、ただの骨と木の棒をくっつけた物でしかない。仕方ないと、骨の杖はアイテムボックスの中にしまうことにした。

 

「では、訓練用ですが、当家の物をお使いください」


「それは助かります。ありがとうございます」


 エマンダ様が私兵の一人に杖を持ってこさせては、一つの杖を自分へと差し出してきた。


「……ミツさん、折角ですので、杖を使う前と後で威力などを比べてみてはいかがですか? ご本人も試したことないのでしたら、これは新たな発見になるかもしれませんよ」


 杖を差し出すエマンダ様の目は、まるで子供のようにキラキラと探究心に満ちた瞳をしていた。


「エマンダ様、杖についている魔石の効果って、全ての魔法に影響するんですか?」


「ええ。ですので魔石自体を持っていれば、魔法に少なからず影響は必ず出ますよ。わたくしは杖を持つことはしませんが、これですね。このネックレスに埋め込められた魔石がわたくしの魔法を素早く発動させる効果を出しておりますの」


「なるほど、ただの装飾品ではなかったのですね」


(しかし、メロンの上にあるネックレス……)


 エマンダ様の首には黄土色の魔石が中央に一つ。その周りをキラキラとした宝石が散りばめる様に埋め込まれていた。

 日本に住んでいたときも宝石に興味を持っていなかったので、取り敢えずエマンダ様の身に着けているネックレスや装飾品に関しては、綺麗な石だなとしか認識していなかった。

 エマンダ様は身長差のある自分に見えるようにと、自身の身体を前かがみにしてはネックレスを近くで見せてくれた。そうすると、エマンダ様の豊満なお胸様がポヨンポヨンと谷間を見せる程にこれでもかと自己主張している。

 自分は失礼の無い様にと視線はネックレスに固定してるつもりなのだが、やはり女性は自身の胸が見られていることに気づくものだろう。ほんの少し、本当に少し、チラッと視線を下に向けてしまった。


「……ふふっ。興味があるのでしたら、触ってみますか?」


「い、いえ! だ、大丈夫です」


 エマンダ様の言葉は、勿論魔石のことだと思う……。

 彼女の笑みが、どちらを指すのかは自分には解らなかった。


「では、ミツさん。左の方の的に先ず魔法を当ててみてください。先程出されたウォーターボール、水球で試してみましょう。発動する際の力は同じにするイメージを忘れないようにして下さいね」


「はい」


 的に向かってウォーターボールを飛ばす。

 パシャンっと音を出しながら的に命中した。


「結構。では、次はこちらを持って、同じように的に水球を当ててみてください」


 エマンダ様から訓練用の杖を受け取り、それを的へと向けて同じくウォーターボールを発動。

 水球は杖先に現れ、バレーボール程の大きさになってはバシュっと音を出しては的へと飛んでいった。 

 水球が的へと命中すると、水を叩きつける強い音が響き、先程とは違う結果が現れていた。


「おお! 威力が上がった」


「まぁ、素晴らしい結果ですね」


「いえいえ、この杖に付けられた魔石のおかげですよ」


「……。左様ですか」


(確かに彼の言ったとおり魔石の効果もあるでしょうが、通常魔石はその本人の魔力に馴染むには数日必要なはず……。貴方様に魔石を持たせたのは、魔法を発動させる速度を見るつもりだけでしたのに。それを発動速度だけではなく、まさか威力まで上げてしまうとは。しかも使わせているのは新人用の小粒の魔石……。私の持つ魔石の10分の1程度の大きさですのに……)


「ミツさんは、今まで一度も魔石を使って魔法を発動したことはないのですよね?」


「はい、今回が初めてです」


「そう……ですか……」


 ミツが初めて魔石を使用し、時間もおかずしてこうも魔石との相性もよく魔法が発動した理由。それは純粋にミツの魔力値の高さだろう。一般的の魔法使いの魔力は20から高くても100を少し超えた程度。エマンダ様の様に魔術士としても魔力値は200は届いてはいない。

 だが、ミツの魔力値は支援を使わない状態でも既に500オーバー状態。そんな魔力の力のゴリ押しがこの結果を見せていた。


「んっ?」


 エマンダ様が先程までの優しい微笑みをピタリと止めたと思ったら、真剣な表情を向けてきた。自分は体ごとそちらへと振り向き言葉を待った。


「ミツさん、僭越ながらもわたくしからアドバイスをよろしいでしょうか」


「はい。お願いします」


 返事をした後、エマンダ様は軽く目をつむり、ゆっくりとその口を開いた。


「貴方様はゼクスに勝つ程の剣術など、素晴らしい素質をお持ちです。ですが、剣術だけではなく、魔術も使うのでしたら、魔石を常にわたくしの様に身につけることをおすすめといたします。失礼ながら、貴方様は磨くことをせずにそのまま展示している宝石の様なお方でございます。それだけでも小さく輝く光は見る者からは魅力的に見えます、ですが、反面磨くことを放棄したように見る者も少なからず出てくるでしょう。神から授かりし力を持つならば、その力、ミツさん自身が磨がかなれば非常に勿体無いことだと思われます」


「……」


「はっ! も、申し訳ございません! わたくしとしたことが、アドバイスと言いつつ貴方様に失礼な物言いを……」


「あっ、いえいえ! 頭を上げてください。エマンダ様のお言葉も確かですので、今後は魔石を持つことにします」


「……こちらこそ、わたくしの言葉を聞き入れ頂き、誠にありがとうございます」


 エマンダ様の真剣な言葉に、少し唖然とした表情を浮かべていたのだろう。自分の表情を見ては、エマンダ様が珍しくあたふたと慌てた様に見えた。


「ところで、いやらしい話、魔石っていくらぐらいする物なんですか?」


「そうですね……。今ミツさんが持つ杖に付けられた魔石なら金貨1枚程ですね。それに杖の装飾など付けたなら値段は変わりますけど。ちなみに、わたくしの今身に着けている魔石なら金貨80と言ったところです」


「うわ……金貨80ですか……。それにプラスして装飾などのデザイン料もかかりますよね」


「ふふっ、大丈夫ですよ。ミツさんは男性。男性が魔石をアクセサリーとして身につけるのなら、腕輪など服で見えない様にすれば、それ程デザインに金を使うことはありませんよ。ですが、指輪のような見える場所の物となると話は別となりますけどね」


「確かに、腕輪にすれば魔石代だけと考えれますね……。ふむ、買っとこうかな……」


「まぁ。ふふっ」


「んっ? 何か変なこと言いました?」


「いえ、申し訳ございません。貴方様の即決な判断力が、旦那様と本当に似ていましたので思わず」


「ははっ、なるほどね」


「ミツさん、もし魔石をお求めでしたら、その時はわたくしにお話をお持ち下さい。わたくしの場合、魔導具など商人との話場も多々あります。魔石の商談もまれにありますので、わたくしが商人と取り引きして購入いたしますよ。市場で買うよりも、一回り大きいものが商談には出されますからね」


「本当ですか! その時は是非お願いします」


「ふふっ。喜んでお引き受けいたします」


「あら、皆も来たようですね」


 観戦用と並べられた観覧席の方を見ると、ゼクスさんが皆を連れてきたのだろう。

 セルフィ様、ラルス、ロキア君、リック、リッケ、リッコが椅子に座りこちらを見ていた。

 ミアとプルンの姿が見当たらないのでアレっと思ったが、エマンダ様が二人は汗を流しに行ったのだろうと教えてくれた。流石女性だけに、汗をかいたまま二人がここに来ることはないと直ぐに解ったのだろう。


 魔石の話も終わったので、エマンダ様のご希望と、氷壁であるアイスウォールを、杖を持った状態と持っていない状態、2パターンで発動。

 

 ここの訓練所には天井は無いので、上を気にすることなく氷壁を出した。先ずは杖なしでの発動、ピシッっと瞬時に氷の壁が現れ、高さは12メートル程度。

 次に杖を持った状態で、先程氷壁を発動したイメージと同じように使う。

 氷壁が現れると、左の方、先に出した氷壁を軽々と超える18メートル程の高さの氷壁が現れた。

 また、変わったのは高さだけではなく、氷壁自体の厚みも、後に出した方が明らかに厚みを増している。

 エマンダ様はニコニコと笑顔にそれを見ていた。


 バルモンキーの群れは八角形に氷壁を出したので、その時を再現。次々と出す氷壁に訓練所の半分は氷壁で埋もれてしまった。

 改めてエマンダ様に本当にやっても良いのかを確認後、周囲にいた私兵さんを避難させる。

 彼らは次々と現れた大きな氷壁に、唖然と動きを止めていたのだった。いや、唖然と見ていたのは私兵さんだけではなかった。観覧席に座っていたラルスの口が半開きと言葉を失っていた。

 周りにいるダニエル様達はラルスと違って、おーっと歓声にも似た声を出している。

 

 今は身体能力上昇スキルのおまじない等は使ってはいないが、レベルの上がった忍術、炎嵐にプラスして杖に付けられた魔石の効果で、発動時、どれだけの威力が出るのかが自分でも解らなかった。

 念には念を入れ、エマンダ様には皆に防御魔法を展開してもらい、万全状態にしてもらった。


 そして。


「行きます! 炎嵐!」


 発動と、ムワッとした生暖かい風が周囲の人々が感じたのだろう。えっと思ったその時だった。大きく作り出した氷壁の中央に、爆音と共に訓練所の建物を軽々と超える火柱が現れた。

 周囲は火柱の灯りに灯され、更に氷壁の氷が光を増加させては眩い程の光が辺りを照らしている。

 勿論それで炎嵐は終わりではない。

 ゴーゴーと凄まじい音を鳴らしていた火柱が動き出し、氷壁の中央では以前見たときと同じように炎の竜巻が現れた。

 以前と比べても明らかに炎嵐の威力は上がっており、壁として作った氷壁がドロリと既に溶け始めていた。

 流石にこのまま続けては危ないので、以前のように氷壁が崩壊する前とスキルを解除して炎嵐を消した。

 

 先に炎嵐のスキルを解除し、次に氷壁を解除。

 氷壁は水蒸気の様に白い煙を出しながら訓練所から姿を消した。

 炎嵐が起こった場所の地面は真っ黒と地面を焦がしている。

 目の前で起こった出来事に、流石に観戦席の皆だけではなく、私兵さん達までも完全に言葉を失ってしまった。


「なあ……あれって、洞窟で猿の群れを倒したときに使った魔法だよな……」


「ええ……。威力が明らかに違いますけど……。あの時は洞窟内だけに手加減してたんでしょうね……」


 ボソリと呟くリックとリッケの言葉に、何っと、そちらに振り向くラルス。

 その横では凄い凄いと笑いながら、無邪気にもパチパチと拍手をするロキア君。その拍手に気を戻したのか、周囲の皆も合わせて拍手をし始めた。

 

「お見事ですね。先程の魔法、あの威力では使い方は難しいですが、うまく使用すれば、モンスターを倒すのには最適な魔法ですわ。更に付け加えるのでしたら、ミツさんには魔法の反発も無いようですので、本当に魔法に好かれた体質なのでしょうね。いえ、これも神の力なのでしょうか……。これは是非とも色々と検証を……」


 エマンダ様のさらりと告げた言葉の中に、一つ気になるワードがあった。それは魔法の反発。


「あの、魔法の反発って何ですか?」


 

「あら、おほほ。失礼しました。そうですわね……。ご存じないのでしたら、お教えいたします。魔力と言うものは一人一人と得意な物や不得意な物と別れます。それは魔法自体の仕組みに関連することにありますね。先ずミツさんは魔法には属性別があることはご存じですか?」


「属性と言うと、火とか水ですか?」


「そうです。火の魔法のファイヤーボール。水の魔法のウォーターボール。この二つは似ていますが、全く違う魔法となります。そのため、火の属性を得意とする人は水の魔法がほとんど使えません。他にも属性には土と風、光と闇、そして聖法と言うものがあります。一般的に知られているのはこの7つの属性です。そして、人が使える属性はわたくしが知る限りではそんなに多くはありません。ですが、その人が得意としているわけではない他の属性、これは本来の半分の力も出すことはできません」

 

「使えないことはないんですよね? 大体どれくらいの力が出せるものなんですか?」


「私は土属性を得意としております。ですので、ストーンバレットや、アースウォール等々の魔法は本来の力の全てを出して発動して出すことができます。その逆、土属性とは反対の風属性の、ウィンドカッターなどの魔法は本気を出して放ったとして、高くても2割の威力しか出すことができません。それとは別に、火属性と水属性は本来の力の5割と、半分の力を引き出すのが限界となります。見たところ、貴方様は火属性と風属性、こちらの攻撃は10割の力が出せるのは、神の力が関係してるものかとわたくしは思います。……ですが、デビルオーク討伐時の戦闘を聞く限りでは、貴方様は土属性も、更には先に見せて頂きました風球とおっしゃいましたか、あの威力を拝見した限りでは、火、水、土、そして風の4属性全てが、少しも制限を受けることなく力を出しておりますね。そして治療魔法が使えることに、光属性も使えること……。ふふっ、これは魔法使いとしては、貴方様を賢者様とお呼びしたほうがよろしいですかね?」


「ははっ、それは止めてくださいよ。まだ15の歳なのに賢者とか笑えません」


「? 賢者と呼ばれるのに年齢が関係するのですか?」


「あっ!? いや……。あははっ、言葉の誤りなのでお気にせず」


「そうですか?」


 ゲームなどに出てくる魔法の属性。

 大体イメージはできたのだが、先程言った中には雷属性が無いのかと思い、エマンダ様へと質問すると、ライトニングなどの魔法は風と火、両方に該当するそうだ。


「では、最後にもう一つミツさんには出して頂きたい魔法があるのですがよろしいでしょうか?」


「はい、何でも」


「ふふっ。ありがとうございます。以前ゼクスとの戦いにて最後に出した魔法、あれを出して頂きたいのです。あれは魔物の魔法、ゆっくりと拝見したく思いまして」


「えーっと。土石落としですね。解りました」


 エマンダ様の希望により〈土石落とし〉のスキルを発動。これは魔法ではないのでスキルであることをエマンダ様に説明した後、じわりじわりと周囲の土や小石などを磁石で引っ張る様に作り出していく。

 本来はこのスキル、高いところから地面へと叩きつけるスキルなのだが、今回はエマンダ様がスキルを検証する為、そんなことはしない。

 エマンダ様は目の前で作られる土石に流れる魔力、それの流れを見るかのように、作っては解除、作っては解除と数回見せては繰り返していると、土石落としのスキルレベルが一つ上ったことをユイシスから教えられた。

 満足したのか、エマンダ様の表情はとてもニコニコ顔だった。

 エマンダ様は土属性が得意と言っていただけに、自身でもできるかもと呟いた後、見様見真似と地面に掌を向けて魔力を流し始めた。

 すると、土山となった中からボーリングの玉ほどの大きさの物がボコっと出てきた。

 これはいきなり成功かと思ったのだが、その玉は大きさを変えることなく、目の前をゴロゴロと転がるのみだった。周囲には土は勿論、小石などもあるが最後まで玉にくっつき、玉は大きくなっていくことはしなかった。


「やはり魔法とは違うみたいですね……。もう少し訓練すれば……いや、結局は魔力が常に必要……なら……」


「エマンダ様?」


「なら……。でも……」


「あらら。こりゃ完全に自分の世界みたい……」


 自分が苦笑いに観覧席の方を見ると、エマンダ様の様子に気づいたのか、パメラ様は慌てて立ち上がりこちらの方へと小走りに近づいてきた。

 そして、自分に謝罪と頭を下げた後、エマンダ様の腕を取り、視線を合わせて言葉をつなげた。


「エマンダ! ちょっと、貴女はまた!」


「えっ? あらパメラ? どうしたの」


「どうしたのじゃありませんよ! ミツ様を放っといて、貴女はまた研究者の顔になってますよ」


「……。あらっ。わたくしとしたことが。申し訳ございません」


「本当に、本当に申し訳ございません」


 二人の婦人が、自分に頭を垂れるかのように頭を下げてきた。そのため、二人の豊満な胸が凄く強調され、視線のやり場に困ってしまう。

 あれだ、昔テレビで見たことある、○ちゅーの、って奴だよこれ。まさかリアルで目の前で見せられるとはね。

 

 休憩を入れるためと、一度皆の観覧席へと移動。

 ダニエル様は先程のやり取りを見て、またエマンダの趣味が出たかとあははと笑って済ませていた。

 ロキア君は先程出した氷壁と火柱に興奮しているのか、自分の足元に来ては凄い凄いと言葉をかけてくれていた。そんなロキア君を見ては、ラルスからは何故か険しい視線を送られていた。その視線に気づき、ラルスの方を見るが、ラルスからは直ぐに視線はそらされてしまった。セルフィ様はそんなラルスを見ては、不敵な笑みを浮かべては自身の肘でラルスを小突いている。


 メイドさんが用意してくれたお茶を飲みながら、皆と少し一息。リック達と談笑混じりに話をしていると、汗を洗い流してきたミアとプルンがこちらへとやって来た。

 プルンは屋敷のお風呂を使わせて貰ったことに、感謝の礼を述べた後、スッと自分の横にやって来た。

 何やら香しい匂いがプルンからすることを聞くと、どうやら貴族内で使われている、シャンプーの様な物で髪を洗ったようだ。

 少し照れながらも、ニャハハと笑いながら髪を軽く振るプルン。そんなプルンをみては、リッコがいいなと羨ましそうにプルンの髪を触っていた。

 ちなみにプルンの服は、汗や土埃が着いていたのでメイドさんが洗濯と洗うことになったので、今のプルンが来ている服は、ここの私兵さんが鎧の下に着込むラフな布服である。

 ミアはせっかくなのでドレスなどを着せることを考えていたのだが、ミアとプルンでは身長差は10センチはある。その為、プルンが着ても足の丈が足りないので、ドレスを着こなすことはできなかった。だからと言って、母達の服を勝手に使うわけにも行かない。仕方ないと、ラフな今の服装となったのだ。

 当のプルン本人は着れるなら何でも良いの性格なので、今の服装を気にすることはしなかった。


「ミア、プルンさんとの勝負はいかがでしたか?」


「はい、お母様。残念ながら、勝負は私が負けてしまいました。プルン様は、私の学んだことのない動きだけに先が読めなくて」


 湯気の立つカップを持ちながら、エマンダ様はミアに先程の勝負を聞いてきた。


「まあ、それは残念でしたね。ですが、勝負に負けたほうが、勝ったときよりも得るものは多いと言います。今回知らなかった戦いは、次回の勝負ではすでに知っている戦いと変わりますよ。ミア、それをうまく使うことが貴女の勝利と繋がることを忘れてはいけませんよ」


「はい。プルン様、また機会がありましたら、勝負をお願いしてもよろしいでしょうか」


「勿論ニャ。さっきも言ったけど、ミツと戦いたかったらウチを倒すことニャ」


 プルンの思わぬ言葉に自分は口に含んだお茶を吹き出しそうになるが、そこは何とか堪えた。

 少し噎せながらも、呆れた視線をプルンに向けるが彼女は笑って話を流してしまった。


「プルン、何それ……」


「ニャハハハ」


「アッハハ。ミアも良き戦友ができたようだな」


「父上……はい。プルン様は私の友であり、互いに力を上げる戦友ですわ。ところで、父上、なぜマントを羽織ってますの?」


「んっ? いや少し肌寒くてな。大会も近いのでここで風邪でも引いては洒落にならんだろう。お前はプルン君との勝負で体が温まっておるのだ。それで風の冷たさに気づいておらぬのであろう」


「そうですわね。汗を流すために少し湯にも浸かりましたし、それもあるのでしょう」


 訓練所自体、天井の無い場所だけに、確かに少し冷たい夜風が自身の頬に伝わることに納得したミア。

 父のダニエル様だけではなく、義母のパメラ様もレースではあるが、カーディガンの様な物で肩を冷やさないようにと羽織っている。

 

 その後、エマンダ様は先程出した炎嵐のことや、土石落としのスキルに興味が湧いたのか、その話題が止まることはなかった。

 結局その後は魔法の検証をすることもなく、本日はこれにて、お暇することになった。



「リック、お前は明日も暇か? 予定がないのならまた明日も俺とやらんか?」


「えっ? よろしいんですか?」


「うむ。母上達は、明日から本格的にここで行われる前夜祭の準備に多忙となる。だが、俺は大会に出場する選手、前夜祭には上流貴族や王族が来るので、俺はそれには参加できん。あれだ、ハッキリ言って暇なのだ」


「ははっ。解りました。俺達も大会中は冒険者ギルドの依頼は受けませんので、時間に余裕はあります。ラルス様のご希望でしたら、喜んでお相手いたします」


「そうか、すまんな。それとお前の妹だったか。あいつも連れてきても良いぞ」


「……リッコをですか。それは……」


 リックは一瞬、ゾクリと身震いしてしまった。

 貴族であるラルスが自身の妹を呼んでこい。この言葉にまさかと思い、恐る恐るとラルスと視線を合わせては言葉を返した。

 リックの父であるベルガーから聞いたことある話だが、貴族からの命令はほぼ庶民には絶対命令に近い物。

 妻や娘を差し出せと言われたなら、その家は抵抗する事もできず、愛する妻や嫁にも出していない娘を貴族の慰み物として差し出さなければいけない時もあること。

 貴族に抵抗するものなら、その家族、子供関係無しに全員が連座処分となる。

 リックの反応にラルスが気づいたのか、アハハと笑いながらリックの背中をバシバシと叩きながら勘違いを指摘した。 


「んっ? フハハハハ。心配するな。お前が思っていることをする訳ではない。お前の妹も魔術士であろう。昼前は魔法の鍛錬、昼後はお前と打ち合うためだ。一人で魔法を撃つよりも競うものが側にいたほうが自身の為になるためだ」


「そ、そうでしたか。すみません、気を使わせたようで」


「うむ、構わん。お前が弟妹を思う気持ちは俺も解るからな。 フハハハ!」


 話が聞こえていたのか、リッコもラルスからの誘いに承諾の返事を返していた。


 ミアは大会に参加はしないのだが、兄であるラルスと同じく前夜祭には不参加のこと。

 酒の席、年頃のミアを他の貴族の前に出すわけにもいかないと、母であるエマンダ様の計らいでもあった。

 ロキア君はまだ5歳のお披露目会を行ってもいないので、可愛そうだがお部屋で待機である。

 

 不参加が決定しているミアであるが、今日みたいに母であるエマンダ様からのお使いを頼まれることもある。

 だが、彼女も戦闘貴族家の一人、暇な時間には剣を振りたくなるのだろう。ミアはラルスの話を聞いた後、プルンを明日も勝負をしましょうと誘っていた。

 勿論プルンは二つ返事に、ミアからの誘いを承諾していた。


 談話室に戻り話をしていると、扉がノックの後、ゼクスが部屋へと入ってきた。


「皆様、お待たせいたしました。馬車のご用意ができましたので、どうぞこちらへ」


「あっ、ゼクスさん、馬車は大丈夫ですよ」


「はて? ミツさん、まさか歩きにてお帰りになられるのですか? ここから下街までは一刻近くはかかりますぞ」


「まさか。自分もそんなに歩きたくないですよ」


 自分がスッと椅子から立ち上がったことに、プルン達もダニエル様達に一礼をした後に側にやってくる。

 リックとリッケは良いのかなと、ヒソヒソと話しているが、領主様なら別にいいだろうと自身でも納得したようだ。



「ミツ君?」


 部屋の入り口とは別、何もない壁の方に集まる五人を見ては、ダニエル様は不思議そうに言葉をかけてきた。


「皆、出すよ。先にリック達の家の横で良いかな?」


「おう、頼むわ」


 リックの言葉の後に、他のみんなもコクリと頷き返事をする。

 それを確認後、自分は〈トリップゲート〉を発動。

 光の二本の線が目の前に現れ、左右にブォンと音を鳴らしゲートが開く。

 ゲートの周りはあいも変わらずキラキラとした星々のように輝きを出していた。



「「「「「「「!?」」」」」」」


 突然現れたトリップゲートを見ては、ダニエル様達も絶句に今日一番の驚きの顔だ。

 

「では、ダニエル様、皆様、また明日もお伺いいたしますね」


 皆の驚きの反応をそのままに、自分が挨拶を済ませ、踵を返そうとするが、流石に待ったの声が上った。


「ちっ、ちょっと! 待って、待ってくれ、ミツ君!」


「お待ちください!」


 リック達は、まぁ、こうなるよなと、ダニエル様達の反応が解っていたのだろう。

 慌てて椅子から立ち上がったために、椅子が倒れたがそんな事は気にもせず、驚愕とした態度のダニエル様達に苦笑いである。


 直ぐにトリップゲートの前に集まる面々。

 ダニエル様は驚きにゲートと自分を交互に見ては、その顔には汗が滲んでいる。

 パメラ様も口に手を抑えては、言葉はそんなに出してはいないが、そんなまさかとそんな声がボソリと聞こえてきた。 

 そんな二人とは別に目を爛々とさせ、まーまー。と嬉しそうにゲートを見始めたエマンダ様。この人だけはちょっと反応が違ったのは納得してしまった。


 子供たちも親の後ろから覗き込む様にゲートを見ていた。 


「パメラ、これは、アレですわよね……」


「……え、ええ。国林の災害時に、孤立してしまった街を救うためと、高貴なるお方が無くなってしまった吊橋の代わりと使われた魔法のトリップゲート……。ですが、そのお方もはるか高みへと行かれてしまいましたので、国内での使用者は今では居ません……」


「……ミツさん、これは何処に繋がっているのでしょうか……。わたくしの知る限りでは、このような木材の壁はこの辺にはございませんが……」


「これは今、リック達の家の横にある空き家に繋がってますよ。本当は部屋の中に出るつもりでしたけど、あそこは埃っぽいのでその空き家の入り口に繋げました」


「と言うことは……これは下街に繋がっているのですか……」


「はい」


「そ、そんな……。そんな遠くまでの距離を繋げるとは……」


「そうですか? でも、これで試しの洞窟やその洞窟の近くにある町から帰ってきたんですよ。おかげで馬車台が浮きましたから助かりましたけど」


「「……」」


 自分の言葉に、唖然と言葉をなくす婦人の二人。

 試しの洞窟へ行くには、行きは朝一番の馬車に乗って夕方に到着する程の距離がある。

 馬車のスピードはせいぜい10キロから15キロと、自転車よりも少しだけ遅いくらいだろう。それに時折休憩を入れながら進み、大体9時間かけて到着したので、試しの洞窟までの距離はおおまか80キロメートルと言ったところ。

 トリップゲートは、使用時には目に見えた距離であっても、かなりの魔力を必要とするもの。

 改めて目の前に見せられたミツの力。それは神の力を授かりし者と証明するには、十分納得できてしまうことであった。

 エマンダ様は頬を赤らめ、ウズウズした表情をしていたので、もしかしたら聞いただけしかない魔法に我慢しているのかもと思い、エマンダ様に通って見ますかと言葉を促すと、少し泣き潤んで喜んでいた。

 歓喜余ったのか、早速ゲートを通ろうとした所をゼクスさんが待ったの声をかけてきた。



「お待ちください奥様! ミツさんの言うとおり、こちらの魔法の先につながるのは下街なのでしょう。夜なりの危険もございます。せめて、私が先に行き、周囲の安全の確認をさせて下さいませ」


「ふむ、確かにゼクスの言うことも間違いではない。エマンダ、私が先に見てきてやろう。お前は後に通るがよい」


「えっ、旦那様!?」


「ご主人様!?」


 ダニエル様の言葉に皆がそちらを見るが、ダニエル様は皆の注目も気にしないと自分に言葉をかけてきた。


「ところで、これは本当に通っても大丈夫なのかね?」


「えっ? あっ、はい。なら、先に自分達が先に行きますね。プルン、皆も通っちゃって」


「はいはいニャ」


 皆は慣れたもので、躊躇いも無くゲートを通り抜けていく。最後に自分が通り抜け、ゲートをくぐり抜けると、安全を確認できたのでダニエル様は足を進めようとするが、やはりゼクスさんが止めてきた。

 やはり私が行きますの、彼らが行ってるのだから大丈夫だのと、更にはわたくしが行きますとゲートの向こうからは三者三様の声が聞こえてくる。別に誰からでも良いから、来るなら早くしてほしい。

 


「ん~。すぐに帰れたのは嬉しいけど、領主様の馬車にも乗ってみたかったわ」


「まあまあ。夜に馬車に乗っても、どうせ周りは真っ暗で何も見えないんですからいいじゃないですか。それなら、早く帰った方がお父さん達も心配しませんよ」


「フンッ。あのねリッケ、私は荷台見たいな馬車じゃなくて、部屋みたいな馬車に乗ってみたかったの。そんな馬車、何処に行くにも乗ることも無いでしょ」


「ああ、それは確かに……」


「では、ご希望でしたら、リッコ様を当家の馬車にて、明日ご自宅までお迎えに上がりましょう」


 リッコの言葉に、いつの間にかゲートをくぐり抜け、後ろに立っていたゼクスさんが言葉を返した。

 突然の言葉に、リッコとリッケは驚きに振り替えっている。


「うひっ! ゼ、ゼクス様! そ、そんな私の為に」


「そうですよ、ゼクス様! それに領主様の馬車が家の前にきたら、僕達の親も周囲の人達も驚きますよ!」


「左様ですか。ふむ、ここは市民地の南の方でしょうか?」


 少し残念そうに言葉を返した後、ゼクスさんは通りの方を少し見て、ここがライアングルの街の、どの辺なのかが解ったようだ。


「そ、そうです! そして、この家が私達の家です!」


「ホッホッホッ。これは、立派なお住まいでございますね。さぞや、リッコ様達の親御様はご立派な方でしょう」


「そ、そんな……街で働く一般の衛兵ですよ……。それを言うなら、ゼクス様は領主様の元で働くお方。私はゼクス様の方が立派だと思います……」


「ふむ……。衛兵と言うのはとても素晴らしい仕事ですよ。愛する家族、仲間を全てまとめて守ると言う仕事にございます。大切な人、家族を守ると言うのなら、私とリッコ様のお父上は似てるのかもしれません。リッコ様は、日々体を張って街の人や、家族を守るお父上を自慢としてよろしいと思いますぞ」


「私の父とゼクス様が……。はい……。そうですね……。はい! 自慢の、自慢の父と母です。ありがとうございます」


 ゼクスさんの言葉に、リッコの心の中では、父のベルガーに対する嫌悪感がスッと消えるかのように、リッコの気持ちが楽になった。最近リッコは無意識に父に対して距離を取っていたが、それはただの思春期の行動でしかない。憧れの人のゼクスさんの言葉は、思わぬ結果としてリッコの気持ちを真っ直ぐにしてくれていた。

 


「ダニエル様、足元に気をつけてくださいね」


「う、うむ。すまんな。ふむ……確かに、ここは南地区にある住宅地……。エマンダ、パメラ、二人とも来てみなさい」


「ええ」


「ダニエル様! 私も! 私も~!」


「セルフィ……。はぁ……貴女は……」


 ダニエル様の言葉を聞いてか、二人の婦人がゲートを潜ろうとした時、返事を待たずして、ロキア君と共にゲートを通るセルフィ様。そんな彼女を見ては、パメラ様は困った表情を浮かべるしかできないようだ。


 エマンダ様がダニエル様の手を取り、ゲートをくぐり抜けては周囲を見渡し、そして、両手をその豊満な胸に当てては目尻に涙を浮かべていた。

 泣くほど感動してるのかこのご婦人は……。



「ミツさん。私は今、旦那様に求婚された時ほどに心から感動しておりますわ」


「そ、それは相当でしょうね」


 エマンダ様はトリップゲートの方へと振り返り、キラキラと光る枠と、星屑のように光る靄をマジマジと目に焼き付けるほどに観察し始めた。


 トリップゲートから次々と人が出てきたため、家と家の間の通路は少し混雑した感じになってきた。

 既に夜ではあるが、まだチラホラと人の通りはある場所。

 まさか、こんな所に領主様とその二人のご婦人、更にはそのご子息の三人がいるとは思わないだろうが、見つかっては確実に騒ぎになるだろう。

 ダニエル様は少し黙り込んだ後、皆に部屋へと戻るように促した。


「人目については面倒だな。皆、部屋に戻りなさい。君達も今日は屋敷に来てくれてありがとう。明日は私は屋敷には居らぬが、明日もゆっくりしてくれ」


「「「はいっ!」」」


「ミツさん、また明日。今度はこちらのスキルも是非とも詳しく教えてくださいね」


「またのご訪問、心よりお待ちしております」


「はい、おやすみなさい」


 ダニエル様の言葉に従うように、ご婦人の二人、ラルスとミア、そしてロキア君を抱えた状態に、セルフィ様がゲートを出した談話室へと皆が戻って行った。

 挨拶を済ませ、軽く手を振り、トリップゲートを消した。

 また明日とリック達とも別れを済ませ、教会へと帰る道中、ミアとの勝負の後でプルンは疲れていたのか、少し足取りがおぼつかない感じだったため、教会までのゲートを開くことにした。

 


∴∵∴∵∴∵∴∵∴


 目の前のゲートが消えると、ダニエル様はどっと降り掛かって来る重圧に耐えきれず、近くにあった椅子に身を任せるように座るしかできなかった。

 心配したのか、パメラ様が隣に立ち、ダニエル様の身を案じている。


「あなた、大丈夫ですか?」


「ああ、すまんな。はぁ……。夢ではないのだな……」


「本当。あのお方とお会い出来たことに、神に感謝ですね」


「確かに驚きましたが、義母は兎も角、母上が神に感謝をするとは珍しいですね」


「あら、ミア。わたくしは目に見えない物を信じないだけで、目に見たものはちゃんとその真実を受け入れますよ。それとラルス、そろそろその表情はお止めなさい。先程から驚くことが続いて気持ちは解りますけど、口を開けたままでは慎みもありませんよ」


「はっ!? 俺としたことが……。申し訳ない……。少し頭を冷やすために、先に部屋に戻らせていただきます」


「待ちなさい、ラルス。皆もいる今、伝えなければならんことがある。先程の少年が出したスキル、経験したことに関しては他言無用とする。よいな。セルフィ殿も、申し訳ないが口を閉じていただきたい」


「……。ええ、ダニエル様、解ってます。いえ、むしろ他者に話したとしても、絶対こんな話信じてもらえませんよ。見た目ただの少年が転移魔法が使えるだなんて」


 ダニエル様は周囲の皆の返事を一人一人と確認後、客人であるセルフィ様に対しても口を閉ざすことを要求することにした。

 だが、ことが大きすぎる案件のため、全てをフロールス家のみで抱え込むのは不可能であった。

 それはパメラ様の言葉に、皆が一番懸念していることでもあった。


「ですが、あなた……。流石に王族には……」


「解っている。だが、今ではない……。はあ、まさか、ここまでの少年だったとは……。私の立場がもう少し上ならば、それ程悩むことではないのだが……。こんな感じに、彼に悩まされる人など何処を探しても居らぬだろうな……」



「へっくちゅ! んっ……。少し冷えてきたかしら?」


 冒険者ギルドにて、仕事も終わり、後片づけをしているエンリエッタのくしゃみが、ただの偶然なのかは誰も解るわけがないことであった。

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