第77話 交渉。

 ロキアへとご褒美として、屋敷の厨房を借りてプリンを作ると、甘い香りに引き寄せられたかパープルがやってきた。


「なんだいなんだい!? お客人、随分と美味そうな匂いをさせているけど何を作ったんだい?」


「パープルさん、丁度良かった。場所をお貸しいただきありがとうございます。これ、よかったら皆さんで食べてみて下さい。簡単なお菓子ですけど、皆さんのお口に合えばいいのですが」


「お客人、そんなあたしらにまで気を使わなくてもいいのに。すまないね。ところでこれは何だい? お菓子って言うには氷で冷やしてるみたいだけど?」


「これはプリンですよ。材料自体は卵とかほんの少しの材料で作れるので、自分みたいに料理の素人でも簡単に作れる物です」


「そうかい。菓子と言ったら普通は焼き菓子何だけどね……。お客人、いや、確かミツさんとか言ってたね。目の前で申し訳ないけど1つ貰ってもいいかね?」


「はい。ロキア君や他の皆さんに食べてもらう前に、是非パープルさんに味の感想をお願いします」


「そうかい、ロキア様にかい。なら、尚更あたしが味見しないとね」


 パープルは氷で冷やされたプリンカップを1つ手に取ると、先ずは匂いを嗅いでいる。スプーンを差し込み、中をかき混ぜもう一度匂いを嗅いでいる。

 あまりプリンの形を崩して食べるのは見た目が良くはないが、今回はある意味毒味を考慮に入れた試食だろう。何度もかき混ぜては見た目が変わらぬこと、また匂いを二度三度と有念に見ている。

 私兵さんの二人もパープルの動きを見逃さないようにと、兜で顔は見えないが視線を外すことなく彼女を見ているのだろう。


「ふむ……。では、頂くよ……」


「はい、どうぞ」


 スプーンの先端にプリンを少しだけつけ、舌先で何かを確認後、パープルはしばらく目を伏せて動きを止めた。


「……」


 そして、目を開け、普通にスプーンにすくい、一口含む。

 味の一つ一つを確認しながらも、パープルさんはカップの中のプリンをたいらげてくれた。


「……」


「あの……いかがでしたか……? お口に合いませんか」


「ミツさん、すまないが味の感想は他のも食べさせてもらってからでもいいかな? この茶色い奴やこっちの少し色が濃い方も味を見させてほしいんだ」


「は、はい。どうぞ。多めに作ってますので」


「すまないね……」



 パープルは言葉を残した後に、チョコ味のプリンとキャラメル味のプリン、両方を先程と同じように試食をしてカップを空にしてくれた。

 その後、食べ終わったプリンカップをまじまじと見ては、ひっくり返したりといろんな角度から見始めた。


「お味の方はいかがでしたか?」


「ああ、すまないね。うん、美味かった、こんな美味い菓子はあたしは初めて食べるよ」


「良かった。では、自分はこれを皆のところへ持っていきますね」


「ああ、悪いけどあと少し待っておくれ。ガレン! スティーシィー! ちょっとこっちにおいで!」


「何ですかボス? んっ? この少年は新人ですか?」


「パープルさん、な、何か私失敗しましたか!?」


 パープルが声を上げて厨房の奥にいる二人を呼んだ。

 一人は目つきは悪いが服装はしっかりとした料理人の男性。もう一人はピンク色の髪の毛をポニーテールに結んだ女性だ。


「いや、こちらは新人じゃないよ。ゼクスさんのお客人だ。この方がロキア様へと菓子を作ったんだよ。あんた達の分もあるから、今食べて味の感想を言いな」


「えっ? お客様に料理って……ってかボス、何ですかこれ?」


 見たことの無い物にガレンはパープルとプリンを交互に見ている。

 パープル自身も今日、初として口にした物の名前なんか知る由もない。


「それはプリンって名前ですよ」


 プリンと名前を教えると、ガレンはプリン、プリンと何度も口にして、じっとカップに入った黄色の固形物を訝しげに見ていた。

 ガレンは食えと言われたが、手が動かない。

 だが、スティーシィーは躊躇いもなく自分からスプーンを受け取ると、氷の上に置いてあるプリンカップを1つ取り、すくってはプリンの匂いを嗅いでいた。

  

「うわ〜。いい匂い……」


「ボス……」


「安心しな、混ぜ物なんか入っちゃいないよ」


 やはりパープルさんはプリンの中に毒物が無いかを確認していたのだろう。だが、そんなことは気にしないで大丈夫と、二人に伝えて食べることをすすめてくれた。


「そ、そうですか。では、すいやせんが頂きやす」


「頂きます」


 ガレンは少しだけ口に入れ、スティーシィーはスプーンいっぱいに口にパクリ。


「「!?」」


「う、美味い! ボス! な、何ですかこれは!」


「パープルさん! 美味しいです!」


 二人から絶賛の評価の声が聞けたことに安堵し、改めてその場を後にしようとした時だった。


「ボス! これです! これをお出しいたしましょう!」


「賛成です! パープルさん! もう、これ以外考えれません!」


「あんた達もそう思うかい」


「は、はあ?」


 三人の言っている意味が解らなかっただけに、自分は変な声を出してしまった。

 勿論私兵さんの二人も話の内容が解っていないのだろう。

 自分が二人を見ても軽く首を傾げていた。


「ミツさん、今からロキア様のところへ行くんだろ。すまないが、あたしもついて行くけどいいかね?」


「はい、それは問題ありませんが。どうされました?」


「話は後で。さっ、急いで行こうじゃないかね。すまないが、私兵さんのどちらか、奥様をロキア様のところにと呼んできてもらえないかい。ガレン、スティーシィー、悪いが後を頼んだよ」


「「はい!」」


 パープルは持っていこうとしていた人数分のプリンカップをトレーに次々とのせては、それを私兵の一人に渡した。

 更には厨房の皆さんの分と残していたプリンも自身で持っては、ロキアのいる談話室へと急ぎ場に足を勧めた。


 全く話について行けていない自分と私兵の二人は、パープルさんの言葉に従うように談話室と婦人を呼びに行くことしかできなかった。


 そして、談話室に到着後、数回のノックをするとメイドの女性が応えて扉を開けた。

 部屋に入ると長いテーブルを前にロキアが座り、ゼクスが後ろに立ち、ロキアへとお茶を注いでいた。

 リック達三人は緊張していたのか、三人揃って背筋を伸ばし椅子に座っている。

 プルンはロキアの横に座っていたのか、こちらを振り返ると、彼女の頬はまるでリスのように頬袋を膨らませて菓子を食べていた。


「ふぁ。ミフ、ひたヒャ」


(こらこらプルンさんや、口に物を入れたまま喋らないの。お行儀が悪いとエベラさんに怒られるよ)


 自分とは別に、パープルが部屋に入ってきたことにゼクスさんが不思議に思ったのだろう。

 一度話を止めてこちらへと近づいてきた。


「どうかされましたかパープルさん? 貴女がこの時間に厨房から離れるのは珍しいですね? なにかございましたか?」


「ああ、あったってもんじゃないよゼクスさん! この客人があたしたらの救いになるかもしれないんだよ!」


「えっ?」


「ホッホッホッ。パープルさんのこの様な慌てようも珍しいですね。さて、ミツさんご本人ですら理解されてないように見受けられますが。パープルさん、ここではボッチャまと他のお客様のお茶のご迷惑となってしまいますので、別の部屋でどうか私と、まだ理解できていない客人にご説明をお願いしてもよろしいでしょうか?」


「ああ。そうだったね。すまない、あたしとしたことがロキア様もいらっしゃる前で。でも、できればこの部屋で説明させてくれないかい。内容がこの方が作った菓子のことなんだよ」


「……。解りました。ミツさん、そちらが先程言われていた?」


「はい、これがロキア君へのご褒美のプリンですよ」


「これはこれは、何とも甘く芳しい香りでございますね」


「後、すまないが勝手にここに奥様を呼んでもらったから、その時まとめて全部一緒に話すよ」


「解りました……。では、お話はその時にお願いいたします」


 パープルの言葉に少し喜びと焦りを感じながらも、ゼクスさんは私兵さんからプリンの乗ったトレーを受け取り、ロキア達の前に並べていく。

 本当は一人1個のつもりだったのだが、パープルから3種類全てを並べてくれと声もあったので、メイドさんが手伝い、皆の前にはプリンカップ3つが並んだ。


「美味しそう〜。ねえ、パー、食べていい?」


「ボッチャま、悪いけどもう暫くお待ちください。奥様達も呼んでますので、皆様とご一緒に食べましょう」 


「解った。僕、母上を待つよ!」


「ご立派でございますボッチャま! 耐えると言う精神、武人の心得がその体に備わり、私は嬉しゅうございます!」


(プリンを我慢するだけで武人になれるのか……)


「プルン、ロキア君も待ってるんだから我慢しなよ」


「ニャッ! ミツ、ウチはそんなに食いしん坊じゃニャいニャ!」


「ははっ、そうだね」


「ミツ、こいつお前の分の菓子もお前が来る前に全部食っちまってるぞ」


「リック、余計なこと言わなくていいニャ」


「ほほ〜……。プルンさんや、どういうことかな〜」


「ニャハハハ。大丈夫ニャ、ミツの分はおじさんに言えばまた貰えるニャ」


「はぁ、プルンったら……」


「はははっ。お姉ちゃんもお菓子好きだもんね。僕と一緒!」


「ニャハハハ。一緒ニャねー」


 プルンはうまく誤魔化している気だろうが、この借りは必ず返すと、笑顔のまま自分は後の仕返しを考えていた。


(プルンが水を飲む時に時間停止して、キンキンに冷えた氷水に交換してやろうか……。いや、それなら肉を食べる瞬間に野菜に変えてやるか、その方が効果がありそうだ……フッフッフッ……)


《相変わらずやる事が小さいですね》


(この地味さが仕返しに丁度いいんだよ)


 笑い声で賑わう談話室の扉がガチャリと開き、時間も置かずにパメラとエマンダ、そしてセルフィの三人がやってきた。エマンダと共に魔法の訓練をしていたラルスは着替えのためにと、一度部屋へと戻ったそうだ。

 リック達三人は貴族様が入ってきたと直ぐに席を立ち、入り口の方へと頭を下げている。



「失礼します。あらあら、随分と人がいますね。皆様、ゆっくりとされておりますか?」


「やっほー。セルフィさんが帰ってきたよ〜」


「セルフィ、あなたはもう少し慎みを持ったほうがよろしくてよ……」


「慎み? も〜。パメラさまったら。そんなものはエルフの森を出るときに置いてきましたよ。私は私、分厚い仮面を被って生きていくなんてそんなことできません」


「はぁ……貴女は……」


 部屋に入るなり軽い口調でセルフィが皆に言葉を飛ばすと、直ぐにパメラの叱責を受けていたが、セルフィはなんのその。右から左へと、セルフィにはパメラの言葉は効果はないようだ。


 そんな二人のやり取りも慣れたように流し、自分の近くへと近づく一人の婦人。

 貴族独特の盛ヘアースタイルに紫の髪が美しく似合う人。魔法に優れている彼女は、魔とは反対の剣等の武芸に優れているダニエルに異性として恋引かれ、第二婦人として妻となった女性。

 彼女の名はエマンダ。フロールス家第二婦人、エマンダ・フロールス。


「ミツさん、お久しぶりですね。ほんの数日前、お顔を拝見した時よりも随分と(魔力的に見て)立派になられましたようで」



「エマンダ様。お久しぶりでございます。いえ、まだまだ自分は(身長は特に)成長期ですのでまだ伸びていこうと思います」


(((成長期って何だ……)))


 ミツの言葉に、リック達三人、兄妹の思う気持ちが重なった。


「そうですか。それは随分と楽しみですね。皆さん、初めまして。私はここの領主のダニエルの妻、エマンダと申します。どうぞよしなに。堅苦しい挨拶は苦手ですわ。皆様も気を楽にしてくださいね」


「はい! ありがとうございます」


「「ありがとうございます」」


 エマンダ様の挨拶の後に、リック達は緊張しながらも挨拶を交わし、エマンダ様の言葉に従うように椅子に座り直した。


「さて、ミツさんはロキアの訓練のために本日は来ていただいたとパメラから聞いております。ふふっ。ですが、私との約束も覚えてますでしょうか?」


「はい、勿論。約束ですからね」


「まあ。では、早速私と1戦……」


「あ〜。エマンダ様、悪いけどドンパチとやる前にあたしから話を済ませてもいいかね」


「あら? そう言えばパープル、あなたの急用と言うことでここに来たんでした。それで、要件とは?」


「はい! 先ずは皆様、お席にお座りください。そして目の前に並べられた菓子を是非ともご賞味下さい!」


 パープルの言葉に、何かしらと席に座るエマンダとパメラ。勿論セルフィはロキアの隣に座っている。

 三人の前にもプリンを3種類置いて味を見てもらうのだろう。


 パメラはプリンカップを1つ手に取り、カップの冷たさに少し驚いていたが、プリンからの甘い匂いに気づいたのか、直ぐに驚きにパープルへと声をかけた。


「パープル、それでこれは菓子と言いましたね? 貴女が私達の前にこれを出すということは、前夜祭で出す予定の品ですか? 随分と芳しい香りですね。蜂蜜や果物の匂いとはまた違う甘い香り。パープル、素晴らしい品を作られましたね」



「ねえ、パー、食べていい?」


「はい、ロキア様。お待たせいたしました。どうぞお食べください」


「わ〜い!」


「私もいただきま〜す!」


 待つことに我慢ができなくなったのか、ロキア君はパープルさんに一言言うと、セルフィ様も続けてプリンをパクリ。

 それに続いて、パメラ様とエマンダ様も一口。


「「「「!?」」」」


「「美味しい!」」


「本当……。今まで食べてきたお菓子とは違い、口の中で溶けるように滑らかな舌触り。また、冷たい生地が自身の下の上で踊るのは、まるで味のダンスを楽しんでいるみたい」


「蜂蜜のようにクド過ぎず、甘い香りが口いっぱいに広がり、それでも果物とは違う甘さが私の口の中を包んでくれているみたいです」


 何だか、いきなり料理番組のコメント見たいなセリフを言い出した二人だが、ロキアとセルフィは最初の美味い発言以外は何も言わずに二人は黙々とプリンを食べ続けていた。


 目の前に差し出された品を食べることに、リック達が躊躇っているのに気づいたのか、ゼクスがどうぞとリック達にプリンを食べることを進めた。

 4人も初めて食べるプリンの美味しさに美味いと絶賛。

 だがプルンとリッコだけが、そのプリンを作ったのは誰かなのかを気づいたのだろう。

 先程、冒険者ギルドでネーザンにスパイダークラブの足の身の料理を試食として作った時、リッコのリクエストで作っていた茶碗蒸しと舌触りが似ていたからだ。


「パメラ様、エマンダ様。申し訳ないけどこれを作ったのはあたしじゃありません……」


「あら、貴女ほどの料理人がですか……。では、ガレン、若しくはスティーシィーのどちらかですか?」


 パープルの下として厨房で働くガレンとスティーシィー。

 パープルは若い頃から貴族の料理人として働き続けていた。男爵家で働いていたところを子爵の老夫婦に買われたが、その老夫婦も貴族としての役割を終える日が近づいてきた。

 貴族として自身が動けるのも残りわずか、働くメイドや執事を次々とお暇を渡していった。

 辛いが子爵家の厨房で働くパープルにもその日が近づいている。

 そんな時、まだ20代半ばのダニエルが老夫婦に挨拶へと出向いたとき。ダニエルが最後に自身にできる事はないかと話を持ち出すと、老夫婦はパープルを料理人として引き取って欲しいとの話を出した。

 ダニエルも恩返しの気持ちが強くあったので、老夫婦からパープルを引き取り、パープルはまだ子爵だったダニエルの屋敷へと移動することとなった。

 その後、数年の歳月を重ね、フロールス家の厨房長とまでのぼりつめたパープル。

 そして、その技量の高さに惚れたガレンとスティーシィーが屋敷へとやってきては、ダニエルに雇って欲しいと懇願。

 ダニエルは厨房もまた戦いの場所、数は戦力を上げると言って、あっさりと二人を雇い入れてしまった。


 パープルを師匠として尊敬するガレンとスティーシィー、二人はパープルにあれこれと技量を叩き込まれてはいるが、パープルの年月を重ねて得た料理人としての経験には勝てることもなく、二人で何とかパープルに追いつけるかと思うレベルだ。


「いえ、奥様。残念ですけど、あの子達ではこの味は出せません。これを作ったのはそちらのお客人のミツさんです。失礼ながら私の判断としてこれは奥様方にも食べてもらうべきかと思いまして」


「まあ。ミツさん、あなたは武だけではなく、料理もできますのね」


 エマンダとパメラは驚きに顔を合わせ、その後にパープルを見た後、ミツに視線を向ける。

 それは厨房長と言う立場のパープルが、そう安安と屋敷の婦人の口に、自身の認めた物を進めるわけがないと解っていたのだから。


「あ、はい。えーっと。料理は祖父から学んでましたので、一通りはできますよ。いきなりでしたけど皆さんのお口にあったようで良かったです」


 以前エマンダ達に話した、今まで祖父と旅をしていました設定を思い出しながら、なんとなく話の流れに乗ることに。


「お兄ちゃん、美味しいよ! 僕これ大好き!」


「うん、美味美味。私もこれなら何個でも食べれそう。ちなみに私はロキ坊が一番大好きだぞー」


「? うん、僕もセルフィさん大好きだよ?」


「もんっ! ロキ坊ったら! 皆の前で告白だなんて情熱的〜」


 ロキアとセルフィは2個目のプリンを食べ始め、また美味しいと絶賛。

 セルフィの自由な発言には、パメラ達含めその場の誰も気にすることはしなかった。

  

「セルフィは放っといて話を戻しましょう」


「そうですね……。ミツさんお見事な菓子、ありがとうございます。ところでパープル、話と言うのはこの品の件ですよね?」


「はい。遠回しには言いません。奥様、是非ともこの菓子のレシピをお客人、ミツさんから買ってください! あたしはここに来るまでに色んな料理を学んできたけど、この菓子だけは見たことない品だよ。きっと王族なら知ってるかもしれないけど、伯爵家から下の貴族様は口にしたことの無い品です! パメラ様、エマンダ様。あたしの願い、どうか聞き届けてくれないかい!」


「「……」」


「パープル、頭を上げなさい。あなたの気持ちは解りました」


「……!」


「ですが、貴女は間違ってますよ。まず、この菓子を作ったのはミツさんです。そしてそのレシピを知っているのも彼です。貴女はミツさんにレシピを売って頂けることは、まず商談はされてますか? 失礼ですが貴女の話を聞いていると、等の本人であるミツさんを無視した会話となってしまってますよ……」


「それは確かに……。申し訳ございません! あたしとしたことが、興奮にお客様に話を持ち出すことを忘れてしまって。改めてどうか、こちらの菓子のレシピ、私にお売りください!」


 パープルは自身が興奮しすぎて肝心な相手に商談したい旨を伝えることをスッカリ忘れていたことに気づいたのか、バッと振り返り自分へと頭を深々と下げて言葉をつなげた。


「ちょっと、頭を上げてくださいよ」


「いえ、何とぞ!」


 パープルの今までの行動と発言を聞いて、彼女が求めていたものがやっと解った自分だが、流石にいきなりの話しで頭が少し混乱していた。

 このプリンはロキアへのご褒美を兼ねて作った物だけに、そんな意図は微塵もなかったのだから。


「はぁ……。参ったな……。あの、ちなみにレシピの売買ってどの様な流れなんですか?」


 頭を少し掻きながらパメラとエマンダの両婦人へと質問をかけると、エマンダが説明し始めてくれた。


「そうですね。それが作った本人から買うとして、基本は期限付きで取り引きとなります。例えば、今回パープル、もといフロールス家がミツさんからこちらの菓子のレシピを購入したといたします。購入後によって、その菓子を1年間フロールス家が独占として作ることを可能とします。その際、他の貴族や商人に振る舞う事はあっても、レシピを口外することはありません。ですが、その代わりにミツさんも1年間は他の貴族、または商人にはこのレシピを販売することはできません。もしどちらかこれらの約束を破ってしまうと、その時点で契約は破棄。私達が約束を無下とした場合、ミツさんへと賠償金を渡すこととなり、逆にミツさんが破ってしまうとレシピの購入した時の金を返金しなければいけなくなります。その際、レシピをお返しすることはありません」


(なるほど。著作権に近いルールもあるんだな……)


「では、質問ですが、これのレシピを売ったとして、その人がレシピをアレンジとして別の料理を作った時の権利はどうなりますか? 目の前に並べてますように、このレシピは簡単に味を変えて増やすこともできます」


「はい、その際はその新しく作ったレシピは、ミツさんへと無条件として全てを公表することとなります。また、買ったレシピを使い、市場にて商売を始めるときには契約は更に厳しくなりますね。ですが、今のパープルは屋敷で雇われた料理人です。今回は屋敷内のみでしか作ることはしないと思いますので、契約は軽い物となります」


「なるほど……。では、最後にレシピを買うと言われてますが、レシピっていくらで取り引きする物なんですか?」


「レシピ自体の価値は、その売り手と買い手の商談で異なります。高いものであるなら、私が聞いた話だと虹金貨1000枚なんてありますからね」


「せっ、1000枚!」


 この世界で一番の価値を持つ虹金貨。

 一枚の価値は日本円で100万、つまりはレシピで十億もの取り引きが付いた物もあったのだろう。

 レシピ一つで国の財政が動いたと聞かされたが、額が大きすぎて自分はそんなやり取りをした国の考えが理解できなかった。


 金額の大きさに驚いたのは自分だけではなかった。

 プルンやリッコ達庶民には虹金貨など縁がないにひとしいものを、今まさか目の前でその様な金額の商談がされるとは思っても見なかったのだ。

 

「おい、俺達これ食っちまったけど、貴族様に金とか払わないと行けないのか……?」


「いえ、これは話ではミツ君が作った物ですよ……。もし、払うとしたらミツ君にでは? いや、でも振る舞ってもらったものに金を払うのも変な話では……」


(いやいや、リックとリッケ、二人ともお金なんて請求しないから。ヒソヒソと話しても、聞き耳スキルで聞こえちゃってますから……)


 二人が何やら勘違いしているようだが、ヒソヒソと話しているがスルーしとこう。

 ミツが驚きとリック達の会話に少し呆れていると、ゼクスが話に入ってきた。


「横から失礼します。ミツさん、貴族様との交流の一つとして、ここで縁を深めておくのもご自身のためになりますぞ。どんな物でも売ることや買うことになりますと、貴族様との縁は切ることのできないことにございます。ミツさんの知恵を物としてフロールス家に売ることはミツさんのチャンスにもなりますので……」


 ゼクスはジリジリと近づきながら、自分からは視線を外すことなく早口にも言葉を続けた。

 それはそれは就活時に受けた圧迫面接に似たものがあった。

 そして、ミツはあっさりとゼクスの口車に乗ることにした。


「解りました解りました。解りましたから、そんなに言葉に圧をかけないでくださいよ」


「ホッホッホッ。ミツさんの賢明なご判断、私、心より関心いたしますぞ」


「そんなこと言ってますけど。ゼクスさん、貴方はロキア君のために言ってるでしょ……」


 チラッとゼクスから視線を外し、ロキアの方を見ると、ニコニコとした表情にプリンを食べていた。

 ゼクスもそちらを見たのか、先程の圧はスッとなくなり、まるで愛玩動物を愛でる人みたいに目がデレッデレッである。


「無論でございます」


「うわ、即答したよこの人……」


 ミツがプリンのレシピを教えると解ると、パープルは直ぐに奥様二人へと声をかけた。


「良かった。奥様、これで本人の許可は得ました。どうかこのレシピ購入を是非ともお願いいたします!」


「……そうですね。……エマンダ、貴女はこれにいくらつけれますか?」


「あら、パメラ、わたくしが決めてよろしいのですか?」


「参考として」


「解りました……。パープル、まずこれは前夜祭までに作れる品でしょうか?」


「はい、材料自体は厨房にあるもので行けると思います。あとは何度か作って同じレベル、いえ。これ以上の品にすることを努力いたします!」


 パープルは右手を自身の胸に当て、パメラとエマンダへと頭を下げた。

 話を聞いていたセルフィが3つめのプリンカップを手に言葉をつなげてくる。


「はいは〜い。その時は私が味見しに行きますよ〜」


「コホン……。解りました……。では、交渉といたしますので一度部屋を変えさせて頂きます。ゼクス、少しの間お客様をお願いしますよ」


「かしこまりました、奥様」


 ゼクスが返事を返すと、直ぐにメイドが部屋の扉をガチャリと開け、すぐ向かいの部屋の扉も開ける。

 向いの部屋は今いる談話室によく似ている作りの部屋だ。


「ミツさんは此方へ」


「は、はい。皆、ちょっと行ってくるね」


 ミツの言葉に皆は声が出せず頷くだけであった。

 部屋に入ると二人が椅子に座り、ミツは向かい側の椅子にお座り下さいと声をかけられたので、言われるがままに着席。


「あっ、あの……。自分は何をすれば?」


「ふふっ、今回取引するのはレシピとなりますので、物の検証などはありません。事実先に試食しましたから、後は私達との値段交渉だけとなります」


「ダニエル様ではなくパメラ様とエマンダ様とのお二人ですか?」


「ふふっ、商業などの交渉はあの人は苦手ですからね。私達が代わりにおこなってますの」


「解りました」


 部屋には関係する人しか入れておらず、暫し三人だけの内密の話となる。

 美人の二人と部屋で三人とか、本当はとても嬉しいシチュエーションなのだが、今回は商談と言うある意味お仕事と思える話し場である……。色気もすったくりもないぞ。


「パメラ、私は先程の品のレシピにはこれだけ出します」


「そうですか……。では、私も同じ金額をお出し致します。」


 そう言ってエマンダは自分からは見えないテーブルの下で指を折ったのか、その数字をパメラへと見せていた。

 パメラは一度ピクリと眉を動かしては目を閉じ、先程食べたプリンの味を思い出しながら価値を考えたのか、エマンダの言葉に賛同した。


「では、先程のご説明と同じ。ミツさんは先程の菓子のレシピ1点を私達フロールス家に一年の契約としてお売り下さい。一年以内は外部への情報の提供、販売は禁止といたします。また、こちらを基本とし、新しい品ができた際はミツさんへと情報は無条件としてお教えいたします。フロールス家が契約を破った際は取引時の2倍の金をミツさんへとお渡しいたします。ミツさんがレシピを漏らした場合契約時の金2/3をフロールス家へと返金して頂きます。何かミツさんから希望などはありますでしょうか?」


「い、いえ。自分からは何も……」


「解りました。我がフロールス家は今回のレシピに虹金貨30枚をお出しいたします」


「……はあ?」


「あら、足りませんか……では35枚でいかがでしょうか?」


 突然突きつけられた虹金貨の数に思わず眉を寄せて、エマンダ様へと疑問的な返答をしてしまった。

 それを不服と受け取ったのか、エマンダは直ぐに提示した金額の値を上げてきた。


「……えっ?」


「むっ、流石ミツさん、素人として即答しないのは賢明な判断ですね……。それも旅を一緒にしていたお祖父様から教わったのでしょうか……」


「エマンダ、もう最初に示した金額でよろしいのでは?」


「ホホホッ。申し訳ございません。少々失礼ながら、ミツさんに交渉の難しさを教えてみましたの」


「えっ、いや、えっ……」


「では、改めまして……。私達は今回のレシピ、こちらの希望金額は虹金貨40枚です。ミツさんとしてはいかがでしょうか?」


 ミツはただ単に返答を戸惑っていただけなのだが、それが良かったのか、エマンダの交渉の策を上手くくぐり抜けた結果となり、最初に提示した金額から虹金貨が10枚増加の、40枚を突きつけられた。


 ミツは咄嗟に〈時間停止〉を使用して、更に心を落ち着かせるために〈コーティングベール〉を自分にかけて考えをまとめた。


(いやいや、何……レシピってそんな価値が付くものなの? でも、さっき虹金貨1000枚のやり取りもあるって言ってたよね……。それを考えるなら40枚は少ないのか……。いや、国のやり取りを今の商談と比べるのは違う。それに虹金貨40枚……プリンのレシピが4000万って……これって高すぎではないか?)


 時間停止した20秒の時間は思った以上の速さで効果は失ってしまったが、ミツは目を伏せスキルのディキャストタイムが終わると同時にまた時間を止めて考えを纏める時間を作った。


 パメラやエマンダにとっては2〜3分自分が目を伏せて考えている様に感じているだろうが、事実その倍はミツは今後を考える時間を得ていた。

 先程ゼクスの貴族としての繋がりを作るチャンス、それに関するメリットやデメリット。

 ここで断ったあとの対応作、様々なことを考え、やっと結論が出すことができた。


 スキルが切れ、時間が動き出すとミツはゆっくりと目を開け、パメラとエマンダの目を見て答えを出した。


「はい、では、その金額でお願いします」


 ミツの言葉に二人は微笑みを返してくれた。


 後の契約は簡単な物だった。

 エマンダがメイドを呼び、二枚の羊皮紙と印を用意させて、先程の契約内容をパメラとエマンダ、二人が手分けして書き始めた。

 書いた内容が同じことをその場の三人が確認後、2枚を重ねて、羊皮紙の上と下にエマンダが両方の契約書に印の半分が片方に付くようにと印を押した。

 2枚の契約にパメラが名を書き、その上に血判を押す。エマンダも同じ様に名を書き血判を押す。

 二人の血判を押すための傷はパメラの治療魔法で治癒され直ぐに消え、契約書と名を書く為のペンとナイフがミツの前に置かれた。

 彼も名をミツと書いた後、ナイフを手に左手の甲部にナイフを入れて血を出し、指に血をつけて血判を押す。

 放っといても手の傷はスキルの効果で勝手に治るのだが、パメラがそっと自分の手を取り治癒し、流れる血を拭ってくれた。

  

 契約書の片方はフロールス家が持ち、もう片方はミツへと渡されたので、受け取りアイテムボックスへと収納しておく。

 これで短い間に交わされた高額のやり取り、話は終わったので皆のいる向かいの部屋へと戻ることになった。


∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴


「はあ……あいつは何であんなに普通にできるんだ……。別に俺が関係するわけじゃないのに、見ろよ、この汗……」


「ミツ君は心を落ち着かせる事ができますからね。それじゃないですか」


「ふー……息が詰まるわ……」


 部屋に残された面々は部屋から出ていく三人を見送った後に、思い思いの気持ちで三人が戻ってくるのを待っていた。


「んー……ねえ、ゼクス。ちょっといいかしら?」


「はい、セルフィ様、何でしょうか?」


「あの少年って、本当は何処かの貴族の子って訳じゃない? 若しくは商人の息子とか?」


「……いえ。私もまだ数回しか顔を合わせておりませんが、先ず貴族様に関係するご子息様ではないと思われます……。また、商業を関する家庭に生まれているのなら、先程のような契約に関する発言は無いかと思われますよ……。セルフィ様もご覧になったと思われますが、彼はアイテムボックスが使えます。商人の家庭ならまず、アイテムボックスを持っている時点で冒険者にはなりません。彼から聞いた話だと、ライアングルの街に来る前はミツさんはお祖父様と二人旅をしていたと、旦那様や奥様も含め私は彼から聞いております」


「そう……。そっか……」


「セルフィ様は何か気がかりでございますか……?」


「ん〜。そうね。これよ……。ゼクス、貴方は食べてないから気づかなかったのね……」


 そう言ってセルフィはまだ誰も手を付けていないプリンカップの一つを取り、ゼクスへと渡した。

 ゼクスは何かと思いながらも受け取ったプリンカップを見た後、匂いを嗅ぐと何か思ったのか、その匂いの元を考え始めた。


「失礼……。はて、何処かで嗅いだことのある香りでございますね……」


「まあ、貴方なら何処かの貴族様関係で嗅いだことのある匂いでしょうね……」


「セルフィさん、お兄ちゃんの作ったお菓子美味しいよ? セルフィさんは美味しくなかったの?」


「ロキ坊、そんなこと無いわよ。私このプリン好きになっちゃったもん。」


(ほんと久しぶりに食べたって感じね……。エルフの森の更に奥、南の森でしか食べれない木の実……。お貴族様の公爵様でも、そうやすやすと口にできるものじゃないのに……)


 セルフィはチョコレート味と作ったプリンの材料、カカオの希少価値を考えながらも、5つめとなるプリンをパクパクと食べ続けていた。


 時間もおかずしてミツと婦人二人が戻ってきたことに、部屋には緊張とした空気が流れ始めた。

 元の席に座る三人、エマンダからは今回の契約が成立したことがパープルへと伝えられた。

 けわしい表情を浮かべていたパープルさんから満面の笑みがこぼれ、ありがとうございますと感謝の言葉が飛んでいた。それは購入した婦人の二人に対する物なのか、それともレシピを販売した自分に向けられていたものなのかは解らなかった。


「では、ミツさん。早速厨房へと直ぐに行き、レシピを教えていただきたい!」


「は、はい……でも……」


 パープルはプリンの作り方とレシピを知りたいと、直ぐに厨房へ行こうと言葉をつなげた。

 だが、それは一人の執事が止めることに。


「お待ちくださいパープルさん」


「なんだい、ゼクスさん」


「失礼ですが、本日はミツさんはボッチャまの弓の師として、また客人としてフロールス家へと来られております。申し訳ございませんがパープルさんは後の日と改めてくださいませ」


「ゼクスさん、すまないがこちらとしては一刻も時間が欲しいんだよ。ロキア様には悪いが、弓の訓練なら私の要件の後で大丈夫だろ?」


「なりません! ボッチャまはこの日を楽しみにと、日々の訓練と勉学を頑張ってきております。要件でしたらボッチャまの弓の訓練後にどうぞ、彼をお連れください」


「はあ……。あんたも解かんない人だね。いいかい、私の要件は王族の来る前夜祭に関わることなんだよ! それを……」


「お二人とも、お客様の前ですよ。場をわきまえなさい」


 エマンダの声は言い合う二人の声とは違い、声は小さくともその場にいた皆に聞こえただろう。少し威圧的に聞こえた叱責に、はっと二人は言葉を止め、共に深々と頭を下げて謝罪の言葉をつなげた。


「はっ、申し訳ございません!」


「私としたことが、お見苦しい場をお見せいたしました」


「ふー……。皆様にはお恥ずかしい場を見られてしまいましたね。わたくしからもお詫びを申し上げます」


「私も同じ気持ちでございます」


 軽く頭を下げるパメラとエマンダの両婦人。


「いえ。お気にせず……」


「パープルさん〜。せっかくですから、これを夕食後にまた食べさせてもらえないかな?」


 ピリッとした空気を壊すように、軽い口調にセルフィが空になった6つめのプリンカップをカンカンと鳴らした。


「セルフィ……。そうですね。パープル、貴女には夕食の準備もあるでしょう。それまではミツさんはロキアの弓の訓練を見ていただきます。それに、前夜祭もまだ後数日あるので、貴女ほどの料理人ならそれまでに準備もできるでしょ?」


「はい。あたしとしたことが皆様には本当にご迷惑を……。本当に申し訳ございません……。ゼクスさん、すまないね……」


「ホッホッホッ。パープルさんの料理への情熱的な気持ち。私も解りますので、気にしておりませんよ。先程も申し上げました通り、ボッチャまの訓練後にミツさんを厨房へとお連れいたします」


「ああ。ミツさん、すまないが後に頼んだよ」


「はい、また後で」


「それでは皆様。夕食のお時間までごゆるりと、あたしはこれで失礼します」


 自身の仕事に戻るとパープルさんは契約も決まったことに、足取りも軽く厨房へと戻っていった。


 そして、直ぐにダニエル様が着替え終わったのか談話室へと入って来た。

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