第78話 エルフとの模擬戦。

 談話室へと入ってきたダニエル様に先程までの経緯を話すと、ダニエル様が高笑いと笑いだした。


「ハッハッハッ! そうかそうか。と言うことはだ、君とは一年は縁を結んだ関係になれたと言うことか。うむっ、この菓子なら前夜祭に出しても恥ともなるまい。 二人とも、良くやった!」


「ふふっ、その言葉は後でパープルに言ってあげてくださいまし。彼女の言葉が無ければ、私達もこの結果には結びつかなかったかもしれません」


 ダニエル様はエマンダ様の言葉にうむと頷き、自身の手の中にある空となったプリンカップを見始めた。


「しかし、この菓子を入れている入れ物も珍しい形だな……。これは君の品か……?」


「はい、簡単なカップとして自分が作りました」


「ほう、随分と器用と言うか……。ふむ……全て同じ形、同じ深さ、そして色艶も同じにするとは……」


 コンコン、コンコン


 ダニエル様の話の途中となるが、部屋の扉をノックする音に会話は止められ、扉の方から青年の声が聞こえてきた。


「失礼、ラルスですが、皆様がここにいると聞きました。誰かいらっしゃいますか?」


 扉をノックしたのが息子のラルスと解ると、ダニエル様は扉の方に向かって入室を許可した。


「うむ、ラルスか、入ってきなさい」


「はい」


 部屋に入ってきた青年はダニエル様と同じ茶髪の髪色、服装もシックな黒で、とても気品はあるのだが、その服装はどことなく高校学生などが着ているジャージっぽい雰囲気を出している。

 彼は今、パルスネイル国゙オーケストラ魔法学園の二年生。母のエマンダの魔力を強く引き継ぎ、剣も扱えるのだが、学園に行くことが決まった時には剣は妹に任せ、自身は魔法の道へと進むことに決めたのだ。


 青年の名はラルス。フロールス家第二婦人、エマンダの嫡男、ラルス・フロールス。


 ちなみに弟妹のミアとロキアには、父のダニエルと母のエマンダよりも溺愛している、ブラコン&シスコンの2冠持ちである。

 

「失礼……。お客人、お初にお目にかかる。俺はラルス、以後よろしく」


 先にラルスが挨拶してきたことに、慌てて自分たちも席を立ち挨拶と頭を下げた。


「これは、ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。自分の名前はミツです。ロキア君の弓の訓練として本日はこちらに訪問させていただいております。こちらこそよろしくお願いします」


 自分に続いてプルンが挨拶し、その後リック達三人も挨拶を済ませた。



「話は母上達から聞いている。ロキアを魔物の手から救ってくれたこと、先ず心から感謝する」


「あの時は運が良かったんです」


「フッ、そうか……。それとゼクスとの戦いも聞いている、君は武道大会に出るというのは本当か?」


「は、はい。一応参加はすることは決めています。自分と彼、リッケの二人で参加です」


 自分がリッケも共に大会参加を表明すると、リッケはまたラルスへと深々と頭を下げていた。


「そうか……。君、ミツだったな。ミツは剣を扱うのか? それとも魔法か? いや……ロキアに弓を教えに来たと言っていたなら、やっぱり弓で戦うのか?」


「そうですね……。取り敢えず全て使えますので、大会は対戦相手に合わせて戦おうかと」


「なにっ!?」


 自分の話を聞いたラルスは驚き、ラルスは椅子に座って話を聞いているダニエル様の方を見ると、ダニエル様だけではなく母のエマンダ様もクスクスと笑っているのが見えた。


「聞いた話だと魔法は治癒魔法も使えるとか……」


「はい、ある程度の傷なら、何度か重ねがけして治すことはできますよ」


「これはまた随分と……。父上達が嬉しそうに話す理由が解った……。では、君はリッケと言ったな」


「は、はい!」


 ラルスがリッケへ言葉をかけると、リッケはビクリと反応したように返事を返した。

 


「君は何ができる? 彼みたいに、剣と弓、若しくは魔法が使えたりするのか?」


「は、はい。僕の今のジョブはソードマンです。ですので、剣をメインとしてやらせていただいております! その前はクレリックとして、兄と妹のサポーターとして回復をやっていました!」


「リッケ、緊張でガチガチニャ……」


「ほう……君も剣と魔の両方をね……。そうだ、ロキアの弓の訓練はもう終わったのか?」


 ラルスの質問に、ロキア君は今プリンを口に入れた時だったので直ぐには返事ができなかった。代わりにと、ゼクスさんがロキア君はまた訓練へと戻る旨を伝えてくれた。


「いえ、ラルス様。今はボッチャまのご休憩中でございます」


「そうか! ならば、この後また訓練所に出向くのであろう。ミツがロキアの弓の訓練をしている間、リッケ、お前は俺と剣で一戦やろうじゃないか。今日はもう魔力を使ったのでこれ以上は使えん。時間も無駄にするのも勿体無いので、サビ落としに剣でも振ろうかと思っていたところだ」


「えっ……えっ! 僕がですか! でも、僕は最近剣を持ち始めたばかりで、そんな相手にもなりませんよ……」


「俺も日頃は魔法を扱うため、剣は既に妹のミアにも負ける程だ。お互い歳も近い分、条件もそれ程変わらんだろう」


「ラルスよ」


「はい、何でしょうか父上?」


 ラルスの無理矢理な提案に、ダニエル様がラルスの言葉に割って入ってきた。

 その表情は珍しく眉を寄せているだけに、少々おっかない。


(息子のわがままを止めるのかな?)


「ラルスよ、何をお前だけ楽しもうとしてるのだ。私達も勿論行くからな」


(うん、知ってた。だってダニエル様だもん……)


「それにな、彼の弓の腕前をもう一度拝見したくてな」


 そう言って、ダニエル様は自分を見てはニカッと笑顔を見せてくれた。

 隣に座る両婦人も笑っているので考えは同じなのだろう。


(期待に応えれるかは解らないが頑張ります)


 休憩も十分と、ラルスが談話室へと入ってきて間もないが、皆は部屋をでてまた弓の訓練のためと西の訓練所へと足を運ぶ。

 

 ダニエル様やロキア君は足取りは軽いが、約一名、お腹を抑えながら何とか皆の歩くスピードに合わせるエルフがいた。


「うっ〜。食べすぎた……」


「セルフィさん、大丈夫?」


「アハハハッ、大丈夫よ、ロキ坊。美味しいものも食べ過ぎたら駄目ね」


 セルフィ様はラルスが部屋へと入ってきて、リッケとの対戦の話をしている時もパクパクと一人黙々とプリンを食べ続けていた。結果、セルフィ様の前には空となったプリンカップ9個が置かれていた。

 うん、普通に食べ過ぎだよ。


「あら、では、そんなあなたの夕食は量を減らした方がいいかしら?」


「そんな〜。エマンダ様のいけず〜」


「ふむ、体を動かせば腹は減るぞ。おおっ! そうだ。セルフィ殿、良ければ彼と弓の勝負をしてみんか?」


「えっ? あぁ、えーっと、それは……」


 ダニエル様の突然の提案に、セルフィ様は自身の今の状態が万全でないことは解っているだけに、即答として返事を返すことができなかった。

 ロキア君に自身の格好いい姿を見せて好感を上げたいが、ヘタに力んでお腹に入れた物をリバースしたら目も当てられない。


「いや、父上。今のセルフィ殿の状態で勝負して負けたら、腹が苦しくて万全の調子ではないとか言い訳を並べそうですが」


「そうですわよ、あなた。セルフィが弓を得意とするエルフでも、体調を言い訳にされては結果を見ても面白くありませんわよ」


「そうか、それなら仕方ない……」


 セルフィ様が返答する前に、ラルスとエマンダ様の二人が勝負をしても、後に言い訳されるのがオチですとダニエル様へと言葉をつなげた。


 だが、その言葉に反応したエルフ。


「コラッ、待て待て待て! ラルス、エマンダ様! 私はそんなこずるい言い訳はしないわよ! なんですか、私はやらないなんて言ってませんよ! 解りました、やりますよ! やって勝ちますよ! ロキ坊の師となるなら、私を打ち負かす程じゃないと私は認めませんからね!」


 計画通りと、後ろを歩くセルフィ様を上手くミツと弓の勝負に持ち出したダニエル様達。

 前を歩くダニエル様とラルスはグッと親指を立てて不敵に笑っていた。


 そんな勝負が始まるとは知らずのミツは、ゼクスと会話を楽しんでいた。


「ミツさん、洞窟での鍛錬、改めてお疲れ様でございます」

「はい、ありがとうございます。でも、自分一人じゃないですよ。仲間と行ったから頑張れたのもありますね」


「ホッホッホッ。結構、ここで自身を評価する発言になるようでしたら、私から少しだけ気合を入れ直そうと思いましたが、その心配もなさそうですね。では、もう一つ。私との約束は守れましたか?」


「はい、たまに使う場面もありましたけど、何とか使わずに戦うことができましたよ。お約束どおり、威嚇スキルは洞窟では使ってません」


 洞窟に行くことが決まり、帰りの馬車内でゼクスさんに言われた言葉。

 それは戦闘時に自分の悪い癖や一つのスキルに頼りきっているところだそうだ。

 自身のスキルに頼ることは悪いことではないが、それが通用しなかった時、その一手で終わってしまうと、冒険者として直ぐに死んでしまうと厳しくも、ゼクスさんからは心配と取れる言葉を伝えられていた。

 一手、二手、三手と、戦闘には様々な攻防を身に着けとかなければ自身の為にはならない。

 アースベアー戦やゼクスさんとの模擬戦。

 どちらも威嚇スキルあっての勝利と繋がったのも確かであるし、それ以前の戦いもそうだった。

 では、それが武道大会で通用しなければ?

 ゼクスさんと同じように気を確かに持った者が相手には効かないだろう。

 ゼクスさんの考えとしては、洞窟のモンスターは自分の戦闘を見て、威嚇スキルを使わずとしても乗り切れると踏んでいたのだろう。

 ただの口約束だが、試しの洞窟ではスキルの制限をかけられていた。


「大丈夫ニャ、ミツはおじさんとの約束守ってたニャよ。ウチが見てた戦闘ではミツは一撃でモンスターを次々と倒してたニャ! 動きを止める時は弓で足とか狙ってたニャ」


「ホッホッホッ。なるほど。本当に随分と短い期間でご成長されましたね。威嚇に関してはプルンさんがそう言うのなら間違いはないですね」


「なんでプルンの言葉は信じれるんですかね……」


「ニャハハ」


「ホッホッホッ。おや? リッケ様、大丈夫でしょうか? 顔色がすぐれないように見受けられますが」


「は、はい……。だ、大丈夫です……。ただ緊張してしまって……」


 笑いながら通路を進む際、ゼクスさんがリッケの表情を見て気を使っているのかと思ったが、リッケの顔はまるで、就職試験前の緊張しすぎた大学生のように顔が真っ青だった。

 

 皆が心配するように声をかけるが、リッケの反応が悪い。

 リックもリッケの顔を覗くが、声を掛けづらいのかなにも言わないでいる。


「……」


「ラルス様との勝負なら負けても問題ございませんよ? 事実、ラルス様は剣の勝負に関してだけは、勝敗を気にするお方ではありません。ただ先程の言葉通りに自身のサビ落としにと、久しぶりに剣を振るわれるおつもりでしょうね」


「そ。それなら……」


「ねえ、リッケ……。あんた、本当に大丈夫? 顔が真っ青よ……。ラルス様と勝負する前にミツに気分治してもらったら?」


「そうですね……。ミツ君、お願いできますか?」


「うん、いいよ」


 自分は歩きながらリッケの背中に掌をあて〈コーティングベール〉を使用してリッケの気分を落ち着かせた。

 一度目を伏せたリッケが次に目を開けると先程の死んだ魚のような目もなく、いつも通りの表情に戻ってくれた。


「ふー。ミツ君、いつもすみません。ゼクス様も、先程のお言葉で僕の気持ちも楽になりました。ありがとうございました」


「いえいえ。私の様な年寄りの言葉で、リッケ様の気が晴れましたなら誠に幸いにございます」


(ふむ、ミツさんが何かのスキルを彼に使用したのでしょうか……。気持ちの揺らぎが一瞬にして消えましたね……。ホッホッホッ、本当に面白い少年ですね彼は)



 西の訓練所にて。


「では、ロキアの訓練の前に、二組の試合でも見させてもらおうか」


(んッ? 二組? リッケとあと誰が戦うのかな?)


 ここまで来るまで何も説明を受けていなかったので、自分はダニエル様の言葉の意味が解らなかった。


「旦那様、奥様方、お席はこちらに」


「ありがとう、ゼクス」


「ロキア、ラルスに声をかけておやりなさい」


「うん。お兄様頑張って!」


「ふふっ、フハハハ! 良かろう! ロキアよ、兄の活躍しかとその目で見て、永久に記憶するが良い!」


 ラルスは訓練用の木刀を高く掲げ、ロキア君へと大きくアピールしていた。

 そして、訓練場に作られた試合場に立つと、リッケを招く様にクイッと木刀を向けた。



「で、では、い、行ってきますね……」


「あらら、リッケったらまた緊張しちゃってるわよ」


「仕方ないニャ、領主様や、あこがれのおじさんの前で戦うと思うとニャ……。あのラルスって人もきっとおじさんから剣の訓練受けたことあると思うニャ。そう思うと、剣が強いのは確かニャよ?」


「さあ! 来い!」


 リッケも試合場に立ち、二人はお互いに向き合う状態となった。

 ラルスは木刀を片手で構え、先に打ってこいと言わんばかりにリッケに檄を飛ばす。

 リッケは両手に木刀を構えるが、身体の震えが木刀に伝わっているのか、小刻みに木刀の先が動いているのが解る。


 リッケの身体がジワリと動いた時、二人の勝負を止めるように訓練所に大きな声が響いた。


「お待ちください!」


「「!?」」


 その声はリックから発せられた声だった。

 リックは訓練所に置かれた槍の形に作られた模擬槍と盾を持っては二人へと近づいていく。


「ラルス様にお願いがございます! どうか弟との戦闘の前に俺と一戦お願いしたい!」


「「!?」」


「リック!?」


「ニャッ!? リック、どうしたニャ?」


「リック……」


 突然の申し出に、ラルスは目の前で片膝を着くリックに、何故いきなりこのような真似をしたのかを声をかける。


「……お前の名は確かリックと言ったな。俺とお前の弟が戦うことが不満か?」


「いえ、けして不満ではございません! ですが、弟はまだ剣には不慣れです。俺は槍となりますが、ラルス様の不興を買うような戦いはしないと思います。どうか、リッケとではなく、俺と勝負をしてください!」


 膝をついたまま、リックは顔を上げ、ラルスの目を見ては自身との勝負を懇願し始めた。


「……俺はお前の弟が武道大会に出ると聞いたから軽く手合わせとして選んだまで。お前は武道大会に出ぬのであろう? なら、俺の前に立つというのなら俺は本気でお前と勝負をするぞ?」


「構いません」


「リック! そんな、なんでリックが出るんですか?」 


「……フンッ。ただ単に貴族様って奴と戦ってみたいだけだ。べ、別にお前のためなんかじゃねえからな!」


 リック、男のツンデレは誰得よ?。


「リック……。では、せめて僕からは支援を……」


 リッケがいつもリックに支援をかける時と同じように、リックの背中に掌をあて支援をかけようとすると、リックは強く声をかけてはリッケの手を止めた。


「いらねえ! これは俺とラルス様の勝負だ。外野が口出しすんじゃねえ」


「リック……すみません……」


 ラルスは目の前の二人の会話を邪魔をすることなく聞いていると、とつぜん高笑いと二人の視線を自身へと向けた。


「ふふっ……フハハハハハ! 良かろう! リッケ、お前は下がれ! リック、お前の気持ちは同じ弟を持つ俺なら解るぞ! お前の意気込み、俺は気に入った! お前の全てを俺にぶつけて来い!」


「ラルス様が本気となるなら、俺も遠慮なく本気で行きます!」


 リッケが試合場から降りると同時に、ラルスの木刀がリックの持つ盾へと強く当たり、二人の勝負が始まった。


 それを見ていたダニエル様達は、また嬉しそうに二人の勝負を観戦をしている。


「うむ、二人の兄が弟のために、また家族のために己ノ剣を振るう。素晴らしいではないか!」


「旦那様、用意ができました」


「お、そうか。ミツ君、こっちに来てくれんか」


 二人の勝負を観戦している自分を、ダニエル様が手招きして呼んでいる。

 その顔は何かイタズラを企んでいる子供のようにニコニコと笑っていた。


「はい? ダニエル様、どうされました?」


「ふむ、突然ですまんが、君にはセルフィ殿との弓の勝負をして欲しい」


「えっ? セルフィ様とですか?」


 ダニエル様の突然の言葉に、ロキア君へと後ろから抱きついているセルフィ様の方へと視線を向けた。


「ガルルルッ」


「わっ! な、なんでそんな敵対心むき出しに威嚇してるんですか」


「ハッハッハッ! 君がロキアの師に最適なのかを、セルフィ殿が判断してくれるそうだ。無論私達は君の弓の腕前は知っているから、負けるとは思ってもいないのだがね。あー……あれだ。少しだけ、セルフィ殿の戦闘気力に火をつけてしまったのかもしれん……」


「原因はダニエル様ってことですか……」


「むっ、そ、それは流れとしてな。まっ、小さいことだ、気にするな。ちなみにな、あの様子ならセルフィ殿は最初から本気を出すと思う。君も気合を入れんとな」


「はあ……。ゼクスさんの次はセルフィ様との勝負ですか……」


「ガルルルッ」


(まだ威嚇してる……。狂犬みたいな人だな……)


 セルフィ様の今の姿は、自身のご飯を取られまいと、近づく者へ威嚇する動物の姿そのままだった。

 

 ラルスの持つ木刀が何度もリックへと斬り込んだり、突き、そして払いと、様々な攻撃を仕掛けるが、リックはそれを全て持つ盾で受け流していた。


「フハハハ! リック、貴様中々やるではないか!」


「ラルス様も、本当にあなたは魔術士なんですか!?」


「無論! 魔力があれば披露しても良いが、今は剣のみで貴様と対話しようではないか! はっ!」


「随分と鋭い対話ですね! おりゃ! ですが、こう言った対話なら、リッケよりも俺のほうが得意でしてね! すみませんが、俺は手加減なんて器用な真似ができませんから、後で不敬罪なんて言わないで下さいよ!」


「無論! そんな愚かな発言はする気もないわ!」


「おりゃ!」


「せいっ!」


 リックの槍がラルスへと突きつけられるが、ラルスは少しだけ槍の軌道を変えては直ぐにリックの懐へと踏み込みカウンターを狙って攻撃。だが、リックも空かさず盾を前に突き出し、ラルスの攻撃と本人もろとも後方へ突き返す力を見せた。

 ラルスは得意ではない剣術で攻撃を繰り返し、リックは使い慣れていない槍と盾で攻撃を防いでいる。

 二人の戦いはうまい具合に良き戦いを見せていた。



「さてさて。少年君、私はとっても優しいから、ラルスみたいに互いの体を的にして、弓を撃ち合うなんてしないわよ」


「そ、それはこちらとしても助かります」


「勝負はあれよ。的となる板の中心に、渡された数の分矢を当てれた方の勝ち。ねっ、簡単でしょ?」


「なるほど。ほんと簡単ですね」


 セルフィ様が指を指す方を見ると、準備されたのか、弓用の的が作られていた。

 そして矢筒に入れられた羽根が染められた2種類の矢。赤の羽根の方を自分に渡され、青い羽根がついた方はセルフィ様が持つことに。


 説明を受けていると、後ろからエマンダ様が不敵に笑い、物言いたげに、セルフィ様の先程の説明を聞いていたようだ。

 パメラ様はそれとは逆に、少し頭を抱えている。 


「ふふっ、随分と砂糖のように甘いルールですね」


「はぁ……。セルフィ、そのルールはそれだけかしら」


「やだ〜。パメラ様ったら〜。そんな訳ないじゃないですか」


「えっ!? ほ、他にあるんですか?」


「ミツさん、セルフィは的の中心に決められた数の矢を当てれた方を勝者と言いましたね。つまりはミツさんが弓を引くとき、放った時、セルフィから何らかの妨害が来ますよ……」


「はっ!?」


「も〜う。パメラ様ったら、ネタバラししちゃ面白くないじゃないですか」


「セルフィ、勝負と言うのは、ルールの全てを互いに把握してるこそ勝負と言えるんです」


「質問しなかった少年君が悪いんです〜」


 セルフィ様は片足で立ち、もう片方の足を曲げては自身の頬に指を当て、エヘッとウインクをしながらパメラ様へと言葉を返した。

 全く詫びる気もないセルフィ様の態度に、パメラ様からはまたゴゴゴっと背後に文字が見えてくる感じに怒りを湧き出させていた。


「セ〜ル〜フィ〜! 悪ふざけを繰り返すのなら、貴女はロキアに弓を教えること以前に、ロキアに今後近づくことを母として私が禁止してもよろしいのですよ!」


「ふぁ〜ん! それは絶対に嫌ー! ロキ坊は私の生きがいなの〜! こんな純粋なエルフから生きる望みを奪わないでよ!」


 パメラ様の突然の提案に、先程までのふざけた顔は何処へやら。セルフィ様はそれは嫌と、パメラ様の服を引っ張る感じに泣き崩れてしまった。


「ちょっ、セルフィ、止めなさい! 服を引っ張らない、肌が見えてしまうでしょ。はあ。……なら、妨害なし、互いに一本づつ打ち合う勝負でいいですね。どちらかの矢が外れた時点で終わりとします」


「は〜。つまんない勝負。ただの打ち合いになっちゃったわ」


「あら、それは残念ですわね……。では、ロキアにセルフィと最後の挨拶をさせなくては……」


「さぁ、始めるわよ! 勝負よ、少年君!」


 少しも反省した気もないのか、セルフィ様の態度にパメラ様は踵を返してロキア君を呼ぶ素振りを見せたが、セルフィ様の変わりように呆れた声にも似た返事しかできなかった。


「は、はい……」


(セルフィ様を見てると、エルフのイメージが崩壊していくな……。ゼクスさんは孫を溺愛するお爺ちゃんタイプとしたら、セルフィ様は……なんだろう……。ゼクスさんとはまた違う愛情をロキア君に向けている気がする……)


「ミツさん、少しよろしいですか」


「んっ? なんですか、エマンダ様?」


「お耳を」


「は、はい……」


(メ、メロン……)


 身長が自分より高いエマンダ様が耳打ちを取ろうとすると、前かがみとなり、エマンダ様の溢れる胸に少しだけ、そう、ほんの少しだけ視線が行ってしまうのは仕方ないことだ。


「彼女の弓の腕前は、国の上位に入るほどの名手です。何時間打ち合い続けても勝負はつかないでしょうね。もし勝算があるとしたら、セルフィの心を乱すことですよ」


「わ、解りました。やってみます」


「ふふっ。その前にミツさんの心が乱れてないことを祈りますわ」


 エマンダ様は自身の胸の服をクイッと上げる素振りを見せては、ニコリと自分に笑顔でこちらを見てくる。

 

「はっ、ううっ、すみません……」


 自分の言葉が聞こえたのか、またニコリと笑みを見せるエマンダ様。

 パメラ様の横に戻ると、エマンダ様だけに聞こえるようにと声をかけるパメラ様。


「エマンダ、相変わらず、貴女は気に入った者には意地悪ですね……」


「あら、パメラったら。娘の夫になる可能性のある人ですからね。これがわたくしからの勉強ですわよ」


「まあ……以前の言葉、貴女は本気でしたの?」


「ふふっ、勿論」


(はぁ、めっちゃ恥ずかしいわ……。いやいや、気を落ち着かせて、セルフィ様の気を乱すことが勝算なんだから……。……どうしよう)


 二人の会話を聞きそびれるほどに、今の自分はエマンダ様のメロン、ではなく、笑みが頭から離れなかった。


「じゃ、私から行くわよ」


「えっ? あ、はっ、はい。どうぞ、自分は後でも構いませんので」


「フフン……。少年君、その余裕、直ぐに消してあげるわ」


「……」


「……」


「……!」


 セルフィ様は弓を構え、弓の弦を静かに引いた。

 それはまるで弦自体がセルフィ様の指にくっついている様に、弓には抵抗する動きを見せないほどに美しい引き方だった。

 先程までのおちゃらけた表情はどこに捨てたのか。

 今のセルフィ様には、近くでラルスとリックの模擬刀を叩き合う音すら聞こえてはいないだろう。

 セルフィ様の予想外な姿に見惚れしていると、ふわりとセルフィ様の長い髪が風になびいたのか、顔を隠したと思ったその時。

 的の方からスターンっと我を返す様な音に驚き、自分はそちらへと振り向いた。


「うむ。見事に中心を射抜いておるな」


 ダニエル様の言葉に、えっと思いながら的の方を見ると、セルフィ様の放った矢は的の中心に当たっていた。

 自分は先程、セルフィ様のふわりとなびいた髪は、矢を放したときに舞い上がった物だと数秒遅れて理解できた。

 

「どうどう! ロキ坊! 私格好いいでしょ!」


「うん! セルフィさん凄いよ!」


「えへへ。このままロキ坊の心も射抜いちゃうぞ〜」


 セルフィ様はロキア君の方に向かって、弓を構えてはビョンビョンっと矢を構えずに弦を何度も引き、キャッキャッと二人は遊びだしてしまった。


「……。」


「さっ、次はミツさんの番ですよ。セルフィは気にせず、あなたのいつも通り、弓の弦を引けばいいのですからね」


「は、はい……」


「あらら〜? 少年君、もしかして私がここまで弓が上手いとは思っていなかったかな〜」 


「い、いえ。なんと言うかその……。弓を引く時のセルフィ様は綺麗だなと、つい見惚れちゃいました」 


「ムフフフ、あら〜。そんな本当の事言わなくても〜。でもごめんね。私の心は既にロキ坊の中にあるの。私に惚れても振るわよ」


「は、はあ……」


 次は自分の番と、セルフィ様の立っていた場所に立つ。訓練所に置かれている弓ではサイズが少し大きいので、自分はアイテムボックスから自身の弓を取り出し弓を構える。


「ふー……。んっ?」


 気持ちを取り直し、自身の足場をならしていると、ふっと何やら見られている視線とは別の物を感じ、エマンダ様の方を見てみると、それはそれはニコニコと笑顔にこちらを見ていた。

 多分、一手めから仕掛けろと言っているのだろう……。


「いいのかな……」


 自分の視線がセルフィ様と狙う的をいったり来たりと交互に見た後に、またエマンダ様を見るとコクリと小さく頷くのが解った。


「……はい。では、本気で行かせていただきますね」


「あらら、本気で来てくれるの? フフフッ。じゃ、少年君のその小さな身体に備わってる力は、どんなものか見せてもらおうかしら」


(……ち、小さい。小さいですか、そうですか……)


(おやおや……。セルフィ様の言葉にああも簡単に心を乱すとは……。彼は精神面の方では洞窟ではあまり成長できなかったようですね。ホッホッホッ、それも若さの現れでしょうか)


 セルフィ様の些細な一言に自分は少しだけ、そう、ほんの少しだけ自身に支援をかけて、命中度、威力、精密さを限界まであげた。

 あまりやりすぎて弓が壊れては目も当てられないので、この辺の力のセーブは難しいところだ。

 本気でやると約束したな。あれは嘘だ。

 なんせ、本気を出すならバルバラ様から貰ったスキルの〈ブーストファイト〉等をを使って、やっと自分の今の本気だと言える状態だからだ。


 ゼクスさんは自分の弓を構え、支援を使ったこと、またその効果で雰囲気が変わったことに気づいたのだろう。なにかあれば直ぐに動けるようにと、ほんの一歩だけ、自身を主人であるダニエル様達の壁となる位置へと移動していた。


 セルフィ様のような弓を引く美しさは自分は持ち合わせてはいないが、力技なら得意なところだ。

 弓の弦を引いたまま自分は集中した。

 それはもう、周りの人が視線から消えるほどに的だけに集中してたのだろう。


 そして、自分から異様な雰囲気を感じたのか。

 その場にいる皆が息を呑み、言葉を止めた。


「……!!(カッ)」


 全てを一本の矢につぎ込み、矢を放つ。

 自分が矢を放つ時には、セルフィ様もおちゃらけた雰囲気は既に無くなっていた。


 バンッ! 


「……え、な、何」


「わー! お兄ちゃん凄い! セルフィさんの当てた矢が無くなっちゃった!」


 自分の放った矢は的へと一直線に進み、先に的の中心に当てていたセルフィ様の矢を粉砕。そして、矢の一本を粉砕する程の威力を保った矢は、そのまま的までも粉砕してしまった。

 だが、それでも矢の勢いは弱まることはなく、訓練所の壁を大きく破損させる結果となった。


 自分はゆっくりとセルフィ様の方を見ては、ニコリと笑顔を作り一言。


「はい、こんなもんです」


 突然の爆音に近い音に、勝負をしていたラルスとリックもその手を止めるほどに驚きこちらを見ていた。

 いや、二人だけではなく、勿論プルン達三人や訓練所内にいる私兵さんも含めて全ての人の動きが止まっていた。


 ダニエル様達は目を大きく見開き、吹き飛んで壊れた的と後ろの壁を見ては驚きに声も出せないようだ。

 エマンダ様は自分の方を見ると、予想以上の結果に喜んでいるのか、コクリとまた笑顔のまま頷いてくれている。


「くっくくく。フハハハハハハ! 面白い! 流石私が気に入ったことはある! ゼクス! 次だ、急いで次の的の用意を!」


「はっ! 的の後ろにも補強をいたします。皆さん、直ぐに準備をしますよ」


「「「は、はい!」」」


 ダニエル様の高笑いが訓練所に響き、無くなってしまった的を戻すためとゼクスさんに指示をとばしていた。

 私兵さんに修繕と補強の指示を促し、共にゼクスさんは的を修繕をしはじめた。



「な、何があった……?」


「ラルス様、恐らくですが、ミツがまたやっちまったんですよ。ところでどうします、勝負の続きは?」


「またとは何だ……。うむ……。一度待て。気になっては勝負には集中できん」


「ですよね。俺も同じです」


「だが、また後でやるからな」


「ええ。次も本気で行かせていただきますよ」


「フハハハ。もとより俺もそのつもりだ」


 ラルスとリックは他が気になっては本気が出せないと理由をつけては、訓練場に武器を置いてから降りて来た。

 二人は軽い治療を受けては、ダニエル様達のいる場所に移動し、セルフィ様と自分の試合を観戦することになった。


 修繕などが慣れているのか、私兵さんたちは散らばった瓦礫をすぐに片付けて、直ぐに新しい的の設置もおわってしまった。

 ちなみに破損してしまった後方の壁だが、応急処置としてこれ以上の後方の損害を出さないようにと、エマンダ様が土壁の〈アースウォール〉を出す形となった。

 土壁を出し、こちらに戻ってきたエマンダ様に声をかける。


「エマンダ様、お手数をおかけします。ですが、本当に良かったんですか?」


「ふふっ……。ミツさん、結構、予想以上の成果ですわ。彼女を見てご覧なさい……。今のセルフィには初手の余裕はもう消えてますわ」


「……」


「セルフィ様……。あの、先程から目を瞑ったまま動きませんけど、集中されてるんですかね?」


 セルフィ様は弓を射る立ち位置にたったまま、目を閉じてはピクリとも動いてはいない。


「あれは集中を乱したときに見られるセルフィの癖ですわ。あれがこんなにも早く見ることになるとは……。ミツさん、この機会を逃さず、次も継続してセルフィの心を乱すことが大切ですわ。彼女は次も的の真ん中に当ててきますよ」


「解りました。では、次は壁を壊すような真似はしないように、別の方法でやってみますね」


「ふふっ、ダニエルも日々の激務に疲れた身体には、ミツさんは丁度いいスパイスですわね。あなたは遠慮などせず、自由にしてかまいませんよ」


「はい、解りました」


「いつの間にか、エマンダがミツさんへアドバイスを入れてましたのね」


「ハッハッハッ。構わん、ならばこっちもセルフィ殿の気合いの入ることを入れるまで。ロキア、セルフィ殿を応援しなさい」


「うん! セルフィさん頑張って!」


「……(ニコッ)」


 セルフィ様はロキア君へと笑顔を向けた後、弓を引き、またスッと矢が吸い込まれるように的の中心へと命中した。その後2手、3手と交互に撃ち合っては互いに的の中心に当てるため、やはりエマンダ様の言ったとおりこのままでは何時間撃ち合おうが結果は出ないかもしれない。

 セルフィ様の4手目の矢が撃ち終わった後、自分は行動を取った。

 

「……!?」


「あらあら。随分と大胆な挑発ですね」


 先程と同じように弓を射る場所に立っては、一度弓を構える。だが、構えた弓を自分はまた下ろした。

 自分はセルフィ様の方を見ては、ニコリと笑みだけを送り、一歩、二歩と、後ろへ下がっていく。

 5〜6m程進んでは止まり、その場で的へと弓を構えた。


(十歩程度じゃそれ程たいして変わらないかな? まぁ、地味な精神攻撃ならこんな感じでもいいと思うけど)


「……」

 

 セルフィ様の顔が先程よりも少しだけ険しい表情に見える。

 些細ではあるが効果はあったのだろうと思い、自分は矢を放ち、的の中心へと命中させる。

 


「次、どうぞ」


「……なかなかやるじゃない。甘く見てたのは私の方だったみたいね……。でもね……。この程度じゃ私の心は揺らがないわよ」


 セルフィ様も挑発返しと言わんばかりに、自分が矢を放った場所から更に後方へと移動した。

 セルフィ様はやっと足を止め、躊躇うこともなくその場から矢を的へと当てることができていた。

 少しだけ自分も内心楽しんでしまっていたのか、セルフィ様のまた後ろから撃つと、後は互いにこれの繰り返しとなってしまい、最初は30メートル程の的までの距離も、今では洋弓などで競うほどの70メートルは軽々と超え、的の距離は200メートルの距離になってしまっていた。


「随分と離れましたね。もうあの距離は弓の射程限界ではないですか?」


「うむ……。だが、それでも互いに的を外すことなく射抜く技量……。セルフィ殿も彼もここまでやるとは……」


「ですが、セルフィの集中もそろそろ限界ですわね」


 パメラ様の言葉通り、セルフィ様は集中力が切れているのだろう。矢を放つ時間が長くなり、今は弓の弦を引こうともしていない。


(クッ……。もうこれ以上離れちゃ、私の撃つ矢じゃ届かなくなるわね……。仕方ないわ……。あー、ロキ坊に良いところ見せるつもりだったのに! 少年君、ロキ坊に嫌われたら怨むわよ……)


「ふー。参ったわ」


 そう一言呟くと、セルフィ様はダニエル様たちの居る方へと歩き出した。


「えっ?」


「もう十分よ。君の腕前は認めるわ……。癪だけどね」


「セルフィ様……。ありがとうございました」


 自分から背を向けて歩き進めるセルフィ様に頭を下げ礼を伝えると、ダニエル様は椅子からグッと立ち上がり、拍手と共に二人に労いの言葉を飛ばしてくれた。


「うむ! 二人とも、見事な腕前しかと拝見させてもらった」


「まことに。ミツさんにはロキアだけではなく、フロールス家の弓兵のご指導もお願いしたくなりましたわ」


「セルフィさんも、お兄ちゃんも凄かったよ!」


「うっ……ロキ坊〜」


 自分とセルフィ様の勝負を無邪気に楽しんでいただけのロキア君の言葉に、涙腺が崩壊したのか、ロキア君に抱きついては泣き出すセルフィ様。

 何か前も同じような場面を見た記憶があるが、まぁ……、気にしないでおこう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る