第76話 セルフィとの出会い。

 フロールス家の屋敷に向かう道中。

 貴族街にて偶然にも領主のダニエル様と遭遇した。

 馬車の中には仲間たち全員は乗ることはできないので、ゼクスさんが機転を利かせ、臨時の馬車を用意してくれた。領主の人望もあったのか、お願いされた貴族の家は、ゼクスさんの言葉にはどうぞどうぞの気持ちで馬車を御者付きで貸してくれる。


 ダニエル様とゼクスさんは二人で馬車に乗り。

 自分達五人は借りた馬車に乗り込み、後を走る。


「……」


「んっ? どうしたのリッコ」


「……はぁ、失敗しちゃったな……」


「何がニャ?」


「もしかして……。ダニエル様への挨拶のこと?」


「うっ……。そ、それもあるけど……。後々考えたら、私ゼクス様にちゃんと挨拶もろくにできてなかったと思って……。はぁ……。ゼクス様は私が魔術士だったことや見た目で冒険者って解ってくれたみたいだけど……はぁ~……」


「なんニャ、そんなことは後々言えばいいニャ。その方がリッコもおじさんと話せていいニャよ」


「そ、それは嬉しいけど……。やっぱり人ってさ、最初が肝心って言うじゃない」


「それ言ったら、リッコは完全にずっこけちまったな」


「ううっ……」


 確かに、初対面の印象は科学的に証明され、3~5秒で決まると聞いたことがある。

 初対面の挨拶もろくに出来ない人は仕事もできないと、または人付き合いもできないと強いイメージが付いてしまうそうだ。


「まあまあ。見てた感じ、あの二人からの三人への印象は悪くないと思うよ。さっきも言ってたけど、ダニエル様も三人の話を聞きたいって言ってたよね。それってさ、ある意味三人を受け入れてるってことじゃないかな? もしリッコが失敗したと思うなら……そうだね。先ずは、ゼクスさんの目を見て話そうか。人に話しかけるとき、話を聞くときは相手の言葉だけじゃなく、視線も受けると良いんだよ」


「お、おう。そうだな。リッコ、うじうじしてたらそっちの方が印象悪くなるぞ。失敗したと思うなら後々気をつければいい」


「そうですよ。リッコは魔法も最初の戦闘も失敗から始まりましたけど、失敗の後はちゃんと成功に繋げてるじゃないですか」


「うん。皆ありがとう……。でも、リッケの言葉って、慰めてるのか解らないわね……」


「そんなリッコ、僕は……」


「ニャハハハ」


「あっははは」


 リック達の緊張、それとリッコの落ち込んでいた気持ちが皆の笑い声と共に抜けていく。

 それは前を走る馬車からも解ったのだろう、武道大会の前夜祭、それの打ち合わせの話をしていたダニエル様とゼクスさん。

 後ろの馬車から聞こえてくる若者の笑い声に、無意識と二人は頬が緩んでしまっていた。


「やれやれ、若いですな」


「フッ、たまには笑い声の中話し合うのも良いじゃないか。最近では行く道中はこんな感じに気も休む暇もないしな……。仕方ないとは言え、今回は第三王子だけではなく巫女様も謁見に来られる。人のことは言えんがな、ゼクス、休めるうちにお前も休んでおけよ……。あっ、後王子達の滞在中の警護はもう人員は大丈夫か?」


「お心遣い誠にありがとうございます。はい、警備は例年通り通常の5倍は強化しておりますので、問題なく済ませることができるかと。また、王国からの王子と巫女様を守るためにと、王国騎士団も来ていただけると連絡が来ておりますので、宿泊を予定しております屋敷内の警護も万全かと……。ただ、今回に限っては参加人数が去年の倍近くと、やはり予想通りに増えてきております。準備期間中は冒険者ギルドの依頼は基本警護に集中して募集をかけて頂いておりますので、街周囲と会場周囲、こちらはネーザン様もご理解の上で冒険者を回してくれております」


「ふむ……。毎回のことながら、冒険者ギルドからも多数の人員を回してもらったりと、ネーザン殿には頭が上がらんな……」


「左様で……。エンリ様も警護依頼は随時募集を掛けていただけていたようです」


「はぁ~。王子だけでも気が重いと言うのに。何で来ちゃうかな巫女様」


「ホッホッホッ。これも天命でしょうね。偶然ですが今回ばかりは、彼が来たことも天命かと私は思っております」


 彼と言いつつ、ゼクスさんはダニエル様ではなく、後の馬車に乗る少年に視線を送っていた。

 


「天命か……。それに関しては俺もそう思う……。そうだ! ゼクス、また彼と1戦やらんか!? 前夜祭でのお披露目として王子も喜ぶと思うがな」


「ホッホッホッ、旦那様、お戯れを。私の心内では彼とは決勝を予定しております。ですので、他で手合わせをしてしまっては大会での楽しみも半減いたしますぞ」



「むっ。それはいかんな。エマンダ達も楽しみが減ってはつまらんだろう」


「左様でございますな」



 フロールス家に到着し、馬車から降りると、目の前に広がる庭園と自身の家の何十倍物の屋敷を見て、リック達三人は口をポカーンっと開けたまま固まっていた。

 少し離れた場所から、馬車の小窓から屋敷は見えていたのだが、近づくにしてリック達の口数が少しづつ減っていたのだ。


「で、でけえ……。これが家かよ……」


「貴族街の家々より何倍もありますよ……」


「流石領主様ね……」


「ニャ~。ウチはまだここに来るのは二回目ニャけど、三人の気持ちは解るニャ」


 ダニエルの馬車が屋敷の敷地内に入ると、ぞろぞろと屋敷の中から数人のメイドと執事服を着こなした従者が列を作り、主人であるダニエル様を出迎えていた。


「「「「お帰りなさいませ、旦那様」」」」


 ダニエルはうむと返事をした後、キョロキョロとあたりを見渡していた。どうしたのかと聞いてみると、家族の迎えが誰もいないことに不思議に思っていたそうだ。


「何だ、今日は誰も迎えがおらんな」


「ですな。これ、パメラ婦人とエマンダ婦人、ラルス様にロキアボッチャまは何処に行かれたのだ?」


 何時もならパメラ様かエマンダ様、どちらかの婦人が出迎えに出てくれるのだが、今回は息子のラルスとロキア君の姿すら見えないことに不思議に思った二人。


 声をかけられたメイドが一歩前にでて、頭を一度下げた後に説明し始めた。


「はい。只今エマンダ様とラルス様は共に東の魔法訓練所に行かれております。セルフィ様と共にロキア様は、西の剣士訓練所に弓の訓練中でございます。パメラ様はセルフィ様の監視……。ではなく、ロキア様のお付き添いに行かれております。」


「ふむ、ラルスは今日もエマンダと魔法の訓練か。うむ。良いことだ! 自身の成長は自身の行動で変わるからな!」


「誠にそのとおりでございます。ではミツさんは此方へ。早速ですがボッチャまに是非とも弓のご指導をお願いします」


「えっ? でもさっきセルフィさんでしたっけ? 弓の先生がついて教えてるのでは?」


「……。ふっ~。セルフィ殿か……」


 セルフィと名前を聞くとダニエル様が目を細くしてため息と彼女の名をこぼす。


「全く困った方です……。また勝手な判断でしょうな……。パメラ様が側にいるので暴走はしませんでしょうが……。構いません。さっ、どうぞ、皆様も此方へ」


「は、はい……」



∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵



 ゼクスに案内され、西の訓練所へと移動。

 そこはフロールス家の私兵が日々の訓練に使用している場所である。

 そこでは少年に弓を指導している髪の長い女性がいた。

 少年の名はロキア。彼はフロールス家次男、第一婦人パメラの息子、ロキア・フロールス。

 隣にいるのはセルフィ・リィリィー・カルテット。

 彼女は冒険者ギルドにいるエンリエッタとは違い、ハーフエルフでは無く純のエルフ。森と共に生き、森と共に朽ちていく定めの者である。

 えっ? なら何故彼女が森じゃなくここに居るかと?

 彼女はエルフの中でも珍しい性格を持っているとしか言えない……。彼女の性格やこれまでのフロールス家の関係を伝えると、それはそれは長くなってしまうので断面的に今後伝えることとする。


 少年は自身の大きさに合わせた弓を構え、その小さな腕に力を込めて精一杯と弦を引く。


「うっ~! ていっ!」


 ロキアの放った矢はヒョロヒョロと空を飛び、的の数メートル手前でポトリと落ちた。


「惜しいよ! ロキ坊、もう的まであと少しだよ! 頑張りな!」


「うん! セルフィさん、僕頑張る!」


 両手に握り拳を作って応援するセルフィ様。

 だが、もう少しと言うが、10メートル程離れた的まで矢は8メートルは届いてはいない。

 ポジティブな性格なのか、ロキア君はセルフィ様の言葉にニコッと満面の笑みで応えた。


(ムッハー。やばい、何この子! 天使!? 私を天国に迎えに来たエンジェルなの? 無垢な果実が目の前に……。ああもぅ……ハァ……ハァ……た、たまらないわ……

。良いよね? ここでちょこーっとギュッとしても、それは神様の贈り物なんだよね。うっへへへ、あと数年なんて私にとっては直ぐだけど、果実は新鮮が一番、ぐっへへへ)


「んっ? セルフィさんどうしたの?」


「!? な、何でもないのよ! ロキ坊、さっ、弓は真っ直ぐ的に向けて。的だけを見るのよ」


「うん!」


 脳内妄想に気が緩んだか、口から少しヨダレがたれるセルフィ様。彼女は別にショタコンと言う訳ではないが、何故かロキア君に対しては過剰な愛情が周囲には呆れられるほど強い。


(むっきゃー! 可愛い! 可愛過ぎなんですけど! 何この子! はぁ~。くんかくんか、くんかくんか。ロキ坊の匂い、甘いお菓子みたいな匂い。 はっ! つまりロキ坊は私へのおやつなのね!)


「ロキ坊……」


「んっ? セルフィさん、そんなに抱きつかれたら、矢が的に当てれないよ?」


「いいのよ。ロキ坊は既に私のハートを撃ち抜いてるから、もう良いの……。さっ、目をつむって。私を信じて」


 見つめ合う二人。ゆっくりと近づく二人の顔。

 女となった彼女は少年しか見ておらず。

 少年はそんな彼女の後ろに立つ人影に視線が行く。


「セ~ル~フィ~!」


 ロキア君を引き寄せるセルフィ様の腕に、白の手袋をした女性の腕がガッチリと掴んでくる。

 そして、スパーンっとまるでスリッパで叩いたような音が訓練所に軽く響き渡った。

 

「いっ、痛っーい! パメラ様、暴力なんて酷いですよ~。ロキ坊との愛を邪魔しないで下さいよ、もう」


「何が、もう、ですか! セルフィ、ロキアの弓の訓練をしてくれるのは感謝します。ですが、ロキアはまだ子供ですよ。まだそう言ったことは教えなくて大丈夫です」


「も~。パメラ婦人はお堅いですね~。ロキ坊も貴族の男ですよ~。そう言ったことは早いことに問題は……」


「問題です!」


「ちぇ~」


 セルフィ様は反省してるのか解らない態度で、口を突き出し3の字にしてパメラ様から視線を外している。

 思わず持っていた扇でセルフィ様にツッコミを入れてしまったパメラ様。

 貴族の貴婦人である彼女もセルフィ様の立場を知っていても、今までの交流関係が影響しているのか、彼女相手になるとどうしても手加減なしになってしまう。

 ロキア君と同じ金色の髪をなびかせ、慈母の優しさと美しさにダニエル様の心を射止め、妻となった女性。

 彼女の名はパメラ。彼女はフロールス家第一婦人、パメラ・フロールス。


「セルフィさん、大丈夫?」


「あはは、大丈夫よ~。ロキ坊は優しいよね~。ますます好きになっちゃったわ、ふふふ」


「はぁ~。あなたって人は」


「残念でした~。私はエルフです~。人じゃありません~」


「……」


 セルフィ様が茶化した返事をするたびに、パメラ様の背後にはゴゴゴっと効果音を文字にしたような怒りが見えていた。


 パメラ様のお怒りの言葉が出る前に、セルフィ様はすっと立ち上がり、身を正した後に入り口の方に視線を向ける。


「随分と楽しそうにしてるではないか、セルフィ殿」


「これはこれはダニエル様。日々の激務お疲れ様です」


「あなた。お帰りなさいませ。お出迎えできずに申し訳ございません」


「おとうさん。じ~や。おかえり!」


「うむ、いや。セルフィ殿が居るのだ。客人をほっとく訳にもいくまい」


「はっ。ありがとうございますボッチャま。ボッチャまも弓の訓練お疲れ様でございます」


「ロキアよ、セルフィ殿に迷惑はかけておらぬな?」


「はい!」


「も~。ダニエル様ったら。迷惑なんてとんでもない。ロキ坊が望むなら弓の訓練だけとは言わず、勉学だって私は師となりますよ。むしろ妻にでもなりましょうか? そうすれば迷惑なんて思いませんし皆家族でハッピーになっちゃいますよ」


「ハッハッハッ。セルフィ殿は相変わらず器がでかい! 冗談が上手いな!」


「オホホホホッ」


「はぁ……。」


 セルフィのさり気ない言葉もダニエル様は解っていないのか、頭を抱える妻のパメラの気持ちも知らずと、二人は高笑い。


「そうだ。ロキアよ、約束通り彼が来てくれたぞ」


「?」


「あら。帰ってこられたんですね」


「うむ。ゼクス、呼んできなさい」


「はっ。只今」


 ゾロゾロと訓練所に入ってはロキア君の弓の邪魔になるかと思い、自分達は訓練所の待合室で待機していた。

 時間もおかずにゼクスさんが皆様もご一緒に入って来て下さいと言葉があったので、ロキア君へと会いに行く。


「やぁ。ロキア君。頑張ってるかい」


「あっ! お兄ちゃん! プルンお姉ちゃん」


 自分とプルンの姿を見たロキア君は、嬉しそうにテコテコと小走りに近づいてきてくれた。


「これ、ロキア、走ると危ないですよ」


「ぼ、ボッチャま、お気をつけください……」


 母のパメラ様の注意の言葉と、ゼクスさんの心配する言葉が少し遅かったか、ロキア君の足が縺れてしまい、地面へと転けそうになってしまった。


「あっ!」


「ニャ!」


「ボッチャま!」


 一番近いゼクスさんが飛び出すが、ロキア君には数歩届かない距離。


「ううっ!」


 地面に顔をぶつけてしまうと思い、ビクリと目を強く閉じるロキア君。

 だが、ロキア君の顔には痛みが走ることはなかった。


「ふー、危ない危ない。また転けたら怪我しちゃうところだったね」


「お、お兄ちゃん……」


「なっ……。」


「「「!?」」」


 駆け寄るロキア君の転けそうな姿を見た瞬間〈時間停止〉で時を止め、直ぐにロキア君に近づき、抱き寄せてスキルを解除した。

 ロキア君は何が起こったのか解らず驚いていたが、自分が助けたと直ぐに理解してくれたのだろう。

 ニコッと笑顔になり、ありがとうとお礼を言ってくる。


 目の前で見ていたのに皆は解らなかった。

 ロキア君が転んでしまうと思ったその時、瞬きする間とそこには少年の姿。そしてその腕にはロキア君を抱えている。

 少年の位置は訓練所の入り口、つまりはゼクスさんとロキア君よりもまだ距離は数倍はあった。

 それを一瞬。瞬きもする前に少年はその距離を埋めていたのだ。

 唖然と言葉を失う一同。

 それでも先ずはロキア君を助けてもらったことにと、礼をとゼクスさんが声をかけてきた。


「……。ミツさん、ボッチャまを助けていただき、誠にありがとうございます。ミツさんはボッチャまの命の恩人ですな」


「ははっ。いやゼクスさん、相変わらず大げさですよ」


「いえ、そんな事はありませんよ。ミツさん、ロキアを助けて頂きありがとうございます……」


「パメラ様。お久しぶりです。お二人ともそんなことないですって」


 パメラ様は息子を助けてもらったことにお礼を言った後、膝を曲げてロキア君と目線を合わせた。

 そして母として厳しくお説教の言葉を飛ばす。

 ロキア君は反省でごめんなさいとパメラ様にちゃんと言えている。そんなロキア君とパメラ様を見て何故かゼクスさんが目頭を抑えている。何であなたが泣くの。



「ダニエル様……彼は?」


「彼だよ。以前話した、ロキアをモンスターから助けてくれた冒険者の少年だ」


「そうですか……。彼が……(い、今……何が起こったの……?)」


 フロールス家に客として訪問していたセルフィ様。

 そしてロキア君の弓の師として訪問したミツ。

 不思議なもので二人の関係する人物がロキア君であることに、その場の誰もが気にもしないことでもあったが、この出会いも天命だったのかもしれない。



「そう言えばゼクスさん。これをお返ししときますね」


「これは?」


「はい、実は……」


 アイテムボックスから先程貴族街に入る前に、ミアに貸してもらっていたエンブレムをゼクスさんへと返しておく。

 その時の状況を説明するとゼクスさんは平に平にと、頭を下げ言葉をつなげた。


「これはこれは。ミア様にミツさん達にはご迷惑をおかけいたしました。どうやら連絡が行き届いていなかったようですな。これは私の不始末。申し訳ございません」

「いえ!? そんな、ゼクスさん頭を上げてください。自分もいつ来るかお伝えすればよかったんです。こちらこそミア様にお気遣いいただいて申し訳ないです」


 そんな自分とゼクスさんのやり取りを見てパメラ様が言葉を入れてきた。


「ミツさんにはロキアの弓の師をお願いしております。本来なら通行のために書状を渡しておくべきなのに、ゼクスの言葉も確かにです。申し訳ございません……。あなた。ミツさんに街の通行書、後馬車の手配書をお渡ししてもよろしいですね?」


「うむ、本来なら前回渡しておくべき物。君には迷惑をかけたな。すまん」


「いえ。お心遣いありがとうございます」


「ゼクス、頼みましたよ」


「はっ。では、直ぐにご用意いたします」


 パメラ様の心遣いはありがたく頂く事にして、羊皮紙のスクロール状の通行手形となる書状、これを受け取った。

 まぁ、これを使わなくても教会からでもフロールス家に、トリップゲートを使用すれば一瞬で移動できるのだが、門を通っていないのに屋敷にいたと言われたら面倒くさいので、ちゃんと貴族街に入る時はこれを使わせてもらおう。


「ありがとうございます。さて、ロキア君、約束通り弓の練習に付き合うよ」


「ほんと! ありがとう! あっ、違った……。えーっと……ありがとうございます! 弓の訓練よろしくおねがいします!」


「ご立派ですボッチャま! ちゃんとした言葉にて礼を尽くす。成長が感ん見られて私は嬉しゅうございます!」


 確かにロキア君程の年頃の子供で、きちんとした言葉遣いは偉いものだ。うん、だからねゼクスさんや、あんたが泣くことないんだよ。ほらもう見てよ、手に持つハンカチが涙でぐっしょりじゃん。


「お話中失礼!」


 さて、ロキア君の弓の訓練を始めようとしたその時だった。先程までダニエル様の後ろに控えるように立っていたセルフィ様がグッと前に出てきた。


「ロキ坊、いえ。ロキア様の訓練は私が! そう、私が今見ております。以前よりお約束があったようですが、本日はご遠慮いただきたいものです。私が指導しておりますのでご安心ください」


「は、はぁ……。そ、それなら自分は日を改めますね……。ところで貴女がセルフィ様でしょうか?」


「おっと。私としたことが。コホン……お初にお目にかかります、私はセルフィ。どうぞよしなに。あなたが以前ロキ坊、コホン……ロキア様をモンスターから救ってくれたという少年でお間違いないでしょうか……」


「はい、こちらこそ初めまして。自分の名前はミツです。旅をしてこの街に来て冒険者をやっております。偶然ですが結果的にはそうですね。あっ、ロキア君を助けたのは自分だけではないですよ。彼女もロキア君を抱えて安全なところまで連れてってくれたんです」


 そう言って後ろにいたプルンを見ては、彼女の功績もセルフィへと伝えておく。


「そうですか。ロキア様は私にとっては、とてもとても、とっーても大事なお人。心より感謝を」


「あ、はい……いえ」


「では、申し訳ございませんが、先程も申し上げました通り今は私がロキア様に弓の訓練をつけております。あなた様には、また後日に日を改めて……あっ、痛たたたた! 痛い痛い! パメラ様痛いですよ~」


「セ~ル~フィ~! 貴女はこちらに来なさい。 ゼクス、後は頼みますよ」


「はい、お任せください」


「ちょっと、ゼクス、そんな顔してないで助けなさいよ! 痛たたたた! ふえ~ん。パメラ様耳、耳は引っ張らないで~」


 パメラが強制的に訓練所からセルフィ様を連れ出して出ていってしまった。

 呆気にとられる面々。

 そんなことは気にしないと、ダニエル様は一度エマンダ様とラルスのいる魔法訓練所へと足を向けると、言葉を残した後にパメラ様達と一緒に移動してしまった。



「す、すげぇな……」

「はい、あの方も貴族様なんですよね……」

「色んな人がいるのね……」


「ホッホッホッ。リッコ様、セルフィ様は人ではなくエルフでございますよ」

「そ、そうなんですね……。私エルフを見るの初めてです!」

「お言葉ですが、あの方をエルフの基本と見てはいけませんよ……。なんせあの方は………。いえ、私としたことが皆様のお耳を汚すところでした。申し訳ございません。気を改めまして、ミツさんにはボッチャまの訓練をお願いします」


「はい。じゃ、ロキア君、取り敢えずロキア君の弓の撃ち方とか見させて貰ってもいいかな? その後にアドバイスとか入れるからね」


(主にユイシスがね)


 基本である弓の撃ち方などはある程度なら解るのだが、何処がどうと指摘するのはユイシスに協力してもらうことにしていた。

 


「はい! わかりました!」


「ご立派ですボッチャま! 皆様はどうぞ、客室にてお茶でもいかがでしょうか」

 

「ニャ。茶菓子はでるかニャ?」


「ちょっとプルン!」


「ホッホッホッ。勿論でございます。何かご希望があればご用意もいたしますので、どうぞ此方へ」


「ヤッホーニャ!」


「お前はミツとは別の意味で凄えな……」


「ははっ……。プルンさんらしいと言えばらしいですね」


「あ、あの、良ければ私、ゼクス様とお話がしたいんですが……。すみません、お仕事中ですよね……すみません……」


「ふむ……」


 リッコはゼクスさんに時間があればとチャンスに、共にお茶の誘いを入れてきた。

 だが、ゼクスさんの視線がチラリとロキア君を見たことに、リッコはゼクスさんの今の執事と言う立場を思うと、やはり無理なのかと声が小さくなっていく。


 リッコは緊張しながらも、ゼクスへと精一杯のお誘いの言葉。

 彼女の振り絞る勇気をそのまま見て見ぬ振りもできないので、助け舟の言葉を入れとこう。


「……。そうだロキア君。以前あげたキャラメルはまだあるかい?」


「? うん! あれ、美味しいから食べすぎないようにって、母上がね、弓の特訓とか、お勉強を頑張った時に食べて良いって言われたから、まだあるよ?」


「そっか、気に入ってくれて良かったよ。じゃ、今日は別のお菓子を自分が作ってあげるね」


「ほんと! わーい!」


「うん、自分が来るまでにロキア君もセルフィ様から弓の特訓を受けて頑張ってたんだよね? なら、先にご褒美で作るよ」


「お兄ちゃん、ありがとう!」


「ゼクスさん、すみませんが屋敷の台所をお借りしてもよろしいですか?」


「は、はぁ……ですが、ミツさんはお客様。お客様にそのような……」


「勝手なお願いですが、これは頑張ったロキア君への自分からの気持ちなんです。お手数ですがゼクスさんには四人のお客のお相手をお願いしたいのですが……」


 チラリとリッコ達に視線を送ると、ゼクスさんは理解してくれたのだろう。二つ返事に自分の言葉を読み取ったようだ。


「なるほど……。ホッホッホッ。ミツさんのボッチャまへのご配慮、私は心より感謝いたします。ではお客様のお相手、僭越ながら私が務めさせていただきます。さっ、ボッチャま、ご休憩をかねて皆様とご一緒にお茶といたしましょう」


「うん!」


 ロキア君を先頭に、一度屋敷の客室へと移動することに。移動中、くいっくいっと自分の袖を引っ張るリッコ。彼女もゼクスさん同様に自分の意図が解ったのだろう。ニコリと笑顔にお礼の言葉を伝えてきた。 


「ありがとう……」


「うん、頑張ってね」


「うん」


∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵


 屋敷内通路を声を上げながら歩くエルフ、そんな彼女の耳を摘んで進む婦人。


「痛い! 痛いですってば、パメラ様ー」


「むむ、パメラよ、そろそろ放してさしあげたらどうだ?」


「はぁ……。あなた、私は指に力は少しも入れておりません。これはセルフィの演技ですわ」


 パメラ様の指には言葉通り全く力は込められておらず、ただセルフィ様が指の位置とパメラ様の歩く速度に合わせて進んでいただけである。

 セルフィ様はクルッと身を翻し、自身の長い髪をかき上げながら小悪魔的に笑みを浮かべ、パメラ様とダニエル様を見比べていた。


「えへへ。もぅ、バラしちゃ嫌ですよパメラ様ったら」


「セルフィ、なんのつもりですか? おふざけにしてはミツさんに失礼ですよ。話があるなら、あの様な露骨なまねをしなくても……」


「うん、ちょっとね。な~んか前、少年の話を聞いた内容と違ったから、お二人に再確認にね。ホラ、下手に本人相手に、君は何者だ! とか言っちゃ失礼じゃないですか」


「むむ……ごほん。そ、そうだな。セルフィ殿の言葉も間違ってはいないのだから、大目に見てあげなさい」


「はい、あなた。……でもセルフィ、もう一度話すにしても以前貴女に話した内容が全てですよ?」


「なら、さっきロキ坊を助けた時の動き……。あれは以前からでしたか? 以前の話では、ゼクスとの模擬戦では別の場所にいきなり現れたって言ってましたけど、アレのことですか?」


「「……」」


 ダニエル様とパメラ様はお互いに顔を合わせると、少し考えては二人は首を降った。


「その様子だと違うみたいですね……。はぁ、話して見たいけど、ちょっと怖いな~」


「確かに先程の動きには驚きはしたが、彼を怖がる必要もあるまい」


「そうですよ。さぁ、話をするとしても後でゆっくりとしましょう。あなたは着替えてくださいまし。そんな格好ではお客様と話すのも失礼ですよ」


 自身の今の格好は貴族の仕事である外交や商談等をするときの服装。

 それだけに、庶民であるミツ達と話すには堅苦しい服装は相手を無駄に緊張させてしまう。

 ダニエル様はパメラ様の言葉にそうだなと返事を残し、着替えのためと二人とは別の道へと進む。

 


「うむ……。ではな、セルフィ殿」


「はーい。じゃ~、私はロキ坊のところへ戻り……」


「はぁ……。貴女は私と共にエマンダの所へ行きますよ」


「えええ!」


「行きますよ」


「は、はい……行きます……」


 ニコリと顔は笑顔であるパメラ様だが、セルフィ様は見えない圧力に負けたのか、素直にパメラ様の後を歩き、エマンダ様とラルスのいる魔法訓練所へと歩を進めた。



∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴


「……。でっ。ゼクス殿。彼、いえ、お客様にここを使わせて欲しいと……?」


「ホッホッホッ。パープルさん、左様でございます」


 ゼクスさんはプルン達を客室ではなく、ロキア君もいることで談話室へと部屋を変えて案内した後、五人にはその部屋で待ってもらうことに。

 そして、フロールス家の皆の胃袋を支える厨房へと自分は案内された。

 流石伯爵様の厨房。そこには何人もの料理人が既にバタバタと調理の仕込みや、様々な作業を行っていた。

 ゼクスさんは芋の皮むきをやっていた青年に声をかけ、誰かを呼んできてくれとその青年を走らせた。

 やってきたのはここの厨房の責任者であろうか。

 背丈はゼクスさんと変わらない長身、長い髪の毛を三つ編みにして邪魔にならないようにとそれを更に後ろにリボンのように結んでいる。化粧などはしてないのだろうが、目が大き分小顔に見える人だった。

 パープルさんと呼ばれているが髪色は対面色の黄緑なのはツッコミはしないでおこう。

 

 ロキア君の為でもあるので、ゼクスさんが直々にと、パープルさんへと自分の厨房の一部を使用をお願いしてくれている。


「ゼクスさんったら……この忙しい時間帯に……。はぁ……まぁ、使うのは構わないよ。こちらとしては夕食の準備もしなきゃいけないから人の手は回せないよ? それに、先に言っておくけど、もし何か調理中に怪我をされてもこちらとしては何にも非は負わないからね」


「それは勿論です。彼が包丁で指を切り落とそうが、竈に腕を突っ込んで火傷をしようが、それは本人の責任。パープルさんはいつも通り、美味しい夕食を旦那様や奥様方に振る舞っていただければ結構でございます」


 ゼクスさんの例え話としてもその話は洒落にならない言葉に、パープルさんは呆れるように笑いだした。


「ハッハッハ! そうかい、あんたがそこまで言うなら、あたしらは何にも言うこともないね。では、お客人、材料なんかはその辺のを使ってくれて構わないよ。窯を使うのなら火を起こさないと使えないからね。火が起こせないならその時は誰かに頼みな、それくらいなら手を貸してあげるよ」


「ありがとうございます。それと、自分の名前はミツです、本日はお客としてこちらにご訪問させて頂いておりますが、名前呼びでも結構ですので」


「おやまぁ。随分としっかりとした言葉遣いだね。解った。何か解らないことあったら直ぐに声をかけな、そのままにされるのもこっちが困るからね」


「はい、その時には直ぐに声をかけさせていただきます」


「では、ミツさん。私はボッチャまと、お客様のご相手にと部屋へ戻らせて頂きます。それとミツさんのお料理の邪魔にはならないようにいたしますので、二人程こちらの方に置いていくことをお許しください」


 そう言葉を続けたゼクスさんの後ろには、屋敷に来るまでダニエル様の馬車を警護していた私兵の二人。

 兜をつけたままなので顔は解らないが、兜の中の視線は自分を見ているのが解った。  

 恐らくこの二人は自分につけられた監視と言うところだろう。

 ダニエル様やゼクスさんと交流関係となっていても、外部の者を屋敷で一人にできるわけもない。

 それが厨房となると悪意ある者なら、どこかに毒物を仕込むかもしれないと思うだろう。

 それが屋敷を守りを任されている者としては普通なのだから。


「あっ、はい。問題ありませんよ」


 私兵の二人へと頭を下げると私兵の二人はお互いを見た後、自分へと軽く会釈を返してくれた。


「では、ゼクスさん、皆のことよろしくおねがいします」


「かしこまりました」


 厨房を後にしてゼクスさんが部屋へと戻っていく。

 その際、お茶用だろうか、高価なティーカップにお茶菓子と、クッキーな様な物をトレーにのせて持って行っていた。


(さて、何を作ろうかな……。そうだ、久しぶりにあれが食べたいな。アレならロキア君も皆も食べれるだろうし、何より簡単にできる)


 材料となる物はだいたい揃っているので遠慮なく使わせていただきたいが、やはりここに無い物はアイテムボックスから取り出すことに。

 


「えーっと。卵と生クリームとグラニュー糖、あとはバニラエッセンスと他にはコレとこれかな……。」


(凄いな……。スキルの効果なんだろうけど、なんの材料が必要なのかがパッと思いつく……)


 自分が今から作るのはプリンである。

 茶碗蒸しを作っているときに、そう言えば材料変えれば、これはプリンになるなと閃いていたのだ。

 なら、皆が知っているプッチンする方のプリンをアイテムボックスからそのまま出せばと思ったのだが、自分が作るのは少しアレンジを入れたプリンを作るつもりだ。ド素人に近い自分が料理にアレンジとか無茶だろうが、そこはスキル効果でなんとかカバーして作ってみる。


「さてと、材料は良しとしても、調理器具がないと美味しい物ができないからね……えーっと。泡立てと濾しに使えそうな物はっと……。うん、無いな」


 ブツブツと呟きながら調理準備を始めても、私兵は気にすることもなく自分から視線を外すことはしなかった。

 だが、見たことのない袋に入った材料に関してはマジマジとそれを見ていたので、説明口調にこれはバターとか、これは生クリームとか一つ一つそれの名前を言いながら二人が見える位置へと置いていく。


 必要な調理器具を置いている場所を見ても、泡立てなどは見つけることができなかった。

 仕方ない。なら、無いなら作ってしまおうと、アイテムボックスに入れていた形の歪な皿と糸出しで作っていた糸玉を出す。


 口当たりを良くするために生地を濾すため〈物質製造〉のスキルにて面の小さなザルを作り、もう一つは泡立てなど、他に足りないものを作り出す。


 他の料理人は夕食のし込みに忙しそうで、近くでスキルを使っていても見られてもいないようだ。まぁ、偶然にも近くに大きな荷物があって、自分の姿が見えないのが一番の理由だろう。


 だが、私兵の二人からはバッチリと見えているので、二人からは驚きに兜の中から声が漏れ聞こえていた。

 ゼクスさんとの模擬戦でも自分は隠さずスキルを使っているので、今更隠しても無意味だと思って目の前で使用することに躊躇いはしなかった。

 

(普通の味だけだと面白くないからね、チョコ味とかも作って見ようかな。そうだ、ロキア君にはキャラメル味ってのも作ってあげるかな~)


 せっかくなのでロキア君やプルン達の分だけではなく、ついでにと教会にいるエベラさん達の分も一緒に作ってしまうことに。

 プリンの容器はこれまた〈物質製造〉で作り上げたプリンカップだ。

 カップにプリンの生地を流し込み、最初は蒸しとして熱を入れる。

 蒸し上がったプリンを冷やせば完成だ。

 冷やす方法としては〈アイスウォール〉で氷を出すか〈コールドブレス〉で冷やすことを考えたが、そこはアイテムボックスからお店などで売ってあるロックアイスを取り出し、それで冷やすことにした。

 厨房の一部を貸して頂いたお礼として、パープルさんや働いてる皆さんにと、氷の上にプリンカップをのせて置いておく。

 氷をふんだんに使ったおかげでプリンは程良く冷えたので、1つ味見に食べてみる。

 スプーンでカップの中のプリンをすくい食べると、久々に食べる懐かしい甘味の味に無意識におかわりをしたくなってしまった。

 プリンの甘い匂いに気がついたのか、私兵の一人がソワソワとしている。

 沢山作ったのでお二人にもおすそ分けとして渡しておいた。

 作っているところを見ていたとしても警戒はしてるのだろう、受け取ることをためらっていると、匂いに釣られてパープルさんがやってきた。

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