第68話 思考。

 土壁や氷壁、更には煙幕を使いゴブリンチャンピオン達の動きを止めた。

 

「さて、やりますか!」


 検証のついでと、多くのモンスター討伐には丁度いいスキル。

 両手の掌をパンッと当て音を出し、右手の人差し指と中指を左手で握り込み、左手の人差し指と中指を立て印を結ぶ。


「影分身!」


 忍者のスキル〈影分身〉を発動。

 勿論この指にはなんの意味もない。

 ただ単に自分が雰囲気を楽しんでるだけである。

 

 アニメのようにボンッと煙の中から出てくるのか、もしくは名前の通り影の中から出てくるのか。自分はどちらだろうとワクワクしながらスキルで出した自分を探した。

 そして、出てきたのは後者、影の中からだった。


 足元の影がぐにゃりと動いたと思い、そのまま影は自分の背丈ほどに伸び、そして黒い影の中から写し鏡を見るかのように目の前に自分自身の姿が現れた。



「おー! 凄い! これぞ正に忍者だ! 凄い凄い!」


「……」


 自分は出した影分身を見て興奮しているが、見られてる分身の本人はゆっくりと目を開き、冷たい視線を自分に向けてきた。


「あっ、あれ?」


 分身のその視線に自分は声を止めた。


「はぁ〜。お前さ、遊んでないでさっさとあんな雑魚殺っちまえよな」


「へっ? !! 喋った!」


 〈影分身〉で出したもう一人の自分。

 第一声が殺伐とした発言と、まさかスキルで出した自分が喋るとは思っていなかっただけに、先程までの興奮も吹き飛ばすほどの驚きだった。



「五月蝿い。それより人が来る前に片付けるぞ」


「えっ? あっ、はい……」


 姿は自分ソックリでも、発言や態度がまるで別人。

 思わず敬語を使うほどに戸惑ってしまった。


「お前は見張りをしてろ。俺が殺る」


「へぇ?」


 分身が何を言っているのか、何をしようとしてるのか、自分の中では少し混乱していた。

 だが、そんなことはお構いなしと、分身は自分の返事を聞く前に動き出していた。

 分身は両手に〈忍術〉風刀を出すと、バっとその場から駆け出して行ってしまった。

 

「あっ、ちょっと!」


 かける声を振り切り、煙幕の中に飛び込む分身。それと同時に、煙幕の中から次々とゴブリン達の断末の叫び声が聞こえてくる。


 グギャ! ウゴッ! ギャギャギャ!



「えー……。ちょっと待ってよ……」


 煙幕の中から血の匂いがしはじめ、悪臭が鼻をさす。


 そして。煙幕の一部が赤くそして明るく照らされたと同時に、ゾクリと身震いする。


「やば!」


 自分は自身を守るためにと〈ミラーバリア〉〈プロテス〉そして両腕で顔を守るように腕を合わせ、腕に〈硬質化〉を発動。

 

 発動と同時に〈忍術〉の火柱が近くで数回発動。

 ドカンドカンっとけたたましい爆音が響くが、火柱からの熱さはスキルの効果なのかそれ程感じなかった。だが、川辺の砂利や石が熱風で飛び散ってきた。


「ひいっ! マジ怖え!」


 腕に当たる無数の石、スキルの効果もあって石の当たる勢いは軽減されているとは言え、バチバチと次々に腕に当たる無数の石は弾丸のように飛んでくる方が脅威だった。


 そして、離れてもいない距離で突然の爆風が起き、小柄な身体の自分を軽々と吹き飛ばした。


「うわぁぁ!」


 自分は風の勢いそのままに後ろへとゴロゴロと転がり転んでしまう。


 

「ペッペ……。うっ、口の中に砂が入った……」


 上半身をお越し、ゆっくりと晴れていく煙幕を見ていると、中には上半身や首だけがないゴブリンチャンピオンや、全身を真っ黒に焦がしたゴブリンだったと思われる残骸が見える。

 動くもの、いや、生きている物さえいないと解るほどの戦場だった。

 先程の爆風で近くにいたゴブリンスケルトンは無数の石が当たったせいか、粉々に壊れてしまって動くことはなかった。


「ふぅ……」


 分身は戦いが終わってもその表情は冷たいまま。

 そして、自分に気づいたのか、ゆっくりと足を動かし近づいてきた。

 コツコツと歩く音と残り火の燃える音だけが耳に入ってくる。


「うっ……」


 自分が出した影分身のスキルなのに思わず警戒してしまう。

 それは分身の両手には風刀が見えたために、無意識に警戒してしまったのだろう。


「な、何してるの……」


「ふっ……」


 質問すると分身は鼻で笑って〈忍術〉スキルを解いた。



「俺はお前に見張りしてろって言っただろノロマが。お前が地面とキスしてる間に戦闘が終わったぞ」


「あっ、うん……。ごめん……。で、でも、できればゴブリンチャンピオンとかの新しいスキルを取ってから倒しても良かったんじゃ……」


「ふっ……」


 自分の言葉の後、また分身は鼻で笑って視線を反らした。


(えっ? えっ? えっ? 何なんですかこのスキルは! ちょっと! ユイシス! シャロット様!)


 分身の行動と態度、自分は思わず神であるシャロットとユイシスに強く思考にて問をかけていた。


《ミツ、落ち着いてください。まず目の前にいるあなたの影分身、こちらはミツに敵対することはありません。また、影分身は発動者と同等の力を持つ者を具現化させるスキルです。それと分身の性格ですが、発動者との反転した性格がまれに出ることがあります。……えっ? あっ、はい、どうぞ、そのままお話下さい》


(んっ? ユイシス?)


 分身の説明が終わったと同時に、ユイシスが自分ではない者に対しての発言をし始めた。

 そして、その人物の声が聞こえてくる。


〚あー、あー、聞こえるか小僧!〛


(えっ!? あっ! バルバラ様!)


〚うむ! 我はバルバラ! 破壊、いや、今は創造主の神なり!〛


(あっ、はい、知ってます……)


 ユイシスの声の後、聞こえてきたのは元破壊神、現創造神であるバルバラであった。


〚うむ、小僧! 一つお前に神として神託をくれてやろう!〛


(えっ、神託って、なんで今……)


 バルバラの性格や行動は兎も角、バルバラの神としての言葉に少し身構える。


〚我がお前に与えたスキル、これを覚えているか!?〛


(はい……)


 以前初めてバルバラとの対面をしたとき、質問に答えたとしてスキルを貰ったこと、また、力が欲しいかと問に半端無理矢理の答えで自分はバルバラの言葉に答えた時、貰ったスキル〈ブーストファイト〉〈剛腕〉〈インパクト〉の3つ。


〚うむ! 率直に言うとな、お前の出した目の前の分身。そいつは我が与えたスキルも勿論使える状態である。その分身を使うのならば注意することだな。ガッハハハハ〛


(えっ……。それって……)


〘話が終わったならどかんか。おい、私からも言わせてもらおう〙


〚あだっ!〛


 バルバラの発言と豪快な笑い声に自分は言葉の意味を考えていると、次に声をかけてきたのは創造神であるシャロットであった。

 何やらドカッと蹴りどかしたような音の後、バルバラの言葉に、目に見えずとも二柱の行動がよくわかる。


(あっ、シャロット様! ちょっと! 何なんですかこのスキルは! 影分身って言えば、アニメとか漫画だと自分の思い通りに動いてくれるのが普通ですよ)


〘いいからいいから、取り敢えず私の言葉を聞きなさい!〙


(は、はい……)


〘よしよし。私はね、あんたがこのスキルを使うのを待ってたのよ〙


(待ってた? なぜですか?)


〘普通に考えたら解るでしょ。そのスキルせっかく作ったのに、外界の者は誰も使えないのよ〙


(えっ!? 誰も、何でですか?)


〘あんた、そのスキルどうやって覚えた?〙


 シャロットの問に、スキルを取得したときのことを思い出した。


(えーっと、確か……。ソードマンのジョブに変えた時に、スキルを殆んど取得してたので、シャロット様が今までに選択されなかったスキルから選んでいいと言ってくれた時でしたね。その時に忍者のジョブを選択したときに条件スキルとして覚えました)


〘そう、よく覚えてたわね。それだけど、私が決めた条件スキルを覚えるための条件が難しすぎたみたいなのよ〙


(そんなにですか……)


〘えぇ、流石にスキルを全ての取得条件はやり過ぎたと思ったわ〙


(いや、シャロット様、そりゃ無茶苦茶設定ですよ。自分は運良く覚えることはできましたけど)


〘うっ、五月蝿いわね……。兎も角、あんたが運良く覚えてくれたおかげでスキルの調整とかできるのよ。つまり神の力になれたのよ! 喜びなさい! フンッ!〙


(調整って……。スキルにテコ入れでも入れるんですか)


 シャロットに呆れた口調で質問しても、全く返事は帰ってこない。

 その代わりと、目の前の分身が自分に声をかけてきた。


「おい」


「えっ、な、何かな?」


「もう辺りにはモンスターはいないぞ……。どうする、こいつらが来たところを見に行くのか?」


「あっ、そっ、そうだね……。ユイシスに聞いてみようか」


「……」


 そう返事をすると、また分身は自分から目をそらした。


(ねえ、ユイシス。このゴブリン達が来た場所って調べたほうがいいかな?)


《ミツ、モンスターが来たと思われる場所には魔力の残量も感じられません。恐らくゴブリンが吸いきったのでしょう》


(解った、ありがとう)


「えーっと……。ゴブリン達が来たところにはもう用はないかな」


 分身にユイシスの言葉を伝えると、分身はこちらに視線を戻し、返答をしながらと適度な大きさの岩の上にと腰を下ろした。


「そうか。なら人が来るまでにやっちまうか」


「へっ?」


 何をやっちまうのかと思ったその時、分身は足を組み、自身の太股に掌が上に向くように手を置いた。

 そして、掌に〈忍術〉の風刀を発動させた。


「えっ!?」


「……」


 自分の言葉を華麗にスルーして、分身はジッと風刀を見つめている。そして、スッと自分の方へと刀の先端を向けてきた。


「ストップ! ストップ! 自分は君と争う気は無いよ! そんな危険なスキルは人に向けちゃいけません!」


「はぁ……。お前莫迦だろ……。いや、あれは俺だから、あいつが莫迦なら俺もそうなるのか……チっ」


「何か酷い言われようだけど、それは兎も角。なんで忍術使ってる……の?」


「いいから、お前もやれ」


 言葉をそう残すだけで分身は握った風刀を一度消し、そしてまた風刀を発動させている。


「本当に何してるの?」


「フンッ……俺のやってることが理解できないなら、また巨乳の姉ちゃんに聞いてみろよ」


「きょ、巨乳って……」


 確かにユイシスはエレベスト並の胸をお持ちだが、流石にそれを本人に言えるわけもなく、突然の分身のセクハラ発言に驚くしかなかった。

 取り敢えずユイシスに分身が何をしているのかを質問することにした。


(えーっと……ユイシス、分身さんは何をしてるのかな……)


《はい、分身は恐らくスキルレベルのために、先程からスキルを連続使用してるのでしょう》


「スキルのレベル?」


「理解できたか、うすらとんかち野郎が」


「う、うん……」


(な、なんて口の悪い分身なんだ……)


「解ったらお前もさっさとやれ」


「へっ?」


「やれ」


「は、はい……」


 分身の目的はスキルのレベル上げだった。

 自分と同じ容姿でありながらも言葉の中には威圧感があり、自分は渋々と分身の言われたとおりに〈忍術〉風刀を発動したり消したりの繰り返しを始めた。


「……」


「……」


 お互いに無言。

 耳に聞こえてくるのは川の流れる音と、風刀を発動する時の風の流れる音だけ。

 数十回と繰り返すスキル。あまりやり過ぎて、脳内では少しだけ風刀の言葉がゲシュタルト崩壊し始めてきた。

 そして、時間にしたら数分たったほどにユイシスの言葉が聞こえてきた。


《経験により〈忍術Lv3〉となりました。忍術の属性が一つ開放されます、次に習得する属性を選んで下さい》


※水


※土



「あっ。スキルのレベルが上がったよ」


「……」


「と、取り敢えず次は水属性を選ぶね……」


 分身はレベルが上がったことに何も言わない。

 ただ黙々と続けてスキルを使っている。


(はぁ……ユイシス……次は水でお願い……)


《水属性が選択されました〈水鉄砲〉〈水鎖〉が使用できます。また、風との合体スキル〈暴風〉火との合体スキル〈捩花〉が使用可能となりました》



水鉄砲

・種別:アクティブ。

指先から水弾を出すことができる、魔力を込めると大きさを変えることができる。



水鎖

・種別:アクティブ。

水の中から水の鎖を出すことができる、込める魔力量によって強度が増す。



暴風

・種別:アクティブ。

周囲に強風を吹かせ、雨を降らせる。



捩花

・種別:アクティブ。

水と火、螺旋状になり敵を飲み込む。



「おい」


「な、何?」


「手を動かせ」


「えっ、まだやるの?」


「……」


 分身は自分の言葉が聞こえていないのか、黙々とまたスキルのレベル上げを始めた。


 あれから何度も声をかけるが分身は返事をしない。

 先程の戦いのことや、今やっているレベル上げのこと、聞きたいことはあるがその返答は無い。


 自分は知りたかった。

 分身は何ができて、何ができないのか。今までの流れを見る限りだと性格は戦闘狂、自分と同じスキルが使え強さも変わらない、だがユイシスの声は聞こえていないのか、自身ではなく自分に聞けと言ってきた。

 意思疎通が全くできていない今では下手に何もできない。


 自身のステータスを確認して残りのMPを確認すると、残りのMPが100を切っていた。


「もういいだろう」


「んっ、うん」


 ステータス表を閉じると、分身が立ち上がると無意識に自分も立ち上がっていた。


「おい」


「な、なに?」


「今までは洞窟探索で仕方なかったが、今後は寝る前の訓練を怠るなよ」


「わ、解った。約束するよ」


「ならいい……もう用は無い。人の気配がしてきた……、スキルを解いて俺を休ませろ」


「解った。その、色々とありがとう」


「フッ……」


 最後まで自分に笑顔を見せることなく、言葉を続ける分身に礼をのべる。

 悪態は吐かれたが、結局は変わりにモンスターを討伐してくれたし、更には忍術のスキル上げを半ば強制的だが上げることができたのは確かだ


 そして、分身が消えるイメージをすると、分身はモヤモヤとした黒い影となると、スッと地面へと飲み込まれるように消えていった。

 分身が消えた後、ユイシスのアナウンスが聞こえてくる


《経験により〈バッシュLv4〉〈聞き耳Lv5〉〈ヒールLv5〉〈パワースラッシュLv4〉〈シャープスラッシュLv4〉〈不意打ちLv9〉〈潜伏LvMax〉〈忍術Lv4〉となりました。忍術の属性が一つ開放されます、次に習得する属性を選んで下さい》


「な、何で……。スキルもだけど、忍術のスキルってさっき上がったばかりだよ!?」


 突然のスキルのレベルアップ報告に言葉が出なかった。


《ミツ、分身は戦闘を行う前、既にモンスターからスキルを回収していたようです。分身が得た経験は分身が消えたとき、取得経験は全てミツの経験となります。忍術などのスキル使用経験、こちらも対象となっております》


「そうなの!?……。そ、そう言えば説明に書いてたような。はぁ、口は悪くても、分身は自分がやりたいことを代りにやってくれてたのか……。ユイシス、忍術の残った土を選択で」

 

《はい、土属性が選択されました〈天岩戸〉〈蛇岩〉が使用できます。また、風との合体スキル〈剣山〉火との合体スキル〈隕石〉水との合体スキル〈泥沼〉が使用可能となりました。条件スキル〈双竜〉を取得しました》



天岩戸

・種別:アクティブ。

自身を中心とし、円状に岩の守りを作る。


蛇岩

・種別:アクティブ。

蛇の様に岩を動かす。


剣山

・種別:アクティブ。

指定の足場に無数の剣山を出すことができる。


隕石

・種別:アクティブ。

一定の大きさの石を周囲に降り注ぐことができる。

※威力は落下の高さで比定する。


泥沼

・種別:アクティブ。

足場を沼地と変える、スキルを解くともとに戻る。


双竜

・種別:アクティブ。

二体の属性の竜を具現化させる。

※一度に出すことができるのは二属性まで



 スキルを取得後、ウィンドウ画面の表示されたスキルの説明を見ていると、何やらガヤガヤと人の声が土壁の向こう側、川の方から聞こえてきた。


「なんだこれわ! 川の向こうに壁があるっちゃべ!」


「おまら気おつけろ! モンスターがいるのは間違いないだ!」


「おお! おら達の村、皆で守るだ!」


「下流やにまわるっちゃべ! あっちからなら浅瀬で川の流れも弱いっちゃ、急いで川向ういくっちゃべ!」


 声を聞く限り近くの村人が来たのだろう。

 足音から数人ではなく、数十人規模はいると思われる。

 村人が持っている物が武器なのか農具なのかは解らないが、カチャカチャと音を鳴らしながら下流の方へと急ぎ足に音が遠くなっていくのが解る。



「ふむ、新しいスキルも試したいけど限界かな。他に検証で使えそうな場所も思いつかないし、仕方ない、帰ろう」


 〈トリップゲート〉を発動し、宿を取っている酒場へとゲートを開く。



「おっと、帰る前に消しとかないと」


 数十体を超えるモンスターを川向こうと渡らせないためにと発動していた氷壁と土壁。

 もう必要はないのでスキルを解除して自分はその場を後にした。

 

 ゲートを通った場所は先程と同じ酒場の裏側。

 酒場に入ると店はまだやっており、店の中は酒を楽しむ大人の時間が始まっていた。

 大人の時間と言ってもエロい意味ではなく、皆黙々と酒を飲み情報を交換している程度だ。

 どんちゃん騒ぎはしておらず、カウンターに座る渋いおじ様達がバーボンやウィスキーなどを飲んでいるイメージを思い浮かべて欲しい。

 まぁ、この世界にウィスキーやバーボンがあるとは思えないけど。


 宿の2階へと階段を上がり、自分達が取っている部屋へと近づく。


「ふ〜。ただいまっと。って、誰もいないんだけどね」


「あっ、戻ってきたわね……」


「……」


 通路には誰もいないと思っていると、リッコとプルン、二人が部屋の向かいの窓辺にいた。



「んっ? あれ、リッコにプルン? どうしたの?」


「あんた、何処に行ってたの……」


「んっ? ああ、ちょっと近くまで散歩してたんだよ」


「ふ〜ん。散歩ね……。にしては随分汚れてるわね?」


「あっ、まぁ、ちょっとね、ははっ……」


「スンスン、スンスンッ」


「な、何プルン?」


 食事の後、自分が部屋にいないことに気になったのか、どこへ行っていたのかと質問される。

 隠す必要もないが、スキルの検証は危険なために連れて行くこともできなかった。

 取り敢えず外には露店や出店があるので、今も訝しげな視線を送る二人だが、散歩の言葉で納得してくれたようだ。 

 すると、突然プルンが顔を近づけ、自分の首筋や頭、手をスンスンと鼻を鳴らし嗅ぎ始めた。


「んっ〜、大丈夫ニャ。リッコ、少し汗の匂いが強いだけで、ミツ以外の匂いはしないニャ」


「そっ、ならいいわ。プルン、悪いけど背中流して頂戴。ミツ、おやすみ」


「えっ? う、うん。おやすみ二人とも?」


「おやすみニャ」


 二人が何を確認したかったのか、何をしたかったのか意味もわからないが、二人へと問う前に二人は部屋の中へと入ってしまった。


「何だったんだ……?」


「あっ、ミツ君、どちらに行かれてたんですか?」


「ただいまリッケ。ごめんごめん、ちょっと近くまでね」


 リッコとプルンの部屋の隣が自分達三人の部屋。

 軽くノックをした後、ガチャリと扉を開くと中ではリッケが起きていた。

 リッケからも自身が何処に行かれてたと問われたが、答えは先程と同じで散歩の答えである。


「そうですか。ところで話し声が聞こえましたけど、リッコ達ですか?」


「あっ、うん。さっき階段のところに二人でいたね。少し話しただけだよ」


「そうですか……。二人は何を?」


「えっ? ん〜、まぁ、勝手に外に出てたからそれのこと聞かれたくらいかな」


「そうですか……」


「何だったのかな? ってかあれ? リックは?」


 部屋を見渡すがベッドの上にもリックの姿が見当たらない。


「二人が何でそんな質問したかは、その、えーっと……。恐らくリックが関係してるかと。後、リックは……その、少し買い物を……」


「んっ? 何でリックが関係? ってか買い物? こんな時間から?」 


「はぁ……。リックはその……槍を磨くために油を槍に塗ってくるだそうです……」


「えっ? 槍?……あっ! うん、買い物で槍の油ね……」


 自分とリッケの視線が壁に掛けられたままのリックのショートランスへと向けられる。


「はぁ、全く最低な莫迦兄よ」


「ニャハハ、ウチもそう思うニャ」


「でもプルン。その、本当にミツからは、あの……女性の匂いはしなかったのよね?」


「ニャ! 問題ないニャ。ウチも思ったけど、ミツからは華屋の女の人達の匂いはなかったニャ。むしろ、ミツからは汗の匂いと、あとなんか血生臭い臭いがしたニャ」


 ミツが戻ってくる数分前、リッコとプルンは明日の予定を話そうと男部屋へと顔を出していた。

 その時、リッケからリックが何処へ行ったかを聞くと、呆れてリッコはリッケの言葉を途中で止めた。

 ミツも居ないことに二人はまさかと思い、帰ってくるまで部屋の前に居たということだった。


「フフッ、そう。ミツに汗を流すことを言っとけばよかったかしら」


「リッコ変わるニャ」


「ええ、お願いするわ」


 リッコはプルンに布を渡し、プルンがお湯が入った木の盥に布を入れ、布を絞りリッコの背中へと当て拭き始める。

 宿に湯を頼むと金がかかるのだが、宿に泊まった者なら、水は宿の裏にある井戸からセルフで無料で使えるため、二人は部屋に水を運んでいた。

 火魔法が使えるリッコがいれば、水が入った盥はブクブクと適温のお湯へと変えれる。

 二人は服を脱ぎ、洞窟での汚れや髪に付いてしまった蜘蛛の糸を拭っていた。


「……」

「……」


「ねぇ、プルン……」


「何ニャ? 強すぎたかニャ?」


「うんん、大丈夫。そのね、私達ほんの数日数回のパーティーだったけど、私達はミツとあんたを仲間だと思ってるわ……。プルンは私達を仲間だと思ってくれてる?」


「ニャ、勿論ニャ! ウチもリッコ達は大事な仲間だと思ってるニャ!」


「うん……。ありがとう、でね……。その、ミツのことなんだけど……」


「ニャ?」


 プルンに語りかけるリッコの言葉には歯切れはなく、戸惑いや恐れ、または不安感を感じさせる話し方だった。


「ここからは仲間としてじゃなく……その……。女として話を聞いて欲しいの……」


「ニャ……」


「アバさんの別れ際の言葉、プルンは覚えてる?」


「ニャ……」


「私ね、プルンが相手でも負けない……。うんん、負けたくないの……」


「……」


「プルン……。私は本気よ……。私はプルンの気持ちも解ってるけど……私は……ミツが好きになってる……」

 

「……」


「プルンは……どうしたい?」


「ウチは……。ウチは……」


 ユラユラとロウソクの光が二人を照らし、部屋の壁に映る二人の影は全く動いてはいなかった。

 プルンの気持ちもリッコは理解している。だが、仲間として自身を受け入れてくれたプルンに、ミツを思うリッコの気持ちは彼女にはどう受け入れたのだろう……。



 翌朝、酒場での朝食を済ませた5人。


「おっしゃ! スッキリとした清々しい朝だぜ!」


「「……」」


「最低」


「最低ニャ」


「なっ! お前ら朝から酷えな」


「はぁ……、酷いのはリックの言葉ですよ……」


「そうか? はっははは!」


「何でそんなにリックはテンション高いの?」


「あったりまえだろ! モンスターの素材売り払えば金が入るんだ、テンションも上がるわ! はっははは」


 テンションの高いリックとは別に、疲れが残っているのか、他の四人はリックのテンションについて行けていなかった。


「うん、それはそうだけど……。昨日も言ったけど、素材はライアングルの街で引き渡すから、素材の金はまだ先だよ」


「何だよ、ここで少しだけで良いから売っちまおうぜ」


「リック、ここだと洞窟も近い分、安値での取引になるかもしれませんよ? それなら少し我慢してライアングルで売った方がいいのでは?」


「それに、エンリエッタさんに約束もしてるからね」


「ん〜、仕方ねぇな……。あっ! そうだ、まだ金が入る奴があるじゃねえか!」


「リック、完全に忘れてたみたいだニャ」


「じゃ、行こうか、盗賊を預けた役所に」


 4階層、セーフエリアでミツのアイテムボックス内の食料を狙って襲ってきた盗賊の集団。寝込みを襲って来たが、盗賊はあっさりと撃退され、外へと出るアバ達に一緒に外へと連れて行ってもらっていた。

 その際、捕まえた盗賊と引き換えに報酬が貰えると言われていたので、受取のためにと役所へと足を勧めた。

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