第62話 苦手な物は誰でもある

 下の7階層へと下りる道を進む途中だが、既に次に出てくるモンスターが何なのかを、姿を見ずに自分も仲間の皆も予想していた。


「下りるのも大変ニャ」


「もう少しだよ。ほら」


「ふ〜、やっと到着。って、うわ、何よこれ…」


「何って……どう見ても蜘蛛の巣だろ……」


 下り道が終わると、いつもは程々に広めのフロアに到達するのだが、今回はそのフロアの入り口となる場所はびっちりと通路を閉ざすかのように蜘蛛の巣で塞がれていた。


 下へと下りる道を進む途中、やけに蜘蛛の巣が多いと感じだした頃には、天上の土壁が見えない程に蜘蛛の巣が張られ、進む道を歩くたびにあちらこちらに蜘蛛の糸が肩や頭にこびりついてしまう程だ。そのせいか皆はもう違和感なく次に出てくるモンスターは蜘蛛だと感じていた。


《ミツ、注意してください。その先のフロア内にて、無数のモンスターが潜伏してます》


(おっ、無数ってどれくらいいるの?)


《はい、入り口に4体、正面に9体、岩陰に16体、天上に8体です》


「げっ……」


「どうした?」


 ユイシスからこの先にモンスターが数体いること、そしてその数を聞いて自分は目の前の入り口に張られた蜘蛛の巣を見て愚痴をはく。そんな自分を見て、リックが身体についた蜘蛛の糸を取りながら、怪訝そうにこちらを見ていた。


「いや……モンスターに待ち伏せされてるみたい。この先、かなりの数のモンスターがいる……」


 ユイシスから教えてもらったモンスターの数、そして潜んでいる場所を伝えると、リックは険しい表情を浮かべて少し入り口の蜘蛛の巣から離れた。


「フンッ、面倒くさいわね。取り敢えずこれは邪魔だから燃やすわよ。皆離れてちょうだい。プルン武器を構えて、後ろから私が援護するわ」


「ニャ!」


 そして、リッコがリックの変わりにとグッと前にでると、入り口を塞ぐ蜘蛛の巣へと火玉を向けた。

 その横ではリッコの言葉にプルンは獲物であるナイフを構えている。


「まてまて! 流石に数が多すぎるだろ。お前らが戦いたいのは解るが、もう少し慎重に行くことを考えろよ」


 珍しくリックが焦ったような早口な口調になっている。そして、よく見ると顔色が悪いし、顔は汗をかいていた。

 もしかしてと思い、後ろにいるリッケに聞いてみる。


「リッケ、もしかしてなんだけど、リックって虫が苦手とか?」


「あっ、気付かれましたか? 家族では母さんと僕とリッコは割と平気なんですけど、父さんとリックは全般的に虫が苦手なんです」


「やっぱり……。リック、無理なら後ろにいてもいいよ? リッコとプルンは自分とリッケでフォローに回るからさ」


「なっ! おまっ! リッケ! お前言いやがったのか」


「すみません。でも、このままじゃリック、何かと言って先に行こうともしないですし。それにこういうことは仲間に伝えとかないと、後々怪我人が出てからでは遅いですよ。僕にも苦手な物はありますから、リックだけじゃありません」



「うぐっ……」


 本人としては虫が嫌いなことを家族以外には隠していたかったのだろう。

 だが、リッケの言ったことも間違いではないのは、リックも解っているはずだ。仲間の苦手な物を知らなかったでは、戦っている時に何かあってからでは遅いのだから。


「フンッ、リッケの言ったとおりあんたは後ろを守ってなさいよ。ミツ、悪いけど最初から本気で行くから、おまじないお願いできるかしら」


「解った。本気で行くなら、能力上昇系スキルと追加に、新しいスキルを二人には使わせてもらうよ」


「ニャ!? 新しいスキルニャ! ミツいつの間に覚えたニャ!?」


「さっき、セーフエリアで皆のジョブ変えた時かな。少し前にね」


「あんたがさっき言ってた試したいことって……」


「そう。取り敢えず皆手を出して」


《経験により〈攻撃力上昇Lv5〉〈守備力上昇Lv5〉〈魔法攻撃力上昇Lv5〉〈魔法防御上昇Lv5〉〈攻撃速度上昇Lv5〉となりました》


(やっぱり、このスキルレベルが上がるのが早い……)


 また円陣を組、皆は手を重ね、その上から自分は皆に能力上昇系スキルをかけると、スキルレベルが上がった。

 レベルが上がったことに自身でも驚きながらも、直ぐにレベルが上がったスキルを皆へとかけ直す。



「どうしたの?」


「いや、なんでもないよ。思ったより皆の能力をうまく上げることができたから、自分でも驚いただけ」


「そうなの? でも、確に更に動ける気がするわね」


「ニャッ! ニャッ! 身体が軽いにゃ」


 シュシュっとパンチを出し、軽くシャドーをするプルンを見て、また先程の手合わせの時よりも攻撃スピードが上がったのが目に見てわかる。



「ところでミツ君、新しいスキルって何ですか?」


「うん、えーっとね。これだよ」


 リッケの質問に自分はアイテムボックスに手を入れ、その中から先程のお店から購入したタマゴの形を模した木彫りの笛を取り出した。



「何これ? タマゴじゃないわよね?」


「木彫りのお土産品ですか?」


「これは食べれないニャよ?」


「何で食べる前提なのさ。これはただの笛だよ。でもこれを使うスキルなんだ」


「笛? お前吹けるのか?」


 食いしん坊のプルンの言葉は軽く流したが、リックの使えるかどうかの質問には即答できず、自分の手に持つ木笛をじっと見ながら焦りが出てきた。

 スキルがあるからと言って、それを使いこなせるかは解らない。だが、今迄扱ってきた武器を使ったスキルを考えると、そんなことは今更と自分の中で開き直ってきた。



「どうだろう、初めて使うから知らない」


「何だよそりゃ……」


 リックの呆れたような口調に、自分はそっと視線をそらした。


「取り敢えず吹くよ」



 笛の練習を兼ねて、木笛へと空気を吹き込むと、音はごもるような不快音も出すこともなく、すんなりと出たので笛の作りは意外としっかりと作られているのが解った。

 掘られた穴の塞ぎ方次第では様々な音色が出せるようだ。お土産品の値段としては意外といい物を選んだのかもしれない。


 ピッピッピッ。ピッピッピッ。ピッピッピッピッ ピッピッピッ。



「……」


「いや、まだスキル使ってないからね。そんな残念そうな目で見ないでよ」


「おっ、おう……」



 自分は笛を口に当て、そして曲のイメージを思い浮かべる。

 久しぶりに使う管楽器。子供の頃に学校の授業として使ってはいたが、それ以来は楽器を扱い音を奏でることもなかったし、そんな自分がいきなり使ったこともない未知の木笛で演奏できるのかと不安もあった。


(簡単な曲だと助かるな……)


《ミツ、スキルの使用時はイメージが強く影響します。音楽スキルに旋律に統一はありませんので、初めてつかうスキルの音はミツの想像力に影響します》


(へー、つまりは曲は自分が決めていいんだ。解った……イメージ……イメージ……)


 笛の空いた穴、それを一つ一つに指を当て、もう一度出せる音を確認する。高い音、低い音、そして集中し二人に向かって使う〈ヴァルキリーメロディー〉を使用する。


 二人を見て、そしてゆっくりと目を閉じ、今までの戦う二人の姿を思い出しながら自分は息を吹き込む。女性が勇ましく、また恐怖に負けずに勇敢にモンスターに立ち向かう姿、そんなイメージを音にのせていく。

 イメージから奏でる音、指がどの様に動かせばいいのか、また吹き方が無意識と解るように動きだす。

 優しい音から力強い旋律に変わり、聞いていて心地よくなる音が周辺を包み込んでいく感じだった。


 奏でて思ったのだが、演奏する曲はやはり無意識にクラシック音楽の曲に何となく似ていると思った。


 流れる音がゆっくりと終わり、自分は目を開ける。二人は自身の力が更に増したことが解ったのか、ジッと自身の手を見た後、驚きの顔のまま自分の方を見てきた。

 

「何よこれ……」


「凄いニャ……」


「なあ……。使ったこともない笛を初めてあつかう奴が、何でいきなりこんなに上手く吹けることに俺はどう思えば良いんだ?」


「リック、口に出すくらいですから素直に驚けばいいんじゃないですか?」


「納得いかねえ」


 後ろで突然自分が奏でだした音に、どう言葉を突っ込むかを話してる二人は取り敢えずほっとくとして、今は二人のステータスがどう変わったのか気になる。しかし、攻撃力や魔力の解るステータス鑑定はスキルだけではなく何故かリッコの場合は身体のサイズまで表示してしまう。

 もしかしたらプルンもステータスを確認すると同じことが起きるかもしれない。それは流石に二人には悪いので、鑑定はせずに後の戦いを見て、何となくステータスの数値を思い浮かべる程度にしとくことにした。


「成功かな?」


「凄い! 凄いわよ! ミツ、あんたには本当驚かされるわね!」


「そうニャ。本当に凄いニャ」


「そんなに変わりましたか? 僕はさっきのおまじないから身体の調子は変わりませんけど?」


「俺もだ。なあミツ、俺達には効果はない見たいだけど、今のは失敗じゃねえのか?」


「あ〜、ごめん。このスキル、女性限定にステータスを上昇させるみたいなんだよ。だから笛を吹いてる自分にも、それを聞いてるリック達にも効果はないんだ」


「なら、リッコ達みたいな女限定があるなら、男の俺達専用の曲もあるか!?」


「ん〜、あと数曲あるけどね。考えたら、男性のステータス上昇スキルは無いかな」


「そっ、そうか。まぁ、おまじないだけでも十分だから良いけどよ」


 自分に顔を寄せ近づくリックだが、そんなスキルは無いことが解ると、目に見えて肩の力が抜けたのかリックはガックリとしている。


「一曲終わったけど、リッコにはもう一曲聞いてもらうからね」


「えっ? まだあるの!?」


「うん、今度のは魔力を扱う者、魔法攻撃力を上昇させるスキルだよ。これは自分にもリッケにも効果は出ると思う」


「僕にもですか?」


「お前に効果あっても、今は剣で戦うんだから意味ないと思うけどな……」


「あっ、そうですね。それに僕は二人みたいに攻撃の魔法は使えませんし」


「じゃあ試して見るからね」


 次に使うは〈マジシャンメロディー〉魔力を扱う者の戦闘能力を上げると説明を受けたスキルだ。


 今度は魔法を使い、戦うリッコを思い浮かべながら曲をイメージする。


 そんなイメージを浮かべると、自分が思いついたのは何故か日本アニメの様々な魔法少女番組だった。日曜朝アニメの魔女組、カードを集める魔法少女。更には髪色を変え、歌手のアイドルになる女の子。こう考えると日本は魔法少女アニメが多かったんだなとしみじみと思う。


 小柄なリッコを目の前にイメージしてしまうと、無意識に魔法少女を思い浮かんだのだろう。

 本当は海外のカッコイイ魔法使い書籍や映画などがあったのだが、遅かった。


 ゆっくりと、また優しく流れ出す旋律。しかし、自分は途中で吹くのを止めた。


(あ〜。これは確かに魔女の曲だけど……)


 本当に無意識と思えるほどに奏でだした旋律は、13歳の女の子の魔女修行の映画の音そのままだった。

 

「どうしたの?」


「失敗失敗、もう一度」


 新しいスキルだけに、失敗しても吹き直すことに皆は違和感は持たない。

 自分は気持ちを仕切り直して笛から音を出した。

 しかし、一度イメージが付いてしまったのか、二度三度吹き直すも同じ旋律しか奏でることができなかった。


(えっ……何で曲が変わらないんだ……)


《ミツ、最初のイメージが強すぎて旋律の変更ができません。もう諦めてマジシャンメロディーはそのままにその旋律を使用してください》


(やっちまったぜ!)


 リッコには申し訳なく思いながらも、久しぶりに音として聴くその奏でに、心から安心と懐かしさを思い、自分はそのまま笛を吹くことにした。


「いい曲ね……」 


「気持ちが落ち着きますね」


「ニャ〜」


「場所がもっとマシなところだったら良かったけどな」


 笛を吹き終わり、リッコのステータスを見るのは躊躇うので自分は自身のステータスを確認する。



魔力 1856+(105)



(うん、何だこの魔力値は……。ねえユイシス、このステータスはどういう計算で足されてるの?)


《はい、ミツのステータスの説明ですが。先ず先程の〈マジシャンメロディー〉を使用の前、ミツは自身に〈魔法攻撃上昇〉スキルを使用してます。こちらのスキルは、ステータスにそのまま影響いたします。更には〈能力強化〉スキルが発動にて、スキル効果が倍となり〈魔力攻撃上昇〉はLv1でステータスを1.2倍とします。〈魔力攻撃上昇〉が今はLv5では魔力値が2倍となりますので、その時点で通常である魔力値663から1326、最後に〈マジシャンメロディー〉を使用してますので〈楽器演奏術〉にも〈能力強化〉が反映し効果は1.4倍。結果今のステータスである1856が今のミツの魔力値です》


(説明ありがとう……。つまりは能力強化スキルがめっちゃ働いて、今このステータスってことね)


《はい、またミツの疑問に思っている、攻撃力上昇や魔法攻撃力上昇スキルのレベルが上がりやすい理由ですが、こちらのスキルは他者に使用すると通常よりレベルが上がりやすくなっております》


(あー、納得したよ。道理でレベルの上がりが早いと思った)


「ミツ君、大丈夫ですか?」


「あっ、ごめん、考え事してた」


 思考にてユイシスと話していると、ゆさゆさと肩を揺らしながら、心配そうな表情を浮かべリッケが声をかけてきた。



「ん〜、あんまり実感ないけど、今ので強くなったの?」


「うん、おまじない程でもないけど、更に上乗せでリッコを強くしてくれてるよ」


(あっ、自分でもおまじないって言っちゃった)


 リッコは手に持つ杖を上下に上げ下げしたりと、自身の体の動きを確かめながら、今はまだ実感のわかないスキルに疑問視していた。


「そっ、なら一番手は私に行かせてもらうわよ!」


「おう、程々にな」


「リッコ、また調子に乗って魔力を枯渇しないように注意してくださいね。そうしないと、またミツ君から魔力を分けて貰うことになりますよ」


「うっ……。解ってる、注意しとくわ……」


 入り口の方へと踵を返し、踏み出す足をリッケの言葉でグッと止め、リッコは4階層での失敗を思い出しながらも、少し羞恥しながら言葉を返した。

 そして、一度大きく深呼吸をし、目をキリッと見開くと、目の前の入り口を通せんぼしている蜘蛛の巣に向かって火玉を飛ばした。


「ファイヤーボール!」


 リッコ自身、蜘蛛の巣を消す程度なので火玉の威力も最低限に手加減して出したのだろう。だが、出てきた火玉はメラメラと膨れ上がり、近くにいた自分達にも少し肌が熱く感じるほどだ。

 これ以上は危険と感じたリッコは、直ぐに火玉を蜘蛛の巣へと押し付けどんどんと溶かしていく。


「おー、溶けた溶けた。蜘蛛の巣が一瞬で無くなっちまったぜ」


 目の前の蜘蛛の糸を燃やし尽くすと、奥の方からカサカサと生き物が蠢く音が聞こえた。

 ユイシスから周囲を確認してもらい、入り口にいた4体のモンスターはその場から離れたことが教えられた。


「よし、入り口にいたモンスターも離れたみたい。今なら行ける!」


「ウチが先に行くニャ!」


「プルン、気をつけなさいよ!」


「ニャ!」


 注意しながら、先ずプルンが先人を切ると皆は続けて中へと入っていく。


 ワサワサ……ワサワサ……


「うわ……やっぱり」


 顔をしかめ、目の前にいるモンスターの群れに自分も、皆も一度ゾクリと背筋が身震いする。


 予想通り今回のモンスターは蜘蛛だった。

 ただ、その蜘蛛も色様々に種類豊富にいるのか、眼と胴体の色で別れているようだった。

 違いを確認するためにも、自分は色別で鑑定をしてみる。



レッドスパイダークラブ


Lv15。


糸出し  Lv5。

毒液   Lv5。

出血   Lv5。



ブルースパイダークラブ


Lv15。


糸出し  Lv5。

麻痺攻撃 Lv8。

眠り攻撃 Lv8。

幻覚攻撃 Lv3。



グリーンスパイダークラブ


Lv15。


糸出し  Lv5。

束縛   Lv8。

発光色液 Lv9。

粘液糸  Lv9。


 

 鑑定して蜘蛛は色別で持つスキルは違うのは解った。それぞれのスキルで役割分担をして、獲物を狙うモンスターだと理解した。

 3色の中で一番気をつけるのは赤い蜘蛛のレッドスパイダークラブだろう。スキルも他とは違い、物理ダメージのある毒液や出血、冒険者として厄介なスキルを持っている。

 青と緑の蜘蛛のブルースパイダークラブとグリーンスパイダークラブはスキルから見ても獲物を捕らえるのがメイン。だが、捕まったら直ぐに他の蜘蛛が状態異常になった者に襲い掛かってくるかもしれない。

 今このフロアにいる蜘蛛の数は30を超えている。

 先程のリッコの火玉の効果もあったのか、どの蜘蛛も直ぐに襲い掛かってくる様子もない。

 虫の表情は解らないが突然の攻撃に混乱してるのかもしれない。

 

 しかし、混乱してるのは蜘蛛だけではなかった。



「これは苦手じゃなくてもキツイですね……」


「リック大丈夫!?」


「……」


「リック?」


 自分の言葉を返事を返すこともせず、口をパクパクと動かすリックは明らかに目の前の光景に絶句していた。


「リック!? リック! しっかりして下さい!」


「……おっ」


 リッケの呼びかけに何とか返事を返すが、あきらかに今のリックの思考回路が止まってる。


「ミツ君、僕はリックのそばに居ます、このままではリックがモンスターに襲われるかもしれません」


「解った。見てわかると思うけど、あれは壁にも張り付くモンスターだから二人は後ろの入り口の通路に戻って。あそこならモンスターが来ても四方から襲われることもないだろうからさ」


「はい!」


 リックを引っ張るようにリックは一度入り口の通路へと戻り、自分はそれを確認した後、前で戦おうとしている二人へと近づいた。


「あら? 二人は?」


「うん、リックがこの光景に絶句と言うか、思考停止しちゃってね。危ないからリッケに任せて後ろに下がってもらった」


「だらしないわね〜。たかが蜘蛛じゃない、少し大きいけど」


「少し……?」


 リッコは少しと言うが、あきらかに目の前の蜘蛛のモンスターはその辺にいる蜘蛛とは大きさが違いすぎる。例えるなら、1体1体がゴーカートほどの大きさだと言えば解りやすいかもしれない。

 うん、あきらかに少しって言わない大きさだし、虫嫌いのリックが絶句するのも納得できる。


「さて、私も本気がようやく出せるのね」


「二人とも、あの赤い蜘蛛には気をつけて。他のと比べてあれは毒とか厄介な攻撃をしてくると思う。勿論他のにも注意しながら戦って」


「ニャ!」


 自分とプルンとリッコ、3人は背中合わせに目の前のモンスターの動きを警戒しながら戦いの策戦をたてる。

 そして、先程までワサワサと動いていた蜘蛛たちが、ピタリと動きを止め、目の前の獲物となる自分達へと一斉に飛び掛って来た。 



 襲い掛かってくるレッドスパイダークラブの頭を蹴り上げ、自分は直ぐに〈風刀〉を取り出し、むき出しになった足をスパッと斬り落とす。

 蜘蛛の足を切った後、自分は手に持つ〈風刀〉を見て驚いた。それは今まで半透明な風刀だったのだが、今手に持つそれは、以前出した物とは比べられない程に真青に色付いている。

 見た目の色が変わった〈風刀〉だが、ユイシスからはスキルのレベルが上がった報告は聞いていない。なら何故変わったのか?

 少し考えたが、どうやら〈マジシャンメロディー〉の効果が影響していたようだ。

  

 足を全て斬り落とされ、動けなくなったレッドスパイダークラブを鑑定するがまだ瀕死ではない。ならばと、アイテムボックスから1本の矢を取り出し、動けなくなったレッドスパイダークラブの頭部に〈麻痺攻撃〉を込めた矢を突き刺す。

 矢を突き刺されたレッドスパイダークラブはビクビクと体を痙攣し始め、鑑定すると麻痺状態と表示されている。

 

(よし! スティール)


 三色の蜘蛛の中でも一番厄介なスキルを持つレッドスパイダークラブのスキルを奪い取り、自分は安堵した。


《スキル〈毒液〉〈出血〉を取得しました、経験により〈糸出しLv3〉となりました》

 


毒液


・種別:アクティブ


毒の液を出せる、レベルによって毒の強さが変わる。



出血


・種別:パッシブ


自身が攻撃し、ダメージを与えた相手の出血量を増加させる。



 1体を倒しても、また次のモンスターが襲い掛かってくる。連続で襲いかかるモンスターの厄介なことは面倒このうえない。


 戦いながら二人の様子を見ると、リッコとプルンはお互いをカバーしながら戦いをしていた。



「リッコ、壁と上も頼むニャ!」


「まかせて!」


 距離がある蜘蛛にはリッコの魔法が炸裂している。先程エイバルに放った〈ライトニング〉だが、スキルの効果もあり、先程と比べても威力は上がってる。閃光が走るかのように、バチン、バチンっと大きな音と光を出しながら蜘蛛に直撃し、蜘蛛を一瞬で感電死させていた。〈ライトニング〉が直撃した場所は、熱を持ったように赤く、そして周囲を焦がしている。

 プルンは飛び掛って来る蜘蛛に手に持つダマスカスナイフを突き刺したり【モンク】の時の機敏な動きを合わせて戦っている。

 一番驚いたのは、1体の蜘蛛が天上から落ちてくる際に、プルンは来るのが解っていたかのようにタイミングを合わせて、見事なサマーソルトキックを決めて蜘蛛の頭を蹴り潰したことだろう。そして、蹴りの勢いをそのままに、数体固まった蜘蛛の方へと蜘蛛を蹴り飛ばし、一度に数体を倒していた。

 超エキサイティングなシュートを見て、リッコだけではなく、プルンもしっかりと戦闘能力が上昇しているのが解った。


 一撃一撃の攻撃が強い二人は、油断しなければここにいる蜘蛛は問題なく倒せるようだ。

 二人は取り敢えず大丈夫そうなので、直ぐに戦いのヘルプはいらないだろう。

 

 岩陰に近づくと、2体のグリーンスパイダークラブが姿を表し、2体は自分に向かって緑色の液体を飛ばしてきた。


 左右と攻撃を避け、液体に触れることはなかったが、避けた際、先に倒していたレッドスパイダークラブの亡骸にその避けた液体の一つがベチャリと命中した。

 そして、液体が付着したレッドスパイダークラブの亡骸。ベチャリとついた液体が蛍光色のような光を出すと、他の蜘蛛達がワサワサと近寄り、突然牙や鋭い爪を次々と亡骸へと突き刺しだしたのだ。


「げっ! 何を?」


《ミツ、グリーンスパイダークラブが使用する〈発光色液〉は獲物となる物に付けると、近くのモンスターの的となります。ブルースパイダークラブもそのスキルに反応して〈麻痺攻撃〉〈眠り攻撃〉を獲物に使用し獲物を捕食します》


 ユイシスの説明を聞きながらレッドスパイダークラブの亡骸を見ると、他の蜘蛛がそれは獲物と判断したのか、ムシャムシャと食べ始めていたのだ。


 蜘蛛は共食いをする悪食なのは知っていたが、たった数体に囲まれたレッドスパイダークラブの亡骸は、付着した〈発光色液〉と共に他の蜘蛛の胃の中へと消えた。


「うわっ……。赤のレッドスパイダークラブだけじゃなく、緑と青の蜘蛛も厄介なモンスターだったか。 なら、先にスキルを抜き取る前に少し数を減らすべきかな」


 丁度一箇所に固まった蜘蛛に向かって、自分は直ぐにアイテムボックスから取り出した弓を構え、弦を引いた。

 そして新しく覚えたスキル〈マジックアロー〉を使用。すると弦しか引っ張っていない右手だったが、スキルをイメージした瞬間、自分がイメージした水の矢が現れた。

 鏃の先端は通常では作れないような鋭さであり、水の矢は普通の矢よりもほんの少しだけ大きいが、重さはそんなに感じない。

 狙いを定め、またこちらへと向かってくる1体の蜘蛛へと放った。


 ドスッドスッドスッ!


 水の矢は蜘蛛の頭に刺さると、その勢いは止まることもなく、その後ろにいた別の蜘蛛へと貫通し、一度に3体に攻撃することができた。

 2体を貫通し、最後の蜘蛛は即死とはならなかったが、瀕死で既に仰向けに足をバタバタと動かしている。

 

 直ぐにスキルを回収したいが、他の蜘蛛がまだ多すぎるため、そんな余裕は今はない。


 折角なので、続けて〈マジックアロー〉のスキル試し撃ちも兼ねることにした。

 このスキルは自分が持つ魔法の属性の矢を具現化できるようなので、自分は残りの、火、土、雷、氷を順番で試してみる。


 火の矢、これはゲームでお馴染のファイヤーアローそのままだった。メラメラと燃える矢が蜘蛛へと命中し、これは2回蜘蛛へと撃ったが2回とも貫通はせず、矢が命中した蜘蛛が暴れても矢の先、鏃部分が返しになっているのか、矢は抜けることはなく蜘蛛を燃やし尽くすまで火は消えることはなかった。

 対人戦では使えない。


 土の矢、握り拳程度の大きさの鏃。これは飛ぶのかと不安があったが、矢を放ってみると矢は勢い早く、命中した蜘蛛の頭だけではなく胴体までもグシャりと潰してしまった。これは威力はあって強いが、素材集めとしては使えないと判断した。

 そして威力が高すぎるので対人戦では使えない。


 雷の矢、出した瞬間眩しい光を出し、少し狙いをつけるのが難しい矢だった。しかし、この矢は色々と発見があった。それは1体の蜘蛛に命中させると、ここにいる蜘蛛程度なら一撃撃ち込めば倒せることと、矢を受けた蜘蛛の状態が火傷と麻痺と表示されていた事だ。今回は〈麻痺攻撃〉のスキルは使わずに単体での〈マジックアロー〉のスキルである雷の矢の検証だったので、一度の攻撃で2種類の状態異常をモンスターに与えることができ、また新しい状態異常を知ったことに良しとした。勿論これも対人戦では使えない。

 だが、発見はまだある。なんとこの雷の矢、イメージで消さない限りは雷の効力が続き、その雷の矢が光った状態のまま現状を維持してくれるのだ。そう、自分は今、明かり代わりの蛍光灯をゲットしたのだ。



 氷の矢、これは見る人が見たら拷問的な矢かもしれない。それは1体の蜘蛛の胴体に氷の矢が刺さると、矢は貫通することもなくドスッと動きを止めた。これだけかと思った瞬間、氷の矢はまるでハリセンボンの様に鏃の先からは無数の棘が飛び出し、蜘蛛の体に無数の穴を開けた。そして暫くすると、氷の矢はパリンッとガラスを割った結晶音を出しながら消えていった。

 

 他にもスキルには〈アビス〉や〈ハイヒール〉などのゲームで言う闇属性や光属性を感じさせるスキルはあるが、残念ながら闇の矢も光の矢も出すことはできなかった。いや、ある意味雷の矢は自分にとっては光の矢なのかもしれない……。蛍光灯としての考えでだが。

 また、〈忍術〉を使用する際の〈風刀〉〈風球〉を使うので、風の矢を考えたが、残念ながらそれも出す事はできなかった。


 自分のMP量も確認しながら矢を出したのだが、一本一本作り出すごとにMPが10減っていった。今はそこそこにMPも増えたのでそれほど気にすることはないが〈マジックアロー〉と〈連射〉の組み合わせは直ぐにMPが無くなってしまうかもしれない。暫くは〈連射〉は通常の矢の時だけにしとこう。


 そして倒した蜘蛛に鑑定すると、残念ながら〈マジックアロー〉を受けた蜘蛛は全て亡骸と鑑定されていた。そりゃ、燃やしたり潰したり串刺しにしたのにまだ生きてた方が逆に怖いからね。


 岩陰に潜んでた蜘蛛は取り敢えず全て倒し、不意打ちなどの不安要素は片付けた。

 天上にいた蜘蛛はリッコの火玉に撃ち落とされ、残りは二人が戦っているのが見える数体だけとなる。

 目的の蜘蛛の数を減らすことができ、スキルの回収を後回しにしていたので、プルン達が戦っている方の蜘蛛のスキルを狙ってそちらへと駆け寄ろうとすると、蜘蛛は危機感でも感じたのか、まさに蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げるように洞窟の通路へと消えていってしまった。



「逃げるニャ!」


「プルン! 深追いは駄目!」


「ニャ、解ってるニャ」


(あっ……逃げちゃったか)


 30体以上いたスパイダークラブ。

 数体は逃げてしまったが、リッコとプルンの二人であっさりと蜘蛛達を倒すことができた。


 そんな二人が倒したモンスターを鑑定をしながら見渡すと、1体だけ、まだ瀕死のレッドスパイダークラブがいるのが解った。

 そしてその口を開け、何かしそうにしている。

 もしかしたら毒を吐く気かもしれない。

 自分は声を上げ、プルンに注意を飛ばした。


「プルン、後ろ! 岩陰に1体残ってる!」


「ニャ! 任せるニャ!」


 自分の声にプルンはバッと後ろに振り向き、レッドスパイダークラブの口から吐き出された液体をサッと避けることができた。そして岩場を駆け上がり、岩陰に隠れていたレッドスパイダークラブに狙いをつけ、プルンは背の上へと体重を込めた蹴りを入れる。


「くらえニャ!」


 レッドスパイダークラブの背に蹴りが決まったと同時に、フラフラとしていた胴体は地面に叩きつけられ、それと同時に足がボキボキと外れて取れてしまった。


「うわ、足が……」


「プルン、あんた……」


「ち、違うニャ! 元からこいつの足が脆かっただけニャ、本当ニャ!」


 レッドスパイダークラブが瀕死状態で弱っていたのは解るが、それでも見た人が見たらプルンが背に乗った瞬間、足がプルンの重さに耐えきれずに外れたとしか見えないだろう。


 プルンはこちらに来る足を止め、外れた蜘蛛の足をじっと見ている。

 そして1つ拾って、その足を見せるように持ってきた。



「二人とも、これを見るニャ!」



「何? 蜘蛛の足がどうしたの?」


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