第60話 洞窟6階層


「皆、忘れ物は無いね? 行くよ」


 周囲を確認し、誰もいないことを見渡した後に自分は〈トリップゲート〉を発動した。

 ゲートが目の前に現れたことに気合を入れる面々。



「大丈夫ニャ! ウチ、また洞窟頑張るニャよ!」


「早く行きましょう! 私この杖で新しい魔法試したいもの!」


「そうですね、僕もこの剣を早く使い慣れたいので戦いが楽しみです」


 新しい武器である得物を手に入れた三人は、ワクワクと戦闘を早くしたいと口々に出していた。



「行くぞお前ら! 転職後の俺達の力でモンスターを倒すぞ!」


「「「「おおーー!!」」」」


 リックの掛け声に皆が気合を入れ、ゲートをくぐり洞窟の6階層のセーフエリアへと戻ってきた。

 戻ったセーフエリアには誰もおらず、セーフエリアは静寂が満ちて少し不気味だ。



「さて、行く前にと」


「ニャ? どうしたニャ?」


「うん、この先進む前に軽く準備運動がてらにね。プルン、約束通り少しあっちの方で手合わせしようか」


 ポンとプルンの肩に手を乗せ、少し広場となった方を指差しながらプルンへと移動を促した。


「ニャ!」


 先程まで平和な街にて買い物やお祭り気分を味わった面々。自分は気を引き締め直すつもりもかね、先程プルンの言葉を思い出すかのように少し組手に声をかけた。

 突然の誘いにプルン以外にも他の三人も驚き顔だ。


「なんだ、直ぐに行かねえのか。ならリッケ、お前も少しでも剣になれるためだ、俺と1本やるか?」


「えっ? 良いんですか?」


「莫迦か!? これから行くのはスケルトンやスモールオーク見たいな敵が出るかもしれないだろ。本当はまだお前を前衛で戦わせるのも不安なんだ、ここで少しでも剣の重さになれとけや」


 リックの言う事はもっともだ。

 先程まで【クレリック】だったリッケがいきなり後衛位置から前衛の位置へと戦闘スタイルを変える事になる。

 立ち居振る舞いさえ知らないのだから、本当はゴブリン等の比較的に弱いモンスターから戦いに身をならせて行くものを、転職後直ぐに洞窟に来るとしても、1階や2階のモンスターのスライムやコボルト等で剣に慣れていくものだ。

 何もかもすっ飛ばして6階層に来るのがおかしな状態だった。


「ありがとうリック!」


「フンッ、軽くあしらってやるぜ」


「何よ、私だけ暇じゃない」


 リッコは待つのも暇と岩場に腰を下ろし、二組の組手を遠目に観戦することになった。


「プルン、先ずはゆっくりで良いからプルンもナイフの重さを身体に慣らすように動いて見ようか。それ自分が持ってるナイフより刃の部分が大きいから、使い慣れるまで時間かかると思うからさ」


「解ったニャ」


 そしてプルンはその場からバッと駆出し動き出した。

 それと同時にリッケとリックの打ち合いも始まった。


「ニャ!」


「もっと腕を引いて、そんな大振りだと簡単に武器を落とされるよ」


 プルンの上段からのナイフの振りを横に避け、素早くプルンの手首に軽くシッペのようにペチっと指先を当てる。


「ニャ!」


 次にプルンはナイフを横に振るが、ナイフより先に肘等の身体が先に動いてしまい先読みがしやすく、少し下がるだけで避けることができた。


「おっ、上手い上手い」


 避けるたびにプルンはナイフの振り方に動きを追加したり、持ち方を変えたりと、油断できない戦い方を見せてくれた。


「ニャッ! ミツ本当に支援使って無いニャよね!?」


「使ってない使ってない」


 別に嘘をついて、こっそりと自分だけに〈速度増加〉などの能力上昇スキルを使っているとかの疑惑の言葉ではなく。プルン自身が思いのほか戦いがスムーズにできていることに驚いているからだった。


「たぁ!」


 ガンッ!


「踏み込みが遅えぞ! もっと腰を入れて打ち込めや!」


「はい!」


 リックとリッケ二人がやっているのは剣の打ち込みだった。

 一方的にリックが盾で守りながら指示を出し、リッケは気合と共に剣を振りぬく。ガンッガンッと盾を叩く音が響き、最後にはリッケのスタミナが切れたのか、ぜぇーぜぇーと息を切らしながら座り込んでしまっていた。


「まぁ、初めて剣を振ったにしては十分だろ。後はオヤジにしごかれて腕を磨くんだな」


「はー……はー……は、はい。ありがとうございますリック」


「おう」


「こっちもそろそろ終わりにしようか」


「ニャー! 最後に一撃入れてやるニャッ!」


 プルンさんや、一撃いれるというが、刃がむき出しのナイフでの一撃は、流石に色々と怪我対策のスキルが発動してるとしても怖いんだよ。

 更には意気込みは十分だがプルンは動きっぱなしで最初ほどの動きのキレはもうない。スッと後ろへと回り込み、プルンの尻尾を掴み自分達の組手が終わった。


「はい、終わり」


 ギュッ!


「ニャン!」


 油断していた尻尾を掴まれ焦り驚くプルン。

 前々から気になってたプルンの尻尾、正に猫っ毛の様にツルツルと触り心地十分の物だった。

 猫っぽいプルンの尻尾、これ引っ張ってスイッチがOFFになったりしないよね?


「〜〜〜」


 プルンは顔を真っ赤にしながらも悔しいのか、尻尾をクイックイッと動かしジッとこちらを睨んでいた。

 あんまり触りすぎてもスケベとか言われたら嫌だし、早々に尻尾から手を離すことに。


「コホン、えーとね。プルンは最後ナイフの重さに負けて腕が下がりすぎてたかな。後ナイフの扱いでも【モンク】だった頃の戦闘を生かして足や拳を使う戦いをした方がいいよ」


「どうするニャ?」


「ん〜、なら流れを見せるから見ててね。リック、悪いけどプルンに動き見せるから構えてもらえるかな?」


「おっ? おう、構わねぇぜ」


 プルンからナイフを受け取り、リックが怪我をしないように鞘に入れた状態で攻撃を仕掛けた。


 格闘ゲームに出てくるナイフを扱うキャラクターを思い出しながら、同じ動作をプルンに見せる。


「いいかい、プルンよく見ててね」


 左右のナイフの攻撃の後に、相手の防御が上に集中したさい、足元に下段蹴りを入れ、崩れたところにナイフを振り下ろすと言う簡単にコンボが取れる戦闘プレイだ。


「うぉ! うわっ」


 今回はリックの膝裏を足先で引っ張り、膝カックン状態に足を崩した。

 そして倒れそうなリックの手を引き、怪我のないように引き止める。



「ニャッ!」


「よっと。こんな感じに相手の隙を作ったりして次の攻撃に繋げて。勿論ヒットアンドウェイもありだけど、戦う相手によるかな。今までに戦ったスケルトンやスモールオークみたいな二足足のモンスターには有効な手段だから覚えててね」


「アッサリとやられたわね」


 あまり自分の見せたことない対人戦に攻撃を受けたリックは、何をされたのか一瞬解らなかったのだろう。だが遠目に見ていたリッコからはリックの足を引っ掛けたのは見えている。


「いや、マジ油断したわ」


「リックは持つ盾が上に行く程に下からの攻撃が当てやすいから気をつけないとね」


「おっ、おう」


 セーフエリアに戻って10分足らず、軽い準備運動も終わり先へと進むことに。

 前もって勿論皆には能力上昇系スキル(おまじない)を使用の後〈速度増加〉等などの支援をかけた。今回からはリッケは支援ではなく前衛として戦ってもらう為、今後の回復や支援は自分が担当することになった。


「そんな。それだとミツ君に負担がかかるのでは……」


「いや、流石に皆が怪我するかもしれない時に、自分も前で戦おうなんて思わないからさ。ちゃんと戦闘中は後衛の支援として動くよ」


「そうですか……ではこの階層からはミツ君は支援者として考えて僕達は動いた方がいいんですね」


「そうだな。なら前を俺とリッケとプルン、後衛にリッコ、支援がミツな」


「前が3、後ろが2、パーティー戦闘としても問題ありませんね」


「要はリッケとミツが入れ替わっただけよね」


「だな」


 決めた陣形は、結局後衛職のリッコを真ん中に自分が後ろから守ると言うT型陣形に決定した。

 

 そして少しジメジメとした洞窟内を進むと、ガリッガリッと何かを削り落とす音の様なものが聞こえてきた。


「んっ? なんの音」


 違和感のある音が近づくと皆も気づいたのか、音のなる方に視線を向けている。


《ミツ、この先二体のモンスターがいます、注意してください》


(ありがとうユイシス)


「皆、モンスターがいるみたいだからね、気をつけて!」


 ユイシスの助言を伝えると、皆武器を構えゆっくりと音のなる方へと近づいていく。

 そして皆が見たのは、ライム達がセーフエリアで食べていた亀の形そのままのエイバルであった。



「ニャ、いたにゃ! あれがエイバルニャよミツ」


「洞窟の壁についた苔でも食べてるのかな?」



エイバル

Lv18。

硬質化 Lv5。

筋肉強化 Lv5。


 話し声に気づいたエイバルは食事を止め、こちらに体を向けてきた。見た目は岩亀のように甲羅は大きく、出ている手足は海を泳ぐ海亀の様なヒレでは無く、陸亀の様にしっかりとした手足と爪、また大きく手足と頭は黒光りとした鱗に覆われていた。


 エイバルは体の向きを岩の方からこちらへと向けると、何やらモゾモゾと動き出したその時だった。


 ドンッ!


 モゾモゾと足を動かしていたエイバルは、自身の足で地面を蹴り上げて突然その大きな体ごと飛んできたのだ。



「何っ!」


 意表を突かれ突然飛びかかってきたエイバルに皆は動くことができなかった。

 あんな鈍足に岩にこびりついた苔を食べていたエイバルがいきなりその大きな口を開けながら襲い掛かってくる、いや飛んでくるとは思っていなかった。


「くっ! おりゃ!」


 先頭に立っていたリックは盾を咄嗟に構え、飛び掛って来るエイバルの体当たりと噛みつきの両方を防ぐことができた。



「リック大丈夫!?」


「あぁ! また来るぞ!」


 リッコの言葉に返事するも直ぐにもう一体のエイバルが同じように足をモゾモゾとさせているのが見えた。



「来やがれ!」


 リックは盾を改めて自身の前に身構え、気合と声を出してエイバルの攻撃に備えている。


 そして、ダンッ! っと地面を蹴り上げる音と共にまたエイバルが突進を繰り出してきた


「ぐっ!」


 今度はエイバルが突撃してくることが解っていたリックは、少し盾の角度を変えながらエイバルからの攻撃を防いだ。


「おりゃ!」


 突進してくるタイミングを見極め、エイバルの少し下に潜らせた盾。

 そしてリックは新しく覚えたスキル〈シールドアタック〉を発動させ、エイバルを弾き飛ばすと、そのままお腹を上の状態にひっくり返す事ができた。


「今だ! 攻撃しろ!」


「はい!」


「ニャ!」


 ひっくり返ったエイバルの首にリッケは剣を振り下ろし、プルンはジタバタとしている足にナイフを振り下ろした。

 しかし、エイバルは直ぐさまにバタバタと動かしていた頭手足と全てを甲羅の中に引っ込めてしまった。

 ならばとリッケは引っ込めた手足に剣を突き刺そうとするが、黒く硬い鱗にその剣は弾かれてしまう。


「だっ、駄目です! 剣先が弾かれてしまいます!」


 リッケの言葉にリックも自身の獲物であるショートランスをかまえ、カツカツとエイバルの頭に先端を当ててみるが、ランスの先を弾くほどの鱗の硬さに目を丸くしていた。


 ひっくり返ったエイバルは動かなくなったので、取り敢えずこの一体はそのままにして、残った一体にリッコは杖先を向け、火玉である〈ファイヤーボール〉を当てて見るが、表面を焦がしただけでそれ程ダメージを与えたようには見えない。


 そしてまた、地面を蹴り上げたエイバルがリッコへと突進を仕掛けてきた。


「キャッ!」


「危ないニャ!」


 咄嗟にプルンがリッコの手を引き、突撃してくるエイバルを回避することに成功。そしてそのまま目標としたリッコが居なくなり、またエイバルが連続にて突撃をした瞬間。ドカンッっと音にエイバルは突然現れた土壁に激突するのであった。


「二人とも大丈夫!?」


「ええ、大丈夫よ。二人ともありがとね」


「いいニャ、アレが真っ直ぐに飛んでくるだけの敵で良かったニャッ。ミツありがとニャ」


 エイバルの動きを止める為に自分は咄嗟に土壁である〈アースウォール〉を発動。ぶつかったエイバルを見ると、口を大きく開けた状態のまま顔面から壁に衝突し、ひっくり返ったエイバルとは違い、気絶状態に動かなくなっていた。


(よし! これも状態異常だよね? スティール!)


《スキル〈硬質化〉〈筋肉強化〉を取得しました》



硬質化

・種別:アクティブ

自身の一部を硬く硬質にできる、レベルが上がると強度が増す。



筋肉強化

・種別:アクティブ

自身の筋肉を強化できる、レベルに応じて威力が変わる。

※腕に使用の場合攻撃力上昇、足に使用の場合俊敏性上昇。



 ひっくり返ったエイバルとは違い、首を出したまま気絶状態になったエイバルは、よく見て見ると頭の鱗は首には届いておらず、首を斬り落とすとしたら今がチャンスとリッケは持つ剣でエイバルの首を狙いザクッと切り落とした。

 首を切り落しドバドバと流れ出す血を見て少し身を引くリッケ。

 


「うっ、倒せたのは嬉しいですけどこれは……」


「なれろリッケ! 剣で斬るんだ、斬ったところから血が出るのは当たり前だろ!」


「はい……」


 たじろぐリッケの言葉に厳しくも割り切れと言葉を返すリック。

 今までもリッケは鈍器であるスタナーでモンスターに攻撃をし、倒したときには武器に血がつくことはあった。

 しかし、今目の前でドバドバと溢れだす血を見るのは初めてだったのか、顔色が一気に青ざめている。


「それよりこっちはどうするニャ?」


「剣が通らないなら私がもう一度攻撃してみるわ。皆離れて」


 剣もナイフも突き刺さらない甲羅と鱗の硬さに、もうこれは魔法で倒すしかないと皆も思ったのだろう。

 リッコの言葉に頷きひっくり返ったエイバルから離れる面々。


「行くわよ!」

 

 リッコは杖を構え、前にいる敵へと、先程当てた火玉とは違い、大きく威力を上げた火玉を飛ばす。


 バシュ! ゴー!


「これだけやれば倒せたでしょ!」


 火玉を受け、メラメラと燃えるエイバルを見て倒したと安堵する。


 しかし、火が収まり、倒せたのかを確認のために鑑定するが、エイバルはまだ生きていた。


「待ってリッコ! まだ倒せてない」


「えっ!?」


 近づこうとするリッコを呼び止めると、エイバルはモゾモゾと動き出し、皆はまだ生きていることに驚いていた。


「マジか! リッコの魔法が効いていねえのか!?」


「表面を真っ黒にしただけニャね」


「なっ! ならこれならどう!」


 リッコは杖先をエイバルへとまた向け、新しく覚えた〈ライトニング〉を発動させた。

 杖の先に集まる光の玉、パチパチと電気の弾く音と共に杖先から雷がバチンッと音を鳴らしつエイバルへと命中した。

 

 これは決まったと思いながら〈ライトニング〉を受けたエイバルへと皆の視線が集まる。

 しかし、またモゾモゾと何事も無かったかのように起き上がろうと動き出すエイバルだった。


「そっ、そんな……」


「もしかしたら硬い甲羅は魔法を通さないのかもしれません」


「確か3階層にもいたよな、火玉食った赤虫と同じ感じか? 面倒くせえモンスターだな。取り敢えず首を斬れば倒せるんだ、またミツが出した壁にぶつけて動きを止めようぜ」


「でもさ、さっきのは明らかにたまたまできた策だよ? 次もうまくできるか」


「リック、それにその方法だと誰かが囮になるニャよ」


「囮なら俺がなるさ。別にお前らにやらせようなんて思ってもいねえよ。」


「他に方法があるはずです、リックもう少し考えてみましょう」


「でもよ……」


 皆が倒し方の難しいエイバルを前に、あーだこーだと話を聞いて自分の考えでもやはり、リックの言うとおり気絶状態にして倒す方法か、その前にどうやって気絶状態にするのか、また〈魔力吸収〉をして瀕死にするしかないのかと考えていた。


(ねえユイシス、どうしたら良いかな?)


《はい、そのモンスターは一度甲羅に閉じこもると、斬撃や魔法での攻撃は硬い甲羅で守られダメージを与えることができなくなります。また自身が安全になるか獲物が近くによって来ない限りは顔や手足とを出しません。ミツの考えた魔力吸収で倒すことは可能ですが、瀕死での状態異常にしてしまうと、モンスターは甲羅にこもったまま首を出すことはありません》


(なら、魔力吸収で倒すこと以外はもうこうなったら倒すのは無理かな? いや、でもライムさん達はあんなにエイバルを倒してたよね……)


 自分が思いだしたのはセーフエリアにあるライム達が食料としたエイバルの残骸だった。


《いえ、甲羅の中から首や手足を出す方法はあります。その後は首を切り落せばモンスターを倒すことが可能です》


(その方法って?)


《甲羅に対して強い衝撃を与えればいいのです。さすれば驚きに飛び出したところを倒して下さい》


(なるほど、斬撃や魔法じゃなくて打撃での攻撃ね)


「皆、エイバルを倒す方が解ったよ」


「えっ!? マジか、どうやって倒すんだよ」


「うん、この甲羅自体に強い衝撃を与えれば手足が出てくると思うんだよ」


「なるほど、でもそんな硬い甲羅に衝撃って……」


 自分の言葉にリッケは自身の持つ剣を見て眉を寄せ難しい顔となっていた。

 せっかく親から仮にとは言え譲ってもらった剣を傷つけたくないのだろう。


「大丈夫、リッケには首を斬り落としてもらうから、その剣が刃こぼれすることはないよ」


「すみません」


 思っていた事が顔に出てしまっていたことに申し訳なさそうに謝罪を入れてくるリッケ。

 


「ならウチがやるニャ。ミツナックル貸してニャ」


「良いけど、大丈夫?」


「ニャハハ、動かない物殴るだけニャ、問題無いニャよ」


 プルンはそう言いながら自分がアイテムボックスから出した、ドルクスアナックルを受け取り、スキルの〈正拳突き〉を甲羅へと叩き込んだ。


 ガンッ!


 衝撃に少し驚いたのか、エイバルは引っ込めていた首を出した。


「リッケ!」


「はい!」


 言葉に反応すると同時に、リッケは構えていた剣を振り下ろしまたエイバルの首を斬り落とすことができた。

 

「よし。ってプルン大丈夫か!?」


「ニャ……」


 倒したことに喜ぶが、プルンが腕を抑えてその場に蹲っていた。


「プルン、治療するから腕を出して」


「うっ……ミツ頼むニャ」


 ナックルを外しプルンの腕を見ると、硬い甲羅を強く殴ったせいか、その指先から赤く腫れている。少し骨も痛めたのかもしれない。直ぐに腕は回復して治すことはできたが、次にまたプルンに同じ事をさせることはできない。



「ふー、これで大丈夫」


「ニャ、ありがとうニャ」


 治療が終わりプルンは腕を動かし治った事を確認しながら礼を言ってきた。


「プルン、次からは自分がやるからね」


「うっ、仕方ないニャ。ウチも態態痛い思いしたくないニャし、ミツに頼むニャ」


 渋々と自分の提案に納得してくれたプルンはもう片方のナックルを返してくれた。


 ひっくり返ったエイバルへと足を勧め自分は先に〈スティール〉にてエイバルのスキルを回収。

 そして甲羅に向かってスキルの〈崩拳〉を乗せた拳をぶつけた。


 ドンッ!


 鈍い音が甲羅の中から聞こえ、リッケはいつでも剣でエイバルの首を斬り下ろそうと構えているが、全然エイバルが首を出さない。


「……あれ?」


「どうしたニャ?」


「出てきませんね?」


 手応えは十分あったから効いていない事はないと思い、動かないエイバルへと鑑定してみる。


「あっ……」


「どうしたのミツ?」


「ごめん……。さっきの一撃で倒しちゃってる」


「「「「……」」」」


 体の内側からダメージを与える〈崩拳〉のスキルは甲羅の中に引っ込めたエイバルの体をダメージがダイレクトアタックしたようだ。

 首を出すこともなくエイバルを倒してしまっていた。


「はぁ……取り敢えずさ。これとそれ、ミツのアイテムボックスに入れといてよ」


「そうだな。一応これは素材なんだから持って帰れば金になるんだ。ミツ、悪いが回収頼むわ。片方血がすげえけど……」


「うん……血だらけだね……」


「かなり血を出したみたいですね……」


 首を切り下ろしたエイバルの方は、血を大量に出し、その地面には血の水溜りができていた。

 首を切った断面からは、まだ血が出ているが早々にアイテムボックスへと片付ける。


(あれ? もしかしてこれ、今後もこんなふうに血まみれのエイバルの亡骸入れなきゃ駄目なのかな……。これはどうにかしたいなー)


「はぁ……」


「どうしたのリッコ?」


 一先ず戦闘が終わり先へと進もうとするが、大きな溜め息を漏らしリッコが足を止めていた。


「別に……。せっかく私もジョブ変えれたのに、また魔法の効かないモンスターが出るなんて……」


「あー、なるほど。でもさ、リッコにはダメージ与える攻撃だけじゃなく、足止めの魔法もあるじゃない。あの突進攻撃って結構危ないからリッコが動き止めてくれたら皆助かるんだけど」


「それは解ってるけど……。それでも私は攻撃が全然効いてないのが納得できないの!」


「まぁ、相性って物もあるからね」


 以前3階層で戦った赤虫、もといマジックワームだが、あれはスキルが〈魔力障壁〉と〈魔力吸収〉と魔法使いにはもっとも相性の悪いモンスターがいたことだ。だがそれはスキルがあるからこそ対魔法使いとしての厄介者。しかし、ここにいるエイバルにはリッコの火玉も新しく覚えたライトニングも効いてはいなかった。

 まぁ、見た目は岩亀。岩タイプに雷が効くこともないし、火ですら効果は今ひとつと言われるだろう。



「リッコ、ミツの言うとおりアレの突進は何度も俺は受けたくはねえ。悪いが攻撃より足止めを優先してくれ。倒すのはリッケにやらせるからよ」


 リックの言葉にリッコは頬を膨らませてムスッとしているが、はいはいと納得の言葉を飛ばして歩き出した。だが、リッケはその言葉は妹をなだめる為の言葉だとは理解しているが、今後エイバルを倒すのは自身だけが役割だとは思ってもいなかったのでその表情は唖然と驚きに固まっていた。


「あのー、リック。倒すってこの後も僕一人でですか? リックやプルンさんは倒さないんですか?」


 


「莫迦か!? お前ミツが言ってたモンスターの数倒さなきゃ駄目なんだろ? 強くなりたいなら血とか気持ち悪いだの文句言わずに根性出して男見せろや!」


「うっ……はい、そうですね。プルンさんすみません。今後も出てくるモンスターはできるだけ僕が倒しても良いですか?」


「ニャ!? ……ウチは全然構わないニャよ!」


「ありがとうございます。リックも僕のためにありがとう」


「おっ、おう!」


「ニャニャ」


 その言葉は兄から弟を激励するための優しくも厳しい言葉だと思うだろう。

 だが自分は気づいてしまった。リッケのやる気に満ち溢れる言葉を聞いたリックが、何ともホッとした様な表情を浮かべていたことを。

 どうやら首を切り下ろした後に出てくる血を見て、リックは自身の武器を血であまり汚したくないと思っていたようだ。

 プルンも同様にリッケの言葉の後、リッケの持つ剣からポタリポタリと滴り落ちる血を見ては、自身の折角の新品ナイフを汚すことに抵抗心が出てしまったのか、どうぞどうぞの気分でリッケに譲っている。

 結果的にはリッケの背中を押し、やる気を出すことができたのだから良しとしとこう。いざエイバルを倒すときに見てるだけと言うことは二人はしないだろうから、言葉を入れることは止めとく。


 話をしながらも洞窟の道を進むと、また先程同様にエイバルを数体見つけることができた。


「4体か。リッコ頼む」


「えぇ、行くわよ!」


 リッコはエイバルの4体中2体に対して〈サンドウォール〉を発動した。

 沈む足場に慌てるエイバルだが、ジタバタと暴れ、甲羅の重みもあり沈む身体は止まらない。体の半分が沈み動けなくなったエイバルとは別に、残り2体に対してリッコは〈ニードル〉を発動させた。

 茨の蔓はエイバルへダメージを与える事はできないが、地面から飛び出した無数の蔓にエイバルの突進攻撃を封じ込めることはできた。


「よし! 今だ行けリッケ!」


「はい!」


 沈む足場にジタバタとしているエイバルの首に突き出された剣の一突きと、リッケの攻撃が決まった。剣が突き刺さったエイバルは暴れるが、深く突き刺された剣はエイバルの命を狩り取るには十分な攻撃だった。

 リッケは苦虫を噛み潰したような顔をしたまま、突き刺した剣を抜き残ったエイバルへと剣を向けるが、既に危機感を感じた残り3体は甲羅の中へと手足と頭を引っ込めている。こうなっては仕方ないと、剣に付いた血を払いながらリック達に目配せを送る。


「倒せたか?」


「はい、一体だけですけど何とか」


「一体でも倒せたなら上出来だぜ」


 申し訳なさそうに返事を返すリッケだが、リックはバシバシとリッケの背中を叩きながら褒めの言葉を飛ばしている。


(スティール)


《経験により〈硬質化Lv6〉〈筋肉強化Lv6〉となりました》


 動きを止められたエイバルのスキルを回収し、リッケの方へと近づく。



「やったねリッケ。次は自分の番だからリッケは頭の方に回って剣を構えててね」


「はい、お願いします。あの〜ミツ君、今度は程々にお願いしますね」


「やりすぎるなよ!」


「解ってると思うけど、あんたが倒してたら、リッケのジョブが遠くなるわよ」


「解ってるって、まあ見ててよ。行くよリッケ!」


「はい!」


 自分はエイバルの甲羅へと再度衝撃のために攻撃をする。

 それは先程発動したスキルの〈崩拳〉とは別のスキル〈正拳突き〉を使用した。

 内面では無く表面に衝撃を与えた方が、エイバルの首を甲羅の中から飛び出させることができるのではないかと思い使う事に。その際、折角なのでエイバルから奪ったスキル〈硬質化〉と〈筋肉強化〉を右拳に使用することにした。見た目は変わらないが気持ち重く、拳が硬くなっている。


「はっ!」


 自分は気合の掛け声と共にエイバルの甲羅へと拳を打ち込む。しかし、その場の皆が思っていた以上の結果がまた起こってしまった。

 

 バキッ! バキバキバキ!


「うわっ!」


「なっ! お前!」 

 

「また……」


「ニャ……」


 〈正拳突き〉を打ち込んだエイバルの甲羅。激しい衝撃を受け、先ほどとは違い、甲羅の中で倒すことも無く、エイバルは頭を出し首を晒す状態となり、リッケは空かさず剣を振り落とそうとするが、拳を受けた場所からピキピキとひびが入り、まるで瓦割りの様に甲羅は真っ二つと割れ、割れた場所からドクドクと血が溢れだしてきた。


「リッケ! 取り敢えず首を斬れ!」


「はっ、はい!」


 甲羅が割れ、更に暴れだすエイバルに攻撃をしてなんとか倒すことはできた。

 しかし、倒したエイバルを鑑定すると素材としては悪品と出てしまっていた。


「倒すことはできてもこれじゃお金にならないし、どうしよう」


 ボロボロと崩れるエイバルの甲羅を拾い、皆はもう驚きの顔より呆れと残念そうな表情を浮かべていた。


「ほんとごめんね」


「はぁ〜、まぁいいさ。俺はもう突っ込まん。さて、ミツに首を出させるために攻撃させると、エイバルの素材が全部駄目になっちまうな。だからといってプルンにやらせる訳には行かねえし、どうすっかな」


 飛び散ったエイバルの甲羅の破片を集め、それを前に皆はどうしようかと考えていた。


「ねえミツ、エイバルの甲羅に強い衝撃を与えれば良いんでしょ? ならミツとプルンが攻撃しなくてもいい方法私思いついちゃったわ」


「ニャ? どうするニャリッコ?」


「簡単よ、リックが殴れば良いのよ」


「なっ!? お前いくら何でもそりゃ酷くねぇか! 俺は絶対やらねえぞ」


「リッコ、流石にそれは……」


 リッコの提案はリックだけではなく、その場の皆が眉を寄せ、けわしい表情を浮かべていた。


「莫迦ねぇ、何勘違いしてるのよ。ミツ、あんたがさっきアイテムボックスに入れたハンマー使わせて頂戴」


「なるほど! なら自分が叩こうか」


「はぁ……。あんたが叩いたらまた甲羅割っちゃうでしょ。暇なリックにやらせなさいよ」


「うっ、はい……。リック頼める?」


 2回連続で失敗してしまったことに、どうせまた失敗するだろうと先読みされ、反論する言葉も出ず、アイテムボックスから先ほど射的屋の景品として獲得したウォーハンマーを取り出しリックへと渡した。


「あぁ、拳で殴れとかじゃないなら構わねぇが。……ハンマーか、あんま使い慣れてねぇんだよな。薪割りとかで斧なら使うんだけどな」


「そんなの振り上げて振り下ろすだけでしょ? さっさとやってよね」


「へいへい、じゃ悪いが使わせてもらうぞ」


 ウォーハンマーを自分から受け取ったリックは〈ニードル〉で動きを縛られたエイバルへとウォーハンマーを振り上げた。その際、リッコは飛び出す頭の部分とリックの振り下ろすハンマーの邪魔にならない程度に茨の蔓の数を減らしている。


 ガンッ!


 振り下ろしたハンマーは激しい音を鳴らし、強い衝撃をエイバルへと与えた。


「えい!」


 衝撃に出てきた首にリッケの剣が決まり、エイバルを倒すことができた。


 切り落とされたエイバルの首を回収後、血が溢れ出している胴体部分も回収しようとした時、胴体の品質を鑑定しようとしたら、別の物を鑑定していた。

 


エイバルの血液(優品)

飲料可能、薬剤としても使用可能。

そのまま飲むと興奮剤としての効果あり。


(んっ!? この血飲めるの? いや、別に今も後にも飲まないけどさ。取り敢えず血も素材として金になるのか。ならこれ止血すれば、胴体と血のセットで買取価格が上がるんじゃない? だったら垂れ流しは勿体なさすぎる!)


 自分は直ぐに掌を切り落とされた部分にあてがえ〈ヒール〉をかけ、傷口を治し、止血をこころみてみる。しかし、切り裂いた断面が広く、傷は塞ぐことはできず血が止まる事は無かった。



「何やってんだミツ?」


 倒したモンスターに突然回復魔法をあてがえている自分に、リックは訝しげな顔でこちらを見ていた。


「いや、どうやってか血を止める方法無いかなって」


「何でそんな事してんだ? 血なんか抜いて軽くした方が持ち運びしやすいだろ?」


「リック、この血素材として出せるみたいなんだ。持っていけばお金になる」


「何っ! なら話は別だ、ミツ、気合で血を止めてくれ!」


 パーティー内で今一番の金欠者のリックは、血も素材金になると言う言葉に直ぐに食い付いてきた。


「うん、だから斬った所に回復かけたら治って血も止まるかなと思ったんだけど……」


「あ〜、斬っちまったらやっぱ無理か?」


「表面の傷は治っても断面となると無理だね」


「ねえ、私お父さんに聞いたことあるんだけど、回復できる支援者がいない時の応急処置として、松明の火を傷口に当てて傷を塞いでる冒険者もいるんですって」


「何、そのワイルドな方法!」


 そんな焼灼止血法などの方法をするのは、何処かの火を扱う大佐ぐらいじゃないのかと考えたが、それも冒険者の知恵なのだろうと納得するしかなかった。

 

「あぁ、俺も聞いたことあるわ。でもよ、それは刺し傷程度だろ? 出てる血の量も親父が言った以上の場合は無理なんじゃねか?」


「取り敢えず試してみる? リッコ頼めるかな」


「んっ……。別に良いけど……」


 言葉の後、自分はエイバルから離れ、リッコは適度な大きさの火玉を発動。エイバルの首の断面に火玉を押し当てると、ジリジリとした物を焼く音がし始めた。


「ニャ! スンスン」


「何だか美味そうな匂いしてきたな」


「エイバルって食料にされてたモンスターだったし、もしかしたら料理したら普通に美味しいのかも」


 鼻をヒクヒクと動かしながら、エイバルから漂う香ばしい匂いにプルンの口元が少し緩んでいる。切った断面を焼き、ブスブスと血の沸騰する音が消えたので、火玉を離してみると断面は真っ黒に焼かれ、血をしっかりと止めることができていた。


「よしっ! これなら問題ないだろ!」


「ふ〜。言い出したの私だけど、悪いけどこの方法はパスするわ」


 額から滴る汗を拭い、溜め息一つにリッコはこの方法を却下した。



「なっ! 何でだよ?」


「魔法維持するのって疲れるのよ。わたしの魔力が保たないわ」


「なるほど。リック、リッコの言ったとおり魔法を継続して使うのはかなり疲れますよ。今後の戦闘を考えるとリッコに無理はさせない方がいいかと」



 リッコが発動した〈ファイヤーボール〉は永続魔法とは違い、発動後その状態を継続させ、状態を保つのにも集中力を必要としている。


 簡単に例えるなら、焼き終わるまで息を止めて、瞬きせずにジッと耐え抜けと、リッコに地味な嫌がらせをさせている様なものなのだ。


「はぁ〜、ならどうするかな……」


「止血……。ん〜、あっ、そうだ!」


 もう諦めてしまおうと思った時、また一つ思いついた事を試すことにした。


「リック、残った一体にハンマーでの攻撃お願いしても良いかな?」


「んっ? あぁ、構わねえがもういいのか?」


「いや、試せる方法があるから、少しやってみようかと」

 

「そうか、解った。リッケ、剣を構えろや!」


「はい、いつでもどうぞ!」


「おりゃ!」


 リックは気合と共にエイバルの甲羅へとハンマーを振り落とすと、ガキンッ! と音を鳴らし、衝撃にてまたエイバルは手足、そして首を出した。


「たぁっ!」


 リッケの振り下ろした剣、その後ゴトリト落ちる頭と溢れだす血。

 

 そして自分は空かさず断面へと〈コールドブレス〉を使用した。

 

「うわっ!」


「冷てえ!」


 息を大きく吸って、片手の親指と中指で丸を作り、そこに息を吹きかける。

 吹き出す白い冷気に近くにいた二人は驚いていたが、直ぐに離れていたので影響はないだろう。

 ブレスを吹きかけた場所は見る見ると凍り白く染まっていく。そして溢れだす血を完全に止めることができた。

 鑑定しても胴体と血液、共に優品と表示されていたのでこの方法は大成功だ。



「よし! やった、血を止めることができた」 


「……おう、良かったな」


「はぁ、すっかり油断してました」


「ニャ〜、カッチカッチニャ〜」


「はぁ〜、あんたって……。まぁ良いわ、でも血を凍らせるなんて、よく思いつくわね」


「あ〜、あははっ」


 自分が斬られた断面を見てパッと思い出したのは、テレビで見たことのある冷凍マグロなどの解体シーン。チェーンソーの様な物でスパスパと解体するシーンを思い出し、凍らせれば血も固まるのではないかと思い立ったのだ。結果は一部の凍結だが、断面から血を止めるならこれで十分の方法だった。

 アイテムボックス内は時間経過も起きないので、氷が溶けることも無い。素材を取り出す際血が溢れだすことは無いだろう。


「なあミツ、これでこれの買い取りも高くなるか?」


「多分ね、上がると思うよ。普通なら血を持って帰るのって難しいもん」


「そうかそうか、おっしゃ! リッケ、もう遠慮せずにどんどん行くぞ! リッコもシッカリと足止めしろよ!」


「はぁ、はい。頑張ります」


「何そんなに気合い入れてるのよ」


「金がねえからだよ!」


「正直ニャ」

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