第58話 茶番劇の果てに
(承前につき、挨拶文欠礼。さらに前回のあらすじなどは面倒なので一切省略します。あらすじ読まれたいならば、ひとつ屋根の下ではなくて、一つ前の回をまるっと呼んでください。大したボリュームではありませんのでね……)
しばらく予期せぬ長さのインターバルが出来ましたので、今回はなぜ、こんな不条理な世界に紛れ込んでしまったというか、そうなるために、なんらかの仕掛け絡繰をわたしに仕込むという重大かつ難解な任務を完遂出来る人物は誰か? という一点に絞れば、この事件の首謀者の横顔まではおぼろげながら見えて来ました。ただ、攻め口がその人物のいつものパターンと違うので、現段階では真犯人だと決めつける確実な証明が出来ないのです。つまりは法律上の推定無罪の原則を遵守するということです。
しばらくすると「ご注進、ご注進」と原節子さんが、まるでマラトンの地からアテネまで走りに走って「お味方大勝利」ということだけをアテネ市民に伝えたあと、あまりの過労で亡くなったという若者の悲劇を起源とする、現代陸上競技の中で、最も花もあれば、人気もあるマラソンの選手のように走り込んで来ましたが、現実に測れば、玄関から多目的ゾーンまでは42.195キロと比べるのも恥ずかしくてなりませんようなたったの歩数5以下の距離ですので、過労どころか息一つ上がることもない廊下未満の場所であるはずなのですが、ここはすでに普段の孤雲庵であるようで、どこかがずれている普通ではないパラレルワールドのようですので、原節子さんは鼻の頭に汗をかきながら「坊ちゃん、お客様は上総広常(かずさ・ひろつね)さまという千葉だか茨城の方から、坊ちゃんにお会いしたいという一心でいらしたそうで、外見は偉丈夫ですが、ごく丁寧な物腰でしたよ」とわたしに復命して来ます。
上総広常さんですね。はい犯人の残した証拠発見です。この不条理なコントの脚本を書いた愚か者確定です。なんでしょう、しばしば、馬鹿馬鹿しい歴史小話を喜んで話している愚か者がいますでしょ? ああいうのを浅い知識をひけらかすという、大人気のない行為です。ええ、もちろん、この作品を書いている作者自身が犯人ですよ。まるで、クリスティー並みのミステリーの掟を破った大いなるルール違反です。火急速やかに『ぺこり監視委員会』に事件の詳細を通報しましょう。
さて皆さん、上総広常という名前に聞き覚えはございますか? 通常は上総介広常という呼び方が一般的な平安時代末期の安房・上総・下総国、いまでいうところの千葉県から茨城県あたりを支配していた大豪族の首領で……ああ、面倒です。一度こちらを閉じて、ああ、瞳を閉じてとは言っておりません。そして一度Wikipediaさんのところで、該当ページをざっと見て来ていただけますか? とりあえず、彼の性格と、死に様あたりを知っていないと、この続きがちっとも面白くないただの文字情報の並んだ、テキストになってしまいますので。ええ、気長にお待ちしてますよ。こちらもご飯を頂いたり、出すもの出したり、お薬飲めてたねってママに褒められたり、小さな人や仏閣の境内のお掃除に健康増進、横綱昇進のための四股踏みと股割り……若干、嘘や誇大表現が混ざっていますが、わたしの場合は、生きてるだけで目一杯ですのでね。それに本作は以前の適当エッセイなどと比べると、調べ物や自分なりに考証を組み立てる時間が多くなるのでお手間が相当かかります。まさに、タイム・イズ・マネーですよ。じゃあ、あえて、時間を量り売りして、お代金をいただければ仕入れ費用が0ですから大いに儲かるという道理というわけはいかないのが不思議ですね。この時間泥棒めが!
はい、お帰りなさいませ。いいえ、わたしもちょうど着いたばかりです。気遣いは無用ですよ。では、作者脚本・演出のくだらぬ茶番劇を続けます。せめて三谷幸喜の脚本(ホン)でしたら、張り合いも出ましたのにねえ。
さて、しばらくすると原節子さんに先導された上総広常さんのノッシノッシと歩く音が聞こえて来ます。安普請のニセモノフローリングが頑強そうな足踏みで、へこまないか、かなり心配です。退去時に原状回復費用が超高額だったら区役所さんが支払ってくれるのでしょうね。ああ、上総広常さんは史実通り、きっと横柄で傲慢な男なんでしょうね。イヤだなあ、面会するの。窓から逃げましょうか? それにもしかしたら、甲冑に身を包まれて現れるかもしれません。そんなのまるで端午の節句に飾る人形ですよ。どうせなら、ダース・ベイダー卿の格好がいいですね。まっくろくろすけですよ。
「お忙しいさなか、ご連絡も差し上げず勝手に参上しまして、誠に申し訳ございません」と上総広常さんが穏やかに挨拶をされました。
うん? 拍子抜けするほどの腰の低い態度ですねえ。わたしはてっきり「武衛、武衛」と兵衞佐のいっとき流行した唐風な物言いで呼びつけられると想像していたものでして。もっともわたしは無位無官の上にただの無職ですから、一応、上総国の最高統治者の官職にいる方に下手に出られる覚えはないのですけどね。ここで歴史トリビアを。通常、国のトップは国司と言って「〜守」という官職名なのですが、全国には天皇家の親王が名目上のトップにいる「親王任国」というところがいくつかあります。親王はもちろん地方である現地には行きませんので、本来ならば次官である「〜介」が実質的トップなのです。関東地方で言えば、上野国や常陸国などがそうですかね。「忠臣蔵」で悪役の汚名を着せられた吉良上野介なんていうものが著名ですが江戸時代になると武士の官職名など単に箔を付けるだけのもので、吉良さんが、実際に上野国を支配していたわけではないのです。確か静岡あたりの方だったと思います。ちなみに吉良上野介は地元では善政を敷いた名君として多くの方々からいまもなお尊敬されています。一方の加害者である、浅野内匠頭は少し頭の方に差し障りがあったようですので、吉良さんをあしざまに罵るヘイトスピーチなど、絶対にしてはいけないことなのです。忠臣蔵の真実は四十七名の旧主君への狂信的な忠誠心を持った大石内蔵助率いる暴徒の集団が住居不法侵入と多数の死傷者を出し、哀れな老人を惨殺したという、もしかしたら日本史上初の大型テロ事件なのかもしれません。いまの日本人が持っている「忠臣蔵」のイメージは全て、芝居を盛り上げるための脚色にすぎません。もっとも、芝居の上で、吉良さんは「太平記」の時代の足利尊氏の謀臣、高師直になっていますけれどね。
「ええと、上総さん。今日はどのようなご用で?」
わたしは広常の歴史家の諸先輩の評価と目の前の実物とのあまりのギャップの違いに耳の穴が猛烈に痒くなり(アレルギーだと思いますけれど、それとも精神的ストレスがもたらしたものかなあ?)綿棒などを探していると不意に「畏れ多くも新皇の末裔であるあなた様に、同じく、坂東平氏の末裔にあれど、たかだか、こちらは平良文流のちっぽけな末の者がお願い事をするのは甚だご無礼とは存じておりますが、どうぞ現代の日本を救うためにご助力いただけませんでしょうか?」とよく意味のかからないことを言い出し始めました。ああ、忘れていましたが、上総さんは甲冑姿ではなく普通のスーツを着ていました。もしかして彼は現物で転生を繰り返した者かもしれません。だからこその性格の転変という推測も成り立ちますよね。「転石苔むさず」のようにですね。しかし、ネクタイがトランプと同じ色で、自己主張が相当に強そうに思いました。ちなみにいま、上総さんが口にした平良文とは特に卑下することのないほど立派な業績の持ち主で、鎮守府将軍や、各国の国司(〜守のことです)などの要職を歴任し、将門の数多くいる叔父たちの中で唯一、将門との関係がよかった人です。ただこの前読んだ乃至さんの本では「最後の最後に身の安全のために将門を裏切ったのでは?」という仮説を立てています。また平良文の孫である平忠常は将門と同様に「平忠常の乱」という名で呼ばれる、坂東を揺るがすような大事件を引き起こしています。いま、ウチに来ている上総さんは、この逆臣、忠常の子孫なのですよ。でも割合と南関東に同様な末裔がおりまして、有名どころではやはり千葉氏一族ですね。ただし、新田真剣佑のお父さんがこの千葉氏の末裔の末裔かどうかは知りません。
どうですか。頭の中がこんがらがってませんか? 実はわたしもですね、先ほどからパソコンが歪んで見えていましてね。キーボードの形が平方四辺形に見えてしまっていまして。とほほ。それで、こちらから、ご提案なのですが、以下次話としてもよろしいですか? と質問する意味はほとんどないので、続きを楽しめそうでしたら愉快にお待ちください。無理そうなら新しいお題に変わってからご来遊ください。とりあえず今回はここまでとします。では。
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