第32話 たまには笑って
ごきげんいかがですか?
なんでしょうかねえ。心身に特段の不調もなく自律神経、三半規管もダイヤグラム通りの定常運行、あれだけ吠えまくっていた心の中の猛獣もしばしの眠りにつき、心拍数もたぶん落ち着いて来ました。でも、どうにもならないほど、強烈な虚脱感が……
この老いぼれが「虚脱感」というフレーズで思い出すのは、ムキムキマンという人がパフォーマンスする『ムキムキ体操』です。NHKの『筋肉体操』はわたしからしたら『ムキムキ体操』のパクリにしか見えません。『ムキムキ体操』のテーマソングを、いまや大女優の一人になっているかたせ梨乃が歌っていたのですが、その一節に「産前産後の虚脱感〜」という歌詞があったのです。当時のかたせ梨乃の扱いの程が知れます。
さて、戦国時代後期ぐらいに出雲阿国が創設したという『女歌舞伎』は想像するに当時の庶民にとって、最上級のエロチシズムだったのでしょう。あまりに人気が出すぎたため、『女歌舞伎』は権力によって禁止されます。「じゃあ、男ならいいんだろ」と言って始まったのが今の歌舞伎の原型です。なので歌舞伎界は現在も基本的に女人禁制なのです。ところが単なる大衆演芸にすぎなかった歌舞伎が、江戸時代に入ると能のごとく高尚なものになってしまい庶民には観られなくなってしまいます。そのアンチテーゼとして狂言が誕生します。ところが今度は、狂言までもがノーブルなものになってしまうというとてもおかしな展開になり、江戸の幕末から明治にかけて、ようやく落語や講談という大衆演芸が生まれるのです。なのに、歴史は螺旋状に繰り返す定めのようで、今や落語も講談も完全に伝統芸能になっていますよね。落語など人間国宝まで出てしまいました。(五代目小さん)確かに人を楽しませるのは難しいものなので尊敬すべき技ですが「無理に箔をつけても、所詮は金メッキだよな」と養父がよく言っていました。
そうなると、漫才、漫談、コントなどといった、カジュアルなお笑いが勃興して来ます。これらは完全に西高東低で、エンタツ・アチャコを代表格にした『上方しゃべくり漫才』が人気となります。そして、そのほとんどの芸人が旧社名でいうところの吉本興業に所属していました。あとは松竹芸能あたりでしょうか? ただ松竹の場合、長きにわたって藤山寛美がトップスターであった『松竹新喜劇』の印象が強いですね。現在の『吉本新喜劇』は完全な後追いなのですがいまや新喜劇と言ったら「吉本」とほとんどの人が答えてしまいますね。天国の寛美先生はどのような心持ちなのでしょうか?
一方、東では上方漫才特有の「言葉のマシンガン」的なしゃべくり漫才はあまりウケずに、個性的な榎本健一や古川緑波といった『喜劇俳優』というジャンルが出来上がりました。今でいうコントを大人数でやる舞台をイメージするといいでしょう。エノケンの愛称で知られる榎本健一は、いまでいうと岡村隆史のような身の軽さが身上で、晩年片足を切断してもなお、とんぼ返りが出来たという伝説があります。
上方のしゃべくり漫才が全国区になったのは、フジテレビの横澤彪が企画した『THE MANZAI』の予想外の成功によります。もちろん、浅草系のツービートのような東の漫才師も人気が出ましたが、圧倒的に吉本系の漫才師が人気を集めます。やすし・きよしを筆頭に、紳介・竜助、ザ・ぼんちなどなど。ザ・ぼんちに至ってはレコード(当時、CDといったら中日ドラゴンズの帽子のみなの)まで出して、ビッグヒットとなります。ただこの曲は近田春夫が他の歌手に提供したもののうち、歌詞だけを変えただけの完全なる手抜きもので、セルフ盗作説が出回りました(これはギャグですが、本当に盗作説が出ました)。ひどい商売をするものです。でも頂点を見てしまったものはあとは落ちるだけなのですよねえ。世の中うまく出来ています。いま、ザ・ぼんちは紆余曲折の末、再結成されたようですが、テレビで彼らを観ることはおそらくもうないでしょう。
さて、これ以降の吉本勢は上方で力をつけて、人気が出て来たら東京進出という王道パターンが完全に出来上がりました。今もそうですよね? しかし、受け入れる東方はいいですが、出ていかれる一方の上方のお笑いファンたちはどういう心境なのでしょうね。ここにいる限り、わたしにはわかりません。
近年になると芸人がテレビで純粋に芸を見せることは正月『爆笑ヒットパレード』と改編期などに放送される数本の特番や年末の『M−1グランプリ』ぐらいになり、芸人は、もっぱらバラエティー番組のMCやひな壇に並ぶ、タレントになっていますね。テレビにおいて、彼らに求められるのは、しっかりと台本を作り込んだ笑いではなく、当意即妙な気の利いたセリフのみです。当然、わたしたちがお金を払って舞台や劇場で観れば、しっかりとした芸を見せてくれるのでしょうが、そうなるとテレビのバラエティー番組は元はといえばスポンサーのCMの上等なオマケであるのに、番組内でも芸人の宣伝になり、なおのこと近日公開の映画や新番組ドラマの番宣までやるという、もはや、CSでやっている通販チャンネルと変わらないものだなと思うのです。なのでわたしは急にテレビを観なくなってしまいました。
これがとても異常なことだと気がつかない各テレビ局の上層部の方の頭蓋骨をかち割って、中身をじっくり検分してみたい気がします。金と欲にまみれた彼らの脳みそを見てもわたしには何一つわかりませんがね。
ではごきげんよう。また勉強して来ます。
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