第20話 文学特講 第一回

 ごきげんいかがですか?


 前回は不穏なことを申し上げて大変申し訳ございませんでした。昨夜はあのあと、九時過ぎには睡眠薬類を服用して、寝てしまいました。しかし、あの深い眠りには至りませんでした。あれはもしかすると、わたしの本能が、このままではまずいと思ってわたしにくれた「ギフト」だったのかも知れません。

 ああ、わたしは当面の時間稼ぎのために、耳栓を購入しました。その裏書きを読んでみると「人間にとって不快な高周波の音だけを遮断します」ということが書いてありました。わたしは約七年ぶりに耳栓を購入したのですが、その時はそんな文言ありませんでした。技術革新はたかが耳栓でも劇的になされているのですね。ただ、上からの騒音は高周波というより、大太鼓を叩いたような重低音なのですよ。果たして効果があるのか、確認したいのですが、なぜか耳栓をつけてから上の生き物が走り回らないのです。タイミングが悪いですね。

 耳栓をつけたら、幼少時からわたしが持っている、耳鳴りが強くなってしまいました。耳鳴りは物心がついたときからしていて、少年だった時分には「これは未知の世界からのメッセージなんだ」などと選民思想に浸っていましたが、のちに誰もが大小の違いはあれど耳鳴りを持っていると知れて、がっくりしました。現在、わたしは耳栓の上にヘッドフォンを装着して『傷だらけの天使』のOPを気取っていますが、トマトの丸かじりをすると入れ歯が取れちゃうかもしれないので自粛しています。

 まあ近々に関係各所に相談して根本的解決をなるだけ穏便にしたいと思っていますが、相手が日本語を理解しないのであれば、また戦闘体制を整えます。わたしの心身の健康のために!


 さて、文学特講などとご大層なお題目をつけましたが、要はぺこりが書いていた『読書日記』と同じです。こんな名称にしたのはわたしなりのジョークです。この作者の作品にしては、こちらはギャグ、ジョークの類が少ないです。作者は「ぺこりのダジャレ駄文はもう読者に飽きられたから、今回はノーブルな文体を用いて顧客を引き戻す」などともうしていますが、ぺこりの方がこちらよりまだご支持をいただいていたように思えてなりません。でも養子とはいえ、わたしは噺家の息子という設定なんですよね。もう少しくすぐりなどを入れてもいい気がするのですが。まあ、余談はここまでにしましょう。


 恩田陸『蜜蜂と遠雷』上下巻。出版社名は私たちのポリシーにより、表記しません。本作は『直木三十五賞』受賞および『本屋大賞』第一位作品です。

 実はわたし、『本屋大賞』とあまりソリが合わないのです。第一回の小川洋子『博士の愛した数式』は当時、文芸書の担当だったので文庫ではなく単行本で読みました。実に美しくてよい作品でした。ところが恩田陸『夜のピクニック』はどこが面白いのかがわからないわたし的には恩田陸史上最低作品、伊坂幸太郎『ゴールデンスランバー』も伊坂作品とは思えない陳腐さに辟易しました。期待が大きすぎたのでしょうか? さらにリリー・フランキー『東京タワー』など他の受賞作は読む気にもなりませんでした。知っておられる方は多いと思いますが『本屋大賞』の本選の審査は全国の書店員有志が短期間のうちに候補作十冊を全部読まなくてはならなかったと記憶しています。書店員の労働は見た目以上に体力、知力、気力を大量に消費しますので、全作品を読むことが出来るのはおそらく「オタクな書店員」だけだとわたしは思います。伊坂幸太郎が毎年のようにノミネートされたり、森見登美彦がしょっちゅう顔を出すのは、彼らが「書店員好み」の小説家だからです。わたしは現役時代から、割合フラット、もしくは好き嫌いがはっきりしていたので『本屋大賞』が直木賞のアンチテーゼとして誕生しながら、自身が権威化していくのを見て「これはダメだな」と思ったことを覚えています。まあ、この大賞によってすべての書店が潤えばいいのですが。


 さてさて、ネタバレしないように本書への感想文を。まず持って、わたしは文庫化されるまではこの小説の予備知識を見聞きしないように努めていました。しかし、上巻の帯の惹句に「音楽小説」と書かれていて「ヤバっ」と思いました。わたしは歌を聴くのは好きですけど、音楽はどうも苦手ですし、知識も0です。さらにページを開いたら、全く意味不明のクラシック音楽の作曲家名と曲名……これはたぶんムリだなと思いました。『夜ピク』の悪夢再びか?


 でも、全ては杞憂でした。音楽を音葉だけで表現するという、恩田さんの超絶技巧に舌を巻き、国際ピアノコンテストという舞台。天才や破天荒な少年、一度は挫折を味わった元天才少女らを中心にした人間模様。天才という人間から神のような存在にまでお互いを高め合っていく意識の共鳴。素晴らしい作品でした。まあ、最後の方は抽象的すぎてわかりませんでしたけどね。


 本来なら、ぜひにともお勧めしたいのですが、版元がバカなのでしません。恩田さんが版権を引き上げて、別の出版社から出し直してくれればいいのですがね。

 この小説は雑誌連載七年、単行本化に十年かかったそうです。恩田さんはかなり苦労したそうです。でも、解説でこの本の編集者というか恩田番の人が刷り部数はいくつで、その場合はいくらの赤字とか詳細に書いているのです。デリカシーがないのは見城徹だけではなかったのです。これはもう、社風ですね。

 ではごきげんよう。また勉強して来ます。

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