第7話 異形の系譜

 ごきげんいかがですか?


 ああ、本当に残念なことになりました。大相撲の新大関貴景勝の休場のことです。膝の靭帯ですか……とても言いにくいことですが、膝をやってしまった力士はもう、上にはあがれないと思われます。

 直近の例で言えば大関だった照ノ富士ですね。大きな取り口で、すぐにでも横綱になりそうな勢いでしたが、やはり、貴景勝と同じように取り組み中、膝を負傷し、中途半端な状態で相撲を取ったために結局、大関を陥落、休場を続けて、今や三段目か幕下下位かという有様です。貴景勝の今後は極めて苦しいと思います。重傷でないことを祈ってやみません。わたしは別に、貴景勝を贔屓にしているわけではありません。わたしは炎鵬が好きです。彼こそ、無差別級の大相撲の醍醐味でしょう。それはともかく、貴景勝のようなイキのいい大関が消えてしまってがっくり来ました。どちらにしても、大相撲中継は観ていないのですが……


 最近の力士の大型化は尋常でないです。かつては、高見山、小錦、曙、武蔵丸など、主にアメリカ合衆国の力士が突出して大きかった程度でしたが、今や、日本人力士のほとんどが大きいですね。体が大きくなれば、膝に負担がかかるに決まっています。膝の怪我は力士の致命傷になり兼ねませんが、巨大化してしまった以上、膝の怪我を負いやすいのは自明の理です。力士の、特に日本人力士にとって、過度の巨大化は力士生命を脅かします。恐竜が絶滅したのと似ていますね。日本相撲協会におかれましては、ご一考いただきたいものです。


 メキシコのプロレス、ルチャ・リブレまでとはいきませんが、大相撲の世界でもヒーローとヴィランが存在しました。戦前までは、出羽海部屋が隆盛を誇り、番付の片側を独占していました。“角聖”常陸山が作り上げたこの部屋が、本流であり、ヒーロー、その他の部屋がヴィランと言えましょう。その非主流派の二所ノ関部屋から玉錦というとてつもない怪物が現れ、出羽勢を駆逐していき、横綱になります。ダーティーヒーローの誕生です。圧倒的な強さとふてぶてしさ。喧嘩っ早くて、義理堅い。現役中に部屋を継ぐという、今では禁止されている「二枚鑑札」を行い、あまりの強さに「玉錦はたまにしきゃ負けない」というシャレも生まれました。しかし、当然のことながら王者交代の日が来ます。玉錦は今まで一度も負けたことのなかった新鋭双葉山に敗れ、以後生涯に渡り双葉山に一度も勝つことが出来ませんでした。そして、双葉山は大横綱になり、一方の玉錦は巡業先で急性盲腸炎になり、現役のまま、客死してしまいます。近世において、現役横綱の死は玉錦と玉の海だけですので「玉のつく横綱は早逝する」という伝説が生まれました。現在、四股名に玉をつけるのは片男波部屋だけです。


 さて、もともと力士とは異形の者の集まりでした。明治以降、その異形というものを意図的なのかそうでないのかは知れませんが、連綿と受け継ぎ、ヴィランに徹したのが高砂部屋です。最近でも高見山、小錦という巨漢をハワイから呼び寄せ、弟子筋の東関部屋からは曙が生まれています。ハワイ出身力士はまさに昭和・平成の異形の者でしょう。

 その前にも、横綱男女ノ川(みなのがわ)という超巨大力士や、先代の横綱朝潮なども異形の者でした。異形の者の集まり高砂部屋は、出羽海一門を破門されて無所属になった元横綱千代の山の九重とその弟子を快く受け入れ、ここから、横綱北の富士、九重を継いだ北の富士が弟弟子の千代の富士と直弟子の北勝海を横綱に育て上げました。その時、元の本流であった出羽海一門は凋落しかかっており、玉錦の系譜である二所ノ関一門が全盛期を迎えたのです。因果は巡るよどこまでも。


 今の大相撲の勢力図はまた、混沌としています。しかし、異形が普通になってしまった高砂部屋にかつての威光は感じられないことが残念です。

 ではごきげんよう。また勉強して来ます。

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