一回戦第3試合 《戦闘》
<戦闘開始>
『確認するまでもないことでしょうが、戦いが始まる前に能力を使ったり、攻撃したりすることは禁止です。破った場合、命を徴収します』
コロシアムに到着すると、声だけの存在はそう言った。二人はそれに『わかった』とだけ答える。
自分から数メートル離れた場所で戦いに備える黒宮治棘の姿を見て、ベルモットもまた戦いに備えるべく思考する。
(とりあえず武器は持ってなさそうだから一気に片をつける? …いやカウンター系の能力を持っていたらまずい。まずは距離をとって様子見がベストね)
ベルモットは、いまだその能力が不明の黒宮治棘に対する警戒を怠らない。まっすぐに黒宮治棘の事を観察していた。一方の黒宮治棘は、何を考えているのかわからない様子で、ただ突っ立っていた。
しかし黒宮治棘のその表情から、ベルモットはやはり、控え室で感じたのと同じ思いを抱いていた。
「…ねえ。一つ聞いて良いかしら?」
ベルモットは黒宮治棘に尋ねる。そんな突然の問いに、さすがの黒宮治棘も僅かに驚いたようだった。
「…何よ?」
「あなたは何故…いえ、何があったの? あなたの過去に…何が起きたの?」
ベルモットは黒宮治棘にそう尋ねる。
ベルモットの問いに、黒宮治棘は表情を変えなかった。
「…なんでそんなこと聞くのよ」
「…これは私の勝手な感覚なんだけど…なんだか同じなの。私とあなたは、同じように後悔している。後悔している人の目をしている」
控え室で相まみえた黒宮治棘。彼女の目を見たとき、ベルモットはその奥底に”後悔”の念を感じた。
ベルモットはこれまで、自分の行いを嫌と言うほど後悔してきた。だからこそ、黒宮治棘の瞳の奥に映る後悔を感じ取った。共鳴したと言っても良い。
『なにをそんなに後悔しているのか?』同じく後悔を抱いている者として、ベルモット・アンダーグラウンドはそれが知りたかったのだ。
しかしそれを聞く時間は、もうすでに残されていなかった。
『それでは、5カウントを数えさせていただきます。開始と同時、能力を使ってもらってかまいません』
ベルモット・アンダーグラウンドが黒宮治棘に尋ねたすぐ後、声だけの存在がそう言った。
ベルモットに『あなたは後悔している』と言われ、黒宮治棘は初めて、ハッキリとした表情のようなものを顔に浮かべた。それは嘲笑とも、怒りともとれるような表情だった。
『5…4…』
カウントが始まると、黒宮治棘はその狭間に、つぶやいた。
「その通りよ。私は悔いているの」
『3…2…』
「私は…自分の命惜しさに、取り返しのつかないことをしてしまった」
『1…』
「私が愛するべきだった人を…殺してしまったの」
『戦闘を開始してください』
◇
戦いが始まったと同時、黒宮治棘の右手に鞭が出現した。黒宮治棘は、その鞭をベルモット・アンダーグラウンドに向かって振り付ける。ベルモット・アンダーグラウンドは一瞬、それにどう対処するべきか迷った。
普通に避けるべきか? それとも鞭を掴み、魔法により電流を流し込むか?
ベルモット・アンダーグラウンドがこれまでに戦ってきた相手は多種多様だ。そしてその中には、黒宮治棘のような“鞭使い”もいた。
見るからに戦い馴れていない黒宮治棘と、以前に戦った達人級の鞭使いを比べるのには、多少無理があるかも知れないが、それでも参考にはなる。
当時戦った鞭使いはかなり手強く、鞭を避け続けることは困難だった。そのため最終的にベルモットは、敵の鞭を直接つかみ、電流を流し込むことによって、その鞭使いを倒した。その経験から、彼女は電流を流し込むという方法が鞭使いに有効である事を知っていた。
そして結局、ベルモット・アンダーグラウンドは、その『鞭を掴んで電流を流す』攻撃に出ることを決めた。
――ガシッ!
打ち付けられた鞭をベルモット・アンダーグラウンドは掴む。やはり黒宮治棘の筋力では、さして威力はない。
(よし! このまま電流を…)
ベルモット・アンダーグラウンドが勝利を確信した瞬間、彼女は意識を失った。
「自分の心臓をえぐり出しなさい」
黒宮治棘は、無防備に立ったまま固まるベルモット・アンダーグラウンドに命令した。そして、
――ブシャッ
ベルモット・アンダーグラウンドは自らの心臓を、赤い鮮血と共にえぐり出した。
◇
『黒宮治棘さま、おめでとうございます。見事、一回戦突破です。これより他の方の戦闘が終了するまで、別室にて待機していただきます』
ベルモット・アンダーグラウンドが力なく倒れると、声だけの存在はそう告げた。しかし黒宮治棘はやはり無表情だった。そして、血にまみれ地面に伏すベルモット・アンダーグラウンドを見下ろす。
「…聞きたかったわ。あんたが一体どんな後悔をしていたのか」
少し悲しそうにそう言った後、黒宮治棘は転送されていった。
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