一回戦第3試合 《控え室》
ベルモット・アンダーグラウンドは魔王である。それも、元人間の転生魔王である。彼女が魔王となったのは100年前。彼女は元いた世界でストーカーに殺害され、そして魔王として転生したのだ。
ここまでは良くある話だ。『転生したら魔王だった』みたいな話はごまんとある。しかし一つだけ、それらテンプレートと彼女が決定的に異なることがあった。
それはすなわち、彼女が『人類を滅ぼしてしまった』という事だ。
普通この手の物語では、魔王に転生した主人公達は大抵『人間と魔物で戦うのはもうやめて共に手を取り合おう!』とか言って、最終的には平和なハッピーエンドになるのが常だ。それか、魔王である主人公が殺されて終わる。
しかし彼女に訪れた
断っておくが、人類を滅ぼしたからといって別に『ベルモット・アンダーグラウンドは血も涙もない極悪非道の魔王であった』と言うわけではない。むしろその逆だ。彼女も最初は、他の主人公達と同じように『人類と手を取り合おう』と考えたのだ。そしてそのための努力も惜しまなかった。
しかし、彼女の願いは叶わなかった。
魔王、すなわち彼女を殺すためにやってきた勇者に、彼女は融和の道を提案した。しかし、
『魔物の言う事なんて信じられない』
勇者はその一言で、彼女の提案を一蹴した。そして、彼女を殺すべく襲いかかったのだ。
『二度も殺されてたまるか!』彼女はその息で、生き残るべく戦った。そして気がついたとき、彼女は勇者を殺してしまっていた。
勇者を殺した後、今度は賢者を名のる魔法使いが彼女の前に現れた。彼女は再び、平和の道を提案した。しかし、
『私を騙せるとでも思ったか? この薄汚い魔物め』
気がついたとき、彼女は賢者を殺していた。
ついには、勇者と賢者を殺した魔王を倒すべく、人間達が大群となって魔物達に襲いかかった。個々では貧弱だった人間達も、団結したその力は強大だった。魔王である彼女の喉元にすら、その刃が届きえるほどに。
彼女は戦った。生き残るために。二度と殺されないために。
そして気がついたとき、世界から人間という種族は一人残らず一掃されていた。
全てが終わったとき、彼女はようやく自らが犯してしまった罪に気がついた。人類を滅亡させるという、決して償うことのできない大罪を犯してしまったことに。彼女はすぐに罪悪感にさいなまれるようになった。
人間の屍を目にするたびに、心が絞められる。
眠るたびに、自分が殺した人間達の悪夢を見る。
気がついたら、自死による償いを渇望してしまっている。
しかし、もう二度と死にたくはない。
そんな矛盾する心と罪悪感の中で、彼女は人間が誰もいなくなった世界を苦しみ生きていた。そんなときだった。このトーナメントに招待されたのは。
『優勝した暁には、その方の望みを全て叶えて差し上げます』
その言葉を聞いた彼女の中に、一筋の希望が差し込んだ。
『もし優勝できれば、私は救われるかも知れない』
望みを叶えてもらえるのなら、自分の中に渦巻くこの罪悪感を消してもらえるかも知れない。もしかしたら、自分が滅ぼしてしまった人類を復活させることができるかも知れない。今度こそ、人間と魔物が手を取り合う、夢にまで見た平和な世界を作ることができるかも知れない。
こうして彼女は、トーナメントを勝ち進み、優勝することを心に誓ったのだった。
<戦闘控え室>
(彼女が……私の相手?)
頭に歪曲したヤギの角を生やし、黒髪長髪の妖艶な姿をした魔王、ベルモット・アンダーグラウンドは、自分と二人っきりで控え室にいる女、黒宮治棘を見る。
黒宮治棘は黙ったまま、ベンチに座っていた。
(……本当に戦えるの?)
黒宮治棘の華奢な体を見ながら、そんなことを考える。
ベルモットも魔王にしては小柄な方だが、黒宮治棘はそれ以上に小柄だ。相手を威嚇するようなつり目を除けば、彼女の見た目は、強さから遠くかけ離れたものだった。
そんな、『主人公最強決定トーナメント』には似つかわしくない黒宮治棘の姿に一抹の不安を抱きつつも、しかし自分を鼓舞するようにベルモットは心の中で言い聞かせる。
(……いや、これはむしろチャンスね。一回戦の相手が弱いのは、こっちとしては願ってもない)
見た目で判断してはいけないと言うが、しかしそうはいっても見た目で大半のことはわかる。とくに強さについては。
彼女は今まで様々な強者達と戦ってきた。そしてその強者達の全員が、言うならばオーラのような物を全身から放っていた。しかし目の前の黒宮治棘には、そんなオーラは感じられない。
……いや、正確に言えば違う。“強さ”についてはオーラは全く感じられない。しかし、他のオーラなら感じた。
そう、このオーラは……
『準備はよろしいですか?』
控え室にいた二人に、声だけの存在が尋ねた。ベルモットは頭に浮かんでいた考えを振り払う。
(……関係ない。彼女にどんな理由があっても、私は自分のために勝ち残る。そして……)
「……準備はできてる」
ベルモット・アンダーグラウンドは、落ち着いた声でそう言った。そして黒宮治棘も、
「……私も」
そう答えた。
『それでは、コロシアムに転送します』
声だけの存在がそう言うと、控え室から二人の姿が消えた。
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