一回戦第2試合 《戦闘》
<戦闘開始>
気がつくと二人は、向き合って立っていた。彼らは今、巨大なコロッセウムを模した闘技場の、その中心にいたのだ。
ティムシーが辺りを見まわしていると、声だけの存在が二人に話しかけてきた。
『確認するまでもないことでしょうが、戦いが始まる前に能力を使ったり、攻撃したりすることは禁止です。破った場合、命を徴収します』
「わかってるよ。さっきのルール説明でも言ってたやつだろ? そんな野暮なマネしねえさ。正々堂々戦ってやるよ」
ティムシーはわかりきった確認に、めんどくさそうに答える。声だけの存在は『それは恐れ入ります』とだけ答えた。
「ていうかさ、ほんとにこのお嬢ちゃんが俺様の相手なのか?」
声だけの存在からの一連の確認が終わると、今度はティムシーがそう確認した。
『はい。ヴィーラ・ウェントフォッフ様が、ティムシー様の対戦相手です』
「なんていうかさ……いいわけ? 俺様、相手がガキだろうが関係なく殺しちゃうぜ? 倫理的にまずくない?」
倫理など微塵も尊重していないにもかかわらず、ティムシーはそんなことをへらつきながら尋ねる。それに対して声だけの存在は、感情を一切感じさせない声で答えた。
『問題ありません。そもそもこの大会はどちらかが死ぬまで続きます。殺してもらわなければ、大会が進みません』
「あっそ。じゃあ、お言葉に甘えて殺させていただきますか。ちょうど、コイツを殺してやりたいと思っていたし」
そう言ってティムシーは、目前の幼女を睨み付けた。
控え室では、この幼女に何度も無視された。それだけで、殺す理由には十分だ。ティムシーは邪悪に笑う。
「おいガキ。そういうわけだ。悪いとは微塵も思わねえけど、お前を殺すぜ?」
「……」
ティムシーの言葉に、やはり幼女は答えない。そのことに、彼の機嫌はますます悪くなる。そして『この幼女を絶望させたい』という欲求が、彼の心で荒ぶった。
幼女が絶望に引きつった顔を見て、それを笑いながら彼女の命をできる限り残酷に奪う。それが、自分を無視し続けた幼女に対する彼の復讐だった。
そして、幼女を絶望させる術を彼は持っている。
「俺様は不死身だ」
ティムシーは幼女にそう教えた。
ティムシーは不死身である。それは戦う相手にとっては絶望でしかない。どんなに攻撃しようと、死ぬことなく迫っている。何をしても、殺すことはできない。それは彼と戦う相手にとっては敗北の確定に他ならない。
そして、これが普通の戦いなら“逃げる”という選択もあるだろうが、今回はそうもいかない。この戦いの先にあるもの、それは『生』か『死』だけ。そして不死の敵と戦う相手にあるのは『死』のみだ。
彼の『俺様は不死身だ』という言葉は、幼女にとっては『死の宣告』と同義なのだ。そんな死の宣告を受け、幼女が恐怖におののかないはずがない。ティムシーはそう考え、幼女に自らの能力を教えたのだ。
「どうだ? 絶望したか?」
ティムシーは幼女に優しく尋ねる。不死の相手と戦えば敗北あるのみ。いくら幼女といえども、それくらいのことはわかるだろう。そして、その先にあるのは『死』である事も。
幼い彼女が、その事実を恐れないはずがない。恐怖しないわけがない。ティムシーはそう思っていた。
しかし、そうはならなかった。
「そうですか。教えてくれてどうもありがとう」
幼女は至極平然とそう言ったのだ。それも、笑みを浮かべながら。
「能力を教えてくれるなんて、とても親切ですね。おかげで調べる必要もなくなりました」
「……あ?」
幼女の言葉にティムシーは、困惑と疑念の混ざった感情を抱く。
「『調べる必要がなくなった』? まさか、まだ勝てるつもりでいるのか?」
ティムシーは尋ねる。
彼は少し前まで『もしかしたら幼女は諦めて降参するかも知れない』と考えていた。にもかかわらず、幼女がとろうとしている行動はその真逆だった。それが彼を混乱させた。
「……もしかして、まだ状況がわかっていないのか? はっ、これだから
ティムシーは『幼女がこんな事を言うのは物を知らないからだ』と思い込み、そう小馬鹿にする。しかし幼女は、やはり僅かに笑みを浮かべ、逆にティムシーのことを馬鹿にするように言った。
「悪いですけど、私は子供じゃないですよ。あなたよりもずっと大人です。少なくとも、相手を見た目でしか判断できないようなあなたより」
「……ああん?」
幼い子供に馬鹿にされ、ティムシーは幼女を睨み付ける。
「俺様がお前よりも子供だと? はっ、バカが! 俺様は1000年も生きているんだぜ!? たかだか9才の子供がふざけたこと抜かしてんじゃねえ!」
「”たったの”千年? なんだ、やっぱり子供じゃないですか。それにこの程度のことで、そんなに腹を立てている。精神面も幼いようですね。千年ぽっちじゃ、貴方が大人になるには足りなかったと見えます」
――ブチッ
ティムシーの頭蓋の中で、血管がはち切れた。しかしその血管は、不死身の能力によりすぐさま修復される。
「……ははあん。読めたぜ、お前の考えが」
脳内の血管が切れたおかげか、僅かに落ち着いたティムシーは幼女を睨み付けながらも冷静に笑う。
「つまりだ、そういう風に俺様を挑発して、戦いが始まる前に攻撃させようとしてるんだろ? 不戦勝を狙ってな」
ティムシーはしたり顔でそう尋ねた。
いくら『死なないから負けない』とは言っても、それはあくまで『戦いが始まったら負けない』だけだ。戦いが始まる前、例えば今、ティムシーが怒りを爆発させて幼女に掴みかかれば、彼は反則負けとなる。
いくら不死身と言っても、反則負けだけは回避できない。逆に言えば、幼女が不死身のティムシーに勝利するには不戦勝しかない。
だからこそ幼女は、まるで『全然ビビっていないですよ』といった様子でティムシーの怒りをかき立てるようなことを言っていたのだ。ティムシーが怒りに任せて、彼女を攻撃するよう仕向けるために。
しかし、それに気がついてしまえば何のことはない。
「はっ、残念だったな! これでお前の唯一の勝ち筋はなくなっちまったわけだ!惜しかったなあ、あともうちょっとで俺様がお前に掴みかかったのかも知れないのに!」
勝ち誇った様子で、ティムシーはそう言った。しかし幼女は平然としていた。
「やはりバカですね。私はそんなこと微塵も考えていませんよ。そんな卑怯なマネなんてするつもりはありません」
「言ってろよ。どうせ内心、慌ててんだろ? 唯一勝てたかもしれない作戦がおじゃんになっちまってな」
幼女は平然とした様子で「そんなことないですよ」と否定したが、ティムシーには幼女のその冷静さが逆に、彼女が必死に平然を装っているようにしか見えなかった。
『それでは、5カウントを数えさせていただきます。開始と同時、能力を使ってもらってかまいません』
二人がそんなやりとりを繰り広げているのを尻目に、声だけの存在はそう言うと、5から数え始めた。
「はっ、まあいいさ。そんなに言うんならお手並み拝見だ」
『5…4…』
「最初の内はお前に自由に攻撃させてやるよ」
『3…2…』
「そして、お前が諦め絶望したとき」
『1…』
「できる限り苦しませてから殺してやるよ」
『戦闘を開始してください』
「
――キィィィィィィン
戦いが始まった瞬間、ティムシーの体は半透明の拘束具によって縛られた。その強固な拘束は、ティムシーの力ではどうやっても外せないほどのものだった。
しかし、ティムシーは全く慌てなかった。むしろ余裕の表情を浮かべていた。
「おいおい。こんな拘束なんかして、やっぱり俺様を倒す方法がねえんじゃねえか。あれだけ余裕ぶっといて情けねえ話だなあ? ええ?」
ティムシーは自らを拘束した幼女に、馬鹿にするようにそう言った。
確かに彼の言うとおり、先ほどまで、まるで『自分にはお前を倒す方法がある』と言わんばかりの自信を見せていたヴィーラが、結局彼を拘束するしかできないのなら、それは彼の言うとおり情けない話だ。
もし本当に“拘束するしかない”のなら。
拘束されながらも余裕のティムシーに、幼女は近づく。そして、彼の目の前で立ち止まった。
――ザシュッ
幼女は自らの手を、拘束されたティムシーの腹に突き刺した。そしてそのまま、ティムシーの体内をかき混ぜる。
――がふっ
ティムシーの口から、大量の血が吐き出された。しかしそれでもなおティムシーは、余裕の表情で笑みを浮かべていた。
「おいおい、気持ちわりいな。俺の体に興味津々か? えぇ?」
「……」
ティムシーの明らかな挑発に、幼女は反応しない。ただひたすらに彼の体内を探っていた。
そんな具合にしばらくの間ティムシーの体内をまさぐった後、幼女はようやく手を抜きだした。抜き出した直後から、ティムシーの腹に開いた穴が塞がり始める。
「……どうした? これで終わりか?」
傷が完全に治ると、ティムシーは目前の幼女に尋ねた。
「おいおい、まさか俺様の腹の中をかき混ぜるだけで殺せるとでも思ったのか? とんだ馬鹿野郎だな」
「……」
ティムシーのそんな挑発をよそに、幼女は手についた汚らしい血液を拭う。そして、
「……大体わかりました」
一言そう言った。
◇
「『大体わかった』? はっ、何がわかったんだ? 俺様には敵わないって事か?」
「違いますよ。あなたの倒し方です」
幼女の言葉にティムシーは、目を丸くした。
「はははははははは! 俺様を倒す方法!? はっ! そんなのは存在しねえんだよ! 俺様は不死身なんだぜ!?」
不死身。死を敗北とするなら、それすなわち倒せないと言うこと。にもかかわらず彼を倒すと明言する幼女に、ティムシーは笑いを禁じ得なかった。
しかし、幼女は少しも面白くなさそうに答える。
「まったく、これだからバカは……」
「……あ?」
「あなたは、自分が本当に“不死身”だなんて思っているんですか? 本当に“死ぬことはない”とでも?」
馬鹿にしたようにそう尋ねる幼女に、ティムシーは苛立ちながらも答える。
「お前も今見ただろ? 俺様の体は、たとえ傷つこうともすぐに回復する。それがたとえ、致命傷だったとしてもだ。そんなの不死身以外に考えられるか?」
当然と言わんばかりにそう答えたティムシーに、幼女は半ば呆れた様子を見せた。
「……本当にバカですね。あなたはどうやら『死なない』ことと『死ににくい』ことを混同しているようです」
「……なんだと?」
「あなたは単に『傷が治る』というだけ。それは『死ににくい』だけであって、決して『死なない』と言うことではない」
幼女はそう言うと、その小さな手でティムシーの顔面を掴んだ。そして
「
幼女がそう詠唱すると、彼女の手を通して薄緑色の魔力がティムシーに流れ込んだ。
「……っ!? 何しやがった!?」
「あなたの体内の魔力の働きを遮断しました。これでしばらくは、あなたは魔法を使えません」
幼女の言葉に、ティムシーは笑う。
「はっ、魔力だあ? 俺様は魔法なんて使わねえから意味ねえなあ?」
そんなティムシーの言葉に、今度は幼女が顔に不気味な笑みを浮かべる。そして、
――ザシュッ!
幼女はティムシーの右腕を切り落とした。
本来ならば、不老不死のティムシーに対しては何の意味も持たない攻撃。しかし今回はそうではなかった。
「……っ!? ぐあああああああああ!」
ティムシーの右腕から、脳に痛みが伝えられたのだ。
「がああああああああ!? なっ、なんでっ……」
不老不死のティムシーは、ただ不死身であるだけではない。彼の能力は、不死身となったことで不必要となった痛覚を遮断する効果も持っていた。
にもかかわらず、切り落とされた右腕の断面からやってくる電気信号は間違いなく、長いこと感じていなかった“痛み”そのものだった。
「さっき手を突っ込んだとき、あなたの体内に魔力の存在を確認しました。あなたの不死身の能力は、何のことはない、ただの『回復魔法』だったんですよ」
痛みにもだえるティムシーに、ヴィーラ・ウェントフォッフは言った。しかしティムシーには、それに答える余裕はもう残されていなかった。
(そんな……そんなそんなそんな! 俺の! 僕の不死身が! 最強の力が!)
1000年前、念願叶ってようやく手に入れた不死の力。最強だと思い込んでいた能力。それを失った彼は今、絶望の淵にあった。もはや、戦うどころではないほどに。
「では、
幼女はもだえるティムシーにそう告げる。
(殺される!? こんなところで!? まだ“たった”1000年しか生きていないのに!?)
――ザシュッ!
「……っ、ギャアアアアアアアアアア!」
今度は左腕を切り落とされ、ティムシーは一層の叫びを上げる。そんなティムシーをよそに、ヴィーラ・ウェントフォッフは切り落とした二本の腕を拾い上げた。
「肉塊を糧とし姿を現せ。
――ボォォォォ
切り落とされた二本の腕が燃え上がり、そしてその燃えかすから2体の、漆黒の猟犬が現れた。
「とりあえずあなたの腕を有効利用して、戦力補充をさせてもらいます。彼らを次の戦いに連れて行けるかはわかりませんけどね。一応です」
痛みにもだえるティムシーに、少しも感謝していない様子でヴィーラ・ウェントフォッフは感謝を伝えた。
しかし当然、そんな感謝は痛みに悶えるティムシーに届かない。
「さて、やるべき事も終わったので、そろそろとどめを刺しますよ。何か言い残すことはありますか?」
ヴィーラ・ウェントフォッフは、ようやく叫ぶのをやめ肩で息をするティムシーにそう尋ねた。
「……頼む」
「はい?」
「……いや、お願いします……殺さないでください」
ティムシーは涙を流し、ヴィーラ・ウェントフォッフに命乞いを始めた。
「お願いします……お願いします……僕が……僕が悪かったです! 調子に乗っていました! 謝ります……謝るから! お願いです! 命だけは! 命は……!」
涙をボロボロとこぼしながら、ティムシーはヴィーラ・ウェントフォッフの顔を見た。しかし彼女の顔を見た瞬間、ティムシーの顔は恐怖に引きつり、慟哭した。
ヴィーラ・ウェントフォッフはティムシーに無垢に笑いかけ、そして
「『どうだ? 絶望したか?』」
そう聞いた。
◇
『ヴィーラ・ウェントフォッフ様、おめでとうございます。見事、一回戦突破です。これより他の方の戦闘が終了するまで、別室にて待機していただきます』
彼女がとどめを刺し終わると、声だけの存在がそう言った。しかしヴィーラ・ウェントフォッフは、特段うれしそうな様子も見せない。
「質問なのですが、彼らは次の戦いに連れて行っても?」
声だけの存在にヴィーラ・ウェントフォッフは尋ねた。“彼ら”というのは、ティムシーの両腕と引き換えに生み出した漆黒の猟犬たちのことだ。
『はい。問題ありません。試合で召喚した魔道生物は、次の試合でも引き続き使うことができます』
「そう。それはよかった」
赤髪青眼の幼女はそう言うと、その美しい赤髪をかき上げた。そして、屍となったティムシーを見下ろす。
「……千年…か」
恐怖に引きつる死体を見ながら、ヴィーラ・ウェントフォッフはうらやましそうにつぶやいた。
「私もまだ楽しかったなあ、それぐらいの頃は」
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