一回戦第2試合 《控え室》
ティムシー―本名をウィリアム・ジェーンと言う彼は、不死身である。死ぬことがない、不死者なのだ。
何故に彼は不死身であるのか? それを説明するには、彼が異世界に転生する前、まだ不死ではなかった頃の話をしなければならない。
異世界に転生する前、つまり元の世界で彼は“ヨウロピアン”と呼ばれる都市に生まれた。そこは―まあ良くある話で―とても治安が悪かった。混沌という言葉がふさわしいほどに、彼が生まれ育った町は暴力と、欲望と、悪意に満ちていたのだ。
連日のようにそこかしこで人が殺され、時には嬲(なぶ)られる。警察は機能をなしておらず、自分の身は自分で守るほかない。
そんな危険すぎる町で育った彼が『不死身』を夢見るようになったのは、ある意味至極当然のことだったのかも知れない。不死身になることで、すぐ側にありふれる『恐怖』から逃れることを、幼い彼は願ったのだ。
そんな風に『不死身』を志す様になった彼が、それを手にするために行ったこと。それは『修行』だった。肉体的鍛錬を通じて、彼は不死身になろうとしたのだ。
彼のこの行動は、人によっては疑問を覚えるかも知れない。『不死身になるなら修行をするよりも、例えば賢者の石のような”不死身の能力を与えてくれる”道具や魔法を探すべきではないのか?』と考える者がいたとしても、おかしくはないだろう。
その意見はもっともである……が、しかし。当時彼が求めた『不死身』は普通の人間が考えるような『不死身』とは、僅かに異なっていた。
彼が求めた不死身とは、『誰にも殺されることがない強さ』のことだった。
人の死が日常に存在する彼の町において、普遍的に信じることが出来るものと言えば、それは『己の力』のみだった。
力さえあれば、誰にも殺されることなく、おびえて暮らす必要もない。戦場においてはしばしば、何があっても死なずに生き残る者の事を『不死身の◯◯』と讃えたりするが、ティムシーの夢見た不死身とは、まさにそれだった。『命を脅かされない強さ』それこそが、彼の夢想した『不死身』の姿だったのだ。
しかし―これも良くある話だが―ティムシーは不死身を求めて修行を積んだ結果、彼はその修行中の事故により、死ぬことになった。あまりにも厳しい修行に、彼の”不死身ならざる肉体”が耐えられなかったのだ。
こうして不死身からはほど遠いまま死ぬこととなったティムシーだったが、しかし彼の死後、奇跡が起こった。ティムシーは俗に言うところの“異世界転生”をすることになったのだ。
彼が転生したのは剣と魔法の世界。そこかしこをモンスターが跋扈し、悪が栄える異世界だった。
その世界では人の死が日常的にありふれ、命の価値が恐ろしいほどに低く、荒れ果て方は彼が元いた町と大差ない程に酷かった。
しかし、一つだけ違う事があった。それは彼が『不老不死』というチート能力を手にしていたこと。彼の抱いていた夢が、求めていたもの以上の能力として与えられたことだった。
彼は歓喜した。文字通り”死んでも手に入らなかった”不死身の力を、ついに手にしたのだから。夢にまで見た力を手に入れたのだから、喜んで当然だった。
こうして彼は”命を脅かされない強さ”――すなわち不死の力を手に入れるに至ったのだ。
しかしこのときから、ティムシーの性格は変わり始めた。
元々、彼は心優しい性格だった。命をむやみやたらに奪うことはせず、苦しんでいる者には手を差し伸べる。そんな、とても善良な人間だった。
きっとその性格は、彼がその弱さ故に何度も命を脅かされ、その中で多くの人々に助けられてきたからこそ育まれたものだったのだろう。
しかしだからこそ、『最強となってしまった』彼は、力に溺れた。
誰も自分を殺すことができない。敗北を”死”と定義するなら、決して死ぬことのない自分はすなわち、負けることがない。
『自分こそが最強である』
その考えは次第に、彼の温厚だった性格を黒く染め上げた。
彼が不老不死となって1000年の時がたった頃、彼はもはや完全に、以前の彼とは違った人間になっていた。顔を見るだけでも気分が悪くなるような、かつて彼が嫌悪していたはずの人間。そんな悪人になってしまっていたのだ。
自分をないがしろにした女がいた。腹がたったから殺した。
でも、最強なのだから許される。
自分を『たいしたことない』と罵った男がいた。苛ついたから殺した。
でも、最強なのだから許される。
ただの村人でありながら、最強である自分に身の程知らずにも助けを求めた子供がいた。どうでも良かったから無視して見殺しにした。
でも、最強なのだから許される。
自分はたとえ何をしようと許される。だって自分は最強なのだから。
世界の全ては自分の思い通りに動き、そうならないモノは壊してしまえば良い。
だって自分はこの世界で最強で、そして主人公なのだから。
こうして彼は、最強という言葉にとりつかれるようになった。自分こそが最強である。それを証明するためだけに、ありとあらゆる者達に、半ば強制的に戦いを挑み、殺すようになった。
最強である事の証明。それはある意味で、彼がかつて求めた『誰にも負けることがない』と言う意味での不死身の証明と同義だ。しかしその心は、かつての彼と比べようもないほどに
皮肉にも、かつて『誰にも命を脅かされない不死身』を願った少年は、それを手にしたばかりに、あれほど嫌悪していたはずの『他者の命を脅かす存在』へとなってしまったのだ。
こうして彼は今日も、真の不死身になるべく、それを証明すべく、戦いを続ける。最強の名を欲して、殺し続ける。
<控え室>
「おいお前。名前なんて言うんだ?」
神を名乗る何者かによって『主人公最強決定トーナメント』なるものに招待され、そしてこの控え室に転送されてきた不死の男ティムシーは、自分より前からこの場所にいたと思しき、ベンチに座る赤髪青眼の幼女にそう尋ねた。
それまで一言も話さず座ったままだった幼女は、彼の質問に小さく答える。
――ボソッ……
なんといっているか聞こえないくらい小さな声で言葉を発した幼女に、ティムシーは苛立った。
「あ? 小さくて聞こえねえよ。もっと大きな声で言いやがれ」
「……ヴィーラ。ヴィーラ・ウェントフォッフ」
幼女は、ようやく聞こえる声でそう名のった。
名前を聞いたティムシーは、壁に貼り付けられたトーナメント表で、自分の対戦相手となっている選手の名前と幼女の答えた名前を照合した。
そして、幼女が自分の対戦相手である事を確認した。
「……どうやら、俺様の相手はお前みたいだな」
「……」
“親切に”そう教えてやったにもかかわらず、それを無視した幼女に、ティムシーの機嫌は一層悪くなる。舌打ちをして、幼女を睨み付けた。
「……ていうか、お前いくつだ?」
ティムシーは幼女の姿を見ながら尋ねる。彼は別に年齢判定の達人とかではないが、それでも目の前の幼女が、年端もいかない子供である事は間違いない。
あの上から目線で腹が立つ『声だけの存在』の話では、ここに呼ばれた者達はこれから『殺し合い』をしなければならない。それを考えると、この年端もいかない幼女はなんとも場違いの感じがあった。
別に彼は『子供に殺し合いをさせるなんて間違っている!』なんて、そんな甘っちょろい倫理観を振りかざすつもりはなかったが、それでもやはり幼女がいるのは不自然だ。
彼にとっては、子供や女は『弱さ』の象徴だ。それ故に、そのどちらの要素も持った幼女がこの『主人公最強トーナメント』なるふざけた大会にいるのが、どうしても理解できなかったのだ。
(……まさかコイツ、この年でメチャクチャ強いのか?)
見るからに弱そうな幼女を、警戒と共に見つめる。しかしやはりというか、どこをどう見ても幼女はただのひ弱そうな幼女でしかなかった。
「……ていうかおい、無視すんな。年はいくつだ?」
一向に答えようとしない幼女により一層苛立ちながら、ティムシーは不機嫌に尋ねた。
そんなティムシーの様子に気がついたのか、それとも単にうるさく聞かれるのが嫌だったのか、幼女は小さな声で答えた。
「……9才」
ようやく聞けた幼女の年齢に、ティムシーは若干驚く。
「9才? 本当か?」
「……ええ」
見た目から幼いとはわかっていたが、それでも具体的な年齢を聞くとやはり驚きだ。本当にこの9才の幼女が主人公『最強』トーナメントに出場できるほど強いのか?
……いや、そういえば『戦闘に向かない者には能力を与える』と声だけの存在が言っていた。ならば、もしかしてこの幼女も何らかの能力を与えられているのか?トーナメントで十分勝ち抜けるくらいの能力を。
ティムシーはそんなことを一瞬考え身構えたが、すぐにそんな心配などすぐに吹き飛ぶ。
仮にこの幼女が信じられないくらい強い能力を持っていたと仮定しよう。だが、それがどうした? たとえ幼女がどれだけ強力な能力を持っていようとも、自分が負けることなどあり得ない。なにせ、自分は不死身なのだから。
この大会のルールでは『相手が死ぬまで戦いが続く』のだ。裏を返せば、死ぬことがない自分が負けることは決してない。勝てないことはあっても、負けることはないのだ。
これから、この幼女を含めてどんな相手と戦うことになろうとも、絶対に自分が負けることはない。自分こそが最強なのだ。
なのに、一体どこに心配する必要がある? もし心配することがあるとしたら、それは優勝したときにどんな願いを叶えるかくらいだ。
『準備はよろしいですか?』
控え室にいた二人に、声だけの存在がそう尋ねた。準備? そんなのする必要もない。
「大丈夫だ。早く戦わせろ」
ティムシーは食い気味に言った。幼女もまた、小さな声で「いいです」と答える。
『それでは、コロシアムに転送します』
声だけの存在がそう言うと、控え室から二人の姿が消えた。
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