一回戦第1試合 《戦闘》

<戦闘開始>


『お二人とも準備はよろしいでしょうか?』

「いいよー」

「問題ないわ」

『それでは、5カウントを数えさせていただきます。開始と同時、能力を使ってもらってかまいません』


 声だけの存在は二人にそう告げると、5から数え始めた。



 あの後控え室でしばらく待っていた二人に、壇際沙津樹が現れてから五分後、声だけの存在は『準備はよろしいですか?』と語りかけてきた。それに二人が『YES』と答えると、彼らは再び別の場所に転移させられた。

 二人が転移させられた先は、まるでコロッセウムでも模したかのような、古めかしい闘技場だった。そこで二人は、向かい合って立っていた。


『あらためて確認するまでもないことでしょうが、戦いが始まる前に能力を使ったり、攻撃したりすることは禁止です。破った場合、命を徴収します』


 転移するとすぐに、声だけの存在がそう釘を刺した。しかしレンはそんな忠告も話半分に、すぐさま周囲を見回し、これから戦いの舞台となる闘技場を観察していた。


(武器は……なさそうね)


 その事実を知って、レンはため息をこぼす。


 ここに飛ばされるまで、これから自分達がどんな形式で戦わされるのかわからなかったが、しかしこの闘技場を見る限り、どうやらレンが期待していたような『武器が与えられてそれで戦う』という類いのものではないらしい。恐らく『身一つで』殴り合うような形式だろう。


 初めに言ってしまうと、この形式においてレンは圧倒的に不利だ。なにせレンの能力は、強力でこそあれど、攻撃力はない能力だったから。すなわち、今の彼女には”攻撃の手段”となり得る武器がないのだ。攻撃の手段と言ったら、自身の体くらいだった。


 『敵を一撃で殺し得る武器がない』そんな状況だったからこそ、この闘技場に飛ばされる前まで、レンは武器が与えられることを祈っていた。与えられた武器で殺し合うような、そんな血みどろの戦いを望んでいたのだ。

 しかし無いならばしょうがない。こうなったら、戦国時代では幾度も自分を救ってくれた秘技『目潰し』を炸裂させるだけである。沙津樹がどんな能力を持っているかは知らないが、もはや斯くなる上は、彼女に素手で襲いかかり、殴り殺すしかないのだ。


 それに、例え武器がなくともレンには勝機があった。武器がなくとも戦えるという自信を抱けるほどに、彼女に与えられた能力は強力だったのである。




 声だけの存在によるカウントダウンが始まった。同時に、レンは臨戦態勢を構える。


『5…4…3…』


(まずは回避ね。相手の能力がわからない以上、初めは様子を見るのがベスト……)


『2…1…』


(右? 左? どっちに避ける? ……やっぱ左かな。私左利きだし)


『戦闘を開始してください』



――パララララララララララ

――ビチャ


「……あふぇ?」


 気がついたときにはすでに、レンは倒れていた。額と心臓はもちろん、彼女の体中ありとあらゆる場所に穴が開き、血が噴水のように噴き出していたのだ。


「あふぇふぇ?」


混濁する意識の中で、レンはわけのわからない言葉を発した。そして…






<控え室>


「……っ、ああっ!」


 レンは持っていた一枚の紙切れを取り落とす。そして、フラフラと座り込んだ。


「……な、なにが……?」


 レンは『ハァハァ』と肩で息をしながら、顔を押さえた。そして体中をまさぐり、自分の体のどこにも”穴”が開いていないことを確認して、ひとまず安堵する。


「……死んだ? 殺された? あの一瞬で?」


 ようやく落ち着きを取り戻し、レンはそんな自問をはじめた。

 記憶が定かではないが、確か戦いが始まった瞬間、レンはいきなり大量の“銃弾のような物”で撃ち抜かれた。そして、絶命の瀬戸際まで追いやられたのだ。

 “銃弾のような物”と曖昧なのは、それが何かハッキリとわからないほどに一瞬で、彼女が殺されてしまったからだ。しかし『パララララララララララ!』というサブマシンガンの軽快な銃声と、体中に無数に開いた穴から、自分を襲ったのは銃弾であったと考えてほぼ間違いないだろう。


 となれば、次の問題は『サブマシンガンはどこからやってきたのか?』と言うことだ。

 記憶が正しければ、沙津樹は戦う瞬間までサブマシンガンどころか、武器の一つも持っていなかったはずだ。とすると、体のどこか…例えば服の中に隠していた? いや、いくら“サブ”マシンガンとはいっても、彼女の軽装でそれを隠すのは無理だろう。


 となれば、考えられる可能性は一つだけだ。



「……厄介ね」


 ため息交じりにレンはつぶやいた。

 考えられる可能性、それはつまり『壇際沙津樹は武器を生み出す能力を持っている』と言うものだった。

 武器を生み出すことができる。だから、戦いが始まるまで素手であったのにもかかわらず、戦いが始まり能力を使用できるようになった瞬間に、壇際沙津樹は武器を生成し、それを使ってレンを撃ち殺した。そう考えれば、先ほど自分に降りかかった不幸の全てに説明がつく。


 この『壇際沙津樹は武器を生成する能力を持っている』という事実は、レンにとっては半分うれしくも、しかしもう半分は残念なものだった。

 これがレンにとってありがたい理由、それは『自分の能力には全く影響がない』からだ。敵の『武器生成』と言う能力は、どうあがこうともレンの能力に一切関与できない能力であり、故に今のところは、レンに『負ける要素は一切ない』と断言できる。


 レンは、先ほど取り落とした紙切れを拾い上げる。そして、書かれている文字に視線を落とした。


『城ヶ崎レン様。あなたに差し上げる特殊能力は『過去に戻る能力』です。能力を発動すると”最初にこの紙を見た時点以降”の過去に戻ることができます。ただし一度使った場合、再度使うまでに戻った時間の半分のクールタイムが必要となります』


 レンは再び紙切れを読み終えると、それをグシャグシャにしてポケットの中に突っ込んだ。そしてその直後……


「あれ? 先約が居たんだ」


 そんな具合に、先ほどレンを瀕死に追いやった女、壇際沙津樹が部屋の中に現れた。


「おっはー。初めまして……かな? 初めましてだよね?」


 壇際沙津樹はレンにそう尋ねる。確かに沙津樹にとっては初めてであるが、レンにとってはそうではない。2回目だ。


「……こんにちは。そして初めまして、壇際沙津樹さん」

「……!」


 沙津樹はレンの言葉に一瞬驚く。そしてすぐに、うれしそうに笑った。


「いいねえ。いいよ。すっごくいい。すっごく期待できる」


 沙津樹は目を輝かせてレンにそう言った。


「そこのトーナメント表で僕の名前を見たんでしょ? 自分の対戦相手だったから」

「……そうよ」

「あははあ、やっぱりね! すっごく期待できそうだ!」

「……それはどうもありがとう」


 レンは口でこそそう言っていたが、しかし『壇際沙津樹に褒められた』事に対して一切嬉しさを感じてはいなかった。むしろこんな事でしか沙津樹に対してマウントをとれない自分に、情けなさすら感じていた。


(……大丈夫。まだ、チャンスはいくらでもある)


 後ろでワクワクしながらロッカーをのぞき込む沙津樹を尻目に、レンはそんなことを自分に言い聞かせる。

 先ほど『この事実は、レンにとっては半分うれしく、もう半分は残念なものだった』と言った。うれしかった理由は前述した通りだが、それでは『残念』だったのは何故か?


 残念だった理由。それは他でもなく『壇際沙津樹が予想以上に武器の扱いに手慣れていた』と言うことだった。

 先ほどの沙津樹の攻撃を思い出してみると、彼女はたった一瞬でレンの額と心臓に弾丸を撃ち込み、さらには他の体中の急所という急所にことごとく弾丸を撃ち込んできた。こんな真似、銃を扱ったことがないような初心者にできる芸当ではない。あんな自分と同い年か、もしかすると年下かも知れない少女が、何故にこれほどまで重火器の扱いに長けているかは知らないが、しかし壇際沙津樹は間違いなく、銃の扱いに関してはプロフェッショナルである。そして、そうなると非常に厄介だ。


 『過去に戻ってやり直せる』レンの能力は、一見無敵のように思える。どんなにやられようとも、そのたびにやり直す事が出来るのだから。しかし、この能力には致命的な弱点がある。究極的には『やり直すこと”しか”できない』と言う、ある意味欠陥ともいうべき欠点が。


 いくら『過去に戻ってやり直す事が出来る』とはいっても、過去に戻っただけで状況が大きく変わるわけではない。壇際沙津樹は武器を自在に扱え、対する自分は素手で戦わねばならないという圧倒的不利は少しも変わらないのだ。


 もし沙津樹が武器をろくに扱えない雑魚だったなら、レンは今よりもずっと楽に勝てたことだろう。何度も死んでは過去に戻り、ゾンビアタックを続けていればいずれ、戦闘初心者の沙津樹に致命的な”隙”が生まれ、その隙を突いて沙津樹を殺すことは十分に可能だっただろうから。


 しかし先ほどの戦闘からもわかるように、沙津樹がそんな雑魚ではないことは明白だ。それどころか、その実力は間違いなく達人や英雄と呼ばれる類いに比肩するレベルだろう。


 それほどの実力を持った相手が、素手の相手に対して致命的な隙を見せるようなへまをやらかすだろうか? 可能性はないわけではないが、それでもかなりの低確率と言うほかない。


 となると問題は『それまでレンが精神を保っていられるのか?』ということだった。まだ”たった一度”殺されただけだが、それでもあの恐怖が頭にこびりついている。気を抜くと、手が震えそうなほどに。


 先ほどレンは『まだチャンスはある』と心の中でつぶやいた。それが本心からの言葉であったことは間違いない。確かに彼女は『まだチャンスはある』と感じている。

 しかしそれとは別に、先ほどの言葉が『死の恐怖におびえる自分を勇気づける』ものであったことも確かだった。




『準備はよろしいですか?』


 先ほどと全く同じタイミングで、声だけの存在がそう語りかけてきた。それに二人が『YES』と答えると、再び彼らは転移させられた。








◇◇◇


「……っ!」


 レンは再び目を覚ました。そして―もう35度目になるが―それでもやはり、持っていた紙切れを取り落とす。


「……くそっ!」


――ガシャンッ!


 レンは悪態をついて、ロッカーを殴りつけた。その行為には、壇際沙津樹に対する憎しみと自分の無力さへの怒りが込められていた。


 すでに34回も壇際沙津樹と戦ったが、それでもいまだに開始数秒で、レンは何も出来ずに殺され続けている。その事実が、彼女にとっては耐えがたい苦痛だった。


「クソッ! クソッ! クソッ!」


 レンは何度もロッカーを殴りつける。そのせいで、ロッカーの扉はグニャグニャに曲がってしまっていた。しかし、これもどうせ次に戻ってきたときには元通りになっていることだろう。何の意味もない。


「なんで!? なんで手も足も出ないの!? あいつ……あいつあいつあいつ! あの女! よくも私をこんな……! くそっ! なんでなのよっ!」


 レンは血のついた拳でロッカーを殴りつけ、そう自問する。

 すでに30回以上戦い、失敗するたびに少しずつ行動を修正してきた。にもかかわらず、状況は全く変わらず、彼女は為す術なく殺され続けていた。もはや『なにかの冗談だろうか?』と思いたくなるほどに、レンは沙津樹に歯が立たなかったのだ。


 ロッカーが原形をとどめないほどにグニャグニャになると、レンは足下の紙切れを拾い上げた。そして、それをビリビリに破いた。しかしそれでも気が収まらなかったのか、今度は近くにあったベンチを蹴り飛ばした。


 もう何度も、何十回も、彼女は死んだ。しかしそれでも一向に『死』に馴れる気配はない。死に接するたびに言いようのない恐怖と寒気を感じ、手足が震えた。


 何よりもキツかったのは、為す術なくやられることによって感じる無力感の方だった。何をしようと、どれだけあがこうと、それをあざ笑うかのように殺される。それは、自分自身の全てを否定されているかのような感覚を、レンに生じさせていた。




「あれ? 先約が居たんだ」


 今日、何度目になるかわからない声が聞こえてくる。もはやこの言葉を聞くのですら苦痛だった。


「おっはー。初めま……」

「黙れ!」


 苛立つレンは、沙津樹を荒々しく怒鳴りつける。20回目の辺りから、レンは沙津樹に怒鳴るようになっていた。

 沙津樹は一瞬驚くと、しかし笑って尋ねる。


「大丈夫かなぁ? すんごくイラついてるみたいだけど?」

「黙れ黙れ! 絶対に殺してやるからな! その減らず口をたたき折ってやる!」


 レンは感情にまかせて怒鳴り散した。しかし沙津樹はそんなレンのことを、ワクワクした少年のような目で見る。まるで楽しいオモチャを見つけた、子供のように。


「あははあ、それはすっごい楽しみだよ! 期待してるからね、レンちゃん!」




















◇◇◇


「……」


 レンはうっすらと目を開く。その瞳に光は宿っていない。これまで幾度となく取り落としてきた薄っぺらな紙切れも、もう落とすことはない。

 レンは力なく、側にあったベンチに座り込んだ。そして、おもむろに天井を見上げる。


「……」


 レンは無言で、天井にぶら下がった電灯を見つめる。そしてそのまま、ピクリとも動かなかった。


 ここに戻ってきたのは、これで何回目なのか? それすらもわからない。少なくとも1万回は超えているだろう事は確かだ。

 しかしそれでもなお、彼女は沙津樹に手も足も出なかった。何をしようとも、その試みは全て無駄に終わっていた。


 千回を超した辺りから、レンは薄々気づき始めていた。『壇際沙津樹にはどうやっても勝てない』と。


 何をしようとも、どれだけあがこうとも、自分は手も足も出せずに殺される。この実力差は『過去に戻る能力』程度ではどうやっても覆らない。そのことに、気づいてしまっていた。


 にもかかわらず、それでも彼女はあがき続けていた。あがくしかなかった。死にたくなかったから。生きていたかったから。だからあがき続けていたのだ。それが無駄だと知っていながら。


 しかし、もはや彼女の精神が悲鳴を上げていた。幾多も経験した死の恐怖。絶望的なまでの無力感。その全てが彼女の精神をむしばんでいたのだ。正常な思考すらままならないほどに。




「……『あれ? 先約が居たんだ』」


 レンはおもむろにつぶやく。その直後、


「あれ? 先約が居たんだ」


 突如として控え室に現れた壇際沙津樹が、レンと全く同じ事を言った。


「……『おっはー。初めましてかな?』」

「おっはー。初めまして……かな?」

「……『初めましてだよね?』」

「初めましてだよね?」


 レンは沙津樹が次に言うことを小声で先取りする。もうこれくらいのことでしか勝つことができなかった。


「……『顔色が悪いよ?』」

「顔色が悪いよ?」

「……『大丈夫?』」

「大丈夫?」

「……」


 心配した様子で自分の顔をのぞき込んでくる沙津樹に、しかしレンは何も答えなかった。ただ“ボー”っと、天井を見上げていた。


 しかし……





「……ふふ、あははははははははああははははははあはあはあ!」


 急に、まるで壊れてしまったかのように、狂ってしまったかのように、レンは笑い出した。そしてユラリと立ち上がると、ふらつきながら沙津樹の方へと歩いて行った。


 沙津樹はロッカーの中を物色していたが、すぐに近寄ってくるレンに気がつく。そして、無垢な笑顔で尋ねた。


「どうかしたのレンちゃん?」

「……まえ」

「……? 『前』?」

「……前さえ……お前……さえ……」

「……?」


 小声で何かをつぶやき続けるレンに、沙津樹は耳を傾けた。そしてようやく聞こえてきたのは……


「お前さえ…お前さえお前さえ…お前さえ死ねば……お前が! 死ねば!」


 レンは声を荒げた。そして沙津樹に向かって拳を振り上げた。


「お前も! 死ね!」







『城ヶ崎レン様。戦闘外での暴力行為により失格。命を徴収します』


 声だけの存在がそう言うと、拳を振り上げたままレンは倒れた。そして、絶命した。


『ルールにより、レン様の死体を元の世界に転送します。ご参加くださり、誠にありがとうございました』


 感情のこもっていない声で”声だけの存在”がそう言うと、レンの遺体は一瞬で消え去った。そして控え室には、壇際沙津樹ただ一人が残された。


『壇際沙津樹さま、おめでとうございます。不戦勝により見事、一回戦突破です。これより他の方の戦闘が終了するまで、別室にて待機していただきます』

「……え? 終わりなの? 今ので?」


 思いがけない勝利に、壇際沙津樹は驚く。そして、ため息交じりに言った。


「つまんないなあ、僕まだ“1回も”戦っていないのに」

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