第48話

 6日後の木曜日。

 真田は朝からセールスの仕事に出ていた。ある衣料品販売の会社を訪問した時、タイミングよく車両を5台買い換える話を聞かせてもらった。先方は新車購入とリースの2本立てで考えているという。おそらくリースに話は落ち着くのだろうが、この時世贅沢は言っていられない。それが呼び水となって午後からも1台だが感触のいい話を聞かせてもらった。

 充実感を携えて会社の戻った真田は、内容のある営業報告書を作成すると、久しぶりに半次郎で飲みたい気分になった。

 これまでなら中西を誘えば喜んで付き合ってくれただろうけれど、いまとなってはそれもできない。どこか胸に隙間が開いたような気持のままで会社を出た。

 1時間も飲んだだろうか、ふとトトロのことを思い出して行ってみたくなった。最後にグラスに残った酒を飲み干した時、以前中西と飲んで歩いたのをなぞっているような気がしてならなかった――。

「あーら、真田ちゃんいらっしゃーい」

 相変わらず元気のいいママだ。

 まだ時間が早いせいか、先客はふたりだけだ。たまに見る顔だった。遠慮していちばん端の席に坐る。

「おひとりですか?」と、横からケイコ。

「ああ。ひとりじゃだめかい?」

「真田さんたら、またそうやってケイコのこと苛めるんだから。あッ、ひょっとしてケイコに気があるのかな?」

「ははッ、そうかもしれない」

 真田は笑ってタバコを咥えた。

 真田はこの店では中西のことを口にしないように決めている。店のふたりは中西のことをよく知っているから、事件の話になったら興味本位で根掘り葉掘り訊いてくることは間違いない。もうあのことは思い出したくないと真田は思った。仮に中西のことを話したとして、あの食品冷凍の営業マンの耳に入らないとも限らないからだ。

 ママが前に立った時、真田は訊いてみた。

「ママ、この前ここで冷凍技術の話を聞かせてくれた人、飲みに顔出すかい?」

「いいえ、ここんとこは……」

 ママはいつになく顔を曇らせて答えた。

「そうか」

「なに、まだ他に聞きたい話しがあるの?」

「いや、そうじゃない。ただちょっと訊いてみただけ」

 真田は水割りの入ったグラスをわずかに揺らした。氷の当たる澄んだ音が響いた。

「あの方たち、高いボトルをキープしてくれるし、結構いいお客さんだから来てもらわないと困るのよね」

 タバコを吹かしながらしんみりと言った。

「大丈夫だよ。高級なウイスキーはキープできないけど、この俺が足繁くかよってやるからさ」

「お願いね」

 ママはようやくいつもの顔に戻った。

 気分のよかった真田は、いつもの曲を10曲ほど歌うと、近いうちにまた顔出すから、と言い残して店を出た。


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