第47話
「俺、この先一体どうなるんだろう」
「――」
真田は一瞬中西が何を言いたいのかわからなかった。
「俺はこのまま死ぬまでベッドの上で天井を見続けるしかないんだ。自分では食事も摂ることができない。排泄だってそうだ。目の前にあるものを取ることもできない。背中が痒くても掻くことすらできない。何ひとつとして自分でできることはないんだ」
中西の目尻から流れたひと筋の泪が枕カバーに滲みた。
「何言ってるんだ、おまえらしくもない。そんなに悲観的にならなくても、いまは医療技術が発達してるから、そのうち精巧な義手や義足ができるから、一生ベッドの上ということはない」
「そうだろうか?」
「そうさ。この前もテレビの番組でやってた」
「何を?」
「まだ実験段階なので一般的ではないが、頭の中で考えたことや筋肉の動きをコンピューターで処理して、義手や義足を動かすんだ。こんなのもやってた。いままで杖がないと外を歩けなかった全盲の人が、額にベルトのようなものを装着しただけで障害物を避けて歩くことが可能になった。嘘みたいな話だけどこれは本当の話だ。いま世の中はそこまで進歩してきている。だからそんなに遠くない時期にベッドから出られるようになるから心配いらない」
真田は厭世的になっている中西を何とか宥めようと、自分が見た番組を引き合いに出して話す。しかし中西の表情は、どうせ気慰みのつもりなのだろうと真剣に受け止めたものではなかった。
「先輩にはわからないでしょうけど、一日中こうして天井ばかり見ていると将来の希望なんて考えませんよ。考えるのはただひとつ、どうやったら死ねるかということだけです。でもこの躰では自分で死ぬこともできません。ただ生かされているだけなんです」
中西は真田の顔を真っ直ぐ見て言った。
生活感のない無機な空間に置かれたら誰でもそうなるに違いないと思わせるくらい中西の言葉には説得力があった。
「なあ中西、俺が言うのもおかしなことだが、世の中にはおまえよりも何倍も躰が不自由な人がいる。たとえばおまえも横で聞いていたから知ってるだろうけど、この前喫茶店で話を聞いたあの老人だって、長年連れ添った奥さんのために自分の躰を犠牲にしてまで助けようと努力をしている。それがたまたまあの会社だったのだが、そんなことは別としてふたりの間には他人には計り知ることのできない夫婦愛がある。でもこんな結果になってしまって、ひょっとしたらあの奥さんの命は助からないかもしれないんだ。それを考えたら生死の狭間を彷徨っていないだけまだおまえはいいほうだ。死のうなんていう気を起こすな」
真田は突き放すように言った。そうでもしないと自分までが中西の思想に引き込まれてしまいそうに思えたからだ。
真田は1時間近く話をすると、来週また顔出すからと言って病室をあとにした。
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