第46話  10

 あの事件から1ヶ月が過ぎたいまも相変わらず真田は金曜日の帰宅が遅い。

そのことについては妻の恵美子も承知している。

「どうだ、具合のほうは?」

 病室に入った時の真田の第一声はいつも決まっている。

「まあ、何とか。それより忙しいのに毎週顔を出してくれてすまない」

 中西は、救急病院から移されてT大付属病院の外科病棟に収容されている。真田は中西がこんな姿になってしまった責任を感じて最低1週間に一度は見舞いに来るようにしている。いま中西に対してできることはこれぐらいしかない。身寄りのない中西だけになおさらだった。

「俺がいらんことを話して聞かせたばかりにこんな目に遭ってしまって……。こっちこそ本当に申し訳ないと思ってる」

 真田が口にしたのは本心だ。四肢を切断されて檻の中でもがき苦しんでいる中西の姿を目にした時からずっと胸の奥に張りついて離れない。

「いや、こうなったのは自業自得です。だから先輩に責任はありませんから、どうか……」

 中西の目には薄っすらと泪が浮かんでいた。しかしいま両手のない中西にはそれを拭うことすらできない。そんな姿に真田はますます胸が痛んだ。

「何か俺にできることがあったら、遠慮なく言ってくれ」

 中西は目を細めてゆっくりとかぶりを振った。

「こんな躰になってしまって、不自由してるだろうな」

 中西は真田が話しかけるのを聞いて、諦めているかのように微かに笑みを洩らした。

 病室のドアがノックされて、記録紙を手にした看護婦が検温のために入って来た。

「中西さん検温しますね。気分は変わりないですか?」

「はい」中西ははっきりと答えた。

 看護婦は体温計を取り出して中西に咥えさせたあと、頚動脈のあたりに指を当てて心拍数を測りはじめた。

 中西は手足がないために完全看護を受けている。看護婦は体調が急変してもナースコールができない中西のために30分ごとに様子を見に顔を覗かせる。

「お熱も脈も正常です。またあとから来ますからね」

 看護婦は言い残すと、忙しそうにして病室を出て行った。

 看護婦の姿が見えなくなった時、中西は険しい顔になってぽつりと洩らした

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