第49話

 次の日、真田は気が重いまま出社した。別に昨日の酒が残っていたわけではない。ローテーションからすると、きょうはエリアAを回る日である。あれから1ヶ月過ぎたというのに、まだあの会社のことがトラウマのようになって思い出される。いや、もしかしたら永久に頭から離れないかもしれない。

 どうしてもいままでと同じ感覚に引き戻そうとするのだが、考えまいとすればするほど脳裡に膠着する。しかしいつまでも引き摺るわけにもいかない。何か払拭する切っ掛けはないものだろうか――自席に坐って沈痛な面持ちで考えていた時、事務員の女性に電話が入ったことを知らされた。

 電話はT大付属病院からであった。中西の入院している先だ。真田は受話器をおもむろに外して話しはじめた。だが2、3回相づちを打ったあと、突然顔色が蒼白になった。受話器をフックに戻した真田は、椅子を蹴るようにして吉田課長のもとに向かう。

 課長の吉田は真田と中西がこうなった経緯を承知している。あれだけテレビや新聞で報道されたら嫌でも話さなければならない。真田はある程度覚悟を持って支店長をはじめとして、直属の上司の前で事情説明をしたところ、何とか始末書レベルで収まった。それには多分に吉田課長の口添えがあったことを真田は充分承知している。

「課長、いま中西の入院しているT大病院から連絡がありまして、中西が自殺したそうです」

「ええッ!」

 課長は突然聞かされた思いも寄らぬ出来事に一瞬固まった。

「いまから病院に向かおうと思いますが、課長も一緒に行かれますか?」

「ああ、そうしよう」

 短い会話を交わしたあと、ふたりはタクシーを飛ばして病院に向かった。

 タクシーの中で真田は、あの躰でどのようにして自殺するまでに至ったかを考えてみた。しかしいくら思いを巡らせてもそこまでの過程が繋がらないのだ。真田はまだ熟れ切ってない朝日を気怠く跳ね返す街路樹に視線を向けたままで何度も首を傾げた。

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