第40話

 きょうは何がなんでも内部を見てやろうと意気込む真田ではあるが、まったく不安がないというわけではない。万が一進入したことが露見バレでもしたら命の保障はない。

 他人にこのことを話したら、間違いなくなぜそこまでしなければならないのか、という疑問符を投げかけられることだろう。だとしたら真田はこう答える。

《 もし自分の友人が行方不明になったとしたら、それも原因が少なからず自分にあった場合、さらには一刻も早く救出しなければならない状態にあった場合、こんな逼迫した状況の中で人間のモラルとして何もせずに黙って見ていられるのか。そんなことが平然と言える人間は死というものに直面したことのない人間である 》

 様々な思いと葛藤しながら車を走らせる。ラジオからザ・ビートルズのイエスタディが静かに流れている。胸が切なさで痛くなった。家族を思い出したわけではないが、もしものことがあった場合を考えて電話を入れることにした。

 ところが家にかけても誰も出なかった。みんなで買い物にでも行っているかもしれないと思い、今度は恵美子の携帯に電話をするが、事務的な声で「オカケニナッタ電話ハ、電波ノ届カナイ場所ニイルカ、電源ガハイッテイマセン」と味気ないメッセージが流れるだけだった。何か肩透かしを喰らったみたいで嫌あな感じがした。

 赤レンガ倉庫に近づいた頃には日がとっぷりと暮れていた。箕浦たちが来るのかどうかはわからなかったが、彼らよりは1時間は早く出発している。

 真田は、中西の轍を踏まないように、倉庫のあたりから少し離れてた場所に車を停め、車の中でスニーカーに履き替えると、前回と同じように作業着を着て慎重に倉庫に向かって歩きはじめた。海風が強くなってきているようだ。潮の匂いも搬ばれてきている。

 家から持って来たLEDのハンディライトの点灯を確かめながら歩いた。どう考えても正面の扉からは入れない。迷うことなく倉庫の裏側に向かう。例の白い乗用車の姿はなかった。

 倉庫の裏は2メートルほどの幅の通路となっていて、建物の床がプラットホームのぶん上がっているために、各倉庫の通用口の部分にだけコンクリートの階段が5段ついている。あたりには灯りというものがまったくなく、防犯カメラの作動を表示する赤いランプさえどこにも見当たらなかった。

ライトは光が洩れないようになるべく足元だけに向けている。冷凍機用の屋外機のファンが低く唸るのが聞こえてくる。その音を頼りにそっと階段に近づいてゆく。

 跫音を忍ばせて階段を昇り、鉄扉に耳を当てて中の様子を覗う。聞こえてくるのは屋外機の音と振動だけで、人の気配はしなかった。

真田は心を決めてドアノブに手をかける。このドアが開かなかったらあとは正面から入るしか手段がなくなる。頼むから開いてくれ――これまでの人生の中でこれほど強く願ったことはなかった。

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