第39話  9

 社内規定では許可なく自家用車を仕事で使用してはならないことになっているため、会社の駐車場に停めることはできない。

 昨日トトロで飲んだために、コインパーキングに入れたまま帰宅した真田は電車で通勤した。真田は通勤電車の中でずっと考えていた。課長に話すべきかそれとも、もう少し様子を見るかを。だが中西のことを思うと、このままずるずると時間を長引かせるわけにはいかない。たったふたつからの選択だが、真田の頭の中では複雑に絡まりあっている。

 下車駅のS駅に着く手前で気持を固めた。あと1日だけ相談を遅らせることにした。もし課長にこのことを話した場合、当然いくつか訊ねられることがあるだろう。だが、いま言えることは、ポケットにあるタイピンがあの場所に落ちていたことだけだ。もし説明したとしても、鼻先であしらわれることは間違いない。ならばいっそのこともう1日じっくりと調べあげて、動かぬ証拠というやつを掴んでやろうと考えた。

 出社した真田は考えたことをおくびにも出さず、吉田課長の姿を見るなり中西のことについて訊ねた。

「課長、おはようございます。早速ですが、中西の件はあれから何か進展がありましたか」

 課長は顔にいくつも皺を拵えて首を横に振った。

「そうですか。一体彼はどこでどうしてるんでしょうか……」

「そこのところは俺も気になるんだが、警察も遊んじゃいないだろうからな」

「それはそうですけど、じゃあ課長は中西がすでに死んでると?」

 真田は相手が上司というのを忘れて、つい語気が荒くなってしまった。

「いや、そうは言ってない。俺だって行方不明の部下のことは気になってるさ。だってこうなった以上我々民間人にはどうすることもできないだろ?」

 吉田は慈悲のない上司と思われたくなかったために、いつになく弁解めいた口調になって言った。

「そうですか、わかりました」

 真田は課長が声をかけるのも無視して会社を出た。本心から不貞腐れたのではなく、これが踏ん切りになればいいと自分自身を鼓舞するのだった。

 

 木曜日で巡回の日ではなかったが、なぜか真田は予定を変更して自分の車でエリアAに向かった。夕方近くまでいつものようにセールスをし、暗くなって現地に行くつもりでいる。日のあるうちには倉庫のあたりをうろうろできないからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る