第36話
会社に戻り営業報告書をでっちあげると、あそこに行けば何か新しい情報が得られるかもしれないと考え、スナック『トトロ』に行ってみることにした。
1時間ほど『半次郎』で軽く飲んだあと、中西のことを考えながら沈鬱な気持で向かった。店はいつになく客がいなかった。真田はこれ幸いとばかりにカウンターの中央の席に坐ると、いきなり新しいボトルを入れた。残りわずかだったこともあるが、昨日パチンコで思わぬ収入を得たのが大きい。
「ママ、ちょっと訊きたいことがあるんだけど……」
「なあに、お金のことならだめよ」
ママはボトルを入れたせいかすこぶる機嫌がよく、いつもの癖で着物の帯をポンポンと二度叩いた。
「そんなんじゃなくて、この前ここで飲んでた客で冷凍会社の連中がいたじゃない。あれから顔を出したかい?」
真田は薄めの水割りを飲みながら訊ねる。
「ううん、あれからはまだ。ねえ、私も1杯頂いていい?」
「ああ、どうぞ。そうか来てないか……」
「何で? 何か仕事の話?」
「いや、そうじゃないんだけど、ちょっと冷凍技術のことで気になったことがあるもんだから、訊いてみようと思ったんだ」
「あら、だって真田ちゃんは車のセールスが仕事でしょ?」
ママはそう言い残して厨房に入ってしまった。代わってケイコが目の前に立った。
「ケイコちゃんも飲んだら?」
「じゃあ、遠慮なく頂きます」
ケイコはグラスの底に5ミリほどウイスキーを入れて水で割った。
「きょう真田さんひとり? いつもの中西さんは見えないの?」
「ああ、きょうあいつは都合悪くて来られない。俺ひとりじゃだめかい?」
タバコを咥えながら冗談めかして言う。
「そうじゃないけど、いつも一緒だから」
ライターの火を差し出しながらケイコは笑った。
厨房からママがお通しのほうれん草のおひたしを持って来た時、入り口のドアにつけてある鈴がチリンと鳴った。3人が一斉に音のしたほうに目を向ける。客がふたり入って来た。
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