第35話 8
朝から昨日の天気を引き摺ったようなどんよりとした日だった。
もう一度だけ行ってみようという気になった真田は、昼過ぎに自分の車で赤レンガの倉庫に向けて第一京浜を走った。
この前と同じ場所に車を停めると、途中のホームセンターで買ったライトグリーンの作業着を羽織り、倉庫の陰から白い乗用車が停められていたあたりをそっと見る。視線の先には昼下がりというのに深閑として人影はまったくない。ただ罅割れたアスファルトが秋の陽射しを跳ね返して白く光っているだけだ。
真田が作業員の振りをして近くまで行こうとした時、目の端にキラリと光るものを見た気がした。もう一度しっかり見てみると、それはゴールドのタイピンだった。どこかで見たことがあると思いながら手にした時、一瞬にして真田の顔から血の気が引いた。
(中西がはめていたのと同じものだ! まさか)
真田の脳裏に中西の姿が奔った。偶然なのだろうか――いやそんなことはない。間違いなく彼はここに来ている。真田は確信した。
中西は、自分と同じようにここに来て様子をさぐっていた。その時不覚にも何者かに発見されてそのまま拉致されてしまった。とすれば、この倉庫のどこかに監禁されている可能性が強い。
タイピンを作業着の胸ポケットにしまった真田は、釈然としないままおもむろに歩きはじめる。道路の反対側を左右に顔を向けながら、さも点検のために歩いているという仕草で一定の歩速を保ちながら歩く。潮風に色を失って錆の浮き出た無数のシャッターが落武者の鎧のように覇気なく映る。
一度通り過ぎて倉庫の端まで行き、気持を落ち着かせるのにタバコを1本取り出した。烟を吐きながらあのあたりを横目で見る。中西の助けを求める声が聞こえてきそうな気がした。
シャッターの袖壁に出入り用の鉄扉がある。あそこから入ろうと思えば入れないことはない。もちろん鍵がかかってなければの話だが。
真田は一刻でも早く中西を助け出したい気持に圧されて、無性に中に入ってみたくなった。しかし、もし中にいる人間に見つかりでもしたら、中西どころかこっちの身にまで危険が及ぶ。それを考えるとなかなか踏ん切りがつかなかった。
タバコを靴で揉み消すと、混乱した頭のままもと来た道順で引き返した。
ここまで来てみすみす立ち去るわけにはいかない。かといって警察に電話を入れるとしても画然とした証拠となるものがない。会社に電話を入れて課長に相談することもできない。一体どうしたらいいか迷走した。
自分で確かめるより他ない――真田は結論を導き出すと、車に戻りゆっくりとその場を離れた。
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