第33話

 やがて女が多くのファイルと筆記具を手にしてこちらにやって来た。胸元につけた名札には、「安伊やすい」と書かれてあった。

「それではこの書類に必要事項を記入して下さい」

 女は2枚のA4用紙を目の前に置いた。

「はい」

 用紙を手元に引き寄せた真田は、借りたボールペンで依頼者の名前と住所から書きはじめる。

 名前    佐伯敏郎(サエキ トシロウ)

 住所    東京都台東区千束2丁目××番地

 電話    03―5462―××67

 年齢    42才

 紹介者   山田氏

 患者の病名 慢性腎不全

 必用な臓器 腎臓

 ……

 

 記入事項は微に入り細にわたってあった。しかし、真田の記述したすべてが出鱈目である。なにひとつとして事実はなかった。知りたいことを得られれば二度と来ることもないからだ。

 ここに来た目的の第一義は、日本臓器製造という組織の様子を見ること。次には、あの老人が言葉を濁した移植を受ける際の条件を知ることの2点だ。付け加えればあとひとつ、これは飽くまでも勘でしかないのだが、行方不明となっている中西との繋がりである。関係がなければそれに越したことはない。

 記入すべきことをすべて書き終えた真田は、この機会に法人かどうか訊ねてみようとしたが、思い止めて用紙を揃えると安伊という事務員に渡した。

「佐伯さん、この紹介者欄の山田さんという方なんですが……」

(やはり訊いてきたか――)

「はい、じつは苗字は知ってるんですが、下の名前を知らないんです。今度までに訊いておきます」

 真田は想定内の質問に、平然とした顔で女を見ながら言った。

「わかりました。いまここでどうこう言うことはできませんので、後日連絡させて頂きます。その間に、臓器提供を受ける規約および誓約書がここに書かれてありますから、充分に目を通しておいて下さい」

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