第32話
「どのようなことでしょうか?」
「じつは、私の家内が慢性腎不全に罹りまして、医者から移植をしないと生命に危険が及ぶと宣告を受けたのですが、妻には時間的な余裕がないのです。そこでそちらに相談をすれば何とかなるかもしれないと聞いたものですから」
コンビニで立ち読みした雑誌の記事を思い出しながら話した。
「わかりました。そういうことでしたら、詳しくお聞きしたいと思いますので、一度こちらにお越し頂けますか?」
「はい。で、いつお邪魔したらよろしいでしょうか?」
「こちらはお宅様の都合で、いつでもいいです」
女はあくまでも事務的にことを運ぼうとしているように窺える。
「じつは、いまそちらの近くまで来てるんですが、いまからでもよろしいでしょうか?」
「かまいませんよ」
「ではあと15分ほどでそちらにお邪魔しますから、よろしくお願いします」
真田は電話を切って、ほっと胸を撫で下ろした。もし紹介者の名前を訊ねられたらどうしようと思った。あの老人の名前を訊いてなかったし、もし知っていたとしても絶対に口にすることはできなかった。
マエダビルに向かう途中、雨で濡れる慣れた道を歩きながら様々なケースを想定して作戦を練る。
インターホンで来訪を告げると、しばらくして内側からドアの開く音が聞こえ、あの女が姿を現した。目が細くて中高な顔をした綺麗な女だ。女をこんなに近くで見るのははじめてだ。真田はこれまでに離れてはいるが3度見ているので、向こうもこっちを知っているみたいに思ったが、女はまるで気づいてないようだった。
簡単に挨拶を済ませると、部屋の隅にある相談コーナーに案内され、しばらく待つように言われた。
事務所の広さは12坪といったところで、奥に深かった。床はベージュのタイルカーペットが敷き詰められていて、事務机が3つとこの事務所に不釣合いなほど立派なコンピューターが2台、それにコピー複合機が1台置かれ、壁際にはロッカー型の書類保管庫が4つ並べられてある。想ったより内部は外観ほど古臭くはなく、むしろ近代的と言ってもいいくらいである。
いちばん奥が箕浦という男のデスクだろうか。幸い彼の姿はなかった。箕浦にスナックで不覚にも名刺を渡していまっている。もし向こうが自分の顔を覚えていたとしたら言い訳のしようがない。自分の無謀な行動に冷や汗を流すと同時に、箕浦が帰って来ないことを願った。
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