第31話

 前方の車が右にウインカを出した。帳に包まれた闇に鮮やかな黄色で点滅している。

(おそらくあの日も第一京浜を通ってここに来たに違いない。一体全体こんなところに何があるというんだ――)

 真田の車は右折してすぐにスピードを緩めた。一方、白の乗用車は何事もなかったように走り去り、またたく間に車体はマッチ箱のように小さくなった。

真田はヘッドライトを消したままゆっくりと車をすすませる。この先は海だ。ひょっとして引き返して来た時のためにそうした。

 白の乗用車は前方でふたたび右に折れた。真田は車が曲がったT字路の手前で停め、車から降りて覗くようにして様子を見た。

 すると50メートルほど先で、獲物を狙う獣の眼のようにテールランプを点けたまま停車している白の乗用車が目に入った。しかしあのふたりの姿はどこにもない。おそらく倉庫内に入ったに違いない。

気がつくとあたりは両側に古い赤レンガ倉庫が連立する一画だった。トラックの荷卸しのために、倉庫の壁に沿って1メートルほどの高さでプラットホームが伸びている。往時は何台ものトラックが行き交っていたのだろうが、いまではその面影もないくらい荒んだままとなっている。

 闇夜にところどころ燈る裸電球の防犯灯が漆黒の闇を切り取っている。そのコントラストがさらに恐怖心を募らせた。真田は身震いをしたあと、車に戻ると向きを変えてその場を離れた。


 次の日、出社した真田は真っ先に課長のもとに行き、警察からの連絡の有無を訊ねた。だが期待に添う返事は得られなかった。

 落胆の色を隠せないままいつものように受け持ち区域の営業に出た真田だったが、どうしても中西のことが気になって思うように仕事ができない。真田は決心をした。レシピエント(受領者)の振りをして日本臓器製造に乗り込んだら、ひょっとして爪の先ほどのことでもわかるかもしれないと考えた――。

 水曜日は朝から雨模様で、空を見上げる必要がなかった。午前中に、予定を変更してエリアAに向かうと、真田は駅前から電話を入れた。

「はい、日本臓器製造でございます」

 電話に出た女は聞き覚えのある声だった。最初に訪ねた時にインターホンから聞こえたあの高い声だ。

「佐伯と申しますが、ある人からそちらを紹介されて電話させて頂いたんですが……」

 真田は偽名を使った。

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